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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 2

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 そうしてたどり着いた先は、空き家となった白い館だった。
 そこで得られたのは、この島の地図と、キングについての伝承めいた文章だった。それによれば、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在であるという。また、キングを倒すことができなければ、記憶は奪われたままで、いずれ彼らはこの地の住人になってしまうらしい。
 この先に進むことを決めた草間たちは、その館の中で、それぞれ眠りに就いた。

+ + +

 翌日。
 館を後にした草間たちは、半日近く歩き続けて、小さな集落に到着した。うまく交渉して、水や食糧を分けてもらおうと考えたのだが、村人たちは旅人を歓迎するムードではないようだ。
「あの……何かあったんですか?」
 青白い顔をして行き過ぎようとする村人の一人をつかまえ、草間は尋ねた。
「あんたは、よそ者だな? 外から来た人に、こんな話をしてもしかたがないが……聞きたいなら教えてやる。今夜、村長の娘がキングの花嫁になるんだ」
 村人は言って、ぽつぽつと事情を語る。
 「花嫁」といってもそれは、実質的には人身御供のようなもので、村がキングの軍隊に襲われないよう、何年かに一度、村の娘を差し出すのだそうだ。だが、そのせいで村にはもう若い女は十七になる村長の娘しかいない。そしてその少女も、今夜、キングの元へ差し出されるのだという。
 「花嫁」としてキングの元へ行った娘たちは、以後戻って来ることはない。噂では、奴隷同然の扱いを受けた後、二十を越えたらキングの館の地下に幽閉され、飢え死にさせられるのだともいう。
「なんて話だ……」
 話を聞いて、怒りに燃える草間は、仲間たちと共に、少女を助ける決意をするのだった。





【1】
 シュライン・エマは、出されたお茶をありがたく口にしながら、室内を見回した。
 彼女と、同行者であるササキビ・クミノ、法条風槻(のりなが ふつき)、シオン・レ・ハイ、草間零、タケヒコの六人は今、地図に「イチの村」と記載されている村の、長老で産婆でもあるというトヨという老婆の家に招かれていた。
 この村にたどりついたものの、通りすがりの村人から、旅人を泊めているどころではない事情を聞かされ、宿もなさそうな村の様子に途方にくれていた彼女たちを、トヨは今夜泊めてやろうと申し出てくれたのだ。
 イチの村は、真ん中にある小さな広場の四方から延びた道に沿って、両側にレンガと藁葺き屋根のみすぼらしい家が並ぶばかりの集落だ。東側の村の入り口から広場に向かって伸びる道の両側には、小さな店がいくつか並んでいる。また、西の道の突き当たりには、立派な建物があったが、それ以外、取り立てて何もない村だった。
 トヨの家は、その中ではいくらか立派な方だろうか。今シュラインたちがいるのは、入り口を入ってすぐの所にある小さな食堂兼居間のような部屋だった。床は板張りで、長方形の木のテーブルと椅子が何脚か置かれてあるだけの、質素な一室だ。
「あの……さっき、今この村は大変なんだと聞きましたけれど……私たち、泊めていただいて、いいんでしょうか」
 お茶を半分ほど飲み干して、シュラインは幾分おずおずと尋ねる。
「かまわないよ。じたばたしてみたところで、どうなるものでもないしね」
 トヨは、小さく肩をすくめて、あきらめ顔で言った。それへ、タケヒコが告げる。
「実は俺たちは、事情があってキングを倒すために旅をしているんだ。だから、できたらこんなことはやめさせたいと考えている」
「キングを倒すね……」
 トヨは、面白そうにタケヒコと、シュラインたちを見やって笑った。
「キングとその軍隊を倒して、この村から花嫁を出す必要がないようにしてやろうっていうのかい? 若い者は威勢がいいね」
「そんなことをしても、無駄だって言うんですか?」
 幾分ムッとしたように、風槻が尋ねた。
「でも、やってみないとわからないんじゃないですか? このことを教えてくれた村人は、村に若い女は、もう花嫁になる村長の娘だけだって言ってましたよ。ていうことは、この村、このままだと衰退しちゃうってことでしょう?」
「私も、そう思います。それに、どっちにしろ私たちは、キングを倒しに行かないと、どうにもならないんです……」
 シオンが、おずおずと彼女に賛同する。
 トヨは、そんな彼らを今度は少し驚いた顔で眺めやった。
 それへ、シュラインが駄目押しとばかりに言う。
