コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


情熱を茸に


 守崎・啓斗(もりさき けいと)は、じっと机の上に置かれている紙を見つめていた。巻物と墨という組み合わせは、今から必殺奥義方法でも書くのではないか、と思わせられる。啓斗の緑の目は真剣そのもので、じっと思い悩んでいる姿が伝承者に向けてのメッセージを書き始めるのでは、と思わせる節があるというのも要因の一つだが。
「……きゃさりん」
 ぽつり、と呟いたのは、必殺奥義名ではなく自棄に気の抜ける名前だった。それもその筈、きゃさりん、とはつまり茸の名前なのだから。
「いつもこうして手紙を送っているだけでは、なかなかこちらに来ようという気は起きないのかもしれないな」
 啓斗はそう言い、机周りを見回す。机の上には、巻物と墨と筆。周りには「乙女に向けてのメッセージ」やら「ハートを掴め!女心にぐっと来る台詞100選」やら、不可思議な名前の本が数冊。絵の具と画用紙という、絵画のための道具などもある。
 そんな真剣な顔で悩む啓斗の背中を、じっと見つめる存在があった。守崎・北斗(もりさき ほくと)だ。彼は悩み続ける兄の背を見、哀しそうな青の目をしてため息をつく。
「兄貴……」
 ぽつりと呟き、そっと目頭を押さえる。泣いてなどいない。ただ、目頭を押さえたくなっただけなのだ、と自分に言い聞かせる。机の上の本が痛々しいなどとは、決して。
「……そうか、絵だ!」
 ぐっと啓斗は拳を握り、はっとした表情で言い放つ。
「相手は茸。どれだけ乙女心を持っていようとも、かなりの良い値で売れるだろう事が容易に想像できる茸だ」
 気になる台詞がちらり。
「ならば、言葉などそこに必要か?否、必要ではない」
「それ以前の問題だと思うけど」
 北斗の呟きは、啓斗の情熱にぺいっと飛んでいく。
「大事なのは、興味を引く事。この家に興味を持たせ、やってくる。そうして……」
 ふっふっふ、と啓斗は笑う。拳は強く握り締められており、そこに込められた啓斗の意気込みを感じる事ができる。
「家計簿黒字が達成される!」
 どんっ!
 そのような擬音が飛び出てきそうなほど力強く、啓斗は言い放つ。
「俺、そんなに兄貴を追い詰めてっかな?」
 北斗が呟く。啓斗がキャサリンを出荷しようとしているのは高く売れると踏んでいるからであり、高く売ろうとする裏には守崎家の家計を潤そうとする気持ちがあるからだ。そして、その枯渇状態を生み出しているのは他ならぬ北斗である。
 いや、正しくは北斗の食欲が。
「一度、この家に石突を踏み入れたが最後だ。きゃさりんの元となる胞子を大いに放出させ、繁殖。綺麗に飾って、市場にいる他の茸なんて目ではないくらい美しく目立つようにしてやる」
 啓斗は明らかに怪しげな自らの計画を語り、小さな声で「高く売れる筈だ」と付け加えた。
 それを見て北斗は「いやいや」と首をゆるりと振る。
「俺の所為だけじゃねぇか。兄貴、キャサリンを如何に高く売るかにかけてるし」
 キャサリンの放つ、炎の胞子の如く。啓斗の心は燃え上がっているのだ。
「となると、やはり絵か。言葉で表現するよりも、絵で表現して相手の興味をひく」
 完璧だ、と啓斗は呟く。名案だ、とも。
「そんな事で、キャサリンは来ないんじゃねーかな?」
 今度は啓斗に聞こえるように、北斗はぽつりと突っ込む。だが、啓斗の耳には届かない。自らが思いついた素晴らしき案に夢中である。
(兄貴、それ名案じゃなくて迷案)
 北斗はびしっと心の中で突っ込む。すでに現実世界で突っ込んだとしても、たいした成果はあげられそうに無い。
