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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


赤い睡蓮の咲く場所 + 上條 更紗編 +


◆ Opning ◆


 その日、草間興信所に訪れた少女はいつになくいたってまともな依頼を武彦に持ちかけた。
「兄の行方を追って欲しいんです」
「・・・それは、なにか霊的な事が関わっているのか?」
 そう訊いたのは、もはや反射の域に達していた。
 怪奇探偵の異名を持つ武彦は、望む望まざるに関わらずそのような類の依頼がほぼ大半を占めていたのだ。
 勿論、残りの大部分は浮気調査や猫探しだ。
「霊?・・・え??関わっているんですか??」
 少女は黒目がちの瞳を丸くさせて、逆に武彦に問い返してきた。
「すまない・・・続けてくれ・・・」
 どうやらそう言う類の話ではないらしいと、武彦はほんの少しだけ安堵すると話しの先を促した。


 少女の名前は上條 更紗(かみじょう・さらさ)神聖都学園の1年生だと言う。
 捜して欲しいと言う兄の名は上條 隆志(かみじょう・たかし)更紗とは3つ違う。
「お兄さんが失踪するにあたって、何か・・・前触れのようなものはなかったか?」
「いいえ。何も。その日も、普通に大学から帰って来て・・・友人の家に遊びに行くからと言って、それっきり・・・」
 聞けば、更紗と隆志は随分と長い間離れて暮らしていたのだと言う。
 更紗は父の仕事の都合で3歳から13歳までの間、アメリカに住んでいたのだそうだ。
「兄は、母親の実家で過ごしたんです。母も兄も、父のアメリカ行きに凄く反発していたのを覚えてます」
 育った場所を離れるのがイヤだったんですかね?私は小さくて覚えていないんですけど・・・
 そう言って、更紗は視線を落とした。
「それで、その・・・遊びに行くと言っていた友人って言うのは・・・?」
「あ、はい。何度かお会いした事があって・・・北浦 浩志(きたうら・こうじ)さんって言うんです」
 それじゃぁ、その北浦 浩志とやらをあたれば何か分かるかもしれないな。
 そう思っていた武彦の考えは、無残にも砕かれた。

  何故ならその日、北浦 浩志も上條 隆志と同様に姿を消していたのだ―――


◇ Refusal ◇


 草間興信所の扉を開けて、小さな声で「お邪魔します」と言ってするりと中に入った時。
 並んだソファーの上に見知った顔を見つけて、樋口 真帆は思わず「あれ?」と声を上げると首を傾げた。
「上條さん、こんなところでどうしたの?」
「樋口さん・・・」
 更紗も相当驚いているらしく、ポカンと口を開けたまま固まっている。
 背に掛かる栗色の髪が、興信所の中で生ぬるい風をかき回している扇風機の風によって揺れる。
 子猫の毛並みのような髪をじっと見詰めた後で、真帆は武彦に視線を移した。
「なんだ、樋口の知り合いか?」
「そうなんです」
 そう答えたのは真帆ではなく更紗だった。
「えっと、上條さん・・・どうしたの?何か、依頼??」
「樋口さん、ここの探偵さんだったの?」
「えぇっと・・・」
 どう答えたら良いものかわからずに、真帆は助けを求めて武彦を見詰める。
「あー・・・まぁ、たまに手伝いで・・・な」
「そっか。アルバイト?」
「うん、そんな感じかな?」
 武彦の助け舟にありがたく乗ると、真帆は曖昧な笑顔で頷いた。
「あのね、草間さんに・・・兄の捜索をしてほしいってお願いしていたの」
「お兄さんの??」
「そう。帰って来てなくて・・・」
 そんな事は今まで一度だって無かったと言うと、更紗は目を伏せた。
「お兄さんが・・・。私も、何か手伝える事があったら・・・」
 更紗の細い肩に手を乗せ、元気付けるようにポンポンと肩を叩く。
「兄貴が行きそうなところに心当たりは?」
「お友達の家なら行きそうですけれど、連絡はしました。勿論、浩志さんのところにも・・・」
 武彦の言葉に、更紗が端的な言葉を返す。
「そうか・・・。そう言えば、上條はご両親と・・・」


