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大神家の一族【第1章・金沢編】
●オープニング【0】
LAST TIME 『大神家の一族』――。
草間興信所にて、帰りの遅い草間武彦を待っていた草間零。その零に悪い知らせが飛び込んできたのは、5月1日夜9時前のことだった。大慌てで瀬名雫が事務所に飛び込んできたのだ。
雫が抱えてきたノートパソコンで見せたのは、今まさにパトカーへ乗り込まんとする草間の姿。とある大型掲示板に張られていたというのだ。しかも、同日起こった金沢の殺人事件の重要参考人として……。
雫から連絡を受けて駆け付けてきた月刊アトラス編集長の碇麗香が矢継早に零へ尋ねるが、零だって何が何やら分からない。何故草間が金沢に居たのか、それすら分からなかったのだ。
だが、事件を知って駆け付けてきた仲間たちの調べで、草間が石坂双葉なるモデル上がりの新人タレントの調査を行っていたことが判明する。調査内容の控えが草間の私室に隠されていたのだ。それによると、何と去年の夏頃から調査が行われていたようなのだ。
恐らくは殺された金沢の資産家――大神大二郎が草間に依頼をしたのだと思われるが、そもそも何故に新人タレントを調べる必要があるのか。さっぱり繋がりが見えてこない。分からないといえば、どうして草間に依頼が来たのかも謎だ。
そして金沢に向かった者たちの一部は、伝手を利用して草間に面会することが出来た。けれども草間は『迂闊に答えると、迷惑がかかる範囲があまりに広い』などと言って、ろくに質問に答えようとしない。ただ、被害者とは調査報告のために会っていたことが判明する。それはまた、渡したはずの調査報告書がなくなっていた事実をも明らかにすることとなった。
果たしてこの事件に隠された真実とは何なのか。真相究明は未だ始まったばかりである……。
●連絡事項【1】
5月2日正午過ぎ――金沢滞在の拠点としているビジネスホテルにて、零は麗香からの連絡を受けていた。
「え。金沢出身なんですか?」
「うっかりすると見落としてしまうくらいさらりと書かれていたけど、本当よ。熱心に読み込んでくれてたから、さっき分かったのよ」
「待ってください、何ページ目ですか」
コピーして持ってきていた調査内容控えを取ってきて、零がパラパラと捲った。確かにそう書かれている。双葉の母親・石坂明美が金沢出身だと。
「で、うちの記者からこんな仮説が出てね……」
麗香がその仮説を口にする。大二郎が草間に双葉の調査をさせたのは、相続権についてではないかということだ。大二郎は相当な資産家、そして明美とは金沢出身という接点があるのだから。
「だからね、相続権を持つ親族が彼女、石坂双葉の相続権が法的に認められる前に大神さんを殺した可能性もあるかもしれないのよ」
「それじゃあ、その辺りを調べると草間さんの無実が証明されるんですね……!」
「あくまで仮説、可能性があるって段階だけど……遺産の相続争いはよくある話だから。こっちでも石坂双葉を調べてみるから、そっちはそっちで頑張ってみて」
「はい、頑張ります!」
麗香の言葉に零はきっぱりと答えた。この話は直後、金沢で動いている一同にも伝えられた。
●身柄拘束の真実【2】
午後1時、金沢中央警察署。正面玄関より1組の男女が外へ出てきた。葉月政人とシュライン・エマである。
「おかげで助かりました」
改まった口調でシュラインは政人にそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「いえ、お役に立てたようで」
目を細め、笑みを浮かべる政人。何のことかといえば、大きく2つ。1つはシュラインによる草間への差し入れのこと。もう1つは、草間が押し倒してしまったという刑事に会うということだった。
「無事に武彦さんに着替えも差し入れられたし、倒したっていう人にも会えたし……」
ほうと溜息を吐くようにシュラインが言った。さすがに草間との面会は未だ不可だったが、これはまあ予想済み。
「何を言い出すかと、一瞬驚きましたけれどね」
と政人が苦笑する。シュラインが明後日の方を向いた。草間が押し倒してしまった刑事と会った時、シュラインはこう言ったのである。
