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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


反言壺


 その店は、どこにあるとも知れない。

 その店――アンティークショップ・レンにあるものは、普通のアンティークではない。その全てが、曰く付きの代物‥‥魔法や呪いのかかった不思議な品、なのらしい。どうやら客を選ぶらしく、なかにはどうしても辿り着くことのできない者もいるのだという。辿り着いたのか、迷い込んだのか。今、私はその店の前に立っていた。
 重厚な扉を開けると、それに付けられた鈴が涼やかに鳴った。店主である碧摩蓮が片肘を付き、愛用の煙管で気だるそうに紫煙を燻らせていた。
「ああ。久し振りだ、よく来たね。面白いものが入ったからね、きっと来ると思ってたよ」
 灰を煙草盆に捨て、蓮は私を見据える。
「これは反言壺(はんごんこ)って云うんだ。なかなか楽しいよ、暇潰しにはもってこいだ」
「はんごんこう?」
「違うよ。はんごんこ、だ」
 蓮は瞳を妖しく光らせ、私の顔を覗き込んだ。

□シュライン・エマの場合□
 カウンターでニヤニヤ笑う蓮を見、シュライン・エマは僅かに溜息を付いた。
――蓮さんがそんな風に面白がるって、体験する側は少し不安な面があるのよね‥‥。
「蓮さん。その壺、見せてもらってもいいかしら?」
「相変わらず疑り深いねぇ、シュライン。ほら、そこの横にあるのが壺の入ってた箱だよ。どうせアンタのことだから、箱も見せろって云うんだろう?」
 壺を手渡しながら、蓮はシュラインに箱を顎で指した。
 シュラインは壺を両手で受け取り、側面はもとより壺の底に注意書きなどがないか見てみる。ちなみに、壺の中には親指先大の黒い飴玉のようなものが入っていた。刺激臭なども特になく、香りも一般的な黒糖飴と云ったところだ。
 木箱の蓋も開け、壺の時と同じように確認した。だが、特に注意書きや効能など書かれた箇所や形跡はないようだ。
 尤も、こんなにすんなり壺を渡したぐらいである。ひょっとしたら、注意書きを剥がしたり、箱を摩り替えているのかも知れない。其れほど、蓮の笑顔にシュラインは騙されているのである。
 シュラインは壺を蓮に返した。
――ん、まぁ興味そそられるのは確かだし、自分で試せってことね。
 蓮が壺を軽く揺すった。カララン‥と、飴が壺に当たる音がする。
「毒や耐性はないから安心しな、そんな商品はさすがに出さないから。さぁ、どうする? 試していくかい?」
「そうね。面白そうだから、頂くわ」
「幾つ試す?」
「え‥‥1個でいいんじゃないのかしら。そんなに食べて‥‥も」
 云いながら、シュラインは思案した。
 何故、食す飴玉の個数を聞かれるのか。食す個数で、効能が変わるとでも云うのだろうか。
 ならば。
「いいえ、2個にする」
「――――チっ」
――「ちっ」って。蓮さん、今「ちっ」って云った?
 シュラインは上目遣いで蓮を見た。彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「1個って云ったかい、シュライン?」
「‥‥はい、1個で結構です」
 1個、と念を押すあたりシュラインの想像通りなのだろう。せっかくなのでこの反言壺で遊んでみたいし、ここは蓮の云う通りにすることにした。

