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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 2

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 そうしてたどり着いた先は、空き家となった白い館だった。
 そこで得られたのは、この島の地図と、キングについての伝承めいた文章だった。それによれば、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在であるという。また、キングを倒すことができなければ、記憶は奪われたままで、いずれ彼らはこの地の住人になってしまうらしい。
 この先に進むことを決めた草間たちは、その館の中で、それぞれ眠りに就いた。

+ + +

 翌日。
 館を後にした草間たちは、半日近く歩き続けて、小さな集落に到着した。うまく交渉して、水や食糧を分けてもらおうと考えたのだが、村人たちは旅人を歓迎するムードではないようだ。
「あの……何かあったんですか?」
 青白い顔をして行き過ぎようとする村人の一人をつかまえ、草間は尋ねた。
「あんたは、よそ者だな? 外から来た人に、こんな話をしてもしかたがないが……聞きたいなら教えてやる。今夜、村長の娘がキングの花嫁になるんだ」
 村人は言って、ぽつぽつと事情を語る。
 「花嫁」といってもそれは、実質的には人身御供のようなもので、村がキングの軍隊に襲われないよう、何年かに一度、村の娘を差し出すのだそうだ。だが、そのせいで村にはもう若い女は十七になる村長の娘しかいない。そしてその少女も、今夜、キングの元へ差し出されるのだという。
 「花嫁」としてキングの元へ行った娘たちは、以後戻って来ることはない。噂では、奴隷同然の扱いを受けた後、二十を越えたらキングの館の地下に幽閉され、飢え死にさせられるのだともいう。
「なんて話だ……」
 話を聞いて、怒りに燃える草間は、仲間たちと共に、少女を助ける決意をするのだった。





【1】
 シオン・レ・ハイは、出されたお茶をありがたく口にしながら、室内を見回した。
 彼と、同行者であるササキビ・クミノ、シュライン・エマ、法条風槻(のりなが ふつき)、草間零、タケヒコの六人は今、地図に「イチの村」と記載されている村の、長老で産婆でもあるというトヨという老婆の家に招かれていた。
 この村にたどりついたものの、通りすがりの村人から、旅人を泊めているどころではない事情を聞かされ、宿もなさそうな村の様子に途方にくれていた彼らを、トヨは今夜泊めてやろうと申し出てくれたのだ。
 イチの村は、真ん中にある小さな広場の四方から延びた道に沿って、両側にレンガと藁葺き屋根のみすぼらしい家が並ぶばかりの集落だ。東側の村の入り口から広場に向かって伸びる道の両側には、小さな店がいくつか並んでいる。また、西の道の突き当たりには、立派な建物があったが、それ以外、取り立てて何もない村だった。
 トヨの家は、その中ではいくらか立派な方だろうか。今シオンたちがいるのは、入り口を入ってすぐの所にある小さな食堂兼居間のような部屋だった。床は板張りで、長方形の木のテーブルと椅子が何脚か置かれてあるだけの、質素な一室だ。
「あの……さっき、今この村は大変なんだと聞きましたけれど……私たち、泊めていただいて、いいんでしょうか」
 お茶を半分ほど飲み干して、幾分おずおずと言ったのはシュラインだ。
「かまわないよ。じたばたしてみたところで、どうなるものでもないしね」
 トヨは、小さく肩をすくめて、あきらめ顔で言った。それへ、タケヒコが告げる。
「実は俺たちは、事情があってキングを倒すために旅をしているんだ。だから、できたらこんなことはやめさせたいと考えている」
「キングを倒すね……」
 トヨは、面白そうにタケヒコと、シオンたちを見やって笑った。
「キングとその軍隊を倒して、この村から花嫁を出す必要がないようにしてやろうっていうのかい? 若い者は威勢がいいね」
「そんなことをしても、無駄だって言うんですか?」
 幾分ムッとしたように、風槻が言う。
「でも、やってみないとわからないんじゃないですか? このことを教えてくれた村人は、村に若い女は、もう花嫁になる村長の娘だけだって言ってましたよ。ていうことは、この村、このままだと衰退しちゃうってことでしょう?」
「私も、そう思います。それに、どっちにしろ私たちは、キングを倒しに行かないと、どうにもならないんです……」
 シオンは、おずおずと彼女に賛同する。
 トヨは、そんな彼らを今度は少し驚いた顔で眺めやった。
 それへ、シュラインが駄目押しとばかりに言う。
「とにかく、キングの軍隊の規模や、花嫁を差し出す時間など、詳しいことを教えていただけませんか。もし、村に迷惑をかけられると困るというなら、私たちは邪魔にならないようにやります。でも、詳しいことを知らなければ、避けようもありませんから」
「あ……。もしご存知なら、キングの外見や戦力、それにその館の場所も教えていただければ、うれしいです」
