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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


JACK IN THE BOX −電脳編−

 『Night raid』に現れた「ティンダロス」の事は、あっという間に人々の記憶から忘れ去られていった。その代わりに、今ネット上を騒がせていたのは謎のアミューズメントだった。
 ある者は「デジタル化された遊戯施設」だと言い、ある者は「デジタルドラッグ」と言う。またある者は「そんな物はただの愉快犯が作ったおもしろ半分の噂だ」と言った。
 だが、それをその目で見た者は一人もいない。噂だけが先行する不思議な状況。
 そのアミューズメントの名は『JACK IN THE BOX』

「それが本当に現れたらどうする?」
 瀬名雫はチャット上でそうタイプしていた。自分の目の前には白い封筒とカードが置かれている。そしてそのカードにはあるアドレスが書かれていた。
 雫自身もその噂には疑問があった。誰も見たことがないのに話だけが進んでいき、そしてデマに惑わされ、それらしきアドレスにアクセスしサーバーをダウンさせる…。
 一度チャットの手を止め、雫はそのカードを見た。
『本物のびっくり箱への招待状です。私の猟犬もしつけをし直しました。今度はターゲットされた者以外の視界には見えないように進化しています。よろしければ是非いらして下さい』
「猟犬って、やっぱりティンダロスのことなのかな…」
 何だか嫌な予感がする。
 「Night raid」の時は強制ログアウトで済んだのだが、今度はどうなるか分からない。
 だがそのアミューズメントには興味がある。一体何が起こっているのか、それを検証できれば…。
「お願い、あたしの代わりにびっくり箱を見てきて。そして今度こそティンダロスの正体を突き止めたいの」