「母はいません」


 言葉を遮って発せられた更紗の声は、ハッとなるほどに冷たい響きを持っていた。
 真帆は思わず置いていた手をどけ、マジマジと更紗の顔を覗き込んだ。
 しかし、その顔には表情らしいものは何一つうかんでおらず、まるでマネキンのように冷たい無表情がそこにはあった。
「いないって・・・?」
 暫くシンと冷えた静寂の下、真帆がやっと言葉を紡ぐ。
 いないとは、亡くなってしまったと言う事なのだろうか?
 けれど、先ほどの更紗の表情は死に別れたと言うような表情ではなかった。
 突き放すかのような言葉。自分は関係ないと、線を引いてしまっているかのような・・・
「樋口さん、私ね、母親の事はよく知らないの。ずっとアメリカだったし、3歳の時から会ってないの」


「あんな島のことなんて知らないの」


 更紗は“島”と発音する時、まるで忌まわしい呪文でも唱えるかのような表情で吐き捨てるように言ったのだ。
 あんな島のことなんて知らない・・・
 母親と隆志が過ごした場所。父親と更紗と別れてまで執着した場所―――
 それは、1つの島だったようだ・・・。
「父親はどうしてるんだ?」
「父は、アメリカに行きました。なんでも、仕事がまた入ってしまったようで」
 ふわり―――――
 先ほどまでの表情が一変し、今度は柔らかい笑顔に変わる。
 役者が役柄に応じて美しい姫にでも、恐ろしい魔女にでも表情を変え人々を引き込むように、更紗も表情をガラリと変えてみせた。
 それがどうにも、真帆の心には引っかかった。
 母親が嫌いで、父親が好きだとか、そんな簡単な問題ではない気がした。
 何かが必ず・・・根底にはある・・・。
 けれど、それを聞き出すだけの勇気は真帆にはなかった。
「そうだ。もし宜しければ、兄の自室を見てくださいませんか?私が見たところ、何もないようでしたが・・・もしかしたら、見落としている事があるかも知れませんし」
 更紗の視線を受けて、武彦が頷く。
「樋口も一緒に行くだろ?」
「あ、はい!」
 真帆はコクリと大きく頷くと、先ほどまでのモヤモヤとした考えを払拭すべくそっと目を閉じ、ゆっくりと・・・開いた・・・


◆ Photograph ◆


 隆志が失踪前に最後に姿を見せたのは、更紗が興信所を訪れる前日の夕方5時過ぎだった。
 既に帰宅していた更紗に、友達の家に行って来るとだけ言い残し、そのまま夜遅くまで帰って来なかったのだ。
 電話の1本も寄越さない隆志に妙な不安を覚えた更紗は、浩志の家に電話をかけたのだが・・・。
 浩志は驚いたような声で、今日は隆志は来ていないし、来るような予定もなかったと告げた。
 隆志は更紗に嘘をついていたのだろうか・・・??
 浩志の家に行くと言うのは家を出るための口実だったのだろうか?
 いや、もしかしたら、浩志の家にたどり着く前に何かの事件や事故に巻き込まれてしまったのかも知れない。
 けれど、事故ならば警察から電話が来てもおかしくない。
 隆志は確かに財布を持っていたし、その中には運転免許証も入っていたはずだ。
 それならば、事件に巻き込まれたのだろうか・・・??
 けれど・・・・・・・
 一晩考えた結果、更紗が出した答えは1つだった。
 隆志は、自らの意志で行方をくらました。
 そう・・・考えるしか出来なかった・・・。


