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<東京怪談ノベル(シングル)>


 真夜中のハイキング

 その日も草間は一人で事務所にいた。一人で留守番…つまり、居留守は使えない。そんな日に限って、厄介なコトはやってくるものだ。
 草間はドアの向こうに立つその少年を見た瞬間、見なかったことにしてドアを閉めてしまいたい衝動に駆られた。
「なんですか?その顔は。滅多に来ない貴重な客だって言うのに」
 あからさまに歓迎していない表情を浮かべる草間に、訪問者…桜井瀬戸はわざとらしく唇を尖らせた。
「滅多に来ない、は余計だ。それじゃあな。俺は忙しいから他を当たれ」
 そっけなく言ってドアを閉めようとするも、高校生にしては強い力でそれを阻まれる。
「いたいけな高校生の頼みを、聞きもしないで断る気ですか」
「いたいけな高校生はこんな強引なことはしない。もう一度人生を勉強して来い」
 草間とて、だてに探偵業をやっていない。負けじとドアを閉めようとするが…若さには勝てないのだろうか、なかなか振り切れない。
「話くらい聞いてくれたっていいんじゃないですか?」
「い〜や、聞かなくてもわかる。お前の頼みはろくなモンじゃない。この前だってお前に付き合ったせいで妙な評判が立ってしまった」
「可哀相な妖怪を一匹救えたんだ、ちょっとくらいの噂くらい我慢しろよ大人だろ」
 ドアを挟んでの、静かなながらも激しい攻防。二人の力に、あまり立派でない草間興信所のドアはそろそろ悲鳴をあげ始めていた。
「ホラ、ドアが壊れちゃいますよ?大人しく手を放して、俺の話を聞いてください」
「お前が放せばコトは全て丸く収まる。大体なぁ、今何時だと思ってる?高校生は学校行ってる時間だろうが」
「勉強よりも大事なことが世の中にはたくさんあるんです!」
「学生には勉強が全てだ!」
「大人がそんな態度だから!受験戦争に負けた子供たちが非行に走るんだ!少年犯罪の温床は、学歴重視の大人社会にこそ根付いている!」
「それとこれとは関係ないだろう!大体なんだ、そのお前が言う『勉強よりも大事なこと』ってのは!?」
 そう言った途端、珍しく桜井がわかりやすいくらいにニヤリと笑みを浮かべた。そう、ニヤリと。しまった、と思ってももう遅かった。
「わかりました、話しましょう。『勉強よりも大事なこと』について。そのために俺はここへ来たんですから」
 やっと彼の手がドアから離れたが、もはや草間にはドアを閉める元気はなかった。




「UMA!?」
 その単語が出た途端に、深い深い皺が草間の眉間に刻まれた。けれど桜井は、そんな彼のあからさまな態度を気にも留めずゆっくりとうなずいた。
「Unidentified Mysterious Animal…略してUMA。俺は今からソイツを捕まえに行こうと思ってるんです」
 Unidentified Mysterious Animalとは謎の「未確認生物」のことで、それぞれの単語の頭文字を取ってUMA(ユーマ)と呼ばれている。これはあくまで「未確認」生物のことであり、まだきちんと確認はされていないけれど存在していてもおかしくはない、存在の可能性がある生物のことを指している。一般的なものでいえばネッシー、ツチノコ等がその典型だ。
 草間が普段付き合わされている、オカルト的な事件の数々を思えばUMA探索などは比較的現実味のある話ではあるが…。気乗りしないのも事実。だって、あまりにくだらない。
「桜井少年よ、お前はUMAを信じてるのか?」
「?」
「ネッシーの例の写真は捏造だったと既に証明された。他の生物にしたって、単なる見間違いって可能性がでかいだろう。幽霊の正体見たり…って奴だ。そんなくだらんモノを信じてるのか、お前は?」
「…………」
「情けないぞ、桜井少年。やっぱりお前には全体的に学力が足りていないんだ。こんなところでそんなくだらんUMAについて語る暇があったら少しでも真面目に勉強をだなぁ…」
 滔々と説教を垂れ始める草間。そんな彼の前に、桜井はおもむろに一枚の紙を出した。それはどうやらテストのようで…その点数は到底、おちこぼれと言われるようなものではなかった。
「これでも、俺の学力は足りない?」
「…………」
「別に俺だって、ただ闇雲にUMAを捕まえたいと言っているわけじゃないですよ」
 そう言って、彼は今度は一冊の雑誌を出した。いかにもオカルトマニアやSFオタクが喜んで購読していそうな…表紙からしてなんだかやばそうな雑誌。
「…こんなの読んでるのか、お前…」
「たまにね。…ああ、ココ」
 その記事はUMA特集。世界各地で目撃されたUMAの一つ一つについて様々な学説が展開されている、妙に小難しいページだった。チラッと見ただけで頭が痛くなってきそうだ。
 桜井が指すのはそのページの最後のほう…小さなコーナーだった。
「なになに…『UMA目撃情報求む。写真・実物大歓迎!情報提供者には賞金……100万』!?」
 思わず声が裏返った。桜井を見れば満足そうにうなずいてみせる。
「俺はちょっと小遣いがもらえればそれでいいし…そうだな、80万くらいは草間さんにあげるよ」



