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<東京怪談・PCゲームノベル>


Crossing ―after days―



 守永透子は病院の入口で、ごくりと唾を喉の奥に押し遣った。
 家から彼女は窮屈な生活を強いられている。自業自得とはいえ、透子は辛い。
 門限を決められたことや、習い事を休日にするのは……別に構わない。家のやり方には慣れているし、諦めたほうが楽だ。
 だが、そのことによってココにほとんど来れないことは嫌だ。だから、辛い。
 家の許可をもらってやっと来れた今日。
 手にした花束とケーキ。ケーキは悩んだ末に抹茶のロールケーキとチーズケーキにした。あまり女の子が好むような甘いものはどうかと思ったからだ。
(よ、喜んでもらえればいいけど……)
 だいたい見舞いする相手が何を好きなのか透子はきちんと知らない。
 病院の自動ドアをくぐり抜けて、中へと踏み込んでいく――。



 遠逆欠月、というネームプレートを見上げてから透子はどきどきする心臓の音に頭を振る。
 何度も「ここで間違いないわよね」と確かめる。
 引き戸に手をかけようとして、手をすぐさま引っ込めた。ドアをノックするほうが先ではないか?
(そ、そうよね。欠月さんだって、着替え中だったら困るもの)
 軽くノックをすると、部屋から声が返ってきた。
「どうぞ」
 久しぶりに聞いた欠月の声に胸がときめく。
 引き戸を開けて中を伺うと、眼鏡をかけて本を読んでいた欠月の姿が目に入った。
(あ……)
 私服姿の欠月はいつもと違って笑顔ではないためか、凛々しい。
 彼は本を閉じて透子のほうを見遣った。そしてにっこり微笑む。
「いらっしゃい」
「……い、いらっしゃいました……」
 自分でも間抜けなことを言っている、と透子は思った。

 イスを借りて腰掛け、花束とケーキの入った箱を渡す。
「お、お見舞い。チーズケーキと抹茶のロールケーキだけど……た、食べれる?」
「食べれるよ」
 受け取った欠月は透子に微笑む。
「キミがお見舞いに来てくれるとは思わなかったな、透子さん」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
「責めてるわけじゃないよ。キミは大変な家柄のようだし、来れるわけないって思ってたから」
 苦笑する欠月に透子は申し訳なさそうにする。
 好きで来なかったわけではない。だが……彼も期待はしていなかったわけだ。
「き、今日はちゃんと許可をもらってるから大丈夫」
「そう。まあ、あれだけ夜中にウロついてたら心配するからね」
「あ、あれは……っ」
 欠月に会いたくて。
 口を噤む透子は頬を染める。
 慌てて別の話題をふった。
「あ、あの! 目のほうは大丈夫?」
 目覚める一ヶ月前、彼は目が見えない状態にあった。もしかして、眼鏡をかけているのはそのせいだろうか?
 欠月はそのことに気づいて眼鏡を外した。
「ああ、目はもう大丈夫。これは補強のためにつけてるだけだから」
「補強……?」
「時々いきなり視力が急激にさがるから、その時のために」
「…………」
 青ざめる透子に欠月はぎょっとする。
「そんなたいしたことないから」
「で、でも……」
「もうほとんど視力はさがらなくなったから。あとはこの身体が元のように動いてくれれば言うことないけどね」
 にっこりと微笑む彼は首を傾げた。
「……でも、あれだけひどいことをしたのにボクをよく好きでいられるね」
 この言葉は、欠月が目覚めた時にも言われたのだ。透子はその時は誤魔化して答えなかった。
 自分でもわからないのだ。
 ただ彼が好き。それだけでいい。
「……欠月さんが優しいのは、わかってるから」
「…………」
 呆れたような顔をする欠月は透子の額に手を当てた。ひんやりとしているその手に透子は驚いた。
「熱はない、みたいだね。ボクが優しいだなんて、どこをどうしたらそうなるんだよ?」
「それはやっぱり……嫌われ役を買ってでること、だと思う」
「…………」
 欠月は嘆息する。
「あれが当然だと……一番有効的だと思ったからなんだけど……。キミにはそんなこと、どうでもいいか」
 その通りだ。
 透子にはどうでもいいことである。
「欠月さん……体調はどう?」
「どうって……べつに。普通だよ」
 ケロリとした表情で言う欠月に、透子は眉をひそめる。嘘をついていないかと疑っているのだ。
「普通って?」
「一般の人と同じようには動けるからね。退魔士としては働けないけど」
「本当に?」
「本当だよ。やけに疑うね」
 苦笑する欠月はベッドから降りた。
「花瓶に水を入れて花を飾るよ。せっかくくれたんだし」
「あっ、わ、私がやる!」
「え。でも」
「欠月さんは病人だから」
 欠月から花束と花瓶を奪うと、透子はそそくさと病室から出て行く。
 彼に無理をさせたくない一心での行動だったが、欠月は複雑そうな表情だった。
「……一般人なみには動けるんだけど……」



 花瓶に水を入れていた透子は、ふと、気になった。
 気弱になっている自分。
 欠月が元気そうで安心したが、不安なのは変わらない。彼がいつまた、あの時のようになるかわからないのだ。
 その時……果たして自分は彼の傍に居られるだろうか?
(居たい……。欠月さんが大変な時に、傍に居たい……!)
 けれども現状ではその願いは叶わないだろう。
 病院へのお見舞いすら自由にできない。こんな自分に彼は呆れないだろうか?