 シオンは思いついて、その後にそう続けた。
 彼らの言葉に、トヨは根負けしたように溜息をついた。そして、話し始める。
 村長の娘ルカが、花嫁として連れて行かれるのは、明日の日没のことだという。キングの館は、この村の北に広がる森の奥にあって、そこに百人ばかりの兵士と共に住んでいるらしい。ルカの迎えには、ここから何人かの兵士が車でやって来る。対してルカの方は、一応、彼女が花嫁としてキングの館に入ったことを確認する、立会人として村の女二人が共に行くことになっていた。もっとも、この女たちは、キングの館の前まで付き添うだけで、そこで彼女が中に入るのを見届け、また兵士に送られて村へ戻って来るそうだ。
 ちなみに、この村にはキングがどんな人物かを知っている者は、一人もいないという。
「花嫁として連れて行かれた者たちは、知っているだろうけれどね。誰も戻って来ないし……キングは、わしらのような者の前には、姿を現さないからね」
「では、男か女か、それとも若いのか年寄りなのかも、わからないというわけか」
 むっつりと口を開いたのは、クミノだ。
「まあそうだね。けど、若い娘を花嫁に欲しがるんだから、男なんじゃないかねぇ。それも、二十を過ぎたらお払い箱で、地下に監禁してしまうというから、それほど若くもない……まあ、中年かそれ以上の年の者だろうよ」
 トヨは軽く肩をすくめて、自分の憶測を口にする。
(なんだか、同じ中年の男として、肩身が狭いですねぇ。でも……せっかく、記憶や時間を操る能力があるというのに、どうしてこんな強引なことをするんでしょうか。その力を使って、わからないように花嫁さんを集めれば、もっと楽な気がしますけど)
 シオンはぼんやりと、そんなことを考えた。だが、どちらにしろ放ってはおけないし、彼らにとっては、キングを倒すチャンスでもある。
 他の者も、そう考えたらしかった。
「その村長の娘と入れ替われば、すんなりキングの館へ連れて行ってもらえそうじゃない?」
 風槻が言って、付け加える。
「もちろん、こちらもきっちり準備は整えなくちゃいけないけど」
「そうね。ベタなやり方だけど、それが一番無難かも」
 シュラインもうなずく。
 それを聞いて、シオンは小さく手を打った。
「ああ、なるほど。……入れ替わってしまえば、村人が花嫁を渡すのを拒んだとは見えませんから、そのことで、この村に危害が及ぶ心配もありませんよね」
 彼は、自分たちが介入することで、村人に危害が及ぶかもしれないと、少し気にしていたのだ。その後に、思いついて付け加える。
「相手が武装している可能性も考えて、武器も用意しないといけませんね」
 そして、なんとなくクミノを見やった。他の者たちも、全員彼女を注視している。前日一泊した館の中で、彼女はいきなり懐中電灯を呼び出したのだ。しかも、移動の間にタケヒコから聞いた話では、彼女は最初に彼と出会った時、マシンガンを手にしていたという。
 クミノは皆の注視に気づいて、小さく肩をすくめると、トヨをふり返った。
「その兵士たちというのは、どの程度の装備をしている?」
「以前の時には、銃だけだったと思うが……詳しいことはわからないね。なにしろ、わしらは日ごろ、そういうものとは縁がないし、見えない所に武器を持っていたら、気づかないからね」
 トヨは、記憶を探る目をして答える。
 クミノは少し考え込んでいたが、やがてシオンたちを見やって言った。
「武器の件は、やってみないとわからないが……善処してみる。それより、この先のことだ。花嫁一行と入れ替わるなら、やはり村長にぐらいは話を通しておくのが、筋というものだろう。ただ、この村にキングの手先――間諜のような者がいないとも限らない。そこで、少し策を講じてみようと思う」
「策?」
 タケヒコに問い返されて、クミノがうなずく。そして、全員に傍近く寄るよう言うと、彼女は小声で、自分の考えた計略を話し始めるのだった。

【2】
 トヨの家で簡単な食事をご馳走になった後、シオンたちは彼女に案内されて、村長の家へと向かった。
 あの、西側の道の突き当たりにある、立派な建物がそうだ。
 そこは、外観に違わず、中身もずいぶんと立派で、大正末期か昭和初期の洋館といった雰囲気だった。
「他の家と、すごい落差ね。……何か妙な商売でもやって、がっぽり儲けてるのかも」
 それを見やって風槻が、隣にいるシュラインに囁いているのが聞こえる。
「妙な商売って、どんなものでしょう?」
 シオンは、目をぱちくりさせて、尋ねた。
「う〜ん。たとえば、人身売買とか麻薬の密売とか」
 天井を見上げて、風槻は適当なことを言う。
「でも、こんな人の少ない所で、それはないんじゃない?」
 シュラインが苦笑しながら、口を挟んだ。
 シオンも、ちょっと考えて、シュラインに内心で賛同する。地図にも、この周辺には他に集落などは書き込まれていなかった。この落差は、きっとここが村長の家だからだ。どんなドラマや物語でも、集落の長の家というのは、立派なものだ。
 やがて、応接間らしい一室に通された彼らは、村長と顔を合わせることとなった。相手は、四十代半ばぐらいだろうか。長身でがっしりとしたいかにもリーダー然とした雰囲気の男だ。
