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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


チェリー♪リップス

 唇に紅いチェリー。重ねてみれば南の味。
「ねエ、いいでしょ?」
 心に赤いシェリー。灯してみれば南の熱。
「お礼はするから、ネ?」
 心臓≪ハート≫に黒いカシス。湧き上がるのは南の渦。
「ソウ、ワタシの願いを聞いてればいいノ」
 迷路に導くよチェリー。光をかき乱すよチェリー。
「サア――イきなさい」


「あーもう、どうなってるわけえ?」
 叫び出したいのをこらえて、カスミは栗色の髪をかき乱す。
 昼夜を問わず鳴り響く携帯のせいで、ろくに休みもとれない。
 自慢の長髪に出来た枝毛を世界の終わりが来たように見つめながら、
 カスミはここ数日の出来事を思い返していた。
 ――「先生、私の後ろに誰かついてきてる。怖い、怖いよお」
 ――「先生、何か見られてる気がする。もしかしてストーカー?」
 ――「先生、助けて、なんか分からないけど――いやあ!」
 携帯の履歴を埋め尽くす電話は、それぞれ別の女子生徒から来たもの。
 彼女たちを付け回す相手は、すぐに見つかった。
 いや、正確には“現れた”。
 ――「オレ、なにをしたんスか。頭が痛くて、何がなんだか」
 ――「僕じゃない僕が、頭の中で命令して……う、うう」
 ――「お、俺、どうなっちゃうんですか? ねえ、ねえ!」
 彼女たちを襲った男子生徒たちは、その時の記憶を覚えていない。
 スクールカウンセラーの助言も仰ぎながら彼らの話を聞いた、その結果。
 ――「さくらんぼッス」
 ――「チェリー、そうだ、チェリーだ」
 ――「唇に、チェリーが……」
「チェリー……チェリー=陶子、かあ」
 この神聖都学園に、チェリーの名がつく生徒は一人しか居ない。
 米国人を母に持つ、ハーフの少女。成績優秀容姿端麗。非の打ち所のない学生。
 しかし、その生徒は一月前から学校に姿を現していなかった。
 理由は――イジメ。
 そして、今回被害にあった女子生徒たちは、同じ女の子グループに属していた。
 もし、チェリーがその女子生徒たちにイジメられていたとすれば、動機はある。
 ――しかし。
「あーもう、ただお願いしただけなら、記憶なんか飛ばないわよねえ」
 チェリーが何をしたのか、それがさっぱり分からない。
 催眠術かはたまた何かの魔術か――そういう方面にとことん弱いカスミにとって、
 それを確かめるのは実に気力の要る仕事だ。
 だから。
「ねえ、ちょっと調べてきてよ。お礼はするから、さ」
 眉を八の字にしたカスミは、貴方にそう願い出たのだった。

◎スタート

 盛大なため息が、神聖都学園の廊下に響き渡る。
「あんた、本当に教師か?」
「イジワル言わないで、ね、ね?」
 何度も何度もすまなそうに念を押したカスミは、次の瞬間にはさっと背を向け、もう用は済んだとばかりに歩き出している。
 その一見冷たさも感じさせる反応が、彼女の“怪異嫌い”から来ていることは彼も良く知っている。
 フン、と大きく鼻を鳴らすと――不城・鋼は頭の中で事件のあらましを思い出していた。
 襲われる女子、操られる男子。その間に現れる、“チェリー”。
 ただ、今のところ、“チェリー”と男子たち、そして女子たちをつなぐ線は見つかっていない。
 それに、もし“チェリー”が使ったのが怪異に属するものだとすれば、相手の危険だけではなく自身の危険にも関わる。
「ま、とりあえずは相手の出所を探さないとな」
 昔取った杵柄、指をポキリと鳴らした鋼は、神聖都学園の廊下を悠々と歩いていく。
 それを背後から見つめる、青い影に気づかずに。


「とは言ったものの……くそ」
 屋上のコンクリートにだらしなく胡座をかいた鋼は、昼飯代わりのカレーパンをもしゃもしゃと口に押し込む。
 昼の休みを利用し、足を使って証拠を稼ごうとした鋼のもくろみは、あっけなく崩れ去っていた。
「どうなってんだ、たく」
 喉につまりかけたパンをペットボトルのお茶で強引に飲み干すと、鋼はパンの包み袋をペットボトルごと放り出す。
 両手を枕に横になった鋼の上には、真っ青な空が広がっている。事実もこれくらいはっきり出て欲しいと切に願う鋼。
 証拠が集まらないのは、女子に広まった噂の為だった。
 ――ごめん、その話はできないの。
 ――やだ、私も襲われるのはゴメンよ。
 ――聞きたくない、聞きたくない!
 “チェリー”の話を聞き出そうとする女子たちは、一様に口を岩戸のように閉ざし、何も話そうとしない。
 いつもは太陽のように明るい彼女たちが隠れてしまっては、学校の雰囲気も重くならざるを得ない。校舎に漂う陰の気は、鋼には、更なる悪意を招く準備のように思えて仕方ないのだ。
「止めねえとな。悪い流れをぶっちり」
 決意を新たにし、腹に力を込める鋼。
 一息に起きあがった――鋼の眼前に、人影があった。
「うわ!?」
 驚きに再び倒れ込む鋼の顔を、その少女はのぞき込む。
 丸く見開かれた少女の瞳は、樹液にも似た焦げ茶色をしていた。