□フレイ・アストラスの場合□
「あれ? こんなところにきてしまいましたね」
――ここはどこでしょうか?
 アルバイト(趣味=新商品のチェックと、実益=収入を兼ね備えたコンビニでの接客である)が終わり、ブラブラ歩いていたフレイ・アストラスは、アンティークショップ・レンを前にして首を傾げて独り言つ。
 重厚な扉を開けると、それに付けられた鈴が涼やかに鳴った。店主らしい女性が片肘を付き、煙管で気だるそうに紫煙を燻らせていた。店内は所狭しとアンティーク――和洋折衷織り交ざった商品が並んでいた。なかには禍々しい気を放つものもあり、聖職者であり退魔士であるフレイは少々居心地の悪い場所にも思えた。
「ああ。新顔だ、よく来たね。面白いものが入ったから、きっと来ると思ってたよ」
「僕、ですか? 初めて来たんですけれど‥‥」
「こういうものはね、呼ぶんだよ。アンタはこの反言壺に呼ばれたんだろうねぇ」
 碧摩蓮と名乗った店主は、そう云うとフレイの目の前で黒い壺を軽く揺すった。カララン‥と、何かが壺に当たる音がする。
「ハンゴンコ‥‥」
 中身をごらんというような身振りをして、蓮はカウンターに壺を置いた。フレイはその壺を覗き見る。壺の中には親指先大の黒っぽい飴玉のようなものが入っていた。刺激臭なども特になく、香りも一般的な黒糖飴と云ったところだ。
「変わった色ですね、これはキャンディでしょうか? さすがは日本、渋い色合いです」
 顔を上げて、フレイはにっこりと微笑んだ。蓮も、常連の知らない満面の笑みでにっこりする。
「よかったら、試していくかい?」
「えと、それは食べてもいいということですか? 嬉しいです、ちょうど小腹も減っていたところなんですよね〜」
 フレイは、胸の前で手を組みながら瞳をキラキラさせて云う。飴なんて、腹ペコな自分になんと打って付けなものだろう。視界が曇っているように見えるのは、この店の暗い雰囲気のせいではない。朝からぶっ通しで働いていたので、血糖値が下がり過ぎているのだろう。いや、それ普通に低血糖で危ないから。夕食はこれから帰って家で摂るにしても、とりあえず胃に何か入れておきたかった。
「わー、それじゃ、1つ貰っても?」
 フレイが壺の中から飴を1個取ると、蓮は無言で壺を揺すった。再びカララン‥と、飴が壺に当たる小気味好い音をさせた。
「たくさんあるから、もう少し貰ってもいいですよね。じゃあ、3つ頂きますね」
 もう一度壺の中に手を入れ、フレイは計3個の飴を手に入れた。