「雫様のご相談ですから、わたくしでよければお手伝いいたしますわ」
 神聖都学園からの帰り道、榊船 亜真知(さかきぶね あまち)は、雫と共にネットカフェへ向かっていた。日本人形のように真っ直ぐ伸びた長い髪が、初夏の悪戯な風に舞う。
「ありがと。本当はティンダロスに狙われてた人がいたんだけど、その人が捕まらなくて困ってたんだよね」
 そう言いながら溜息をつく雫を見て、亜真知は髪を抑えながらにっこりと微笑む。
 「ティンダロス」の事については前もって雫から聞いていた。「Night raid」というゲームに現れたバグで、それに襲われると目を覚まさなくなるという話だったが、実際の所は人為的に作られた何かだったらしい。それがまた、雫の元に招待状を出している…その事に亜真知は興味があった。
 どこの誰だか知らないが、ネットシステムを介して魂を集めようとは、なかなかの悪意の持ち主だ。何があるか分からないが、念入りに手を打たねばならないだろう。
「こんにちはー、皆集まってるね」
 そんな事を思っている内に、雫がよく使っているネットカフェに到着したらしい。雫の話では何が起こるか分からないので、このネットカフェ自体を貸しきりにしたと言うことだった。なので、客は亜真知の他には雫が呼んだ者達しかいない。
「どうも、雫さん。アレで終わりでは味気ないと思っていましたから、今回も参加させていただきますよ。そちらのお嬢さんは?」
 上下黒いスーツを着た紳士が雫を見て椅子から立ち上がった。亜真知はそれを見て、他の四人に礼儀正しく挨拶をする。
「榊船亜真知と申します。今回親友の雫様に呼ばれてまいりました。よろしくお願いいたします」
「私はジェームズ・ブラックマンです。よろしくお願いします、ミス亜真知」
 ジェームズが挨拶をすると、今度はその隣にいた金髪の青年が慌てて頭を下げた。それを見て隣にいるクールな容貌の女性がくすっと笑う。
「あ、デュナス・ベルファーです。前回雫さんに頼まれて『ティンダロス』退治に参加したんですが、正体が気になるので今回もご招待にあずかりました」
「私はシュライン・エマよ。亜真知さん以外は皆、この前『Night raid』に参加してたの。そこの彼もね」
 シュラインにそう紹介され、ブースに座っていた黒髪にスーツの青年が振り返る。座っているパソコンテーブルには、資料なのだろうか、色々な紙が置かれていた。
「真行寺 恭介(しんぎょうじ きょうすけ)です。よろしくお願いします」
 一通り自己紹介が終わり、雫が鞄の中から白い封筒を出す。そこにはアドレスの書かれた招待状が入っていた。雫はそれを渡してから空いている椅子に座る。
「本当はあたしの目で確かめたかったんだけど、何が起こるか分からないんだよね。実際前回もあたしが入ってなくて良かったみたいだし、今回も皆に任せた方がいいかなって」
 そう言いながら足をぶらぶらさせる雫は、何かを考えている風でもあった。それを見ながらジェームズが笑う。
「そうですね、ミス雫。おそらくそんな招待状を出すということは、相手もただ私達を遊ばせるつもりではないでしょう」
「そうね。ただの遊戯ならいいのだろけれど、そういう訳じゃなさそうね…特に『しつけをし直しました』って辺りが」
 シュラインは招待状を手に取り、少し考える。
 相手の目的が今回は全く分からない。前回は『ゲームの勝率が高い者』だったが、今回はその『JACK IN THE BOX』というアミューズメントの存在自体が眉唾だ。殺害が目的には見えないし、もしかしたら戦闘技能や駆引き、サバイバル応用等の情報収集が目的なのかも知れない。そう思うと、迂闊に全力を出せばいい訳ではなさそうだ。
 デュナスは回ってきた招待状を見ながら、困ったように笑う。
「『JACK IN THE BOX』の概要を調査しようとしたんですけど、生憎おかしな噂ばかりが先行していて、どこに何があるかとかは分かりませんでした。電脳空間で迷子になるのは嫌だったんですけど」
「この前のようにナビが必要かも知れないな。確かにはぐれたら、体に戻って来れない恐れがありそうだ…飼い主が何を考えているのか、それを突き止めなければ」
 恭介はそう言いながら自分のパソコンの画面を見た。前回のゲームデータはある程度取ってある。それがすべて参考になるかは分からないが、亜真知以外は前回のゲームである程度動きが分かっている。
「考えてみても仕方ありませんね。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも言いますから、とりあえず入ってみませんか?今回はレディがお二人なので、私が前衛に入ります。ミスター真行寺は後衛をお願いします。貴方の銃の腕は確かですから」
 それに恭介は頷いた。それを見て雫がぴょんと椅子から立ち上がる。
「じゃあ、よろしくね。亜真知ちゃん、何かあったら皆に任せちゃってね」
「ええ、雫様。皆様に迷惑はおかけしませんわ」
 心配そうな雫に、亜真知はにっこりと微笑む。確かに自分以外の四人はそれなりに力がありそうだし、よほどの事がなければ自分の力を行使することもないだろう。相手が悪意を持った者でなければ。
 亜真知は他の四人にもう一度深々と礼をした。
「皆様、よろしくお願いします。『びっくり箱』の中でお会いしましょう」
 皆がそれぞれのブースに入っていき、その後ろに雫の声が飛んだ。
「行ってらっしゃい!ちゃんと帰ってきてね!」

