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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


ナニワ・イズ・ビューティフル


 いくら広大な敷地面積を誇る神聖都学園でも、屋上の一角に大阪のシンボルともいえる通天閣っぽい塔が建てばどうしても目立つというものだ。できたその日から話題になるに決まっている。しかし誰がそんな大それたことをしたのかまでは追求しなかった。なぜならその階下には『大阪同好会』といういかにもなサークルが部室を構えているからである。中には事実確認をしたいと考えた生徒もいた。しかし同好会名からして得体の知れないので、誰も部室にまで足を運ばない。となると当然、誰が部員かもわからない。だから「自分のクラスに部員がいるかどうか」なんて確認したこともない。名前だけは有名な同好会の奇妙な行動は次第にその目的を明らかにした。


 原寸よりもちょっぴりミニサイズの通天閣が建ってから数日後……音楽担当のカスミは困り果てていた。
 この人の性格を考慮すると、いつも何らかの原因で悩んでいる日の方が多い。だが、今回はそんなレベルではない。彼女はほんのわずかではあるが怒りさえ覚えていた。昨日から兆候はあったのだが、今日になってそれが明らかになった。どうも生徒たちの様子がおかしい。いつもはマジメな生徒がやけになれなれしく話し掛けてくるかと思ったら、よく聞いてみると大阪弁で喋っているではないか。昨日までは標準語で喋っていたのに、だ。また授業中に教科書の内容を読み間違えただけで矢のように早いツッコミが複数の生徒から飛び、挙句の果てにはそれを足がかりにさらなるボケをかぶせてくる生徒まで出現。極めつけはカスミのピアノ伴奏で全員が合唱曲を大阪弁にアレンジして歌う始末。カスミがどれだけクラスのみんなに「ちゃんと歌って!」と訴えてもコテコテの曲調は変わらない。どんな温厚な教師でも腹のひとつやふたつは立ってくるというものだ。

 彼女は放課後になると、迷いなく禁断の地に向かった。原因はここしか考えられない……彼女は珍しく怒りで我を忘れていた。そして勢いよく例の部室の扉を開いて部員がいるのを確認すると、いきなり文句を早口でまくし立てる。カスミの今の姿は、大阪人を彷彿をさせるものがあった。

 「みんな、わかってるのよ。この同好会が生徒のみんなをおかしくしてるんでしょ?!」
 「おかしく? 正常の間違いとちゃいますか?」
 「あのね、合唱曲を大阪弁で歌われたら困るの。成績もつけなきゃいけないんだし。何よりも作詞者に失礼でしょ?」
 「まーまーまー、唐突やけど俺が部長の恵比寿です。とにかく落ち着いて。まずは座りましょって。」

 すでにカスミの怒りは頂点に達している。なぜ部長がここまで余裕を見せているのか……その理由を知っているからなおさらなのだ。ここに苦情を言いに来た教師は何も彼女だけではない。もっとたくさんいた。ところが誰ひとりとして自分の意見を押し通せないばかりか、ことごとく部員たちに懐柔されて職員室に帰ってくる。しかもその時の様子を悠然と大阪弁で話すのだから、カスミの腹立たしさも倍増するというものだ。何の因果か部長との対戦となった彼女は気を引き締める。

 「原因はわかってるのよ。どうせまたあのミニ通天閣が学園中に影響を与えてるんでしょう?」
 「もしせやったら、どないするんですか?」
 「どないもこないもないでしょ! さっさと止めてちょうだい! 私は困ってるの!」
 「なんでそない困ってるんですか?」
 「確かにね、音楽を表現する上で訛りを否定するのはよくないことよ。けど、このままだと授業が進まないの。生徒たちが些細なミスで大騒ぎし続けたら収拾もつかないことくらいわかってるでしょ?」
 「大騒ぎて、そんな大げさな……ボケとツッコミしとるだけでしょ。関西では日常茶飯事ですわ。」
 「そんなことされたら授業が進まないって言ってるの! 授業が進まないのっ!」

