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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夢の中の王子様 第二話

 完全に夜に侵食された空。
 星が頼り無げに瞬く中、草間興信所の中にユリと小太郎が案内されていた。
 二人は三人掛けのソファに腰を降ろし、零の淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
「で? 何でお前は追われてたんだ?」
 対面に座った草間 武彦がユリに問いかける。
 ユリはカップを置き、迷ったように視線を泳がせてから口を開く。
「……ここには関係ない人が居る。この事を知ると、多分あの黒服に追いかけられる」
 関係ない人、と言った時、ユリの視線は小太郎に向いた。
「お、俺!?」
「……そうよ」
 面白い程に動揺する小太郎に、ユリは何事も無いように答える。
「……助けてくれた事には感謝するけど、貴方には関係ない事。これ以上関わらない方が良い」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……っ」
「……けども何も無い。早く帰りなさい」
 有無を言わせない視線と威圧的な台詞。
「俺もそれに賛成だ」
 加えて武彦の言葉が聞こえる。
「もう時間も遅い。小学生が歩いている時間じゃないぞ」
「ちゅ、中学生だよ! 俺が背小さいからって馬鹿にすんな!!」
「ああ、スマンな。どっちにしろこんな時間に子供がうろついていると家族にも心配かけるだろう。帰った方が良い」
 二人から畳み掛けるように言われて、小太郎はイラついたように立ち上がる。
「わかったよ! 帰れば良いんだろ!?」
 小太郎は紅茶を一気に飲み干し、興信所のドアに手をかける。
「紅茶ご馳走様ッ! それじゃあな!」
 そう言って小太郎は外へ出ようとしたのだが、思い出したようにユリに振り返る。
「ユリ、元気でな。絶対黒服の奴らに捕まるんじゃないぞ!」
 その言葉にユリは驚いたように目を丸くする。
 だがその反応を見ずに、小太郎はドアを閉めて階段を下っていった。