「絵、といえばこの季節……カタツムリとかか?」
 ぽつりと呟き、すぐに啓斗は「いや」と否定する。
「カタツムリなんて、茸を食べるかもしれない。となれば、きゃさりんの天敵ともいえる。そのようなものを書いてしまっては、興味も何もない!」
 一見、キャサリンの為を思っていっているような台詞。だが、その裏にはちゃっかり「茸捕獲」という目的がある。
 北斗は思わず「兄貴」と言う。言わずにはいられなかった。
「きゃさりんに似合うものを描くのが一番だろう。そう、たとえば」
 啓斗はそう言って、ゆっくりと窓の外を眺める。夏の近い外は、太陽がじりじりと照っている。
「そろそろ、スイカの季節だ」
 ぽつり、と呟く。年中食糧難である守崎家では、庭にちょっとした家庭菜園がある。全ては膨大な胃袋を持つ北斗の為に作られたものなのだが、今は茄子ときゅうり、そしてスイカが大分大きくなってきていた。
「その内、収穫もできるだろう。上手く行けば、市場に出せるかもしれない」
 啓斗はそう言い、最後に「一緒に」と付け加える。
「え?兄貴、今何ていった?」
 怪訝そうに聞き返す北斗に、啓斗はぐっと拳を握る。
「スイカの緑と黒、そして中は赤と言う『ふぁっしょなぶる』……っていうのか?まあいい、そういう色!」
「ファッショナブルって……何処で覚えてきたんだ?」
 冷静な突っ込みは、啓斗の意気込みにもみ消される。
「そんなスイカの隣に、きゃさりんが並んだらどうだ?」
「どうだって……単なるスイカと茸だと思うけど」
 北斗がいうと、啓斗はゆっくりと頭を横に振る。
「違う、違うぞ。きゃさりんの赤がさらに冴え渡り、さらに高値が期待できるかもしれない」
「そ、そうか?」
「そうだ。よし、ぜひともこの思いを手紙に託さなくては」
 啓斗はそう言い、葉書にスイカの絵を描き始める。北斗は「ええと」と言いながら口を開く。
「一応いっておくけど、そのまま書いたらキャサリンは来ないと思うぜ?」
 びく。
 スイカを描いている啓斗の身体が、ぴくりと揺れる。
「もっと隠さないと、警戒するんじゃねーか?市場に出すだなんてさ」
 啓斗は小さく「ふむ」と呟き、小さく笑う。
「では、一緒に食べるとでも書いておこう。そうすれば、油断するかもしれない」
(あの茸、スイカとか食べられるっけ?)
 冷静な突っ込みは、あえて口にしない事にした。再び「じゃあ、市場に出すで」と言われては悪化の一途をたどるだけである。
「ついでに化粧箱も送られたらいいんだが」
「化粧箱?そんなん、どうするんだよ」
「当然、きゃさりんを展示するに決まっているじゃないか。……既に、製作は終わっている」
 啓斗はそう言ってちらりと部屋の隅を見た。その目線をたどり、北斗もそちらに目線をやる。
 ちょこん、と置いてあるのは木で製作した化粧箱だった。体長約30センチと言うキャサリンの身体に合わせたような、綺麗な出来上がりである。
 北斗は何故か目頭がまた熱くなったため、思わずぐっと目頭を押さえる。
「スイカの隣にはきゃさりんを描こう。……なかなかいい出来だ」
 うんうん、と啓斗は頷く。北斗はそっとその葉書を覗き込む。
 左に緑と黒のスイカ、右に赤い傘のキャサリン。
 確かに上手くかけていた。絵の具を使って、味わいのある塗り方をしている。絵葉書としては素晴らしい出来だ。
 それを見て、北斗は目をごしごしとこすってしまった。見間違いならばいいのだが、と何度も思いながら。
「スイカ:1000円、きゃさりん:時価」
 そう書かれた値札が、それぞれの絵にくっついていたのである。勿論、見間違いではない。何度も何度も目をこすり、確認したのだから。
