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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 2

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 そうしてたどり着いた先は、空き家となった白い館だった。
 そこで得られたのは、この島の地図と、キングについての伝承めいた文章だった。それによれば、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在であるという。また、キングを倒すことができなければ、記憶は奪われたままで、いずれ彼らはこの地の住人になってしまうらしい。
 この先に進むことを決めた草間たちは、その館の中で、それぞれ眠りに就いた。

+ + +

 翌日。
 館を後にした草間たちは、半日近く歩き続けて、小さな集落に到着した。うまく交渉して、水や食糧を分けてもらおうと考えたのだが、村人たちは旅人を歓迎するムードではないようだ。
「あの……何かあったんですか?」
 青白い顔をして行き過ぎようとする村人の一人をつかまえ、草間は尋ねた。
「あんたは、よそ者だな? 外から来た人に、こんな話をしてもしかたがないが……聞きたいなら教えてやる。今夜、村長の娘がキングの花嫁になるんだ」
 村人は言って、ぽつぽつと事情を語る。
 「花嫁」といってもそれは、実質的には人身御供のようなもので、村がキングの軍隊に襲われないよう、何年かに一度、村の娘を差し出すのだそうだ。だが、そのせいで村にはもう若い女は十七になる村長の娘しかいない。そしてその少女も、今夜、キングの元へ差し出されるのだという。
 「花嫁」としてキングの元へ行った娘たちは、以後戻って来ることはない。噂では、奴隷同然の扱いを受けた後、二十を越えたらキングの館の地下に幽閉され、飢え死にさせられるのだともいう。
「なんて話だ……」
 話を聞いて、怒りに燃える草間は、仲間たちと共に、少女を助ける決意をするのだった。





【1】
 法条風槻(のりなが ふつき)は、出されたお茶をありがたく口にしながら、室内を見回した。
 彼女と、同行者であるササキビ・クミノ、シュライン・エマ、シオン・レ・ハイ、草間零、タケヒコの六人は今、地図に「イチの村」と記載されている村の、長老で産婆でもあるというトヨという老婆の家に招かれていた。
 この村にたどりついたものの、通りすがりの村人から、旅人を泊めているどころではない事情を聞かされ、宿もなさそうな村の様子に途方にくれていた彼女たちを、トヨは今夜泊めてやろうと申し出てくれたのだ。
 イチの村は、真ん中にある小さな広場の四方から延びた道に沿って、両側にレンガと藁葺き屋根のみすぼらしい家が並ぶばかりの集落だ。東側の村の入り口から広場に向かって伸びる道の両側には、小さな店がいくつか並んでいる。また、西の道の突き当たりには、立派な建物があったが、それ以外、取り立てて何もない村だった。
 トヨの家は、その中ではいくらか立派な方だろうか。今風槻たちがいるのは、入り口を入ってすぐの所にある小さな食堂兼居間のような部屋だった。床は板張りで、長方形の木のテーブルと椅子が何脚か置かれてあるだけの、質素な一室だ。
「あの……さっき、今この村は大変なんだと聞きましたけれど……私たち、泊めていただいて、いいんでしょうか」
 お茶を半分ほど飲み干して、幾分おずおずと言ったのはシュラインだ。
「かまわないよ。じたばたしてみたところで、どうなるものでもないしね」
 トヨは、小さく肩をすくめて、あきらめ顔で言った。それへ、タケヒコが告げる。
「実は俺たちは、事情があってキングを倒すために旅をしているんだ。だから、できたらこんなことはやめさせたいと考えている」
「キングを倒すね……」
 トヨは、面白そうにタケヒコと、風槻たちを見やって笑った。
「キングとその軍隊を倒して、この村から花嫁を出す必要がないようにしてやろうっていうのかい? 若い者は威勢がいいね」
「そんなことをしても、無駄だって言うんですか?」
 風槻は、幾分ムッとして尋ねた。そして続ける。
「でも、やってみないとわからないんじゃないですか? このことを教えてくれた村人は、村に若い女は、もう花嫁になる村長の娘だけだって言ってましたよ。ていうことは、この村、このままだと衰退しちゃうってことでしょう?」
「私も、そう思います。それに、どっちにしろ私たちは、キングを倒しに行かないと、どうにもならないんです……」
 シオンが、おずおずと彼女に賛同する。
 トヨは、そんな彼女たちを今度は少し驚いた顔で眺めやった。
 それへ、シュラインが駄目押しとばかりに言う。
「とにかく、キングの軍隊の規模や、花嫁を差し出す時間など、詳しいことを教えていただけませんか。もし、村に迷惑をかけられると困るというなら、私たちは邪魔にならないようにやります。でも、詳しいことを知らなければ、避けようもありませんから」