「巻き込まれた武彦さんですけど……身体とかの危険は、ここに居れば安全ですものね」
これは多分にシュラインの本心を含んだ言葉。取りようによればどうにでも解釈出来るので、政人が一瞬驚いたのも無理はなかった。もっともその後で捜査の大変さを労う発言をしてみたり、真犯人逮捕への調査をよろしくお願いしますなどと丁寧にお辞儀をしていたりするので、向こうもこの発言は流してしまったようである。
「……でもね、武彦さんが黙秘している理由、少し落ち着いてきて分かってきた気がしないでもなかったり」
ぼそっとシュラインがつぶやいた。
「どう考えました?」
「彼女……双葉嬢が売り出し中だということ。下手に名前とか出すと、スキャンダルになるでしょう? もし後で関係ないと分かっても……痛手だもの。だったら黙るわ、武彦さんの性格からして」
「なるほど。広範囲に迷惑がかかる……と」
シュラインの考えに政人が頷いた。
「それじゃあ後はお願いします」
シュラインはそう言うと、また自らも調査を行うべく警察署から離れてゆこうとした。政人がそんなシュラインに声をかける。
「何か分かったら僕に報告してください。こっちから証拠を提出すれば、県警も無視は出来ませんから」
「了解。皆にも伝えなくちゃ……」
シュラインが足早に去ってゆく。政人はその後ろ姿をしばし見送ってから、再び署の中へ入っていった。
中に入って早々に、捜査員の1人が政人に接触してきた。確か階級は同じ警部だったろうか。向こうの現場でのリーダー格なのは間違いなく。
「おやおや、これはこれは警視庁の警部殿。まだお帰りではなかったのですか?」
「ええ。少し気になることがありましてね」
絡んでくるような相手の言葉を、さらりとかわす政人。その態度に相手はちょっとむっとしたようだった。
「ほう、そうですかそうですか、さすがは警視庁の警部殿。ですが、民間人やらを便宜を図るのはいかがなものでしょうかねえ」
「……そういえば、きちんと自己紹介していませんでしたね」
政人は1枚の名刺を取り出して、目の前の相手に見せた。直後、相手の顔色が変わった。ちなみに名刺にはこんな文字が記されていた。『警察庁』と。
「し、失礼を……」
「いえいえ。県警としての立場も理解出来ますから」
淡々と答える政人。本当はこういうやり方は好きではないが、穏便に納得してもらうには有効な手段であることは否定出来ない。
「明日になれば逮捕から48時間ですか」
ぽつりと政人が言った。48時間――それは釈放か送検かの判断の期限だ。送検されなければ、明日の午後には草間は釈放されることになる。送検されればさらに24時間だ。
「……決定的な証拠がなければ、釈放せざるを得ないでしょう」
先程とは話し方の異なる相手。
「いったい県警は何を探しているんです」
政人は単刀直入に尋ねた。草間は被害者と同じ現場に居た人物、疑われてしまうのは仕方ないことだろう。しかし期限ぎりぎりまで身柄拘束を続けようとするのは何故なのか。
「毒ですよ」
「ああ、被害者は毒殺されたんでしたね。確か青酸化合物だと聞きましたが」
「ええ。微かに残っていたアーモンド臭、現場の様子などからしてシアン化カリウム――そう思われました」
「…………?」
相手のその言い方に、政人は違和感を覚えた。『思われました』とはどういう意味なのか?
「ですが被害者から、シアン化カリウムは検出されていないのです。残っていた料理や飲み物からも一切……」
「えっ?」
「こう言えば身柄拘束を続けている理由が分かってもらえるかと思います」
「……まさか未知の毒物の可能性があるとでも」
「そのまさかを調べているんです、我々は。何しろ毒物らしき痕跡が、一切見当たらないのですから」
相手は政人に向かってきっぱりと言い切った。
●一言言わせろ【3】
同じ頃、留置場では草間が何をする訳でもなく寝転がっていた。そんな草間の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……さま、草間――」
草間はごろんと転がり、壁の方を向いた。
「……どうした、金沢名物でも食べに来たのか」
小声でぼそぼそとつぶやく草間。すると声に怒りの感情が含まれた。
「ふざけてんじゃねぇよ。だったらここには来てねぇって」
