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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


闇を照らす望み


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。
 ぱちぱちと何度か瞳をしばたかせて、くるみはしばしその場に立ち尽くす。
「え……?」
 自分がやったことは、しっかりと覚えていた。けれど、事実だけれど、信じられなかった。
 剣を手に入れてからというもの、それを扱うための訓練を続けてきた。それはどちらかと言えば自ら積極的に戦いに行くための訓練ではなく、自分と大事な人を守る――そのための技術を学んでいた。
 けれど今の自分はまだまだ未熟で、動きもぎこちなくて。あんなふうに動けたことが、まだ、信じられない。
 勇愛が倒れたあの瞬間。
 恐怖に身が竦んで、頭が真っ白になって、それから……。考えるよりも先に、体が動いた。
 迫る刃を避けるのも、間合いの内に斬り込んでいくのも。まるでそうできることが当然であるかのように、自然に体が動いた。
 直前の戦闘では、彼女の剣を捌くだけで精一杯だったのに。
 信じられない確かな事実に戸惑いを感じたけれど、くるみはそれでもすぐに立ち直って振り返った。
「勇愛ちゃん!」
 叫ぶ声に反応するかのように、勇愛がその場に起き上がる。傷ついて倒れていたはずの勇愛は、いつの間にか目を覚ましていたらしい。
「大丈夫、くるみ?」
 勇愛の方がよっぽど大丈夫じゃないだろう――とは思ったが、歩み傍にやってくる勇愛の動きを見る限り、それほど深い傷ではなかったらしい。
「勇愛ちゃんこそ、大丈夫?」
 ほっとしつつも心配が消えたわけではなく、そう声をかけた。
「私は大丈夫。くるみも……大丈夫そうね」
 ざっとくるみの様子を見てから告げた勇愛に、くるみはにこりと笑顔で返す。
 その、少し離れた場所で。
 彼女は押し黙っていた。
 もう戦う気はないようだけれど、俯き押し黙る彼女にどう声をかければ良いのかうまいこと思いつかなくて。
「……どうして、こんなことをしたの?」
 とりあえず、襲った理由を聞くことにした。
「最初に言った通り、それが私のマスターの剣だからです」
 彼女はまずそう告げて、それから、少し間をおいて……もういちど、口を開いた。
「マスターは私を造った人です。私にフィーアという名前を与えてくれ、感情を教えてくれた人です」
 その言葉と物言いから、彼女――フィーアが、本当にそのマスターを好きなんだということは感じ取れる。くるみにも勇愛という、何より大切な人がいるから……。その気持ちは、全てではないけれど、わかる。
「この剣は……その人の大切なものなの?」
 最初にフィーアに聞かれたとき、剣を渡せないと、そう言った気持ちは本当だ。
 だけど。
 もしこの剣が、フィーアの大切な人の大事なものならば。返さないといけないのかもしれない。
 落ち着いた気持ちで話ができている今は、そう考えることもできた。
 くるみの問いにフィーアは少し、驚いたような顔をした。そしてゆっくりと、首を横に振る。
「違うの?」
「……大切なもの、といえば、大切なものだったのだと思います」
 ふと、思考の中に閃くものがあった。
 大切なもの『だった』。つまり、今は、そうではないということ。
「私はずっと、マスターの遺品を捜し求めていました。貴方が持っている剣は、最後の遺品にして、マスターが使用していた剣『Answerer』です」
 大好きな人がいなくなってしまうのは、どんな気持ちだろう。
 想像して、その痛みが顔に出てしまう。フィーアは、そんなくるみの表情もたいして気にしていないようで、淡々とした口調のまま話を進める。
「マスターが最期に何を望んでいたのか、私は今になってもわかりません。何をすればよいのかもわからなくて、ずっと、マスターを……マスターの遺品を捜して旅をしてきました」
 口調だけはずっと平坦で。けれど瞳が懐かしそうに、愛おしそうに剣を見つめる。ただ、それはほんの一瞬だけのことで、次の瞬間には感情の見えない無表情。
 けれどくるみは、感じた。
 きっとフィーアは本当は、遺品を集めたいわけではなかったのだろうか?
 彼女は彼女のマスターを探していたのだ。彼女のマスターが彼女に望んだことを。
 その、答えを。
 けれどフィーアは道筋を見つけられなくて。答えを求め、マスターの面影を求めて、遺品を捜し歩いていたのではないだろうか?
 もちろんこれはくるみが勝手に考えたことであって、真実は、フィーアが語ってくれない限りはわからない。
 でもくるみは。今自分が思ったことが、限りなく真実に近いものだと思った。
「私は負けた。その剣は貴方の物だ……好きにするといい」
 今にも背を向けて去っていってしまいそうなフィーアに、くるみは慌てて言葉を向けた。
「貴女はどうするの?」
 このままでは、ダメだ。
 フィーアはこれまでずっと、遺されたものを探すことだけに生を費やしてきた。
 そこにフィーア自身の生きる目的や生きる意味はなく、望まれたことを為すための行動。
 造られたもの、と。フィーアはそう言っていた。
 自然の営みとは違うカタチで生まれた者。だけど、そんなこと、関係ないのだと思う。だって彼女は今、くるみの目の前に居て、立っているのだから。
 ちらり、と。隣で見守ってくれている勇愛へと視線を向けた。
 自分の考えがどこまで正しいのか、どこまでフィーアの内側に踏み込んでいいものか。わからず、感じたことを言ってしまっていいのか、悩んでいたくるみに、勇愛が頷く。
「任せるよ。くるみが良いと思うようにして」
 そういわれると少し、自信が沸いた。くるみの判断を信じてもらえているのだと、安心できた。
 少し考えて、ひとつ深呼吸。
 そうしてくるみは、前へと足を踏み出した。
 くるみの問いに答えることができずに黙ったままのフィーアに、そっと手を差し伸べる。
「貴方の好きにすればいいんだと思うよ」
 言われてフィーアは視線をくるみに向けた。
「好きに……?」
 不思議そうな声で呟いたフィーアに、笑ってみせた。
「私には、難しいことはよくわからないけど……。造られた命でも、貴女はこうして生きてるんだもん」
 差し伸べ、フィーアの手を握っている指に力がこもった。
「自由に生きていいんだよ?」
 その、瞬間。
 フィーアが目を丸くした。じっとくるみを凝視して、呆然とする。
「ね。フィーアちゃんは、どうしたいの?」
 問いは、すぐには頭に染み込んでこなかった。しばらくしてようやく、フィーアはひとつの答えを出す。
「私は……――」


