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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 3

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 その結果得られたのは、この島の地図と、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在だということと、キングの住まう館の位置だった。
 それは、島の中央に二つ並んだ小高い丘の、西側の頂上に建っているという。ただし、そこに行くには、麓の関所を突破しなければならない。
 とりあえず、その関所を目指して進む草間たちは、途中で関所に食材を運ぶ商人のトラックと行き合った。
「徒歩で旅をしているとは、大変だね。私たちも関所まで行くんだ。なんなら、乗って行くかい?」
 気前のいい女将の言葉に、ありがたくトラックの荷台に載せてもらった草間たちは、関所までの数日を、彼女らと共に旅する。
 やがて関所にたどり着いた草間たちは、女将に頼み込み、荷物の中に潜んで建物の中へと入った。そして、その夜――草間たちは行動を開始するのだった。



■ ■ ■

【1】
 ササキビ・クミノは内側からそっとコンテナの蓋をずらして、隙間を作ると、外の気配を伺った。食材が運び込まれた庭は、しんと静まり返り、人の気配もないようだ。
 彼女は、音を立てないように蓋を更にずらして、自分が出られるだけの空間を作ると、そこから外へと滑り出した。
 彼女と同じように、他の仲間たちもあたりを警戒しながら、それぞれコンテナから這い出して来る。
「全員、いるか?」
 低い声で言ったのは、タケヒコだ。そして、集まって来たメンバーを確認するように見やる。クミノも、仲間たちを見回した。
 シオン・レ・ハイ、シュライン・エマ、法条風槻(のりなが ふつき)、草間零の四人とタケヒコ、それにクミノ自身を入れて六人だ。
「よし。この後の行動を確認するぞ」
 タケヒコが小さくうなずき、再び低い声で口を開いた。
「これから俺たちは、全員でまず備品室へ向かう。そこで予備の軍服と通信機、もし手に入れば階級章を入手、その後二手に分かれ、俺とクミノ、シオンは武器の調達のため、武器庫に向かう。シュライン、風槻、零はキングの館に入るためのパスの他、館に関する更に詳しい情報の入手に向かう。合流は二時間後。この関所の反対側の門の脇にある庭だ。合流した後はそこに潜み、朝になって関所の門が開くのを待つ。門が開いた後は、キングの館へ行く兵士のふりをして、ここを出る。いいな?」
「ええ」
 うなずいたのは、シュラインだ。彼女はずいぶんおちついているように見える。
「なんだかあたしたち、どっかの軍隊の工作員みたいね」
 風槻が笑って言った。シオンは、今タケヒコが言ったことを忘れないようにか、ブツブツと口の中で自分たちの行動計画を繰り返している。零は、緊張の面持ちで両手を強く握り合わせて立っていた。
 クミノたちの記憶は、相変わらず完全に戻る気配もなかった。だが彼女は、数日前に立ち寄ったイチの村で、自分の半径二十メートルに存在する不可視の障壁のことを思い出していた。この障壁は、物理的な攻撃を完全に無効化し、彼女に害意を抱いた人間を、二十四時間後には即死させるという恐ろしい力を持つ。
 障壁について思い出す以前から彼女は、仲間たちにあまり近づいてはならないと感じ、なるべく物理的な距離を多く置こうとしていたのだが、それはつまり、障壁の効果を潜在意識が覚えていたためでもあったのだろう。
 ともあれ、そんな彼女にとって、この数日間はなかなか大変だった。
 彼女たちが乗せてもらったトラックの荷台は、この関所に収めるための食材や調味料などの詰まったコンテナが満載されていた。彼女たちは、昼間はその上に座り、夜はその荷物の間で眠るという生活だった。当然、仲間たちと距離を置こうにも、スペースは限られている。
 そこで彼女は、人目につきにくい夜間は、障気でトラックにつかまり、自分自身の体を持ち上げ、できるだけ遠くに離れるという方法で、この数日間をしのいで来た。
 彼女の目に、障気は自分自身の体から伸びる銀の奔流と映っている。そして、その届く範囲内こそが、他者にとっては危険な場所なのだとようやく感じ取っていた。
 むろん、この銀の奔流は他の者には不可視のようだった。いや、ただ一人、零だけはそれが見えるらしい。
 トラックで過ごす最後の夜に、彼女がクミノに声をかけて来たのだ。
「クミノさん、体から流れる銀の奔流を、操れるようになったんですね。でも、どうして夜になるといつも、トラックから離れてしまうんですか? ちゃんと眠らないと、体に良くありません」
「零さん……。私の体から流れ出るこれが、見えるのか?」
 クミノは、さすがに驚いてたずねる。零はうなずいた。