「冗談だ、北斗」
草間はニヤリと笑って声の主――守崎北斗へ答える。さすがは忍者、姿は見えないがどうやらこっそりと忍び込んできたようだ。
「……どうしても一言だけ言ってやりたいことがあったから、守崎家代表で俺が来たんだ」
「何だ、聞いてやるよ」
「草間……誰にとは言わねぇけど隠し過ぎじゃね?」
北斗はそうとだけ言って黙った。沈黙がその場を支配する。
「……最初は依頼人の意向だったんだがな……。今は、状況が俺を無口にしたと思ってくれ」
「たく。信用、信頼どっちなんだよ。あんたのそれはよ。ま……その行動、俺は分かんなくもねぇけどな。とにかく、丸く収まったら2人分のこぶしは覚悟な」
「3人分じゃないのか?」
「あー……こぶしとは限らねぇんじゃね?」
草間の言葉に北斗が笑った。
「だな」
草間は苦笑い。
「じゃ、俺そろそろ行くな」
と言って、留置場から北斗の声は消えた。
●辿りし先は【4】
午後2時過ぎ、真名神慶悟の姿は金沢市の増泉にあった。目の前には4階建てのぼろい雑居ビルがあり、慶悟は中に入って入口付近のポストに目を向けた。
4階のポストにはこう記されていた。『小田原興信所』と。
「皮肉な巡り合わせだ」
ふう、と溜息を吐くようにつぶやく慶悟。身柄拘束されている草間が探偵なら、慶悟が辿ってきた先に居るのも探偵だとは陰陽の悪戯であるのだろうか。
さて、何故に慶悟がここに居るのか。それは件の料理旅館、草間と被害者が会食していた部屋の外、窓の下についていた足跡を追いかけてのことだ。式神を通じて、侵入経路から逆に辿ってきたのである。
式神は部屋に入ってからすぐに出てきて、武蔵ヶ辻や香林坊、片町などをぐるぐる回ってから犀川を越えて増泉へとやってきたのである。だがこの結果に、慶悟は首を捻っていた。
(行動からして、追ってきた者が毒を入れたとは考えにくい。毒殺からして計画的な殺しだ。ならばこれは、個人ではなく組織的な計画によるものか……?)
普通に考えれば部屋に入ったタイミングは3つ。草間たちが来る前、草間たちが居る時、そして事件発生後の混乱。毒を入れたとするなら先の2つになるだろう。だが、草間たちが来る前には部屋に料理は存在せず、居る最中ならあからさまに怪しまれる訳で。かといって事件発生後の毒物混入は論外。捜査混乱を狙ったものならまだしも、被害者に飲ませることは不可能なのだから。
とすれば、部屋に侵入した者と被害者に毒物を飲ませた者が別に存在すると考えた方がすっきりする。
「せめて、不審者なり不審車両なり見られていれば違ったんだが」
思わず愚痴る慶悟。式神を通じて辿る前、慶悟は料理旅館の周辺などで遠回しに聞き込みを行っていた。こういう時、自分の風体は便利だと思う。興味本位であれこれ聞いているのだと思わせることが出来るから。しかし今の慶悟の愚痴からも分かるように、これといった情報は得られなかった。
(ともかく、様子を窺ってみよう)
慶悟は式神を放って、4階にある『小田原興信所』を調べさせることにした。式神が向かうと、ちょうど白髪混じりの男がどこかに電話をしている最中であった。
「ああ、それは俺が預かってます。まあ……調査料を貰わないことには渡せませんがね。そうですねえ……とりあえず500万払ってもらいましょうか。安いもんでしょう、今のあんたたちにとっちゃあ。ああ、場所は俺だけが知ってるんで、来たって無駄ですぜ。ま、そんな暇ないでしょうがね。じゃ……また電話するんで、よろしく」
電話中、終始ニヤニヤしていた男。話の内容からして持っている何かと引き換えに、金をせしめようとしているようだ。脅迫の現場なのだろうか。
「……うん?」
と、その時慶悟があることを思い出した。確か草間が渡した調査報告書が、どこにもないと言っていなかったか?
「まさか……!」
はっとする慶悟。部屋に侵入した目的は、その調査報告書を手に入れるため?
(何者かがそれを依頼したのか? そのために毒を盛ったというのか? いや……それだけ石坂本人に価値があるということか?)
慶悟が頭脳をフル回転させる。少なくとも芸能絡みではないはずだ。アイドルだとかそういった存在は掃いて捨てるほど居る芸能界、殺しを絡めてまで売り出すような真似をするはずがない。ならば、双葉に関する何かが……?
