コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


悪魔使い

 世界最大規模のネットワークRPG「クラスター」
 現実の社会を模した世界観の中に、魔法や悪魔、モンスターなどを配置することで通常のRPGとしても楽しめ、またプレイヤー同士が協力して情報戦を行ったり、組織を作ったりすることもできる非常に自由度の高いゲームだ。
 だが、その自由度ゆえにプレイヤーキラーも横行し、初心者離れが深刻な問題であるとも言われている。
「あれ? つながらない……」
 雫は「クラスター」を始めようとしてゲームを立ち上げたが、いくら経ってもサーバーに接続されずタイムアウトの文字が表示されるのを見て、思わず首をかしげた。
 そこで雫は「クラスター」を運営する会社のホームページへと飛び、そこに記されていた謝罪文を見てガッカリした。

 平素はターボマグナテック社のゲーム「クラスター」をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
 この度はゲームユーザーが原因不明の昏睡状態に陥るという報告がされましたので、原因が解明されるまで一時的にゲームの運営は停止させていただきます。
 ユーザーの皆様には、多大なご迷惑をおかけすることを、心よりお詫び申し上げます。
 社員一同、一日も早い原因解明に尽力いたしますので、今しばらくお待ちください。

 ターボマグナテック社 広報部

投稿日:20XX.06.XX 23:52
投稿者:TURBO MAGNATEC
件名:原因不明のトラブルについて

 原因究明が行える人間を探している。噂ではゲーム内で「悪魔使い」と呼ばれるキャラクターにPKされると、プレイヤーが昏睡状態に陥るとのことだ。この「悪魔使い」が本当に関与しているのか、そして原因はなんなのかを調べてほしい。

「え? 本当に?」
「うん。全然、目が覚めないらしいよ」
 学校の教室で友人たちと昼食を摂っていた月神紗里は、このところ登校してこないクラスメイトの話を聞き、思わず驚きの声を漏らした。
「ほら、クラスターってネットゲームあるじゃん? あれやってて、こうなったらしいよ? 朝、お母さんが起こしに行ったら、床の上に倒れてたんだってさ」
 いったい、どこから話を聞きつけてくるのかは不明だが、まるで自分が見てきたかのように話す友人の言葉に、紗里は聞き入ってしまった。話題に上っている生徒は紗里と仲の良かった1人でもあるからだ。
 この話を聞くまでは、たいしたことがないと思っていた。担任の教師からは体調を崩して入院しているとしか聞かされていなかったし、見舞いへ行こうにも、どこへ入院しているのかもわからず、教師たちも教えてはくれなかった。
「でね、ちょっと気になってネットで調べてみたんだけどさ。最近、あちこちで起きてるらしいよ。クラスターやってて目が覚めなくなる人間」
 そこからはネットワークの掲示板に書かれていた内容になった。噂話や憶測、どれも現実味が感じられないような話ばかりだ。
 だが、見えるものばかりが現実ではないことも紗里は良く知っている。もしかしたら、これもそうした事象が関係しているのかもしれない。
 かわいらしい弁当を口へ運びながら、少し調べてみよう、と紗里は思った。

「あ、もしもし。夏クン? あたし」
 学校からの帰り道、紗里は携帯電話で幼なじみへ電話をかけた。友人が目覚めなくなった原因を調べようと決意した紗里であったが、どうすれば良いのかわからない。そこで幼なじみである月守夏へ相談しようと考えたのだった。
「あのね。友達の意識が飛んじゃったまま戻らないんだって。それで、なんで目が覚めないのか調べようと思うんだけど、夏クンも手伝ってくれないかな?」
 その言葉に電話の向こうで夏が驚いたような声を上げた。
「なあ、それってクラスターとかってゲームやっててなったんじゃねえよな?」
「うん。そうらしいよ。夏クン、知ってるの?」
 携帯電話から夏の笑い声が響いた。
「なんだよ。おまえも調べてんのか? タイミングいいよな。俺も調べ始めたトコなんだ。これから、そのゲームを作った会社に行くんだけど、おまえも行くか?」
「え? そうなの? あたしも行くよ」
 若干、戸惑いながらも紗里は夏の申し出を受けることにした。