「ふむ、なるほどな」
 腕組みしてうなずく鋼の前で、少女はごっこ遊びの人形のように縮こまって正座している。
 桜子と名乗った少女は、鋼が起きあがるのを待つと、落ち着きなく視線をさまよわせながら呟いた。
 ――「わたし、見た」
 最低限の単語だけで構成された一文は、鋼を色めき立たせるのに十分だった。
 ただ、ひとつだけ問題があるとすれば。
「で、どうなんだ?」
「う……」
「――あ、すまん」
 ついいつもの強気な雰囲気で押してしまったのに気づき、鋼はわずかに前のめりになっていた姿勢を元に戻す。
 それを見た桜子は、青くなった顔を震わせながら、細かく息を吸っては、また吐き出す。
 鋼の経験に照らし合わせなくても――桜子は、全くといっていいほど人に慣れていなかった。
 それでも、小さな単語の組み合わせから、鋼はいくつもの情報をなんとか読みとる。
 曰く、“チェリー”はいわれのないイジメで傷ついていた。
 曰く、そんな“チェリー”に優しくしてくれた男子がいた。
 曰く、“チェリー”はその男子に対して好意を抱いていた。
 しかし。
「ぎ、逆は、なし」
「つまり、その男子は“チェリー”が好きじゃなかったってことか?」
「……うん」
 なぜか、その事を認める桜子は少し残念そうだった。しかし、桜子が“チェリー”の親友ならば、そういう事もあるだろう。
 そう軽く考えた鋼は、桜子の雰囲気が変わった事にも気づかずに、話の先を促そうとする。
「で、“チェリー”はそれからどうしたんだ?」
「……“みた”」
「見た?」
 “チェリー”が男子生徒に何かをしているのを見たのか、それとも――。
 桜子の口調には、多分に主観が含まれている。鋼にはそういう子がして仕方がない。
 わずかに感じた違和感が心の中でふやけていくのを感じながら、鋼は桜子を見遣る。
 指先を小刻みに震わせた桜子の口元から、ギリッ、と歯がきしむ音がした。
「お、おい?」
「みつめた、ねがった、しんじた――」
 桜子の口から放たれるいくつもの単語は、どれも明らかな悲哀を含んでいた。
 しとしと降る長雨のように、桜子の言葉は晴れの空を汚していく。
 まるでそれが、彼女の目的のように。
 次の台詞を予想しながら、鋼は、足に鉛を詰め込まれたように動けなかった。
 その顔をじっと見返して、桜子は、いや。
「だから、信じてもらっタのよ」
「お前が、“チェリー”……」
 先ほどまでとうってかわって悠々とした表情の“チェリー”は、両目に手をやると、薄いコンタクトレンズを外す。
 裸眼となったその目は、青々と輝いていた。
 空――いや、深海の青に等しいその深い色あいに、鋼は――ハッと目をそらす。
「どうしタの?」
「俺は、今までのやつとは違うぞ!」
 敵意むき出しに拳を握る鋼に、“チェリー”は紅色の唇をゆるく歪めて、胸の前で腕を組む。
 何かの術か――と警戒した鋼に対して、“チェリー”は目を伏せて祈るようなそぶりを見せた。
「な、なにを」
「おねがイ、助けテください」
 もはや襲われるか――そう身構えた鋼は、あっけにとられて上げていた腕を降ろす。
 両膝をつき、天に組んだ手を向けた“チェリー”は、多くの苦難を耐え続ける巡業者にも見える。
 闘争心の全く感じられない彼女のようすに、鋼はゆっくりと近づく。
 相手は、異能の手段を使う悪人だ――そう思っても、彼女の顔には全く悪意が感じられない。
 歩数にして、ほんの三歩。その間が、妙に長かった。
 一歩近づき二歩でかしずき、三歩で腕とり目を合わせ。
 大きく開かれた彼女の目。瞳に写るは鋼の姿。
 その視線が、すっと下がる。つられて視線を下げた先には。
 お互いの、赤い唇があった。
「ネ、おねがイ」
「お……」
 お願いなんて願い下げだ。たったその一言を、発することができない。
 視線は、“チェリー”のぷっくりとふくらんだ唇に釘付けだった。今まで誰にも触れられた事のないような初々しさと、見る者の余裕を失わせる、艶やかな光。
 形勢は、完全に逆転していた。組んだ手を解いた“チェリー”は、そっと、鋼の両肩に手をかける。
 “チェリー”の蠱惑的な唇が、そっと、鋼のそれに触れようと――。
「くうううう!」
 すんでの所で、鋼の身体が“消えた”。
 目標を見失い動きをとめた“チェリー”――その背後に、鋼の姿はあった。
 “四次元流格闘術”。見るからにうさんくさい名この武術は、空間への干渉ならば絶大な威力発揮する。
 とっさに振り返ろうとした“チェリー”を――鋼は、背後から抱きすくめた。
「あ……」
 “チェリー”よりも背の低い鋼の抱擁は、姉に弟がじゃれついているようにも見える。
 そう思えるほど“邪気”のない行為に――“チェリー”の目の奥が、フッと沈んだ。
「あ……わ、ワタシ、なにヲ」
「いいんだよ。あの男子たちも、みんな、お前が辛いって事をわかって受け入れたんだろ? いいんだよ、もう」
 “もういい”“いいんだ”。
 普通の人間が言えば、その台詞はわずらわしい小言にしか聞こえない。
 しかし、それを言っているのは――鋼なのだ。
「わ、ワタシ……」
「何もかも受け入れろ。受け入れる前に進んでちゃ、どうしようもないだろ?」
 励ましでも叱咤でもない、ただ、相手を受け入れ、包み込んでいくような言葉。
 その雰囲気に、“チェリー”の目に浮かんでいた険が、少しずつほぐれていく。
「な、前向けよ。向けるようになるまで待ってやるから、前向けよ」
「……うン」
 頷きの声には、涙の色が混じる。
 青い海の中より生まれた透明な雫は、鼻を伝い、唇に触れる。
 涙が染みた唇が――赤みを、落とした。
「もう、大丈夫だから、な?」
 ふわりと囁く鋼の声に――“チェリー”は、泣き崩れた。