「あ……。もしご存知なら、キングの外見や戦力、それにその館の場所も教えていただければ、うれしいです」
 思いついたように、後を続けたのはシオンだ。
 彼女たちの言葉に、トヨは根負けしたように溜息をついた。そして、話し始める。
 村長の娘ルカが、花嫁として連れて行かれるのは、明日の日没のことだという。キングの館は、この村の北に広がる森の奥にあって、そこに百人ばかりの兵士と共に住んでいるらしい。ルカの迎えには、ここから何人かの兵士が車でやって来る。対してルカの方は、一応、彼女が花嫁としてキングの館に入ったことを確認する、立会人として村の女二人が共に行くことになっていた。もっとも、この女たちは、キングの館の前まで付き添うだけで、そこで彼女が中に入るのを見届け、また兵士に送られて村へ戻って来るそうだ。
 ちなみに、この村にはキングがどんな人物かを知っている者は、一人もいないという。
「花嫁として連れて行かれた者たちは、知っているだろうけれどね。誰も戻って来ないし……キングは、わしらのような者の前には、姿を現さないからね」
「では、男か女か、それとも若いのか年寄りなのかも、わからないというわけか」
 むっつりと口を開いたのは、クミノだ。
「まあそうだね。けど、若い娘を花嫁に欲しがるんだから、男なんじゃないかねぇ。それも、二十を過ぎたらお払い箱で、地下に監禁してしまうというから、それほど若くもない……まあ、中年かそれ以上の年の者だろうよ」
 トヨは軽く肩をすくめて、自分の憶測を口にする。
(たしかに、話を聞くとそんな感じもするけど……。ただ、人の記憶や時間を操る力があるのに、この強引な方法って、なんだか……ゲームのボスとかみたいよね)
 風槻はそんなことを考え、思わず首をひねった。だが、どちらにしろこれは、彼女たちにとっては、キングを倒すチャンスだった。
「その村長の娘と入れ替われば、すんなりキングの館へ連れて行ってもらえそうじゃない?」
 彼女は言って、付け加える。
「もちろん、こちらもきっちり準備は整えなくちゃいけないけど」
「そうね。ベタなやり方だけど、それが一番無難かも」
 シュラインもうなずく。
「ああ、なるほど。……入れ替わってしまえば、村人が花嫁を渡すのを拒んだとは見えませんから、そのことで、この村に危害が及ぶ心配もありませんよね」
 シオンが、小さく手を打って言った。そして、思いついたように付け加える。
「相手が武装している可能性も考えて、武器も用意しないといけませんね」
 武器と聞いて、風槻は思わずクミノを見やった。他の者たちも、全員彼女を注視している。前日一泊した館の中で、彼女はいきなり懐中電灯を呼び出したのだ。しかも、移動の間にタケヒコから聞いた話では、彼女は最初に彼と出会った時、マシンガンを手にしていたという。
 クミノは皆の注視に気づいて、小さく肩をすくめると、トヨをふり返った。
「その兵士たちというのは、どの程度の装備をしている?」
「以前の時には、銃だけだったと思うが……詳しいことはわからないね。なにしろ、わしらは日ごろ、そういうものとは縁がないし、見えない所に武器を持っていたら、気づかないからね」
 トヨは、記憶を探る目をして答える。
 クミノは少し考え込んでいたが、やがて風槻たちを見やって言った。
「武器の件は、やってみないとわからないが……善処してみる。それより、この先のことだ。花嫁一行と入れ替わるなら、やはり村長にぐらいは話を通しておくのが、筋というものだろう。ただ、この村にキングの手先――間諜のような者がいないとも限らない。そこで、少し策を講じてみようと思う」
「策?」
 タケヒコに問い返されて、クミノがうなずく。そして、全員に傍近く寄るよう言うと、彼女は小声で、自分の考えた計略を話し始めるのだった。

【2】
 トヨの家で簡単な食事をご馳走になった後、風槻たちは彼女に案内されて、村長の家へと向かった。
 あの、西側の道の突き当たりにある、立派な建物がそうだ。
 そこは、外観に違わず、中身もずいぶんと立派で、大正末期か昭和初期の洋館といった雰囲気だった。
「他の家と、すごい落差ね。……何か妙な商売でもやって、がっぽり儲けてるのかも」
 それを見やって風槻は、隣にいるシュラインに囁く。
「妙な商売って、どんなものでしょう?」
 それを聞きとがめたのか、シオンが目をぱちくりさせながら、彼女に尋ねた。
「う〜ん。たとえば、人身売買とか麻薬の密売とか」
 天井を見上げて、風槻は思いつくままに言う。
「でも、こんな人の少ない所で、それはないんじゃない?」
 シュラインが苦笑しながら、口を挟んで来る。
 言われて風槻も、そういえばそうかと思い直した。たしかに地図にも、この周辺には他に集落など書き込まれていない。では、この落差はなんなのだろう。
(首相が、専用の官邸に住んでいるようなもの……だったりして?)