 小太郎が去った後のドアと、自分の手を交互に見るユリ。
 そう言えば、さっき黒服から逃げていた時はあの少年が強くユリの手を握っていた。
「……温かかったな」

***********************************

「で、何でお前は追われてたんだ?」
 改めて武彦がユリに問う。
「謎の黒服集団って言うと、IO2が最初に思いついちゃうけど」
 シュライン・エマが苦笑交じりに言う。
 笑ったのはありえない話だからだ。
「IO2は公共の団体で、あの黒服たちのような連中の能力の乱用を防ぐために在る機関だ。それは無いと思うが」
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が言うとおり、IO2の線は無いと見て良い。
 ユリが能力を乱発しているようにも、現実世界の和を乱していると思えない。
 IO2に追われているのはどちらかと言えばあの黒服たちの方だろう。
「わかってるわよ、ちょっと冗談で言ってみただけじゃない」
 そう言いながらシュラインはユリの隣に座った。
 冥月はシュラインの行動を目で追いながらユリの表情も窺う。
 初めて出会ったときからクールというか、無表情な娘だったが、今は切羽詰ったような、困ったような顔をしている。
 なるほど、場を和らげるための冗談か、と冥月は小さく笑った。
「話が外れてます。元の話題に戻しません?」
 黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)に言われ、一同はユリに目を向ける。
 その視線を受けて、ユリは静かに話し始めた。
「……私にはある力があるの」
「妖怪を吸い込むって言う能力か?」
 武彦が問い返すと、ユリはこくりと頷く。
 先程、黒服集団に追われていた際、シュラインと小太郎の前でその力を見せていた。
 武彦は聞いただけだが、シュラインが見た感じを聞くと、本当に食べるように吸い込んでいたという。
「その力が原因で追われているって言うのか?」
「……多分。それ以外に考えられないもの。私はそれ以外、特殊な所なんて何も無いわ」
 ユリは自分の手を見ながら言葉を継ぐ。
「……私は幽霊や妖怪なんかを『食べる』事が出来るの。妖怪を吸収して力を奪い取る。そんな力がある。その応用で術や能力の発動も受け流す事ができるわ」
「なるほどな。それも聞いてた話にある」
 これは魅月姫から聞いた事だが、弱い操作術をかけようとすると、さらりと受け流されるように術が発動しなかったという。
 確か、その時は追われる理由について何も教えてくれなかったが、先程の小太郎への態度を見ると、多くの人を巻き込むまいと思ったからなのだろう。
「……黒服たちの中の偉い人に、力を付与する力を持っている人が居るの。その人は他人の能力を何かに付与する事も出来て、私の能力をお札に付与して術の発動を抑える結界を張ることのできる呪符の開発にも成功してた」
「符の開発……それって、どれくらい時間がかかるものなの?」
 シュラインの問いにユリは首を傾げて答える。
「……正確にはわからないけど、半年以上だと思う。私の能力の研究を始めて、符の試作品を見るまでに4ヶ月はかかっていたわ。それから改良を加えて今の形に成るのに結構手間取っていたみたい」
「良く覚えていたわね、そんな事」
「……私の研究をしていたんだから、それぐらいの事はわかる」
 確かに、能力の研究段階ではそれもわかろうが、符の試作品などを彼女に見せるものだろうか?
 彼女の能力と符の比較実験か何かだろうか……?
「その符の試作品は何処で見たの?」
「……さっき言った、黒服たちの中の偉い人が自慢げに私に見せに来たわ。何がそんなに面白いのかわからなかったけれど、終始ニヤニヤして気持ち悪いったらなかった」
 珍しく感情を表に出しながら話すユリ。
 嫌悪感で眉間にしわを寄せていた。
「その符を量産するために、ユリが必要ってことか」
 武彦が話題を元に戻す。
「……多分。その札があれば防術はほぼ完璧だし……。術戦に有効活用すれば、戦闘を有利に進められるはず」
「それだけの為に少女一人拉致ってのも……なんだかな」
 武彦が頭を押さえているのを他所に、魅月姫が質問する。
「それは誰と戦うためなのでしょう?」
 その一言が何かを掴む。
 何か事件の核心を突く様な一言だった。
「……それは……わからない。聞かされてないわ。でも……本当に誰と戦うのかしら……。もしかしたらもっと別の何かに使うつもりなのかも……?」
 ユリは首をかしげて考え込む。
 様子を見ても嘘を吐いている様には思えない。というか、ここに来て嘘を吐く意味も感じられない。
「別の利用法って……何かしらね?」
「ユリの能力は幽霊や妖怪などの人外や術の力を吸い取る能力だったな?」
