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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『千紫万紅 ― 朝顔の花の物語 ―』


「ふに?」
 藤井蘭はさらりと春先の若葉を思わせる緑色の髪を揺らしてかわいらしく小首を傾げた。
 そこは持ち主さんの家からすぐ近くの通り。
 ?マークの海の中の蘭の目の前には同じくちょっと?マークの海の中にいるマリオン・バーガンディ。
 お話をちょっと巻き戻し。
 お部屋のお掃除にお布団干し、お洗濯、お昼寝、持ち主さんが作っておいてくれたお昼ご飯を食べてちょっと休憩したらお気に入りのクマリュックを背負ってお散歩。
 そこでね、出逢いがあったの。
 道の途中でメモを持っておろおろとしているおばあさんを見付けた蘭は、笑顔で「こんにちわなの〜」「どうしたのなの?」「僕、そこのお家わかるのー」、とおばあさんを何度も行った事のある喫茶店に手を引いて連れて行ってあげた(もちろんもう片方の手でおばあさんが持っていた荷物も持って)。青色申告組合でのお仕事の時に何度か一緒にパパさんにくっついて行った事のあるその喫茶店はもう顔馴染み。
「あら、蘭ちゃん、今日はひとりなの?」
「うん、なの〜。あのね、今日はおばあさんを連れてきたのなの〜」
「まあ、お義母さん!」
 口を両手で覆う喫茶店のママさん。
 そのおばあさんはママさんの旦那さんのお母さん。
 ちょっと驚かせようと想って内緒で来たら道に迷ってしまったそう。
 そこにちょうど通りかかったのが蘭。
 ママさんはとても蘭に感謝して、それから業務用のアイスクリーム(無印の封筒のような色の紙の円柱の容器にバニラアイスがたくさん!!!)をくれて、蘭は大喜び。
 そのアイスクリームは保冷剤がいっぱい入れられたビニール袋の中に入れられて、蘭はそれを両手で持って溶かさないように転ばないように一生懸命早歩き。かわいらしい競歩の選手のように。
 そしたらその道で、
「蘭さん」
 と、マリオンに声をかけられた。
 でもそれだけなら仲良しさんが道で偶然に出会っただけなのだけど、問題は、
「あの、蘭さん。私はこの時間に居るマリオン・バーガンディではなく、3時間後の世界から来たマリオン・バーガンディなのですが、その何ですか? 蘭さんが私にここへ行って、と言ったのですが」
 と、蘭にマリオンが訊いてきたから。
 だから蘭は冒頭の通りに、
「ふに?」
 って、
 さてさて、果たして3時間後の世界からマリオン・バーガンディが来て、それを頼んだ藤井蘭の真意はいったいどういう事なのでしょうか?
 物語の始まりです。


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「「………」」
 じぃじぃじぃ、と真っ青なお空にある太陽が照りつけるアスファルトはそんな音を奏でるように熱くってなんだか目玉焼きでも焼けそう。
 そんなアスファルトの上で二人はかわいらしく小首を傾げあって睨めっこ。
 マリオンは苦笑するようにひょいっと肩を竦める。
「うっかりです。3時間後の蘭さんに理由をちゃんと聞いてくればよかったですね」
「ふに?」
 今度は逆の方向に首を傾げて、蘭はにこぉっと笑うと、マリオンにビニール袋に入ったアイスクリームの容器を見せた。
「多分きっとそうなの。この中のアイスクリームなの〜ぉ。一緒に食べようなのぉ〜」
 それこそ溶けてしまいそうなほどのかわいらしい笑顔にマリオンも上品な猫のように目を細めて、笑う。
「アイスクリームですか。なるほどそういえばあの時の蘭さんからはバニラアイスの甘い香りがしました。じゃあ、」
 ひょっとしたらアイスクリームをひとりで食べてしまった所にマリオンが訪ねて行って、それでマリオンに時間を戻れ、と蘭は言ったのだろうか? そしたら二人で食べられるから。
 この時間の自分はまだキュレーターとして絵画の修復をしているはずで、それが終って、それで何か甘いものが食べたいな。そうだ。また前のようにクマさんケーキや他のお菓子を蘭さんと一緒に食べに行こう、って、それで訪ねて、
「うん。そういう事でしょうか?」
 太陽はいよいよ灼熱の円盤と化し、気温をじりじりと上昇させていく。
 その気温を喜ぶのは暑い夏という季節に最後の命を燃焼させるかのように鳴き騒ぐセミと、海かプールに居る者たちだけだ。
 動物園の白熊、ペンギン、
 そしてアイスクリームを抱える蘭には太陽はいじめっ子。
「わぁ〜、大変なの〜。アイスクリームが溶けちゃうのなの〜」
 わたわたとダンスを踊るようにその場でアイスクリームを抱えたまま両足で足踏みする蘭。
 マリオンはくすりと微笑んで恭しく右手を蘭に差し出す。
「では空間を飛び越えましょう」