 飴は噛まずに最後まで食し、効能が出るまで奥の部屋に居るよう指示された。
 飴を舐めているその間に、シュライン・エマは携帯メールを打っていた。正気なうちに、一言伝えておきたかったのだ。
『お疲れさま。今アンティークショップ・レンに来ています。蓮さんに誘われて、反言壺(はんごんこ、って読むんだって)の飴を食べることになりました。効能や効果を教えてくれないから、字面からちょっと心配になっちゃって。このあと、私がヘンなこと言ったりヘンな行動を取ったら、多分この飴のせいだからあまり気にしないでね』
 送信先は草間興信所関係者。送信ボタンを押すと、奥の部屋から携帯電話の着信音のようなものが聞こえてきた。暖簾をくぐると、そこには【ノクターン】店主・雷火が座っていた。人の気配に、雷火は振り向く。シュラインの顔と携帯を見比べて、
「あれ? シュライン、どうしたの」
「蓮さんに呼ばれたの。雷火さんも?」
「も? オレは呼ばれたって云うか、回収しに、かなぁ?」
 雷火は数枚の紙をピラピラ揺らした。その紙の大きさと色に、シュラインは見覚えがあった。雷火の請求書である。正直あまり見たくない。
 ここに通されているということは、雷火もあの飴を食べさせられているのだろう。いくつ食したのかは知らないが、いつもと変わりがないように見える。蓮のあの迫力から、偶数の飴を貰ったというのも考えにくい。
 幸い、シュラインはまだ飴を舐め切っていない。効果が出る前に、雷火の様子を観察したかった。
「どうしたのシュライン、オレの顔になんか付いてる?」
 あまりにも凝視するので、雷火は居心地が悪くなったようだ。
「何個、食べた?」
 シュラインは半眼になって雷火を見た。そろそろ自分の口の中の飴が全部溶けそうだ。
「雷火さん、何個食べたの?」
「‥‥え・えぇと。5個、か・な‥‥」
 語尾を小さくしながら、雷火はシュラインからそっと目を逸らした。
 やはり奇数だ。
 雷火の様子から、もう飴は舐め切っている筈だ。舐め終わっても、すぐには効果は出ないのだろうか‥‥。
 じっと雷火を見ていたが、背後に人の気配がしたのでシュラインは振り返る。そこには蓮と、少年が立っていた。
「はいはい、勇者が来たよ。そういえば、まだ名前を聞いていなかったねぇ?」
「フレイ・アストラスと申しますー」
 フレイは深々と頭を下げた。蓮はシュラインと雷火を彼に紹介し、空いた席(雷火の左隣)にフレイを座らせた。
「さて。そろそろ舐め終わったかい?」
 ゆっくりと見回し、蓮は妖しげな笑みを浮かべた。
 フレイは「まだでーす」と挙手し、口をもごもごやっている。飴玉3個を噛まずに最後まで食すということは、少々骨が折れるのだ。
 シュラインは無言で頷く、飴は口の中から既に姿を消していた。無言だったのは、様々な効果を想像し安易に喋りたくなかったためである。
 そのシュラインの意図を見抜いた蓮が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「シュライン。アレの効果はアンタの想像通りだから、喋らないと意味がないんだよ」
――うーん、やっぱりそうなのね。でも、フレイさんはまだ舐め終わっていないし、雷火さんの効果がいまひとつよく分からないわ‥‥。
 シュラインは、へらっと笑ってみせる。蓮も同じように笑い返した。
「観念しな」
 二人の反応が確認できないことにやや不公平感を覚えながら、シュラインは第一声を放った。
「ずるいわ、私だけからかわれているみたい。蓮さんも食べればいいのに‥‥」
「とっくに喰ってるよ。ちなみに7個だ」
「‥‥え。そんなに?」
「あのー、少し話しが見えないんですけれど。いったい何のお話しなんですか?」
 シュラインと蓮の遣り取りに、フレイはおずおずと上目遣いで二人を見た。「食べた」と云っているので、ひょっとしたら先程の飴のことだろうか? フレイは小首を傾げる。
「気にしなくていいよ、フレイ」
 蓮とフレイの会話の間、シュラインは『自分の言動は変わっていないこと』と『云いたい事を話していること』を確認した。どうやら、変なことを口走ったりすることはなさそうだ。一様にホッとした表情を見せたシュラインを目聡く見付け、蓮は煙草大の箱を放った。
「さあ、手始めにババ抜きなんてどうだい?」
 その箱の中身は、トランプである。
「なんで?」
 ババ抜き?と不満そうに雷火は蓮を見る。そもそも自分は、協力費の回収をしにここを訪れたのである。ちなみに、雷火の報酬請求は月末締め当月末払い。つまり、月の途中で回収しにきたということは、蓮は滞納しているということになる。
 シュラインはそれを聞きながら、カードを切っていた。
 ああ‥‥ウチにももうすぐ、あの紙がやってくるのね。そう思うと、シュラインの心は沈んだ。
 フレイは、やっと飴を舐め終わった。蓮とシュラインの会話から、どうやら実験か何かに巻き込まれたことを悟った。しかし、飴は不味いものではなかったし(むしろ美味しかった)、何より腹の足しになった。
 もっと、戴いても良かったですかね? にこにこと微笑を湛え、シュラインがカードを切る様子を眺めていた。
「‥ったく。煩い男だね、お前も。こっちだって仕事を紹介してやってるってのに。ああ、コレに付き合ってくれたら払ってやるよ」
 シュラインの手元を指差して、苛立たし気な表情をする。蓮は空いていた席(シュラインの右隣)に座った。
「じゃぁ、ババ抜きね」
