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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


JACK IN THE BOX −現実編−

 『Night raid』に現れた「ティンダロス」の事は、あっという間に人々の記憶から忘れ去られていった。その代わりに、今ネット上を騒がせていたのは謎のアミューズメントだった。
 ある者は「デジタル化された遊戯施設」だと言い、ある者は「デジタルドラッグ」と言う。またある者は「そんな物はただの愉快犯が作ったおもしろ半分の噂だ」と言った。
 だが、それをその目で見た者は一人もいない。噂だけが先行する不思議な状況。
 そのアミューズメントの名は『JACK IN THE BOX』

「でね、そのサーバーがあるところを突き止めたのよ」
 白王社 月刊アトラス編集部。そのデスクで碇麗香は、椅子の上で足を組みながら不敵に笑った。その目の前で、原稿を置きに来た松田麗虎は困ったようにその話に頷いている。
「それがね、結構辺鄙なところにあるのよ。しかも、そのサーバーが前に話題になってた『Night raid』と同じ発信地だって言ったら、あなたどう思う?」
「今日はこの辺で失礼しまーす」
 くるりと背を向けた麗虎の肩を、麗香はしっかりと掴んだ。振り返りたくない。今振り返ったら、絶対女王様の顔になっている…。
「松田君、確か『Night raid』に参加してたわよね…知ってるわよ。結構有名だって」
「………」
 もう逃げられない。それに麗香には原稿を回してもらっている恩もある。麗虎は困ったように天を仰いだ。
「分かりました、編集長。でも、取材には行ってもいいけど一人は勘弁して、俺あのゲームで死にかけたから」
「いい記事期待してるわよ。誰か、一緒に行ってあげて頂戴!」

 麗香が部屋で高らかにそう言ったときにちょうど顔を上げたのは、ジェームズ・ブラックマンと陸玖 翠(りく みどり)の二人だった。二人ともアトラス編集部に暇つぶしに来ていたらしい。麗虎は知っている顔を見て困ったような顔をした。
「ジェームズさん、助けてー。そっちのお姉さんもー」
 ジェームズと翠は詳しいことを知るために、麗香の所で話の概要を聞いた。話が見えないのに「一緒に行ってあげて」と言われても困る。
「『JACK IN THE BOX』と『Night raid』を運営してたサーバーまで行くだけの取材よ」
 どうやらサーバーのありかまで行って取材するという話のようだが、どうも話だけを聞くとそう簡単にいかないようだ。それを聞き翠は溜息をつき、ジェームズは黙り込んだ。
「暇つぶしに麗香のとこへ来ると、いつもなにやら面倒に巻き込まれているような…。まぁ、暇だから構わないのですけどね」
 そう言う翠に麗香が微笑む。
「暇つぶしついでだと思って頂戴。松田君ってばいい記事書くんだけど、慎重派で困るのよね」
「…編集長、俺に取材で死ねと?」
 その会話を聞きながらジェームズは考えていた。
 『JACK IN THE BOX』自体には数日前に雫の依頼で行った。だが、そこで分かったのはティンダロスに関する謎だけで、ジェームズにとってはまた新たな謎が出来てしまった。すべての謎を解くためには、サーバーまで行くのが確実だろう。
 そんな時だった。
「こんにちはー、調査報告書届けに来ました」
 そう言って、元気に麗香の元にやってきたのは、探偵のデュナス・ベルファーだ。何も知らないデュナスは、麗虎やジェームズなどの見知った顔を見て、のほほんと近づいてくる。
「あれ?麗虎さんじゃないですか。奇遇ですね」
「いやー奇遇だな、デュナス。うんうん、奇遇奇遇」
「こんにちは、デュナス。本当にいい所に来ましたね…」
 何故か麗虎とジェームズの二人に肩を掴まれているデュナスを見て、翠はふっと笑った。どうやらこの三人は知り合いのようだが、デュナス自身この時点で二人と麗香に捕捉されたことに、全く気付いていないらしい。
「え、えーと…何かあったんですか?」
 デュナスがきょろきょろしながらそう言うと、麗香がにっこりと微笑みを浮かべながら調査報告書を受け取り、悪魔の一言を言った。
「探偵さん、次の依頼よ。これから松田君の取材について行って頂戴。返事は?」