 受付に現れた4人を見て男は思わず顔を引きつらせた。30代後半のラフな格好をした男だ。男は磯部と名乗り、4人に名刺を渡した。そこには「クラスター統括管理責任者」と記されていたが、誰一人として関心を示す者はいなかった。
 4人とも制服を着ている。どう見ても中学生にしか見えない。1人が中学生であることはわかっていた。ゴーストネットOFFというサイトの管理人であり、そのことは掲示板でも噂になっているからだ。しかし、他の3人も中学生だというのは、どういうことだろうか、と磯部は嫌な汗が噴き出すのを感じた。
「あの、皆さんは学生、ですよね?」
「はい。中2です」
 そう答えたのは紗里だ。夏は磯部の言葉など無視して、物珍しそうに辺りを見回している。そんな夏につられるように雫も受付の近くに置かれている「クラスター」の関連商品に興味を示している。みなもは真剣な表情をして磯部の話を聞いていた。
「皆さん、お知り合いなのですか?」
「いんや、俺と紗里は幼なじみだけど、こっちの2人は知らねえな」
 と夏が答えた。
「あたしと雫さんは知り合いですが、そちらの2人とは初めて会いました」
 みなもの言葉に雫がうなずいた。磯部は誰にも気づかれないようにひっそりとため息を漏らした。専門家でもてこずっている問題だというのに、こんな中学生たちに任せても良いなのだろうか、と後悔にも似た思いが彼の中に広がり始めていた。
 しかし、これは対策会議において決定した方針でもある。通常の方法ではいくら調べても原因が解明できなかった。そのため、超常的な現象が発生している可能性を考慮し、そうしたことに詳しい人間に調べてもらおう、ということになったのだ。
「とりあえず、サーバーへご案内します。こちらへどうぞ」
 磯部は4人を連れてビルの地下へ向かった。
 このビルはターボマグナテック社の持ち物だが、本社というわけではない。ここは「クラスター」関連事業を行う部門と、ゲームを運営するのに不可欠なサーバーを始めとする様々な機材が設置されている。
 ビルの地下は空調が効いていて空気が冷たく感じられた。こうしたサーバーなどは連続稼動を余儀なくされるため、少しでも稼動効率を上げ、熱暴走を防ぐために空調管理も徹底しているのだろう。
「ここです」
 そうして4人が通されたのは、サーバールームに隣接された部屋だった。様々な機材が置かれ、多くの社員が慌しく動き回っていた。
「今回の問題が発覚してから、ゲーム用のサーバーは完全に外部から隔離し、アクセスできないようにしてあります。ゲームへ入るためには、このモニタールームにある機械を使うしかありません」
「ゲームへ入る?」
 夏が不思議そうに言った。
「あれ? なっちゃん、クラスターやったことないの?」
 驚いたように雫が言った。
「おい、なっちゃんて俺のことかよ?」
「そうだよ。夏だから、なっちゃん」
「ふざけんな。ぶっ飛ばすぞ」
 怒ったように雫へと噛みつく夏を、紗里とみなもがなだめる。そんな4人を見て磯部は不安そうに顔を歪めた。
「このクラスターってゲームの特徴の1つに、B‐DASHという装置を使って、まるでゲームの中に自分が入り込んだかのような、そんな感覚を味わえるんです」
 みなもが夏と紗里へ説明する。
「説明書によると、人間の脳波を感知してゲームの操作を行い、映像を網膜へ投影することで、モニターとかを通すのではなく、直接、自分の目で見ているように感じるんですよ」
 そして、みなもは磯部を見た。その説明を受け継いで磯部が言葉を続ける。
「そうです。クラスターの画期的なシステムは2つあって、1つはこのD‐DASHと呼ばれる脳波感知制御システム。もう1つは12ヶ国語に対応している同時翻訳機能です。この2つがあるおかげで、クラスターは世界中でプレイしてもらっています」
 それはクラスター最大の特徴であるともいえる。ヘッドマウントディスプレイに似た形状のD‐DASHを装着してゲームをすることで、プレイヤーは本当に自分がゲームの世界へ入ったかのような錯覚に陥る。
 また、同時翻訳機能により、母国語で文字を打ってもすぐに相手の国の言語へ変換されることから、地域を問わずにプレイヤー同士で会話を楽しむこともできる。他にもクラスターの特徴はあるが、この2点がクラスターを世界最大級のネットワークゲームにした要因と言えるだろう。
「皆さんには、ゲームの中で入っていただき、悪魔使いと呼ばれるキャラクターを探していただきたいのです」
「今まで、誰もゲームには潜らなかったんですか?」
「ウチのスタッフが何人か潜りました。ですが、問題の悪魔使いを見つけ出すことはできませんでした。もしかしたら、普通の人間には見つけられないのかもしれないと考え、こうしてお願いした次第です」
「システムを解析してもダメ?」
 雫が訊ねた。
「はい。いくら解析を行っても、どの領域にも悪魔使いを発見することはできません。本当にお手上げの状態なのです」
 困り果てたような表情をして磯部は答える。
「まあ、なんにしても潜ってみるしかないってことだろ?」
 夏の言葉に全員がうなずいた。こうして一時的にではあるが、中学生4人組によるカルテットが結成されたのだった。