「ただいまなの〜♪ マリオンさん、どうぞなの〜」
 マリオンの能力で家に一瞬で帰ってきた蘭。
 元気にただいまの台詞を口にして、丁寧にお客様を案内する。
 座布団をマリオンに出して、それからグラスに冷たい麦茶を注いで、
「はい、どうぞ、なの〜」
「ありがとうございます」
 クーラーのスイッチを入れる、それとも窓を開けて夏の香りがする風に吹かれながら夏を楽しむ?
 若葉色の髪の下にある銀色の瞳で蘭はマリオンを見る。
 薄く形の良い口元に軽く握った手を当ててマリオンは考える事数秒、それから優しく微笑みながら蘭に提案した。風鈴を指差して。
「夏を楽しむ、という事で窓を開けませんか? 風鈴の音色も聴きたいですし」
 そう言われてにこり、と蘭が微笑んだのはひょっとしたらかわいらしい陶器製のクマさんの風鈴の音色をマリオンに聴かせたかったからかも。
 窓を開けると、そこから入り込んでくる風で風鈴が鳴った。ちり〜ん。ちり〜ん。
 それは本当に硝子細工のように繊細で透明な綺麗な音色。まるで手で取ろうとしても、それは指をすり抜けていくような。
「じゃあ次はアイスクリームパティーな〜〜〜のぉ」
 緑色の髪に縁取られたかわいらしい美貌にくしゃっとした笑みを浮かべて蘭はテーブルにアイスクリームの容器を置くと、どこか厳かで神聖な物に触れるかのような手つきで容器の蓋を開けた。
 そこにバニラアイスクリームの聖地が広がっていた。
「「お〜〜〜」」
 蘭とマリオン、二人で目を輝かせる。
 どうやって食べようか?
 オーソドックスに小皿にアイスクリームの丘二つ作って食べるか、それとも。
 想像がふくらむ。
 ドキドキが、
 わくわくが止まらない。
 きゅぅ〜〜〜。
「フルーツパフェ、いえ、スペシャルプリンアラモードにしませんか?」
「すぺしゃるぷりんあらもーどなの〜〜〜♪」
 思わず感極まった感じで蘭もそれを口にした。
 くすりとマリオンも猫のように両目を細めて微笑んで立ち上がると、
「では私は材料を用意してきましょう。………って、あ、なるほど。これだったのですか。あの意味は」
「ふに? どうしたの、なの?」
「いいえ、何でもありません」
 と、苦笑しながらマリオンは消えて、数分でまた戻ってきた。
 マリオンの手には大きな紙袋。
 蘭の瞳もよりいっそう輝く。とても嬉しそう。
 二人はキッチンに移動して、
 まずは果物ナイフで林檎をウサギさんに、
 メロンの皮を半分だけナイフで切って、くるりと半回転。
 バナナも皮を付けたまま半分の場所で斜めに切って、
 缶詰の蜜柑、桃、パイナップル、
 ウェハース、
 チョコとイチゴのポッキー、
 それを用意して、
 硝子のチューリップグラスに、アイスクリームをスプーンですくって、まずは半球のアイスクリーム二つを容器に盛り付けて、
 そして空いているスペースに乗せるように大きなプリンアラモードを綺麗に盛り付け、
 さらにアイスと容器の隙間に差し込むように蜜柑、桃、パイナップル、林檎、メロンを飾りつけ、
 最後にウエハース3枚、イチゴとチョコのポッキー3本ずつをさして、
 スペシャルプリンアラモード完成。
 しかもまだおかわりたくさん。
 アイスクリームパティーを語るに相応しい一品。
 蘭とマリオン、二人で顔を見合わせてにんまりと笑いあう。
 食べましょう。
 という事で居間に移動。
 綺麗な風鈴の音色はずっと太陽に温められた大気の熱を冷ますように涼しげに鳴り響き続け、そしてその音色にうっとりと溜息を漏らすかのようにしぼんだ朝顔が音色が乗った風に揺れた。
 とん、とテーブルの上に自分の分のスペシャルプリンアラモードを乗せたマリオンはその朝顔の傍らにしゃがみこんだ。
「わぁー、青の朝顔ですね。ちゃんと咲いているのを見たかったなー」
「朝は凄い綺麗に咲いていたのなのー」
 マリオンの隣で蘭もしゃがみこんで、しぼんだ朝顔に触れる。
 それから蘭はてけてけと机の方へ走って、そこに置かれていた観察日記を持って戻ってきた。
 今日8月6日のページを開いて、それをマリオンに見せる。
 色鉛筆で可愛らしく描かれた朝顔の花は今そこにあるしぼんだ花の一番美しかった時の絵。
 過ぎ去ってしまった時間はしかしちゃんとそこにあった。
 ―――かわいらしい目と手によって。
「うわぁー、上手に描けていますね。すごい綺麗です」
「えへへへへ。ありがとうなの〜。えっと、僕は青の朝顔さんが一番好きなの〜」
 嬉しそうに蘭が言うと、マリオンは頷いて、右手一本を立てて、語った。
「朝顔のヘンリブルーという種は天上の青とも称されるのですよ」
「わぁ〜、そうなのぉ〜?」
 マリオンの教えてくれた事に蘭はきゃぁー、と嬉しそうに微笑んだ。
 そして風鈴の音色がちりーん、ちりーんと鳴る下で網戸を開いて空を見上げる。
 どこまでも抜けるような蒼い空。
 でもちょっと失敗。
 蒼い空を見上げたせいで夏の炎天下の日差しが直にきて、ちょっと立ちくらみ。
「う〜、暑いのなの〜」
 マリオンはくすくすと笑いながら、
「じゃあ、早く食べましょう」
 と言いながら蘭の肩に片手を回して彼を支えると共に網戸を閉めた。
 がしゃ、何かが潰れたような音がしたのはその時。
 蘭とマリオン、二人して顔を見合わせて、そうして音がした方を見た。
 そこに、変な生物が一匹。
 何やら丸っこいのが網戸に張り付いていた………。



