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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 3

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 その結果得られたのは、この島の地図と、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在だということと、キングの住まう館の位置だった。
 それは、島の中央に二つ並んだ小高い丘の、西側の頂上に建っているという。ただし、そこに行くには、麓の関所を突破しなければならない。
 とりあえず、その関所を目指して進む草間たちは、途中で関所に食材を運ぶ商人のトラックと行き合った。
「徒歩で旅をしているとは、大変だね。私たちも関所まで行くんだ。なんなら、乗って行くかい?」
 気前のいい女将の言葉に、ありがたくトラックの荷台に載せてもらった草間たちは、関所までの数日を、彼女らと共に旅する。
 やがて関所にたどり着いた草間たちは、女将に頼み込み、荷物の中に潜んで建物の中へと入った。そして、その夜――草間たちは行動を開始するのだった。



■ ■ ■

【1】
 シオン・レ・ハイは内側からそっとコンテナの蓋をずらして、隙間を作ると、外の気配を伺った。食材が運び込まれた庭は、しんと静まり返り、人の気配もないようだ。
 彼は、音を立てないように蓋を更にずらして、自分が出られるだけの空間を作ると、そこから外へと滑り出した。
 彼と同じように、他の仲間たちもあたりを警戒しながら、それぞれコンテナから這い出して来る。
「全員、いるか?」
 低い声で言ったのは、タケヒコだ。そして、集まって来たメンバーを確認するように見やる。シオンも、仲間たちを見回した。
 ササキビ・クミノ、シュライン・エマ、法条風槻(のりなが ふつき)、草間零の四人とタケヒコ、それにシオン自身を入れて六人だ。
「よし。この後の行動を確認するぞ」
 タケヒコが小さくうなずき、再び低い声で口を開いた。
「これから俺たちは、全員でまず備品室へ向かう。そこで予備の軍服と通信機、もし手に入れば階級章を入手、その後二手に分かれ、俺とクミノ、シオンは武器の調達のため、武器庫に向かう。シュライン、風槻、零はキングの館に入るためのパスの他、館に関する更に詳しい情報の入手に向かう。合流は二時間後。この関所の反対側の門の脇にある庭だ。合流した後はそこに潜み、朝になって関所の門が開くのを待つ。門が開いた後は、キングの館へ行く兵士のふりをして、ここを出る。いいな?」
「ええ」
 うなずいたのは、シュラインだ。彼女はずいぶんおちついているように見える。
「なんだかあたしたち、どっかの軍隊の工作員みたいね」
 風槻が笑って言った。零は、緊張の面持ちで両手を強く握り合わせて立っている。
 シオンは、そんな中、今タケヒコが言ったことを忘れないように、ブツブツと口の中で自分たちの行動計画を繰り返した。
 彼らの記憶は、相変わらず完全に戻る気配もなかった。だがシオンは、この数日間の旅で、食事時の箸の使い方だけは上手いことに気づいていた。いや……気づいたからといって、どうということもないのだが、彼は彼なりに自分は箸を上手に使いこなす必要のある生活をしていたに違いない、と確信するに至っていた。
(どちらにしてもきっと、私は戦いとか武器とは無縁な、平和なくらしをしていたに違いありません。……こうして毎日お箸を使っていたら、少しはその時の記憶が、戻って来ないものでしょうか)
 食事のたびに、リュックの中に入っていた箸を使いつつ、彼はそんなことを考えたものだ。
 彼らが乗せてもらったトラックの荷台は、この関所に収めるための食材や調味料などの詰まったコンテナが満載されていた。彼らは数日間は、昼間はその上に座り、夜はその荷物の間で眠るという毎日だった。
 かなり肉体的に辛いといえば辛いはずだが、シオンは意外と平気だった。
(うーん。私って、環境に適応しやすいんでしょうか。それとも、記憶をなくす前も、こういうサバイバルなくらしをしていたんでしょうか)