 シオンたちは村長に、キングのきたないやり方から、村と少女を助けるため、手を貸したいと告げた。ところが、村長はそれを頑なに跳ねつけたのである。
「キングに逆らうなど、何を血迷ったことを言っている。あんたらは、よそ者だからわからんのだろうが、この地に住む限り、キングに逆らうことは許されないんだ! さあ、もういいから、帰れ! 帰ってくれ!」
 凄まじい剣幕で怒鳴られ、彼らは全員、追い出されてしまった。
 しかたなく、そのまま悄然とトヨの家に戻って行く。
 トヨの家では、彼らは再び男女に分かれて、部屋を借りた。といっても、小さなトヨの家には、彼らの人数分のベッドはない。そこで、シオンはタケヒコと共に、物置兼薬部屋の一画を開けてもらって、そこに雑魚寝することになった。一方、女四人は、トヨが普段は妊婦らの診察や、相談事を聞くために使っている部屋に、同じく雑魚寝である。
 板張りの床に、ありあわせの布や毛布を敷いただけなので、寝心地がいいとは、とても言えなかった。だが、とりあえずは屋根の下で眠れるだけでも、ありがたいとシオンは思う。
(そういえば、この村の人たちの記憶が、操作されている可能性はないんでしょうか)
 目を閉じようとして、彼はふいに思いつき、考え込んだ。キングが記憶を操れるのならば、そういう可能性もある。たとえば、キングの館のある場所についてだとか、何をしてもキングには勝てないと思い込まされているとか。
(う〜ん。もしそうだったとしても、それをどうやって見分ければいいんでしょうか)
 他人の心の中を覗けない以上、その真偽を調べるのは、彼らには無理だろう。
(クミノさんみたいな、超能力があるといいんですよね。……たとえば、テレパシーとか。たしかあれは、他人の心を読む能力でしたよね)
 そんなことを考え巡らしていて、ふいに彼はいいことを思いついた。
(そうだ。明日、ちょっと試してみましょう。記憶を失っているんだから、本当は何か能力があっても、忘れてしまっている可能性もありますし。一番簡単に試せそうなのは、スプーン曲げですよね。テレパシーだと、手伝ってくれる相手が必要ですけど、あれなら一人でできますし)
 そうだそうだと一人うなずき、彼は明日、トヨにスプーンを一本借りることを決めて、目を閉じた。

【3】
 翌日の夕暮れ時。
 シオンはタケヒコと共に、村長の家の裏手にいた。
 実は、前夜の村長の態度は全て芝居だったのである。
 クミノの提案で、間諜がいることを考え、わざとああしたのだ。あの時、応接室の窓は開いていた。小さな村のことでもあるし、村長の怒声は外まで響き、村中に旅人が手助けを申し出たのを村長が断った噂が、昨夜のうちに広がっただろう。
 だが実際は、事前にそうした芝居を打つ旨を、トヨからその孫経由で、村長に伝えてもらっていたのだ。また、村長の家に行った際には、クミノがその招喚能力で呼び出したトランシーバー機能付き携帯電話を、使い方を書いたメモと共に、極秘で村長に渡して来た。そして、ゆうべ夜が更けてから、それで連絡を取り合い、今日の作戦を立てたというわけである。
 その計画にしたがって、シオンたちは朝になると一旦村を出た。そして道をはずれて村の周辺へとそれぞれ潜んだ。
 花嫁の身代わりは、零がやることになっており、午後にはシュラインと共に支度のため、村長の家に入ったはずだ。他の者も、日没前には村長の家に集まる手はずになっていた。それまでは、なるべく目立たないよう、バラバラに行動することになったのだ。
 シオンは、とりあえず何か武器になるものはないかと、村の周辺を探し回った。まずはクミノに相談してみるべきかとも思ったのだが、彼女はどこへ行ったのか、まったく見当たらない。そこで、まずは自力で調達できないか、やってみることにしたのだった。
 だが、当然というべきか。村の周辺には、武器になりそうなものは、何もなかった。あたりは基本的に草原で、たまに木が生えていても、あまり大きなものはなく、相手が銃では枝を折ったり削ったりしたぐらいでは、武器にはなりそうにない。かといって、村へ戻って村人にナイフや包丁などを借りるのも、不審に思われそうだ。
 そのうち、歩き回るのにも疲れて、彼はちょうど見つけた木の根方に腰を下ろした。村を出る時、忘れずにトヨからスプーンを一本借りて来たので、それをリュックから取り出し、一心に睨み据えながら、曲がれ曲がれと念じる。
 しばらくそうしているところへ、風槻がやって来た。紙を一枚もらえないかと言うので、落書き帳のページを一つ破いてやり、鉛筆を借りたいというので、貸してやった。彼女はそれで、紙に何かをしたためていたが、シオンは再びスプーン曲げへの挑戦を始める。
「何してるの?」
 ややあって、風槻に声をかけられ、彼は大きく息を吐き出して、顔を上げた。
「スプーン曲げです。私にも、クミノさんみたいな超能力が何かないかなと思って、ちょっと挑戦してみていたんですけれど……」
 言って、彼は肩を落す。
「やっぱり、無理みたいです」
 それへ苦笑して、風槻が言った。
「彼女みたいな能力持っているのって、珍しいと思うわよ。……これ、ありがとう」
 鉛筆を返して、彼女はそのまま、立ち去って行く。