「本当にアミューズメントみたいですね…」
 デュナスはそう言いながら辺りを見回した。
 それは何だか夢の世界のような作りをしていて、無秩序に観覧車やメリーゴーランド、何も入っていない檻などがあった。重力も関係ないらしく、上を見上げても空がなく、ただピンクの空間にジェットコースターのレールが走っている。
「これは面白そうですね。デュナス、一緒に観覧車にでも乗りましょうか?」
 ジェームズはそんな事を言いながら観覧車を指さした。
 ここでは具現化も出来るらしく、亜真知は巫女姿になっている。それを見てジェームズはそっと懐の中で鞭と銃を作り出した。やはり遊びと言っても油断は禁物だ。折角招待されたのだから、遊ぶ所はきちんと楽しみたい。
「ジェームズさん…」
 ジェームズが楽しそうなのに気付いたのか、恭介も少し緊張を解きいつも使い慣れている銃をイメージした。シュラインは何だかここが「誰もいない街」のように思えて、その風景に少し寒気を覚える。
「ここに立っていても多分ティンダロスは出てこないでしょうから、皆さんはぐれないように遊びましょう。そのうち向こうからやってきてくれますよ」
「ジェームズさん、もしかして楽しんでません?」
 デュナスがそう聞くと、ジェームズは急に真顔になった。
「ええ、もちろんです。さて、ミス亜真知、貴女はどのアミューズメントがお好きですか?」
「そうですね…メリーゴーランドに乗ってみたいですわ。他の皆さんはどうでしょう」
 確かにここで止まっていても何も進展しそうにない。
 皆はおのおのティンダロスに思いを馳せながら、ジェームズの後についてメリーゴーランドに向かった。ただ、シュラインはどうしてもこの空間の違和感が気になる。
「空がピンクなのが気味悪いのかしら…」
 いや、違う。
 確かに何かが自分達を見ているような気がする。そう思いながらシュラインはキーボードを叩き、恭介に伝言を送る。
『誰かが私達を見ているわ』
『ええ、この空間は不自然です。それに今回はコマンドも通らないようだ』
 恭介も気付いているのだろう。このアミューズメントの不自然さに。だからといって他の三人が気付いていないわけでもなさそうだ。皆それぞれ楽しみつつ警戒しているのが分かる。
「こうなったら私もティンダロスが出るまで遊ぶしかなさそうね。真行寺君、行くわよ」
「ですね…まさかこの歳になって遊園地で遊ぶとは思わなかった」

 亜真知は白馬に横乗りで座りながら、全員に対して安全なシールドを作り出していた。初めて会ったときに気付いたが、ジェームズ以外は全員普通の人間らしい。ジェームズの正体も気になる所だが、今のところは関係ないだろう。
「油断は出来ませんものね」
 緊急時にはシステムに強制介入して制御下に置くことも考えているが、どうやらこの空間を作った者は相当な技術を持った者らしい。悪意がなければいいのだが、はたして悪意がない者がこんな悪趣味な空間を作るだろうか。
 ふと後ろ側を見ると、何故かデュナスとジェームズが同じゴンドラに乗っている。それなりに背が高い二人が乗っているので、何だか窮屈そうだ。
 亜真知はそんな二人に笑いながら手を振る。
「…遊んでていいんですかね」
 デュナスは亜真知に手を振り返しながら、狭そうに足を縮めた。そんなデュナスを見てジェームズが笑う。
「デュナス、今回は誰が狙われると思います?前回はスコア順と単純明快でしたが、この度は一体どのような者がターゲットになるのでしょうね?」
「それは…」
 亜真知が気付いていたように、ジェームズも亜真知が人間以外の何かだと言うことに気付いていた。それも相当大きな力を持つ存在らしい。その正体に関してジェームズは詮索する気もないのだが、ここの主は果たして誰をターゲットにするだろうか。
「前の目的が魂集めだとしたら、何故ティンダロスは倒れたときに魂を元の器に戻してしまったのでしょう。私はそれが分からないんですよ」
「私は、あのゲーム自体が罠だったように思えます」
 デュナスはこう考えていた。
 元々ティンダロスが襲った他の者達は、本当に欲しい物を手に入れるための複線だったのではないだろうかと。ゲームの勝率が高い者を襲うという噂が立てば、腕に覚えのある者達がティンダロス退治に立ち上がるだろう。
 その中に、この世界を作った主が本当に欲しい物があったのではないかと…。