 冥月の質問にユリは頷く。
「だったら、その吸い取った力を何かに転用しようとしているんじゃないか?」
「考えられるのは個人の能力の強化……若しくは多量の魔力による悪魔召喚……と言った所でしょうか?」
 冥月の仮説に魅月姫が付け足す。
「おいおい、勘弁してくれよ。前者ならまだ何とかなりそうだが、後者の場合、俺たちじゃどうしようもないんじゃないか?」
 武彦が悲観的に嘆く。
「そうならないために私達が居る。ユリを奴らに渡さなければ、私達の勝ちだ。それに、奴らの狙いがそうと決まったわけでもない」
 冥月の言葉を聞いて武彦は大袈裟に肩をすくめてユリに尋ねる。
「で、どれぐらいあの黒服たちから逃げていれば良いんだ?」
「……わからない」
「まぁ、そうだろうな。その力を付与する事ができるって言うヤツが居て、ソイツがユリを狙っているって言うなら、逃げる期間はソイツが死ぬまで、か。いや、力を他の物に付与できるって言うなら、ソイツが自分の力を誰かに受け継がせる事もできるだろうな。そうしたら、一生って事に……」
 いくら依頼が欲しいからといって、そんなふざけた期間、少女を守り続けるわけには行かない。
「どうしたもんか……一応聞いておくが、お前は死ぬつもりは無いんだな?」
「……私に死ぬつもりがあるなら、とっくに死んでる。でも、私は生きたい。何もわからない内に死ぬのはイヤ」
 答えを聞いて、武彦は困ったように頭を掻いた。
「もう少し、話を聞いて良いかしら?」
 ユリの隣に座っていたシュラインが優しげに尋ねる。
 ユリはシュラインに視線を向けた。OKの意と取り、シュラインは質問する。
「その監禁されていた研究所って言うのはどんな感じだったの?」
「……小さい頃、通っていた病院に似ていた。小さいけど、色んな機械がある場所」
「診療所に近いのかしらね」
「……そうかも。もしかしたら小さい頃に通っていたのも診療所だったかもしれない」
「小さい頃に通ったって事は、生まれた時から研究所の中ってワケじゃなかったみたいね?」
「……うん。でも、昔の家にもあまり良い思い出は無いわ」
「そう。辛い事訊いちゃったかな?」
「……良いの。もう気にしない事にしたから」
 そう言ってユリが顔を伏せたので、シュラインは慌てて話題を変える。
「じゃあ、その研究所はどのあたりにあったか判る?」
「……東京からは結構離れてたと思う。大きいビルやなんかは無かったし、山の中に建てられた物だったから。窓の外は緑がいっぱいだったわ」
「じゃあ、そこから逃げた時の事を教えてくれる?」
 ユリはこくりと頷き、記憶の糸を手繰る。
「……確か、一週間くらい前に車に乗せられて、山を降りて東京に来たの。その時は私は別に拘束されてなかったんだけど、後部座席の真ん中に座らされて、両脇に黒服が居たわ」
「なるほどね。少女一人ぐらい拘束しなくてもすぐに捕まえられると思ったわけか」
「……それで、赤信号で止まった時に、何故か黒服がみんな寝ちゃって、その隙を突いて逃げたの」
「黒服が全員寝た?」
 不可解な事もあるものだ。
 先程、ユリを追いかけていた黒服連中はそんな不手際を起こすような連中には見えなかったが。
「催眠ガスでも持ってたの?」
「……何も持っていなかったわ。そんな怪しい物持ってたらすぐに没収されちゃうし」
「それもそうね……。だったら一体何故?」
「……わからないけど、でもチャンスだって思ったから、私は車から逃げ出して、ずっと逃げ回ったの」
「良く逃げられたわね……。それで、今日小太郎くんに会った?」
「……そう。私が黒服たちに追われてる途中で、突然私に近付いてきて、『助ける』って……」
 そう言ってユリは自分の手を見た。
「最後に一つ。貴方の家族は?」
 先程、家の事を聞いたときに悲しげな表情をしたのを思い出したが、こんな娘が一人で居るのを考えるときっと心配しているだろう。
 誘拐事件だったりしたら新聞に載っているだろうし、シュラインが新聞を読んでいないわけもないので、その手の事件ではなく、家出の延長線で監禁されてしまったのかもしれない。
 なんにしても、長い間家族と別れていたのだ。何か手がかりがあれば連絡をとりたい。
「……私は一人っ子で、母親はすぐに死んじゃった。父親は……」
 そこでユリは口をつぐんだ。
 話し難い事なのだろうか。これ以上は聞けそうになかった。
 シュラインは『もう良いわ。ありがとう』と声をかけ、彼女の頭をそっと撫でた。
「色々質問攻めで疲れたでしょう? 何か食べる?」
「……要らない。でも、お茶をもう一杯欲しいな」
 ユリの注文を聞いて、シュラインは零に視線を向けるが、零はユリのカップを取りには来なかった。
 代わりに凛とした背筋を伸ばすような声で一言。
「皆さん、気をつけてください。何か来ます」