 それを見送った後も、シオンはスプーン曲げに挑戦し続けたが、やはりスプーンは曲がる気配もなかった。
(やっぱり、私では無理なんですね)
 悄然と肩を落として胸に呟くと、彼はしかたなくスプーンをリュックに戻し、立ち上がった。そろそろ、日が傾き始めている。彼は村の西側めざして歩き出した。
 その途中、彼はクミノと出会った。
「クミノさん、いいところで出会いました。あの、少し相談したいことが……」
「なんだ?」
 歩み寄って行く彼に、クミノは立ち止まり、尋ねる。それへシオンは言った。
「その……クミノさんなら、武器を用意することができるんじゃないかと思いまして。探してみたんですけれど、この村の周辺ってほんとに何もないみたいですし、村人からお借りするのも、どうかと思いまして」
「別に私はかまわないが……どんな武器がいい?」
 クミノがあっさりと言って訊いて来たので、彼は少し考え、答える。
「そうですね。なんとなく、槍が一番しっくり来そうな気がします」
 途端に槍が、空中から現れ、足元の草の上に落ちる。
「ありがとうございます!」
 シオンは即座に礼を言って、それを拾い上げようとした。ところが、槍は持ち上がらない。
「クミノさん……。これ、ものすごく重いんですけど……」
 シオンは必死に持ち上げようとして、額に汗をかきながら、クミノに訴える。
「重い? そんなはずはないだろう?」
 クミノが首をかしげて、それに手をかけた。そのまま彼女は、軽々と槍を持ち上げる。シオンはそれを見て、目を丸くした。彼の力では、まったく持ち上がらなかったのだが、何かコツでもあるのだろうか。
 クミノに槍を差し出され、彼は何も考えずにそれを受け取った。途端。
「うぎゃふっ!」
 彼は妙な声を上げて、そこにうつ伏せに倒れてしまった。槍の重みに耐えられず、ころんでしまったのだ。
「槍から手を離せばいいだろう」
 起き上がれなくて、じたばしている彼に、クミノの冷静な声がかけられる。続けて彼女は、どうやら招喚された武器は、彼女以外には使えないようだと告げる。携帯電話は、おそらく武器ではなかったので、村長にも使えたのだろうとも。
 ようやく槍を離して起き上がったシオンは、吐息をついて言った。
「そうですか。クミノさんにしか使えないのなら、しかたがないですね。私は、もう少し武器を探してみます」
 当てはなかったけれど、クミノに気を遣わせてはいけないと思ったのだ。彼は、踵を返すと、そこを後にした。
 しばらく周辺を歩き回っていると、今度はタケヒコに出会った。彼は村長の家で会ったら渡すつもりだったと、シオンに槍と非常食代わりの木の実をくれた。
「この槍、どうしたんですか?」
 まるで、さっきのクミノとのやりとりを見られていたかのようだと思いながら、シオンは尋ねた。
「村の鍛冶屋がくれたんだ。トヨさんの、息子なんだとさ。俺も、こいつをもらった。もう一本あるから、そっちはシュラインにやろうと思ってな」
 言ってタケヒコが見せたのは、狩猟用らしい大ぶりのナイフだった。
 一方、木の実は風槻が集めたものだという。
「みなさん、ちゃんと用意をしてらしたんですね」
 あまりに実になることができなかったシオンは、少し悄然として言った。
 だが、タケヒコは彼のそんな様子に気づくでもない。そろそろ行こうと促され、シオンは歩き出した。
 そうして今、こうして村長の家の裏手に潜んでいる。
 家の中から、零の手伝いを終えて出て来たシュラインに、タケヒコが首尾を尋ねていた。
「問題ないわ。零ちゃんも、遠目からなら、ルカさんにしか見えないわよ」
 シュラインが答える。もとより零は、外見がルカに似ていることから、花嫁の身代わりに選ばれたのだ。そのことをシオンは申し訳なく思うが、長身でがっしりしている上に男の自分では、とうてい身代わりは無理なので、しかたがない。
 タケヒコがシュラインに自分のものと同じ、大ぶりのナイフを差し出すと、彼女は驚いたようだった。
「どうしたの? これ」
 尋ねる彼女に、シオンはタケヒコと二人で、かわるがわる武器の入手先について話し、ついでに問われるまま、クミノの招喚した武器が、彼女にしか使えないことも話す。
「携帯電話は、武器じゃなかったから、大丈夫だったみたいです。にしても彼女、すごいですね。本当に、超能力みたいです。私も、スプーン曲げぐらいできないかと、やってみましたが……ダメでした」
 言いながらシオンは、またもや少し悄然とした。
「気にしないで。たぶんあれは、誰でもが使える能力じゃないわ」
 それへシュラインが、苦笑しつつ返す。
「だよな」
 うなずきつつ、タケヒコが彼女に風槻のくれた木の実を渡した。その後彼は、風槻から聞いた情報を披露する。
 この村がキングに花嫁を差し出さなければならなくなったのは、十五年前からだという。だいたい、半年から一年の間に一人という割合だそうなので、連れて行かれた娘たちの数は、かなりのものだろう。
 そうこうするうち、そろそろ日没が近くなって来た。シオンたち三人は、そこから夕闇に紛れるようにして、家の表に回り、玄関脇の植え込みの間に身を潜める。シオンのリュックは、さっきまでいた場所に置いて来た。持っているのは、ポケットに詰めた木の実とハンカチ、それに手にした槍だけだ。