 ふと思いついて、彼女は自分の考えに納得する。きっと、別の人物が村長になれば、今の村長とその家族は、この家を新しい村長一家に明け渡すのだろう。
 やがて、応接間らしい一室に通された彼女たちは、村長と顔を合わせることとなった。相手は、四十代半ばぐらいだろうか。長身でがっしりとしたいかにもリーダー然とした雰囲気の男だ。
 風槻たちは村長に、キングのきたないやり方から、村と少女を助けるため、手を貸したいと告げた。ところが、村長はそれを頑なに跳ねつけたのである。
「キングに逆らうなど、何を血迷ったことを言っている。あんたらは、よそ者だからわからんのだろうが、この地に住む限り、キングに逆らうことは許されないんだ! さあ、もういいから、帰れ! 帰ってくれ!」
 凄まじい剣幕で怒鳴られ、彼女たちは全員、追い出されてしまった。
 しかたなく、そのまま悄然とトヨの家に戻って行く。
 トヨの家では、彼女たちは再び男女に分かれて、部屋を借りた。といっても、小さなトヨの家には、彼女らの人数分のベッドはない。そこで、風槻たち女四人は、トヨが普段は妊婦らの診察や、相談事を聞くために使っている部屋に雑魚寝することになった。一方、シオンとタケヒコは、物置兼薬部屋の一画を開けてもらって、そこに同じく雑魚寝である。
 板張りの床に、ありあわせの布や毛布を敷いただけなので、寝心地がいいとは、とても言えなかった。だが、とりあえずは屋根の下で眠れるだけでも、ありがたいと風槻は思う。
(あ……。そういえば、この村の人たちって、記憶をなくしてここの住人になった人たちなのかしら。あんまり、そんなふうには見えないけど……)
 目を閉じようとして、彼女はふいに思い出し、眉根を寄せた。前日泊まった館で見つけた、キングに関する文章の中に、そんな言葉があったのだ。
(それに、この村に最近、あたしたちみたいに記憶をなくした人間が、来たことはなかったのかしら)
 気になり始めると、どうにもそのままにして眠れない。彼女は、そろそろと寝床から起き上がった。シュラインと零はすでに眠っているのか、規則正しい寝息が聞こえる。クミノは、あの館の時と同じように、壁際にうずくまっていた。膝の上に置いた両手に何かを握りしめ、その上に顔を伏せている。
 風槻はそれを見やって小さく肩をすくめ、部屋を出た。食堂兼居間の方へ行くと、トヨがまだ起きていた。どうやら、衣類の繕いをしているらしい。
「まだ寝ないんですか?」
 声をかけると、トヨは顔を上げた。
「あんたこそ、寝ないのかね?」
「……ちょっと、気になることがあって……」
 問われて言うと、風槻はさっき、寝床の中で考えていたことを、彼女に問うた。途端にトヨは、きょとんとなる。だが、すぐに笑い出した。
「おかしなことを言う子だね。わしらはこの村で生まれて、ここで育って来た者ばかりだよ。記憶をなくして住み着いた者なんぞいない。まあ、たまに旅人はやって来るがね。たいていは、行商人だね。小さな車に、生活道具一式と服だの小間物だの、そういう売り物を積んで、回って来るのさ。そういう人たちは、遠い土地の話も一緒に持って来るから、みんな楽しみにしているよ。……あんたたちみたいなの方が、珍しいかもしれないね」
「はあ……」
 トヨの言葉に、風槻は曖昧にうなずく。その後もうしばらく彼女と話して、風槻は元の部屋に戻った。自分の寝床に横たわり、今聞いたことを改めて考えてみる。だが、すぐに彼女は気づいて顔をしかめた。
(村人に、記憶のことについて尋ねても、意味がないんだわ。だって、記憶をなくしてこの地の住人になったってことは、もしかしたら、『自分が他所から来た』ってこと自体も、忘れてるかもしれないってことじゃない)
 そんなことは、普通ならばあり得ないと思う。だが、もしも本当に記憶を操ることができる力をキングが持っているなら、「自分はこの村で生まれて、ずっとここで育った」と思い込ませることも可能なのではないか。
 彼女はそこまで考えて、ふいにぞっとする。
(っていうことは、あたしたちも、早くキングを倒さないと、そんなふうになっちゃうかもしれないってこと? 冗談じゃないわ)
 とはいえ、今は取り立ててできることもない。とにかく、明日になったらもっと情報を集めてみようと風槻は自分を宥め、ようやく目を閉じたのだった。

【3】
 翌日の日没近く。
 風槻は、クミノと共に村長の家の一室にいた。さほど大きな部屋ではないが、壁際には等身大の姿見が置かれ、薄青いワンピースが二着、傍のソファの上に並べられている。クミノと風槻は、今それに着替えようとしているところだった。
 実は、前夜の村長の態度は全て芝居だったのである。
 クミノの提案で、間諜がいることを考え、わざとああしたのだ。あの時、応接室の窓は開いていた。小さな村のことでもあるし、村長の怒声は外まで響き、村中に旅人が手助けを申し出たのを村長が断った噂が、昨夜のうちに広がっただろう。
 だが実際は、事前にそうした芝居を打つ旨を、トヨからその孫経由で、村長に伝えてもらっていたのだ。また、村長の家に行った際には、クミノがその招喚能力で呼び出したトランシーバー機能付き携帯電話を、使い方を書いたメモと共に、極秘で村長に渡して来た。そして、ゆうべ夜が更けてから、それで連絡を取り合い、今日の作戦を立てたというわけである。
 その計画にしたがって、風槻たちは朝になると一旦村を出た。そして道をはずれて村の周辺へとそれぞれ潜んだ。
 花嫁の身代わりは、零がやることになっており、午後にはシュラインと共に支度のため、村長の家に入ったはずだ。他の者も、日没前には村長の家に集まる手はずになっていた。それまでは、なるべく目立たないよう、バラバラに行動することになったのだ。