「はい。……私には霊力のようなものが、あるのかもしれません。よくわかりませんが、イチの村でも、キングを騙っていたキヨラさん……あの人に会った時、後ろにたくさん怨霊が憑いているのが見えました。恐ろしくて、とても口にはできませんでしたけれど」
「ああ……」
 あれぐらい多くの少女たちを犠牲にしていれば、それぐらいあっても当然だろうと、イチの村の北の森の館で見た無惨な死体を思い出し、クミノはうなずき返す。それから彼女は、見えているならしかたがないと、自分の周辺を包む瘴気のことを零に告げた。
「……そうでしたか。事情はわかりました。でも、ここにいるみなさんなら、きっと大丈夫です。クミノさんに害意を向けたりしません。だから、安心して一緒に寝ましょう」
 零は、わずかに驚いたように目を見張った後、言った。
「ありがとう。だが、私のことは気にしないでくれ。それに、もう今夜一晩だけの辛抱だしな」
 クミノは、笑って返した。気持ちはうれしいが、それが絶対ではない以上、気を抜くわけにはいかない。
 零は幾分悲しそうな顔をしたが、彼女の意志が固いのだと感じてか、黙って荷物の隙間に身を横たえた。
 クミノはそれへ背を向けて、その夜もまたそれまでと同じく、自分の体を障気で持ち上げ、できるだけ仲間たちから離れて過ごした。
 翌朝。トラックの荷台で簡単な食事を取っている時に、風槻が関所内部の地図が手に入ったと告げて、クミノたちを驚かせた。昨日眠りに就く前には、そんなものはなかったのだから、いったい彼女はどうやってその地図を手に入れたのか。
 誰もが同じ気持ちだったのか、代表するように地図について尋ねたタケヒコに、風槻は言った。
「寝る前からずっと、関所内部の地図が欲しいって思ってたのよ。それで、中がどんなふうになってるのか、ずっと考えていたら……いきなり、頭の中にぶわーっと建物の中の様子が浮んで来たの。入り口入った先はどうなってるだとか、どこにどんな部屋があって、そこまで行く廊下はどうなってるだとか、全部見えたの。それで、慌てて飛び起きて、シオンに紙をもらって鉛筆借りて、見えたものを地図に起こしたってわけ」
「それってつまり……透視能力か何かってこと?」
 とまどったように尋ねたのは、シュラインだ。
「あたしにも、よくはわからないわ」
 肩をすくめてそっけなく答えてから、風槻は続けた。
「ただ、なんとなく思うんだけど、あたしたちって全員、ちょっと普通じゃない能力の持ち主なんじゃないかしら。シュラインは聴力に優れた耳と声帯模写の能力があるでしょ? ササキビは武器を招喚できるし、あの森の館では攻撃されても平気だったわよね。それに、武器の扱いにも長けているみたいだし。タケヒコも武器の扱いには慣れているようだし……お嬢ちゃんとシオンも、こんな騒ぎにいきなり巻き込まれて、それでも平然としているなんて、やっぱり並みの神経じゃないと思うのよ」
「そうだな。……むしろ、俺たちはそんなふうだから、記憶を奪われ、この島に置き去りにされたって可能性もあるかもしれないな」
 タケヒコが、しばし考え込んだ後、慎重な口調で言った。
「逆の発想……だな。だがそれだと、私たちをここへ放置した者は、キングを倒させたい誰かということになる」
 クミノはそれへ、気づいたことを言って、小さく肩をすくめる。
「もっとも、どれだけ私たちがあれこれ考えてみようと、それが事実かどうかをたしかめるすべは、今はないということだ」
「それはそうですね。……ともかく、もうここまで来たら、関所をなんとか突破して、キングの館へ行ってみる以外、ありません」
 うなずいて言ったのは、シオンだ。
 その後、彼女たちは風槻が作成した地図を囲んで、関所に入ってからの行動計画を入念に練ったのだった。
 ちなみに、関所を通してもらうにも手形が必要だが、キングの館に入るのもパスが必要らしい。これは、彼女たちをここまで乗せて来てくれた商人の女将から聞いた話だった。
 女将によれば、キングの館のある小高い丘はタルナの丘と呼ばれており、その麓――つまり関所の向こうには小さな街が広がっているのだという。いわばキングのお膝元にある王都といってもいいだろう。
 関所は、その王都への人や物の出入りを監視・監督する役目を担っているわけだ。
 もっとも、関所を通過できても行けるのは王都までで、キングの館へはパスを持たない一般人は立入禁止である。そこに行けるのは、特別に許可を得た商人たちか、兵士らだけだという。
 キングの館は常に大勢の兵士らに守られているが、関所に詰めている兵士らはここから送られて来るのだ。何日かずつ、いくつかの部隊が入れ替わる形で、その勤務は行われているらしい。
 つまり、クミノたち六人も、パスを手に入れその交替の兵士らにまぎれれば、問題なく関所を通れる上に、キングの館に入るのも容易いというわけだ。
「よし。じゃあ、作戦開始だ」
 タケヒコが全員を見やって、低く言った。クミノたちはうなずくと、ひそやかに行動を開始した。