「どうしてあの二人は、仲良くゴンドラに乗っているんだ…?」
 恭介とシュラインは、回る木馬達を見ながら空を見上げていた。ピンクの空は少しずつ紫のグラデーションになっていき、それがますます趣味の悪さを感じさせる。
「何か二人仲良く内緒話してるみたいね」
 シュラインは聴音の能力で二人の会話を聞き、それを恭介に伝えた。
「確かに魂を集めるのであれば、その場で殺しても良かったのよね…」
 なのに何故、昏睡させたままにしていたのか。そう考えると腑に落ちない部分がある。
 恭介もそれについて考えていた。『Night raid』や『JACK IN THE BOX』程の技術があれば、ネットの中で人を殺すことなどたやすいだろう。人の体はは疑似情報に案外騙される…目隠しをして「これから焼け火箸を当てる」と言ってからただの箸を付けても、本人がそれを信じれば火傷のような傷が出来たりするのだ。
「もしかしたら、中身が気に入らなかったのかも知れませんね」
「中身が気に入らない?」
 メリーゴーランドが止まり、皆が二人の元に集まってきた。それを確認しながら、恭介はシュラインに言おうとしていた言葉を続ける。
「いえ、会社でよくアンケートを取るんですけど、最近のおまけ付きの菓子って中身が分からないようになっていて、購買意欲を煽りますよね。で、買わないと中身は分からないんですよ」
 降りてきたばかりで話がさっぱり見えないが、ジェームズがそれに口を出す。
「ああ、食玩とかのお菓子ですね。あれはシークレットが出なかったりして、はまると大変なんですよ」
 恭介はその言葉に苦笑した。黒いスーツのジェームズが、売り場で真剣に箱を振ったりしている姿を想像すると、何だか可笑しい。
「で、もしかしたらティンダロスは、自分の欲しい中身を探していたのではないかと思うんです。データから見れば、俺達人間なんて皆同じ器に見えますし…」
 そう言った瞬間だった。
 どこからともなくウサギの顔をした紳士が現れ、デュナスの後ろに立ちニヤリと笑う。
「残念ながら外れ…でも限りなく正解に近いね」
「デュナスさん、伏せて!」
 恭介とシュラインが銃を抜き、ウサギの顔面に向かって銃を撃つ。それが当たると、パン!とクラッカーのような音がして、紙吹雪が飛び散った。
「なっ…」
 しゃがみながら振り向いたデュナスの後ろには、ウサギの顔から「ハズレ」と書かれたバネ人形が飛び出しているのが見える。
「流石『びっくり箱』と言うだけありますわね…」
 亜真知は感心している様子を演じながら、そのウサギがどこから発信されたのかを突き止めようとした。だが、このシステムは普通の電脳システムと違う。それはまるで、人間の脳のようなのだ。人の神経細胞のように発達し、複雑に入り組んでいる。
 ジェームズはクスクスと笑いながら頭が破裂したウサギ人形を蹴飛ばした。それは軽い音を立てて地面に倒れる。それを踏みつけながら、ジェームズは皆に向かって振り向いた。
「私達が普通に遊んでいることが、向こうは気に入らないようですね。なら、遊び倒してやりましょう」

 音もなく静かに猟犬は人間達を見つめている。
 自分に課せられた命令を忠実に守るために。
 命令が遂行できなければ、今度こそ自分は電子の海に還されるだろう。それだけは嫌だった。ネットの中でしか動けない存在だが、それでも自分は生きていたい。
 猟犬はターゲットを見据え、次の命令を静かに待っていた。

「何か、本当に遊んでるだけみたいね、私達」
 ジェットコースターから降り、シュラインは困ったように肩をすくめていた。隣で一緒に乗っていた亜真知も笑いながら降りてくる。
「雫様とも一緒に遊びたかったですわ」
 上下のない空間、長い長いジェットコースター。きっと雫が一緒にいれば大喜びするのだろうが、ここはびっくり箱の中だ。まだ油断は出来ない。
 恭介もそこから降り、感心したようにジェットコースターを見た。
「この電脳技術が応用できれば、ネット技術は一気に加速するな…」
 つい自分の会社でやっているプロジェクトなどに応用できないかと考えてしまう。まあ、ここに参加したのも多少それに関係するのだが。
「さて、次はどこに…おや?」
 そう言いながらジェームズは奇妙な違和感に気付いた。
 デュナスがいない。確か「ここで待ってます」と言っていたのに、一向にその姿が見えない。皆もそれに気づき、緊張した空気が走る。
「わたくし、デュナス様の位置を探しますわ」
 亜真知はそう言いながらデュナスの位置を探った。力を見せられないとか思っている場合ではない。ティンダロスは標的にしか見えないのだ。もしデュナスがその的になっているのであれば…。シュラインもキーボードを叩きながら前回のように位置をサーチする。
「迷路?何でそんな所に?」
 ジェットコースター乗り場から離れた所に、確かに巨大迷路があるのが見えた。亜真知もそれに気づき、皆に指示を出す。
「わたくしの力でデュナス様の元に迷わず行けるようにいたします。皆様は猟犬の方を」「分かりました」
 一体どんな方法でデュナスを捕らえたのか。そう思いながら巨大迷路の前に来ると、ジェームズが妙な形をした銃を取り出した。
「さて、どこまで具現化できるんでしょうかね」
 その引き金を引くと銃口から光線が出て、迷路の壁が溶けるのが見えた。

