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緑の楽園に流れるアイの唄
【オープニング】
裏路地に店を構える、Tea Room Sanctuary。そこからほど近いところにある洋館は、小さな植物園といっても過言ではない、瑞々しい緑と季節の花に彩られた広い庭と温室がある広い庭を有すことで有名である。
しかし今そこは、そこでおきる怪異でもって有名となりつつあった。
その怪異とは、屋敷に不法侵入する恋人たちのうち、男性ばかりが行方不明になるというものだった。
こつ然と、それこそ跡形もなくという言葉通りに消えるという男性たち。そして彼らが消える時、この世のものとも思われない美しい歌声が聞こえるという。
店主は、その事件調査と解決の依頼を、とり残された女性たちと1年前に亡くなった屋敷の主人の霊から受けたという。情報を仲介しても、事件調査と解決が専門ではない彼は、その依頼を店に呼び出した草間・武彦(くさま・たけひこ)にまわしたのだった。
【Sanctuaryにて】
今、店内には、深刻な空気が満ちている。
白いテーブルクロスがかけられた丸テーブルに、ティッシュで鼻をかみつつ涙を流す1人の女性を囲んで、数人の人間たちが集まっていた。泣き続けているのは、くだんの怪異で恋人を失った女性であり、それに対する者たちは、草間の頼みや事件の噂を聞きつけて集まった協力者たちである。
「……彼が、消える前にあなたに言った言葉とか、あるかしら?」
協力者の1人であるシュライン・エマは、女性にハンカチを差し出しながら問いかける。
「えっと、……いつも通りだったと思うんだけど……」
女性は首をかしげ、記憶をたどっているようだった。
店主はそんな彼らの中で、微笑みながら集まった面々にお茶を出している。
「話は進みそうにないな」
ササキビ・クミノは、Tea Roomの甘ったるい匂いに閉口しつつ、紅茶の注がれたティーカップを持ち上げてぽつりと呟く。
女性に話を聞き出せないかと、依頼者の1人を呼び出したところまではよかったのだが、泣いてばかりで一向に話が進まない。今は、女性の中で一番年長で、それゆえ不信を抱かれにくいシュラインが、なんとか女性をなだめすかしながら話を聞き出そうとしているところだ。
「ほんとですね」
クミノの隣に座る樋口・真帆(ひぐち・まほ)が、紅茶を飲みながら同意する。
「ご主人にお話しを聞ければ早いんですけど、あの子のこととか聞けますからね」
「そうですよね。今日は、いらっしゃってないのでしょうか」
海原・みなも(うみばら・みなも)もカップを傾けながら、傍らで紅茶のおかわりを注いでいる店長を見上げる。
「いらっしゃっていないようですね」
店長は店内を見回すと、そう答える。
夢魔の血を引き、セカンド・サイトという能力を持つ真帆にも店内の霊たちが見えているのだが、肝心のご主人とやらの姿を知らないために判断が付けられないでいた。その言葉に肩を落とし、ため息をつく。
「何か、進展があったようだな」
辛抱強く女性としていた会話から、何かヒントをもらったのだろう、シュラインが彼女に何度も頭を下げて礼を言っている。だが、そのシュラインの隣に座る草間の顔色が、赤くなったり、青くなったりしているのを見て、三人は首を傾げる。
「どうしたんだ、草間」
「いや……」
クミノの問いかけにも、草間の答えは歯切れが悪い。
一方、挙動不振な草間に対して、シュラインの表情は明るい。
「行方不明になった男性が口にしたと思われる、言葉がわかったわ。それで武彦さんには、囮の恋人役をやって欲しいのだけど……」
「それはかまわないが……。いくら俺でも、4人の恋人役は無理だぞ」
「たしかに……」
みんなの視線が、この店にいる人間の中で、もう1人の男性である店長に注がれる。
「わたくしですか? ……確かに、草間様に女性4人は無茶でしょうね。わたくしでは足手まといになりかねないのですが、それでもよろしければ」
「決まりだな。さて、メンバーをどう分けようか」
テーブルの上に、手に入れた屋敷の見取り図を広げながら、クミノはマーカーを取り出した。
【チームA・温室直行組】
メンバーはクミノの作戦により、恋人同士の男女プラス監視役という、3人ずつに分かれることになった。チームAは、おとり役に草間、その恋人役にシュライン、そして監視役にみなもというメンバーとなっている。
草間の手首には、聖水に浸したテグスが結びつけられている。これが、シュラインとみなもにとっての、アリアドネの糸であった。特にみなもは、水の気配を異能で知ることができる。それが草間に結びつけられている限り、追跡が可能だということで、このようなメンバー構成となったのだ。