「烏有先生、ありがとうございます」
 麗香のいるデスクのすぐ側のパーテーションで、烏有 灯(うゆう あかり)は、何とはなしに麗香達の話を聞いていた。アミューズメントがどうとか言っているが、何だかとても楽しそうだ。
 …当の本人達は全く楽しくないのだが。
 灯は月刊アトラスに短いエッセイを連載しており、出来上がった原稿を渡しにここまでやってきていた。本当ならパソコンのデータなどでやりとりすべきなのだろうが、灯はパソコンには全然詳しくない。それに、昔ながらに原稿用紙に字を書く方が、どちらかというと楽しい。
「これで良かったですか?」
「はい、烏有先生のエッセイ評判いいですよ。また来月もよろしくお願いします」
 そう言われ、灯は編集部を後にした。
 心の奥で「ちゃんと家に帰れるだろうか…」と思いながら。

 簡単な自己紹介を済ませ、麗虎は三人と共に歩いていた。麗香に渡された紙にはサーバーの住所が書いてあったが、都内ではあるがかなり辺鄙な所にあった。電車を乗り継いでいくと時間がかかりそうなので、一度編集部近くにある麗虎のマンションまで行って、そこから車で行こうということになったのだ。
「松田殿はジェームズ達と、どのような知り合いで?」
 ジェームズとデュナス、麗虎達が知り合いらしいと言うこと会話から分かったのだが、一体どういう知り合いかなのか翠は少し興味があった。するとジェームズが真顔になる。
「秘密のオトモダチなんですよ」
 それに麗虎がものすごい勢いで否定する。
「違っ!一度『Night raid』でチーム組んだことがあるだけっす!あと、麗虎って呼び捨てで」
「私は秘密じゃありませんが、ジェームズさんとはお友達なんです」
「なるほど。『Night raid』は私が働いているゲームセンターでもちょっと話題になってましたが、その本拠地に行くというわけですね」
 あまりに激しく否定する麗虎と、まったりと肯定するデュナスの二人を見て翠は少しだけ溜息をついて。何だか麗虎はからかい甲斐がありそうだ。
「まあそういうわけなんで、皆さん頼りにしてます」
「頼りにしてください、泥船に乗った気持ちで」
「それ沈む…って、あれ?」
 真顔でボケ続けるジェームズに、麗虎がツッコミを入れたときだった。目の前から線の細い儚げな感じのする青年が自分達の前から歩いてくる。そして、自分達に気が付くといきなりこう聞いてきた。
「すみません、ここは何処ですか?」
「はい?」
 それは烏有灯だった。
 編集部に出入りしているジェームズや翠、麗虎はその顔を知っている。
 灯はアニメなどで展開されている大人気シリーズ『まほろば島の冒険者たち』の作者だ。確か自分達より前に編集部を出たように思ったが、何故こんな所にいるのだろう。
「どうかされましたか、ミスター」
 ジェームズがそう言うと、灯はホッとしたように事の顛末を話し出した。
 どうやら灯は極度の方向音痴で、今も自分の家に帰ろうとして迷ったらしい。しかも住所を聞くと全く真逆の方向に来ている。
「困りました…この前編集部に来たときにも迷って帰りが遅くなったんです。松田さん達はこれから取材なんですよね?」
「ああ、スリル満点の取材…って、なんで烏有さんが知ってるんだ?」
「すみません、隣のパーテーションにいて話を聞いていたんです。あのー、もしよろしければ、取材に協力しますから用事が済んだら家まで送ってもらえませんか?何だか一人で帰れる自信がないんです」
 それを聞き、ジェームズ達は顔を見合わせた。
 確かに危険度などを考えれば、人数はもう一人ぐらいいてもいいだろう。灯がどんな力を持っているかは分からないが、ここで困っているのを見捨てるのも気が引ける。
「私は構いませんが、翠はどうです?」
「私も別に、自分で自分の面倒が見られるのなら。ベルファー殿は?」
 デュナスは「ベルファー殿」と呼ばれたのに吃驚したのか、翠の顔を見る。
「あ、デュナスと呼び捨てで構いませんよ。そうですね…麗虎さんはどうです?」
 四人が一斉に麗虎の顔を見た。麗虎は困ったようにまた天を仰ぐ。
「仕方ない、取材が終わったら車で送りますよ。ただ多分スリル満点なんで、その辺覚悟してください」
 麗虎の言葉に安心したのか、灯はぱぁっと明るい表情になりそれに頷く。
「わかりました。スリル満点って絶叫系マシンとかに乗るんですか?」
 クスクスと笑う翠と脱力する麗虎の代わりに、ジェームズとデュナスが顔を見合わせながらこう言った。
「絶叫と言えば絶叫するかも知れませんね…」
「そうですね。ミスター烏有、絶叫マシンよりもっとすごいものが見られるかも知れませんよ」
「…叫ばずにいられるでしょうか」
 そう心配する灯を見て、麗虎は「ツッコミ疲れないだろうか」と、どうでもいいことを考えていた。

