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Dead Or Alive !?
自分が生きるとか死ぬとか割とどうでも良くて
だから「今日、君は死ぬ」と突然言われても、大して動揺することはなく―――
「あたし、死ぬのね。・・・まあ、特に遣り残したこともなさそうだから、いいかな。もう死ぬって決まってるなら抵抗してもしょうがないでしょ」
それを聞いた生命の調律師と名乗る二人は驚いたように顔を見合わせていた。紺乃綺音という名の少年の方が困ったような表情で尋ねてくる。
「随分あっさりとしてんだな。怖がるとか、嫌がるとか、焦るとか、泣くとか・・・なんかリアクションはねーの?」
「そういうリアクションをとってどうにかなるっていうの?」
「・・・」
綺音は言葉を詰まらせ、小さな声で「可愛くないガキ」と呟いた。
そんなことは百も承知。自分が決して大人しくて優しくて聞き分けの良い、世の男が好む「可愛い女の子」でないことくらいわかっている。
まあ、そんな女になりたいとはこれっぽっちも思わないけれど。
「あ・・・あのさ。僕達、君が死ぬのを防ぎに来たんだよ。死亡リストに君の名前が載っちゃったのは、こっちのミスなわけだし・・・」
「正確には俺達の上司の・・・な」
「だからさ。死んでもいいとか言わないで・・・その・・・頑張ってみない?」
そう言う青年―鎌形深紅というらしい―の目は何かに縋るようで。
――まったく・・・死ぬのはあたしの方なのに
気付くと、微笑んで答えていた。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「そうして貰えるとこちらとしても助かるよ、小坂佑紀さん」
【リグレット〜小坂・佑紀〜】
「死因は溺死?なら簡単ね。水のあるところに近づかなければいいでしょう?と、いうわけで―――」
「・・・買い物か」
呻くように綺音が応じる。
駅前のショッピングモール。休日なせいか、家族連れやカップルで賑わっていた。
「信じらんねえ・・・。死ぬって言われてよく外を出歩く気になれるな・・・」
「買い物してて溺死なんてするわけないじゃない」
「いや、わからないよ」
そう切り出したのは深紅だ。彼は話す内容を頭の中で整理していたのか、少し間を置いてから
「世の中、本当に何が起こるかわからないんだよ?もしかしたらどこかで水道管が破裂するかもしれないし・・・。それにほら、人間って少しの水でも溺死するって・・・」
「その時はその時でしょ」
佑紀の反応は驚くほど素っ気無いものだった。綺音は溜息をつく。
―――どうにも、緊張感のない奴だな・・・
生への欲が他の人間より若干薄めというか何というか。
妙に冷めているというか。
「・・・可愛くねえ」
「どうとでも言えば?」
綺音を軽くあしらい、佑紀は通りを進む。彼女の向かう先は・・・・・・
「は・・・?」
綺音と深紅は同時に足を止めていた。店の前で佑紀が振り返る。
「どうしたのよ?買い物付き合ってくれるんでしょ」
「ちょ・・・っえ・・・っでも・・・!うえええええ!?」
深紅が顔を真っ赤にして、佑紀と綺音の顔を交互に見る。綺音は思わず大声を張り上げていた。
「お前なあっ!女としての恥じらいはないのか!!」
「特にないわね」
「う・・・」
彼女が向かった先――それは女性用下着の専門店だったのだ。
―――おいおいおい、本気か・・・?
ここに入れというのだろうか。
いや、しかし、それはさすがに・・・・・・
「・・・ふ・・・」
「あ?」
空気が漏れるような音に顔を上げる。佑紀が笑うのを堪えようとして、失敗している姿が目に映った。彼女は顔を歪めたまま、こちらに歩いてくる。綺音と深紅の前まで来ると、真顔で言った。
「冗談よ」
「へ・・・?」
「な・・・っ」
「可愛くないなんて二回も言ったからね。ちょっと仕返し。あたしも女なのよっていうアピールも兼ねて」
呆然とその場に立ち尽くす男二人を尻目に、佑紀は軽やかなステップでクレープ屋の列に並んだのだった。
まったくもって可愛くない。
だが、それを言ったらまた妙な報復を受けそうなので黙っていることにする。
「・・・で?お前は一体何を買いにきたんだよ?」
「特に目的はないわね」
「はあ?」
何だそれは。
「目的もないのに買い物するの・・・?」
綺音の疑問は深紅が引き継いでくれた。女はよくウインドウショッピングとやらをすることがあるらしいが、何の意味があるのか綺音にはさっぱりわからなかった。
「適当にお店まわって、いいなって思うものがあったら買うだけ。あたし、これといって物凄く欲しい!ってものはないしね」
「・・・さっきから思ってたんだけど・・・佑紀ちゃんって何か・・・欲・・・とかない感じ・・・?あっさりと死ぬこと認めちゃったりさ」
それは綺音も思っていたことだ。天然ボケボケな深紅ではあるが、人の気持ちを察することに関しては綺音より優れている部分もある。
「まあ、確かにそうかもね。特にこれがしたい・・・って強く思うものもないし、絶対に失いたくないって必死になって護るものもない。死んでも悔いとか残りそうにない感じではあるわ」
「それって・・・」
深紅は何かを言いかけて、やめたようだった。彼のことだ。上手く言葉にできなかったのだろう。
「あ、あの店!ちょっと寄っていい?」