 切ったカードをシュラインは配り始める。雷火、フレイ、蓮、そして自分。時計回りにそれを何度も繰り返す。
 配り終わった自分の手札を揃えて、シュラインはカードを表にした。揃った手札は1ペアもない。
「‥‥あのさぁ、シュライン。何で5枚しか配んないの?」
 雷火が不思議そうな顔をシュラインに向けた。
「ババ抜き‥‥ですよね? これは、ポーカーでしょうか」
 正面にいるフレイも首を傾げた。
「え? あ、そうね、ババ抜きよね」
 皆からの痛い視線を感じ、シュラインはハッとして手札を見た。確かに、5枚しかない。
「もう一回配るわね」
 そう云いながら手札を回収し、カードを切った。
――なんで、5枚しか配らなかったのかしら‥‥?
 困惑しながら、上の空でシュラインは手札を配る。先程よりは多く手を動かした。
「あのー、シュラインさん。今度は‥‥」
「7枚なんだけど。ねぇ、なんで其処にカード置いちゃうの?」
「セブンブリッジでもやるかい?」
 次々入るツッコミに、再び手札を見る。7枚しかない。
――これは‥‥行動が逆に、というか、意に反したものになるってことね。
 シュラインは飴の効果に気付き、手札を見て溜め息を付いた。
 ただ、指摘されれば自分が違った行動を取っていることには気付くようだ。しかしそれは逆に、誰かにツッコミを入れてもらわない限り、自分が場違いな行動を取り続けるということだ。気が重い。
 蓮は7個、雷火は5個、フレイはいくつだろうか。舐め終わるのに時間が掛かっていたから、1個ではないのだろう。それに、シュラインの行動に二度ともちゃんとツッコミを入れている。
「フレイ。アンタが配ってやんな」
 渡りに船、かどうか分からないが。蓮がフレイにカードを配るように云った。カードを配らないことには、ゲームができないのだ。
 フレイは皆から手札を回収すると、場にあったカードと混ぜてシャッフルする。程なくカードは無事配られた。
「ああ、結構揃ってますねぇ。早く上がれそうです」
 フレイはニッコリ笑って、ペアにした手札を場に捨てる。シュラインも手札を捨てようとするのだが、
「シュライン、それ違うよ」
「違うねぇ」
 雷火と蓮のツッコミがなければ、捨てることもできない。果たして、ゲームになるのだろうか。シュラインは悶々としながら、手札を捨てたり戻したりを繰り返した。
「シュラインさん、どうしたんでしょうか。なんだかお辛そうですけれど‥‥」
「ああ、気にするこたぁない。じゃ、シュライン。『アタシ』から引きな」
 そう云われると、シュラインは左隣にいる雷火のカードを引く。雷火はフレイから札を引かれると思っていたので、身体の向きを変えていた。後ろから伸びてきた腕にどうやら驚愕したようだ。呆気に取られた表情で、シュラインを見る。
――ああっ もどかしいわ。まぁ、両隣の二人をとばしてフレイさんのカードを引いちゃうよりはマシね。
「なにか、変なものでも食べてしまったんでしょうかね?」
「‥‥た、確かに変なものは食べたわね‥‥」
 フレイにそう云われ、シュラインは苦笑いをする。
 雷火から引いた手札は『揃わなかった』。一生懸命『揃わない手札を場に捨てない』ように念じた。震える手が手札を2枚抜き取り、シュラインは場にカードを捨てた。
 シュラインは横目で蓮を見る。蓮の眉がピクンと動いたのを見逃さなかった。ふと視線を場に戻すと、揃った手札が捨てられていた。たった一組揃えただけだが、なんだかどっと疲れが出てきた。かなりの精神力は有するが、抗うことはできるらしい。
 手札を何周か引き合い、フレイの手札を雷火が引こうとするとフレイは叫んだ。
「あ、そのカード」
 雷火がふと手を止めて目線を上げる。目が合うとフレイは、
「雷火さんて綺麗系ですよねー、結構僕の趣味です」
 一瞬、口をあんぐりと開けたままになるが、雷火は困ったような顔をして小さく息を吐いた。
「店のカウンターに座ってると、たまに女の人に間違われることはあるけど‥‥」
「いえ、別に女性と間違っているわけじゃないです、男性だって分かってますよ。そのカード、引いてください」
「え、なんで?」
「ババなんで」
「‥‥‥‥‥‥あ、そう」
 フレイにそう云われ、雷火は引こうとしていた隣の手札を引いた。そのカードはババではなかったが、最初に引こうとしていたカードは本当にババだったのだろうか――。
 遣り取りを聞いていたシュラインは、蓮に目くばせした。蓮は相変わらず意地の悪そうな笑みを湛えてこちらを見ている。
「どうしてそのカードを引いてくれないのでしょう?」
 にこやかに笑いながら、雷火に手札を差し出すフレイ。雷火はなにかを探るように、手札を引く直前で手を止める。
「それは、スペードの3です」
 その隣。
「ダイヤのジャック」
 その隣。
「ババです、それ引いてください」
 どうやら、雷火もフレイの反言壺の効果に気付いたらしい。
 フレイの効果は「心の中で思ったことを云ってしまう」のだろう、隠しておきたいことを口に出している節がある。おそらく今は「口に出したいこと」を云えずにいる筈だ。
 雷火はスペードの3を引いて、手札を場に捨てた。手札越しに、ジーっとフレイを見る。
「ああ、ダメですよ。そんな目で僕を見ないでください。お持ち帰りしたくなるじゃないですか」
「あー‥ゴメン。え・遠慮しとくよ、まだ仕事残って・る‥‥し」
 しどろもどろで答え、雷火はシュラインに視線を投げた。
―― 助 け て 。
 いつも飄々とツッコミを入れてくる雷火が、押されて狼狽える姿を見るのは、結構楽しかった。