「あれ?ここは…」
 確かジェットコースター乗り場の所で皆を待っていたはずなのに、ちょっと空を見上げていたら何故か知らない場所に立っていた。自分の後ろにウサギが立ったときから感じていたのだが、ターゲットはどうやら自分らしい。
「さて、どうしましょうか」
 大暴れできるほど通路は広くない。多分皆も自分がいないことに気付いているのだろうが、皆が来るまでどれだけ時間を稼げるか…。
 その時だった。
「デュナスさん」
 迷路の角から、何故かデュナスの想い人である立花香里亜が顔を出した。香里亜はデュナスを見るとホッとしたように溜息をついた。
「良かった、迷っちゃってどうしようかと思ってたんですよ」
「えっ?か、香里亜さん?」
 その笑顔を見ただけで、デュナスは思わず顔を赤らめた。たぶん微妙に発光もしているのだろう、何だか体が熱い。
「デュナスさん、一緒に出口に行きましょう。ね?」
 香里亜がデュナスの手を取ろうとしたときだった。壁にドン…という衝撃が走ったあと、壁に穴が開く。そこには、ジェームズを先頭にシュラインに亜真知、恭介が立っている。
「デュナス、どうして一人で赤くなっているんですか?」
「えっ、だって…あれ?」
 その瞬間、シュラインの銃からペイント弾が発射された。香里亜だったはずのものが、みるみるうちに別の姿になる。
「デュナス様の前にいるのは猟犬ですわ。今から皆様にも見えるようにいたします」
 キン…と何かが走ったような感覚の後、デュナスの前に猟犬がいるのが全員に見えた。それは禍々しい牙で、デュナスを狙っている。その時だった。
「よくも私の純情を利用しましたねー!」
 ガスッという鈍い音と共に、目が眩むような強い光が走った。デュナスの発光能力が瞬間最大出力で出たのだろう。皆がそっと目を開けると、デュナスが両手を組んだままそれをティンダロスの脳天に振り下ろしているのが見えた。そのままよろけるデュナスを、亜真知がそっと支える。
「大丈夫ですか?デュナス様」
「ご、ごめんなさい。一気に力を使うとお腹が空くんでした…」
 その前にジェームズが立ちはだかった。デュナスは一気に怒りを爆発させてしまったのだろう。いつも温厚なデュナスをこれだけ怒らせるとは、よほどティンダロスはデュナスの触れてはいけない所に触れたらしい。
「ミス亜真知、デュナスを頼みますよ」
 亜真知の力ならデュナス一人を守るのはたやすいだろう。恭介やシュラインもティンダロスに向かって銃を構えているし、狭い迷路に自分達を誘い込んだのはティンダロスのミスだ。
「さて、遊びはおしまいにしましょう」
「今度は逃がさないわよ」
「今日は…しとめる!」
 ジェームズが鞭を振り下ろすのを合図に、恭介の銃が火を噴き、シュラインは声の能力でティンダロスの動きを束縛する。それと同時に亜真知は自分の眷属を呼び出し、ティンダロスに魔力の咆吼を浴びせた。
「やったか?」
 だが、ティンダロスは立っていた。本当はもう立っているのも辛いほどボロボロなはずなのに、それでも必死に立ち上がり、前へ進もうとする。それを見て、シュラインは声を出すのを止め、ティンダロスに話しかけた。
「何がそんなに貴方を動かすの?貴方の目的は何なの?」
「………」
 ティンダロスは何も答えない。その代わりに、どこからともなく声がした。その声は失望したようにまず溜息をついた。
「ティンダロス…どうやら名前負けだったらしいね。狩るものとして作ったのに、狩りも出来ないなんてただの犬以下だ」
 ふっ…と、宙に仮面をかぶった男が浮かび上がった。亜真知はそれに向かいシステムに強制介入を行おうとした。だが、男はそれに気付いたように笑う。
「はははっ、システム介入は無理だよ。僕の居場所はここじゃない」
「お前は何が目的なんだ?『自分の欲しい中身集め』が正解に近い外れというのなら、お前の目的はもしかして…」
 恭介がそう言うと、男の口角が上がった。
「君は頭がいいね。うーん、君にしておけば良かったかな…僕が本当に欲しかったのは『自分の欲しい器』だよ」
 その言葉に恭介はぞっとした。人間の体を器としか見ていないその不気味さ…そして、その『器』を何に使おうという気なのか。その意図が全く見えない。
 ジェームズは無言で男を見上げていた。仮面に隠れてはいるが、口元が自分のよく知っている誰かに似ている…。
「その器をどうしようと?」
 静かに呟いたジェームズに男がすうっと自分達の所まで降りてきた。だがその姿は透けていて、幽霊のように現実感がない。
「『托卵』って知ってるかい?自分の卵を育てるのに、他の卵を一個追い出すって…それをやろうかと思ってたんだけど、この作戦はちょっと失敗しちゃったね」
「人の魂を追い出して、貴方がそこに入り込む気だったのですね?」
「そうだよ、生きていくための知恵ってやつ。それとも君はカッコウを許せない?」
 人の魂を鳥の卵と同じようにしか思っていない男に、皆は嫌悪感を抱いていた。だが、ここにいる男が実体ではなく、居場所も繋がってないのでは手を出しようがない。ジェームズは男を見据えこう言った。
「カッコウは、もしかして貴方の名前ですか?だとしたら、私は貴方に話がある」
 鳥の名前。自分がよく知っている誰かに似ている口元。
 男はそれを聞き、ニヤッと笑う。
「当たり。さて、ゲームは君たちの勝ちだ。ティンダロスも倒されて、名前まで当てられちゃ僕はもう打つ手がない。そろそろ退散するかな」
「待ちなさい!」
「ばいばい、ティンダロスは君たちが好きにしていいよ」
 男が笑いながら消えると、ティンダロスの咆吼が空に響き渡った。