 すでに玄関には、白いドレスに長く裾を引く白いヴェールに身を包んだ零と、薄青いワンピース姿のクミノと風槻、それに村長やその妻と共に、トヨら村人が集まっていた。
 そこへ、ずいぶんと古びた感じのするマイクロバスがやって来た。どうやらこれが、迎えの兵士たちの乗る車らしい。
 バスから降りて来た兵士たちは、迷彩柄の軍服に同じ柄のベレー帽をかぶり、肩からは自動小銃を吊るしている。腰にも何かぶら下げているようで、たしかに一般人が太刀打ちできる相手ではなさそうだった。
 シオンたちはそれを見やって、そっと茂みの中を移動し、バスに近づく。降りたのは三人だけで、中にはまだ、運転手ともう一人兵士がいるようだった。それに気づかれないよう注意しながら、シオンたちはバスのトランクに手をかける。幸い、そこには鍵はかかっておらず、しかも中は空だった。さすがにマイクロバスだけあって、トランクもかなり広い。おかげで三人は、多少窮屈な思いをしながらも、どうにかその中に収まることができた。
 その中でしばらく息を殺していると、やがて人声と足音が近づいて来て、バスに乗り込む気配があった。続いて、エンジンがかかり、バスは動き出す。いよいよ彼らは、キングの館に向かって、出発したのだった。

【4】
 マイクロバスが動きを止めたのは、それから三十分ほどが過ぎたころだった。ドアの開け閉めする音が響き、中から人が降りる気配がある。シオンたちもうなずき合うと、トランクから外へ出た。さすがに体がすっかり強張ってしまっていたが、それをほぐしているような時間はない。
 最初に動いたのは、タケヒコだった。一番最後を行く兵士を後ろから羽交い絞めにして、頭を手にしたナイフの柄で殴りつける。あまりに突然の襲撃に、兵士は声も立てずにその場に昏倒した。が、さすがに職業軍人だけはある。その前にいた兵士が、何を感じたのか、こちらをふり返った。
「なんだ、おまえたち……!」
 とっさに声を上げる兵士に、背後から素早く襲いかかったのは、クミノだった。彼女は手にしたスタンガンを、兵士の体に押し付け、一気に電流を流す。たちまち兵士は昏倒する。残りの三人も、風槻と零、タケヒコの三人が素早く昏倒させてしまった。
 その後シオンたちは、兵士らの軍服を剥ぎ取ると、身に着ける。クミノと風槻も、そちらに着替えた。どちらにせよ、立会人の女二人は、キングの館の中には入れない。兵士にすり変わる方が、何かと便利だ。
 こうして全員が兵士と入れ替わると、衣服を剥ぎ取った兵士らは念のため、縛り上げてバスの影にころがして置き、花嫁の扮装のままの零を連れ、いよいよ館の中へと踏み込んだ。
 マイクロバスが停まったのは、館の玄関前に広がる前庭の一画に儲けられた駐車場だった。玄関は、そこから少し歩いた所にある。粗く削った石を組み上げた、妙に遺跡めいた階段を登り詰めた先には、重い鉄の二枚扉があって、両脇には二人づつ、計四人の兵士がその扉を守っていた。
 だが、花嫁姿の零を連れたシオンたちは、特別咎められることもなく、そこを通り抜ける。問題は中へ入ってからだった。しかし。
「安心して。一階部分だけなら、地図があるから」
 風槻が、笑顔と共に彼らに囁く。もっとも、彼らには、その言葉の真相を聞く暇はなかったが。
 扉の向こうは、広々としたホールになっており、そこに彼らを出迎えに来たとおぼしい男が一人、立っていたのだ。
「ご苦労だったな。キングがお待ちかねだ」
 言って、ついて来いというかのように、踵を返して歩き出す。シオンたちは、とっさに顔を見合わせたものの、黙って後に続いた。
 男は、ホールの奥にある階段室へと足を踏み入れた。そのまま、その階段を上へ上へと登って行く。男が足を止めたのは、三階だった。階段室を出ると、広い廊下が真っ直ぐに続いている。一階のホールは玄関同様の遺跡めいた石造りだったが、この階は違うようだ。床には薄い絨毯が敷かれているが、壁は白いコンクリートだ。左右には、いくつか扉が並んでいるが、男はそれには目もくれずに、ただ廊下を歩いて行く。
 やがて何度か角を曲がり、ようやく男は突き当たりの二枚扉の前で立ち止まった。
「キングはこちらにおられる。失礼のないようにな」
 男はシオンたちをふり返って言うと、扉を軽くノックし、中に向かって花嫁が到着したことを告げる。中からは、低い声で入るよう答えが返った。男が扉を開け、先に立って入って行く。シオンたちも、後に続いた。
 扉の向こうは、書斎か執務室といった雰囲気の部屋だった。床には、赤い絨毯が敷かれ、やや左手寄りに、どっしりとした机が置かれている。部屋の隅には観葉植物が配置され、壁にも小さな風景画が掛けられていて、重厚だが居心地のいい雰囲気に整えられていた。
 部屋の主は、机の後ろにかけられた絵を眺めていた。その後ろ姿は軍服をまとっていたが、それは他の兵士たちとは違い、ダークグリーンのスーツめいたものだ。帽子はかぶっておらず、長く伸ばした栗色の髪が、その背をおおっていた。
「キング、イチの村からの花嫁を連れて参りました」
 シオンたちを案内して来た男が、その背に声をかける。
「ご苦労だった」
(え?)