 蘭とマリオン、それから顔に網戸の痕をつけたスノードロップの花の妖精、スノードロップ。
 網戸の痕を顔につけながらアイスクリームを食べるスノードロップを見ながら蘭もマリオンも笑っていた。
 何もそんなにもしなくっても。そこまでして食べたかったか、食いしん坊さん。
 えへへへへ、と頭を掻くスノードロップにマリオンはくすりと笑うように肩を竦め、蘭もえへへへと笑う。
 太陽に熱しられた大気の香りをふんだんに孕んだ風は網戸をすり抜けて風鈴を鳴らし、
 そのちりーん、という音色に冷やされるように温度を下げて、
 そして甘い香りに染められる。
 バニラアイスクリームの甘い香り、プリンやフルーツの香り、お腹がすくような甘い香りはどこか気分を高揚させて、優しい気持ちにさせる。
 戦争をしている人たちのところにはお菓子の山を贈ると良い。そしたら皆が美味しくお菓子を食べて仲良くなれる。蘭は本当に心からそう想った。
 甘いアイスクリームは口の中で溶けて、冷たさと一緒に幸せな気持ちが身体の隅々まで広がっていく感じ。
 スプーンでアイスクリームをすくって、口に運ぶ度に蘭は幸せな甘い気持ちでいっぱいになった。
 なんだか自分がアイスクリームになってしまったよう。
「ご馳走様でした、なの♪」
「ご馳走様でした」
「でし」
 三人で手を合わせて行儀良く感謝の言葉を口にし、
 そして幸せな気分のままテーブルに突っ伏す。
 ちりーん、夏の風にクマさんの風鈴が鳴る。
 アイスクリームを食べて身体のうちから冷えたためか心無し夏の気温が下がったような気がした。
「運が良かったでし」
 にへら〜と笑いながらスノードロップが言った。
「お空のお散歩の最中だったのでしよ。そしたら呼ばれたんでし」
「呼ばれた? アイスクリームの甘い香りに?」
「違うんでし、マリオンさん。あの朝顔さんにでし。はて、どなたがわたしを呼んでくれたんでしかね?」
 オリヅルランの化身とスノードロップの花の妖精は一緒になって朝顔の花ひとつひとつに話しかけていた。
 その光景を見ながらふむ、とマリオンは腕組みして考える。
 3時間前、彼はその3時間後の未来からやって来た。その彼が来た時間はあともう30分後の世界だ。
 これはそのまま30分後にこの蘭が、そこへやって来たこの時間のマリオンを過去へ行かせる事でそのマリオンと交代で入れ替わってこの時間軸に居る事になるのか、それともこの時間軸から自分の居た時間軸に戻る事になるのか。
 そもそも何故蘭は自分に過去へ行け、と言ったのか?
 その理由がまだ定かではない。それは本当に大切な事。
 さて………
「うわーい、朝顔の妖精さんなの〜〜〜」
 どうやらオリヅルランの化身とスノードロップの花の妖精は朝顔の花の妖精を召還する事に成功したらしい。
「このラッパを吹くのなの?」
 ――――あっ、
「ちょっと待ってください、蘭さん」
 マリオンがそう言った声と、ラッパの音が重なった。
「ふに?」
 朝顔の形をしたラッパを口に当てたまま蘭がマリオンを振り返って見て小首を傾げる。
 瞬間、世界は一変した。