***********************************

「て、敵なの!?」
 シュラインがユリの肩を抱いて立ち上がる。
「敵の総数は20程度ですが、特殊なジャミングを受けていて正確に力量及び総数を把握できません。とにかく注意するに越した事はありません」
 淡々と状況を告げる零の横で冥月がテキパキと影の中から武器を取り出していた。
「敵の総数は24。妙なジャミングって言うのは例の符だろう。一応私の方で影を操って半数以上を無力化できたが、隙を突かれて符を発動させたヤツが数人居る。手練だな」
「シュラインさんとユリさんは危ないので避けていてくださいね。程なく黒服さんがここまで来ますから」
 冥月の横で魅月姫も薄く、誰にもわからない程度に笑っている。
 武器を粗方取り出し終わった冥月は最後に一番の大物を影の中から取り出した。
「よっと」
 冥月の掛け声と共に取り出されたのは少年。
「おわぁ!? なんだ!? 何処だここは!? ……ってアレ?」
 冥月に首根っこを掴まれている少年はまさしく小太郎。
「あ、こら、冥月! 余計なものまで取り出すなよ! 何の為に帰したと思ってるんだ!」
 武彦の言葉に冥月は飄々として
「奴らの包囲網の内側に居た。縁を持ってしまったからには守りたくなるのが人の性だろう。危険が近くにあるなら、私達の手の届くところに置いておいた方が安全だ」
「もしかしたら上手く包囲網を抜けられるかもしれないだろ!?」
「言っただろう。向こうには私の術を掻い潜るほどの手練が居る。黒服の存在を知っているこの子供を見逃すはずもあるまい」
「う……それは、確かに」
 武彦は口篭って頭を掻いた。
「え、ええと、俺、話について行けないんだけど?」
 小太郎は何が起こったのか全くわからず困惑している。
 説明している暇も無いので、手短に冥月が耳打ちする。
「黒服連中がユリを狙って向かってきている。迎撃はするがお前はユリを守れ」
「え、でも……俺は……」
「このままでは終われないでしょう?」
 いつの間にか魅月姫も小太郎の傍に立っていた。
 二人の言葉に、小太郎は強く頷き、曇っていた瞳に光を宿らせる。
「私が影の中にかくまえるスペースを作った。説得するならその時にするが良い。健闘を祈るぞ」
「姉ちゃん達も。死んだりするなよ!」
「そのつもりはありませんよ」

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「おい、シュライン」
「何かしら、武彦さん」
 シュラインは武彦に声をかけられて振り返った。
「小太郎とユリは冥月の作った影の部屋に隠れるらしいんだが、お前も入ったらどうだ?」
「どうして?」
「お前は戦闘に向かないだろう。外に居て危険なら、子供たちと一緒に影に入ったほうが安全だろ」
「それはそうかもしれないけど、なんていうか、お邪魔虫って感じじゃない?」
 シュラインはチラリと小太郎とユリを見て微笑んだ。
「子供がそんな色恋に花を咲かせるか」
「あら、中学生だって立派な大人よ。ユリちゃんはもう少し年上に見えるしね」
「だったとしても、こんな状況で好きだ嫌いだなんてやってられないだろうが」
「それでも私は遠慮しておくわ。試してみたい事があるの」
「試してみたい事?」
 その事についてシュラインは意味ありげに笑うだけで深くは触れなかった。
「それより、武彦さんこそ入らなくて良いの?」
「バカ言うなよ。俺は自分の身くらい自分で守れるつもりだ。ガキと一緒にされたら困る」
「兄さんはいろいろな点において、子供っぽいところがあると思います」
 突然現れた零にそう言われて、武彦は口篭って肩を落とした。

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「気をつけてください。そろそろ来ます」
「数は10に満たない程度だが、かなりの手練だ。気をつけろよ」
 零と冥月の警告に全員が気を張る。
 小太郎とユリはもう冥月の作った影に入っている。
 守る者は完全防御の砦に入っているので、あとは連中の正体を暴ければ上々だろう。
「なぁ、さっきから気になってたんだが」
 不意に武彦が口を開く。
「まさかとは思うが、ここで戦うわけじゃないよな?」
 こことは興信所を指す。
「そのつもりだが」
 冥月はそれに何を当然の事を? というニュアンスを込めて返した。
「な、なんでここで戦うんだよ!? 外でやればいいだろ!?」
「こちらはまともに動ける戦闘要員が武彦さんと零ちゃんを入れて4人。向こうは10に満たなくてもそれに近い数なのよ? だったら狭いスペースで戦った方が少数に有利でしょ?」
 シュラインの説明に武彦は口篭る。
 この狭いスペースで大人数となると同士討ちを警戒して大きい動きが出来ないはずだ。
 外に出ると逆に厄介である。
「わかったら戦えないシュラインの傍に居ろ。草間でもシュラインを守る盾ぐらいにはなろう」
「お前! 人を使い捨ての防具みたいに言うな!」
「頼りにしてるわよ、武彦さん」
「お前もちゃっかり俺の後ろに隠れるな!」
 と、武彦が騒いでいる横で魅月姫がやたら通る声を出す。
「来ますよ。注意してください」
 魅月姫がそう言った直後、興信所の窓が割れた。