 風槻は、とにかく情報を集めることが一番大切だと考えていた。キングの情報、それからこの村と自分たちとの文化の違いを知ること。あとは、武器と食糧の調達か。昨夜、トヨに訊いたことについても、一応村人たちに尋ねる必要があるだろう。
 そこで彼女は、村を出る前、東側の通りに並んでいる店の中へ、一軒一軒入ってみた。たわいのない言葉を、店の者たちと交わしながら、並んでいる商品を眺める。雑貨屋に食料品店、服屋に小間物屋、薬局に鍛冶屋。どの店も、店内はどこかみすぼらしく、埃っぽくて、並んでいる品物は、テレビドラマなどで見る昭和初期のころのもののようだ。
 全部を回ってみた感想は、半世紀前の日本にタイムスリップしたかのようだ、ということだった。だが、店の者たちと話したおかげで、わかったこともある。 
 この村が、キングに花嫁を差し出さなければならなくなったのは、十五年前からだというのだ。花嫁を差し出す頻度は、だいたい半年から一年の間に一人という割合だとも聞いた。連れて行かれた娘たちの数は、かなりのものだろう。
 その後彼女は、食糧と武器の調達のため、村の周辺を歩き回った。
 その途中、村の女たちが小さな泉の傍で野菜を洗いながら、話に熱中しているのに出くわした。最初はただ聞き耳を立てているだけだったのだが、一人の老婆が、森の中の遺跡の話を始めたのに興味が湧いて、彼女は近づいて積極的に情報を引き出すことにした。一応、昨日村へ立ち寄った旅人と気づかれないように、ジャンパースカートを脱ぎ、ジーンズとTシャツだけになると、髪は後ろで一つに束ね、ついでに顔には適当に土を塗りつけて、人相がわかりにくくした。
 そうして女たちに近づき、いかにも旅の途中だと見せかけて、声をかけた。
 その結果得られたのは、北の森には昔から古い石組みの建物があり、そこをキングが改造して館として使っていることと、村の老人たちは皆、子供のころにその中で遊んだので、元の遺跡の部分ならばどんな構造になっているのかがわかるという情報だった。
 そこには、何人か老婆も混ざっていたので、彼女らの話を頭の中にきっちりとメモすると、風槻はそこを離れた。シオンを探して彼の落書き帳を一枚破いてもらい、鉛筆を借りて、地図を書き起こす。
 出来上がったそれを見やって彼女は、満足げにうなずいた。
(これがあれば、きっとキングの館に行った時、役に立つわ)
 胸に呟き、それをたたんでウエストーポーチに入れると、シオンに鉛筆を返そうとそちらをふり返る。
 ちなみに、二人がいるのは、さっきの泉から更に南へ行った、大きな木の傍である。彼女は途中にあった別の泉で顔の汚れを落とし、もとどおりジャンパースカートもまとっていた。
 シオンは木の根方に腰を下ろし、どこから持って来たのか、スプーンを両手で握りしめて、じっと睨み据えている。
「何してるの?」
 思わず彼女が尋ねると、シオンは大きく息を吐き出して、顔を上げた。
「スプーン曲げです。私にも、クミノさんみたいな超能力が何かないかなと思って、ちょっと挑戦してみていたんですけれど……」
 言って、彼は肩を落す。
「やっぱり、無理みたいです」
 その様子が妙におかしく、風槻は思わず苦笑した。
「彼女みたいな能力持っているのって、珍しいと思うわよ。……これ、ありがとう」
 言って鉛筆を返すと、彼女はその場を離れる。
 今度は北へ向かい、少し大胆かとは思ったが、森の入り口付近で非常食代わりの木の実を採った。
 そうこうしているうちに、日が傾いて来たので、彼女はようやく村長の家へと向かい始める。途中でタケヒコに出会ったので、木の実をシュラインやシオンの分も渡し、村長宅へと急いだ。
 村長の家にたどり着いた彼女は、裏手から中に入り、今こうしてクミノと一緒にそこに用意された服に着替えようとしているのだった。
 ちなみに二人は、花嫁の立会人である。
 薄青いワンピースに着替えた後、二人はそれぞれ、長い髪を結い上げた。それが終わって、姿見に姿を映す。風槻が提案したので、クミノは本当の年齢がわからないように、濃く化粧を施し、目の下や頬などに、思いきりよく濃い影をつけている。おかげで鏡に映る姿は、小柄な中年の女としか見えなかった。
 支度をしながら風槻は、クミノにこの村がいつからキングに花嫁を差し出し始めたのかを、話した。
 支度が終わったころ、村長が夕食がわりのサンドイッチを持って来てくれたので、その皿を手にしたクミノと共に、風槻はシュラインと零のいる部屋へと向かった。場所は事前に聞かされている。
 行ってみると、すでに零の支度も終わっていた。小柄な体に白いドレスをまとい、長い黒髪は結い上げている。その上から、裾を引く白いヴェールをかぶり、顔もヴェールを下ろしてほとんどわからないようにしていた。
 その隣に立つ村長の娘ルカは、こうして並ぶとまるで零と姉妹のようだ。彼女はこの後、念のため、この家の地下に隠れることになっている。
 クミノが彼女たちにサンドイッチの皿を差し出しながら、そろそろ迎えが来るらしいと告げた。そのことは、村長から聞かされたのだ。
 やがて食事を終えると、彼女たちは部屋を後にした。
 シオンやタケヒコと共に迎えの車に潜む予定のシュラインと別れ、風槻はクミノと零、それに村長の妻と一緒に、家の玄関へと急ぐ。その途中で彼女は、クミノにも木の実を渡した。クミノは、ワンピースの下にポシェットを潜ませており、木の実をその中へ入れる。
 風槻自身は、ウエストポーチは村長の家に預け、自作の地図と汎用型の方の携帯電話、それに木の実だけを、村長の妻に借りた小さな巾着袋に入れ、ワンピースの下に紐で腰に吊るしてある。持ち物を見えるところに持たないのは、兵士らに武器を持っているとの疑惑を起こさせないためだ。