 その声に、シオンたちは虚をつかれた。返って来たそれは、明らかに女のものだったからだ。
(キングって……女性だったんですか?)
 驚き、混乱する彼らの前で、キングがゆっくりとふり返った。
(あ……!)
 シオンは、思わず息を飲む。
 ふり返った姿は、たしかに女だった。年齢は四十代半ばというところか。見るからに意志の強そうな吊り上がった眉と、くっきりとマスカラに縁取られた目の、気性の激しそうな女だ。
 彼女は、ゆっくりとシオンたちの方へ歩み寄って来た。そして、ずっとうつむいたままの零の顔にかかるヴェールを、無造作に捲り上げる。
「あ……!」
 零が、驚いたように顔を上げた。キングはその零の顎に手をかけて、無理矢理上を向かせると、食い入るようにその顔に目をやる。そのまなざしは、どこか狂気じみた光を放っていた。
「なんという、きめ細かで美しい肌をした娘だ。……イチの村の村長め、娘によほど手をかけていると見える」
 低く呟き、彼女はしばし零の顔を眺め続けた後、手を離して男の方を見やった。
「今度の花嫁は、一級品だ。だが、小柄だからな。血は、少しずつ絞り取れ。肉は、そうだな。指などの、切り取っても問題ない部分と、胸や腹のような脂の多い部分を優先しろ。どちらにしろ、できるだけ長く生きていてもらわねばならないからな。致命傷にならないよう、気をつけろ」
「は」
 命じられて、男は即座にうなずく。
 だが、シオンたちにはいったいキングが何を命じているのか、理解できなかった。とはいえ、それがあまり楽しいことではなさそうだという予想はつく。
(血を絞り取るなんて……そんなことしたら、死んでしまうんじゃありませんか? でもじゃあ、ここに連れて来られた人たちは……)
 シオンは、恐ろしいことを想像し、なんだか気が遠くなりそうな気分になった。
 と、男がふり返った。
「おい、おまえたち。花嫁を地下へ連れて行け。すぐに身を清めさせ、採血と肉の一部を切り取る作業を始める」
 そのとんでもない命令に、シオンは思わず息を飲んで、目を見張る。いくらなんでも、こんな命令に従えるわけがない。
 彼は、どうしたらいいのかわからなくなって、そっと他の仲間たちを伺い見た。
 その時だ。
「冗談じゃないぜ。こんな命令に、従えるわけがないだろう!」
 喚いて肩からかけた自動小銃を素早く下ろし、構えたのはタケヒコだった。
「お、おまえたち……!」
 男が、ぎょっとしたように目を見張る。まさか反抗されるとは、思っていなかったのだろう。タケヒコの行動に、シオンたちも従う。というか、この状況ではもはや、右へ習うしかしかたがなかった。
 槍の方がまだマシだという気がしたが、持っていると不審がられるかもしれないと、兵士にすりかわった時に置いて来たので、今は手元にない。シオンはしかたなく、自動小銃を肩から下ろして構えた。はたして、これを自分がちゃんと使えるのかどうかは、かなり心もとなかったけれど。
 まるでそれを見越したかのように、クミノがタケヒコと並んで前へ出た。彼女も自動小銃を構えている。
「零さんを連れて、この部屋から出ろ。タケヒコさんもだ。私にもよくはわからないが、私に対して害を成そうとする者は、ことごとく死ぬことになる。そんな感じがするんだ。だから、皆は外に出ろ。できるだけ、ここから離れるんだ」
 銃を構えながら、クミノが彼らだけに聞こえる低い声で、囁くように言った。その声には有無を言わさない切迫した調子があって、シオンたちは無言でうなずく。
 クミノが銃を乱射し始めたのを合図に、彼らは身を翻した。男とキングがどうなったのかはわからないが、彼らにはそれを確認している余裕もなかった。
 ただ、キングとあの男が呼んだのだろうか。部屋を出た彼らは、自動小銃を手にこちらへ走って来る数人の兵士の姿を目にした。
「こっちだ」
 タケヒコに言われるままに、彼らは廊下を反対に走り出す。追って来るかと思ったのだが、奇妙なことに背後からは兵士らの非鳴が響いたのみで、その後彼らの靴音は聞こえなかった。
「いったい、何があったのかしら……?」
 呟いたシュラインに、風槻が小さく肩をすくめる。
「あのお嬢ちゃん、他にも何か特殊能力を持ってたんじゃないかしら。地図を見つけた館で一泊した時も、自分に近づかない方がいいとかなんとか言って、結局、壁際でうずくまって過ごしたのよね」
「そうなの?」
 軽く目をしばたたいて尋ねるシュラインに、風槻はうなずいた。
 それへシオンは、提案する。
「とにかく、ここはクミノさんにお任せして、私たちは捕らわれている方たちを探しませんか? もし村で聞いた話どおり、どこかに監禁されているなら、助けてあげたいですし」
 はたして花嫁としてここへ連れて来られた女たちが、無事に生きているのかどうかは、わからない。もしかしたら、死んでいる可能性の方が、高いかもしれないと、シオンは思う。それでも、せめて探すぐらいはしてやりたいし、生き残っている者がいるなら、必ず助けてやりたいとも思うのだ。
「そうだな」
 タケヒコがうなずく。
 他の者たちも、それに賛同した。
 こうして彼らは、キングの館の中を捕らわれの娘たちを探して、さまようことになったのだ。