「とにかく、キングの軍隊の規模や、花嫁を差し出す時間など、詳しいことを教えていただけませんか。もし、村に迷惑をかけられると困るというなら、私たちは邪魔にならないようにやります。でも、詳しいことを知らなければ、避けようもありませんから」
「あ……。もしご存知なら、キングの外見や戦力、それにその館の場所も教えていただければ、うれしいです」
 思いついたように、後を続けたのはシオンだ。
 彼女たちの言葉に、トヨは根負けしたように溜息をついた。そして、話し始める。
 村長の娘ルカが、花嫁として連れて行かれるのは、明日の日没のことだという。キングの館は、この村の北に広がる森の奥にあって、そこに百人ばかりの兵士と共に住んでいるらしい。ルカの迎えには、ここから何人かの兵士が車でやって来る。対してルカの方は、一応、彼女が花嫁としてキングの館に入ったことを確認する、立会人として村の女二人が共に行くことになっていた。もっとも、この女たちは、キングの館の前まで付き添うだけで、そこで彼女が中に入るのを見届け、また兵士に送られて村へ戻って来るそうだ。
 ちなみに、この村にはキングがどんな人物かを知っている者は、一人もいないという。
「花嫁として連れて行かれた者たちは、知っているだろうけれどね。誰も戻って来ないし……キングは、わしらのような者の前には、姿を現さないからね」
「では、男か女か、それとも若いのか年寄りなのかも、わからないというわけか」
 むっつりと口を開いたのは、クミノだ。
「まあそうだね。けど、若い娘を花嫁に欲しがるんだから、男なんじゃないかねぇ。それも、二十を過ぎたらお払い箱で、地下に監禁してしまうというから、それほど若くもない……まあ、中年かそれ以上の年の者だろうよ」
 トヨは軽く肩をすくめて、自分の憶測を口にする。
(たしかに、話を聞いた限りでは、そういうふうにしか思えないわね。……にしても、人の記憶や時間を操る力があるのに、そんな下世話な方向に走るって……なんだかそぐわないような……)
 シュラインは、そんなことを考え、思わず首をひねった。だが、やはりこれは、放ってはおけない話だし、彼女たちにとってもキングを倒す恰好のチャンスだった。
 他の者たちも、彼女と同じことを考えたのだろう。
「その村長の娘と入れ替われば、すんなりキングの館へ連れて行ってもらえそうじゃない?」
 言ったのは、風槻だ。
「もちろん、こちらもきっちり準備は整えなくちゃいけないけど」
「そうね。ベタなやり方だけど、それが一番無難かも」
 シュラインもうなずく。
「ああ、なるほど。……入れ替わってしまえば、村人が花嫁を渡すのを拒んだとは見えませんから、そのことで、この村に危害が及ぶ心配もありませんよね」
 シオンが、小さく手を打って言った。そして、思いついたように付け加える。
「相手が武装している可能性も考えて、武器も用意しないといけませんね」
 武器と聞いて、シュラインは思わずクミノを見やった。他の者たちも、全員彼女を注視している。前日一泊した館の中で、彼女はいきなり懐中電灯を呼び出したのだ。しかも、移動の間にタケヒコから聞いた話では、彼女は最初に彼と出会った時、マシンガンを手にしていたという。
 クミノは皆の注視に気づいて、小さく肩をすくめると、トヨをふり返った。
「その兵士たちというのは、どの程度の装備をしている?」
「以前の時には、銃だけだったと思うが……詳しいことはわからないね。なにしろ、わしらは日ごろ、そういうものとは縁がないし、見えない所に武器を持っていたら、気づかないからね」
 トヨは、記憶を探る目をして答える。
 クミノは少し考え込んでいたが、やがてシュラインたちを見やって言った。
「武器の件は、やってみないとわからないが……善処してみる。それより、この先のことだ。花嫁一行と入れ替わるなら、やはり村長にぐらいは話を通しておくのが、筋というものだろう。ただ、この村にキングの手先――間諜のような者がいないとも限らない。そこで、少し策を講じてみようと思う」
「策?」
 タケヒコに問い返されて、クミノがうなずく。そして、全員に傍近く寄るよう言うと、彼女は小声で、自分の考えた計略を話し始めるのだった。

【2】
 トヨの家で簡単な食事をご馳走になった後、シュラインたちは彼女に案内されて、村長の家へと向かった。
 あの、西側の道の突き当たりにある、立派な建物がそうだ。
 そこは、外観に違わず、中身もずいぶんと立派で、大正末期か昭和初期の洋館といった雰囲気だった。
「他の家と、すごい落差ね。……何か妙な商売でもやって、がっぽり儲けてるのかも」
 風槻が、シュラインの隣で囁く。
「妙な商売って、どんなものでしょう?」
 それを聞きとがめたのか、シオンが目をぱちくりさせながら、彼女に尋ねた。