 真帆と武彦は更紗に連れられて、隆志の自室の前で足を止めた。
 ドアノブを右に回し、押し開けた先はキチンと整理された男性の部屋が広がっていた。
 本棚も綺麗に整理され、そこに並ぶのはなにやら小難しげな言葉が並べられた専門書ばかりだった。
 どこかモデルルームを思い起こさせる綺麗さに、真帆は思わず目を瞬かせた。
「さて、それじゃぁ入るぞ?」
「どうぞ」
 武彦の言葉に更紗が頷き、ジっとその背中を見詰めている。
「私、お邪魔だと思うんで下に行ってます」
「や・・・別に邪魔じゃないが?」
「いえ、やっぱり身内がいるとやり難いでしょうから」
「あ、それじゃぁ私も下にいます」
 階段を下りていく更紗の後に続き、真帆も1階へと降りる。
 隆志の部屋は武彦に任せておけば問題ないだろう。逆に、真帆がいると邪魔になってしまうかもしれない・・・。
「樋口さん、紅茶飲める?」
「え、あ・・・大丈夫だよ?」
「残り物で悪いんだけど、クッキーもあるから一緒にお茶しない?」
「うん・・・」
 奥に備え付けられている食器棚の中から、真っ白なティーカップを2つ取り出す更紗。
 四角い缶の中からティーパックを2つ、それぞれのカップに入れてお茶を注ぐ。
 すぐにふわりと甘い紅茶の香りが漂う。
 ・・・カモミールだろうか・・・?
 心安らぐ香りに、真帆はほっと安堵の溜息をつくと目を閉じた―――
「それにしても、お兄ちゃん・・・どこに行っちゃったんだろう・・・」
「大丈夫だよ。きっと、元気に帰ってくるよ」
 にっこりと微笑みながら慰めの言葉を口にする真帆。
 けれど・・・どうしてだろう、こんなこと思っちゃいけないのに・・・
 思ってしまう。1つの嫌な予感を前に、頭を振る。
 思ってはいけない・・・思ってしまったならば、ソレが現実になってしまう危険があるからだ・・・。
 本当に―――――本当に、隆志は無事なのだろうか・・・?
 ゾっとする、自分の考えに・・・持ったカップを握り締める。
「そうだと良いなぁ」
 クスリと小さく微笑むと立ち上がり、部屋の隅に置かれているグランドピアノに向かう。
 椅子を引き、蓋を持ち上げ、鍵盤の上に敷いてあった赤い布を取り除く。
 繊細なメロディーが流れる。
 どこか悲し気で、それでも美しい旋律・・・。
 途中でテンポが変わり、早い音の波。更紗の指が凄いスピードで鍵盤を叩く。
「・・・これね、ショパンの曲なの」
 狂ったようなテンポが落ち着き、緩やかな曲の波に戻る。
「ショパン?」
「そう」
「・・・なんて曲なの?」
「別れの曲」
 美しい旋律をぶち壊すように、更紗の手が鍵盤を思い切り叩いた。
 不協和音が低く響き、ペダルを踏んでいたせいもあって、長く音が続く・・・。
「上條さん・・・?」
「草間さんが来たわ」
 更紗の言葉に顔を上げると、そこには確かに武彦の姿があった。
 右手に1枚の紙を持ち、更紗の前に立つとそれを差し出した。
 それは1枚の写真だった。
 背景は先ほど見た隆志の部屋で、3人の男性が映っている。
 一番左端、机の前の椅子に腰掛けて小さく笑顔を浮かべている男性・・・きっと、この人が隆志なのだろう。
 どことなく、更紗と面影が似ている。
 真ん中には、俯いた1人の男性。
 前髪が長く、その顔はよく分からない。
 右端には、明るい茶色の髪をした今時っぽい男性が1人、満面の笑顔でピースサインを突き出してる。
 左耳にした真っ赤なピアスに目が行く・・・・・・
「この2人は?」
「兄の友達です。北浦 浩志さんと、下野 玲人(しもつけ・れいと)さんです」
 更紗が真ん中の男性を指差し「こちらが浩志さんで」その指をすーっと横にスライドさせ、俯いている男性の上に乗せる。
「こちらが、玲人さんです。兄と親しくしていただいていたようで、特に仲が良かったんです」
「そうか・・・」
「これ、私が撮ったんですよ」
「そうなのか?」
「はい。3人がそろっていた時に、パシャリと・・・」
 楽しそうに笑っている浩志と、はにかんだような笑顔の隆志。そして、俯いている玲人・・・。
 3人とも似通ったような身体つきをしており、背中を向けられたら誰が誰だか分かりそうもなかった。
 もっとも、浩志は髪の色がやたら明るく、赤いピアスをつけているので一発で分かってしまいそうだが・・・。
 ・・・それにしても・・・
 先ほどの更紗はどうしたのだろうか?
 “別れの曲”なんて弾いて、しまいには全て投げ出したように鍵盤を叩きつけて・・・。
「3人とも、同じ大学なんです。兄が失踪したときも、浩志さんの家に行く予定でしたし・・・あ、そうだ!」
 更紗が今思いついたと言うように顔を上げ、ソファーの上に投げ捨ててあったポーチの中からベビーピンクの携帯電話を取り出すと手馴れた様子でボタンを押す。
「もしかしたら、浩志さんや玲人さんなら何かを知っているかもしれません。丁度大学の授業が終わった頃ですし・・・」
 耳をつけ、押し黙り・・・暫くしてから更紗は小さく溜息をついた。
「ダメですね。浩志さんの携帯に電話をしてみたんですけれど、繋がりません。電源が切られているみたいです」
 本来電源を切るような人ではないのに・・・その呟きに、真帆と武彦は一抹の不安を胸に顔を見合わせた・・・。