 外に出てみると、すでにあたりはかなり暗く、わずかに残照が残る程度になっていた。玄関前には、彼女たちと村長夫婦の他に、トヨや村人たちも集まっている。
 ほどなく、ずいぶんと古びた感じのするマイクロバスがやって来た。どうやらこれが、迎えの兵士たちの乗る車らしい。
 バスからは、兵士が三人ほど下りて来た。迷彩柄の軍服に同じ柄のベレー帽をかぶり、肩からは自動小銃を吊るしている。腰にも何かぶら下げているようで、たしかに一般人が太刀打ちできる相手ではなさそうだった。
「村長の娘ルカ、及び立会人の女二名、相違ないな?」
 兵士たちの一人が、村長に促されて進み出た零と風槻、クミノを見やって尋ねる。
「はい、相違ございません」
 背後で村長が答えるのが聞こえた。
「よし。来るがいい」
 また同じ兵士が言って、他の二人に顎をしゃくる。どうやら、この兵士がリーダーのようだ。兵士二人は、黙って零を挟むように左右に並ぶ。それを確認し、リーダーの兵士は風槻たちの後ろについた。
「行け」
 命じられて、一行はマイクロバスへと歩き出す。
 バスには、運転手を務める者ともう一人、二人の兵士が残っていた。
 零は一番後ろのソファ状の席に、両側を兵士二人に挟まれて座る。風槻とクミノはその前の席に並んで座るよう言われ、座席からの出入りを塞ぐように、リーダーの兵士が通路に立った。
(警戒は怠らないというわけね)
 風槻は大人しく言われたとおりにしながらも、彼らの基本に忠実な行動を、幾分感心しながら眺めていた。
 やがてバスのエンジンがかかり、動き出す。こうして彼女たちは、キングの館へと向かったのだった。

【4】
 マイクロバスが動きを止めたのは、それから三十分ほどが過ぎたころだった。
 バスは、村の北側に広がる森の中を進み、やがて大きな門扉に遮られた広い庭の中へと入って行った。そして、その一画でエンジンを停止したのだ。
 下りるよう言われ、風槻たちは再び兵士らに前後左右を挟まれるようにして、バスから出た。先頭は、あのリーダーの兵士だ。その後に零が続き、左右を二人の兵士が固める。風槻とクミノは彼女の長いヴェールを掲げ持って、その後ろを並んで歩いた。彼女たちの後ろに、残り二人の兵士が続く。
 騒ぎが起こったのは、彼女たちがバスを離れて間もなくだった。背後で、ひそやかな戦いの気配があり、彼女らのすぐ後ろを歩いていた兵士が、それに気づいたのか、ふり返った。
「なんだ、おまえたち……!」
 倒れた仲間と、見知らぬ男女――シュライン、シオン、タケヒコの姿に、とっさに声を上げる兵士に、背後から素早く襲いかかったのは、クミノだった。獲物は、たった今招喚したらしいスタンガンだ。
 それを兵士の体に押し付け、一気に電流を流す。たちまち兵士は昏倒した。
 残りの三人も、風槻と零、タケヒコの三人が素早く昏倒させる。
 その後、彼女たちは兵士らの軍服を剥ぎ取ると、それに着替えた。どちらにせよ、立会人の女二人は、キングの館の中には入れない。風槻とクミノも、兵士にすり変わる方が、何かと便利だ。
 全員が兵士と入れ替わると、衣服を剥ぎ取った兵士らは念のため、縛り上げてバスの影にころがして置き、花嫁の扮装のままの零を連れ、いよいよ彼女たちは、館の中へと踏み込んだ。
 マイクロバスが停まった駐車場から玄関までは、少し歩く。
 粗く削った石を組み上げた、妙に遺跡めいた階段を登り詰めた先には、重い鉄の二枚扉があって、両脇には二人づつ、計四人の兵士がその扉を守っていた。
 だが、花嫁姿の零を連れた風槻たちは、特別咎められることもなく、そこを通り抜ける。問題は中へ入ってからだった。しかし。
「安心して。一階部分だけなら、地図があるから」
 風槻は、笑顔と共に仲間たちに囁く。もっとも、彼らにどうやってその地図を手に入れたのか、話す暇はなかったが。
 扉の向こうは、広々としたホールになっており、そこに彼女たちを出迎えに来たとおぼしい男が一人、立っていたのだ。
「ご苦労だったな。キングがお待ちかねだ」
 言って、ついて来いというかのように、踵を返して歩き出す。風槻たちは、とっさに顔を見合わせたものの、黙って後に続いた。
 男は、ホールの奥にある階段室へと足を踏み入れた。そのまま、その階段を上へ上へと登って行く。男が足を止めたのは、三階だった。階段室を出ると、広い廊下が真っ直ぐに続いている。一階のホールは玄関同様の遺跡めいた石造りだったが、この階は違うようだ。床には薄い絨毯が敷かれているが、壁は白いコンクリートだ。左右には、いくつか扉が並んでいるが、男はそれには目もくれずに、ただ廊下を歩いて行く。
 やがて何度か角を曲がり、ようやく男は突き当たりの二枚扉の前で立ち止まった。
「キングはこちらにおられる。失礼のないようにな」
 男は風槻たちをふり返って言うと、扉を軽くノックし、中に向かって花嫁が到着したことを告げる。中からは、低い声で入るよう答えが返った。男が扉を開け、先に立って入って行く。風槻たちも、後に続いた。
 扉の向こうは、書斎か執務室といった雰囲気の部屋だった。床には、赤い絨毯が敷かれ、やや左手寄りに、どっしりとした机が置かれている。部屋の隅には観葉植物が配置され、壁にも小さな風景画が掛けられていて、重厚だが居心地のいい雰囲気に整えられていた。
 部屋の主は、机の後ろにかけられた絵を眺めていた。その後ろ姿は軍服をまとっていたが、それは他の兵士たちとは違い、ダークグリーンのスーツめいたものだ。帽子はかぶっておらず、長く伸ばした栗色の髪が、その背をおおっていた。
「キング、イチの村からの花嫁を連れて参りました」
 風槻たちを案内して来た男が、その背に声をかける。
「ご苦労だった」
(え?)