 麗虎が運転する車の中で、デュナスとジェームズは『JACK IN THE BOX』の中で起こった出来事を皆に説明した。
 そのネットアミューズメント『JACK IN THE BOX』の中には、人の魂を狩る人造のプログラムが放されていたこと。それの目的が「人の魂を体から追い出し、その中に入り込む事」だったということ。
 それを聞き、運転席の麗虎が嫌そうな顔をする。
「って事は、もしかしたら俺の魂が追い出されて、勝手に誰かに体乗っ取られてたかも知れないって事か?」
「そうでしょうね。そして彼は『カッコウ』と名乗りました。おそらくこれから行く場所はその巣でしょう」
 ジェームズの言葉に翠と灯も眉間に皺を寄せた。
 人の魂を体から追い出し、代わりに入り込むなど普通の考えじゃない。しかもそれをネット上でやろうとしたとは、相当の悪意の持ち主だ。
「一筋縄ではいかなそうだな」
「何だか本当にスリル満点ですね」
 翠はそう言いながら持っている札の数を数えていた。灯もポケットの中にある精油を確認する。
「………」
 デュナスは自分が襲われかけた記憶も生々しいのか、黙って景色を見つめていた。一歩間違えば、自分の魂が追い出され、全くの他人が自分の体を使っていたのかも知れないのだ。
 だが多少の疑問もある。本当にそうなれば、体がなくなった魂はどこに行くのだろう。
 そして『カッコウ』の体はどこにあるのだろう…。
「まあ、行ってみりゃすべての謎が解けるだろ。そろそろ着くぞ」

