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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


絆-思い出が増えた日-


「ただいま〜っ」
コンビニでのバイトを終えた染藤朔実は居候先の也沢閑宅のリビングに駆け込んだ。
バイト前にハードなダンス練習も行っていた為、朔実の疲労はほぼMAX。
お疲れな様子の朔実に、一足先に帰宅していた閑はにっこりと笑った。
「おかえり、お疲れ様」
リビングのソファーに腰掛けている閑の手元には1つの台本。
その台本が目に入るや否や朔実はすぐに飛びついた。
「それ台本だよね?閑くんドラマ出演するのっ!?」
「ゲスト出演だけどね」
「ゲストだって何だって出演するのには変わりないじゃんっ」
まるで自分の出演が決まったかの様にはしゃぎ出す朔実。
閑がドラマに出演するのは初めてでは無いのだが、やはり何度きいても嬉しい報告なのだろう。
いつ放送予定なのか?一緒に出演する芸能人は誰なのか?
あれやこれやと根掘り葉掘り閑から聞き出しては嬉しそうに朔実は顔をほころばせるのだった。





――そんな話をしたのがほんの3日前。
バイト中もずっと閑のドラマ出演の事を考えていた朔実。
絶対に録画して、リアルタイムでも見てやるんだっと改めて心の中で意気込んでいると肩に小さな衝撃が二回。
一体何だと振り返ってみると、店長がにっこりと微笑んでいた。
「染藤くん、バイト中に考え事をするな、とは言わないが……」
「えっ……?あっ、すみません!」
慌てて朔実は手に持ったままだったお菓子を棚に並べた。
よくよく見てみれば、お菓子のダンボールは20分程前に開けたままの状態。
つまり20分程ずっとあれやこれやと考えて手が止まっていた事になる。
自分が出演する訳ではないのに、色々と考えてしまうのはやはり閑が大切だからだろう。
余計なお世話と言われてしまうかもしれないが、色々と気になって仕方がないのだ。
「えっと、これがここで……で、このお菓子がここっと!」
テキパキと止まっていた時間分を取り戻す様に朔実はお菓子を棚に陳列していく。
深夜のコンビニは朝よりも雑用が多く、殆どの補充をしなければならない。
そのうえ、今日はいつも以上に商品をぎっちりと陳列してくれと頼まれている。
(うーん、明日何かあったかなぁ……)
イベント前日等は、朝の混雑を予想していつもより多めに商品を陳列したりするのだが特に思い当たるイベントは無い。
第一、朔実が働いているコンビニは街中や駅前等の騒がしい場所ではなく、住宅街に位置している為あまりイベントに売り上げが左右される事はない。
気にしていても仕方がないと、朔実は空いたダンボールを潰し倉庫に仕舞った。
店内清掃は店長に頼まれて出勤した直後に全て終わらせているし、これといってやる事も無くなった時――――それは訪れた。
コンビニの駐車場に止まった数台の車。降りて来る沢山の人。
ガラス越しに見えたその光景に朔実は少しうんざりそうに顔をしかめた。
(うわっ、大集団ご一行様のご来店……)
あれ程の人数を一人で相手にするのは大変だと思い事務所内にいる店長へと声をかける。
が、店長は事務所内の長イスで気持ち良さそうに仮眠中だった。
アルバイト達には暗黙の了解で"寝ている店長を起してはいけない"っとゆうのがある。
(なんでこんな時に寝てるんだよっ、もーっ!分かったよ、俺一人で乗り切ればいいんでしょっ)
大集団を相手にする覚悟を決めた時、入り口のドアは開いた。
心の中では大集団に対して顔をしかめている朔実だが、表面上は勿論営業スマイルだ。
「いらっしゃいませー…………って、え?」
「!」
客を迎える挨拶の後に付いた疑問の声。その疑問の声に同じような声を小さく返す客。
しばらく黙り込み、朔実は一気にその声を爆発させた。
「えっ!?閑くんっ!?」
「……朔実のバイト先って事は分かってたけど、まさか今日シフトに入ってたなんて驚いたな」
「もしかして……」
閑の後ろからは撮影機材を運ぶスタッフ。遠くにはTVでよく見かける有名女優の姿も見える。
どうやらこの間話したドラマの撮影を今日ここで行う様である。
突然の出来事に朔実は動転し、ただ目の前の光景に目を白黒させている。
「也沢くんの知り合いかね?」
「はい」
お互い驚きを隠せない二人の間に割り入って来たのはドラマの監督。
しばらく監督は朔実を眺め、ぽんっと持っていた台本で手の平を叩き笑った。
「君には今回エキストラとしてドラマにちょっと出てもらうから、そのつもりで頼むよ」
「えっ!?おっ、俺がエキストラっ……!?」
「何の事はない。ただ、いつもの様に店員として動いてもらえればいいだけだよ」
そうは言われても頭がついていかない朔実。
まさか、ここで撮影が行われるとは思っていなかったし、更に自分もエキストラとして出演するなんて予想外もいい所だ。
言うだけ言ってそそくさと指示に戻っていく監督を見送った朔実と閑。
見るからにどうしようと顔を曇らせている朔実は不安そうに閑を見上げた。
「閑くん、俺……無理だよ。絶対ドラマの雰囲気とか壊しちゃうし、変な事しちゃいそうだしっ」
「いつもの朔実らしい勢いはどうしたの?」
「俺、演技とか全っ然駄目だし。ダンスだったら別だけどさ……」
閑が出演するドラマの雰囲気を、自分が出演する事で壊したくない朔実。
そんな朔実の気持ちを感じた閑は優しく笑って言った。
「俺は嬉しいけどな。朔実と一緒にドラマ出演出来るなんて、良い記念作品になると思うよ」
閑の言葉に、朔実はしばらく俯く。そして、顔を上げて笑った。
「――うんっ、よぉーっし。俺もエキストラだけど頑張るぞっ!」