「武彦さん、大丈夫? 結んだところは、痛くないかしら。……囮なんて、危険なことをお願いして、ごめんなさいね」
美しく花が咲き乱れる庭を、腕を組みながら二人は歩いている。
歳の釣り合いといい、話を聞かれることがないよう耳打ちあって話し合う姿といい、二人は恋人同士以外の何者にも見えない。
「しようがない。こうでもないと、怪異が起きないというんだからな……」
草間はわいてくる気恥ずかしさをおさえながら、梢の間からのぞく温室を見上げた。
事前に対象物件や持主について調査してきたクミノから、基本的な館の図面や由来などは説明されている。この館の主人であった月見里・峻(やまなし・たかし)氏には、疎遠にしている親戚しかおらず、遺産相続をすることになった彼らが相続税を払えないということで競売物件となり、現在は都内の某不動産会社の持ち物となっているということだった。その不動産会社も噂には頭を痛めていたらしく、屋敷購入の前調査というと鍵はすぐに借りることができた。
草に埋もれた敷石を踏んでゆくと、温室の入り口へと自然に導かれるようになっている。図面から見ると、温室は外からと屋敷からの二つの入り口があった。彼らが選んだのは、不法侵入した者たちが温室に入るために使った、温室からの入り口である。
ガラスは1年も放置されていたとは思えないほど痛みもなく、扉もかすかな軋みもなくに滑らかに開いた。
「あたたかいな」
温室の中は、太陽光のためばかりとは思えない熱がこもっている。電気も、水道も、すでに止められて久しいというのは、調査済みである。
「いったい、どうやって維持されているのかしら」
温室の中に地植えされた蘭の周りに、保湿のためにしかれた苔は、今しがた水を撒かれたばかりのようにたっぷりと水を吸っている。鉢植えされた蘭たちも、それは同じことだった。
二人は、みなもが開かれている扉から入ってきたのを確認すると、店に呼び出した女性の話の通り、さらに温室の奥へと進んでいく。なるべく、彼女から聞いた話の通りの行動をとった方が、怪異にあいやすいだろうということで、打ち合わせ済みの行動だ。
向かった奥には、小さな石造りの噴水があった。水は噴き出してはいないが、溜められた水は澄み渡リ、空の青を映して揺蕩っている。
シュラインは、微笑みながら噴水の縁に腰を下ろす。
「本当にきれいな温室ね、武彦さん。咲いてる花たちも、とても奇麗だわ」
そう言いながら、細い指先で水面に触れる。触れた水は暖かい。水に触れ、もてあそびながら、顔をあげて立ち尽くす草間を視界に映す。
切れ長のシュラインの目が、じっと草間を見つめ、その言葉への答えを促す。
「ああ、だけど、君が一番奇麗だ」
【チームB・屋敷探索組】
「こんにちは」
誰もいないとわかっているのだが、真帆は何となく声をかけながら屋敷の扉を開ける。玄関ホールは広く、そこに配置された家具には白い布がかけられている。
期待していたように、扉を開けると何かが立ち塞がるとか、何かが現れるとか、そのような怪現象はおきないようだ。
「大丈夫みたいですよ」
そういいながら真帆は、玄関先で所在なげに立っていた店長の腕を引く。
真帆に手を引かれた店長は、白杖をつきながら小上がりをあがって、ホールにともに足を踏み入れる。店長の視力がほとんどものを見分けることができないほどに悪いということは、店に訪れていた彼らも初めて知ったことだった。店の中の彼を知る限り、とてもそのような障がいを持つとは思えなかったからだ。
「どっちにいきましょう。確か、こっちにご主人の書斎があったんですよね」
『そうだ』
空の、何もないと見えるところからクミノの声が響く。よく見ると、そこには小さな機械が浮いている。それはクミノが召喚した、半自動式移動監視装置であった。それと同じものがチームAをも追尾し、現在も温室内の情報をクミノに送り続けている。
チームBは、見た目の釣り合いということで、真帆が彼女役、店長が彼氏役ということになっている。しかしそのままでは、少女をたぶらかす悪い男にしか見えないだろうということで、シュラインの手によって真帆にはメイクが施され、少し年齢が上に見えるようにしてある。
「何かヒントがあるかもしれませんし、行ってみましょう」
「そうですね」
彼らの持つ性格なのか、緊迫感の欠片もなく書斎の方に歩を進める。
書斎の家具も、ホールと同様に白い布がかけられている。
「あ……」