「う〜ん。たとえば、人身売買とか麻薬の密売とか」
 天井を見上げて、風槻が適当なことを言う。
「でも、こんな人の少ない所で、それはないんじゃない?」
 シュラインは苦笑しつつも、口を挟む。地図にもこの周辺に、他に集落は書かれていなかったのだ。とはいえ、たしかにかなりの落差だとは思う。
 やがて、応接間らしい一室に通された彼女たちは、村長と顔を合わせることとなった。相手は、四十代半ばぐらいだろうか。長身でがっしりとしたいかにもリーダー然とした雰囲気の男だ。
 シュラインたちは村長に、キングのきたないやり方から、村と少女を助けるため、手を貸したいと告げた。ところが、村長はそれを頑なに跳ねつけたのである。
「キングに逆らうなど、何を血迷ったことを言っている。あんたらは、よそ者だからわからんのだろうが、この地に住む限り、キングに逆らうことは許されないんだ! さあ、もういいから、帰れ! 帰ってくれ!」
 凄まじい剣幕で怒鳴られ、彼女たちは全員、追い出されてしまった。
 しかたなく、そのまま悄然とトヨの家に戻って行く。
 トヨの家では、彼女たちは再び男女に分かれて、部屋を借りた。といっても、小さなトヨの家には、彼女らの人数分のベッドはない。そこで、シュラインたち女四人は、トヨが普段は妊婦らの診察や、相談事を聞くために使っている部屋に雑魚寝することになった。一方、シオンとタケヒコは、物置兼薬部屋の一画を開けてもらって、そこに同じく雑魚寝である。
 板張りの床に、ありあわせの布や毛布を敷いただけなので、寝心地がいいとは、とても言えなかった。だが、とりあえずは屋根の下で眠れるだけでも、ありがたいとシュラインは思う。
(これで、うまく行ったら私たち、キングと対面することができるのかしら)
 なんとなく、話が簡単すぎる気もしながら、それでもできるだけ早く記憶が戻ってほしいとも思う。
(そういえば……タケヒコさんは、どうして苗字を覚えていないのかしら)
 ふと彼女は胸に呟いた。それは、出会ってからずっと気になっていたことだ。もちろん、気になるといえば、彼のタバコの匂いや声、仕草などにどうしようもなく懐かしさや慕わしさを感じてしまうことそのものも、そうだった。ただ、そちらは森の中でクミノが言っていたように、記憶を失う前は親しい関係だった可能性もあるので、今は考えてもしようがないと思う。が、彼が苗字を覚えていないことの方は、何か別に理由があるような気もするのだ。
(私たちより、長くここにいる可能性はどうかしら。ここにいる時間が長い方が、記憶の欠落が大きいと考えれば、辻褄は合わなくもないわ。……けど、そんな感じはないわね。ここについての知識も、私たちと変わらないし。……キングは記憶と時間を操る……ということは、彼は自分でも知らない間に、何かキングと深く関わっている可能性もある……?)
 シュラインは、そんなことをあれこれと考え巡らせる。だが、そうするうちに、次第に睡魔が襲って来て、やがて彼女は眠りの中へと落ちて行った。

【3】
 翌日の午後。
 シュラインは、零と共に村長の館の一室にいた。部屋には、村長の妻と娘のルカもいる。
 ルカは、黒髪と黒い目の小柄な少女で、なんとなく雰囲気が零に似ていた。
 彼女たちはこの部屋で、零を今宵の花嫁に仕立てる作業に勤しんでいた。
 実は、前夜の村長の態度は全て芝居だったのである。
 クミノの提案で、間諜がいることを考え、わざとああしたのだ。あの時、応接室の窓は開いていた。小さな村のことでもあるし、村長の怒声は外まで響き、村中に旅人が手助けを申し出たのを村長が断った噂が、昨夜のうちに広がっただろう。
 だが実際は、事前にそうした芝居を打つ旨を、トヨからその孫経由で、村長に伝えてもらっていたのだ。また、村長の家に行った際には、クミノがその招喚能力で呼び出したトランシーバー機能付き携帯電話を、使い方を書いたメモと共に、極秘で村長に渡して来た。そして、ゆうべ夜が更けてから、それで連絡を取り合い、今日の作戦を立てたというわけである。
 それにしたがってシュラインたちは、朝になると一旦は村を出た。そして道をはずれて村の西側に回り込み、シュラインと零は村長の家の裏手からここへ来たというわけだった。
 他の者たちも、それぞれ村の周辺に潜んでいるだろう。日没前には、この村長の家に集まる手はずになっている。それまでは、なるべく目立たないよう、バラバラに行動することになったのだ。
 ちなみに、零は外見や年齢がルカに相当するということで、彼女の身代わりを引き受けることになった。立会人の女の役は、風槻とクミノがする。シュラインは、シオンやタケヒコと共に、迎えの車に潜り込む段取りになっていた。が、今は零を花嫁に仕立てる手伝いに来ている。
 やがて、そろそろ日が傾き始めるころ、零の支度は出来上がった。