 夏の熱気と香りを持った大気はさわりと変わっていた。
 瑞々しい空気の香りは新鮮で清浄な水の香りを孕んでいて、それが体感させる温度もまるで真夏日にプールの中に潜っているような心地良い温度を保っていた。
 そこは花の妖精の国。
 朝顔の国。
 大きな朝顔の花が咲き乱れる街に、三人は居た。
「わぁー、なの〜。朝顔のお花さんの国なの〜」
「これはまた、なんとも」
 オリヅルランの化身が象っている年頃の男の子に相応しい蘭の喜びようは本当に見ていて微笑ましく、それはどこか初めて行った遊園地で、そこのマスコットキャラクターたちのパレードを初めて見た子どものような喜びようだった。
 それはスノードロップも一緒。
 朝顔の花の国に居る朝顔の花の妖精たちが何やらハロウィンの時のように色んな格好をしているのはそれはきっと、朝顔の花の花言葉に仮装があるからだろう。
 喜ぶ蘭は今にもこの朝顔の花の国を走り回りそうな勢いだった。
 だからやんわりとマリオンは保護者らしく蘭の右手を繋ぎ、スノードロップは主に倣って右肩に座らせる。
「ふに?」
「見知らぬ国で迷子さんになったら大変です」
「うん、なの♪」
 つまり一連の会話から察すると、蘭がこの朝顔の世界に迷い込んでしまうのは規定事項だったのだろう。
 その前兆がスノードロップが聞いた朝顔の声だったのかもしれない。
 そしてこの事態は蘭にとってはよろしくない事で、それでそれをどうにか解決するには自分が居ないといけない訳で、だから未来の自分は蘭に3時間前の過去に戻れ、そう言ったのかもしれない。
 過去の自分が未来の自分に宿題を残すのはよく聞く事だし、する事だが、よもやこんな宿題を未来の自分から渡されようとは。
 マリオンは苦笑して、左肩だけを竦めた。
「さてと、それで蘭さんとスノードロップさんに質問なのですが、朝顔の妖精さんを召還した時にその妖精さんは何か言っていませんでしたか? えっと、この状況の説明とか?」
「ふに?」
 小首を傾げてスノードロップと顔を見合わせる蘭。
 それから嬉しそうに背伸びして言った。
「えっと、私たちを助けて、って言ってたなの〜ぉ」
「え?」
 助けて、とはそれはまた………
 ――――とマリオンが想った瞬間に、
 何やら街の真ん中にあった巨大な木に巻きついていた朝顔の花が巨大な掃除機のように朝顔の花の妖精だけを吸い込んだ。
「わぁ〜、大変なのぉ〜〜〜」
 ボーイソプラノが我が事のように悲鳴をあげる。
 マリオンも下唇を噛んだ。
「いけませんね」
 さすがに吸い込まれた先がわからなければ朝顔の花の妖精たちを救えない。
 蘭は自分に助けを求めて手を伸ばしてきた朝顔の花の精の手を握ろうとしたが、しかし、
「ふに?」
 その朝顔の花の精の手は蘭の手を、いや、蘭の手が朝顔の花の精の手をすり抜けてしまった。
 それは、
「幻影です、これは、蘭さん」
 マリオンは周りを見回す。
 そこは確かに朝顔の花の国で間違いない。しかし最初からそこには誰も居なかった。見えていたのは幻だったのだ。
 では誰がその幻を見せていたのか?
 決まっている。つまり、加害者か被害者のどちらかだ。
 そしてだからここにはそういう状況があるという事。
 蘭とマリオン、自然に二人の手に力が篭った。
 果たしてその場に現れたのは、
「がぉ〜」
 小さな子鬼。
 しかもどこか眠そうな。
 …………。
「わー、赤鬼さんなのぉー」
「うーん」
 蘭は大喜び、
 マリオンは少し微妙に困った顔をした。