 自分でも首をひねりつつ、辛い思いは少ない方がいいと楽観的に考える。
 ただ、戦闘に関しては、自分はあまり役に立ちそうにないと漠然と感じていた。イチの村を出る時、鍛冶屋にもらった槍を、そのまま持って来た。旅の間は他人を驚かせてもなんなので、刃先の部分ははずしてリュックにしまい、柄の部分だけを杖がわりに使っている。原始的といえばそうかもしれないが、武器を扱うとしたら、彼にはこのあたりが精一杯だ。
(私のこの手には、武器よりももっと、しっくり来るものがあったような気がします)
 トラックで過ごした最後の夜、彼はふと自分の手を見やって、しみじみと思ったものだった。
 その翌朝。トラックの荷台で簡単な食事を取っている時に、風槻が関所内部の地図が手に入ったと告げて、シオンたちを驚かせた。昨日眠りに就く前には、そんなものはなかったのだから、いったい彼女はどうやってその地図を手に入れたのか。
 誰もが同じ気持ちだったのか、代表するように地図について尋ねたタケヒコに、風槻は言った。
「寝る前からずっと、関所内部の地図が欲しいって思ってたのよ。それで、中がどんなふうになってるのか、ずっと考えていたら……いきなり、頭の中にぶわーっと建物の中の様子が浮んで来たの。入り口入った先はどうなってるだとか、どこにどんな部屋があって、そこまで行く廊下はどうなってるだとか、全部見えたの。それで、慌てて飛び起きて、シオンに紙をもらって鉛筆借りて、見えたものを地図に起こしたってわけ」
 彼女の話に、昨夜、寝入り端にいきなり叩き起こされて、紙と鉛筆を所望されたのは、こういうわけだったのかと、シオンは一人納得する。
「それってつまり……透視能力か何かってこと?」
 とまどったように尋ねたのは、シュラインだ。
「あたしにも、よくはわからないわ」
 肩をすくめてそっけなく答えてから、風槻は続けた。
「ただ、なんとなく思うんだけど、あたしたちって全員、ちょっと普通じゃない能力の持ち主なんじゃないかしら。シュラインは聴力に優れた耳と声帯模写の能力があるでしょ? ササキビは武器を招喚できるし、あの森の館では攻撃されても平気だったわよね。それに、武器の扱いにも長けているみたいだし。タケヒコも武器の扱いには慣れているようだし……お嬢ちゃんとシオンも、こんな騒ぎにいきなり巻き込まれて、それでも平然としているなんて、やっぱり並みの神経じゃないと思うのよ」
「そうだな。……むしろ、俺たちはそんなふうだから、記憶を奪われ、この島に置き去りにされたって可能性もあるかもしれないな」
 タケヒコが、しばし考え込んだ後、慎重な口調で言った。
「逆の発想……だな。だがそれだと、私たちをここへ放置した者は、キングを倒させたい誰かということになる」
 それへ言って、小さく肩をすくめたのはクミノだ。
「もっとも、どれだけ私たちがあれこれ考えてみようと、それが事実かどうかをたしかめるすべは、今はないということだ」
「それはそうですね。……ともかく、もうここまで来たら、関所をなんとか突破して、キングの館へ行ってみる以外、ありません」
 シオンは、うなずいて言った。
 その後、彼らは風槻が作成した地図を囲んで、関所に入ってからの行動計画を入念に練ったのだった。
 ちなみに、関所を通してもらうにも手形が必要だが、キングの館に入るのもパスが必要らしい。これは、彼らをここまで乗せて来てくれた商人の女将から聞いた話だった。
 女将によれば、キングの館のある小高い丘はタルナの丘と呼ばれており、その麓――つまり関所の向こうには小さな街が広がっているのだという。いわばキングのお膝元にある王都といってもいいだろう。
 関所は、その王都への人や物の出入りを監視・監督する役目を担っているわけだ。
 もっとも、関所を通過できても行けるのは王都までで、キングの館へはパスを持たない一般人は立入禁止である。そこに行けるのは、特別に許可を得た商人たちか、兵士らだけだという。
 キングの館は常に大勢の兵士らに守られているが、関所に詰めている兵士らはここから送られて来るのだ。何日かずつ、いくつかの部隊が入れ替わる形で、その勤務は行われているらしい。
 つまり、シオンたち六人も、パスを手に入れその交替の兵士らにまぎれれば、問題なく関所を通れる上に、キングの館に入るのも容易いというわけだ。
