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涼み方講座
●オープニング
「あ〜づ〜い〜」
あやかし荘に住まう座敷わらし・嬉璃は団扇を扇ぎながら涼しい木陰で愚痴っていた。
今からこの調子だと、真夏日が続く頃にはどうなることやら。
「恵美、わしはもう我慢できん! 死にそうぢゃ!」
「大袈裟ですよ、嬉璃さん」
あやかし荘の管理人、因幡・恵美は口ではそう言いながらもシャツの襟元をパタパタさせ、風を送って少しでも涼しくしようとしている。
「冷たいものでも食べれば、少しは涼しくなるぢゃろうにのぉ…」
嬉璃は自分の呟きに何か閃いたようだ。
「涼しくなる方法を他の者に教えてもらうのぢゃ! 冷たい食べ物でも良し、涼しくなる方法でも良し! 思い立ったが吉日。恵美、早速人を呼ぶのぢゃ!」
他力本願で涼しくなろうとする嬉璃であった。
嬉璃を涼しませる人物は現れるのだろうか。
●涼み方講師登場
「ごめんくださーい」
管理人室で暑がっている二人が耳にしたのは元気の良い女性の声だった。
恵美が玄関に向うと、そこにいたのは風呂敷包みを手にした『ゑびす』という創業百年という老舗の若き女店長、栗原真純(くりはら・ますみ)だった。
店長業を勤めている時は矢絣の着物にエプロンという大正時代のメイド風衣装を着ているが、今の彼女が身に纏っているのは薄いグリーンのキャミソールにカスタードのキュロット、ラベンダーミストの手刺繍ミュールという今時の若者ファッションだった。
この衣装で風呂敷を手にするのはアンバランスでは無いかと思うが、元々古風な雰囲気な真純には丁度良いくらいだ。
「こんにちは、恵美さん。嬉璃さんいますか?」
店内でも見せている真純独特の笑顔に表情が和らいだ恵美は「いますよ」と答える。
「ここでは何ですから、管理人室の縁側へどうぞ。そこなら少しではありますが涼しいですし」
恵美は嬉璃がいる管理人室へ真純を案内する。
「あづいのぢゃ〜」
暑さに耐え切れず、管理人室でへばっている嬉璃。その様子を例えるなら、塩をかけられ、徐々に溶けていくナメクジである。
「こんにちは、嬉璃さん。毎日暑い日が続くわね」
嬉璃に近づき、真純は寝かした赤ん坊を起さないような感じでそっと声をかけた。
ん…と寝返りを打つと、嬉璃の目ににっこり微笑んでいる真純が映った。
「おお、真純ではないか! おんしがここに来たということは…菓子があるのぢゃな!」
「ええ、あるわよ。今日はちょっと変わったものだけど」
今までへばっていたのはどこへやら、嬉璃はがばっと起きるなり真純に菓子を早く出せとねだる。
真純の手作り菓子の美味しいさは、嬉璃が一番良く知っている。
そのことをわかっている真純は、菓子を作ってはあやかし荘を訪ねる。嬉璃が自分が作った菓子を美味しそうに食べるのを見たくて。
●今日のお菓子は
「今日はね、嬉璃さんにうちのお店の新商品をお披露目に来たの。嬉璃さん、いつもあたしのお菓子を喜んで食べてくれるから、あなたに一番最初に食べて欲しくって…ね」
風呂敷包みを開けると、涼しさを装うような蓋付きのガラスの器に入れられた羊羹のような菓子が盛られていた。
「これは…羊羹ではないようぢゃな。真純、これは何ぢゃ?」
フフッと笑い、真純は菓子の説明を始める。
「これはね、あたしが考案した『ゑびす』の新メニュー、紅茶羊羹よ。あ、この名前はまだ仮の名前だけど」
仮、というものの、これを正式名称でも良いかも。
「羊羹を餡から紅茶に変えただけぢゃな、要するに」
「ま、まぁそうとも言うわね…」
一般には小豆を主体とした餡を寒天で固めた和菓子なので、嬉璃の言うように紅茶羊羹(仮)は、餡を紅茶に変えただけの菓子にすぎない。
痛いところを突かれたわね、と出鼻をくじかれたが、そのようなことで挫ける真純ではない。
「うちは創業百年の老舗だけど、今時の若い子もお客さんとして来てくれてるの。でも、女の子にとって体重が増えることは深刻な問題。それを解消するためにコレを作ったの。唯一の悩みは質の良い寒天が入手できないことね。一時期大ブームだった寒天ダイエットが原因で激減しちゃってるから」
はぁ…と深い溜息をつき、それはおいといて、とりあえず一口だけでも食べてみてとささやかな反撃に出た。
「恵美さん、お台所お借りしていいかしら? これを切って、お皿に盛り付けたいから」
「はい、どうぞ。こちらです」
「それと、あやかし荘の住人の方々がいらっしゃるようならお呼びしてもらえない? 皆さんにも召し上がって欲しいの」
「わかりました」
恵美の案内で、台所に着いた真純は、着くなり包丁を取り出し、ひとつひとつ丁寧に切り分けた。
自分が作ったものを、美味しく食べてもらえますようと願いを込めて。