 蘭は赤の子鬼に言う。
「僕、絵本読んだの〜。それで決めたのなの。絶対に赤鬼さんと会ったら僕が青鬼さんの代わりに赤鬼さんのお友達になるのってなの。持ち主さんにも了解済みなの〜」
 目をらんらんと輝かせながらそう言う蘭。
「おれは凄く悪い赤鬼だぞー。朝顔の花の精みたいに吸い込んじゃろうかー」
 両手をあげて、がぉー、と大きな口をあけて、赤の子鬼は言った。
 蘭ははぅ、ととても哀しげな顔をして、
 赤の子鬼はマリオンを見た。
 何故かスノードロップまでも………。
 マリオンの微妙な苦笑いが今度こそ苦笑に変わる。
「えっと、何で、そんな悪い事をするんですか?」
 ―――微妙に気を遣ってしまい、マリオンはどこかぎこちなく大悪党を前にしてかのような声音で言った。
 それに気を良くしたのか、赤の子鬼は偉そうに胸を反らして、
「朝顔がこのおれ様に意地悪をしたからだ」
「意地悪はダメなの〜。でもそれに意地悪で返すのもめっ、なの!」
 幼い子どもを叱るような感じで、だけどどこまでもかわいらしく蘭は言った。
 マリオンも穏やかに肩を竦める。
「本当に朝顔の花は赤の子鬼君に意地悪をしたんですか?」
「なの?」
「でし?」
 覗きこむ三人に赤の子鬼は頷いた。
 赤の子鬼は青の朝顔が見たくって、それで人間界で一番に綺麗にそれが咲いている蘭の所に行ったのだが、しかし蘭の前ではすごい綺麗に咲いていたのに、赤の子鬼の前だと直ぐにしぼんじゃったらしい。赤の子鬼はせっかく早起きしたのに。
「ふに?」
 蘭は不思議そうに顔を傾げる。
「そういえば僕も不思議に思っていたのなの。青の朝顔の花さんだけは今日は早くしぼんでたのなの。他の朝顔の花さんはずっとまだ綺麗に咲いていたのになの」
 ふむ。それは確かに謎です。
 マリオンは腕組みして考え込んで、そういえばと気がついた。
 赤の子鬼はずいぶんと眠たそうにしていた。
 そしてこの赤の子鬼自身が言っていたではないか、
 ――――すっごく早起きしたのにさ。
「赤の子鬼君はいつもどれぐらいの時間に起きていますか?」
 そしてマリオンは聞いた答えに納得いった。
「なるほど。赤の子鬼君はいつもお昼近くまで眠っているのですね。それで謎は解けました」
「ふに? どういう事なの、マリオンさん」
 不思議そうに小首を傾げた蘭。
 さらりと揺れた新緑を思わせる髪の下にある顔は本当に不思議そう。
「答えは簡単です。青の朝顔さんは勘違いをしたんですよ。いつもお昼まで寝ている赤の子鬼君が起きて自分を見ていたから、ああ、今はお昼なんだ、って。だから別に赤の子鬼君が嫌われている訳では無いんですよ」
 右手の人差し指一本立てて優しく事の真相を説明してくれたマリオンに蘭は嬉しそうに万歳をして、
 スノードロップもそれに倣って万歳をした。
「万歳なのー」
「でしぃー」
 赤の子鬼だけが目をパチパチと瞬かせている。
 そして赤の子鬼はあわあわと慌て出した。
 元から赤い顔をさらに赤くして、
「えっと、えっと、その朝顔のラッパを一回鳴らすとこの世界に入ってきて、もう一度鳴らすと、今度はあの朝顔に吸い込まれて、それで三回目を鳴らすと今度はあの朝顔から出られるから。だけど早くしないと朝顔の中に閉じ込められちゃうから、気をつけて」
 顔をくしゃっとさせながら赤の子鬼はそう言って、消えて、
 それで慌てて蘭は、
「明日の朝も僕のお家に来てなのー。約束なのー」
 それで一緒に朝顔の花を見ようね。
 ぽんとマリオンは蘭の小さな肩に手を置いた。