「よし。じゃあ、作戦開始だ」
 タケヒコが全員を見やって、低く言った。シオンたちはうなずくと、ひそやかに行動を開始した。

【2】
 夜間だからだろうか。建物の中はしんと静まり返り、中を警備して回る兵士の姿もないようだ。
 関所は、地上三階、地下一階の建物だった。
 正面の大門から王都のある南側の門までは、建物の真ん中を貫く広い通路を通って行くようになっており、両方の門の内側に、手形の確認を行うための窓口があり、その後ろは兵士らの詰所となっていた。
 通路の頭上は二階までの吹き抜けで、地図を見るとその構造のせいか、一階と二階は東西二つの棟に別れる形になっており、三階と地下はそれぞれ一つの棟になっている。シオンたちが最初に目指す備品室は、二階の西側の棟の一番奥にあった。
 ちなみに、シオンたちが潜んでいた食材のコンテナが運び込まれたのは、一階の西の棟の中にある、小さな坪庭だった。食材は一旦ここに運び込まれ、その後兵士らによって地下の食糧庫に収められるらしい。が、シオンたちを乗せてくれた商人のトラックが関所に到着したのは、もう夕方近くのことだった。関所本来の仕事に忙しい兵士らは、食材を倉庫に収めるのは明日に持ち越したようだ。
 坪庭は、一階西棟の玄関のような場所でもあるらしく、そこからは二階へ向かう階段と、一階の西棟内部への入り口が伸びていた。もちろんシオンたちは、二階への階段を昇る。
 そこから地図を頼りに歩いて、備品室はすぐに見つかった。
 さすがに鍵が掛かっていたが、それは暗証番号式のもので、壁に取り付けられた数字のパネルを風槻が素早く操作し、最後にEnterキーを押すと、それは難なく開いた。
「すごいですね。これも、透視したんですか?」
 シオンはそれを、目を丸くして見やりながら言った。
「ええ。あたしが中の様子を見た時、偶然操作している兵士がいたから、覚えてたのよ」
 風槻がうなずいて、答える。
(私にも、一つぐらいこういう能力があれば、皆さんのお役にも立てたんでしょうに……)
 シオンは思わず胸に呟いた。もっとも、自分にそんな能力がないことは、イチの村で実験済みだ。うらやんでもしかたのないことと自分に言い聞かせ、扉の中へと滑り込む。
 中は至って簡素な部屋で、洋服屋で並んでいるような金属製のパイプを組み合わせた、背の高いバーがいくつか据えられ、そこに予備のらしい軍服がいくつも掛けられていた。また、隅の方に並ぶスチール製のロッカーの中には、帽子や手袋、ベルト、靴などといったものが収められている。その一番端のものの中に、小型の通信機が収められていた。さすがに階級章はなかったが、それ以外は充分すぎるほどそろっている。
 シオンたちは、手早くバーに掛けられた軍服の中から、自分に合うサイズのものを選び出す。軍服は厚い生地でできており、ズボンと半袖Tシャツ、それに長袖の上着の三点セットになっていた。色はどれもカーキ色だ。
 彼らはそれに着替え、最初に着ていた服は、ロッカーの中にあったナップザックに入れる。もともとの荷物はともかく、これをずっと持ち歩くわけにもいかないので、このあと武器庫へ行くことになっているシオンとクミノ、タケヒコの三人が、全員の分を合流場所に隠すことになっていた。
 長身でがっしりした体格のシオンは、軍服がなかなかさまになった。長い髪と顎鬚がややうさん臭い感じを醸し出しているが、外人部隊や傭兵などの寄せ集めの軍隊ならば、いかにもな外見だ。
 リュックに入れてあった槍の刃先を柄に戻し、リュックは背中に背負う。
 軍服だけでなく、通信機も入手したのは、関所内で仲間同士でやりとりしても、不審がられないためだ。クミノの持つ携帯電話には、トランシーバー機能もついていて、携帯電話とリンクできる。が、関所内で周波数の違う通信システムを利用して、かえって自分たちの侵入が関所側に知られてしまわないとも限らない。また、この中で使うことを前提にしている通信機ならば、他の兵士たちのそれでのやりとりも、傍受できる可能性もあった。
 彼らは他に、ロッカーの中にあったペンライトもそれぞれ手にした。ずっと暗い所にいて目が慣れているとはいえ、明かりがあるに越したことはない。