 すでに論点どころか話のベクトルが違っている。カスミの脳裏には説得に失敗した先生たちの顔が浮かんでは消えた。ああ、そうなのね……先生方はこうしてダメになっていったのね。彼女もまた、この状況に負けそうになっていた。もっと正確に言うならば、強烈な大阪風味の電波にゆっくりと骨の髄まで蝕まれつつあった。

 「今にわかりますよ、カスミ先生。部長の俺から言えることはただひとつです。」
 「な、何よ?」
 「ナニワ・イズ・ビューティフル。」
 「………………………………」
 
 カスミは閉口した。部長が決め台詞を放った瞬間がまさに敗北の時だったのである。ここからはもう部長のペースだ。こうして教師たちは問答無用で黙らされていくのである。

 「俺たちは神聖都学園から大阪人気質の人間を育成して、東京中を忠実な関西に進化させていき、ゆくゆくは関西地区を1都2府6県にしようと考えとります。まぁ、最終的には日本を全部関西にしてまうのが夢やけど、それは孫の代に受け継がせていくのもおもろいんちゃうかな〜と。って、カスミ先生聞いてますぅ?」
 「ああ、ゴメンなさい。今の話を聞いてたら自然と視線が宙を彷徨ってたみたい。ちゃーんとお話は聞いてるから大丈夫よ。」

 周囲を取り囲む部員たちが「ホンマかいな〜」と口々に軽いツッコミを入れるが、カスミはもはやそれを気にも留めなくなってしまっていた。彼女の精神は崩壊寸前。いよいよ美人の頭の上をフグだかカニだかの作り物が群れをなして輪になって回っていた。

 「ま、そういうことですわ。今にカスミ先生も慣れてきますって。」
 「まだね、まだ私は納得し切れてないわ。他の先生とは違ってね。ちょっと時間をもらうわ。他の人に意見を聞いてみるから。場合によっては通天閣も撤去するつもりよ。」
 「おー、怖っ。それだけは堪忍して下さいよぉ。せっかくあそこまで忠実に作ったのに。」
 「そういう問題じゃないでしょ! あんたたち、覚えておきなさいっ!」

 捨て台詞もそれを吐く姿もまた大阪人。カスミの心は黄色あたりに染め抜かれていた。威勢よく部室から廊下へ出たはいいがさしたる対策などあるわけもなく、ただただ地団太を踏むようにして音楽準備室へ向かうだけ。今まで生徒のためとばかりに一心不乱にがんばってきた自分の努力が、あの意味もわからぬ電波塔のせいですべてがぶち壊しにされるかと思うと無性に悲しくなり頬に一筋の涙が流れる。なんでやねん、ああなんでやねん……不意にナニワ色のセリフが脳裏をよぎった。この時点ですでにカスミはそれがおかしなこと、違和感のあることという認識が消えている。そんな危険な状況を、目の前を歩いていた身長の低い学ランの少年が救った。彼はカスミの肩に手を置き、同情した目でその顔を見つめて溜め息をつく。どうやら偶然にもこの状況を悲観する者がいたらしい。

 「あら、鋼くん……」
 「……そりゃ先生の負けですよ。あんなとこに行ったところで何にも解決しませんってば……」

 不城 鋼、『鋼鉄番長』の言うことも至極ごもっともだ。しかし、冗談でも生徒が作ったものをいきなり撤去するというのは忍びない。カスミは「芸術に携わる人間としてそれだけはしたくない」と正常な思考で理由を口にした。彼はその理由を聞き、何度も頷きながら安堵の表情を浮かべる。ところがそれがよくなかった。話がわかってもらえるだけで感動し、カスミはその場でわんわんと泣き始めてしまったではないか。これにはさすがの番長も焦る。このままでは自分の私設ファンクラブの女の子が大挙し、自分はおろか先生にまで被害が及ぶかもしれない!