真帆は、書斎の奥で壁を指差す人影を目にする。優しげな風貌の、薄く透ける老人は、深く頭を下げると掻き消える。
「いまのは……」
「ご主人ですね。そこに、何があるというのでしょう」
『ちょっと待て。今、エックス線を当ててみる』
クミノの声に、真帆は足を止める。
『終わったぞ。そこに、金属で囲まれた空洞があるようだな。しかも、空洞の中には、紙のようなものがしまわれている』
「紙、ですか?」
首を傾げながら真帆は、主人が立って指差していた場所に同じように立つ。
そこには6号ほどの小さな絵がかけられている。額縁に手をかけるが、どうやっても外れる気配はない。
「どうしましょう。外れないです」
その声に呼ばれたように、真帆の傍らにはいつの間にか店長が立っていた。彼は、白い手で真帆が手をかけている額縁に触れる。
「ああ……、そういうことですか。真帆さん、鍵を持っていらっしゃいましたよね」
「玄関のですか?」
「はい。貸していただけますか?」
店長は真帆が差し出した鍵を受け取ると、微細な彫りの施された額縁の一角に、迷いなく鍵を当てる。当てられた鍵は、額縁に呑まれたように真帆には見えた。カチリという音がすると、額縁が扉のように開く。
『……金庫だな』
「そうですね」
真帆とクミノの声が響く。
『ロックはテンキー式のようだな。私が、開けよう』
監視装置が、ロックのコードを走査し始める。しばらく時をおいて、ロックが解除される音がする。
鍵が解除された金庫を開けると、そこには様々な紙片とともに、一冊の黒革のノートがしまわれていた。
『しまわれているのは、国債や株券だな。普通に紙幣もあるようだ。なるほど、これが隠し財産という訳か。……それは、なんだ?』
「日記のようですね」
真帆は、ノートのページを繰り始める。
それを読み進めるうちに、書かれていることに驚き、傍らの店長を見上げる。だが、彼には文字が読めないだろうことに思い当たる。
「クミノさん。あの子の見当がつきました。これを見て下さい」
監視装置のカメラが、真帆が示すノートのページを写す。
【監視者・クミノ】
クミノの能力は、諸刃の剣である。
能力を持たない人間に対し、致死のダメージを与える障壁を持つからだ。能力者にその効果は半減されるが、その体力を削ることになる。そのため、遠隔地で障壁を自意識下で制御しつつ、監視装置で2グループを遠隔監視するという方法をとるしかなかった。
「温室の中の蘭は、希少なものばかりだな。それにも価値があるから、下手に壊せないか」
モニターに映し出される映像を見ながら、ぽつりと呟く。
「怪異の原因となる対象が現れた場合、攻撃するにも難しいか」
もちろんそれは、障壁での攻撃という場合に限られる。召喚した武器を使用する方法に依らなければならないだろう。銃器の場合は、弾丸によって温室のガラスが割れ、より被害を甚大にする恐れがある。それを使わないようにすれば、どうにか行けるかもしれない。
『クミノさん。あの子の見当がつきました。これを見て下さい』
真帆の声に、監視装置のカメラを操作し、対象物を映し出す。
「なるほど……」
ここに印されているものがあの子だとすると、草間たちが危険か。
その時、チームAを追尾させていた監視装置のスピーカーから、素晴らしく美しい唄が聞こえてきた。
「まさか、これが……」
聴覚を遮断するためにヘッドセットを装着し、対象の録音を開始する。
「カメラにまで異常が起きるとは……」
歌が流れている間、モニターは乱れ、視界を確保することができなくなる。クミノが展開する障壁は、半径20メートル内の視聴覚確保を可能にするが、そのために一般人である草間たちに影響が出ることを考慮すると、使用を断念するしかない。
クミノは採取した音源を半音ずつずらし、カウンターヴォイスを作製し、MP3に再録音する。
「チームB。温室で、現在怪異が発現中。至急、温室に向かってくれ。私もすぐに行く」
【温室にて】
草間がキーワードを言ったとたん、耳にしたことがないほどに美しい唄が流れてきたのを、シュラインは認識した。
武彦さんが、危ない。
そう思っても、体は唄で縛られたように動かない。
「シュラインさん、大丈夫ですか」
「武彦さんは?」
霊的能力が高いみなもの方が、シュラインより早く唄の影響下から抜け出せたのだろう。彼女に揺さぶられ、ぼんやりしていた意識が覚醒する。
「いません。気づいた時には……」
みなもの言葉に、無意識に手に握り込んでいたテグスを引く。そのあまりにも頼りない感覚に、透明な糸の先を見つめる。それは数メートル先で断ち切られ、頼りなく地の上にわだかまっていた。
「そんな……」