◇ Disappearance ◇


 隆志と浩志、そして玲人が通っている大学は、更紗の家からそう遠い場所ではなかった。
 広いキャンパスの中、迷わないで下さいねと告げて更紗が進んで行く。
 大学と言う場所は、それほど警備が厳しいわけではない。
 開け放たれた正門には、警備員がちらほらいるのが見えるだけで、いちいち学生証の確認などはしない。
 チラリと3人に視線を向けただけで、すぐに視線をそらした。
 広大なキャンパスには学生たちが犇いており、真っ白なベンチに腰掛けて話す学生たちは楽しそうだ。
「普段、浩志さんたちはラウンジにいるんです。学生ラウンジ・・・あそこです」
 更紗がそう言って1つの棟の2階部分を指差した時だった。
 目の前にぬっと、1人の男性が姿を現し・・・その人は、真帆も武彦も見覚えがあった。
「玲人さん??」
「あ・・・さ・・・更紗・・・ちゃん・・・あの・・・」
「今日はお1人なんですか?私、浩志さんにお話しがあって・・・」
「そのことなんだけどね・・・あの・・・浩志・・・その・・・今日、学校・・・来てなくて・・・」
「どう言う事なんだ?」
 そう言って更紗と玲人の間に入ったのは武彦だった。
 驚いたように肩を竦ませた玲人に、更紗が簡単な紹介を入れる。
「そっか・・・隆志の・・・ことで・・・」
「それで、来てないってどう言う事なんだ?」
「そ・・・それが、今日・・・授業入ってたはずなのに・・・来て、なくて・・・電話入れても・・・電源・・・入ってなくて・・・」
「私も電話したの!」
「今まで・・・こんなこと、無かったのに・・・」
「・・・とりあえず、自宅まで行ってみる必要があるな」
「浩志さん・・・ただの、寝坊とかだったら良いんだけど・・・」
 隆志が失踪してからそれほど時は経っていない。
 何か嫌な予感でも感じたのか、更紗が心配そうにそう言って俯いている。
「ぼ・・・僕、浩志の・・・住んでるアパート・・・知ってるんで・・・」
「案内を頼めるか?」
「は・・・はい。ここから・・・歩いて行ける距離・・・です」
 そう言うと、玲人は先に立って歩き始めた。
 その足は心持急いでおり、ショックのために青くなる更紗の肩を抱きかかえるようにして歩く真帆は、その速度についていくのにいっぱいいっぱいだった・・・。