 「ちょちょちょ、ちょっと、ここで泣かないで下さいよ!」
 「でぇぇぇ〜〜〜〜〜もぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!」

 遠慮なく泣き叫ぶカスミと鋼の間に、独特のヘアースタイルをした細身の男がおちょくりにやってくる。「これも通天閣のせいか?」と思いきや、彼は一応ではあるが標準語でまくし立てた。

 「おおっとぉ! レディー泣かすなんて、ちょっとしょっぱいんでねぇか? あ……お前、今困ってる? ん? ん?」
 「お前が一部始終を廊下の角でずっと盗み聞きしてたのは知ってるんだよ! ちょっと手を貸せ!」
 「あんたが鋼で、俺フランシス。今から逃がすのがカスミせんせぇ?」
 「あと数秒でお前までとんでもない目に遭うぞ……?」
 「はーーーたたたたたたたぁぁっ! カスミせんせぇ、元いた場所にごあんな〜〜〜いっ!!」

 フランシスは個性的な動作を随所に見せつつも、鋼の言葉ひとつで慌てて動き出した。鋼の事情などひとっつ知らないくせに……なんとも臆病な男である。ひとまず泣きじゃくるカスミを音楽準備室に押し込み、いつも座っている椅子に座らせて静かに気持ちを落ち着かせることにした。その時間を利用してフランシスが鋼から詳しい事情を聞く。

 「おせーて、おせーて。どうなってんの、このガッコ?」
 「って言うかさ、お前はあそこで立ち聞きしてたんだろ? 何をどこまで知ってるんだ?」
 「今、あっこからナニワ電波飛んでるってとこまで? 東京が大阪になっちまうってことでいいの? でも、大阪人ってちょっと有名だよなぁ。俺も知ってる。お好み焼きで飯食ったりするんだろ。んで、オバちゃんはすばやく動けそうだからって、みーんな豹柄着てんだろ?」
 「俺は今まさに、斜め45度方向に突っ走ったお前の物の考え方を『偏見』っていうんだと思ったな。」
 「あ、それってツッコミくさくね? お前それちょっと電波もらってね? 早急に対策すべきじゃね??」

 徹底的に独自のスタイルを貫くフランシスを眺めながら、鋼は「お前になんか言われるまでもないっ!」と吐き捨てた。彼の身の回りは今、大変なことになっている。きっと今頃はファンクラブの女の子たちがピンクのハリセンやらアルミの灰皿などを手にして、神聖都学園構内という名のジャングルを彷徨っているはずだ。獲物はもちろん鋼自身。もしかしたらファンクラブの一派がそれらを使ってすでに抗争を起こしているかもしれない。そんなことが新聞部や教師の知るところとなれば、ほぼ間違いなく退学処分になる娘が少なからず出てしまう。
 たとえ何の事件も起こらず平穏無事に済んだとしても、女の子たちが常にナニワのパワーで迫ってくることに変わりはない。すでにそれを味わっている鋼はかなり嫌気が差していた。そりゃ最初は新鮮だった。正直、ちょっと楽しかった。ところがそれを毎日、しかもどんな性格の娘も同じような反応をするとなるとさすがにウンザリする。このままナニワ化していくのを黙って見ているわけにはいかない……そう思ってあの時、廊下を歩いていたのだ。

 「それってよ、千年の恋も冷めるってこと?」
 「あ……俺、今ひとりごとでも喋ってたかな。ま、いい。お前も協力しろ。」
  ガラガラガラ……
 「わかった。」

 フランシスから同意を得ようとした鋼だが、返事は別のところから響く……そして絶妙のタイミングで準備室の扉が開いた。そこにはモップやら何やら担いだ低血圧っぽい表情のかわいい少女が立っているではないか。そして彼らを見据えながらゆっくりと歩き出した。

 「現段階においてこの異常な状況を打破するための建設的な討論を繰り広げているのはここのみである。よってここに作戦本部を置くものとし、今後は有志との連携で事態の収拾を図る。個人的想念による世界改変現象は最大の難敵である。一方から無意識に繰り出されるギャグは、もう一方の良識ある生徒たちにとっては恐怖以外の何者でもない。電波に操作された生徒の行動は授業妨害であり、大阪同好会の行為は傷害に値する。」
 「おおぅい、お前ぇ! そっちは壁、壁っ! 俺、ツッコミ疲れたって! とりあえずこっち向いて喋れ!」
 「方向転換……以上、亜矢坂9・すばるはこの作戦に同調する。」