 北斗は啓斗を見る。なんとも誇らしそうに、絵葉書を見つめている。内容も嬉しそうに書き始めている。
「痛んでないか?スイカと一緒に市場に並べ……ではなく、一緒に食べてみないか?むしろ収穫から一緒にしよう。よって、家に来ればいい。何、おめかしをする必要は無い。おめかしならば、この俺が高く売れ……るかもしれないくらいしてやるのだから。プレゼントも用意している……」
 そのような内容を、啓斗は嬉々として書いていた。目は真剣そのもので、その奥に燃えているのは「高値取引」の文字。
 商売魂を感じる、素晴らしい絵葉書が出来つつある。
「兄貴……」
 本日、何度目かになる目頭の熱に、再び北斗は目頭を押さえる。勿論、泣いてなどいない。これしきで泣いてどうするというのだ。まだまだこれから、涙が登場する場面が出てくるのかもしれない。
 しかし、今はこのまま泣いてもいいのではないかとも思えた。
 嬉々として絵葉書を作成する啓斗、楽しそうな啓斗、商売魂がぎらぎらと燃え滾る啓斗……それは紛れもなく、自分の兄なのだ。どれだけ茸に情熱を燃やしていようとも、それは絶対に変わらぬ真理なのだから。
「綺麗にできた。……気に入ってくれると良いな」
 啓斗はあて先まできっちりと書き、満足そうに絵葉書を見つめる。こくこくと頷きながら何度も読み直し、そっと微笑む。
「これから、出しに行ってくる」
「あ、ああ」
 戸惑う北斗を他所に、啓斗は上機嫌でポストへと向かう。カタン、と音をさせて絵葉書を投函する。
「気に入りますように」
 啓斗はポストに向かってそう言い、ぱんぱんと手を叩いて拝んだ。ポストの赤がキャサリンの赤を思い出し、啓斗は今一度にやりと笑った。
 一人守崎家に残された北斗が、部屋の隅にある化粧箱とじっと対峙している事も知らずに。


 数日後、守崎家に一枚の葉書が届けられた。啓斗は郵便受けの中にそれを発見し、目を輝かせる。
「北斗、来たぞ」
「え?何が」
「返事だ。……自信作だったからな」
 ふっふっふ、と啓斗は笑う。北斗は先日書いた絵葉書の返事だと気づき、身体の奥底から出てきたため息を吐き出す。
 ドキドキと胸を躍らせながら確認すると、そこには石突がどん、どん、どん、と押してある。隣には、意訳がきちんと書かれている。
「葉書ありがと。嬉しい。スイカの絵も、綺麗だった。でも、隣でこーへーは泣いてた。震えながら。何て書いてあるのか聞いたけど、答えてくれなかった。今度教えてね」
 最後の方の文字が、ほんの少し滲んでいる。キャサリンの言葉を代筆しつつ、涙が溢れてきたのだろう。北斗は、そんな涙の主が哀れに思えて仕方が無かった。
「……よし、教えるから来るが良い」
 ぽつり、と啓斗が呟く。
「掴みはばっちり掴んだ。裏に書いた『時価』の文字が効いているようだったしな」
「人を泣かしてたけど」
 北斗がすばやく突っ込むが、啓斗の耳には届かない。
「ちゃんと教えてやるから、ぜひとも家に来させなければ。そうして『時価』の意味を、身を以って知らせてやらなければいけないな」
 啓斗はそう言い、キャサリンからの葉書を握り締めて再び机に向かい始めた。それに対する返事を書くのだろう。
 内容は、容易に想像がつく。意味を教えてやるから、家に遊びに来いというのだ。それがキャサリンの捕獲に繋がると信じて。
「兄貴……」
 キャサリンの傍で泣いている涙の主を思い、北斗はぐっと目頭を押さえた。素直に泣ける事が、羨ましくて仕方が無い。
 むしろ、泣いてもいいのではないかとまで思い始めた。
「家計簿赤字脱出も近いな」
 啓斗の嬉しそうな呟きを耳にし、北斗はさらに強く目頭を押さえるのであった。


<茸に注ぐ情熱を思い・了>