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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


記憶の迷宮 3

 ある日の仕事帰り、碇麗香と偶然出会った草間武彦は、彼女からイベントのチケットを譲り受けた。東京湾の沖合いに、人工島を造って建設されているテーマパークの、開幕前夜のイベントチケットだという。
 当日、草間は零と友人たちと共に、その人工島へと向かった。
 だが、その島で気づいた時、彼は名前以外の記憶の全てを失っていた。
『キングを倒せ』
 その脳裏に、不可解な声が木霊する。
 失われた記憶を取り戻すためと、言葉の謎を解くため、草間は互いの素性を知らないまま、巡り合った零や友人たちと共に、手掛かりを求めて島をさすらった。
 その結果得られたのは、この島の地図と、キングはこの島の王であり、記憶と時間を操る存在だということと、キングの住まう館の位置だった。
 それは、島の中央に二つ並んだ小高い丘の、西側の頂上に建っているという。ただし、そこに行くには、麓の関所を突破しなければならない。
 とりあえず、その関所を目指して進む草間たちは、途中で関所に食材を運ぶ商人のトラックと行き合った。
「徒歩で旅をしているとは、大変だね。私たちも関所まで行くんだ。なんなら、乗って行くかい?」
 気前のいい女将の言葉に、ありがたくトラックの荷台に載せてもらった草間たちは、関所までの数日を、彼女らと共に旅する。
 やがて関所にたどり着いた草間たちは、女将に頼み込み、荷物の中に潜んで建物の中へと入った。そして、その夜――草間たちは行動を開始するのだった。



■ ■ ■

【1】
 法条風槻(のりなが ふつき)は内側からそっとコンテナの蓋をずらして、隙間を作ると、外の気配を伺った。食材が運び込まれた庭は、しんと静まり返り、人の気配もないようだ。
 彼女は、音を立てないように蓋を更にずらして、自分が出られるだけの空間を作ると、そこから外へと滑り出した。
 彼女と同じように、他の仲間たちもあたりを警戒しながら、それぞれコンテナから這い出して来る。
「全員、いるか?」
 低い声で言ったのは、タケヒコだ。そして、集まって来たメンバーを確認するように見やる。風槻も、仲間たちを見回した。
 ササキビ・クミノ、シオン・レ・ハイ、シュライン・エマ、草間零の四人とタケヒコ、それに風槻自身を入れて六人だ。
「よし。この後の行動を確認するぞ」
 タケヒコが小さくうなずき、再び低い声で口を開いた。
「これから俺たちは、全員でまず備品室へ向かう。そこで予備の軍服と通信機、もし手に入れば階級章を入手、その後二手に分かれ、俺とクミノ、シオンは武器の調達のため、武器庫に向かう。シュライン、風槻、零はキングの館に入るためのパスの他、館に関する更に詳しい情報の入手に向かう。合流は二時間後。この関所の反対側の門の脇にある庭だ。合流した後はそこに潜み、朝になって関所の門が開くのを待つ。門が開いた後は、キングの館へ行く兵士のふりをして、ここを出る。いいな?」
「ええ」
 うなずいたのはシュラインだ。彼女はずいぶんとおちついている。
「なんだかあたしたち、どっかの軍隊の工作員みたいね」
 風槻は笑って言った。シオンは今タケヒコが言ったことを忘れないようにか、ブツブツと口の中で自分たちの行動計画を繰り返している。零は、緊張の面持ちで両手を強く握り合わせて立っていた。
 風槻たちの記憶は、相変わらず完全に戻る気配もなかった。
 彼女たちが乗せてもらったトラックの荷台は、この関所に収めるための食材や調味料などの詰まったコンテナが満載されていた。彼女たちは数日間は、昼間はその上に座り、夜はその荷物の間で眠るという毎日だった。
 肉体的には辛かったものの、考える時間はたっぷりあった。風槻は女将から話を聞いたり、仲間たちと話し合ったりしつつ、どうにか少しでも穏便に関所を越えられる方法が見つかればいいと思ったりもしていた。
 そんな彼女が気になっていたのは、先日のイチの村と森の館との格差だ。
 イチの村の人々のくらしは、まるで昭和の初期といった風情だった。対して、あのキヨラという女が支配していた森の館は、音声認識による鍵が取り付けられていたり、兵士らが自動小銃を持っていたりと、現代そのままだった。
 女将から聞いた話だけで考えるなら、関所もやはり、あの森の館程度の設備はありそうだ。
(つまり、キングがこの島の生活水準を一般人と軍人とで、違うように調整しているってことかしら)
 ふと彼女はそんなふうにも思う。そういえば、イチの村にはテレビやラジオらしいものもなかった。
(……関所に何か、それに関する情報もあるかもしれないわね)
 彼女は、小さく溜息をついて胸に呟くのだった。
 そして、トラックで過ごした最後の夜のこと。
 彼女は荷物の間の狭い空間に横たわりながら、明日のことを考えていた。
 女将に頼み込んで、食材のコンテナに隠れて関所内に潜り込むことにはなったものの、内部のことをもっと知りたかった。せめて、簡単な見取り図ぐらいはほしい。
(なんとかならないのかしら……)
 ぐるぐると、考えてみてもしかたのないことを頭の中で考え続けていた時だ。ふいに風槻は、キーンという高い音が耳の中で鳴り響くのを感じた。続いて、こめかみを鋭い痛みが貫く。
「つっ……!」
 思わず声を上げ、彼女はこめかみを手で押さえた。その途端、彼女は頭の中に凄まじい勢いで大量の映像が飛び込んで来るのを感じる。
(な、何……これ……!)