撮影はリハーサルから始まり、だいたいの話の概要が掴めて来た朔実。
閑の役は主役からヒロインを奪いかける当て馬役。
それを知った朔実は閑に見えない様に笑った。
(閑くんが当て馬役なんてなーっ、あははっ!でも、結構合ってるかも……なんて言ったら怒られちゃうかな)
カメラを回さないリハーサルがつづき、その間朔実はレジの前にぼーっと立っているだけ。
シーンは夜中のコンビニ。傷心のヒロインに当て馬役の閑が口説きにかかり頬にキスをする。
その時偶然主役の男が通りかかって……っとゆうラブシーンとドラマの山場的シーンである。
閑との付き合いは決して短くは無いのだが、こういった仕事中の閑を見るのは初めての朔実。
しかも、頬とはいえ閑のキスシーンもあるのでなんだか変に緊張してしまい、ただでさえぎこちない立ち方が更におかしくなってしまう。
それを見て、監督が朔実に注意と指導を入れる。
「君、君っ!困るよ、そんな棒立ちじゃ。いつもそんな風にお地蔵さんの様に立っているのかい?」
「すっ、すみません……」
「君が緊張する必要なんて無いんだから。背景として上手くなじんでくれないと困るんだよ」
「はい……」
「それから表情も!そんな見入る様な表情じゃ駄目ダメ!君は観客じゃない、エキストラなんだから」
「……はい、すみません」
何も言い返す事が出来ず、朔実は黙って監督の言葉に頷いた。
「じゃぁ、本番行くけど……君、心配だなぁ」
「俺、頑張りますから!」
「君さぁ、レジじゃなくてそっちで揚げ物を作ってるっとゆうのはどうだい?」
「揚げ物……ですか?」
コンビニでは、から揚げやポテト等をその場で揚げている。
朔実のバイト先も例外ではなくレジの後ろの右には揚げ物を揚げる場所がある。
「ただ立っているだけだから不自然になるんだろう。揚げる作業っとゆう動きがあれば少しは自然になるだろう」
「……わかりました」
本当は断りたかったのだが、監督に言われては断れず朔実は了承した。
出来ればレジで本番の閑の演技を少しでも見たかったのが本音。
レジに居れば嫌でも目に入ってくるし、目に入ればどうしても見てしまう。
そこを注意されたのであれば、了承しない訳にはいかない。
朔実は冷凍庫から凍っているポテトを取り出し揚げ物の準備した。
出演者全員の準備を待ち、いよいよ本番の撮影がスタートする。