「ねぇねぇ、お菓子どこー。ボクも食べるー!」
柊木の間の住人で、一見すると男の子と間違う事も多い子狐の女の子、柚葉がバタバタと廊下を走りながら管理人室にやって来た。好奇心が旺盛なため、真純の持ってきた菓子が気になるようだ。
「老舗の甘味処のお嬢さんが作ったお菓子やろ? どないなもんか楽しみやわ」
桔梗の間の住人で、日本有数の財閥の令嬢の天王寺・綾の関西弁が弾む。
「お菓子はお菓子はどこですかぁ〜♪」
椿の間の住人で、透き通るような白い肌と腰まで伸びている豊かな黒髪が特徴の歌姫。
古くからのあやかし荘の住人らしいが、誰も彼女の本当の名前は知らない。
「ぼ、僕もいただいても良いんですか?」
月刊アトラスの編集者、三下・忠雄がおどおどしながらも尋ねる。
――住人さん、いたのね…。
恵美、嬉璃以外の住人に会うのは初めての真純は驚いた。
●涼しく食べよう
「見た目からして凉しそうな菓子ぢゃな。しかし、足りないものがある!」
嬉璃が犯人をンビシっと指差す名探偵を真似た感じの台詞を言う。
何が足りないのか、真純はじっくり考えてみた。
――お菓子以外に涼しくなる方法…ねぇ…。
真純が考え込んでいる時、三下が呟くように自分の提案を言った。
「あの…タライに水を張り、そこに足を浸すというのはどうでしょう? 以前「田舎の涼み方特集」という記事の取材の時、実際に試したんですけど、結構涼しかったですよ」
それは真純も祖母と試したことがあった。水に足を浸すというだけだが、暑い日には気持ち良かったという記憶がある。
「それ、あたしもしたことあります。三下さんの言うとおり、結構涼しいですよ。丁度良いわ。皆さんも試してみない?」
三下と真純の案に「やってみよう!」と賛同した。「管理人室の縁側は涼しいですよ」という恵美の言葉を聞いた皆は、タライを多めに用意し、タップリと水を張った。
縁側に腰掛け、足を浸すと…どこからか拭いてきた涼しい風が水を撫で、冷やしていった。
「気持ち良いのぢゃ〜。真純の羊羹をすっかり忘れておったわ。どれ…」
嬉璃は一口で羊羹の切れ端をぱくっと食べた。さて、感想は…。
「美味い、美味いぞ真純! 最高ぢゃ!」
満面の笑みを浮かべて大喜びの嬉璃。恵美、三下、あやかし荘の住人達にも喜んでもらえたので、真純は嬉しくなった。
「ありがとう、喜んでくれて。皆のその美味しそうな表情があたしにとって、一番嬉しい返事だわ」
真純も皆に倣い、羊羹を食べる。
涼しんでいるうちに時が過ぎ、夕方になった。
「それじゃ、あたしはそろそろ失礼するわ。今日はお休みだけど、明日からまたお仕事だしね」
「わしは満足ぢゃ。また食べさせて欲しいのぢゃ」
嬉璃は大満足のご様子。
真純は帰り際、恵美にメモを手渡した。
「ちょくちょく来られるわけじゃないから、あなたが時々作ってあげて。これ、紅茶羊羹のレシピよ」
笑顔で恵美にレシピメモを手渡し、真純はあやかし荘を後にした。
<真純考案:紅茶羊羹>
作り方
1・寒天(糸寒天・棒(角)寒天)を水に溶かす。
2・紅茶を淹れる(種類はお好みで)。甘味料はお好みで(カロリーゼロのお砂糖がオススメ)
3・紅茶を加え、寒天に煮溶かす。
4・更に沸騰させて煮詰める。
5・木杓子ですくい、盛り上がりがすぐに消えるくらいが良い。
6・寒天を型で冷やして固める。
「難しいのね、羊羹作りって…」
恵美はメモを見て和菓子作りを知ったような気がした。
真純はこのような大変なことを苦にもせず作っているのだ。美味しく食べてくれる人がいてくれるから。
「作る前にへこたれるのはレシピを教えてくれた真純さんに悪いわ。作ってみよう」
メモをエプロンのポケットに入れ、恵美はあやかし荘の中に入った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2356 / 栗原・真純 / 女性 / 22歳 / 甘味処『ゑびす』店長
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■ ライター通信 ■
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栗原真純様
はじめまして、ライターの火村 笙と申します。
この度は『涼み方講座』にご参加くださり有難うございました。
紅茶羊羹のレシピを拝見しましたが、羊羹作りというのは手間暇かかる作業なのですね…。
若き女店長としての真純様ではなく、今時の女性というふうに表現してみました。いかがでしょうか?
ご意見、ご感想等がありましたら、ご遠慮なくお申し出下さい。
次回でもお会いできることを楽しみにしつつ、これにて失礼致します。
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