【2】
 夜間だからだろうか。建物の中はしんと静まり返り、中を警備して回る兵士の姿もないようだ。
 関所は、地上三階、地下一階の建物だった。
 正面の大門から王都のある南側の門までは、建物の真ん中を貫く広い通路を通って行くようになっており、両方の門の内側に、手形の確認を行うための窓口があり、その後ろは兵士らの詰所となっていた。
 通路の頭上は二階までの吹き抜けで、地図を見るとその構造のせいか、一階と二階は東西二つの棟に別れる形になっており、三階と地下はそれぞれ一つの棟になっている。クミノたちが最初に目指す備品室は、二階の西側の棟の一番奥にあった。
 ちなみに、クミノたちが潜んでいた食材のコンテナが運び込まれたのは、一階の西の棟の中にある、小さな坪庭だった。食材は一旦ここに運び込まれ、その後兵士らによって地下の食糧庫に収められるらしい。が、クミノたちを乗せてくれた商人のトラックが関所に到着したのは、もう夕方近くのことだった。関所本来の仕事に忙しい兵士らは、食材を倉庫に収めるのは明日に持ち越したようだ。
 坪庭は、一階西棟の玄関のような場所でもあるらしく、そこからは二階へ向かう階段と、一階の西棟内部への入り口が伸びていた。もちろんクミノたちは、二階への階段を昇る。
 そこから地図を頼りに歩いて、備品室はすぐに見つかった。
 さすがに鍵が掛かっていたが、それは暗証番号式のもので、壁に取り付けられた数字のパネルを風槻が素早く操作し、最後にEnterキーを押すと、それは難なく開いた。
「すごいですね。これも、透視したんですか?」
 それを目を丸くして見やりながら言ったのは、シオンだった。
「ええ。あたしが中の様子を見た時、偶然操作している兵士がいたから、覚えてたのよ」
 風槻がうなずいて、答える。
(便利な能力だな)
 クミノはふと胸に呟きつつ、開いた扉の中へと滑り込んだ。
 中は至って簡素な部屋で、洋服屋で並んでいるような金属製のパイプを組み合わせた、背の高いバーがいくつか据えられ、そこに予備のらしい軍服がいくつも掛けられていた。また、隅の方に並ぶスチール製のロッカーの中には、帽子や手袋、ベルト、靴などといったものが収められている。その一番端のものの中に、小型の通信機が収められていた。さすがに階級章はなかったが、それ以外は充分すぎるほどそろっている。
 クミノたちは、手早くバーに掛けられた軍服の中から、自分に合うサイズのものを選び出す。軍服は厚い生地でできており、ズボンと半袖Tシャツ、それに長袖の上着の三点セットになっていた。色はどれもカーキ色だ。
 彼女たちはそれに着替え、最初に着ていた服は、ロッカーの中にあったナップザックに入れる。もともとの荷物はともかく、これをずっと持ち歩くわけにもいかないので、このあと武器庫へ行くことになっているクミノとシオン、タケヒコの三人が、全員の分を合流場所に隠すことになっていた。
 小柄で背の低いクミノは、合うサイズを選んだものの、全体的に丈が長い。ズボンの裾は、ロッカーの中にあったブーツを履いて、そこへ押し込んでしまったからいいものの、上着の袖は折り上げないと、行動に支障を来たす。彼女は少しだけそれをいまいましく感じながら、ちょうどいい長さに自分で調節し、持ち物の入ったポシェットを肩から掛けた。
 軍服だけでなく、通信機も入手したのは、関所内で仲間同士でやりとりしても、不審がられないためだ。クミノの持つ携帯電話には、トランシーバー機能もついていて、携帯電話とリンクできる。が、関所内で周波数の違う通信システムを利用して、かえって自分たちの侵入が関所側に知られてしまわないとも限らない。また、この中で使うことを前提にしている通信機ならば、他の兵士たちのそれでのやりとりも、傍受できる可能性もあった。
 彼女たちは他に、ロッカーの中にあったペンライトもそれぞれ手にした。ずっと暗い所にいて目が慣れているとはいえ、明かりがあるに越したことはない。
 そうして用意が整うと彼女たちは、二手に分かれて動き出した。