 新たなるマイペース・すばるが加わり、いよいよナニワ化計画阻止作戦も現実味を帯びてきた。ところがどこかで見たよな喜劇の舞台のように、どんどんと入室者が増えていく。今度は右耳に特殊な機械をつけ黒い実験着の金髪の老人がやってきた。あごに蓄えたひげをさすりながら「お邪魔かな?」と言いつつ遠慮なく部屋に入ってくる。

 「ワシは電磁波と人体の関係について調べている科学者、マイニー・イルオーディン。お主らの心配はすでにワシの知るところである。よって解決方法も計算済みじゃ。ただこのワシがお主らとこの学府を探索するには正式な許可証が必要となるであろう。」
 「あんた、そこまで俺様してんだったらよぉ。もう『別に入校許可証なんていらね!』って感じじゃね?」
 「すばるはうちの生徒に見えるけど、そこのオッサンたちは誰がどう見ても部外者だ。後でまとめてカスミ先生に入校許可証をもらってきてもらうよ。この調子じゃまだ誰か来るような気がするし……」
 「失礼します。カスミ先生はいらっしゃいますか。篠宮 久実乃です。」

 展開が読めてしまった自分に呆れた鋼は、彼女の対応をカスミに任せた。

 「どこまでも鋼くんの言う通りね。篠宮さん、登校したことはちゃんと学生部に報告しておくわ。」
 「ところで先生、校内放送や携帯電話にノイズが入るんですが……何かあったんですか?」

 久実乃の何気ない質問にマイニーが口元を緩める。こんな訳のわからない電波に汚染されると後が面倒だと思い、彼は微弱な電磁波を全身に覆って防御しているのだ。おそらくそれが無害な機器に影響を及ぼしたのだろう。彼はバリアーの微調整を始めると、さっそく作戦会議が始まった。まずは最悪の事態を想定し、「ミニ通天閣を破壊する」ことで全員一致。特にカスミと久実乃は「今すぐにでもいいんじゃない?」という感じで話すので、男性陣は素直に引いてしまった。壊すにしても真っ昼間からやるわけにもいかないので、夕闇に紛れて叩き壊すのがベストだと鋼は提案する。

 「俺、ちょっとさ〜。大阪同好会を内部崩壊させたいわけ。でも自分の手ェ汚したくねぇからよ。おいおいあんただ、そこの機械の眼鏡。あの電波っつーのはナニワの文化しか広まらないんじゃねーかなと思ってるんだけど、その辺はどう? どうどう? どう?」
 「ほほぉ、お主の軽薄な語り口からは想像もできぬほど論理的な意見だな。確かにそうだ。関西圏の文化ではなく、ナニワに限定されている点は確かに理解すべきではある。そこはこのワシが何とかしてやってもよいぞ。」
 「口が減らねぇけど頼りになるように見える……見える……見えたぁっ! カスミせんせぇ、電波はジジイに任せようぜ! そこの低血圧はどうする?」
 「教師であるカスミ先生からの衝動的な破壊許可ならびに部員の殺害許可が下ったものの、こちらの説得で部を自主解散させる余地は残されていると判断した。よって経過記録を得るためにも、同好会に再び訪問し会談を試みる。」

 殺害許可まで出した覚えはないんですけど……カスミの顔が青くなる。そして「すばるが行くのなら俺も!」とばかりにフランシスも彼女についていくことにした。その間、電波の分析はマイニーに任せ、久実乃とカスミ、そして鋼はこの部屋でその様子を見守りつつ夜の準備をする運びとなった。すでにナニワ色に染まりつつある神聖都学園で、はたしてこんな建設的な計画が素直に実行されるのだろうか。