 病室に戻ってくると、欠月が室内で体操をしていた。
 仰天する透子は思わず花瓶を落としそうになる。
「なっ、何してるの!?」
「ああ。お帰り。
 なにって……体操。身体を動かしておかないと、なまるからね」
 笑顔で言う欠月に透子は詰め寄った。
「お願いだから安静にしてて!」
「えぇ……? だって、本当に平気なんだよ?」
「でも欠月さんは病人なの!」
「…………」
 透子の押しに負けて欠月は渋々とベッドの上に戻った。
 花瓶を置いた透子はイスに座り直す。
「そういえば欠月さんは……これからどうするの?」
「どうするって、とりあえず本調子に戻るまでは入院したままだろうね」
「それって……どのくらい?」
「どれくらいって……さあ?」
 ニヤッと笑う欠月は、それに関しては言う気はないようだ。
 透子は膝の上に置いた自分の拳を見下ろす。
「……私」
「ん?」
 透子は顔をあげた。
「私にできることがあったら、遠慮なく言ってね!?」
 必死な声で言うと、欠月が面食らったような表情をした。
 彼は思案し、眉間に皺を寄せる。
「そりゃ……あまりお見舞いには来れない私が言うのは変だけど……。でも、力になりたいの」
 もじもじと言う透子を見て彼はやれやれという顔をすると「透子さん」と声をかけた。
「まだ言ってなかったから、ちゃんと言おうと思って」
「?」
「あの告白の返事」
 告白?
 きょとんとする透子に彼は苦笑した。
「ひどいなぁ。随分前だけど、キミがボクを好きだって言っていたヤツだよ」
「!」
 ぎょっとした透子は一気に顔を赤らめ、視線を伏せる。本当に今さらな話題だ。
 あの時、彼はきちんと返事をしてくれなかった。
 それに……透子は自分の想いが届かなくても構わないと思っていた。
「きちんとお返事、させてね」
 にっこりと笑顔で言う欠月の前で、透子は恥ずかしさのあまり逃げ出したくなった。
 なぜ、よりにもよって『今』なのだ?
 心の準備もできていない。ロマンチックな雰囲気もない。
 それなのに。
「ボクは」
「…………」
「守永透子さんの」
「…………っ」
 膝の上の拳が震える。変な汗をかいている。どうしよう、ここから逃げたい!
 だらだらと汗を流す透子に欠月が顔を近づけた。俯いている彼女の顔を覗き込むように。
「気持ちに応えたいと思ってます」
「…………」
 混乱中だった透子は、きちんとその言葉を理解できなかった。「はひ?」という間抜けな声を吐いて顔をあげた瞬間、欠月に唇を塞がれていた。
 目を見開く彼女は、欠月の顔がかなり間近にあって軽いパニック状態にあった。
 ゆっくりと唇が離れてから、欠月は苦笑いする。
「そんな放心されるようなこと……してないつもりなんだけど……」
「………………」
 なに?
(え……? 私、なに、された……の?)
 感触の残っている自分の唇に指を触れ、透子は耳まで赤くなってわなわなと震えた。
 初めてのキスが……こんな不意打ちで。
 怒るべきか、喜ぶべきかと脳内で葛藤し、透子は視線をさ迷わせる。
 それになんて言われた?
(えっと……気持ちに応える?)
 頭がグラグラしてきた。一度に色んなことを考えるとダメだ。
「あれ? 好きな者同士は……キスとかするんじゃなかったっけ?」
 首を傾げる欠月は「間違っていたのか?」という感じで眉をひそめた。
「すっ、好き!?」
 過剰にその言葉に反応する透子に、彼は頷く。
「ああごめん。遠回しだったね。直訳すると、ボクもキミが好きだよ、ってことなんだけど」
 頭の中でドラが鳴り響いたような錯覚。
 好き? 彼が私を好き???
(うそ……)
 でも。でも、キスされたし。
「ほ、本当に?」
「嘘なんかつかないよ。つく必要性はないから」
「で、でも」
「なに? キスだけじゃ足りないの? んー……でもあんまり刺激の強いことすると、キミって免疫無さそうだから倒れちゃいそうなんだよねー……」
 物騒なことを言う欠月は、その可愛らしい顔と言葉が非常に不似合いだ。
「かっ、欠月さんてこんなに手の早い人だったの!?」
 どこか非難するように言う透子に、彼はしらっとしたように言う。
「嫌だったんだ。それは気づかなかった。好きな相手からキスされるのは、嬉しいものだと思っていたんだけど」
 もうしないよ、と欠月は微笑んだ。
 なんだか二人の会話がズレている。
(そ、そうか……。欠月さんは、ただそれだけの意図でキスしたんだ……。手が早いとかじゃなくて、私が喜ぶと思ったら?)
「……もうしないでって言ったら……しないの?」
「キミが嫌がることは、しないよ」
 きっぱりと彼は言い切る。迷いが欠片も見られない。
 透子のほうが困ってしまった。
「……い、嫌じゃないの。いきなりで……驚いただけ、だから」
「そう」
 なんだ、と欠月は納得した。透子がこう言わなければ彼は言ったことを実行し、二度と透子に触れはしないだろう。
 なんだか大変なことになった、と……思わずにいられない。
(嬉しいはずなのに……複雑だわ)
 両想いになったというのに……。
 前途多難だと、透子は苦笑した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 本編その後、という感じにしてみました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!