 そうして用意が整うと彼らは、二手に分かれて動き出した。

【3】
 シオンがクミノ、タケヒコの二人と共に向かったのは、地下の武器庫である。
 途中、全員の衣服を合流場所の生垣の影に隠してから、彼らは最初にいた一階西棟の坪庭へと向かう。地下への階段も、そこから続いているのだ。
 風槻が作成した地図を覚えているし、地下はそう複雑な造りでもないので、迷う心配はない。三人は、見張りの兵士と出会うようなこともなく、武器庫の前へとたどり着いた。
 だが、武器庫には鍵が掛かっていた。備品室と同じく、暗証番号を打ち込むシステムらしい。傍の壁に、小さな数字パネルが取り付けられている。
(これって、どうしたらいいんでしょうか。さっきは、風槻さんがいましたから……)
 一瞬、シオンは途方にくれかけ、ふと通信機で風槻に暗証番号を尋ねてみればいいのだと思いついた。自分の考えを、クミノとタケヒコに話そうと、彼が口を開きかけた時だ。
 いきなり小さな音を立てて、数字パネルが弾け飛んだ。
「なんだ? 今のは」
「どどど、どうしたんでしょう?」
 タケヒコとほぼ同時にシオンは、ひっくり返った声を上げる。
 クミノだけが、少しも驚くことなく、黙ってドアに手をかけた。難なく開いたドアの中へ、彼女は足を踏み入れる。
 シオンは思わずタケヒコと顔を見合わせた。
(さっきのは、ひょっとしたらクミノさんの能力だったんでしょうか)
 ふとそう思ったものの、クミノの背は問いかけることを拒絶しているかのようで、シオンは黙ってタケヒコと共にその後に従うしかなかった。
 武器庫の中は、ずいぶんと広かった。銃に弾薬、手榴弾、防弾チョッキ、ヘルメットなどが整然と整頓されて並んでいる。
「すごいですね」
 シオンはあたりを見回し、感嘆の声を上げた。クミノとタケヒコを見やって言う。
「ええっと……武器は、銃とプラスチック爆弾、手榴弾、それに防弾チョッキを人数分でいいですよね」
「そうだな」
 うなずいてタケヒコが、確認するようにちらりとクミノを見やった。彼女もうなずく。
 そこで彼らは、手分けして武器の並ぶ棚から、必要なものを人数分持って来る作業に取り掛かった。爆弾や手榴弾のような小さなものは、シオンのリュックに入れ、かさばる防弾チョッキや銃は、タケヒコが備品室から持って来た大き目のナップザックに入れる。
 作業を終えた後、シオンはタケヒコが携帯電話の時計で時間を確認しているのを、横から覗き込んだ。二手に分かれてから、一時間と少しが過ぎ去ったところだった。
(けっこう早く終わったんですね)
 シオンは胸に呟く。
 やがて三人はうなずき合うと、武器庫を後にした。
 だが。地下からの階段を昇り終えたところで、あたりにけたたましい警報が鳴り響くのが聞こえた。建物に一斉に明かりが灯り、人のざわめく声がする。
「武器庫の鍵を壊したのがバレたのか? それとも、見つかったのは、零たちの方か?」
 タケヒコが、思わず立ち止まってあたりを見回しながら、低く叫んだ。
「どちらの可能性もあるな」
 冷静に言ったのは、クミノだ。彼女は更に言葉を続けようとしたようだが、それより早く、西棟の玄関口が乱暴に開いて、中から手に手に自動小銃を握りしめた兵士らが飛び出して来た。彼らは、三人に向かって、一斉に構える。
「どうやら、侵入がバレたのは、私たちのようだ」
 クミノがボソリと呟き、タケヒコとシオンに鋭く言った。
「二人とも、私から離れろ。半径二十メートル以上は距離を取れ。でないと、巻き添えで、二十四時間後には死ぬことになるかもしれないぞ」
「クミノさん?」
 シオンは、言われたことの意味が飲み込めず、激しく目をしばたたいて、彼女を見やる。対してタケヒコはすぐに決断したようだ。
「わかった。……おい、シオン。ここからは、別行動だ」
 言うなり彼は、脱兎のごとく東側の棟めがけて走り出す。
「あ、ち、ちょっと。置いて行かないで下さい!」
 シオンはまだ今一つ事情が飲み込めないままだったが、慌ててその後を追った。
 東の棟の建物の影に飛び込んだ時には、すでに今まで自分たちがいた場所で、銃撃戦が始まっているらしい音がする。きっと、クミノが戦っているのだろう。
(……そういえば、クミノさんには銃弾は当たらないんでしたっけ)