【3】
 クミノがシオン、タケヒコの二人と共に向かったのは、地下の武器庫である。
 途中、全員の衣服を合流場所の生垣の影に隠してから、彼女たちは最初にいた一階西棟の坪庭へと向かう。地下への階段も、そこから続いているのだ。
 風槻が作成した地図を頭に叩き込んでいるので、探す手間ははぶけるが、どうにもこの静けさがクミノには気になる。
(まさか私たちは、ただ泳がされているだけではないだろうな)
 考えすぎだとは思う。建物への侵入は、うまく行っていた。運び込まれた食材は、伝票をチェックされるだけなので、明日になればあのまま地下へ運び込まれ、使うために開けられるまで、中に隙間があることが知られることはないだろう。
 だが、どうにも気持ちが悪くてしかたがない。まるでうなじの毛がちりちりと逆立って来るかのような、奇妙な焦燥感を覚えるのだ。
 そのせいで、彼女はいささか性急になっていたのかもしれない。武器庫に鍵が掛かっており、それがさっきの備品室と同じく、暗証番号を打ち込むシステムになっていると知った時、思わず武器庫のドアを睨み据えてしまった。
(壊れろ)
 瞬間的に、そう念じていた。途端に壁に取り付けられた数字パネルが、小さな音を立てて弾け飛んだ。
「なんだ? 今のは」
「どどど、どうしたんでしょう?」
 タケヒコとシオンが、同時に驚きの声を上げる。クミノは、思わず能力を使ったことを後悔して、小さく舌打ちしたが、今更遅い。二人に自分の持つもう一つの力を説明するのも面倒で、黙ってドアに手をかけた。それは難なく開き、彼女は中へと足を踏み入れる。
 背後でシオンとタケヒコが顔を見合わせる気配があった。が、やがて二人も中へと入って来る。
 武器庫の中は、ずいぶんと広かった。銃に弾薬、手榴弾、防弾チョッキ、ヘルメットなどが整然と整頓されて並んでいる。
「すごいですね」
 あたりを見回し、感嘆の声を上げたのはシオンだ。彼はクミノとタケヒコを見やって言う。
「ええっと……武器は、銃とプラスチック爆弾、手榴弾、それに防弾チョッキを人数分でいいですよね」
「そうだな」
 うなずいて、タケヒコがちらりと確認するように、クミノを見やった。彼女もうなずく。六人の中で、武器の扱いに長けていると見ていいのは、彼女自身とタケヒコぐらいだろう。今シオンが上げたのは、武器の中でも基本中の基本とも言うべきものなので、他の者たちが持つにも、ちょうどいいと思われた。
 そこで彼女たちは、手分けして武器の並ぶ棚から、必要なものを人数分持って来る作業に取り掛かった。爆弾や手榴弾のような小さなものは、シオンのリュックに入れ、かさばる防弾チョッキや銃は、タケヒコが備品室から持って来た大き目のナップザックに入れる。
 作業を終えて、携帯電話の時計で時間を確認すると、二手に分かれてから、一時間と少しが過ぎ去ったところだった。
(思ったより早く作業が終わったな)
 クミノは胸に呟く。
 やがて三人はうなずき合うと、武器庫を後にした。
 だが。地下からの階段を昇り終えたところで、あたりにけたたましい警報が鳴り響くのが聞こえた。建物に一斉に明かりが灯り、人のざわめく声がする。
「武器庫の鍵を壊したのがバレたのか? それとも、見つかったのは、零たちの方か?」
 タケヒコが、思わず立ち止まってあたりを見回しながら、低く叫んだ。
「どちらの可能性もあるな」
 クミノは冷静に言って、更に言葉を続けようとした。だが、それより早く、西棟の玄関口が乱暴に開いて、中から手に手に自動小銃を握りしめた兵士らが飛び出して来た。彼らは、三人に向かって、一斉に構える。
「どうやら、侵入がバレたのは、私たちのようだ」
 クミノはボソリと呟き、タケヒコとシオンに鋭く言った。
「二人とも、私から離れろ。半径二十メートル以上は距離を取れ。でないと、巻き添えで、二十四時間後には死ぬことになるかもしれないぞ」
「クミノさん?」
 シオンは、言われた意味が飲み込めないのか、激しく目をしばたたいて、彼女を見やる。対してタケヒコの判断は素早かった。
「わかった。……おい、シオン。ここからは、別行動だ」
 言うなり彼は、脱兎のごとく東側の棟めがけて走り出した。
「あ、ち、ちょっと。置いて行かないで下さい!」
 シオンの方は、今一つ訳がわかっていない様子のまま、それでもその後を追って、走り出す。
 それを尻目に、クミノは二人を追って行こうとする兵士らの前に、立ちはだかった。兵士らの銃弾が雨のように浴びせかけられたが、彼女はまったくの無傷だ。一方兵士らの方は、彼女の自動小銃での攻撃を浴びて、次々と倒れて行く。銃は、武器庫で手に入れたものだ。
 できるだけひそやかに、必要なものだけ手に入れて、関所を突破しようというのが、彼女たち六人の一致した意見だった。だが、こうして見つかってしまっては、しかたがない。むしろ、相手にこちらの侵入を知られてしまったからには、徹底的にやるしかないだろう。そうでなければ、後で痛い目を見るのは自分たちだ。
 心を決めると彼女は、建物の中を、兵士たちを翻弄するかのように移動し続けながら、招喚した遠隔操作可能の爆弾を、階段の隅や柱の陰などに仕掛けて行く。
 その途中、北側の門の方で、何かが爆発するような大音声が響くのを聞いた。他の二人も、どこかで戦っているのだろう。
(零さんたち三人は、どうしただろう?)
 クミノは、ふと別行動の三人のことも気になった。通信機で連絡を取ってみようと、立ち止まって柱の影に身を潜めた時だ。
 ふいにあたりの照明が消えた。
 さっきまで、晧々と昼間のような光に包まれていた建物内が、鼻をつままれてもわからないほどの、真の闇の中に放り出されたのだ。
 さすがにクミノは、パニックを起こすほどではなかったが、顔をしかめてその場で息を殺す。これがいったい、どういうことなのか、まずは見極めなければならない。
 と、ポシェットの中の通信機が小さく鳴り始めた。
 彼女は顔をしかめたまま、ポシェットからそれを取り出し、通話ボタンを押す。
『みんな、聞こえる? あたし、風槻よ。今、建物内の電源を全て落としたわ。連中がパニくってる間に、ここを突破するのよ。いい?』
 こちらが答えるより先に、通信機からはそんな声が流れ出して来た。備品室を出る時に、六人で同じ回線を使えるよう、それぞれ通信機の設定を合わせているので、この声はおそらく、一斉に他の四人にも届いているだろう。
「了解した」
 クミノは一言返して、通信を切断すると、それをポシェットにしまい、かわりにペンライトを取り出した。この闇の中では敵にこちらの存在を教える目印にもなりかねないが、素早く行動するためには多少の危険はしかたがない。
 彼女は明かりをつけると、柱の影から出た。彼女が今いるのは、東棟の二階、北側だ。小さくうなずくと彼女は、ペンライトの明かりを頼りに、闇の中を走り出した。