 質素だが、白いドレスに身を包み、長い黒髪は結い上げて、そこに白い造花のついたヴェールをかぶっている。ヴェールは、後ろに長く裾を引き、前も顔をすっかり隠してしまうように長く垂れていた。なので、よほど間近で顔を覗き込まれなければ、この花嫁がルカとは別人だとは、わからないだろう。
 その姿でルカの隣に立つ零を見やって、シュラインは奇妙な感慨に捕らわれる。
(どうしたのかしら、私……。なんだかまるで、妹の花嫁姿を見るかのような……)
 理由はわからないのだが、彼女の姿を見詰めていると、胸の奥から何かが込み上げて来るような気がするのだ。
「シュラインさん、どうかしましたか?」
 そんな彼女を、零は怪訝そうに見上げる。
「あ……。いいえ、なんでもないわ」
 シュラインは、慌ててかぶりをふった。そして、胸の内とは別のことを言う。
「そうやってルカさんと並んでいると、本当に背格好が似ているわね。なんだか姉妹みたいだわ」
「そうですか?」
 零は軽く目をしばたたいて、ルカを見やった。それをふり返り、ルカはおずおずと口を開く。
「でも、本当にいいんでしょうか……。本来なら、これは私の役目なのに……」
「気にしないで下さい。私たち、こんな話を聞いて、とても放ってはおけませんから」
 零が、小さくかぶりをふって言った。
「そうよ。それに、私たちの方も、どうしてもキングの居場所を突き止め、会わなければならない事情があるの。だからこれは、私たちにとっても好都合ってわけ」
 シュラインも言って、彼女に微笑みかける。
 そこへ、ひそやかなノックの音が響いて、クミノと風槻が姿を見せた。二人は、薄青い揃いのワンピースに身を包み、髪はどちらも結ってあった。更にクミノは、本当の年齢を隠すためだろうか。顔にかなり濃い、老けて見える化粧を施している。
 クミノが夕食がわりのサンドイッチの皿を差し出しながら、そろそろ迎えが来るらしいと告げる。ルカはこの後、念のためこの家の地下にしばらく隠れていることになっていた。
 やがて食事を終えると、シュラインたちは部屋を後にした。
 シュラインは、部屋の前で零たちと別れ、家の裏手に回る。そこに、シオンとタケヒコが待機していた。
「あっちの用意はどうだ?」
「問題ないわ。零ちゃんも、遠目からなら、ルカさんにしか見えないわよ」
 タケヒコに問われて、彼女は言った。
「そうか」
 うなずいて、タケヒコは彼女に狩猟用らしい大ぶりのナイフを差し出した。
「これを持ってろ。護身用だ」
「どうしたの? これ」
「村の鍛冶屋さんがくれたんです」
 受け取りながら尋ねるシュラインに、シオンが言う。
「トヨさんの息子さんだそうで……。私はこの槍をもらいました」
 そう付け加えて、彼は手にした小振りの槍を彼女に示した。
「それじゃあ、クミノさんは武器を出すことができなかったの?」
 思わず尋ねた彼女に、タケヒコがかぶりをふって言う。
「いや。……ただ、招喚された武器は、彼女にしか使えないらしいんだ」
「ああ、それで……」
「携帯電話は、武器じゃなかったから、大丈夫だったみたいです。にしても彼女、すごいですね。本当に、超能力みたいです。私も、スプーン曲げぐらいできないかと、やってみましたが……ダメでした」
 納得するシュラインに、シオンは言って、幾分悄然となる。それへ彼女は思わず苦笑しつつ返した。
「気にしないで。たぶんあれは、誰でもが使える能力じゃないわ」
「だよな」
 タケヒコも同感だと言いたげにうなずき、彼女に木の実をいくつか渡す。これは風槻が手に入れて来たものだという。何があるかわからないので、非常食代わりだ。
 それと、風槻が手に入れて来た情報によると、この村がキングに花嫁を差し出さなければならなくなったのは、十五年前からだという。だいたい、半年から一年の間に一人という割合だそうなので、連れて行かれた娘たちの数は、かなりのものだろう。
 そうこうするうち、そろそろ日没が近くなって来た。シュラインたち三人は、そこから夕闇に紛れるようにして、家の表に回り、玄関脇の植え込みの間に身を潜める。すでに玄関には、ルカに扮した零たちと、村長、その妻、それにトヨや村人たちが集まっていた。
 そこへ、ずいぶんと古びた感じのするマイクロバスがやって来た。どうやらこれが、迎えの兵士たちの乗る車らしい。
 バスから降りて来た兵士たちは、迷彩柄の軍服に同じ柄のベレー帽をかぶり、肩からは自動小銃を吊るしている。腰にも何かぶら下げているようで、たしかに一般人が太刀打ちできる相手ではなさそうだった。