 その音を聞きながら、シオンはふいに思い出した。イチの村で、彼女は凄まじい銃弾の雨を浴び続けていたにも関わらず、無傷でぴんぴんしていた。
(本当に、不思議な人です)
 しみじみとシオンは思ったが、そう長くは感慨にふけっていられなかった。彼らの前にも、関所の兵士らが自動小銃を手に現われたのだ。シオンもタケヒコも、当然ながらクミノのような特殊な力は持っていないし、シオンに至っては、武器の扱いも今一つだ。
 武器庫の中でシオンは、自分用にと銃を一つ上着のポケットに忍ばせていたが、それも手のひらにすっぽりと収まるような小さなもので、護身用にすぎなかった。それでも今は、ないよりはマシである。
「こいつをつけてろ」
 タケヒコから渡された防弾チョッキを上から着込み、当面は槍を構えて柱の影から影を渡るように身を隠しつつ、建物の中を移動する。
 できるだけひそやかに、必要なものだけ手に入れて、関所を突破しようというのが、彼ら六人の一致した意見だった。が、こうなってはしかたがない。
 建物の中に入ると、さすがに関所の兵士らも銃を撃って来るということはなくなった。大勢で銃撃戦を行えば、同士撃ちになる可能性もあるし、なにより建物を傷つけるからだろう。かわりに彼らは、銃を棍棒のようにして打ちかかって来たり、警棒のようなものを振り回して攻撃して来るようになった。
 シオンはそれを、手にした槍を棒に見立てて、リンボーダンスの姿勢で次々とかわす。ほとんど反射的な行動だったが、彼自身、驚いてしまった。
(私は、お箸の使い方だけでなく、リンボーダンスも得意だったんですね! でも、それっていったい……?)
 ますます自分の正体がよくわからなくなって、悩んでしまう彼である。
 とはいえ、本人は夢中だった。
 おかげで、気づいた時にはタケヒコとも、はぐれてしまっており、しかもなぜか彼は、入って来たはずの北側の門の前にいた。
(ち、ちょっと待って下さい。私は、南を目指していたはずなのに……どうして北側の門の前にいるんでしょう?)
 焦ってあたりを見回すが、門の傍の窓口には「関所北側窓口 タルナの街から出る者は手形を提示のこと」と書かれた看板が掛かっていて、ここがたしかに北側――つまり、彼らが来た側の門であることを示していた。
 シオンは少し悩んだものの、他の者たちのことも気になるし、せっかくここへ出たわけだから、関所の兵士を混乱させてやろうと思いついた。
 リュックの中には幸い、プラスチック爆弾や手榴弾が入っている。一番使い方のわかりやすい手榴弾を試しに一つ取り出し、彼はピンを抜いて、門へと投げつけた。慌ててそこから離れ、耳をふさいでしゃがみ込む。途端、あたりに大音声が響いた。近くだったからか、耳をふさいでいても、鼓膜が破れそうだ。体にも、振動が強く伝わって来る。
 どこか遠くの方で、兵士らの騒ぐ声が聞こえて来た。それを感じて彼は、ダメ押しにもう一つ、爆発させてやろうと、リュックから新しい手榴弾を取り出す。
 その時、ふいにあたりの照明が消えた。
 さっきまで真昼のような明かりに包まれていた関所内が、たちまち鼻をつままれてもわからないほどの、真っ暗闇になる。
 シオンはびっくりして手榴弾を取り落としかけ、慌てて手の中に収めて、あたりを見回した。と、ズボンのポケットの中の通信機が小さく鳴り出す。
 彼は小さく目をしばたたかせながら、リュックに手榴弾を戻し、通信機をポケットから出して、通話ボタンを押した。
『みんな、聞こえる? あたし、風槻よ。今、建物内の電源を全て落としたわ。連中がパニくってる間に、ここを突破するのよ。いい?』
 こちらが答えるより先に、通信機からはそんな声が流れ出して来た。備品室を出る時に、六人で同じ回線を使えるよう、それぞれ通信機の設定を合わせているので、この声はおそらく、一斉に他の四人にも届いているだろう。
「わかりました」
 シオンは一瞬、喜びと安堵に顔を輝かせた後答え、慌てて通話を切ると、それをポケットにしまった。かわりにペンライトを取り出す。この暗さでは、明かりがなければ移動は無理だろう。
 彼はリュックを背負って明かりをつけると、そこを離れた。南側の門への一番の近道は、門と門を結ぶ通路を使うことだ。今ならきっと、それを利用してもさほど危険はないに違いない。そう考え、彼はペンライトの明かりを頼りに、通路を歩き出した。