「……資産家……」
ぽつりつぶやく慶悟。被害者となった大二郎は資産家である。鍵となるのはやはりそこだろうか――。
●顔なじみの2人【5】
午後3時半過ぎ、神崎神社――それは武蔵ヶ辻や香林坊に程近い場所にある神社だ。シュラインはそこに足を運んでいた。境内にはすでに、見知った顔が2つ待っていた。金沢の高校生、高川めぐみと和泉葛葉の2人である。とある事件をきっかけとした関係は、現在も続いていた。
「お久し振りね」
シュラインは挨拶もそこそこに、金沢に来る前に頼んでいたことについて聞こうとした。すなわち大二郎や大神家に関する情報がないか、ということである。些細なことでも得られればと思ったのだが……。
「ごめんなさい、分からないんです」
待っていたのは、めぐみからのそんな言葉であった。まあ無理もない。資産家といっても表立って動いていなければ、存在を知る者もぐっと限られてくる訳で。
「じゃ、じゃあ今度はこれを見てほしいんだけど」
シュラインは葛葉に2枚の写真を手渡し、金沢市内の地図を広げた、写真は各々大二郎と双葉で、事前に用意してきた物であった。
「……何か、繋がり感じないかしら」
シュラインがじっと葛葉を見つめる。葛葉は2枚の写真をしばし見つめてから、視線をすっと地図へと変えた。そしてゆっくりと地図の上に右手の人差し指を置き、つつぅ……っと指を滑らせてゆく。くるくると地図上を回った指先は、やがてある1点でぴたっと止まった。
「ちょっと、ここって……」
場所は長町、大神家のある辺りであった。
(やっぱり何か繋がりあるのね)
シュラインがそう思った時、めぐみが思い出したように口を開いた。
「あの。この娘が、気になることを言っていて」
めぐみの言う『この娘』とは無論葛葉のことだ。
「……悪い何かが金沢に入ってきたって」
めぐみの言葉に、葛葉がこくんと頷く。
「いつからなの?」
「2週、違う、3週間ほど前からだっけ?」
めぐみが確認すると葛葉はこくこく頷いた。
「で、そう言われてみると、私も妙だなって思って」
「どんなことかしら?」
「その辺りからなんです。何だろ、些細なきっかけで事件を起こした人が増えたような感じが。単にそんなニュースが多かっただけかもしれないですけど……」
「……どういったニュースか思い出せるかしら」
「えっと……母親に怒られて自宅に放火したとか、嫌な相手を刺したとか……」
めぐみの語るニュース内容に、シュラインは思わず眉をひそめた。
「だから、『えっ、そんなことで?』って思う事件が多いなって、そう思ったんです」
めぐみがシュラインの目を見て言った。
●疑問【6】
その頃、政人は金沢中央警察署の捜査本部に居た。司法解剖の結果を見せてもらうためである。
「胃の中の内容物は……」
確認に入る政人。当然ながらそこには昨日料理旅館で食べた物が記されているのだが……。
「あれ?」
1つだけ、気になる物があった。何故かキャラメルが混じっているのである。出された食事にキャラメルは含まれていないはずなのだが、さて。
疑問に思った政人はそのことについて捜査員の1人に尋ねてみた。するとこんな答えが返ってきた。
「それですか。実は昨日の朝に、お孫さんが被害者にあげたんだそうですよ。これは家族の者が見ていたので確かです」
「毒物が混入されていた可能性は」
「はは、あるはずないでしょう。お孫さんが食べていたキャラメル箱から取った物を渡したそうですし。それに毒物も検出されていませんから」
「……残りのキャラメルは調べたんですか」
「無理です。全部食べたそうですから。結果論になりますが、他の家族には何も起きていないのですから、何も入っていなかったと考えるのが自然です。考え過ぎですよ」
(確かにそうだけれども、その考え過ぎなことが当たっていたらどうする気なのか……)
捜査能力に思わず懸念を抱いてしまう政人であった……。
●悲鳴【7】
夕方――北斗は大神家周辺での聞き込みを行っていた。1人ではなく零も加わっての聞き込みだから、ちょっと楽であった。
主に聞いたのは被害者である大二郎の評判だ。ちょっと好色家かなという話はあったが、特に悪く言う者は居なかった。ただ孫や三男の秀文には甘いのに、次男の三郎には辛く当たっていたようなのはどうだろう、という疑問はちらほら出ていた。
大二郎のことを聞くということは、自ずと大神家自体や家族の評判も聞くということでもある。
長男の正一は優秀で真面目なのだそうだ。ただ真面目ゆえに他者にもそれを強いる所があったのか、離婚したのはその辺の事情じゃないかと噂する者が居た。
長女の彰子は正一同様に優秀ではあったようだが、ちと真面目ではなかったようで。何度か違う男に送ってもらっている姿が目撃されていたようである。