 五人の目の前に見えた建物は、錆びた門に閉ざされているかなり古びた建物だった。
 麗虎が携帯電話を取り出して、それを苦々しそうに見る。
「アンテナ一本…本当にここが発信地なのか?見たところ電話線もなさそうだぞ」
 錆びた門には鎖がからみつき、立ち入り禁止と書かれた札がかかっている。デュナスは自分の持っていた鞄から、なにやら色々と取り出した。
「探偵用七つ道具の中に入っている解錠用キーピックで鍵でも開けてみましょうか…皆さん、その辺にカメラとかないか確認してください」
 その中に入っている道具を見ながら灯が感心したように呟く。
「なんだか泥棒みたいですね。このあんパンはなんですか?」
「あんパンは非常食です」
「今度泥棒が出たらデュナス疑おう。つか、何で吸盤付きガラス切りが探偵七つ道具…」
「泥棒してませんって」
 麗虎と灯がデュナスの作業を見ている間、ジェームズと翠は辺りにあるカメラなどを探していた。皆には見えないであろうが、翠には式神である七夜がついている。その能力も駆使し、辺りの様子を探る。
「人の気配が全くない…なんだ、この感覚は?」
 そこはカメラどころか、人の気配も全くなかった。ジェームズもそれに気付いたのか口元に手を当て考える。
「まるで『JACK IN THE BOX』のような不自然さですね…」
 電脳空間の中であんなに悪意を持ってゲームを行ってきたカッコウが、ここでは全く手を打っていないように見える。ここにサーバーがあったとして、いつ誰がやって来るかも分からないのに、こんな無防備でいいのだろうか。
「………」
 いや、獲物をおびき寄せるために、わざと無防備にしているのかも知れない。だとしたら、危ないのは一度狙われたことのあるデュナスと麗虎だろう。ジェームズはその事を翠に告げる。
「お互いの事はともかく、あの三人を守りましょう」
「分かった」
 そう言っている内に門が開いたようだ。それを動かすとギィ…と金属のこすれあう嫌な音がする。門に触った手は錆で赤い。
「にしても、サーバーだって言うのに、何で門が鎖でぐるぐる巻きなんだ?」
 門から建物に続く道も手入れされていなくて、雑草が生え放題だ。そこからもここには人が全然近づいていないことが分かる。
「こんなに緑だらけの場所で、何をしようとしてるんでしょうね」
 灯はそう言いながら辺りを見回していた。こんなに緑の多い場所なのに、木々が静かすぎる。まるで何かに怯えているかのようだ。そして、その怯えている方向が建物に向かっているのが分かる。
 麗虎は入り口まで行き、その金属製のドアに触れようとした。その瞬間、バチッという音がする。
「痛ってぇ…」
 麗虎の指先からは血が流れていた。これは静電気などという生易しいものではない。明らかに何者かが中にいて、自分達が侵入することを拒んでいる。
「大丈夫ですか、松田さん」
 ポケットの中から塗り薬を出し、灯は麗虎の傷の手当てをした。その塗り薬を塗ると不思議と痛みが軽くなり、血もあっという間に止まる。
「どうやら私達は招かれざる客のようですね。皆さん、少し離れてください」
 この様子だとデュナスの解錠セットは使えないだろう。翠は札を構えドアの方を向く。
「本当はこういう事に使う術ではありませんが、仕方ありません」
 翠は口の中でぶつぶつと呪文を唱え、札を飛ばした。風を切る音と共にドアが刃物で切り裂かれたかのように崩れる。ジェームズはそれを見て頷き、革の手袋をはめた。
「何が起こるか分かりません、慎重に行きましょう」
 入り口を抜けると、そこはまるで研究所のようだった。中に人がいる気配はないのに、廊下は綺麗に磨かれている。デュナスが先頭に立ち、慎重に中を探る。
 カメラはないが、中にいる何者かは自分達がここにいることを気付いているのだろう。自分に出来ることは、そのサーバーがある位置まで相手を攪乱することしかない。デュナスは自分の光操作能力で、周囲の可視光線と赤外線を回折させて、監視カメラや赤外線センサーに感知されないようにすることにした。長時間使うことは出来ないが、中に入ってしばらくするまでごまかせられればいいだろう。
「しばらくは私の力で皆さんを隠します。でも力を使うとお腹が空くので、その後は皆さんにお願いします」
「その為のあんパンなんですね」
 デュナスの後ろに翠が続く。翠は七夜をそっと先に忍ばせ、サーバーのありかを探る。この様子だと部屋がたくさんありそうだ。全部の部屋を探るのは時間がかかりすぎる。
 麗虎はその辺りをデジカメで撮っていた。記事にするためにはある程度の写真がいる。もしかしたら記事には出来ないかも知れないが、証拠写真がなかったとき麗香に何を言われるのかと思うと恐ろしい。
「カメラは使えるみたいだな…」
「そうみたいですね。麗虎さん、さっきの傷は大丈夫ですか?」
 横からカメラをのぞき込んでいた灯が心配そうに麗虎を見た。麗虎は笑って手を振る。
「あ、もう大丈夫。血も止まったし、烏有さんに塗ってもらった薬が効いたみたいだ」
 ジェームズは一番後ろを歩きながら、部屋のプレートを見渡していた。そのほとんどは色が褪せたりして読めなくなっている。その時だった。
 壁に掛けてあった写真に思わず目が行く。それはあまり写りの良いものではなかったが、そこに写っている人物をジェームズは知っていた。
「どうした、ジェームズ?」
 翠が振り返り、ジェームズにそう言う。ジェームズは立ち止まったまま写真を見ており、皆もそれに近づいた。
「誰か写っているのか?」
「………」
 するとデュナスと麗虎が、写真に写っている者に気付いたらしい。デュナスはそれを指さし、麗虎はその写真を撮る。
「これ、蒼月亭のマスターにそっくりだな」
「そうですね。でも写真が古いようですし、別人だと思いますが…」
「お知り合いですか?」
 不思議そうに写真を見る灯と翠に、デュナスが説明をする。
「ええ、よく行くお店のマスターにとても似てるんです。でも、その人はまだお若いですから、多分他人のそら似なんでしょうけど」
「そうなのか?」
 だが翠はジェームズが厳しい表情で、じっと写真を見ているのを見逃さなかった。翠はそっとジェームズに囁く。
「何か訳がありそうだな」
「ええ…でも今は関係ない話です」
 そう言うとジェームズは何事もなかったかのように写真から離れた。