 それは、どこかの建物の内部のようだった。白いコンクリートの床と壁は、イチの村の北の森にあった館の中を思わせる。建物の中には、カーキ色の軍服に身を包んだ兵士らが、大勢いて、さまざまな仕事をこなしていた。
 最初はただ驚くばかりだった風槻も、途中でどうやらそこが、今自分たちが目指している関所の中らしいと気づいた。建物には北と南に大きな門があり、その二つをつなぐ広い通路があって、しかも門の傍には受付の窓口もある。そこにかかる看板が見え、更にここが関所であることがはっきりした。
(これっていったい……。あんまり、関所の内部が知りたいって思ってたから、あたし、夢でも見てるのかしら)
 一瞬そう思ったものの、夢を見ようにもまだ自分は眠っていないのだと気づく。念のため、頬をつねってみた。
 痛みはある。やはり、夢ではないようだ。
(……っていうことは、何? あたし、関所の中を見ているの? まさか……)
 半信半疑で呟く胸に、どこで得た知識なのか、遠くにあるものや箱の中のものを見たりする、遠見とか透視とか言われる超能力のことが浮び上がって来た。
(あたし、そういう能力を持っていたんだ……)
 改めて、呆然と胸に呟く。
 だがこれで、懸念の元だった関所の内部に関する情報が手に入る。
 彼女は意識を集中すると、建物の中をくまなく見て回った。
 ただこれは、完全に自分で制御できる力ではないのかもしれない。やって来た時と同じく突然に、関所の内部の映像は、まるで潮が引くように彼女の脳裏から遠ざかって行った。
(あ……! ちょっと待ってよ、もう少し……!)
 彼女は思わずそれを引き止めようとしたが、無理だった。
 やがて映像は完全に消えてしまう。
 彼女は目を開け、大きく吐息をついた。いつの間にか、目を閉じてしまっていたらしい。身を起こしてみると、体は激しい運動をした後のように、ぐったりとだるく、疲れきっていた。それでも彼女は立ち上がり、シオンを探した。少しでも記憶の新しいうちに、地図を作っておきたかったのだ。
 シオンはすでに眠っていたが、風槻はそれを無理に起こして紙をもらい、鉛筆を借りて、できる限り正確に、そして重複して見えた部分などを整理しながら、地図を書き起こして行った。
 翌朝。トラックの荷台で簡単な食事を取っている時に、風槻は地図のことを仲間たちに教えた。彼らはかなり驚いた様子だ。それも当然だとは、風槻も思う。寝る前には、そんなものはなかったのだから。
 タケヒコが代表するように地図について尋ねて来たので、風槻は自分が地図を得た過程を話す。
「それってつまり……透視能力か何かってこと?」
 とまどったように尋ねて来たのは、シュラインだ。
「あたしにも、よくはわからないわ」
 肩をすくめてそっけなく答えてから、風槻は続けた。
「ただ、なんとなく思うんだけど、あたしたちって全員、ちょっと普通じゃない能力の持ち主なんじゃないかしら。シュラインは聴力に優れた耳と声帯模写の能力があるでしょ? ササキビは武器を招喚できるし、あの森の館では攻撃されても平気だったわよね。それに、武器の扱いにも長けているみたいだし。タケヒコも武器の扱いには慣れているようだし……お嬢ちゃんとシオンも、こんな騒ぎにいきなり巻き込まれて、それでも平然としているなんて、やっぱり並みの神経じゃないと思うのよ」
「そうだな。……むしろ、俺たちはそんなふうだから、記憶を奪われ、この島に置き去りにされたって可能性もあるかもしれないな」
 タケヒコが、しばし考え込んだ後、慎重な口調で言った。
「逆の発想……だな。だがそれだと、私たちをここへ放置した者は、キングを倒させたい誰かということになる」
 それへ言って、小さく肩をすくめたのはクミノだ。
「もっとも、どれだけ私たちがあれこれ考えてみようと、それが事実かどうかをたしかめるすべは、今はないということだ」
「それはそうですね。……ともかく、もうここまで来たら、関所をなんとか突破して、キングの館へ行ってみる以外、ありません」