 その声に、風槻たちは虚をつかれた。返って来たそれは、明らかに女のものだったからだ。
(まさか……キングは女なの……?)
 驚き、混乱する彼女らの前で、キングがゆっくりとふり返った。
 風槻は、思わず息を飲む。
 ふり返った姿は、たしかに女だった。年齢は四十代半ばというところか。見るからに意志の強そうな吊り上がった眉と、くっきりとマスカラに縁取られた目の、気性の激しそうな女だ。
 彼女は、ゆっくりと風槻たちの方へ歩み寄って来た。そして、ずっとうつむいたままの零の顔にかかるヴェールを、無造作に捲り上げる。
「あ……!」
 零が、驚いたように顔を上げた。キングはその零の顎に手をかけて、無理矢理上を向かせると、食い入るようにその顔に目をやる。そのまなざしは、どこか狂気じみた光を放っていた。
「なんという、きめ細かで美しい肌をした娘だ。……イチの村の村長め、娘によほど手をかけていると見える」
 低く呟き、彼女はしばし零の顔を眺め続けた後、手を離して男の方を見やった。
「今度の花嫁は、一級品だ。だが、小柄だからな。血は、少しずつ絞り取れ。肉は、そうだな。指などの、切り取っても問題ない部分と、胸や腹のような脂の多い部分を優先しろ。どちらにしろ、できるだけ長く生きていてもらわねばならないからな。致命傷にならないよう、気をつけろ」
「は」
 命じられて、男は即座にうなずく。
 だが、風槻たちにはいったいキングが何を命じているのか、理解できなかった。とはいえ、それがあまり楽しいことではなさそうだという予想はつく。
(血を絞り取るですって? ちょっと待ってよ。それってどういうことよ? そりゃ、キングが女なんだから、連れて来られた娘たちが、あたしたちの考えていたような意味での『花嫁』じゃないっていうのはわかるわよ。でも、血を絞れだの、指を切れだの、なんだかおだやかなじゃないわね)
 風槻は、眉をしかめて頭の中で半ば毒づくように呟く。
 と、男がふり返った。
「おい、おまえたち。花嫁を地下へ連れて行け。すぐに身を清めさせ、採血と肉の一部を切り取る作業を始める」
 そのとんでもない命令に、風槻は思わず息を飲んで、目を見張る。
(嘘っ! 冗談でしょ? なんでそんなこと、あたしたちがしなきゃならないのよ!)
 内心に盛大にぼやいた。いくらなんでも、こんな命令に従えるわけがない。
 その時だ。
「冗談じゃないぜ。こんな命令に、従えるわけがないだろう!」
 喚いて肩からかけた自動小銃を素早く下ろし、構えたのはタケヒコだった。
「お、おまえたち……!」
 男が、ぎょっとしたように目を見張る。まさか反抗されるとは、思っていなかったのだろう。タケヒコの行動に、風槻たちも従う。というか、この状況ではもはや、右へ習うしかしかたがなかった。
 風槻も自動小銃を肩から下ろして、一応構える。自分がそれを使えるかどうか、さだかではなかったが、この際しかたがない。隣で、シュラインが零を後ろにかばうのが見えた。
 彼女たちが銃の扱いに慣れていないのを見越したかのように、クミノがタケヒコと並んで前へ出た。彼女も自動小銃を構えている。
「零さんを連れて、この部屋から出ろ。タケヒコさんもだ。私にもよくはわからないが、私に対して害を成そうとする者は、ことごとく死ぬことになる。そんな感じがするんだ。だから、皆は外に出ろ。できるだけ、ここから離れるんだ」
 銃を構えながら、クミノが彼女たちだけに聞こえる低い声で、囁くように言った。その声には有無を言わさない切迫した調子があって、風槻たちは無言でうなずく。
 クミノが銃を乱射し始めたのを合図に、彼女たちは身を翻した。男とキングがどうなったのかはわからないが、彼女たちにはそれを確認している余裕もなかった。
 ただ、キングとあの男が呼んだのだろうか。部屋を出た彼女たちは、自動小銃を手にこちらへ走って来る数人の兵士の姿を目にした。
「こっちだ」
 タケヒコに言われるままに、彼女たちは廊下を反対に走り出す。追って来るかと思ったのだが、奇妙なことに背後からは兵士らの非鳴が響いたのみで、その後彼らの靴音は聞こえなかった。
「いったい、何があったのかしら……?」
 シュラインが呟くのへ、風槻は小さく肩をすくめる。
「あのお嬢ちゃん、他にも何か特殊能力を持ってたんじゃないかしら。地図を見つけた館で一泊した時も、自分に近づかない方がいいとかなんとか言って、結局、壁際でうずくまって過ごしたのよね」
「そうなの?」
 軽く目をしばたたいて尋ねるシュラインに、風槻はうなずいた。それへ、シオンが提案する。
「とにかく、ここはクミノさんにお任せして、私たちは捕らわれている方たちを探しませんか? もし村で聞いた話どおり、どこかに監禁されているなら、助けてあげたいですし」
「そうだな」
 タケヒコがうなずく。
 風槻もそれには同感だったが、はたして本当にその人たちは無事に生きているのだろうかとも思う。先程のキングの命令からすれば、花嫁として連れて来られた女性たちは、ゆっくりと血を抜かれ、肉を削がれて殺されて行ったと考える方が正しいような気がしたのだ。だが、どちらにせよ、ここまで来たからには、その女性たちがどうなったのかを正しく把握する必要はあるだろう。
 他の者たちも同じ考えなのか、小さくうなずく。