 大阪同好会を再び訪れたフランシスとすばるは錦の御旗である入校許可証と学生証を見せ、ここで話し合う権利を持った人間であることを最大限にアピール。自慢げに見せびらかすフランシスに、なぜかピースサインと共に見せつけるすばる。このふたり、『実は人間じゃない』というのはここだけの話。部長の恵比寿は「強敵がやってきた」と呟き、側にいた部員が「強敵と書いて『とも』と呼ぶ」と訳のわからない解説をつける。
 先手を取ったのはやっぱりフランシス。ナニワな人間を相手にして後手後手に回ると非常に厄介だ……その点は鋼やカスミから十分に注意を受けている。そこでいつもの調子で殺し文句のオンパレードを並べ立てる作戦に出た。

 「ここってよぉ、ナニワ以外の関西出身者っていんだろ?」
 「そりゃいますよ。地元が大阪じゃない人だってたくさん……」
 「あーあ。お前らのせいで日本がぜぇーんぶナニワになっちまったら、あの奥ゆかしい京都とか奈良の人とかも超怒るんじゃね? お前さんにもナニワ以外の友達いんだろうがよ。日本にはい〜い風習が山ほどあんのになぁ。もしかして富士山のこと天王山とか呼ぶとかそんな風情ねぇことしねぇよな? なんか売れない映画のリメイクみたいですっげカッコ悪っ! しかもまた人気もそこそこでものすごくしょっぱいって感じ?」

 フランシスの説得は確かに論理的である。それを証拠に少なからず部員に動揺が走った。それはまだ電波が神聖都学園を完全に支配していないことの裏付けでもある。すばるはお空の星を見るかのごとく、大立ち回りするフランシスとは対照的にぼーっと天井を見上げながら椅子に座っていた。だが、物体がそこにあればツッコんでいくのがナニワの悲しき性。部長の恵比寿は周囲の動揺を抑える意味を込めて、あえて自信に満ち溢れた論議を展開する。

 「フラやん、ナニワにセンスがないと思たらあきません。」
 「お、俺のことフラやんとか言うた? うっそ、あり得ね! 森のクマさんでもお嬢さんって呼ぶっつーのに、お前マッハなれなれしすぎ!」
 「別にナニワとは毛色の違う異種文化を排除しようとか、黄色と黒の縦縞に染め抜こうなんて大それたマネはせーへんっつーことですわ。」
 「その意図をメッセージを全神聖都学園生徒および教師たちに伝えるのならば、電波発進装置をエッフェル塔か自由の女神などにすれば効果的であったと……」
 「そんなことできん! 通天閣が最高なんや! すーちゃんは……すーちゃんはナニワを全否定する気か?!」
 「すばるです。」

 すばるの指摘は相手の弱点を的確に突いていた。ついでにツッコミも冴えている。明らかにさっきよりも深いダメージを受け、部員たちよりも大きな動揺を見せる部長。そこでフランシスが脊髄反射で思いついたセリフをただただヤケクソ気味にぶつけていく。

 「俺のいとこの弟の嫁さんの息子の友達が帰国子女でよぉ〜、もうすぐサマーバケーションで里帰りっつーわけよ。その時に客質乗務員が全員関西弁だったら度肝抜かれるぜ! 『肉か魚か、どっちやねん!』とか『まもなく大阪チックな東京だす』とか言うのかよ? 不憫だねぇ……そんな奴らの魂の故郷を全部ナニワにしちゃっていいもんかね?」
 「大阪弁で『だす』なんて使わんって! これやからナニワが誤解されるんやって! ええ加減なこと言わんといてください!」
 「……がちょーん……」
 「すーちゃん、おかしいっ! そこでそれ言うのはおかしい! しかもそれ関東の芸風やん! そんなの使こたらあかんて!」
 「あなたは先ほど他の都道府県の存在を否定しないと言ったはずなのに、エッフェル塔も自由の女神も関東の芸風も譲れないという。それはナニワ全国支配の野望を捨て去っていないと判断します。」
 「ぐ、うぐぐぐ……!」

 ついに周囲もざわめき始めた。部長の『とりあえず東京をナニワ化計画』に疑問を抱き始めたのは確実だ。情け容赦ないすばるの論理攻めとテンションがちょいと高めのフランシスのマシンガントークに恵比寿も思考回路が爆発寸前。そこに追い討ちをかけるようにおかしな形で妨害が入る。ちょうど部長が気力を振り絞って反論しようとしたその時だった。