 やはり「カッコウ」は「夜鷹」と何か関係があるらしい。だが、もしカッコウが夜鷹と同じように不老不死の存在であるなら、何故体から魂を追い出そうとするのかが分からない。
 写真を見ていた時間で、偵察に出していた七夜が翠の元に戻ってきた。だが翠はその報告を聞いて怪訝な顔をする。
「人がいるけどいない?」
「どうかしたのか?」
 ジェームズにそう聞かれ、翠は皆にサーバー室らしき場所を見つけたことを告げた。だが、そこには『人がいるけどいない』らしい。
 麗虎はそれを聞き、考える。
「分からないな…でも、とりあえずそこに行ってみるか。デュナス、腹は大丈夫か?」
「そこまでは何とか…でも、パンかじりながらでいいですか?」
 デュナスがそう言うと、灯はそっと香油を出して口の中で呪歌を歌った。本格的に空腹を満たすことは出来ないが、少しでも飢餓感がない方がいいだろう。辺りに爽やかなグリーン系の香りが漂い、それを嗅いだ皆がスッキリする。
「あ、なんか今のでそんなに空腹感がなくなりました。大丈夫です」
 その言葉を聞き、灯がにこっと笑う。
「良かった、これでお役に立てそうです。さあ、行きましょう」
 今度は翠が先頭に立ち、他の部屋を無視し、七夜が見つけたその部屋まで真っ直ぐと向かった。廊下の所々には写真だけでなく標本もあったようだが、それは長い年月でほとんどがひからびている。麗虎は時々それをデジカメで撮りながら、翠を追いかける。
「翠さん、早いっす…」
「デュナスの力を消費させるのも何だろう。それにこういうのはとっとと本拠地を落としてしまった方がいい」
 七夜が見つけたのは、地下の階段先にある両開きのドアだった。サーバーの配線なのかコードのような物が何本か出ている。
「ここか?」
 麗虎がおそるおそる一歩足を出したときだった。
「………っ?」
 コードが生き物のように麗虎の足に巻き付き、両開きのドアが開いた。翠が慌てて札を投げ何本かコードを切るが、麗虎の体は中に引きずり込まれる。
 その広い部屋にあったのは、たくさんのコードと古めかしいコンピューター、そしてその真ん中にある培養液に浸かっている人間の脳だった。その真ん中に麗虎は逆さまで宙づりになっている。
 七夜の言った「人がいるけどいない」は、どうやらこれのことだったらしい。確かに人の脳ではあるが、それを人とは言い切れない。翠は懐にある札の感触を確かめる。
「そこから動いちゃダメだよ。そうしたらこの人落としちゃうからね」
 コンピューターからした声に、デュナスとジェームズには覚えがあった。
「カッコウ…」
 ジェームズが呟いた言葉に、カッコウがケタケタと笑う。
「あははははっ、ここまで来るとは思ってなかったけどね。ようこそ、僕の巣へ」
 灯はツタのように伸びるコードを見て、木々達が恐れていた理由が分かった。
 自分の意志でのばせる恐ろしいツタ…それが暴走すれば、この辺りにある木々を燃やし尽くせるだろう。そう思うと背中に冷たい物が走る。
 宙づりになった麗虎を翠とデュナスは見た。立ち止まったまま刃物や札を投げてコードを切ることは出来るが、頭から落ちたら麗虎の命が危ないだろう。今は相手の出方を見るしかない。
「カッコウ、これが貴方の体ですか?」
「そうだよ。別に好きでこうなった訳じゃないけどね。僕はここにいたままで、世界中どこのコンピューターにでもアクセスできる。だけど、それもそろそろ飽きちゃったんだ」
「それで、麗虎さんや私の体を…」
 デュナスの言葉に培養液の中身が頷く。
「やっぱり体がないと外に出られないからね。それに折角だからいい器が欲しいじゃないか。『Night raid』はその為の素材探しだったんだけど、器からこっちに来てくれて手間が省けたよ」
 そこにいないはずなのに、カッコウがニヤッと笑ったような気がした。ジェームズは溜息をつきながら話を続ける。
「一つ質問をしてもいいでしょうか?貴方は『ヨタカ』を知ってますか?」
 そう言った瞬間、コードが鞭のようにジェームズの側に飛ぶ。ジェームズはそれを掴んで、ものすごい力でそのままコードを引きちぎった。
「その様子だと知っているようですね…話してください、貴方の知っていることを」
「ヨタカ?ああ、知ってるよ。あの醜い鳥の名前だろう?…僕はあいつが嫌いだったけど、あいつは皆に可愛がられてたっけね。どれだけ可愛がられてたか、詳しく教えてあげようか?」
「んなもんどうでもいいから、とっとと降ろせ!この機械野郎!」
 二人の会話に宙づりのままの麗虎が割って入った。それにジェームズは半ばホッとしながら、麗虎の顔を見る。
 もし今ここでカッコウが話し続ければ、自分は辺りを気にせず力を解放し、怒りをそのままカッコウにぶつけていたかも知れない。麗虎は逆さになったままでジェームズに向かってニヤッと笑う。
「おっと、懐かしい名前を聞いてつい忘れる所だった。折角器が来てくれたんだから、君の体をもらわなくちゃね」
 カッコウがそう言い、コードを麗虎に伸ばす。その瞬間だった。
「あの脳みそ野郎に何でもいいからたたき込め!俺のことは気にするな!」
 自分の手でコードを払いながら言う麗虎を、皆は見上げている。
「その言葉を待っていました。行きますよ、七夜!」
 翠が札に気を込め、コードの中に走り込んだ。それを合図にデュナスが自分の周りの電気を集め、逆に流し始める。
「『JACK IN THE BOX』の恨み、まだ忘れてません!私は結構執念深いんです!」
 それを見て灯はデュナスの鞄に入っていたバールを持ち、翠と一緒に飛び込む。
「乱暴なのは嫌ですが、人の魂をもてあそぶのはもっと嫌です!」
「や、やめろ!こいつがどうなっても…」
 コードがあちこち切れ、スパークする音がする。
 ジェームズは培養液に近づき、真っ直ぐに銃を構えた。
「貴方がこうなったいきさつには同情を感じますが、貴方は私を怒らせた。それだけで生きている価値はありません」
「待って!僕が死んだらヨタカのことが分からなくなるよ、それでもいいの?」
 カッコウの言葉にジェームズが笑う。その表情は皆に見えなかったであろうが、相手を恐怖させるには充分な笑みだった。
「貴方の話は退屈だ。聞く価値もない」
 タン!と乾いた音がして、ジェームズの銃が相手を貫く。ガラスの割れる音がして、水が流れ出す。
「こ、これで…終わりじゃ…」
 もう一度銃声が鳴り、声は完全に止まった。