 シュラインたちはそれを見やって、そっと茂みの中を移動し、バスに近づく。降りたのは三人だけで、中にはまだ、運転手ともう一人兵士がいるようだった。それに気づかれないよう注意しながら、シュラインたちはバスのトランクに手をかける。幸い、そこには鍵はかかっておらず、しかも中は空だった。さすがにマイクロバスだけあって、トランクもかなり広い。おかげで三人は、多少窮屈な思いをしながらも、どうにかその中に収まることができた。
 その中でしばらく息を殺していると、やがて人声と足音が近づいて来て、バスに乗り込む気配があった。続いて、エンジンがかかり、バスは動き出す。いよいよ彼女たちは、キングの館に向かって、出発したのだった。

【4】
 マイクロバスが動きを止めたのは、それから三十分ほどが過ぎたころだった。ドアの開け閉めする音が響き、中から人が降りる気配がある。シュラインたちもうなずき合うと、トランクから外へ出た。さすがに体がすっかり強張ってしまっていたが、それをほぐしているような時間はない。
 最初に動いたのは、タケヒコだった。一番最後を行く兵士を後ろから羽交い絞めにして、頭を手にしたナイフの柄で殴りつける。あまりに突然の襲撃に、兵士は声も立てずにその場に昏倒した。が、さすがに職業軍人だけはある。その前にいた兵士が、何を感じたのか、こちらをふり返った。
「なんだ、おまえたち……!」
 とっさに声を上げる兵士に、背後から素早く襲いかかったのは、クミノだった。彼女は手にしたスタンガンを、兵士の体に押し付け、一気に電流を流す。たちまち兵士は昏倒する。残りの三人も、風槻と零、タケヒコの三人が素早く昏倒させてしまった。
 その後シュラインたちは、兵士らの軍服を剥ぎ取ると、身に着ける。クミノと風槻も、そちらに着替えた。どちらにせよ、立会人の女二人は、キングの館の中には入れない。兵士にすり変わる方が、何かと便利だ。
 こうして全員が兵士と入れ替わると、衣服を剥ぎ取った兵士らは念のため、縛り上げてバスの影にころがして置き、花嫁の扮装のままの零を連れ、いよいよ館の中へと踏み込んだ。
 マイクロバスが停まったのは、館の玄関前に広がる前庭の一画に儲けられた駐車場だった。玄関は、そこから少し歩いた所にある。粗く削った石を組み上げた、妙に遺跡めいた階段を登り詰めた先には、重い鉄の二枚扉があって、両脇には二人づつ、計四人の兵士がその扉を守っていた。
 だが、花嫁姿の零を連れたシュラインたちは、特別咎められることもなく、そこを通り抜ける。問題は中へ入ってからだった。しかし。
「安心して。一階部分だけなら、地図があるから」
 風槻が、笑顔と共に彼女たちに囁く。もっとも、彼女たちには、その言葉の真相を聞く暇はなかったが。
 扉の向こうは、広々としたホールになっており、そこに彼女たちを出迎えに来たとおぼしい男が一人、立っていたのだ。
「ご苦労だったな。キングがお待ちかねだ」
 言って、ついて来いというかのように、踵を返して歩き出す。シュラインたちは、とっさに顔を見合わせたものの、黙って後に続いた。
 男は、ホールの奥にある階段室へと足を踏み入れた。そのまま、その階段を上へ上へと登って行く。男が足を止めたのは、三階だった。階段室を出ると、広い廊下が真っ直ぐに続いている。一階のホールは玄関同様の遺跡めいた石造りだったが、この階は違うようだ。床には薄い絨毯が敷かれているが、壁は白いコンクリートだ。左右には、いくつか扉が並んでいるが、男はそれには目もくれずに、ただ廊下を歩いて行く。
 シュラインは、いったいどこまで行くのか訊きたい衝動に駆られたが、下手に質問して兵士ではないことがバレても困ると、黙っていた。
 やがて何度か角を曲がり、ようやく男は突き当たりの二枚扉の前で立ち止まった。
「キングはこちらにおられる。失礼のないようにな」
 男はシュラインたちをふり返って言うと、扉を軽くノックし、中に向かって花嫁が到着したことを告げる。中からは、低い声で入るよう答えが返った。男が扉を開け、先に立って入って行く。シュラインたちも、後に続いた。
 扉の向こうは、書斎か執務室といった雰囲気の部屋だった。床には、赤い絨毯が敷かれ、やや左手寄りに、どっしりとした机が置かれている。部屋の隅には観葉植物が配置され、壁にも小さな風景画が掛けられていて、重厚だが居心地のいい雰囲気に整えられていた。
 部屋の主は、机の後ろにかけられた絵を眺めていた。その後ろ姿は軍服をまとっていたが、それは他の兵士たちとは違い、ダークグリーンのスーツめいたものだ。帽子はかぶっておらず、長く伸ばした栗色の髪が、その背をおおっていた。
「キング、イチの村からの花嫁を連れて参りました」
 シュラインたちを案内して来た男が、その背に声をかける。
「ご苦労だった」
(え?)
 その声に、シュラインたちは虚をつかれた。返って来たそれは、明らかに女のものだったからだ。
(でも……まさか、そんなこと……)
 驚き、混乱する彼女らの前で、キングがゆっくりとふり返った。
(あ……!)