* * *


 晴れた空を見上げて、フィーアは、くるみの家の庭で物思いに耽っていた。着ているのは、いつもの服ではなくて、メイドの制服だ。
 あの時。
 自由に生きていいのだと言われた、あの瞬間。
 くるみの顔に、マスターの面影が重なった。
 同時に、耳の奥に響いた声があった。
『あなたには、自由に、生きて欲しい』
 聞こえなかった最期の言葉。
 マスターに託された望みが、ようやっと理解できた気がする。
 ……とは言っても、長い間自分自身の望みなど考えずに生きてきたフィーアだ。突然自由にしていいと言われてもどうすればよいかわからなくて。
 生きる目的を探すためにもう少し共にいたいと――マスターが使っていた剣の傍にというのもあったけれど、どこかマスターと似た雰囲気を持つくるみの傍にいたいとも思って――願ったフィーアに、くるみは快く頷いてくれた。
 こうしてフィーアは、くるみの家でメイドとして雇われることになったのだ。
 本当は仕事をしなければいけないのだけど……今はどうにも考えることが多すぎて。ふとしたことで手が止まってしまう。
 思い出すのは、昔の平穏な日々。ケース越しに交わしたたくさんの会話。
 懐かしい想い出に今まで在った痛みはなくて、フィーアの表情に少しだけ、笑顔が浮かんだ。