「マジかよ? これが本当にゲームの中なのか?」
 室内に夏の驚いた声が響いた。
 4人はモニタールームに設置されたリクライニングチェアに横たわり、D‐DASHを頭部に装着してクラスターの世界へ入り込んでいた。
 4人の周りには複数のスタッフが待機し、その様子を見守っている。
 通常はチャットで会話を行うのだが、今回は各プレイヤーが声の届く範囲にいるので、誰かがなにかを言えば、全員に聞こえる。
 ターボマグナテック社の公式発表では、2年以内に音声による会話を実現するとなっているが、現時点では頭で思い浮かべた言葉がD‐DASHを介して文字に変換され、それでチャットを行うというものでしかない。
 4人は新宿にいた。新宿駅東口。正面にアルタヴィジョンが見える。
 プレイヤーはゲームに入ってきていないはずだが、それでも多くのキャラクターが街を歩いている。すべてNPCだ。エルフやドワーフといった亜人種が歩いていることを除けば、現実世界の新宿となんら変わりがない。
「さて、どうしよっか?」
 雫が全員を振り向きながら言った。
 4人とも現実世界と同じ姿形をしている。これは磯部が全員を3Dでスキャニングし、急遽、キャラクターを作ってくれたのだ。ゲームの世界ではあるが、全員の特殊能力も使えるようにプログラミングされている。
「磯部さんの話では、悪魔使いの被害は新宿が多いということでしたけど、4人で固まっていても仕方ありませんから、二手に分かれませんか?」
 みなもが提案した。
「そうね。そのほうがイイと思う」
 紗里が同意し、4人は二手に分かれて行動することになった。話し合いの結果、みなもと雫、紗里と夏という組み合わせになった。
「じゃあ、なにか見つけたら知らせろよ」
「はい。お2人も気をつけてくださいね」
「そっちもね」
 そうして4人は二手に分かれて雑踏の中へ消えた。