次男の三郎は真面目ではあった。けれども、真面目だから優秀であるという訳でもない。滑り止めで何とか入れた大学を7年かけて卒業し、就職も出来ずフリーターになってしまった三郎を、大二郎は日頃から叱っていたりしたようだ。大神家では三郎は落ちこぼれなのだ。
三男の秀文は今時の若者だそうだ。髪の毛を金髪にして、夜などよく遊びに出かけているのだが、大二郎は叱っていないのだという。なので、近所の者からすると、何とも不思議な感じがするらしい。
そして孫の尚。大二郎は尚には甘く、よくおもちゃなどを買ってきては、正一に窘められていたという。祖父というのは例外なく孫には甘くなるのだろうか。しかし尚もよい子で、親の言い付けはきちんと守るらしい。おまけに1桁の足し算引き算も出来て、近所の見知った人に会ったらきちんと挨拶をしてくれるのだそうだ。最近は金沢城公園に遊びに行くことがよくあるらしい。
「近所の情報って凄いよな」
北斗は集まった情報量に改めて感心していた。古き街ゆえ、意外と近所のことは知っているのだろう、東京都心部などとは違って。
「今度はあのお婆さんに聞いてみませんか?」
「あー、昔から住んでたら古い情報が聞けそうだもんな」
零の提案に賛成する北斗。けれども、世の中そんなに甘くない。老婆の語る内容は、すでに聞いた話ばかりであった。
と――零がふとこんな質問を投げかけてみた。
「あの、すみません。『双葉』とか『明美』というお名前にお心当たりはありませんか?」
「双葉? 明美? うーん……おお!」
ぽむと手を叩く老婆。何か思い当たることがあったか?
「明美ちゃんかね! 大神さんとこのお手伝いの」
老婆のその言葉に、北斗と零は思わず顔を見合わせた。老婆によると、何でも17、8年前に『明美』というお手伝いが大神家に住み込みで働いていたという。だが半年かでそこらで辞めたのか、それきり姿を見なくなったという。
「明るく親切で、いい娘だったねえ」
しみじみと語る老婆に礼を言い、北斗と零はその場を離れていった。
「『明美』さんはその……」
「……かもな」
零と北斗が互いに確認し合う。確定ではないが、少なくとも昔に『明美』という名の女性が大神家に居たことは間違いないようだ。
そのことは少ししてやってきたシュラインや慶悟にも伝えられた。
「……『双葉』で『2』?」
話を聞いたシュラインはそんなことをつぶやいた。どうやら血縁関係を疑っているようだ。
「こうなると故人なのが痛いな……」
慶悟が頭を掻く。双葉の母親が存命ならもっと話は早いのだろうが、故人となってしまった今では聞きだせぬ真実もある訳で。
そして慶悟も、自分がつかんできたことを皆に話す。
「やっぱり、双葉さんに相続権があるんじゃ……」
麗香が伝えてくれた仮説を思い出し、零がつぶやいた。
「んー、遺言状とかどうなってるのかしら。真名神くん、それらしい人が出入りしてた?」
シュラインの問いかけに首を横に振る慶悟。シュラインに頼まれて大神家の前に式神を起き、弁護士らしき者が出入りしないか見張らせていたのだが、残念ながらこれまでに出入りはなかった。
そうやって話をしていた時だ――。
「きゃーーーーーーーーーーーっ!!!」
大神家から女性の悲鳴が聞こえてきたのは。恐らくは彰子の悲鳴だろう。
すかさず慶悟は、家の前で見張らせていた式神を家の中へ突入させる。
式神が家の中で見た光景。それは驚きの表情で立ち尽くす彰子と思しき女性の姿。そして……嘔吐し、床に倒れている6歳くらいの男の子の姿。
尚と思しき男の子のそばには、封の空いたキャラメルの箱が転がっていた……。
【大神家の一族【第1章・金沢編】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
/ 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全7場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。『大神家の一族』の第2話・金沢編をここにお届けいたします。東京も何やらきな臭くなっていますが、金沢は待ったなし状態かもしれません。事件の全体像はいったいどうなっているのでしょう。
・本文最後の出来事について先に補足を。恐らく次回のオープニングで詳細を出すと思いますが、尚は死んでいませんので念のため。
・草間の身柄拘束状況についても次回のオープニングにて。
・シュライン・エマさん、111度目のご参加ありがとうございます。めぐみたちに会いましたが……何かとても気になること言ってましたねえ。この情報をどう考えるかはお任せします。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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