 玲人に連れられてきたのは、なかなかお洒落なアパートの前だった。
 全てが横文字で書かれたそこは新しく、真っ白な外壁は初夏を感じさせる太陽を反射して目に痛いほどだ。
 暗証番号を入力してからアパートの中に入り、2階へと上がると“北浦”と書かれたプレートの掛かったドアの前で足を止める。
「僕も隆志も・・・浩志から、暗証番号と・・・合鍵を、預かってるんです・・・」
 玲人がそう言いながらポケットから鍵を取り出して、躊躇なく鍵穴に差し込んだ。
 カチャンと錠が外れる音がして、ドアを押し開ける。
「浩志・・・!?入るよ・・・??」
 玄関で靴を脱ぎ、中へと入り――――――
 すっきりと整理されたそこには誰も居なかった。
 外と同じ温度の室内は少し蒸し暑く、ジットリとした空気がやけに不気味だった・・・。
「嘘・・・浩志さんまで・・・」
 更紗がそう言って、ペタンとその場に座り込んだ。
「上條さん!?」
 真帆が更紗の前にしゃがみ込み、俯いた顔を覗き込む。
 信じられないと言った表情で固まる更紗の向こう、玲人も呆けた様子でその場に立ち尽くしていた・・・。


◆ Telephone ◆


 一先ず更紗と玲人を部屋の隅にポツンと置いてある黒革張りのソファーの上に腰を下ろさせると、真帆はキッチンに入っていった。
 勝手に人の家のものを漁るのは少し心が痛んだが、なにか飲み物を飲ませてあげたいと言う気持ちは紛れもない事実だった。
 いそいそと戸棚を開ける真帆の向こうで、武彦がじっくりと部屋の中を見渡している。
 小奇麗に整理された室内は、隆志の部屋と同様モデルルームのような雰囲気が漂っていた。
「樋口。少し聞き込みしてくるから、2人のこと頼めるか?」
「はい!」
 武彦の言葉に頷き、やっと探し当てたコーヒーの粉をカップに注ぐ。
 やかんに水を淹れ、沸騰させ・・・戸棚を探してスティックのお砂糖を見つけると、冷蔵庫の中から取り出したミルクと一緒に更紗と玲人の前に運ぶ。
「どうぞ・・・」
「あ、ありがとう・・・」
 真帆の言葉に顔を上げたのは玲人のほうだった。
 更紗は未だに放心しているらしく、カップの中を見詰めたまま動かない。
 玲人が何も入れずにコーヒーを啜る。
 どうやら熱かったらしく、ほんの少しだけ顔を顰めるとふーっと息を吹きかけた。
 暫くしてからやっと更紗がノロノロと動き出し、お砂糖を1本とミルクを少々入れるとコクリと音を立てて飲んだ。
「上條さん・・・」
「隆志に続いて、浩志までいなくなるなんて・・・」
「あの、北浦さんや・・・上條、隆志さんが行きそうなところとか、ありませんか?」
 真帆の質問に、その意味が分からないと言うように玲人が首を傾げる。
「えっと・・・この辺りじゃなくても、もっと遠いところとか・・・行きそうなところって・・・」
「1つだけあるにはあるんだけどね、行きたくても行けないところだから・・・」
「え?」
 聞き返す真帆の視線を撥ね退けるかのように、玲人が肩を竦める。
 行きたくても行けない場所とはどこなのだろうか・・・?
 今はもう、なくなってしまった場所なのだろうか?
「・・・お兄ちゃんまで、連れて行くのね」
「上條さん?」
 考え込む真帆の耳に聞こえてきたのは、低く呟く更紗の声だった。
 その声は恨みとも悲しみとも憎しみともつかぬ響きを持っており、ゾクリと背筋を冷たい手で撫ぜられたような感覚がした。
 この先を、聞いても良いのだろうか?
 ・・・お兄ちゃん“まで”と言う、他の誰かを連想させる言葉の意味を。
 行きたくても行けない場所と言う、不思議な言葉の意味を。
 玲人の言葉から察するに、それは普通一般の人の言う「行きたくても行けない」とは違うモノのような気がした。
 遠くて行けない、予算がなくて行けない、予定があって行けない、そんな簡単な理由だけではない気がした。
 ・・・聞かなくちゃ、全てが有耶無耶になってしまうかも知れない・・・!
 真帆はそう思うと、ゆっくりと口を開き―――――
 その瞬間、電話の呼び出し音が部屋の中に響いた。
 どうやら部屋の隅に取り付けられている黒い電話が鳴っているらしい。
 玲人が少し考えた後で受話器を取り、どもりながらも「北浦ですけれども・・・」と言って受話器に耳を押し当てる。
「いえ、ここの部屋の住人は帰って来ていなく・・・下野 玲人と申します。はい・・・上條 隆志は友人ですが・・・」
 不意に出てきた兄の名前に、更紗がビクリと反応して顔を上げる。
 何があったのだろうか?電話の相手は、誰なのだろうか・・・?
「はい、はい・・・え・・・??そんな・・・!!嘘ですよね!?・・・えっ・・・」
 ポロリと、受話器が手から落ちた。
 カツンと音を立てながら床の上を跳ね、受話器はそのまま横たわった。
 ガチャリと扉を開けながら武彦が入ってきて、受話器を落として呆然と立ち尽くす玲人に駆け寄る。
「いったいなにがあった!?」
 走りよった武彦の顔を見詰めながら、玲人がポツリと・・・言葉を紡いだ。
「警察から・・・電話で・・・隆志の・・・。隆志の遺体が・・・発見されたって・・・」