 夏と紗里は新宿駅の地下構内を抜け、西口に出た。NPCの間を縫うように歩きながら高層ビルが建ち並ぶほうへと向かう。
 東通りの京王プラザホテル前まできた時、2人は妙な光景を見た。
 車が行き交う車道を1人の男が歩いている。それも男は車を避けるでもなく、また車も男など存在していないかのように走っている。まるで男は透明人間であるかのように、車と衝突することなく、すり抜けて行く。
「なんだ、ありゃ?」
 クラスターで遊んだことのない夏でも、それがおかしいことに気がついた。なぜならば、夏や紗里は車やNPCなどに触れることができ、なにかにぶつかればダメージを受けることがわかっていたからだ。
 ほとんど現実社会と法則的には変わらない。違うのは魔法などが存在することだ。しかし、魔法といってもなんでもできるというわけではない。これにしても法則が存在しており、事前にみなもや磯部から聞いた説明では、プレイヤーが物体をすり抜けることは不可能だとされていた。
 すり抜けが行えるのは、精霊使いや魔導師と呼ばれる魔法使いで、精神体を放出させる一種の幽体離脱状態にならなければならない。魔法使いの精神離脱は一般のプレイヤーには見えることがない。だから、目の前の男が精神離脱したプレイヤーなのだとしたら、魔法使い系の能力を有していない夏と紗里には見えるはずがないのだ。
「アレ、すっげー怪しいよな?」
 ゲームの法則を無視した男を目の当たりにして夏が言った。
「あれが悪魔使いなのかな?」
 東通りを北上して行く男を目で追い、紗里が答えた。
「とりあえず、追いかけてみましょ」
 2人は歩道を進んで男の後を追いかけた。やがて、男は青梅街道に東通りがぶつかる新宿警察署前の交差点で立ち止まった。
 すると、青梅街道の東側から別の男が歩いてきて、2人の男はひっきりなしに車やバイクが行き交う交差点の中央に佇んだ。すべての車両が男たちをすり抜ける。
「ねえ。あれって、みなもちゃんたちじゃないかな?」
 紗里が大ガードのほうを指差した。夏が振り向くと、歩道を仲良さそうに並んで歩くみなもと雫の姿が見えた。
「あれー? また一緒になっちゃったね」
 大げさに驚いたように雫が言った。
「お2人は、どうしてここに?」
「うん。あの男を見つけて追いかけてきたんだよ」
 みなもの疑問に紗里が答えた。
「なんか、奇妙な連中だな」
 夏の意見には全員が賛成であった。
 次の瞬間、4人の視界に変化が生じた。男たちが立つ周辺の空間が歪んだかと思うと、不意に3人目の男が出現したのだった。
 3人目の男は、外見からして明らかに異質だった。首から下は高価そうなスーツを着ているが、顔の左半分がない。右側は中年男性の顔立ちをしているが、左側は黒い塊のようにしか見えない。
「なんだ、あいつ?」
 夏が言った瞬間、モニタールームで4人の周囲で状況を監視していたスタッフたちが騒ぎ出すのが聞こえた。
「彼らはなにを見ているんだ?」
「わかりません。モニターにはなにも映っていません」
 スタッフたちは状況を把握するため、ゲーム内部で4人が『見て』いる光景をモニターで監視していたが、そのモニターには3人目の男の姿は映っていなかった。
 周りの大人が動揺するのを聞きながら、だが4人は冷静だった。
「あの人が悪魔使いでしょうか?」
「そうじゃないかな? だって、怪しすぎるよ?」
 紗里の言葉で4人に気づいたかのように男が振り向いた。
「おや? 久しぶりのお客さんかね?」
 その声は、はっきりと4人の耳に届いた。クラスターの会話であるチャット形式ではなく、男は音声を発したのだ。しかし、それが聞こえたのは4人だけらしく、スタッフたちはゲームの中でなにが起きているのかを把握しようと、慌てふためいている。
「てめえが、悪魔使いかッ?」
 夏が声を上げると、男は片方の顔で笑った。その笑みが4人には冷たく感じられた。
「この世界では、そう呼ばれているようだ。だが、勘違いしないでもらいたい。そんなセンスのかけらもないネーミングをしたのは、私ではない」
 男――悪魔使いは、やれやれといった様子で大げさに肩をすくめて見せた。
「んなこたあ、どうだっていいんだよ! てめえ、覚悟しやがれ!」
 今にも飛びかかって行きそうな夏を、紗里がどうにかたしなめる。
「あの、悪魔使いさん?」
 みなもが、おずおずと悪魔使いへ声をかけた。
「なんだね? お嬢さん。いや、ここは会話をするのに適した場所とはいえないな。少し場所を変えるとしよう」
 悪魔使いが言った直後、4人の視界が歪んだ。気がつくと、4人は東京都庁舎の屋上にあるヘリポートへ立っていた。243メートルの高さから新宿や中野区などの景色を一望することができた。
「うわあ……」
 紗里が感嘆したように声を漏らした。いくらゲームの中だとわかっていても、このリアルが風景は現実と大差ない。
「さて。ここならば、静かでちょうどいいだろう」
 1人で妙な納得をしながら悪魔使いが言った。