 シオンが、うなずいて言った。
 その後、風槻たちは地図を囲んで、関所に入ってからの行動計画を入念に練ったのだった。
 ちなみに、関所を通してもらうにも手形が必要だが、キングの館に入るのもパスが必要らしい。これは、彼女たちをここまで乗せて来てくれた商人の女将から聞いた話だった。
 女将によれば、キングの館のある小高い丘はタルナの丘と呼ばれており、その麓――つまり関所の向こうには小さな街が広がっているのだという。いわばキングのお膝元にある王都といってもいいだろう。
 関所は、その王都への人や物の出入りを監視・監督する役目を担っているわけだ。
 もっとも、関所を通過できても行けるのは王都までで、キングの館へはパスを持たない一般人は立入禁止である。そこに行けるのは、特別に許可を得た商人たちか、兵士らだけだという。
 キングの館は常に大勢の兵士らに守られているが、関所に詰めている兵士らはここから送られて来るのだ。何日かずつ、いくつかの部隊が入れ替わる形で、その勤務は行われているらしい。
 つまり、風槻たち六人も、パスを手に入れその交替の兵士らにまぎれれば、問題なく関所を通れる上に、キングの館に入るのも容易いというわけだ。
「よし。じゃあ、作戦開始だ」
 タケヒコが全員を見やって、低く言った。風槻たちはうなずくと、ひそやかに行動を開始した。

【2】
 夜間だからだろうか。建物の中はしんと静まり返り、中を警備して回る兵士の姿もないようだ。
 関所は、地上三階、地下一階の建物だった。
 正面の大門から王都のある南側の門までは、建物の真ん中を貫く広い通路を通って行くようになっており、両方の門の内側に、手形の確認を行うための窓口があり、その後ろは兵士らの詰所となっていた。
 風槻が透視によって得た情報では、その詰所に監視用のモニターがあって、そこで各所に仕掛けられた監視カメラの映像を拾っているようだ。そこにはむろん、何人かの見張りの兵士たちがいるだろう。
 通路の頭上は二階までの吹き抜けで、地図を見るとその構造のせいか、一階と二階は東西二つの棟に別れる形になっており、三階と地下はそれぞれ一つの棟になっている。風槻たちが最初に目指す備品室は、二階の西側の棟の一番奥にあった。
 ちなみに、風槻たちが潜んでいた食材のコンテナが運び込まれたのは、一階の西の棟の中にある、小さな坪庭だった。食材は一旦ここに運び込まれ、その後兵士らによって地下の食糧庫に収められるらしい。が、風槻たちを乗せてくれた商人のトラックが関所に到着したのは、もう夕方近くのことだった。関所本来の仕事に忙しい兵士らは、食材を倉庫に収めるのは明日に持ち越したようだ。
 坪庭は、一階西棟の玄関のような場所でもあるらしく、そこからは二階へ向かう階段と、一階の西棟内部への入り口が伸びていた。もちろん風槻たちは、二階への階段を昇る。歩きながら風槻は、自分が透視で見たものとあたりの風景が、寸分違わないことに、改めて驚く。
 そこから地図を頼りに歩いて、備品室はすぐに見つかった。
 さすがに鍵が掛かっていたが、それは暗証番号式のもので、壁には数字のパネルが取り付けられていた。風槻はその数字を素早く操作し、最後にEnterキーを押す。あっけなく扉が開いた。
「すごいですね。これも、透視したんですか?」
 それを目を丸くして見やり、言ったのはシオンだった。
「ええ。あたしが中の様子を見た時、偶然操作している兵士がいたから、覚えてたのよ」
 風槻はうなずく。
 実際それは、まったくの偶然だったのだが、透視した内容を細々と覚えていた甲斐があったと、彼女自身、会心の笑みを浮かべながら、開いた扉の中へと滑り込む。
 中は至って簡素な部屋で、洋服屋で並んでいるような金属製のパイプを組み合わせた、背の高いバーがいくつか据えられ、そこに予備のらしい軍服がいくつも掛けられていた。また、隅の方に並ぶスチール製のロッカーの中には、帽子や手袋、ベルト、靴などといったものが収められている。その一番端のものの中に、小型の通信機が収められていた。さすがに階級章はなかったが、それ以外は充分すぎるほどそろっている。