【4】
 関所の兵士らが、停電にパニックになったのは、最初のうちだけだったようだ。そこはさすがに、訓練された兵士たちだと言うべきだろうか。
 もっとも、配電盤が壊されでもしたのか、明かりはなかなか元に戻らず、建物内は闇に閉ざされたままだった。
 ペンライトの明かりは、兵士らにとっては恰好の標的のようで、シオンは途中何度か彼らと遭遇し、自動小銃による攻撃を浴びせられそうになった。ただ、暗視スコープのようなものは装備されていないのか、彼らの狙いはめちゃくちゃで、素早く建物の影に飛び込めば、なんとかかわせる程度のものだった。
 闇に目が慣れて来るとシオンはライトを消し、建物の影に沿うように歩いた。おかげで、兵士との遭遇率もぐっと減った。
 やがてどうにか合流地点だった、南側の門の脇の庭へとたどり着く。
 そこにはすでに、シュラインと風槻、零の三人が来ていた。
「あら、シオン一人なの? ササキビとタケヒコは?」
 風槻が目ざとく気づいて尋ねる。
「途中で兵士に出会ってしまって、バラバラになったんです。でもきっと、二人ともすぐに来ると思います」
 シオンはそう説明した。
「そう。……ところで、今この二人とも話してたんだけど、あそこにあるジープ、あたしたちが移動に使うのに、ちょうどいいと思わない?」
 言って風槻は、彼らのいる場所から通路を挟んで、ちょうど正面に位置する車庫に停められているジープを示した。
「イチの村で偽キングを倒した時、タケヒコがマイクロバスを運転したでしょ。それに、私も免許証持ってるんだから、たぶん運転できると思うのよ。二人ドライバーがいれば、交替しながら移動できるし」
「そうですね。武器を調達して、荷物も増えましたし、車があるのはいいと思います」
 なおも付け加える風槻に、シオンはうなずいた。
「じゃ、シオンも賛成してくれたってことで、残る二人を待つ間に、あれを奪いましょうか」
 風槻は気楽に言って、どこで手に入れたのか、警棒のような棒状の武器を握りしめた。
 だがそれは、彼女が言うほど簡単なことではなかった。
 彼らが通路の半ばを渡り終えた時、車庫のある東側の棟にいた兵士らに見つかってしまったのだ。彼らは同士撃ちを避けるためか、銃を使っては来なかったが、かわりに風槻が持っているのと同じ棒状の武器で攻撃して来た。
 シオンはそれを、再びリンボーダンスの姿勢でかわしつつ、なんとかジープに近づこうと試みる。
 その時だった。どこか遠くで、爆発音が響いた。
 一瞬、兵士らの動きが止まる。シオンたちも、思わず音のした方をふり返った。
「これ、きっとクミノさんです。近くにいます」
 叫んだのは、零だ。
「わかるの?」
 シュラインが尋ねる。
「はい。クミノさんの体から流れ出ている銀の奔流が、ここからはっきり見えてますから」
 零が力強くうなずいて言った。
 シオンにはなんのことかよくわからなかったが、零にはクミノの気配がそういうふうに見えるということらしい。
 そうこうするうち、また爆音が響いた。今度は、どこが爆発したのか、ここからでもはっきり見えた。西棟の北側、二階だ。派手に火柱が上がり、壁の一部や窓が吹き飛ぶ。
 兵士たちの間から、怒号とも非鳴ともつかない声が上がる。彼らは、新手の侵入者がいるとでも思ったのかもしれない。何人かが、そちらへ向かって走り出した。
 そんな中、爆発は更に続く。
 兵士らは、完全にパニックに陥ったようだ。もはやシオンたちには目もくれず、我先にと彼らは爆発して燃え出した建物の方へと走って行く。
 それを尻目に、風槻がジープに駆け寄った。その後に、シオンらも続く。
 兵士たちはよほど慌てていたのか、ジープにはキーがつけっぱなしになっていた。風槻がエンジンをかける。その隣に収まって、シュラインが不安げな声を上げた。
「クミノさんが近くにいるのはわかったけど、タケヒコさんはどうしたのかしら」
「私、通信機で呼んでみます」
 零が後部座席で言って、上着のポケットから通信機を出した。だが、いくら呼びかけても応答がないようだ。
「シオン、あんた、彼がどうしたか、知らないの?」