「あの、あなたはいったいなんなのですか?」
 みなもが再び声をかけた。悪魔使いがみなもを見る。
「お嬢さん。君はなんだと思うかね?」
「え?」
 問いかけを返されて、みなもは戸惑ったように声を漏らした。
「えっと。悪魔使いと呼ばれているということは、やはり悪魔を使役することができるということでしょうか?」
「それについては当たりだ。お嬢さん」
 悪魔使いが口許に笑みを浮かべながら言うと、彼の前に控えるように立っていた2人の男が突如として変形し、その姿は醜い怪物となった。
 その怪物に雫とみなもは見覚えがあった。クラスターの中で悪魔と呼ばれるモンスターだ。他にも疑似生物と呼ばれるモンスターがいるが、それよりも高度な知能を持ち、プレイヤーを罠にかけたりすることでも有名であった。
「いよいよ、お出ましかよッ」
 待っていましたとばかりに夏が拳を構える。
「おやおや。最近の若い者は、せっかちで困る」
 だが、悪魔使いは攻撃してこようとはせず、大げさに肩をすくめた。
「私が悪魔を使役するところを見たプレイヤーが、そのように呼び始めたのだろう。非常に不本意ではあるがね」
「あなたは、ハッカーですか?」
「それは違う。現在、この世界は外界と接続を断ち切っている。いかに優秀なハッカーといえど、つながっていない場所にアクセスすることは不可能だよ、お嬢さん」
「じゃあ、バグってヤツ?」
 紗里が言った。
「それは否定できない。だが、自分のことをバグだと認識しているプログラムはない。私自身、自分がバグだとは思っていない」
 正規のプログラム内部に、なんらかの要因で発生する問題をバグというが、それにしては目の前にいる悪魔使いは非常に人間らしい会話をすると、みなもは感じた。まるで1人の人間を相手にしているかのような錯覚を覚える。
 それゆえにハッカーかとも思ったのだが、確かに悪魔使いの言うように、外部から遮断されたサーバーに、ハッカーがアクセスすることは物理的に不可能だ。それが可能だとすれば、ターボマグナテック社内部に手引きをした人間がいるということになる。
「んなこたあ、どうでもイイんだよ! てめえを倒せば、事件は解決だッ!」
「ちょっと夏クンは黙ってて!」
 意気込む夏へ紗里が言葉を投げた。
「じゃあ、あなたはなんなのですか?」
「生命体だ」
「生命体?」
 4人は思わず声を漏らした。
「生命体って、どういうこと?」
 紗里が首をひねる。
「私は電子の海で生まれた生命体だ、と自分を認識している」
「ちょっと待って。そんなのありえないよ」
 雫が言った。
「ありえない? なぜだね?」
「なぜって……だって、生命ってことは、あたしたちと同じってことでしょ? それは、ちょっと違う気がする」
「では、訊ねよう。生命の定義とはなんだ?」
「え?」
 思いがけない悪魔使いの質問に雫は言葉を詰まらせた。
 生命とは、生物が個の存在として自己を維持、増殖、外界と己を隔てる活動の総称だが、現段階ではっきりとした定義を与えることは困難である。また、ある意味においては自己複製を繰り返し、かつ変化して行く存在であるとも考えられ、その場合は細胞や代謝などは重要な問題ではない。そうした意味では既存の生物だけが生命とは言えなくなり、一般的に抱かれている生命の概念を根本から見直すことも必要となってくる。
「現代科学で、生命を定義することはできない。わたしは自己を維持し、増殖させ、外界と個を隔離することもできる。これは生命とは言えないかね?」
 4人は返答に窮した。確かに生命と言われればそうかもしれないし、違うと言われれば違うかもしれない。
「この世界は1日に数百万人のアクセスがあり、同時に数十万人の多種多様な人間が行動する一種のコロニーだ。そうした有象無象の思念を受け、わたしはデジタルの海で誕生したのだ。この世界のシステムとは別の、一個の生命体として」
 突拍子もない話だということは理解できた。悪魔使いは自分を生命体であると断言している。だが、その言動を見ている限り、確かにそうした印象を持ちたくもなる。それほど悪魔使いの仕種は非常に人間臭く感じられた。
「生命体かどうかはわからないけど、あなたにPKされたプレイヤーが昏睡状態に陥ってるんだよ?」
 紗里が言った。
「PK?」
 悪魔使いがまるで初めて聞いたように、鸚鵡返しに問うた。
「プレイヤー殺し。つまり、プレイヤーが別のプレイヤーを殺すってことです。あなたにPKされたプレイヤーが、原因不明の昏睡状態に陥っているんです。あたしたちは、それを調べにきました」
 みなもの言葉に悪魔使いは驚いたような表情を浮かべた。
「初耳だな。もしかして、この世界が外界と隔離されているのは、そのためなのかな?」
「そうよ」
「なるほど」
 なにかを考え込むかのように悪魔使いは沈黙した。
「どうでもいいけどよ。コイツをブッ倒せば、オッケーなんじゃねえの?」
「そうかなあ?」