 風槻たちは、手早くバーに掛けられた軍服の中から、自分に合うサイズのものを選び出す。軍服は厚い生地でできており、ズボンと半袖Tシャツ、それに長袖の上着の三点セットになっていた。色はどれもカーキ色だ。
 彼女たちはそれに着替え、最初に着ていた服は、ロッカーの中にあったナップザックに入れる。もともとの荷物はともかく、これをずっと持ち歩くわけにもいかないので、このあと武器庫へ行くことになっているクミノとシオン、タケヒコの三人が、全員の分を合流場所に隠すことになっていた。
 ほっそりとして、そこそこ背もある風槻には、軍服も似合っていた。現代ならば世界各国、どこの国でも女性兵士は珍しくないが、そんな恰好をすると彼女は、本物の兵士のようにも見える。ウエストポーチはもちろん、軍用のものではなかったが、腰にまきつけるとさほど違和感はなかった。
 軍服だけでなく、通信機も入手したのは、関所内で仲間同士でやりとりしても、不審がられないためだ。クミノの持つ携帯電話には、トランシーバー機能もついていて、携帯電話とリンクできる。が、関所内で周波数の違う通信システムを利用して、かえって自分たちの侵入が関所側に知られてしまわないとも限らない。また、この中で使うことを前提にしている通信機ならば、他の兵士たちのそれでのやりとりも、傍受できる可能性もあった。
 彼女たちは他に、ロッカーの中にあったペンライトもそれぞれ手にした。ずっと暗い所にいて目が慣れているとはいえ、明かりがあるに越したことはない。
 そうして用意が整うと彼女たちは、二手に分かれて動き出した。

【3】
 風槻が、シュラインと零と共に向かったのは、三階にある長官室である。そこに、キングの館に入るためのパスや、兵士らが交替のために出かける日時などの表が管理されていることを、彼女が教えたためだ。
 三階へは、備品室を出てすぐのところにあった階段から上がり、そこから東南の角に位置する長官室まで向かう。
「ねぇ、ここって見張りの兵士はいないの?」
 その途中、シュラインが気になっていたのか、彼女に訊いて来た。それで風槻は、兵士詰所のことを教えた後、笑って言った。
「でも大丈夫よ。監視カメラの死角はちゃんとチェック済みだし、今朝地図を前にして説明した時、いくつか私が注意したポイントがあったでしょ? あれを守ってさえいれば、見張りには見つからないわ」
「……あれは、そういうことだったの」
 シュラインが、幾分驚いたように呟く。
 今朝、地図を元にして作戦を練った時、風槻は事細かに、ここは通ってはだめだとか、ここを移動する時には端に寄るべきだとかを彼女たちに告げたのだ。
「じゃあ、通風孔の位置なんかもわかる?」
 ふと思いついたように、シュラインがまた尋ねた。
「もちろん、わかるわよ」
 うなずくと、風槻は足を止める。シュラインと零を、自分の方へと手招き、ズボンのポケットから自作の地図を取り出すと、今いる三階の分だけ簡単に説明した。
 それを終えるとまた彼女たちは、長官室を目指して歩き出した。
 ほどなくそこにたどり着いたが、当然ながらここのドアにも鍵が掛かっていた。備品室と同じような、暗証番号式のものだ。シュラインと零に期待を込めて見詰められ、風槻は少しだけ困ってしまった。彼女もここのは、暗証番号を知らないのだ。
「中の登録データを読み取れないの?」
 少し考え、シュラインが尋ねる。
「磁気データの読み取りと透視能力は、別物よ」
 肩をすくめて答え、風槻は改めて壁に取り付けられた数字パネルと向き合う。
「うーん。まあ、暗証番号なんて、数字の組合せの問題ではあるけれどもね」
 言って彼女は、考えられる数字をいくつか入力してみた。三回やって、三回とも失敗した。
「……じゃあ、これでどうかな」
 四度目の数字入力と共に呟いて、彼女はEnterキーを押す。と、軽い承認音が鳴って、鍵が開いた。