 ティンダロスはただ啼いていた。
 傷つきながらも任務を遂行しようとし、そして創造主に捨てられた。それを見ていた恭介は、何故かティンダロスと自分の姿がかぶる。
 ティンダロス自体には悪意も何もなく、ただ主の期待を裏切りたくなかっただけなのだろう。傷ついても立ち上がり自分達に向かったのを思うと、ここであっさりと電子の藻屑にする気にはなれない。
 それは他の皆も同じだった。元はと言えば「カッコウ」という男の悪意が始まりだっただけで、ティンダロスは猟犬として働こうとしただけなのだ。
「ティンダロス、俺はお前をデータに戻す気にはなれない。すまない、皆…俺のわがままだ。こいつを消さないでやってくれないか」
 恭介が頭を下げると、デュナスはやっと起きあがれるだけ回復したのかティンダロスの頭を撫でた。
「純情を利用されたのはアレですけど、私も思いきり殴っちゃいましたしね。おあいこにしましょう」
「でも消さないでって言ってもどうすれば…」
 シュラインが困ったようにそう言うと、亜真知がにこっと笑う。
「どうやらカッコウはこの空間ごとデータを切り離したようですわ。今でしたらこの『びっくり箱』ごと、どこかのサーバーに移すことも出来ますし、彼が介入できないようにすることも可能です」
 それにジェームズも頷く。
「そうですね。せっかくこんなに楽しいアミューズメントなんですから、このまま消すのは勿体ない。でもその牙だらけの容貌は何とかしなくてはいけませんね…お客様が怖がる」
 それを見てシュラインは溜息をつきながらキーボードを叩いた。確かに先ほどまで出来なかったシステム介入や、データ改ざんが出来るようになっている。
「全く、皆優しいんだから…っと、でも私も相当お人好しかもね。ちゃんと喋れるようにもしてあげるわ」
 シュラインが最後にキーを叩くと、今まで牙だらけだったティンダロスの姿がみるみるうちに狼のような姿に変わっていった。ティンダロスはちゃんとお座りをしてシュラインの顔を見る。
「ありがとう…私はお前達を狩ろうとしたのに」
「お礼は他の皆に言って頂戴。サーバー探しは亜真知がよろしくね」
 亜真知はそれを聞き、ティンダロスをそっと撫でた。こんなに主に忠実な犬はなかなかいない。これなら自分が作り出したサーバー上で飼っても問題はないだろう。
「はい。わたくしにお任せ下さいませ。でも名前がそのままではいけませんわね…今日から貴方の名前は『天狼』ですわ。ここの番犬として頑張ってくださいね…」