「大丈夫です。草間さんにつけられた、聖水の気配は追えていますから」
みなもの言葉に力づけられ、シュラインは立ち上がる。
「そうよね。武彦さんを助けられるのは、私たちだけですもの」
「大丈夫か?」
クミノが外側の入り口から、次いで真帆と手を引かれた店長が屋敷側の入り口から現れる。
「どこに消えたかわかるか?」
「はい、こちらに聖水の気配は続いています」
みなもに先導され、彼女たちは蘭に覆われた壁の前に立つ。
「ここに?」
「はい。この奥に続いています」
その蘭は、彼女たちが今まで目にしたことがないほど、巨大なものだった。
薄い黄緑色の花をつけた蘭は、多肉質の葉を持つので、ややもするとサボテンのようにも見える。つる性の茎の高さは温室の天井まで届き、蘭にしては珍しく、実とおぼしきたくさんの莢がぶら下がっている。
「バニラアロマティカですね。日本でこんなに大きいものは、なかなかありませんね」
花に触れながら、店長がぽつりと呟く。
「これも、希少なものなのか?」
「原種ですから、希少といえば、希少ですね」
その言葉にクミノは、生い茂った蘭の葉をかき分け、小柄な体をその隙間に滑り込ませる。
「扉がある。これに隠れていて、見つからなかったようだな」
彼女たちは苦労しながら、なるべく蘭を傷つけないように、その裏に潜り込む。
「開けるぞ」
クミノは召喚した刀をかまえながら、扉を押し開いた。
【哀(アイ)の唄を紡ぐもの】
草間は、うめきながら目を開いた。まだ耳の奥で、あの唄がこだましているように思える。
どうやってここに運ばれてきたのか、全く覚えていない。ぼんやりする頭を振りながら、辺りを見回す。あまり広くない部屋は、磨りガラスの填められた天窓から差し込む、柔らかな光で満たされていた。その光の中で、周りの壁に寄りかかるようにしている、数人の人影が見える。
「大丈夫か?」
彼らが行方不明になった男性たちなのだろう。白い根のようなものに包まれ、深く寝入っているようだった。彼らの無事を確認し、安心する。
しかし、いったい何がこのような状態に彼らをおいたのだろうか。
「パパ」
考え込む草間の背に、その言葉とともに抱きついてくる柔らかな感触を覚え、あわてて振り向く。
そこには、10代半ば頃と思われる少女がいた。ごく薄い緑の瞳と淡い小麦色の髪、白く透ける肌を持った少女は、無防備に草間の背に抱きついている。
「パパでしょう? 会いたかったの……」
「いや、俺は……」
「違うの? パパじゃないの?」
なんで、人間がこんなところにいるんだ。
パニックに陥りかけながら、泣きそうな少女をどうにか宥めようとする。
「武彦さん……」
「草間……、おまえ……」
聞き慣れた声に、草間の背筋を冷や汗が流れる。
「いや……、これはだな……」
潜入してきた彼女たちを目にした少女の柔和な顔立ちが、険しくなる。少女は草間を背に彼女たちに対すると、その口を開く。
そこから流れ出したのは、あの唄だった。魂を鷲掴みにするような、美しい歌声に直接晒されることは、温室で漏れてきたものを耳にしたとき以上の苦痛を彼女たちに与える。
クミノは素早くヘッドセットを装着し、プレイヤーの電源を入れる。
そこから、先ほど加工した唄が流れ出す。半音ずつずらして再録音された音は、少女の声と重なると不協和音を生み出し、その唄の持つ力を打ち消していく。
「なんで邪魔するの? パパは、ここから連れて行かせない」
少女は叫ぶ。その声に含まれる必死さに、クミノが構える刀の切っ先が揺らぐ。
「あなたが……、カグヤさんなの?」
音の戒めから解放された真帆は、優しく少女に問いかける。
「なんで、私の名前を知ってるの? パパしか知らないのに」
真帆の手には、金庫から持ち出された日記がある。日記には、新種の蘭の作製と生長について事細かに記されていた。蘭の好事家なら必ずといっていいほど手を染める、新種の作製。屋敷の主人である月見里氏も、その例に漏れなかったようだ。
彼が亡くなる数ヶ月前の日記には、加齢による体調の悪化と残される蘭たちへの思い、そして最愛の新種の蘭カグヤについて記され、後は白紙が続いていた。
『カグヤは、私の最高傑作だ。この世で一番奇麗な花。そして、最愛の娘』
最後のページには、震える字でそう記されていた。
「あなたが、月見里さんのあの子なのね」
シュラインは、少女の揺れる瞳を見つめる。
「パパが、最近来なくなったの。咲く時には、必ず見に来てくれていたのに。だから寂しくて……、いつもパパは、私が一番奇麗だっていってくれてたから、だから……」
「男の人がその言葉を言うと、パパだと思ったんだな……」