「うわー、死ぬかと思った」
 宙づりになった麗虎を何とか降ろし、皆はカッコウの周りに立っていた。あちこち擦り傷だらけの麗虎に、灯が傷薬を塗る。
 確かにカッコウは、電脳世界の中では神のような存在だったのかも知れない。だがここから離れたい、新しい体が欲しいと思ったことが間違いだった。
 人はただの器ではない。それが結果的にカッコウの命を消す結果になったのだ。
「少しでも、彼に安らぎがあらんことを…」
 灯はそう言いながら死者を弔う歌と、ミルラの香油の瓶を開けた。
 一体誰が悪かったのは、灯には分からなかった。カッコウだって好きでこの姿になったわけではないと言っていた。誰かがカッコウをこの場に縛り付けたのだと思うと、灯はそれが許せない。
「人の体が欲しい…しかし人の体で自分の人生は送れないだろうに」
 札を懐にしまいながら、翠はカッコウだったものを見下ろしていた。
 そんなに人生というものは、うらやましく見えるのだろうか…あまりにも長い時を生きている翠からはよく分からない。もし自分の魂が外に出されて中身が入れ替わったとしたら、カッコウはこの体で永遠にも近い生を、正気のままで生きていけるのだろうか…。
「カッコウは、まるで人の物を何でも欲しがる子供のようでしたね」
「それが多分正しいのでしょう」
 デュナスはあんパンを食べながらジェームズと話す。
 体が欲しいから体を奪う。自分じゃ奪えないから奪うものを作る。
 電脳世界ではそれでも良かったのだろうが、現実世界では通用しない。欲しい物は欲しいなりに努力しなければならないし、どうしても手に入らないものだってある。それを諦めることも現実では大切なのだ。
「カッコウは死んだのかな…それともまだ何処かで彷徨ってるのかな」
 麗虎がポケットから煙草を出し火を付け、線香の代わりにそっと供えた。