 結局、最後までババを持っていたのはフレイだった。
「何故、どなたもババを引いてくださらないのでしょう?」
 フレイは、反言壺の飴のせいで心の中で思っていることを口に出してしまっていることに未だ気付いていない。蓮に、これっぽっちの疑いも持っていなかったからだ。あの飴自体が、異質なモノであると知らないのである。ブツブツと残った手札を見て、フレイは呟いている。
 シュラインはというと、ぐったりとテーブルに突っ伏して眼を閉じていた。ババ抜き1ゲームに、精根尽き果てたという様子だ。
「シュライン、大丈夫?」
 雷火が顔を覗き込んだ。心做しか、シュラインの瞳は窪んでやつれて見える。
――効果はどのくらい続くのかしら‥‥。いっそ、ちぐはぐな行動に流されてしまえばいいのだろうけど‥‥できないわ。
 悶々とするということは、まだ効果が持続している証拠なのだろう。安易に動けば、体力を消耗してしまいそうだ。
「しょうがないねぇ、アンタは最初2個って云ってたからね。ほら、食べな」
 いつの間にか反言壺を持ってきていた蓮が、シュラインの前に壺を置いた。
「あー、僕も食べたいです! それ、とっても美味しいですよね」
 壺に手を突っ込んで手の平一杯に飴を取ろうとしたフレイの頭を、蓮は小突いた。
「このスカポンタンが!1個でいいんだよ! アンタが喰ったのは『反言壺』っていう特殊な飴なんだよ!」
「ああ! やっぱり人体実験だったんですねっ!」
 フレイの食した飴の効果は紛れもなく『心の中で思ったことを云ってしまう』ことだった。もともと性格の表裏がないフレイだったので、建前と本音にさほど違いがなかったのである。会話が成立していたのはそのせいだ。若干、倒錯した嗜好があるようだが。
 フレイと蓮の漫才を聞きながら、シュラインは壺に片手を伸ばした。
 1個‥‥。やはり、偶数だと効果が打ち消されるのか。
 蓮には頼めない(=何をされるか分からない)。朦朧としながら、シュラインは傍らの雷火に小さく呟いた。
「雷火さん、お願いがあるの。飴を1個、口の中に入れてくれるかしら‥‥自分でやろうとすると、多分飴を投げたりしちゃいそうだわ」
 徒ならぬ態度のシュラインの願いを拒む理由などなかった。雷火は壺から飴を1個摘み、シュラインの口元へ運んだ。
 それを見たフレイが、
「あーっ 僕にもソレやってください!雷火さん」
 フレイのあまりの押しに、拒むことなどできなかった。雷火は震える手で壺から飴を1個摘み、親鳥の餌を待つヒナのように「あーん」と開かれたフレイの口元に飴を落とす。
「なんか、疲れた‥‥」
 雷火もフラフラと椅子に腰掛けた。
 そういえば、結局、雷火の食べた飴の効果は何だったのだろう。飴を舌の上で転がしながら、シュラインはぼんやりと雷火を見る。
「‥‥雷火さん。5個食べたって、云ってなかった?」
「あ、うん‥‥この前興信所に行ったとき、シュラインの居ない間にお客さん用のシュークリームを武彦と食べちゃって。それがバレたのかな、と思って。オレは5個、食べた‥ん‥だけど。さっきの、飴のこと訊いてたんだね。あの飴は食べてないよ、オレ。ゴメンね」
 子供の悪戯がバレたときのような、ばつの悪い表情で雷火はシュラインを見ていた。いつもは飄々としているのに、雷火がこんな表情を見せるのは珍しい。本当に申し訳ない、とでも思っているのだろうか。
 否。あの時のシュラインの剣幕に恐れ戦(おのの)いていただけかもしれない。
 しかし今、かなり聞き捨てならないことをさらりと云われたような気がした。
「やっぱり‥‥おかしいと思ったのよ。武彦さんも『遊びに来た奴らが勝手に喰ってったんじゃないかぁ〜?』なんて云って」
 ゴメンゴメン、今度菓子折り持って行くから。片手を顔の前に上げ拝むような動作をし、雷火はウィンクする。
 シュラインはまだ机に頭を預けたまま、溜め息を付いた。いい歳こいた男たちとの甘味攻防は、まだまだ続きそうである。
「ところで、蓮さん。先程、飴を7個食べたって仰ってましたけど、7個食べるとどうなるんですか? 僕が見る限り、フツーに行動しているように見えるんですけれど」
 にぱっと笑ってフレイは蓮を見た。腕を組んで蓮は「フンっ」と踏ん反り返る。
「教えたら、次に遊ぶとき面白くないだろう? それに、別に効果が出てない訳じゃない」
「そうなんですか?」
 蓮には初めて会ったが、彼女が特別奇行を取っているようには見えない。それとも、逆に普段奇行を取っているから、飴の効果で今は常人の反応なのだろうか? そのツッコミはかなり失礼だ。
 そんなフレイの表情を読み取って、蓮はニヤリと笑った。
「フレイ、忍耐だよ。頭の中と行動が逆になる、それに耐えて普段通りの行動をしてみせる。このちぐはぐ感が好いんだよ、ゾクゾクするねぇ」
 蓮は、ほぅ‥と息を吐いた。なんだかそれは、恍惚の表情に見えなくもない。
「はあぁ、そういうものなのですか? 蓮さんはきっと、Mさんなんですね〜」
 屈託のない笑顔を向け、フレイはさらりと云った。無言で意味深に微笑み返す蓮、満更でもないようだ。
 いい腹ごしらえになりました。今日の夕飯は何にしましょうかね、とフレイはウキウキと夕飯の具材へと思いを馳せるのであった。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC整理番号順