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 現れたのは8人。
 現れた瞬間に黒服たちは興信所の壁に符を貼り付けた。
 その内、幾つかは魅月姫が打ち落としたようだ。
 アンチスペルのフィールドが興信所内に展開される。
 これでほとんどの術は行使不可になるが、どうやら小太郎とユリを入れた影の術は解除されなかったようだ。
 興信所内に小太郎とユリが現れる事はなかった。
「手近なヤツから各個撃破。余裕があれば符にも対処しろ」
 武彦がリーダーシップを取り号令を出す。
 シュラインは武彦の陰に隠れながら、次の行動に移る。

「零、シュライン! 手分けして壁の符をはがすぞ!」
 武彦の声を聞いて、シュラインと零は頷く。
 壁に貼られた符は全部で三枚。
「シュライン、ついて来いよ!」
「は、はい」
 武彦の背中に隠れて、シュラインは黒服たちに気付かれないように符に近づく。
 その行動は案外簡単で、黒服たちが戦闘に集中している間に一枚目の符に届いた。
「一枚目、外したわよ!」
「よし、じゃあ次行くぞ!」
 武彦に続いて、シュラインも二枚目に向かう。
 その途中でふと疑問が浮かぶ。
「ねぇ、さっき冥月が言ってたわよね?」
「なんて?」
「ここに来るのはかなりの手練だって」
「……ああ、確かにな」
「それにしてはおかしくない?」
「何が?」
「私達が符を外しているのに全く気がついていないみたい」
 シュラインに言われて、武彦も黒服に目をやる。
 確かに、こちらの行動には全く気を配ってないように思える。
「確かにそうだな……。何か作戦でもあるのか?」
「警戒してみた方が良いかも」
「そうだな」
 武彦の答えを聞いて、シュラインが二枚目の符を外す。
 その前に零が一枚外していたので、これが最後という事になる。
 シュラインが符を外した瞬間にアンチスペルフィールドは解除され、二発の発砲音が聞こえた。
 だが、それら全ては冥月と魅月姫には当たらず、二人とも無事なようだ。
 何が起こったのか、と黒服が狼狽しているところに、武彦が叫ぶ。
「これでいくらかマシに動けるだろ!」
 それに気付いた冥月と魅月姫はすぐに術戦に移ろうとしていた。
 それを手助けする意味も込めて、シュラインが何度か咳払いをして、口を開く。
『作戦失敗。撤退しろ』
 シュラインが発したその声は、黒服が昏睡する直前に聞こえた声を声帯模写したもの。
 その声が聞こえた瞬間、黒服たちは目に見えて動揺した。
「……やはり妙だな」
 その様子には武彦も疑問を浮かべた。

 その後、すぐに戦闘に決着が着いた。

***********************************

 影の中。
 そこは部屋のようになっており、多少くつろぐのに便利な仕様になっている。
「へぇ、術って結構便利なんだなぁ。俺のとは大違いだ」
 全く汎用性の利かない小太郎の霊刀顕現。
 戦闘以外に使えるといったら料理ぐらいだろうか。
「……貴方は何故私を助けたの?」
 不意にユリに尋ねられ、小太郎はユリに目を向けた。
「何でって訊かれても困るけど……困っている人を助けるのに理由なんて要らないだろ?」
「貴方には何の利益にもならないのに?」
「なるよ。利益」
 そう言って小太郎はユリに近づく。
「ユリみたいな可愛い子とお近づきになれたならね」
「……似合わない台詞」
「俺もそう思った」
 そう言って小太郎は一人で笑う。
「ホントはさ、俺、この霊刀を作り出す力が嫌いなんだ」
「……何故?」
「だって、これを持っているだけで他の人から爪弾きにされたりするんだぜ? 仲間はずれは正直辛いよ」
 ユリにも似たような経験があるのか、黙って頷いていた。
「でも、こんな能力でも、俺の一部なんだよ。だからどうにか好きになろうって思ったわけ」
「……それと私を助けるのと、どう関係があるの?」
「俺の能力は普段の生活で全く役に立たないじゃん? 唯一の有効活用法が人助けだと思ったんだよ。だから、俺はユリを助けた」
「……ものすごく自分勝手ね」
「ユリだって変わらないだろ? 俺の意思を跳ね除けて、俺を遠ざけようとしてる」
 小太郎に言われて、ユリは少し口をつぐんだ。
「結局お互い様だよ。俺は一度ユリを守る事から手を引いたけど、あれで諦めるつもりは無かったよ」
「……見ず知らずの人間なのに?」
「だからさ。見ず知らずの人間から、友達ぐらいにはなれるかなって思って」
「……友達?」
「そう。友達」
 小太郎はユリに近寄り、強い光を宿した視線を向ける。
「友達になれたら、もう見ず知らずの人間じゃないし、助ける理由にもなるだろ?」
「……私は貴方を巻き込みたくないの」
「でも俺はユリの意思なんて構わずにユリを助けるよ。自分勝手だからな」
「……」
 ユリは黙って俯いてしまった。だが小太郎は笑って話す。
「何か人の役に立ちたいんだ。それがユリのためだったらなおさら」
「……どうして?」
「可愛い女の子を助けて王子様にでもなってやろうと思ってさ」
「……動機不純」
「そうかもな」
 そう言って小太郎が笑う。
 それに釣られたのか、ユリも小さく笑った。