 さてと、それでは次は朝顔の花の救出作戦。
 蘭は言われた通りに朝顔のラッパを鳴らして、朝顔の花の精たちを逃がし始めました。もちろん蘭とマリオンとでちゃんと事の真相を説明するのも忘れません。
 朝顔の花の精たちもちゃんとそれをわかってくれました。
 そうして最後の青の朝顔の花の精を逃がす時、青の朝顔の花はぺこりと蘭とマリオンに頭を下げました。
「私のせいでごめんなさい。私ったら本当にそそっかしくって」
「ううんなのー。気にしなくっていいのなのー」
「そうですよ」
 二人にそう言われて救われたように青の朝顔の花の精は微笑んで、
「蘭さん。今朝も私をとても綺麗に描いてくれてありがとう。明日の朝もちゃんと綺麗に咲くから、また見てね。皆で」
「うんなのー♪」



 そうして最後の青の朝顔の花の精も出て行って、最後は蘭にマリオン、スノードロップが逃げ出す番と来たところでしかし、
「はわぁ、朝顔の出口が閉まってしまったのなのー」
「でしぃー」
 蘭とスノードロップの二人でおろおろ、あわあわ。
 どうしよう、どうしよう、閉じ込められちゃった。
 そんな風に蘭とスノードロップが困ってる傍らでマリオンはくすくすと笑い出した。
 不思議そうに蘭とスノードロップが自分を見ているのに気がついて、マリオンは両手をあげる。
「いえね、3時間前の私がどうして蘭さんに3時間前の蘭さんの所に行くように私に言うように命じたのか、その理由がようやくわかったので」
 そう。答えはこのため。
 もしもここにマリオンが居なければ、蘭とスノードロップは永遠にこの朝顔の花の中に閉じ込められたまま。だけど自分が居れば、ね。
 どこか上品な血統書付きの猫のように双眸を細めて笑うマリオンは右手で蘭の手と、左手でスノードロップの手と繋ぐと、空間を渡る能力を使った。