 そんなわけで。
 気が付けば二人はUMA捕獲作戦を実行すべく近所の山まで足を伸ばしていた。草間の前方を歩く桜井は、表情はいつも通りの無表情だったけれどその軽やかな足取りがどれだけ期待しているかが伺える。一方草間はといえば…金に目が眩んで二つ返事で同行を引き受けた自分を激しく後悔していた。
 自分一人でいなければ、目先のお宝に心奪われかけた所を押さえてくれただろうに…と考えて、やっぱりこうなっていただろうなと思い直す。草間興信所の職員は、草間を除いてこういうちょっとオカルトチックなことが大好きだから。きっと嬉々として参加していただろう。つまりは、どうあっても彼と共にこうして山に分け入っていかなければならなかっただろう。草間は力ないため息を吐くほかなかった。
「お〜い桜井くんよ、お前そんなドンドン進んでるけど、アテはあるのか?」
 まるで目的地があって、そこに向かって突き進んでいるかのように歩いていく桜井の背中に草間が声をかける。探し物をしているときは普通、見落としがないように慎重に進むものではないだろうか?けれど桜井は平然と言い放つ。
「大丈夫ですよ、さっきから俺の霊感アンテナがビンビン反応してるから」
 別に髪の毛の一部が立ち上がっていたわけではないが、確かに何かを感じ取っているかのように進んでいく。
「あのな、UMAってのはオカルトの類じゃないんだぞ。妖怪だとか幽霊だとか、そんなんじゃないんだぞ。お前の霊感アンテナに引っかかる時点でそれはもうUMAじゃないだろ」
「そんなの、霊感アンテナに引っかかるUMAだっているかもしれないじゃないですか。このアンテナは俺みたいに強い霊感持ってる人間にも反応しちゃうんですから」
「じゃあ今反応してるのも霊感強い人間かもしれないな」
「草間さん、そんな夢のないことばっかり言ってるからもてないんですよ」
「…………」
 じゃあお前はもてるのか、と突っ込みたくなったが墓穴を掘りそうな気がして止めておく。しばらく進んだところで、突然桜井が足を止めた。不思議に思って近付けば、何やら一点を凝視している様子。その視線を辿ると…そこには、不安定に輝きながら宙に浮かんでいる不思議な楕円形のモノ。それはユラユラと、どんどん山奥へと飛んでいく。
「ユ…UFO…?」
「いや、違う。あれこそUMAだ!」
 どう見てもアレはUMAというよりはUFOなのだが…桜井はそんな草間の突っ込みには全く耳を貸さず、かすかに目を輝かせてその光の後を追った。
「お、おい!」
 こんな山奥で見失っては大変だ。草間も慌ててその後を追った。



 光る円盤UMAを追ってきた桜井は、それが山中の少し開けた空間に飛んでいくのを遠くから観察した。その開けた空間を中心に、かなりの量の反応が彼の「霊感アンテナ」にあったからだ。何かはわからないが、そこに何かがたくさんいることは事実。とりあえず手にした虫取り網を握りなおして、そっと様子を伺った。
「……………」
 円盤は開けた空間の、ちょうど真ん中辺りに来たところで前進をやめた。フワフワと浮かびながら何度か瞬く。それはまるで、モールス信号のようにも思えた。
 しばらくして、周囲の草むらがガサガサと音を立て始める。その音が激しくなるにつれて、アンテナの反応が強くなった。
『…来るか…?』
 体中を緊張させながら時機を待つ。桜井の緊張が一気に高まったとき…ソレは現れた。
「!?」
 ピョン、と草むらから飛び出したのは、身の丈30センチくらいだろうか、小さな小さな人間…小人たちだった。皆色違いのとんがり帽子を被って、大きな目をクリクリと動かして、円盤の来訪を歓迎している。ピョンピョンと跳ね回ってはしゃぐその姿は、なんとも愛らしいものがあった。
「………」
「見つかったのか?桜井少年」
 やっと追いついた草間は桜井の様子を見て首を傾げ、次いでそこにいる生き物達を見てははぁ、と笑った。
「なるほど、アレを見つけたのか」
「あれは…なんですか?」
 想像していた、期待していたモノと違っていて少々放心状態の桜井。
「多分…ドワーフだとかノームだとか、そういう妖精の類じゃないか?この山の、さ」
「………」
 円盤は妖精たちのはしゃぎっぷりに気を良くしたのか、さっきまで淡かった輝きをより鮮やかなものに変えた。キラキラと輝きを放って、彼らの踊りを演出している。それはまるで…童話の1シーンを再現しているかのようで…心が洗われる光景だった。
「まぁ…これもUMAの一種、と言えるかもな」
「…そうですね…」
「捕まえるか?100万円」
 ニヤッと笑いながら問う草間には、もちろん桜井の返事はわかっていた。
 案の定桜井は微笑んで首を横に振る。
「こんな可愛いの、捕まえちゃったら勿体無いですよ」
「そうだな」
 二人は微笑み合い、そっとその場を後にした。
「さぁて、それじゃ帰るか」
 軽く伸びをしながら、仕事は終わったとばかりに草間が言うと、桜井はキョトンとした表情で見返してきた。
「何言ってるんですか?UMAも見つけてないのに帰るわけないでしょう」
「え、でももう暗いぞ…?」
「一日くらい野宿しても死にませんよ。大丈夫、食料は持って来てますから」
 ニッコリと笑って背中のリュックを指す桜井を…草間は一瞬本気で呪ってやろうかと思った。



「やっぱり…ゆとり教育はよくない…他人を振り回しても全然平気なんて…大人をなめきってるとしか思えない…ゆとり教育の弊害だ、うん」
「何一人でごちゃごちゃ言ってるんですか?先進みますよ〜」