【4】
 関所の兵士らが、停電にパニックになったのは、最初のうちだけだったようだ。そこはさすがに、訓練された兵士たちだと言うべきだろうか。
 もっとも、配電盤が壊されでもしたのか、明かりはなかなか元に戻らず、建物内は闇に閉ざされたままだった。
 クミノ自身が思ったとおり、彼女の持つペンライトの明かりは、恰好の標的のようだ。とはいえ、いくら撃たれても、クミノは一切傷を負うことはない。障壁が全ての攻撃を無効化させているおかげで、いちいち相手をしなければ、さながら無人の野を行くがごとしだ。
 しかし、他の仲間たちは、そういうわけには行かなかったようだ。彼女が、南側の門の前にたどり着いた時、そこは兵士と仲間たちとの乱戦状態になっていた。一人一人を相手にするのと違って、この状態では同士撃ちになることもあると考えてか、兵士らは銃ではなく、警棒のようなものをふり回している。
 クミノは、それを遠目に見やって、足を止めた。ここで自分が参戦すれば、仲間たちを障壁の致死性に巻き込む恐れもある。だが、ただ見ているだけでは、事態は動かないに違いない。
 彼女は、建物に仕掛けた爆弾のうち、一番ここから遠い場所のものを、爆発させた。その音に、その場の人々の動きが止まる。彼女は続けて、二番目に遠い場所のものを、爆発させた。今度のそれは、二階部分だったため、派手に火柱が上がり、壁の一部や窓が吹き飛ぶのが、ここからでもよく見えた。
 兵士たちの間から、怒号とも非鳴ともつかない声が上がる。彼らは、新手の侵入者がいるとでも思ったのかもしれない。何人かが、そちらへ向かって走って行く。
 クミノは、建物の影に身を潜めてそれをやり過ごし、残りの爆弾を全て爆発させた。
 これでさすがの兵士らも、完全にパニックに陥ったようだ。
 クミノがようやく大丈夫だろうと察して門の傍に来た時、兵士らは大半が姿を消しており、残った者たちも、零たちによって次々と倒されて行っていた。
(壊れろ)
 それを見やって、クミノは潮時だと感じた。門に視点を固定し、胸に呟く。途端、巨大な門が、派手な音を立てて吹き飛んだ。後はただ、そこから外へ出るだけである。
「ササキビ、乗って!」
 鋭い声と共に、彼女の傍に急停車したのは、風槻が運転するジープだった。後部座席に座るシオンが、彼女に手をさしのべてくれる。それに助けられ、彼女はその隣に収まった。それを確認すると同時に、風槻はすごい勢いでジープを発進させる。
 そのまま彼女たちは、関所の門を抜け、ひたすら走り続けた――。