◇ Police ◇


 隆志の遺体が発見されたと言う現場にたどり着くと、1人の男性が4人を呼び止めた。
 瀬田 聡と名乗るその刑事は、更紗の方をチラリと見た後で玲人に視線を向けた。
 遺体は損傷が激しく、ズボンのポケットに入っていた財布の中の免許証から隆志だと分かったのだが・・・
「一応、確認して欲しいんだ」
「ぼ・・・僕が・・・ですか??」
「本来なら妹さんに頼むべきなんだろうがなぁ、流石に・・・ま、お前がやってくれや」
「・・・はい・・・」
 あまり気乗りしない面持ちで頷くと、玲人は瀬田に連れられてブルーシートの張られてある奥へと行ってしまった。
 真帆はそっと、目の前で落ち流れる滝を見上げた。
 あの上から飛び降り、そして・・・こちらの岸に流れ着いていたところを散歩中の男性が発見したそうだ。
 それにしても、遺体が見つかったのは幸運と・・・言うのかも知れない。
 流れ落ちる水圧に負けて、浮上できないことが多々あるのだ。
 暫くした後で、ブルーシートの向こうから顔色の悪い玲人が出てきた。
 どうやらその遺体は隆志本人のものに間違いはなく・・・更紗が真っ青な顔をしてふらりとその場に倒れこんだ。
「上條さん!!」
 真帆がその肩を抱く。
 慰めの言葉は喉に詰まって、言葉に出来なかった。
 ・・・きっと、どんな慰めの言葉も“お決まりの挨拶”みたいに冷たく響いてしまうのだろう。
 だから、言葉をかける代わりに真帆は強く更紗の手を握った。
「そうだ・・・刑事さん・・・あの、1つ聞きたい事があるんですけど・・・」
「あん?」
 更紗同様に真っ青な顔をした玲人がおずおずと瀬田を見上げ、ゆっくりと・・・言葉を紡ぐ。
「隆志の友人の、北浦 浩志も行方が分からなくなっていて・・・」
「はぁ!?そりゃ、どう言う事だよ!?」
「・・・分からないんです・・・ただ、刑事さんが電話を下さった時、僕たち・・・浩志を捜しに来ていて・・・」
「おいおい、まさかその・・・北浦浩志も上條隆志と同様自殺したなんてことはねぇよな」
「上條隆志は自殺なのか?」
 ゆっくりとした口調で口を挟んできた武彦に、瀬田が妙な視線を向ける。
 その視線に気付いた玲人がすかさずフォローをいれ・・・
「遺書の類は見つかってねぇが、滝の上んとこに靴が脱がれてた。キチンとそろえてな。自殺としか思えねぇ」
「だが、上條隆志には自殺をする理由がない」
「・・・それはどうだかなぁ・・・っつか、まぁ・・・後々調べれば分かる。今は北浦浩志を・・・」
「あれ?瀬田さん、どうして北浦浩志を知っているんです?」
 不意にそう言って、瀬田の背後から1人の若い刑事が顔を覗かせた。
「なんだ?北浦浩志になにかあるのか?」
「今、遺体を探しているじゃないですか。あの、波の高い自殺の名所の崖の上で・・・靴とバッグが見つかったとか言って」
「・・・は?」
「は?じゃないですよー!あそこって、滅多に遺体があがらないことで有名なんですよねー」
 非常に困ったと言う風な顔をして、刑事はそう言った。
「うそ・・・浩志さんまで・・・!?」
 更紗が口元に手を当てて、驚きの表情で固まっている。
 その背後にいる玲人が、フラリとよろけたと思うと・・・そのままバタリとその場に失神した。
「下野!?」
「玲人さん!?」
「うわ・・・!!大丈夫か!?おい、おい!!??」