草間の言葉に、少女カグヤはうなずく。
「だが、こんなことをしていてもしようがない。カグヤさんのパパは、こんなことは望んでいないだろう。パパに会えなくて寂しいという気持ちを、他の人にも味わわせていいのか?」
「ごめん……なさい」
草間に諭されたカグヤの目から、涙が溢れる。
主人の死を理解していないカグヤに、それをどう伝えようかとみんなは顔を見合わせる。
「まずは、このままだとこの園の存続自体が危ぶまれる。カグヤさんも、それは望みでないだろう?」
クミノの言葉にも、カグヤはうなずく。
「だったら、私たちに任せてくれないかしら? きっと、カグヤさんにも、花たちにも、悪いようにはしないわ」
こういう時、女性の結束力の強さは、凄いものだな。
草間は頭を掻きながら、少女を取り囲む彼女たちを見つめ、そんなことを思ったのだった。
【自室にて】
クミノは自室でくつろぎながら、今回の事件に思いを馳せる。
主人の隠し財産の売却益で屋敷を買い、保護できないかという案に乗ってくれた草間には、非常に感謝している。そのおかげで区に屋敷を委譲し、植物園として存続させられた。
その上シュラインの提案どおり、温室の奥の部屋に主人を分骨し、埋葬することもできた。さらに墓の側には、店長の提案でカグヤを株分けして植えることになった。
淡い光に照らされ、主人の傍らに咲く1株の蘭。その光景を思い浮かべた誰もが、その提案に反対はしなかった。
埋葬と移植の日、クミノは作業を見守るため、再び屋敷を訪れた。
屋敷は、囚われた人が開放された以外、全く変わりはなかった。柔らかな光と愛しい蘭たちに守られた、奥津城に眠る主人。
花を愛した人が眠るのに、これ以上相応しい場所はない。
『今回の事件は、心ない人たちが温室に侵入して、荒らされることを怒った花たちが起こしているのかと思っていました』
この事件を草間に委託した店長がそんなことをぽつりと漏らしたのは、クミノがそんな感慨に耽っている時だった。
亡くなられた主人が、どんなに花たちを愛していたかを知っているからこそ、そんなことを言うのだろうか。
柔らかな微笑とともに紡がれた言葉は、クミノをもってしても、真意を伺うことができなかった。
「花は、つつがなく、憂いなく咲かせてこその花、か……」
店長が口にした言葉をなぞるクミノの視線の先には、ガラスのコップに生けられた、一輪の花がある。
滲む金の光を生むような、大輪の蘭の花。美しいその花は、カグヤ自身である。
株分けの時に落ちた、一輪の花。店長は、微笑みながら紡いだその言葉とともに、落ちた花をクミノに差し出したのだ。
そうしてカグヤは、店長に引き取られることになった。主人が約束した蘭がどれかはわからなかったためだが、あんな言葉を口にできるのなら、カグヤのために力を尽くしてくれるだろう。
甘いものは苦手だが、またあのTea Roomに行ってみてもいいかもしれない。カグヤに会いに。
そう思ったクミノの唇には、我知らず淡い笑みが刻まれていた。
哀しい唄は、きっともう流れない。
─Fin─
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13歳/中学生】
【3458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生・見習い魔女】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【NPC/神漏岐・日月(かむろき・ひづき)/男性/28歳/喫茶店店主】
【公式NPC/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
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■ ライター通信 ■
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ササキビクミノ様
こんにちは、ライターの縞させらです。
受注、誠にありがとうございます。筆が乗ったためか、非常に長くなってしまいました。
クミノ様には、能力を利用して、メンバーたちの指揮をしていただきました。楽しんでいただけましたら、幸いです。
参加された方達は、エンディングだけが固有のものとなっております。他の参加者の後日談も、あわせてお楽しみ下さいませ。
また機会がありましたら、宜しくお願い致します。
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