***********************************

 戦闘後、小太郎とユリが見た興信所は雑然としていた。
 窓ガラスは粉々に割れ、机に置かれていた書類は飛散し、テーブルに置いてあった紅茶のカップは最早影も無かった。
 先程とは全く違う……どこか廃ビルにでも転移されたのかと思った。
「……大分散らかったわねぇ」
 シュラインが惨状を見て、掃除が大変だと肩を落とした。
「だが、とにかくユリは守りきった。これで今の所は安全だろう」
「今のうちに黒服への対応策を練りましょう。今度は何時来るかわかりません」
 冥月と魅月姫の意見に全員が頷き、話し合いの場を作る。
「ねえ、冥月、魅月姫さん。あの黒服たちと戦って、どう思った?」
 シュラインの問いに冥月と魅月姫は意見を同じくする。
「予想外に弱かったな」「手ごたえがありませんでした」
「おかしいわよね? 手練だと思ったのに、あれだけ肩透かしなんて」
「確かにな。仮にも私の影術を躱した連中だとは思えない」
「……囮か何かだったのでしょうか?」
「囮にしては第二波が来ない。妙だな」
 囮を使う作戦だったとしたら、完全にその作戦は死んでいる。囮の効果はもうほとんど無い。
 後続の部隊が見えないところを見ると、囮ではなかったのかもしれない。
「妙な感じだ。何か引っかかる」
「冥月さんの術を躱すことが出来たのは、能力付与者の能力で何か身体能力の向上の術を施されていたのかもしれません」
「それは予想できる事だが……、だが別の事が引っかかる」
 どこかに違和感を感じる。
 人数に関して、どこかおかしい気がするのだ。
 シュライン、魅月姫、冥月、武彦、零、小太郎、ユリ。
 全員居るはずなのに、何処かおかしい……。
「なぁ、何か違和感を感じないか?」
 武彦の言葉に再び全員が頷く。
 どうやら全員違和感を感じているようだ。
 何処がおかしいのだろう?
 一見して、何もおかしいところは無いのに、直感が告げている。
 何かがおかしく、そして危険だと。
 そこに居た全員が気を張っていた。
 何が起きても対処できるはずだった。
 突然の襲撃にも瞬時に対応できる顔ぶれのはずだ。
 だが、しかし、
「……っう!?」
 ユリが短く詰まった声を上げる。
 体をくの字に折り、ふわりと宙に浮く。
「な、何だ、これは!?」
「術……!? いえ、魔力は感じられません……」
 冥月の声に反応して魅月姫が魔力を探るが、辺りから感じられる魔力は冥月、ユリ、小太郎、零のモノだけ。
 他に魔力を発しているモノなんて無いはず。
 しかし、ユリはそのまま意識を失い、ぐったりとしてしまった。
「っく! とりあえずユリをどうにかするぞ!」
 武彦がユリを宙からおろそうとするが、しかし、ユリはびくとも動かなかった。
「な、なんなんだ、こりゃ!?」
「おかしい……何が起きてるんだ!?」
 理解できない状況に多少混乱する一同。
 しかし、その時、その原因が姿を現した。
 それは巨躯の男性。
 黒服たちと同じように漆黒のスーツを身にまとい、ユリを肩に担いでいる。
「おっと。もう時間切れか。案外役に立たない能力だったな」
 そんな事を口走り、何も無かったかのようにユリを持ち出そうとする男。
 だが、冥月と魅月姫がいち早く動き、術で男の行動を制限しようとする。
「無駄だね。この娘が居る限り、俺に術や能力は通じない」
「なんだと!?」
 男の言ったとおり、術は発動せず、二人は例の『受け流された感じ』を覚えた。
「これは、ユリの能力!?」
「と言う事は、まさか……この人が能力付与能力者!?」
「お初にお目にかかる。佐田 征夫だ。……おっと、そっちの探偵さんはそうでもなかったな?」
 佐田と名乗った男の言葉に、全員が武彦に目を向ける。