 「そげなこと言われたら、こっちもギャフン被りますばってん……ってなんじゃこりゃあぁぁぁっ!」
 「通天閣の電波そのものにハッキングが発生。多少の言語変更が伴う危険性あり。がちょーん。」
 「うへぇ! そりゃのっぴきならねぇ……って俺、俺もなんかヘンじゃね! ジジイ、戻ったらしばくどす!」
 「つ、通天閣のぉ〜、電波をぉ〜、書き直したところで何にもならんっちゃ! あそこにはせっちゃんがわしらの守護神としてどってんおるんでぜよ!」
 「作業難航中。大阪南港中。」
 「すー、すーちゃん……ツ、ツッコミできん時にギャグかますのやめてつかぁさい!」

 元からこの交渉が不調に終わることは周知の事実だが、まさか自信満々で電波の改変を引き受けたマイニーがここまで苦戦するのはまったくの計算外である。当初の目的を達成したフランシスは意味不明な言動を発しながら撤退を開始。

 「んがんぴょぺんがらすぺんあぴらんぺぇすとろいか!」
 「フランシスの訳を開始……『このゴミ箱に割り箸は入れないで下さい』。」
 「ぺが! ぬがべんちゅありんーひゅじゅかばりか!」
 「部長。『天ぷらにケチャップをかけると最高だ』。」

 最後は言葉さえ使えなくなり、マトモに捨て台詞も吐けない有様。すばるも本当にちゃんと訳せているのかどうか非常に怪しい。こうして宣戦布告のような会談は幕を閉じた。ここまで来て言うのもなんだが、結局は実力行使で事件を解決することは最初から決まっていたことである。


 マイニーは交渉の途中からリアルなコントにしてしまった張本人ではあるが、それでも謎のナニワ電波を『そう信じ込んでいる人だけに効果が出る』ように書き直すことに成功。ところが上々の成果に敢えて目を向けず、いつもの調子で失敗だけを注視してまくし立てるフランシス。マイニーも負けずに我が道をひた走り、尊大な態度と言動で「実験中にはよくある事故だ」などと語る。しかし彼のおかげで学園のナニワ化はずいぶんと静まった。
 その作業が終わる頃、ちょうど夕暮れを迎えていた。当初の計画通り、あの怪しげな塔を破壊する作戦にスイッチ。今度はすばるを加えた女性陣が妙に生き生きとした姿で動いているのが印象的だった。鋼は素直に解体道具を用意し、フランシスはそれを借りての参戦の予定だった。しかし彼はマイニー同様、あまりやる気なく見える。さっきまで口ゲンカしていたふたりだが、結局のところは「もう俺たちあれだけがんばったんだから……お疲れっ!」みたいな満足感に浸っているようだ。女性陣がここまでやる気になっている時になんとも迷惑な話だ。鋼は仕方なく道具をひとりで持ち、いざとなったら四次元流格闘術のすべてを尽くして完全に破壊すると心に誓った。もうナニワな空気を醸し出さないカスミ先生もテンションの高さは相変わらずで、この騒動の顛末を見るために同行すると宣言。だが、この作戦で絶対に危険が及ばないわけではない……鋼は先生を全力で守ることも視野に入れていた。

 薄闇にそびえ立つ塔へは屋上に続く階段を上がればすぐ。ところがなぜか様子がおかしい。さっき窓越しに見た時はひっそりとしていたのに、今はなぜか賑やかで煌びやかになっているではないか。何かの異変かと久実乃が軽い身のこなしで扉まで駆け上がり、すばやく何箇所かを目で確認すると躊躇なく扉を開いた……するとそこはあらゆる意味で「新世界」。ナニワな装飾に着飾ったミニ通天閣、その下で未だにナニワな世界征服を企む強い意志を持った部長以下数名の部員が正座している。そしてその目の前にいるのは……今まで誰もが思いつきもしなかった黒幕の存在であった!