「ごめんなさイ」
 しずしずと頭を下げる“チェリー”に、女子たちはその目に恐れを抱きながらも、“いいんだよ”と返す。
 彼女と彼女たちの関係が治るには、まだ長い時間が必要だろう。
 だが、その時間を引き延ばす悪しき技は、鋼の力によって取り除かれた。
 女子たちから別れた“チェリー”は、小さく鋼を手招きする。
「ん、どうした?」
「こレ……」
 渡されたのは、銀色の筒――口紅だ。
 鋼の手の平にそれを置いた瞬間、“チェリー”の表情が曇り空から青空へとぱっと変化した。
 “チェリー”にとっても重荷だったのだろう。その怪異の口紅は。
「よし、これで、あとは仲直りだけだな」
「……うン」
 ハキハキとした表情の鋼に比べて、“チェリー”はなぜか少し元気がない。
 いや、元気はあるのだ。ただ、それが妙に奥へ行っているような――。
「どうした?」
「う、ううン! なんでもなイ!」
 扇風機のようにぶんぶんと顔を回す“チェリー”に、鋼は苦笑するしかない。
 ともかく、厄介事はこれで全部片づけた。後はゆっくりするとしよう。
「じゃあな」
 “チェリー”に向かって背中で手を振り、鋼は学食へと向かおうとする。
「――ん?」
 その直前、何かが聞こえたような気がしたのだが、鋼は特に気にしなかった。
 そんな鋼を見続ける、頬を染めた“チェリー”。
「“シノブコイ”も、アリだよネ」
 彼女の呟きは、誰にも聞こえていない。誰にも。

 ――その姿を、鏡越しに見つめる影があった。
「残念ですねえ、今回ばかりは上手くいくと思いしたのに」
 クツクツ――と残念そうに嗤うナニカは、くるりと背を向ける
 その瞬間、廊下の中に風があふれ返った。
 驚く生徒たちが振り向く先には、誰もいない。
 そう、だれも。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼/ 男性 /17歳 /元総番(今は普通の高校生)

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■         ライター通信          ■
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 どんな相手も虜にする、魅惑の唇――。
 鋼君オンリーでお送りしました今回の話、如何でしたでしょうか。
 なにやら妙な絆が結ばれてしまいましたが、さてはて。

 それでは、また次のお話に。
 渚女悠歩