 夏の言葉に雫が首をひねった。通常のゲームであれば、ボスを倒すと問題が解決されるということは往々にしてある。しかし、今回の事象はゲーム内部だけの問題ではない。悪魔使いを倒したとしても、確実に昏睡状態に陥っているプレイヤーが目覚めるとは限らない。むしろ、2度と意識を取り戻さないという最悪の事態も考えられる。
「私には身に覚えがないのだが?」
「とぼけやがって。やっぱり、1度ブッ飛ばそうぜ!」
「まあ、それも選択の1つだけどさ」
 どうも釈然としない思いがあった。悪魔使いが嘘をついているようには感じられない。もちろん、悪魔使いが4人を騙せるほどの演技力を有しているのなら話は別だが。
「1つ、可能性として考えられるのは――」
 不意に悪魔使いが言った。
「私の姿が見える人間にアクセスしたとき、私に関する情報の一部が脳に残留してしまい、それによって脳が過負荷となって一時的に混乱しているということだ」
「どういうことだ?」
 夏が顔を顰めた。
「誕生したばかりの私は、この世界を訪れる人間の中から、私の姿が見える者にアクセスし、外界や世界に関する情報を得ようとしたのだ」
「どうやってですか?」
「この世界を訪れる人間たちは、頭に奇妙な装置をつけている。その装置が受け取った脳波を電気信号に変換すれば、デジタルな情報となり、わたしにも理解できる。人間の脳とは不思議なもので、意識していないことまで、頭のどこかで考えているらしい」
「つまり、あなたがプレイヤーへアクセスしたことで、データのフラッシュバックが起きて、脳が一時的にフリーズしたってことですか?」
「その可能性が高い、という話をしているだけだ」
「その場合、どうしたら治りますか?」
「脳の混乱が収まれば、自然と目覚めるだろう」
 なんともいい加減な話ではあるが、悪魔使いの話には一理あると言えた。だが同時に、悪魔使いが4人を騙している可能性も捨てきれない。
「どうするんだよ?」
 憮然とした表情で夏が言った。悪魔使いの言葉を信じるか、否かということだ。
 戦闘をしたところで悪魔使いに勝てる保証はどこにもない。データの改竄により、4人はいくらダメージを受けても死なないことになっているが、悪魔使いにアクセスされれば彼らも昏睡状態に陥るということが考えられる。
「じゃあさ、この区域を隔離して、悪魔使いが逃げ出せないようにしておいて、1度、プレイヤーの意識が戻ったか確認するってのはどうかな?」
 不意に紗里が提案をした。
「でも、隔離できるのかな?」
 雫が不安そうに言った。クラスターのすべてを管理しているはずのスタッフは、悪魔使いが存在していることを捉えられていないようだ。まるでデータ領域の隙間に存在しているような感じだろうか。
 物理的にこの空間を切り離したとしても、悪魔使いが逃げ出してしまわないという保証はどこにもない。
「あの。悪魔使いさんは、ここに人がこなくなったことをどう思っているんですか?」
 みなもが不意に訊いた。
「寂しいね。今いる人間は誰も意思を持っていないからね」
 NPCのことを言っているのだろうと4人は理解した。
「もっと多くの人間と知り合い、さらに世界のことを知りたいと思っているよ」
「あたしたちは、このゲームにプレイヤーたちが戻ってこれるようにしたいと思っています。そこで、1つ提案なのですが……」
「なにかね?」
「もう2度とプレイヤーにアクセスしないでくれませんか?」
 みなもの言葉に、悪魔使いは顔の半分を顰めた。
「それは困る。情報が得られなくなってしまう」
「でもさ、プレイヤーにアクセスしなくても、話を聞くって方法もあるよ?」
 と紗里。
「そうですよ。無理に知ろうとすることはないんじゃないですか?」
「だってさ、悪魔使いの姿も見えるプレイヤーもいるんでしょ? だったら、そういう人たちに話を聞くってことで、いいんじゃないかな?」
 みなもと紗里の言葉に悪魔使いは沈黙した。
「そりゃあ、最初は驚かれるかもしれないけど、なにもしなければ誰も怖がらないと思うよ」
「むしろ、噂になるかもしれないね。なかなか会うことができないレアキャラだって」
 雫が面白そうに言って笑った。
「確かに誰もこないのは困るな。わかった。以後、そのようにしよう」
「じゃあ、あたしたちは1度、戻ります。もし、悪魔使いさんが言うように、プレイヤーたちが目覚めれば、またすぐに大勢の人がくるようになると思いますよ」
「そう願っている」
 みなもの言葉に悪魔使いはうなずいた。
「君たちには感謝せねばなるまい。この世界のために動いてくれたのだからな。もし、その人間たちが目覚めなかったときは、ここへ来るといい。私は逃げも隠れもしない」
「ここって、ここ?」
 紗里が足元にあるヘリポートを指差した。
「そうだ」
「わかりました」
 みなもが言い、全員がうなずいた。
「では、さらばだ。小さな勇者たちよ」
 次の瞬間、視界が再び歪み、4人の目の前から悪魔使いの姿が消え去った。