【5】
 シオンたちが、地下室を発見したのは、それから一時間ほど後のことだった。
 とりあえず一階まで降りた彼女たちは、その後、風槻が持っていた地図を頼りに進んだ。
 どうやらこの館の一階部分は、もともとはこの森の中にあった遺跡らしい。村の老人たちの多くは、幼いころにその遺跡で遊んだことがあり、この地図は風槻がそんな老人たちの話を聞いてまとめ、書き起こしたものだという。
 ただ、老人たちは地下の存在には気づいていなかったらしい。誰もそれについて言及した者はいなかったと風槻は話したが、地図があるのとないのとでは、ずいぶん違う。シオンたちはそれを参考にしながら、行き止まりや三叉路、地図にない通路などで壁や床を叩いて、その反響を確認しながら進んだ。
 この作業で威力を発揮したのは、シュラインの耳だ。彼女は、細かな音の差異まで聞き分けることのできる、聴力の持ち主だったのだ。
 そして、その耳が、巧妙に隠された地下への入り口を発見した。
 地下室自体は、遺跡の一部として最初からあったものらしい。だが、出入り口を塞ぎ、わかりにくくしたのは、キングとその兵士たちのようだ。
 地下への階段を降り切った所にも重い鉄の扉があり、鍵が掛けられていた。見張りらしい人の気配はなく、扉の傍の壁には、声紋識別装置が取り付けられていた。
(こんなに厳重にしてあるってことは、誰でもが出入りできる場所ではないということですよね。だったら、上の階であの男が零さんを連れて行けと言った場所とは、ここは違うのかもしれませんね)
 シオンはそれを見やって思ったが、とにかく入ってみないことには、中に何があるのか、わからない。それ以前に、この装置による鍵をどうにかしなければならないが。誰の声が登録されているにしろ、その声の持ち主が、この中にいるはずがないことだけは、たしかなのだから。
 ……と思ったのだが。
「私だ。開けろ」
 考え込んでいたシュラインが、ふいにキングの声で言った。途端、識別装置が反応し、扉の鍵がはずれる音がする。
「シュラインさん、すごいですね」
 シオンは即座に、感嘆の声を上げた。
「どういうわけか、私はどんな声や音でも、模写できる能力があるらしいわ」
 言ってシュラインは、扉を開けて中へと入って行く。シオンたちも、その後に続いた。
 中は狭い廊下が続いており、左右に鉄格子で閉め切られた獄舎が並んでいた。そして、その中には、女性たちが手足を鎖でつながれ、ぼろぼろの衣服を着せられて、捕らわれていた。どの女性も皆、ずいぶんとやせ細っている。だが、体にはどこにも傷はないようだ。
 それを確認して、シオンたちは安堵する。
「とにかく、この人たちを助けよう」
「ええ」
 タケヒコの言葉に、全員がうなずいた。
 大きな音を立てるのはまずいかもしれないと思ったが、彼らは銃で獄舎の鍵を壊し、女性たちの手足を縛めている鎖をもはずした。女性たちは、ずいぶん体が弱っている様子だったが、どうにか自分の足で立って歩けるようではある。
 その女性たちを連れて、彼らは館の玄関を目指した。
 途中、クミノからトランシーバー機能を持つ携帯を使って、館に爆弾を仕掛けたので、今から三十分以内に玄関で落ち合い、退避行動に移る旨、連絡があった。ちなみに、彼女の持つそれは、圏外であるなしを問わず、他の携帯電話やPHSをリンクさせ、無線として使うことのできる機能を持っているのだった。
 何度か、兵士らと遭遇したものの、シュラインが事前に足音でそれを察知して回避したり、全員で協力して倒したりして、どうにか切り抜け、やがて玄関へとたどり着いた。
 玄関には、連絡があったとおり、クミノが彼らを待っていた。
「クミノ!」
「クミノさん!」
 駆け寄るシオンたちに、彼女は叫ぶ。
「話は後だ。とにかく、ここから退避する。少し離れてついて来い」
 そのまま先頭に立って、外へと走り出た。途端に、銃の連射される音と非鳴が響き、シオンたちが外に出た時には、そこは兵士たちの屍の山が築かれていた。
 シオンたちは、その凄惨な光景に、一瞬立ち尽くす。
 それにはかまわず、クミノは言った。
「皆は、来た時使ったマイクロバスで行け。私は、待っている間にバイクをみつけたから、それで行く」
 彼女の年齢では、バイクの運転はできないはずだったが、その口調には、問い返すことすら許さない何かがあった。シオンたちはうなずき、助けた女たちを連れて、来る時に使ったマイクロバスの方へと走り出す。
 どうにかその中に収まり、走り出した窓から、シオンはふと後ろをふり返った。そして、思わず瞠目する。
 館の兵士たちが、クミノを取り囲むようにして銃撃していたが、それはまったく彼女にかすりもしていないのだ。いったいどういう仕組みなのか。その間に彼女は、構えた自動小銃で、兵士らを次々と倒して行く。
(クミノさん、本当にすごいです。まるで、戦闘のプロみたいです)
 シオンは、目を丸くして胸に呟いた。
 キングがどうなったのかはわからないが、館に爆弾を仕掛けたというなら、それが作動すれば、キングも共に吹き飛ぶかもしれない。