 「まさか……あの少年が黒幕なのか?」
 「うへぇ、そんな話ひとっつも聞いてねぇ!」
 「部室訪問時に該当の男性は見当たらず。ただし部長が発した言葉にあった謎の名称『せっちゃん』が『守護神』に当たると思われる。」
 「せっちゃん〜〜〜? 自分、ボクのことそう呼んでたの? あかんわ〜、しょーもない呼び名つけてしもてー。」

 カスミは我が目を疑った。自分はあの少年は見たことがある……そう、確か学園の図書館で勉強している猫目の刹利くん、施祇 刹利だ。しかしなぜこんな騒動に巻き込まれてしまったのか、それがわからない。だいたい彼のおとなしい性格ならこんなことに荷担するはずがないからだ。なのにどうして守護神として君臨しているのか……その謎は頭脳派の連中がすべて明らかにしてくれた。

 「守護神のデータを一般公開。自分の手が能力の発生源であり、目標を過剰強化させる。ただし今回の場合、能力をむやみに使わぬよう普段から着用している手袋が電波を弾き切れず、しかも効果を自分の中で強化してしまい、挙句の果てには守護神として君臨するほどの実力者になってしまった。」
 「マジ、あり得ねぇ! 哀れを超えてる! 無残までいってるって!」
 「これではワシがいくらデータを書き直しても無駄だ。もはや、あのタワーを壊した方が早いだろうな。」

 その間もナニワ洗脳たっぷりの黒幕・刹利の説教は止まらない。

 「あのさー、部長にはナニワへの愛が足らねぇの。まだまだ足らねぇの。自分でもわかってんでしょ?」
 「は、はいっ!」
 「ボクさ、キミのスケールの大きさも気に入らんねん。何が日本よ。今は……宇宙よ?」

 宇宙ナニワ化計画……さすがの久実乃もすばるも絶句した。地球発宇宙的大迷惑。そんなことが現実に起こったら、宇宙人が地球を攻めてきても文句は言えない。それ以前に計画そのものに現実味がなさすぎる。さすがは守護神、存在自体が無残だ。久実乃はさっさと繁華街の電飾を潜り抜け、誰もいないはずの背後へと移動する。そして自らの能力である「障壁」を発揮しながら、内ポケットからサイレンサー付きの銃を何気なく取り出して塔の要の部分に一撃を与えていく。すばるは彼女の能力を分析し、ローラーレッグを使って三次元的な発想で学園の外壁から背後に回り込んだ。そしてオッカムレイザーやドリルハンドを駆使して、ミニ通天閣をガリガリと削り始める。しかしナニワの守護神が彼女たちの隠密活動に気づかないはずがない。

 「後ろでねずみが……あれ? ところであんたら、いつからおったの?」
 「あ、哀れになるほど、ど、毒されてるわね……刹利くん。」

 カスミの涙は哀れみの涙。思わずフランシスももらい泣き。それほどのバカっぷりを守護神は発揮していた。

 「刹利さんっ、あいつらこの通天閣を壊す気ですよ!」
 「そんなことされると、ボク困るわ〜。カスミ先生、堪忍してください〜。」
 「刹利、お前の相手は俺だ! 恨みなんか微塵もない! だが、今は眠ってもらう!」

 ここまで努力してきてようやくファンクラブの女の子たちを元に戻したのに、こんなところで計画を阻止されたのではたまったものではない。特殊な歩行で高速移動をし、刹利との間合いを詰めて挨拶代わりにジャブを打つ。しかし、その攻撃は陽気な服を着た人形に阻止されてしまった!

 「ああっ! こ、こいつは有名な……こっ、こんなものまで再現しやがって!」
 「あ、あ、あ、あっちからはでっかいカニが歩いてくるぜぇぇっ! まだまだ電波は生きてるっつーこと? 俺の努力って無駄! もしかして無駄?!」
 「ワシが見るところ、あれは守護神の能力で動いているようだな。ナニワ電波と増幅能力が合わさった恐るべき結果がこれだ。」

 鋼は閃いた……
 この状況を打破すべき最高の手段は何か。
 ナニワで禁忌とされていることは何か。
 それを知った瞬間、自然と利き足に全闘気を集め身体を捻り、刹利のあごを砕かんとする!