「へーぇ、本当にネットアミューズメントスペースになったんだ」
 数日後。
 雫にはティンダロスのことだけを正確に告げ、中で現れた「カッコウ」のことは伏せることにした。おそらくそれを聞けば雫はカッコウのことを調べたがるだろう。だが、それはあまりにも危険すぎる。もしかしたらまた、別の事件で会うことになるかも知れないが。
 亜真知は学校から雫と一緒に歩きながら、ネットカフェへと向かっていた。
「今回はありがとうね。でも、まだ『JACK IN THE BOX』って、謎のアミューズメントなんだよね」
「その方が見つけたときに楽しいでしょう、雫様」
「そうだね。今日はあたしも楽しんじゃおうっと」
 ネットカフェに行き『JACK IN THE BOX』にアクセスすると、ジェームズとデュナスが何故か恭介と一緒に射的で遊んでいるのが見えた。雫と亜真知が入ってきたのに気付き、シュラインは手を振り微笑む。
「皆さんもう楽しんでらっしゃるのですか?」
 亜真知がそう言うと、シュラインはくすっと笑いながら指をさした。
「なんかね、真行寺君に射的で勝ちたいって二人ともムキになってるのよ」
 射的場から皆の声がする。
「やっぱり勝てません。私、銃にはそんなに自信ないんです。ハンデ下さい」
「ミスター真行寺、もう一回勝負ですよ」
「…そろそろ勘弁してくれませんか?」
 そう溜息をつく恭介の側で、天狼がパタパタと尻尾を振りながら、雫と亜真知にこう言った。
「『JACK IN THE BOX』にようこそ」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1593/榊船・亜真知/女性/999歳/超高位次元知的生命体…神さま!? 
2512/真行寺・恭介/男性/25歳/会社員

◆ライター通信◆
皆様こんにちは、水月小織です。
前回の『ティンダロスの猟犬』からの続きでしたが、これで「ティンダロス事件」は終わりとなります。まだ謎があったりもしますが、次に控えている『JACK IN THE BOX −現実編−』へと連動して繋がっていきます。
現実編で探りに行くサーバーは天狼が守る場所ではなく、元々あった場所になります。
今回は初めてPL様達だけで5人の大所帯でしたが、皆さん個性的で楽しく書かせていただきました。格好良かったり、ちょっとお茶目だったりと、自分も一緒に楽しみたくなりました。かなりの長文になりましたが…orz
リテイクなどは遠慮なくお願いいたします。
では、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。

シュラインさんへ
いつも冷静で、細かい所に気を使うプレイングありがとうございます。
声の能力はいつも使わせていただいてますが、今回はラストにティンダロスのデータを書き換えるという役目をお任せしました。皆に溜息をつきながらも、微笑むシュラインさんが目に浮かびます。
また窓開け時などの時はよろしくお願いいたします。