――本番。

『……君を泣かせるなんて許せないな』
閑がゆっくりとヒロイン役の女優に近づいていく。
女優は溢れる涙を必死に押さえ、あくまで強気を装い閑を跳ね除ける。
『貴方には私の気持ちなんて分からないっ!私はっ……』
『あぁ、確かに分からないよ。僕は君じゃないからね』
ゆっくりと近づいていく二人の距離。カメラが四方八方から二人を映す。
『ならほっておいてよ!そうゆう同情が一番傷つくのよっ!』
『……君だって僕の気持ちは分からないだろ?……同情なんかじゃない』
白熱していくプロ達の演技。その声だけが朔実の耳に届く。
見たい衝動を必死に押さえながら、朔実は言われた通りにポテトを揚げていく。
(どんな顔してるのかな、閑くん。……閑くんは緊張とかしないのかな、全然平気そうな顔してたけど)
ひとつ、またひとつとポテトを高温の油の中に沈めていく。
その様子を朔実は遠くから見るような目で見つめていた。
『貴方はずるいわ。いつもいつも……本当にずるい』
『それは僕のセリフだよ。君はいつも僕を惑わせるだけ惑わせて、この手をすり抜けていく……』
いよいよラブシーン山場の頬にキスするシーン。更に二人の距離が近づいていく。
リハーサルをしっかりと見ていた朔実は、どのセリフの後にキスシーンが来るのか分かっている。
ので、気になって気になって仕方が無く、ポテトを揚げる手が止まる。
意識を耳だけに集中して、頭の中で今後ろで撮影されているシーンを思い浮かべる。
『私、貴方の事嫌いよ』
『知ってる』
『好きなのはあの人だけ』
『分かってる』
『貴方になんて心を許さないんだからっ……』
『それでもいい。それでも、僕は君を愛してる』
閑の綺麗に整った唇が、ゆっくりと女優の頬に近づいていく。
誰もが二人の演技に酔い、素晴らしい映像になると確信した時だった。


――パチィッ!!