 その背後で、ようやく銃撃の音が止み、あたりはうっそうと木々の茂る森へと変わって行く。その風景はシオンに、最初に目覚めたあの森のことを思い出させた。
 ふいに、バスのはるか後方から、轟音が響く。クミノの仕掛けた爆弾が、キングの館を吹き飛ばしたのだろう。
(これで、キングは倒れたんでしょうか)
 思わず耳をふさぎながら、シオンは胸の中で誰にともなく尋ねた。
 マイクロバスの車体を通して、体にまで伝わる振動が収まると、彼は耳をふさいでいた手をはずした。記憶が戻って来ただろうかと、自分のことについて思い出してみる。だが、やはり名前以外は何も思い出せなかった。
(これは……キングはあの爆発に巻き込まれていないということでしょうか)
 シオンはいささか愕然として、バスのシートに身を預ける。
 そんな彼らを乗せて、マイクロバスは走り続けていた――。



■ ■ ■

 翌朝。
 シオンたちは、村で分けてもらった食糧を手に、トヨや村長、ルカらに見送られて、イチの村を後にした。
 あの後、どうにか村に帰り着いた彼らは、娘たちを連れ帰ったことで、村長以下の村人たちから大歓迎を受けた。もっとも、彼らの中にはまだ、キングの報復を恐れる気持ちは、けしてなくはなかっただろう。
 それをきれいに払拭したのは、クミノだった。
 彼女は、あの館にいたのがキングの名を騙る偽物だったことを、人々に告げたのだ。
 キングを名乗っていたあの女は、本当の名をキヨラと言った。キングによってこの周辺の統治を任され、軍勢を預けられていたのだという。ところが彼女は、たまたま捕らえた村の子供が、自分をキングと勘違いしたのをいいことに、その名を騙るようになったのだ。そして、自らの美貌を保つため、花嫁と称して若い娘を差し出させ、その生き血を絞って化粧水がわりにしたり、体の一部を切り取って脂を絞らせ、保湿クリームやパックなどの基礎化粧品を作らせていたのだという。
「何それ、気持ち悪い。そんなので、美容なんて保てるわけないじゃない。バカ?」
 話を聞くなり、顔をしかめて辛辣に吐き捨てたのは、風槻だった。
 シオンも、それには同感だ。女ではないので、化粧品とか美容のことにはあまり詳しくないが、それでも血や人間の脂で肌がきれいになるなどと、考えたくはない。それに、女性たちがもし皆、そんな美容法に凝り出したりしたら、恐ろしくて自分など近づけなくなるとも思う。
 風槻の言葉に、クミノは言った。
「私も同感だが……彼女は血液に、他にも何か混ぜたものを作らせて使っていたようだ。いくらかは、レズっけもあったのかもしれないな。私たちが助け出した女たちは、飢餓状態で弱ってはいたが、無傷だった。だが、私が調べた他の部屋には、いくつも死体がころがっていたからな。おそらく、好みの女からだけ血肉を奪い、そうじゃない者は地下に閉じ込めて、飢え死にさせていたんだろう」
 それは、なんともぞっとしない話だった。
 キヨラは、兵士たちにも絶対服従を強いて、反抗する者には容赦しなかったらしい。それで彼らは、キヨラを「キング」と祀り上げ、彼女の恐ろしい所業の手助けをしていたようだ。
 だが、とりあえずこれで、この村の人々にとっての憂慮の種は消えた。それに、シオンたちにとっても一つだけ、朗報があった。クミノがキヨラから、本物のキングの館の位置を聞き出していたことだ。
「キングはここにいるらしい」
 彼女が地図上で示したのは、あの二つ並んだ小高い丘の、西側のものの頂上だった。彼女は、更に続ける。
「ただし、ここへ行くためには、このもう一つの丘との間にある、関所を通過しなければならないらしい。手形がなければ、ここは通してもらえないようだが……そのかわり、ここは一種、砦の役目も果たしていて、武器庫があるらしい」
「つまり、ここに行けば、キングを倒すのに必要な武器も、手に入るってことね」
 シュラインが確認するように言うと、クミノはうなずく。
 こうして、ようやくキングの居所を知ることのできた彼らは、村人たちからの謝礼がわりの食糧を受け取って、そこを後にした。
 目指すは、本物のキングの館に続く、関所だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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『記憶の迷宮 2』に参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、みなさまからいただいたプレイングを、
充分に生かし切れなかった部分もあるかと思います。
まことに、申し訳ありません。
なお、自動小銃は別としまして、それ以外の武器や食糧など、今回入手したものは、
次回以降、そのまま各PC様の所持品として描写されます。
それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●シオン・レ・ハイ様
続けて参加いただき、ありがとうございます。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
楽しんでいただければ、いいのですが。
そして、最後まで参加いただければ、うれしいです。