■ ■ ■

 ようやく追っ手が完全にいなくなった時には、東の空が白みかけていた。風槻が、少しスピードを落す。
 この時になってやっとクミノは、ジープの中に自分を含めて五人しかいないことに、気づいた。
「タケヒコさんはどうしたんだ?」
「それが、わからないんです」
 思わず尋ねたクミノに、困ったように答えたのは、シオンだった。
「私、途中までは一緒だったんですけれど、いつの間にか見失ってしまって……」
「通信機で呼び出せば……」
 言いかけるクミノに、零がかぶりをふった。
「門の前でも、呼んでみました。でも、まったく応答がなくて」
「じゃあ、まさか……」
「たぶん、そのまさかよ。連中に、捕らわれたんだわ」
 思わず呟くクミノに、風槻が運転しながらうなずいて言う。クミノは、思ってもいない事態に、小さく唇を噛んだ。仲間を置き去りにするのはむろんだが、戦力的にも決戦に臨むに当たって、彼がいないのは辛い。それにたしか、彼は防弾チョッキや銃の入ったナップザックを運んでいたはずだ。つまり、せっかく調達した武器の一部も失われてしまったわけだ。
「それで、どうするんだ?」
 ややあって尋ねたクミノに、答えたのはずっと黙っていたシュラインだった。
「このまま行くわ。彼のことは心配だけど、きっとキングを倒せば、彼も解放されると思うから」
「そうね。あたしもそれがいいと思う。もう、いつまでも自分が何者なんだかわからない状態のままでいるのは、うんざりよ」
 うなずいたのは、風槻だ。
「私も、今の状況では、キングを倒す方が先決だと思います」
 シオンもうなずいて言う。
「私も、そう思います」
 零もうなずいた。風槻が、尋ねるようにクミノに視線を投げて来る。
「私もこのままキングの館ヘ向かう方へ、一票だ」
 肩をすくめてクミノが返すと、風槻は笑った。
「満場一致で、キングを倒すに決定ね。……飛ばすわよ」
 言うなり彼女は、再びスピードを上げた。
 風が耳元でうなり、クミノの長い髪をさらって行く。彼女たちはようやく、旅の終わりに近づきつつあった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
『記憶の迷宮 3』に参加いただき、ありがとうございます。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●ササキビ・クミノ様
すみません。前回のプレイングとクミノ様の設定に関して、
一部勘違いがあったようですね。
申し訳ありませんでした。

●シオン・レ・ハイ様
リンボーダンスの姿勢で避ける! というのが斬新でした。
いつも、楽しいプレイングをありがとうございます。

●シュライン・エマ様
今回は、金庫破りに挑戦していただきました。
鋭い聴力の延長(?)で、こんなこともできるかもな……と
思いまして。

●法条風槻さま
地図があって、助かりました。
暗証番号については、情報分析力に優れているなら、
こういうこともできるかな……と想像を逞しくしてみました。

次回は解決編です。
最後まで参加していただければ、うれしいです。
ということで、どうぞよろしくお願いします。