佑紀が示したのは小さな雑貨屋。綺音は息をつくと、未だに難しい顔で唸っている深紅の頭を小突いてから歩を進めた。
「はいはい。お好きにどうぞ、お嬢様」
帰り道。下に大きな川が流れる橋の上を歩く。水の近くは危ないというのに。
「こんなにいい天気なんだから、川が氾濫することなんて有り得ないでしょ。へーきへーき」
の一言で片付けられてしまった。
まったく、図太いというか何というか。
時刻は午後4時。彼女の死亡予定時刻は午前11時から午後5時の間だった。
「今回は何事もなく仕事を終えられそうだね」
「ああ・・・って・・・ん?」
顔をしかめる。子供の声が聞こえたような気がしたのだ。
泣き叫ぶような声が。
下から。
「子供が・・・!」
はっとした時には佑紀が石でできた柵に身を乗り出していた。
「佑紀!」
止めようとした綺音の手は虚しく空気を掴む。
「佑紀ちゃん!」
水に飛び込んだ佑紀は無事に子供を捕まえたようだった。ただ、流れが速い。子供を抱えたまま、沖に上がるのは女の力では無理だろう。
「あんの馬鹿・・・!」
綺音は舌打ちし、躊躇うことなく水の中に飛び込んだ。
びしょ濡れな服のまま、子供を警察まで送り届けた。子供の意識ははっきりしていたので、すぐに親も見つかるだろう。
「お前な・・・俺がいなかったら確実に死んでたぞ・・・」
「何言ってるのよ。あたしを護るのがあんた達の仕事だったんでしょ」
「とは言ってもなあ・・・っ!」
わかっている。綺音は自ら死にに行くような真似をしたことを怒っているのだろう。
でも・・・
「あたしね。自分の死・・・って正直どうでもいいんだけど、人が死んじゃうっていうのはどうにも放っておけないのよね。それにほら、誰かを助けて死ぬんならいいかなーって思うし」
「・・・・・・よくないよ」
そう呟くように言ったのは深紅だった。普段よりも低めの声だったので、思わずドキッとしてしまう。
「全然良くないよ・・・!佑紀ちゃんって何でそう・・・っそう・・・」
また言葉が途切れる。代わりに綺音が続けた。
「佑紀、お前さ。少しは死んだ時に後悔するように生きろよ」
「え・・・」
意味がわからない。
「おかしな言い方ね。普通は”後悔しないように生きろ”って言うんじゃないの?」
「そんなのは綺麗事だよ。つーか、不可能な話だ。人間、誰だっていざ死んでみれば、何かしら後悔が生まれるもんなんだよ。遣り残したこと、家族のこと・・・大切なものが一つくらいはあるはずだろう?だったら後悔するに決まってるじゃねーか」
「・・・」
「逆に死んだ時、そういうのが一つもないって物凄く悲しいことだと思わねえ?」
綺音の言うことは確かに正論で。
嫌になるくらい納得できた。
でも
「・・・・・・わからないわよ。あたし、死んでから悔やむほど大切なものなんて・・・きっと、持ってない」
「だったら」
「これから探していけばいいんだよ」
これから?
大切なものを?
「・・・あたしに、見つかるかしら?」
「見つかる」
二人の声が綺麗にハモる。
この二人がそう言うのなら、そうなのかもしれなかった。
助けてもらったお礼に手料理をご馳走すると言ったのだが、次の機会にと断られた。
「・・・何よ、次の機会って?いつ?」
「さあなあ。二日後かもしれないし、一年後かもしれないし、十年後かもしれないし」
歌うように言う綺音。
「はあ?何なのよ、それ」
「俺達がもう一度会いに来る前に死ねば、お前は確実に後悔することになるわけだよな。”ああ、あの時、無理矢理にでも食べさせておくんだった!”」
「へ・・・」
思わず間の抜けたような顔で綺音をまじまじと見つめてしまう。
「と、まあ・・・こんな些細なくだらないことでもいいんだよ。何でもいいから・・・後悔できるように生きな」
「・・・」
ニッと笑う綺音に―――
「・・・そうね」
佑紀は大きく頷いていた。
これからゆっくり探していこう
あたしにとって大切なもの
そして、いつか死んだ時
こんなに後悔してるのよって、沢山駄々をこねてやる
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5884/小坂・佑紀(こさか・ゆうき)/女性/15/高校一年生】
NPC
【鎌形深紅(かまがたしんく)/男性/18/生命の調律師】
【紺乃綺音(こんのきお)/男性/16/生命の調律師・助手】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。初めまして。ライターのひろちです。
初めましてにも関わらず、大幅に納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした・・・!
佑紀さんみたいな女の子は書いていて気持ちが良かったです。調律師二人も前半は少々振り回され気味だったようですね。
ちょっとひねくれた助言ではありますが、心の片隅にでも留めておいて頂ければな・・・と思います。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
本当にありがとうございました!&すいませんでした!
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
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