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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


My Dear Wolf

●ことのおこり
 シリューナ・リュクテイアの魔法薬屋。いつものように掃除をしているファルス・ティレイラの耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。
「ティレ」
「はい? お姉さま?」
 声の主、シリューナは、振り向いたティレイラに、赤く輝く小さな「物」を差し出した。
「わあっ、きれいなキャンディー‥‥」
「そうだ。ティレにやろう。食べてみろ」
「え?いいんですかぁ? ありがとうございますぅ」
 ここは魔法薬屋。これがもし、丸薬やカプセルだったら、さすがにティレイラも素直に受け取ったりはしなかったろう。だが、薄暗い店の中でもキラキラと光るそれは、疑いようもなくキャンディーだった。‥‥少なくとも、見た目は。
 躊躇いもなく口に含んだキャンディーは、ティレイラの口の中で甘酸っぱいストロベリーの香りを放ち、優しい甘さとなって融けていく。
「んー、美味しいですぅ」
 うっとりとした表情さえ浮かべる愛弟子の顔を見て、シリューナは軽く首を傾げた。
(やはり、食品に染み込ませる方法では、薄くなりすぎるのか)
 シリューナの視線を感じたティレイラは、ようやく、何か異質なもの、単なる善意以外の何物かが存在することに気づいた。
「お姉さま? どうしたんですかぁ?」
 キャンディーへの意識の集中が途切れた瞬間、手足にむず痒さが走る。どうしたのかと手の甲を見た途端、ティレイラは大きく息を吸い込み、その拍子に、残っていたキャンディーを飲み込んでしまった。
「大丈夫か? ティレ」
「んぐ‥‥うぁ‥‥う‥‥、手が‥‥、けふっ‥‥、私の、手が‥‥」
 むせた苦しさと驚きで涙ぐみながら、ティレイラは両手をシリューナに差し出した。その手は美しいシルバーグレーの毛に覆われている。例えるなら、オオカミの毛皮のようだ。
(予定では、完全にオオカミになるはずだったのだが‥‥。どうにも中途半端だな。しかし、すぐに解くのも面白くない)
 ティレイラの姿は、一言で言えば「体はオオカミ、顔は人間」。しかも、体型が人間のままで、服を着て、二本足で立っているものだから、半人半獣というよりは「オオカミの着ぐるみを着た人間」だ。
 黙ったまま助けを求めるように見つめるティレイラを見つめ返し、シリューナは考える。
(いや、これは、オオカミよりもむしろ愛らしい)
 口元に不敵な笑みを浮かべ、彼女は、これ以上ないくらいにきっぱり言い放った。
「ティレ。出かけるぞ」
 呆然と口を半開きにしたままのティレイラに、今度は優しい笑顔を向ける。
「行きたがっていただろう、何とか言うテーマパーク。きっと人気者になれるぞ」

●ファンタジーワールドへようこそ
 平日の夕方とはいえ、人気のテーマパークともなれば、それなりの人出はあるものだ。キュートな狼少女と化したティレイラは、たちまち来園者に取り囲まれていた。
「すいませーん。一緒にお写真お願いしたいんですけどー」
 そんな声に応えること約一時間。ようやく解放されたティレイラは、疲労の色が隠せない。
「冷たい物を買っておいた。どうだ?」
 シリューナは、毒々しい緑のメロンソーダを差し出す。珍しく甲斐甲斐しいのは、ティレイラに対して申し訳なく思っているわけではなく、ティレイラが他人に弄ばれている間、いささか暇だったからに過ぎない。
 軽く礼を言ってソーダを受け取り、一口飲んで、ティレイラは深々と息をついた。
「はー、美味しいですぅ」
 何でも美味しいと言う子だな。シリューナは、誰にもわからない程度に、くすりと笑った。
「でもー、電車はちょっと恥ずかしかったですよぅ」
 口を尖らせるティレイラ。まさか誰も魔法の薬でこんな姿に変えられているとは思わなかったろうが、着ぐるみ姿で電車を乗り継いでテーマパークに行くのだって、相当に変わっていると思われたに違いない。事実、子供は指差すわ、中年の男女は眉をひそめてチラチラと見るわ。居心地の悪いことこの上なかった。
「心配するな。帰りは戻してやろう」
「約束ですよぅ?」
 ティレイラの声に答える代わりに、シリューナは唇に笑みを浮かべた。
「ティレ。あれをやってこい」
「‥‥はい?」
 顎で示した先では、クマの被り物をしたスタッフが、子供に風船を配っている。
「新しいアルバイトのふりでもすれば、やらせてくれるだろう」
「えええっ? それはいくらなんでも無理ですよぅ。それに、なんで私が‥‥」
 顔はクマもどきに向いたまま、シリューナの視線だけがティレイラに向く。
「帰りもその格好で‥‥」
「やります! やらせてくださいっ!」