 「美しくないナニワとは、一瞬にしてボケをスカすことだっ!」
 「あかんあかんあかんっ! キミキミ、それは絶対にあか」
 「はあああぁぁっ! 蛟竜雷閃脚っ!!」
  どげしゃっ!!
 「ぶがっ! フォ、フォーエバー、ナニワ……がく。」

 本当の犯人でもないのに必殺技まで食らった刹利。勉強する楽しさを覚えたばっかりに事件に巻き込まれた刹利。守護神からのエネルギーを受けられずに静かに朽ち果てていく人形たちを見守れず、彼の意識はどんどんと遠ざかっていく。その時、彼は一瞬だけ正気に戻った。そして今までの出来事を思い出す……ホントは、ホントはカスミ先生の力になりに行こうと思ってたのに。手袋が電波に弱くってこんなことになってしまった。ああ、なんてことだ。彼は反省の中である教訓を得た。

 『ああ、そうだ。今度から手袋にアルミホイルも一緒に巻こ……』

 最後まで操られながらも芸人であり続けたひとりの少年は地に伏した。それを見届けた部長の恵比寿はカスミたちに「降参」を申し出る。しかしこの通天閣を撤去する気はないと、こちらは悪者らしく最後まで抵抗し続けた。しかし悲しいかな、彼は凡人である。久実乃やすばるの徹底的な作業を見る余裕はない。すでにふたりはカスミに結果報告を行っていた。その内容を聞いた彼は愕然とする。

 「先生、明日の今頃にはきれいさっぱりあの塔は消えますので。それではお先に失礼します。」
 「すばるも同様、溶接部分の破壊などを完了。明日の天候から風力と風向きなどを分析。学園に被害のない方向で分解するように調節済み。作戦はこれにて終了。」
 「お、お、終わった。ナニワの夢も露と消えたぁ……がく。」

 フランシスはなぜか部長まで気絶したのを腹を抱えて笑いまくり、マイニーはこの怪電波の発生源や発生方法などを詳しく分析しようと考えていた。鋼もなんとか事件をまとめることができて一安心。一件落着は明日に持ち越されるようだが、それでも今日は枕を高くして寝れそうだ。意外にもカスミも同じような表情をしているのが非常に印象的である。


 大阪同好会の象徴たるミニ通天閣は予告通り翌日に完膚なきまで破壊され、部はその責任を取る形で解散した。恵比寿はその日を境に学園内から姿を消した……いったい彼はどこに行ったのだろう。実は電波に洗脳されて守護神として君臨していた刹利が最後に放った言葉、『フォーエバーナニワ』は彼の心に刻まれており、噂では芸人になるために修行をしているらしい。あくまで、これは噂ではあるのだが。


  フォーエバー、ナニワ……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

5307/施祇・刹利        /男性/ 18歳/過剰付与師
2239/不城・鋼         /男性/ 17歳/元総番(現在普通の高校生)
5515/フランシス・ー      /男性/ 85歳/映画館”Carpe Diem”館長
6380/マイニー・イルオーディン /男性/ 85歳/実体化データ
1166/ササキビ・クミノ     /女性/ 13歳/殺し屋ではない、殺し屋では断じてない。
2748/亜矢坂9・すばる     /女性/  1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はお時間を頂きまして申し訳ございません。
この依頼は年に数回は登場する「タイトルが出オチ」という珍しい依頼です(笑)。
これを形にしようという皆さんには頭が下がります。本当にありがとうございました!

鋼くんはお久しぶり……ですけど、今回の依頼で身の危険はなかったのでしょうか?
この後も後遺症で大阪弁を喋るファンクラブの女の子とかいなかったでしょうか……
なんか神聖都学園では有名な鋼くんにとっては非常に災難な事件になりましたね(笑)。

ホントどーしようもない依頼に対して、真剣に取り組んで下さいまして感謝感激です!
また通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界などでお会いしましょう!