「松田君、本当にゴメンなさいね」
 それから二週間ほど経った後、麗虎はアトラス編集部で麗香に深々と頭を下げられていた。ジェームズや翠、デュナスに灯もその話を聞いている。
 麗香の話はこうだった。
 書かれた記事や写真は文句のない出来で、麗香は月刊アトラスのトップに載せる気満々だったのだが、上から呼び出されその記事の差し止めを言い渡されたらしい。麗香自身それが納得できなくて何度も話し合ったのだが、その記事を載せるなら月刊アトラスを廃刊にするとまで言われ、流石にそれ以上追求できなかったとのことだった。
「ゴメンなさいね。本当は出したいんだけど、私も皆を路頭に迷わせられないし」
 麗虎はそれを聞きながら困ったように笑う。
「いや、編集長のせいじゃないっすよ。それにここが潰れたら、俺も食い扶持減っちまうから…また何かあったらよろしくお願いします」
 そう言いながら去る麗虎の後を、四人は同じように頭を下げながらぞろぞろとついて行った。

「松田さん、気を落とさずに」
 灯の言葉に麗虎が笑う。
「いや、何となくこういう気はしてたんだ。一応原稿料は出たし、仕方ない」
 翠は何だか腑に落ちないというように、ジェームズやデュナスと並んで歩いている。
「何か大きな力が背後にあるようだな…何だか雲を掴むような話だ」
「それだけ知られたくなかったのでしょうね。あそこにあった物を」
 考え込むデュナスに、ジェームズが無言で頷く。
 少なくとも「カッコウ」と「ヨタカ」の間には繋がりがあることが分かった。ジェームズにとっては、それだけでも充分な収穫だ。
 もしかしたら、カッコウはまだネットの中で体を求めて彷徨っているのかも知れないが。
「皆さん、コーヒーでも飲みに行きましょうか」
 初夏の風が皆の間を吹き抜ける。
 その風の中にカッコウの鳴き声が遠くから鳴り響いていた。

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
5597/烏有・灯/男性/28歳/童話作家

◆ライター通信◆
初めましての方も、いつもお世話になってる方もありがとうございます。水月小織です。
『JACK IN THE BOX −現実編−』ということで、前の『−電脳編−』からの繋がりで、カッコウの巣に入り込むというシナリオでした。カッコウの正体が「生体コンピューター」で、そこから現実世界に出るために器を探す…というのは、昔ゲームを作ろうと思ったときに考えていたネタで、今回使えて良かったです。
この話で『ティンダロスの猟犬』から続いていた電脳シリーズは終了になります。新たな謎はまた別の話と言うことで…。
皆さんの個性が生かせたか心配ですが、リテイクなどは遠慮なくお願いします。
またご縁がありましたら、皆様よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

灯さんへ
初めてのご参加ありがとうございます。
香油を使う場所がなかなかなかったので、空腹感を抑えたり傷の手当てをしたり、最後に死者を弔うために使ったりしてみました。最後をミルラにしたのは、昔死者を弔うのに使っていたからです。
巻き込まれ型の参加ということで、あんな感じで参加という形になりました。多分今回の最後も送ってもらっているのだと思います。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。