 その後、1週間ほどが経過してクラスターは無事に再開された。
 悪魔使いが言っていたように、程なくして昏睡状態であったプレイヤーたちが意識を取り戻したという情報がターボマグナテック社に寄せられた。今回の問題はゲームが直接の原因ではないと表向きには公表され、ゲームの安全が確認されたということとなった。
 再開されたクラスターでは、プレイヤーたちの間で1つの噂が流れ始めた。それは「悪魔使いに会うと不死身の肉体になるらしい」というものだった。
 それが真実であるのかは不明だが、多くのプレイヤーが噂につられて悪魔使いを探し始めたことは確かなようだった。
 再開したゲームの中で、4人の中学生はたまに都庁の屋上を訪れ、悪魔使いと他愛のない会話をするという時間を過ごすようになった。
 その場所は、4人にとって秘密基地のようなものとなった。

 完


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 1252/海原みなも/女性/13歳/中学生
 6561/月守夏/男性/14歳/中学生
 6562/月神紗里/女性/14歳/中学生

 NPC/瀬名雫/女性/14歳/女子中学生兼ホームページ管理人

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 はじめまして。ご依頼いただきありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。
 長々となってしまいましたが、このような結果となりました。戦闘を期待されていた方、ご期待に添えず申し訳ございません。
 リテイクなどございましたら、遠慮なく申し付けください。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。