◆ Who died? ◆


 瀬田の運転するパトカーで、玲人は近くの病院に担ぎ込まれた。
 どうやら疲労と睡眠不足がたたったらしく、玲人はその病院に緊急入院をする事になった。
 更紗も貧血の気があったらしく、病院で増血剤を貰うと紙コップにミネラルウォーターを注いでカプセルを流し込んだ。
「それにしても、こんなに自殺者が続くとはなぁ・・・」
 頭を掻きながら、上條更紗に色々と聞きたいことはあるんだが・・・と呟く瀬田。
 勿論、現在の更紗はとても話を出来るような精神状態ではない。
 また後日うかがうからと言い残し、瀬田は病院を後にした。
 おそらく、まだ捜査の続きがあるのだろう。
 真帆と武彦は病院の前まで瀬田を送ると、2,3言葉を交わしてから別れた。
 更紗の元へ戻ろうと踵を返し、病院の中に戻る・・・と、不意に背後から肩を叩かれた。
 振り返ってみればそこには美しい白衣姿の女性が立っていた。、真っ白な肌は石膏のようで、とても血が通っているとは思えない。
 思わず閉口してしまうほどの美人だった。
「時に、嘘に惑わされることがある」
 形の良い唇を薄く開くと、外見同様美しい声で彼女はそう言った。
「え・・・?」
「なんだって・・・?」
「見たこと、聞いたことでも、その全てが真実だと言う確証はない」
「誰だ・・・?」
「私は椚 華乃(くぬぎ・かの)」
 華乃はそう言うと、すっと真帆と武彦の向こう、椅子に座る更紗を指差した。
「あの子のお兄さんを知っている。そのお友達も・・・」
「上條隆志の知り合いか?」
「えぇ、昔からの・・・知り合い・・・」
 昔からの知り合い・・・!?それはつまり、更紗がアメリカに行っている間の隆志を知っていると言う事なのだろうか?
 もしかしたらこの人なら、隆志がアメリカ行きを嫌がった理由を知っているかもしれない。
 武彦もその考えに突き当たったらしく、何かを言おうと口を開き・・・華乃が不思議な笑顔を浮かべながら意味深な一言を呟いた。


「誰が、死んだ・・・の?」


「は?」
「え?」
「誰が・・・死んだ、の?」
 ニッコリ――――
 それは、全てを見透かしているような笑顔だった。
「上條隆志の遺体が確認された。それと・・・北浦浩志も・・・」


   「誰が、死んだ、の?」


 華乃はからかうように再びそう言うと、武彦の言葉を聞かずにふいと踵を返して病院の奥へと歩いて行ってしまった。
 ・・・どこかざわめく心の中、どうしても・・・華乃の言葉が胸の中で引っかかった。


―――誰が、死んだ、の?





              ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『赤い睡蓮の咲く場所 + 上條 更紗編 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 失踪中の兄の行方探しですが、残念ながら隆志の遺体が発見されたそうです。
 さらには、北浦浩志まで・・・。そしてそして、椚華乃なる人物の不思議な台詞・・・。
 誰の言葉を信じ、誰の言葉を疑うかは真帆様の自由です。
 今回登場したのは『上條更紗』『上條隆志』『北浦浩志』『下野玲人』『瀬田聡』『椚華乃』の6人です。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。