 シュラインは、思わず息を飲む。
 ふり返った姿は、たしかに女だった。年齢は四十代半ばというところか。見るからに意志の強そうな吊り上がった眉と、くっきりとマスカラに縁取られた目の、気性の激しそうな女だ。
 彼女は、ゆっくりとシュラインたちの方へ歩み寄って来た。そして、ずっとうつむいたままの零の顔にかかるヴェールを、無造作に捲り上げる。
「あ……!」
 零が、驚いたように顔を上げた。キングはその零の顎に手をかけて、無理矢理上を向かせると、食い入るようにその顔に目をやる。そのまなざしは、どこか狂気じみた光を放っていた。
「なんという、きめ細かで美しい肌をした娘だ。……イチの村の村長め、娘によほど手をかけていると見える」
 低く呟き、彼女はしばし零の顔を眺め続けた後、手を離して男の方を見やった。
「今度の花嫁は、一級品だ。だが、小柄だからな。血は、少しずつ絞り取れ。肉は、そうだな。指などの、切り取っても問題ない部分と、胸や腹のような脂の多い部分を優先しろ。どちらにしろ、できるだけ長く生きていてもらわねばならないからな。致命傷にならないよう、気をつけろ」
「は」
 命じられて、男は即座にうなずく。
 だが、シュラインたちにはいったいキングが何を命じているのか、理解できなかった。とはいえ、それがあまり楽しいことではなさそうだという予想はつく。
(血を絞り取る……ですって? それに、肉も。……これって……)
 シュラインの背筋を、冷たいものが走りぬけた。同時に、その脳裏にどこから得たのかわからない知識がふっと過ぎる。それは、エリザベート・バートリーという名の、自分の美を保つために大勢の若い娘を殺した女の所業だった。
(でも……まさか、そんなこと……)
 シュラインは、小さくかぶりをふって、自分のその恐ろしい連想を振り払う。
 と、男がふり返った。
「おい、おまえたち。花嫁を地下へ連れて行け。すぐに身を清めさせ、採血と肉の一部を切り取る作業を始める」
 そのとんでもない命令に、シュラインは思わず息を飲んで、目を見張る。いくらなんでも、こんな命令に従えるわけがない。
 彼女は、どうしたらいいのかわからなくなって、そっと他の仲間たちを伺い見た。
 その時だ。
「冗談じゃないぜ。こんな命令に、従えるわけがないだろう!」
 喚いて肩からかけた自動小銃を素早く下ろし、構えたのはタケヒコだった。
「お、おまえたち……!」
 男が、ぎょっとしたように目を見張る。まさか反抗されるとは、思っていなかったのだろう。タケヒコの行動に、シュラインたちも従う。というか、この状況ではもはや、右へ習うしかしかたがなかった。
 シュラインも自動小銃を肩から下ろして構えつつ、とっさに零を後ろにかばった。とはいえ、この銃を自分が使えるのかどうかは、心もとない。
 まるでそれを見越したかのように、クミノがタケヒコと並んで前へ出た。彼女も自動小銃を構えている。
「零さんを連れて、この部屋から出ろ。タケヒコさんもだ。私にもよくはわからないが、私に対して害を成そうとする者は、ことごとく死ぬことになる。そんな感じがするんだ。だから、皆は外に出ろ。できるだけ、ここから離れるんだ」
 銃を構えながら、クミノが彼女たちだけに聞こえる低い声で、囁くように言った。その声には有無を言わさない切迫した調子があって、シュラインたちは無言でうなずく。
 クミノが銃を乱射し始めたのを合図に、彼女たちは身を翻した。男とキングがどうなったのかはわからないが、彼女たちにはそれを確認している余裕もなかった。
 ただ、キングとあの男が呼んだのだろうか。部屋を出た彼女たちは、自動小銃を手にこちらへ走って来る数人の兵士の姿を目にした。
「こっちだ」
 タケヒコに言われるままに、彼女たちは廊下を反対に走り出す。追って来るかと思ったのだが、奇妙なことに背後からは兵士らの非鳴が響いたのみで、その後彼らの靴音は聞こえなかった。
「いったい、何があったのかしら……?」
 思わず呟くシュラインに、風槻が小さく肩をすくめる。
「あのお嬢ちゃん、他にも何か特殊能力を持ってたんじゃないかしら。地図を見つけた館で一泊した時も、自分に近づかない方がいいとかなんとか言って、結局、壁際でうずくまって過ごしたのよね」
「そうなの?」
 軽く目をしばたたいて尋ねるシュラインに、風槻はうなずいた。それへ、シオンが提案する。
「とにかく、ここはクミノさんにお任せして、私たちは捕らわれている方たちを探しませんか? もし村で聞いた話どおり、どこかに監禁されているなら、助けてあげたいですし」
「そうだな」
 タケヒコがうなずく。
 シュラインも、それには同感だったが、はたして本当にその人たちは無事に生きているのだろうかとも思う。先程のキングの命令からすれば、花嫁として連れて来られた女性たちは、ゆっくりと血を抜かれ、肉を削がれて殺されて行ったと考える方が正しいような気がしたのだ。だが、どちらにせよ、ここまで来たからには、その女性たちがどうなったのかを正しく把握する必要はあるだろう。