 その隙を突いて、佐田は割れた窓から身を翻し、夜の街へ消えていった。
「視覚範囲からロスト。魔力追跡を行います」
 零が言うと同時に追跡を開始する。冥月もそれに続いて影を追う。
「……っく! ユリの能力が邪魔して追跡が困難だ!」
「目標を半径300m範囲からロスト。……人並み外れた身体能力ですね。こんなに早く走れるとは」
「何かの能力を使ったのかもしれない。能力を付与した符をたくさん持っている、とか。さっきまであの男を確認できなかったのも何かの能力でしょうね」
 シュラインが冷静に予測する。
「それより草間! あの男と面識があるのか!?」
 冥月が詰め寄り、武彦に尋ねる。
「……ああ、先日、一度だけ会った」
「何の為に?」
「依頼だよ。あのユリって女の子を捕まえて来いってな」
「何故それを早く言わない!?」
「守秘義務ってのがあるんだよ。依頼人の事は喋れない」
 武彦がイラついた表情でタバコに火をつける。
「……だが、こうなりゃ依頼人でもなんでもない。興信所を荒らした責任も取ってもらうか」
「何処に居るのかわかるのか?」
「ああ、一応な。依頼人の事はとりあえず調べておくさ。手間取ったんだがね。アイツ、どうやらオオタっていう製薬会社の関係者らしい。多分、そこに行けば何かつかめるはずだ」
「あまりノロノロしているわけにもいかないわよ? あの男がユリちゃんを使って何をするつもりかわからないんだし」
「敵の行動動機がわからない以上、迅速に行動した方が良いでしょうね」
 シュラインと魅月姫に言われて、武彦は頷き、すぐに外出の準備を始めた。
「零はここに残れ。夜が明けても俺達が戻らなければIO2に連絡しろ」
「はい、兄さん」
 言われて零は素直に頷く。
 武彦の準備が出来て、さぁ、敵地に乗り込もうとした時、
「あら、小太郎くんは?」
 シュラインが気付く。
「さっき出て行きましたけど」
 シュラインの疑問に魅月姫が事も無げに答えた。
「止めた方がよろしかったでしょうか?」
「独断先行は危険だが、あの少年なら多分問題ないだろう」
「何を根拠に!? あんな子供一人で……きっとユリちゃんを助けに行ったんだわ」
 冥月の言葉にシュラインが声を荒げた。
 しかし、冥月は薄く笑って答える。
「男だったらやらなければならない時もあるだろう。そしてアイツを危険な目にあわせないために、私達がこれから向かうんだ」
「……それって、なんか私達が脇役みたいじゃない?」
「偶には縁の下の力持ちも良いものでしょう」
 女性三人、各々笑みを浮かべていた。
「お喋りしている暇は無いぞ。すぐにオオタ製薬会社に向かう!」
 武彦の号令で一行は興信所を出た。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ (しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4682 / 黒榊・魅月姫 (くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、シナリオにご参加くださりありがとうございます! 『主役よりも脇役に感情移入することが多々』ピコかめです。(何
 第二話です。戦闘やら伏線張り、回収やらで一杯一杯だったぜ。(ぉ

 伏線色々がメインになった今回、いかがだったでしょうか?
 豪腕が唸ったり、剣の閃きに心を躍らせるのがアイデンティティとも言えよう俺としては軽い頭痛を催します。(ぉ
 でもそういうときにインテリキャラが居てくれると、パッパと話が進むのでありがたい限りですね。
 色々行き当たりバッタリで、キャラが崩壊してたらどうしよう、とか思ったりもしますが。(ぉ
 今回以降、そういう話も無くなって、戦闘メインの話が2話ほど続く予定ですが、どうぞお付き合いください。