【ending】


「じゃあ、蘭さん、これから来る私に3時間前の蘭さんの所に行くように言ってくださいね」
 そう微笑みながらマリオンは蘭に言って、
 それから自分が居た時間軸に戻った。



 その次の日の午後。
 お昼ごはんを食べて、ちょっとの休憩のつもりが皆で川の字になって横になっている間に睡魔の訪れによって負けてしまう。
 くすり、と笑った彼女が蘭とマリオン、並んで寝ている皆に大きなタオルケットをかけて、
 そして網戸から吹き込んでくる風はクマさんの風鈴を鳴らすだけではなく、テーブルの上の観察帳のページも悪戯めいた動きで捲らせた。
 開いたページ、そこに描かれていたのは、約束通りに皆でとても綺麗に咲いている青の朝顔の花を幸せそうに見ている風景でした。


 →closed


 朝顔の花の花言葉:愛情・はかない恋・平静・固い約束・愛着・愛着の絆・仮装
 所縁の日 6月25日 8月1日 8月6日


 ++ライターより++

 こんにちは、藤井蘭さま。
 いつもありがとうございます。
 こんにちは、マリオン・バーガンディさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 ご依頼、ありがとうございます。


 藤井蘭様へ。
 今回、蘭さまにご発注していただけてすごく嬉しかったです。
 やはり蘭さんはすごくかわいらしいですよね。
 一筆一筆書かせていただくたびにかわいらしく動いたり、しゃべったりする蘭さんが自然に想像できて、すごく嬉しくって、楽しかったです。^^
 いつも蘭さんの納品物のイラストも拝見させていただいているのですが、どれもすごく可愛らしかったり、綺麗で、やはりオリヅルランの化身なだけにマイナスイオンパワーが感じられて。(^―^)
 だからもう本当に自分で書きながら、蘭さんのかわいさにくぅー、と来ている感じでした。
 赤鬼のお話は絶対に蘭さんならこう言うかな、と私のイメージで。
 上手くご希望のノベルに仕上げられているといいのですが、いかがでしたでしょうか?
 もしも添えていましたら本当に嬉しい限りです。^^


 マリオン・バーガンディさまへ。
 今回はマリオンさんは優しい保父さんのイメージで。^^
 ご指定がほのぼのとしたお話でしたので、ほのぼのとしていて、どこか童話風で、児童文学のような、それでいて東京怪談にしっかりとなっている、という千紫万紅の感じを出すためにもほのぼのミステリーな部分を演出したくって、それでマリオンさんの能力の一つを冒頭で使わせていただきました。
 結構この出だしは自分でも気に入っていたりします。^―^
 マリオンさんの後半部分での名探偵な感じもすごく好きだったりします。^^
 ちなみのこの朝顔の花の冗談話は朝顔の花物語の一つだったりします。^^
 最初の部分での容器などを取りに行く前のマリオンさんだけが納得したお話は、仕事を終えて、それで屋敷でちょっとぶらぶらとしていたらメイドさんに何か言われたらしいです。
 でもそのマリオンさんはその事をまだやっていないので、?マークの海に沈んでいたのですが、それで納得いったって。(笑い
 時間パズル、PLさまお二人に喜んでいただけていましたら幸いです。(^―^)


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。