 そういうわけで。
「あのぅ。私、今日から入ったアルバイトで‥‥」
「‥‥あの、身分証は? 名札を受け取っていますよね?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥ごめんなさい。嘘です」
「えーと‥‥」
「あの、その、風船を‥‥」
 クマもどきは、持っていた風船の半分ほどをティレイラに渡した。
「お客様でしたか。子供たちが噂をしていました。可愛いオオカミさんがいるって。これは差し上げますので、ここで配っても、お持ち帰りになっても構いません。良い一日を過ごされますように」
 よくわからないが、交渉は成立したらしい。
(よかったですぅ。これで、お姉さまも喜んでくれますぅ)
 そのお姉さまが、一部始終をデジタルカメラで撮影していたことは言うまでもない。

「ティレ、次はこれだ」
「えー、まだあるんですかぁ?」
 シリューナが指差した先には、一枚のポスターが。『パレード参加者募集中。参加者には記念品を贈呈』。
「あ、記念品ってこれですかぁ? 可愛いストラップですねぇ」
「欲しいんじゃないのか? それに、私もティレの晴れ姿を見たい」
 うまく乗せられているのだろうなとは思う。だが、パレードは楽しそうだし、記念品も魅力的だ。
「お姉さまは?」
「私は参加しない。ティレの写真を撮らなくてはいけないからな」
「んー、一緒に行きたかったですぅ」
「そう言うな。その代わりに、綺麗に撮ってやろう」
 やがてパレードが始まる。列の最後尾で、ティレイラは手を振りながら歩いていた。
(お姉さま、ちゃんと見ててくれてるでしょうかぁ? 今日は色々あったけど、結構楽しかったですぅ。連れてきてもらって良かったですぅ)

●ティレイラがいっぱい
 それから数週間後。
「お姉さま! 大変ですっ!」
 開いたままの雑誌を片手に、ティレイラが魔法薬屋に飛び込んできた。
「これ、見てくださいー」
 ページの大部分を埋めるのは、件のテーマパークの写真。下のほうに、妙な格好をした団体が写っている。

 ――動物のコスプレをした入場者が急増中。一番人気はオオカミ。しばらく前から自然発生的に現れたが、問い合わせが増えたため、急遽、園内のショップで衣装を販売することになった――

 ページをめくると、今度は写真ではなく、ポップなイラストが。

 ――あまりの人気に、公式キャラクターをデザイン。キャラクター名は公募で決定。採用者と、応募者全員から抽選で、新キャラクターのグッズをプレゼント――

「これ、私の真似ですよねぇ?」
 不満そうなティレイラ。一方のシリューナは、軽いため息のような笑いを漏らしただけだった。
「何がおかしいんですかぁ?」
「何がというわけではない。そうだな、人間の欲深さに感心したとでも言おうか」
「いいんですかぁ?」
「止めるいわれもない。好きにさせておけ」
「でもぉ‥‥」
 シリューナは、雑誌をそのまま突き返す。
「ティレに似ていれば、一言文句を言う権利もあるだろうが。少しも似ていないではないか」
「そうですかぁ? 似てると思うんですけどぉ」
「ならば私が、もっと似せて作ってやろう。オブジェかレリーフか‥‥」
「や‥‥やめてくださいー」
 これまでの経験からか、ティレイラには冗談に聞こえなかったようだ。慌てた様子のティレイラを見て、シリューナは満足そうに微笑む。
「お姉さま?」
「オブジェになりたくなければ、掃除の時に、物を落とさないよう気をつけることだな」
 言葉に詰まるティレイラを残し、シリューナは悠々と店の奥へと戻るのだった。