何かがはねる音がしたと同時に大きな声が撮影に割り込んだ。
「熱っっ!!」
その後に、ガッチャーンッっとゆう大きな落下音。
閑のセリフを聞き、いよいよキスシーンだと意気込んだ朔実はついつい手が疎かになってしまっていたのだ。
その為、ポテトの袋に付いていた小さな氷が溶けて油の中に落ちてしまいこの惨事が起きた。
本番の邪魔をしてしまった罪悪感から朔実は顔を上げられずにいる。
次の瞬間、一際大きな声がコンビニ内に響いた。
「朔実っ!!」
女優を押しのけ、閑が朔実へと駆け寄る。
聞きなれた閑の声に朔実はやっとの思いで顔を持ち上げた。
その表情は、見た事も無い程に沈んでいて今にも泣き出しそうな程だ。
「ごめんっ、閑くん。俺っ……撮影邪魔しちゃって……せっかくいい感じで進んでたのに……」
「水道は何処!?」
「閑くん、撮影が……っ」
「撮影なんてどうでもいいからっ、水道は何処っ!?……こっちか!」
戸惑う朔実を力で動かし水道の所まで連れて来ると、閑は思い切り蛇口をひねり水を流す。
油がはねて少し赤くなっている部分をしっかりと流水で冷やしていく。
「いいよっ、俺なら大丈夫だから!」
「手を動かしちゃ駄目だ。――すみません、ビニール袋に氷と水を入れたの下さい」
手を引こうとする朔実をまたも力で押さえつけ、スタッフに患部を冷やす為の物を用意させる。
最初は閑の余裕の無い焦った行動に唖然としていたスタッフだったが、閑の強い視線に急いで言われた物を用意し手渡した。
受け取った氷と水入りのビニール袋をゆっくりと油がはねた部分に押し当てる。
急に当てられた冷たさに、朔実がビクッと体をふるわせ反射的に冷たさから逃げようと腕を引く。
「駄目だよ、ちゃんと冷やさないと。痕が残ったら大変だろ」
「閑くん……ごめん。ホント、ごめん……」
「大丈夫、気にしなくていいから。ほら、ちゃんと冷やして」
「うん、ごめん……」
閑に対して、撮影スタッフや出演者に対しての申し訳なさで胸がいっぱいの朔実。
しかし、大事な本番が朔実のミスで潰されたのは事実。
監督の顔は、正直に怒りを表していた。
当然、朔実も怒られる事を覚悟していたが、予想外な人物の助け舟でそれは免れた。
「そう怖い顔しちゃだめですよ、監督」
声の主は、先程からずっと外でスタンバイしていた主役俳優。
「しかしな、さっき程の神演技……そうそう出る物じゃないんだぞ」
「次の本番で、先程以上の演技をしてもらえば問題ないでしょう。……出来ますよね、也沢さん?」
挑戦的な視線を向ける俳優に、閑も負けずに笑顔を返す。
「勿論ですよ。監督、もう一度細かい演技指導をお願いします」
「……起こってしまった事は仕方ないな。君、次は頼むよ」
「――はいっ、すみませんでしたっ」
カメラの方へ戻っていく監督、その監督に続いて撮影に戻っていく閑に向かって朔実は深く頭を下げた。
そして下げた頭をゆっくりと持ち上げ、隣に立つ俳優にもお礼を言う。
「あの、ありがとうございました」
「いや?俺に礼を言う必要はないさ、寧ろ俺が君に礼を言いたいね」
「えっ?」
お礼を言われる様な事はしていないと朔実が首を傾げる。
「監督はさっきの演技を神演技だって言ってたけど、也沢閑の本気はあんなもんじゃない」
「あの……?」
「……要は、君と同じように也沢さんも緊張してたって事さ」
「えっ!?そんな事は無いと思いますけど……」
リハーサル中の閑は、緊張の"き"の字も見えない程に落ち着いていた様子だった。
「君のおかげで彼の肩の力も抜けたみたいだよ」
「そんな事ないです。俺、閑くんにも皆さんにも迷惑かけて……」
「その迷惑のおかげで良いドラマが撮れそうだよ」
俳優の言葉の意味が理解出来ない朔実。
それでも良いと笑う俳優は、最後にこんな一言を付け加えた。
「君みたいな友人がいる也沢さんは恵まれてるね。正直、羨ましいよ……君達みたいな関係」
それだけ伝えると、俳優は颯爽と自らのスタンバイ位置に戻っていった。
朔実はその後姿を見送りながら、心の中で誇らしく笑った。
その後しばらくの休憩を挟み、撮影は再開された。
最終的に朔実はレジで集配ファイルを整理する作業をしての出演となった。
色々あったけれど、撮影は無事終わり朔実の長いバイトは終わりを告げたのだった。





撮影からしばらく経ち、いよいよ今日があのドラマの放送日。
朔実は朝からずっとTVの前で放送を今か今かと待ち焦がれ、録画は三日前から既に予約済みだ。
「閑くんっ、ほらっ、始まるよ!早くっ、早くっ」
「そんなに焦らなくてもドラマは逃げないよ」
腕を朔実に引っ張られながら、閑も朔実の隣へと腰を下ろす。
TVにはヒロインと主役。時に出てくる閑に朔実が大喜びではしゃぐ。
物語は進み、この間コンビニで撮影したあのシーン。
閑の顔がUPで映るや否や、TVの閑と本物の閑を交互で見比べる。
「うわーっ、うわーっ。閑くんかっこいいー!」
「そう?……あ、ほら。朔実もちゃんと映ってるよ」
画面の左端には、ちゃんとレジで自然にファイル整理をしている朔実の姿が映っていた。
それを見た朔実は、恥ずかしそうに顔に手を当てた。
「うわっ、俺……なんかすごく浮いてるじゃんっ」
「そんな事ないよ。すごく自然だし、ちゃんと物語に溶け込めてるよ」
その後も、あーだこーだと言いながら、楽しく最後まで観賞した二人。
ドラマを録画したDVDのラベルには"閑&朔実・初共演ドラマ!消すの絶対禁止!!"っと大きな文字で力強く書かれていた――


―fin―