【 番号 】 PC名 | 性別 | 年齢 | 職業 |
【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 4443 】 フレイ・アストラス | 男性 | 20歳 | フリーター兼退魔士
【 NPC 】  雷火、碧摩蓮

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

初めまして&こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。

傾向が「理不尽・コミカル傾向強し」でしたので、プレイング(飴の効果推理部分)の真逆を書こうかとも考えていたのですが、理不尽にしてもそれではせっかくのプレイングを無駄にしてしまうよなぁ‥‥と考え直しこのような形と相成りました。

■シュラインさま
こんにちは、度々のご参加ありがとうございます。
真剣に壺や箱を確認されつつも「興味そそられる」の一言に、蓮が強気に出てしまいました。食した数が少ないほど飴の束縛力は弱く、偶数ではご察しの通り力を打ち消します。効果の出現法則は決まっておらず、ランダムです(ダイス決定)。若干体力を消耗してしまいましたが、大丈夫でしょうか?

■フレイさま
初めまして、ご参加ありがとうございます。
今までにアンティークショップ・レンの調査依頼に参加されていなかったので、初めてレンに訪れた描写をさせて頂きました。疑いもなく飴を食されるフレイさま‥‥可愛らしかったです。飴に関する推理が特になかったので、効果の為すがままの行動となっています。ご了承ください。


2006-07-13 四月一日。
 └→ blogにてナニやらボヤいている時がございます