 他の者たちも同じ考えなのか、小さくうなずく。
 こうして彼女たちは、キングの館の中を捕らわれの娘たちを探して、さまようことになったのだ。

【5】
 シュラインたちが、地下室を発見したのは、それから一時間ほど後のことだった。
 とりあえず一階まで降りた彼女たちは、その後、風槻が持っていた地図を頼りに進んだ。
 どうやらこの館の一階部分は、もともとはこの森の中にあった遺跡らしい。村の老人たちの多くは、幼いころにその遺跡で遊んだことがあり、この地図は風槻がそんな老人たちの話を聞いてまとめ、書き起こしたものだという。
 ただ、老人たちは地下の存在には気づいていなかったらしい。誰もそれについて言及した者はいなかったと風槻は話したが、地図があるのとないのとでは、ずいぶん違う。シュラインたちはそれを参考にしながら、行き止まりや三叉路、地図にない通路などで壁や床を叩いて、その反響を確認しながら進んだ。
 この作業で威力を発揮したのは、シュラインの耳だ。彼女は細かな音の差異まで聞き分けることができたのだ。
 そして、その耳が、巧妙に隠された地下への入り口を発見した。
 地下室自体は、遺跡の一部として最初からあったものらしい。だが、出入り口を塞ぎ、わかりにくくしたのは、キングとその兵士たちのようだ。
 地下への階段を降り切った所にも重い鉄の扉があり、鍵が掛けられていた。見張りらしい人の気配はなく、扉の傍の壁には、声紋識別装置が取り付けられていた。
(ここは……上の階であの男が零ちゃんを連れて行けと言った場所とは、違うのかもしれないわね。だって、こんなものがあるってことは、ここは誰でもが出入りできる場所ってわけじゃ、なさそうだものね)
 シュラインはそれを見やって思ったが、とにかく入ってみないことには、中に何があるのか、わからない。どの声が登録されているのかは不明だったが、彼女はキングの声で試してみることにした。
 三階の部屋で聞いた声を思い出し、それをそっくりそのまま再現する。
「私だ。開けろ」
 途端、識別装置が反応し、扉の鍵がはずれる音がした。
「シュラインさん、すごいですね」
 感嘆の声を上げたのは、シオンだ。
「どういうわけか、私はどんな声や音でも、模写できる能力があるらしいわ」
 シュラインは、村への道をたどる途中で気づいた自分の能力について告げると、扉を開けて中へと入って行く。その中は、狭い廊下が続いており、左右に鉄格子で閉め切られた獄舎が並んでいた。そして、その中には、女性たちが手足を鎖でつながれ、ぼろぼろの衣服を着せられて、捕らわれていた。どの女性も皆、ずいぶんとやせ細っている。だが、体にはどこにも傷はないようだ。
 それを確認して、シュラインたちは安堵する。
「とにかく、この人たちを助けよう」
「ええ」
 タケヒコの言葉に、シュラインも他の者たちもうなずいた。
 大きな音を立てるのはまずいかもしれないと思ったが、彼女たちは銃で獄舎の鍵を壊し、女性たちの手足を縛めている鎖をもはずした。女性たちは、ずいぶん体が弱っている様子だったが、どうにか自分の足で立って歩けるようではある。
 その女性たちを連れて、彼女たちは館の玄関を目指した。
 途中、クミノからトランシーバー機能を持つ携帯を使って、館に爆弾を仕掛けたので、今から三十分以内に玄関で落ち合い、退避行動に移る旨、連絡があった。ちなみに、彼女の持つそれは、圏外であるなしを問わず、他の携帯電話やPHSをリンクさせ、無線として使うことのできる機能を持っているのだった。
 何度か、兵士らと遭遇したものの、シュラインが事前に足音でそれを察知して回避したり、全員で協力して倒したりして、どうにか切り抜け、やがて玄関へとたどり着いた。
 玄関には、連絡があったとおり、クミノが彼女たちを待っていた。
「クミノ!」
「クミノさん!」
 駆け寄るシュラインたちに、彼女は叫ぶ。
「話は後だ。とにかく、ここから退避する。少し離れてついて来い」
 そのまま先頭に立って、外へと走り出た。途端に、銃の連射される音と非鳴が響き、シュラインたちが外に出た時には、そこは兵士たちの屍の山が築かれていた。
 シュラインたちは、その凄惨な光景に、一瞬立ち尽くす。
 それにはかまわず、クミノは言った。
「皆は、来た時使ったマイクロバスで行け。私は、待っている間にバイクをみつけたから、それで行く」
 彼女の年齢では、バイクの運転はできないはずだったが、その口調には、問い返すことすら許さない何かがあった。シュラインたちはうなずき、助けた女たちを連れて、来る時に使ったマイクロバスの方へと走り出す。
 どうにかその中に収まり、走り出した窓から、シュラインはふと後ろをふり返った。そして、思わず瞠目する。
 館の兵士たちが、クミノを取り囲むようにして銃撃していたが、それはまったく彼女にかすりもしていないのだ。いったいどういう仕組みなのか。その間に彼女は、構えた自動小銃で、兵士らを次々と倒して行く。
(すごい……!)