 こうして彼女たちは、キングの館の中を捕らわれの娘たちを探して、さまようことになったのだ。

【5】
 風槻たちが、地下室を発見したのは、それから一時間ほど後のことだった。
 とりあえず一階まで降りた彼女たちは、その後、風槻作成の地図を頼りに進んだ。ただ、彼女が話を聞いた老婆たちは、地下の存在には気づいていなかったようだ。誰もそれに言及する者はいなかったので、地下への入り口は地図には書き込まれていない。
 だが、地図があるのとないのとでは、ずいぶん違う。彼女たちはそれを参考にしながら、行き止まりや三叉路、地図にない通路などで壁や床を叩いて、その反響を確認しながら進んだ。
 この作業で威力を発揮したのは、シュラインの耳だ。彼女は細かな音の差異まで聞き分ける聴力を持っており、それを最大限に活用したのだった。
 やがてその耳が、巧妙に隠された地下への入り口を発見した。
 地下室自体は、遺跡の一部として最初からあったものらしい。だが、出入り口を塞ぎ、わかりにくくしたのは、キングとその兵士たちのようだ。
 地下への階段を降り切った所にも重い鉄の扉があり、鍵が掛けられていた。見張りらしい人の気配はなく、扉の傍の壁には、声紋識別装置が取り付けられていた。
(こんなものがあるってことは……ここは、誰でも出入りできる場所じゃないってことね。とすると、上の階であの男が、花嫁を連れて行けと言ったのとは、別の所かもね)
 風槻はそれを見やって思ったが、とにかく入ってみないことには、中に何がるのかは、わからない。もっともそれ以前に、この声紋識別装置をなんとかしなければならないだろう。誰の声が鍵であるにしろ、このメンバーの中にその声の持ち主がいないことだけは、たしかだ。
 ……と思っていたのだが。
「私だ。開けろ」
 何か考え込んでいたシュラインが、いきなりキングの声で言ったのだ。途端、識別装置が反応し、扉の鍵がはずれる音がした。
「シュラインさん、すごいですね」
 シオンが即座に感嘆の声を上げる。風槻も内心でそれに賛同した。
「どういうわけか、私はどんな声や音でも、模写できる能力があるらしいわ」
 シュラインは告げて、扉を開けると、その中へと踏み込む。風槻たちも、後に続いた。
 中は、狭い廊下が続いており、左右に鉄格子で閉め切られた獄舎が並んでいた。そして、その中には、女性たちが手足を鎖でつながれ、ぼろぼろの衣服を着せられて、捕らわれていた。どの女性も皆、ずいぶんとやせ細っている。だが、体にはどこにも傷はないようだ。
 それを確認して、風槻たちは安堵する。
「とにかく、この人たちを助けよう」
「ええ」
 タケヒコの言葉に、誰もがうなずいた。
 大きな音を立てるのはまずいかもしれないと思ったが、彼女たちは銃で獄舎の鍵を壊し、女性たちの手足を縛めている鎖をもはずした。女性たちは、ずいぶん体が弱っている様子だったが、どうにか自分の足で立って歩けるようではある。
 その女性たちを連れて、彼女たちは館の玄関を目指した。
 途中、クミノからトランシーバー機能を持つ携帯を使って、館に爆弾を仕掛けたので、今から三十分以内に玄関で落ち合い、退避行動に移る旨、連絡があった。ちなみに、彼女の持つそれは、圏外であるなしを問わず、他の携帯電話やPHSをリンクさせ、無線として使うことのできる機能を持っているのだった。
 何度か、兵士らと遭遇したものの、シュラインが事前に足音でそれを察知して回避したり、全員で協力して倒したりして、どうにか切り抜け、やがて玄関へとたどり着いた。
 玄関には、連絡があったとおり、クミノが彼女たちを待っていた。
「クミノ!」
「クミノさん!」
 駆け寄る風槻たちに、彼女は叫ぶ。
「話は後だ。とにかく、ここから退避する。少し離れてついて来い」
 そのまま先頭に立って、外へと走り出た。途端に、銃の連射される音と非鳴が響き、風槻たちが外に出た時には、そこは兵士たちの屍の山が築かれていた。
 風槻たちは、その凄惨な光景に、一瞬立ち尽くす。
 それにはかまわず、クミノは言った。
「皆は、来た時使ったマイクロバスで行け。私は、待っている間にバイクをみつけたから、それで行く」
 彼女の年齢では、バイクの運転はできないはずだったが、その口調には、問い返すことすら許さない何かがあった。風槻たちはうなずき、助けた女たちを連れて、来る時に使ったマイクロバスの方へと走り出す。
 どうにかその中に収まり、走り出した窓から、風槻はふと後ろをふり返った。そして、思わず瞠目する。
 館の兵士たちが、クミノを取り囲むようにして銃撃していたが、それはまったく彼女にかすりもしていないのだ。いったいどういう仕組みなのか。その間に彼女は、構えた自動小銃で、兵士らを次々と倒して行く。
(お嬢ちゃん、なかなかやるじゃない)
 風槻は、思わず胸の中で喝采を叫ぶ。キングがどうなったのかはわからないが、館に爆弾を仕掛けたというなら、それが作動すれば、キングも共に吹き飛ぶかもしれない。
 その背後で、ようやく銃撃の音が止み、あたりはうっそうと木々の茂る森へと変わって行く。その風景は風槻に、最初に目覚めたあの森のことを思い出させた。
 ふいに、バスのはるか後方から、轟音が響く。クミノの仕掛けた爆弾が、キングの館を吹き飛ばしたのだろう。
(やった! これでキングは倒れたのよね?)