 シュラインに問われて、シオンは慌てた。懸命にどこで別れたのだったか、思い出そうとするが、だめだった。無我夢中で走り回っているうちに、はぐれていたのだ。
 正直にそれを告げると、彼女は落胆した顔になる。
 だが、いつまでもそうしてタケヒコの身を案じている暇はなかった。
 クミノが、門の傍に走り寄るのが見えたと思った途端、巨大な門は、派手な音を立てて吹き飛んだのだ。後はただ、そこから外へ出るだけである。
 それを見やって風槻が、ジープを急発進させた。クミノの傍で急停車させる。
「ササキビ、乗って!」
 風槻がクミノに叫んだ。シオンは、後部座席からクミノに、手をさしのべる。それへすがって、彼女が隣に収まった。それを確認すると同時に、風槻はすごい勢いでジープを発進させる。
 そのまま彼らは、関所の門を抜け、ひたすら走り続けた――。



■ ■ ■

 ようやく追っ手が完全にいなくなった時には、東の空が白みかけていた。風槻が、少しスピードを落す。
 この時になって、クミノはやっとジープの中にタケヒコの姿がないことに、気づいたようだった。
「タケヒコさんはどうしたんだ?」
「それが、わからないんです」
 彼女に問われて、シオンは困惑しつつ答える。
「私、途中までは一緒だったんですけれど、いつの間にか見失ってしまって……」
「通信機で呼び出せば……」
 言いかけるクミノに、零がかぶりをふった。
「門の前でも、呼んでみました。でも、まったく応答がなくて」
「じゃあ、まさか……」
「たぶん、そのまさかよ。連中に、捕らわれたんだわ」
 思わずというように呟くクミノに、風槻が運転しながらうなずいて言う。
 あまり考えたくはないが、この状況ではそう思うしかない。
(もしかして、一番重い荷物を持っていたので、うまく逃げられなかったんでしょうか)
 ふとシオンは気づいて、胸に呟く。防弾チョッキや銃を入れたナップザックを、彼は持っていたはずなのだ。捕らわれたのが荷物のせいかどうかはともかく、シオンたちが仲間と共に、せっかく手に入れた武器の一部を失ってしまったのはたしかだった。
「それで、どうするんだ?」
 しばらく小さく唇を噛んで考え込んでいたクミノが、また尋ねた。
「このまま行くわ。彼のことは心配だけど、きっとキングを倒せば、彼も解放されると思うから」
 シュラインが言った。
「そうね。あたしもそれがいいと思う。もう、いつまでも自分が何者なんだかわからない状態のままでいるのは、うんざりよ」
 うなずいたのは、風槻だ。
「私も、今の状況では、キングを倒す方が先決だと思います」
 シオンもうなずいて言う。タケヒコと調達した武器の一部がないのは痛いが、こうなったらとことん先へ進むしかないと思うのだ。
「私も、そう思います」
 零もうなずいた。風槻が、尋ねるようにクミノに視線を投げる。
「私もこのままキングの館ヘ向かう方へ、一票だ」
 肩をすくめてクミノが返すと、風槻は笑った。
「満場一致で、キングを倒すに決定ね。……飛ばすわよ」
 言うなり彼女は、再びスピードを上げた。
 風が耳元でうなり、シオンの長い髪をなぶる。彼らはようやく、旅の終わりに近づきつつあった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
『記憶の迷宮 3』に参加いただき、ありがとうございます。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●ササキビ・クミノ様
すみません。前回のプレイングとクミノ様の設定に関して、
一部勘違いがあったようですね。
申し訳ありませんでした。

●シオン・レ・ハイ様
リンボーダンスの姿勢で避ける! というのが斬新でした。
いつも、楽しいプレイングをありがとうございます。

●シュライン・エマ様
今回は、金庫破りに挑戦していただきました。
鋭い聴力の延長(?)で、こんなこともできるかもな……と
思いまして。

●法条風槻さま
地図があって、助かりました。
暗証番号については、情報分析力に優れているなら、
こういうこともできるかな……と想像を逞しくしてみました。

次回は解決編です。
最後まで参加していただければ、うれしいです。
ということで、どうぞよろしくお願いします。