 シュラインは、思わず胸の中で声を上げる。キングがどうなったのかはわからないが、館に爆弾を仕掛けたというなら、それが作動すれば、キングも共に吹き飛ぶかもしれない。
 その背後で、ようやく銃撃の音が止み、あたりはうっそうと木々の茂る森へと変わって行く。その風景はシュラインに、最初に目覚めたあの森のことを思い出させた。
 ふいに、バスのはるか後方から、轟音が響く。クミノの仕掛けた爆弾が、キングの館を吹き飛ばしたのだろう。
(これで、キングは倒れたの?)
 シュラインは、思わず胸に呟く。だが、記憶が戻る気配は一向になかった。もしかしたら、キングは館から逃れたのかもしれない。
 いつになったら、記憶は戻るのか。そしてこんな日々は終わりを告げるのか。幾分暗澹とした気持ちのままに、彼女はバスのシートに身を預ける。
 そんな彼女たちを乗せて、マイクロバスは走り続けていた――。



■ ■ ■

 翌朝。
 シュラインたちは、村で分けてもらった食糧を手に、トヨや村長、ルカらに見送られて、イチの村を後にした。
 あの後、どうにか村に帰り着いた彼女たちは、娘たちを連れ帰ったことで、村長以下の村人たちから大歓迎を受けた。もっとも、彼らの中にはまだ、キングの報復を恐れる気持ちは、けしてなくはなかっただろう。
 それをきれいに払拭したのは、クミノだった。
 彼女は、あの館にいたのがキングの名を騙る偽物だったことを、人々に告げたのだ。
 キングを名乗っていたあの女は、本当の名をキヨラと言った。キングによってこの周辺の統治を任され、軍勢を預けられていたのだという。ところが彼女は、たまたま捕らえた村の子供が、自分をキングと勘違いしたのをいいことに、その名を騙るようになったのだ。そして、自らの美貌を保つため、花嫁と称して若い娘を差し出させ、その生き血を絞って化粧水がわりにしたり、体の一部を切り取って脂を絞らせ、保湿クリームやパックなどの基礎化粧品を作らせていたのだという。
「何それ、気持ち悪い。そんなので、美容なんて保てるわけないじゃない。バカ?」
 話を聞くなり、顔をしかめて辛辣に吐き捨てたのは、風槻だった。シュラインも、それには同感だ。あの館で彼女の脳裏をよぎったとおり、歴史上にも処女の血を絞ってそれに浸かった女の話はある。が、それを実行して、本当に美容が保たれるとは、同じ女として彼女にはとても思えないのだ。血は乾くと固まってしまうし、鉄分や塩分、ヘモグロビンなどが肌にいいとは、とても思えない。
(どっちかというと、血を見て陶酔するタイプの人間だったんじゃないかしら)
 シュラインは、そんなふうにも考える。
 風槻の言葉に、クミノは言った。
「私も同感だが……彼女は血液に、他にも何か混ぜたものを作らせて使っていたようだ。いくらかは、レズっけもあったのかもしれないな。私たちが助け出した女たちは、飢餓状態で弱ってはいたが、無傷だった。だが、私が調べた他の部屋には、いくつも死体がころがっていたからな。おそらく、好みの女からだけ血肉を奪い、そうじゃない者は地下に閉じ込めて、飢え死にさせていたんだろう」
 それは、なんともぞっとしない話だった。
 キヨラは、兵士たちにも絶対服従を強いて、反抗する者には容赦しなかったらしい。それで彼らは、キヨラを「キング」と祀り上げ、彼女の恐ろしい所業の手助けをしていたようだ。
 だが、とりあえずこれで、この村の人々にとっての憂慮の種は消えた。それに、シュラインたちにとっても一つだけ、朗報があった。クミノがキヨラから、本物のキングの館の位置を聞き出していたことだ。
「キングはここにいるらしい」
 彼女が地図上で示したのは、あの二つ並んだ小高い丘の、西側のものの頂上だった。彼女は、更に続ける。
「ただし、ここへ行くためには、このもう一つの丘との間にある、関所を通過しなければならないらしい。手形がなければ、ここは通してもらえないようだが……そのかわり、ここは一種、砦の役目も果たしていて、武器庫があるらしい」
「つまり、ここに行けば、キングを倒すのに必要な武器も、手に入るってことね」
 シュラインが確認するように言うと、クミノはうなずく。
 こうして、ようやくキングの居所を知ることのできた彼女たちは、村人たちからの謝礼がわりの食糧を受け取って、そこを後にした。
 目指すは、本物のキングの館に続く、関所だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】

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■         ライター通信          ■
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『記憶の迷宮 2』に参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、みなさまからいただいたプレイングを、
充分に生かし切れなかった部分もあるかと思います。
まことに、申し訳ありません。
なお、自動小銃は別としまして、それ以外の武器や食糧など、今回入手したものは、
次回以降、そのまま各PC様の所持品として描写されます。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●シュライン・エマ様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
聴力の認識につきましては、「記憶を失っている」ということで、
「それが自分にとっての普通の聞こえ方である」というのがわかっていなかった、
という感じで前回、描写させていただいておりました。
申し訳ありません。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
お楽しみいただけていれば、いいのですが。
そして、残りも参加いただければ、うれしいです。