 風槻は、軽く片手に自分の拳をぶつけて、内心に再び喝采を叫んだ。だが、記憶が戻って来る気配は、感じられない。もしかしたら、キングは館から逃げたのかもしれなかった。
(だめだったの? あたしたちの記憶は、やっぱりまだ戻らないの?)
 風槻は、思わず唇を噛む。そして、脱力したかのようにバスのシートに身を預けた。
 そんな彼女たちを乗せて、マイクロバスは走り続けていた――。



■ ■ ■

 翌朝。
 風槻たちは、村で分けてもらった食糧を手に、トヨや村長、ルカらに見送られて、イチの村を後にした。
 あの後、どうにか村に帰り着いた彼女たちは、娘たちを連れ帰ったことで、村長以下の村人たちから大歓迎を受けた。もっとも、彼らの中にはまだ、キングの報復を恐れる気持ちは、けしてなくはなかっただろう。
 それをきれいに払拭したのは、クミノだった。
 彼女は、あの館にいたのがキングの名を騙る偽物だったことを、人々に告げたのだ。
 キングを名乗っていたあの女は、本当の名をキヨラと言った。キングによってこの周辺の統治を任され、軍勢を預けられていたのだという。ところが彼女は、たまたま捕らえた村の子供が、自分をキングと勘違いしたのをいいことに、その名を騙るようになったのだ。そして、自らの美貌を保つため、花嫁と称して若い娘を差し出させ、その生き血を絞って化粧水がわりにしたり、体の一部を切り取って脂を絞らせ、保湿クリームやパックなどの基礎化粧品を作らせていたのだという。
「何それ、気持ち悪い。そんなので、美容なんて保てるわけないじゃない。バカ?」
 話を聞くなり、風槻は顔をしかめて辛辣に吐き捨てた。人間の血や脂なんかが、美容にいいはずがない。たしかにサメの脂分だとか、ローヤルゼリーだとか、虫や動物、植物から抽出されるもので、人間の体にいいもの・美容を保つのに役立つものはたくさんある。だが、人体など、殊に現代人の体はコレステロールと塩と化学調味料の塊としか、彼女には思えなかった。
 それを聞いて、クミノは言った。
「私も同感だが……彼女は血液に、他にも何か混ぜたものを作らせて使っていたようだ。いくらかは、レズっけもあったのかもしれないな。私たちが助け出した女たちは、飢餓状態で弱ってはいたが、無傷だった。だが、私が調べた他の部屋には、いくつも死体がころがっていたからな。おそらく、好みの女からだけ血肉を奪い、そうじゃない者は地下に閉じ込めて、飢え死にさせていたんだろう」
 それは、なんともぞっとしない話だった。
 キヨラは、兵士たちにも絶対服従を強いて、反抗する者には容赦しなかったらしい。それで彼らは、キヨラを「キング」と祀り上げ、彼女の恐ろしい所業の手助けをしていたようだ。
 だが、とりあえずこれで、この村の人々にとっての憂慮の種は消えた。それに、風槻たちにとっても一つだけ、朗報があった。クミノがキヨラから、本物のキングの館の位置を聞き出していたことだ。
「キングはここにいるらしい」
 彼女が地図上で示したのは、あの二つ並んだ小高い丘の、西側のものの頂上だった。彼女は、更に続ける。
「ただし、ここへ行くためには、このもう一つの丘との間にある、関所を通過しなければならないらしい。手形がなければ、ここは通してもらえないようだが……そのかわり、ここは一種、砦の役目も果たしていて、武器庫があるらしい」
「つまり、ここに行けば、キングを倒すのに必要な武器も、手に入るってことね」
 シュラインが確認するように言うと、クミノはうなずく。
 こうして、ようやくキングの居所を知ることのできた風槻たちは、村人たちからの謝礼がわりの食糧を受け取って、そこを後にした。
 目指すは、本物のキングの館に続く、関所だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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『記憶の迷宮 2』に参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、みなさまからいただいたプレイングを、
充分に生かし切れなかった部分もあるかと思います。
まことに、申し訳ありません。
なお、自動小銃は別としまして、それ以外の武器や食糧など、今回入手したものは、
次回以降、そのまま各PC様の所持品として描写されます。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●法条風槻さま
続けての参加、ありがとうございます。
食事に関する設定の件は、了解しました。
……といっても、今回は具体的な食事のシーンがありませんでしたが。
さて、作品の方は、いかがだったでしょうか。
楽しんでいただければ、いいのですが。
そして、最後まで参加いただければ、うれしいです。