「すごい」
 シュラインが声を上げる。
「どうして、暗証番号がわかったんですか?」
 零も目を丸くして尋ねる。
「食料品屋の女将から、ここの長官のことをいろいろ聞いていたのよ。そこから推測して、だいたいこんな数字の組合せが好きじゃないかなって思うものを、入力してみたの」
 答えて風槻は笑った。
 ともあれこれで、中を調べることができる。三人は、開いたドアから部屋に足を踏み入れた。
 室内は広々としていたが、一方でずいぶんと殺風景でもあった。部屋の中央にはスチール製の大きな机と椅子が置かれ、部屋の壁に沿って、書類棚や金庫が並ぶ。机の上にはパソコンがあった。
「たぶん、日程表はこの中ね」
 シュラインがそれを見やって言った。
「と思うけど……パソコンを起動させるのは、ちょっとヤバイわね。監視カメラとは別に、監視系統があるみたいだから」
 うなずいてから、透視の内容を思い出し、風槻は返す。少し考え、言った。
「まずは、印刷されたものがないかどうか、探そう」
「わかった」
 シュラインと零もうなずき、室内の捜索を始める。
 その結果、日程表は印刷されたものが机の引出しから出て来た。それによれば、明日の朝十時に、三十人ほどの兵士らがキングの館に向けて出発するようだ。
 後は、パスを探せばいい。
 ところが、これが簡単に見つからない。
(まさか、明日出発する兵士たちに、もう渡してあるとかいうんじゃないわよね)
 風槻は、ふと眉をしかめて考えた。
 商人の女将から聞いた話では、パスは厳重に保管されていて、交替の兵士らが出発する当日に渡され、彼らがキングの館から再びこの関所の勤務に就く際には、全て廃棄されるという。つまり、兵士らもキングの館にいる間だけ、パスを携帯することが許されるというわけだ。女将は、馴染みになった関所の兵士から聞いた話だと言っていたから、嘘ではあるまい。とすれば、やはりパスはこの室内のどこかにあるということだ。
 風槻は改めて室内を見回す。そして、部屋の隅にある耐火金庫に目をやった。
「あと探していないといえば、金庫ね」
 他の二人に注意を促すように、言った。
「そうですね」
 零がうなずく。
 三人は、金庫の前に集まった。
「これも開けられますか?」
 零に問われて、風槻は顔をしかめて首をひねる。どうだろうかと考えてみた。が、ややあって、肩をすくめる。
「これは無理ね。……普通にダイヤル式でしょ。こういうのの番号は、使う人が決めるわけじゃなくて、造った所が任意に決めているわけだから、推測が効かないもの」
「じゃあ、今度は私がやってみるわ」
 それへシュラインが言って、金庫の前にしゃがみ込んだ。ドアに耳を当て、ゆっくりとダイヤルを回しながら、音をたしかめているようだ。
 しばらくそうやってダイヤルを回した後、彼女は鍵を開けることに成功した。
 金庫の中はほとんど空に近い状態で、そこに三十人分のプラスチックのカードでできたパスと、CD−ROMが入っていた。
 束の上からパスを六枚取ったシュラインは、少しためらった後、CD−ROMも手にした。
「これ、ここでは見れないかもしれないけど、この先の街でなら、パソコンを使えるところも、あるかもしれないわ」
「そうね。キングの館の情報が、何か入っている可能性もありだし、もらって行きましょう」
 シュラインの言葉に、風槻もうなずく。そして彼女は促した。
「さて。じゃあ、そろそろ退却しましょうか」
「ええ」
 シュラインと零がうなずいた時だ。いきなりけたたましい警報の音が、あたりに響き渡った。
「な、何?」
 シュラインと零が、慌てたように室内を見回す。風槻は、思わず小さく舌打ちした。
「見つかったみたいね。あたしたちの方か、タケヒコたちの方かは、わからないけど」
 彼女が呟く間にも、建物に一気に照明が灯り、人のざわめく声がし始める。
「どちらにしろ、ここへ人が来るのも時間の問題だわ」
 呟いて、風槻は考え込んだ。なるべく穏便に関所を通り抜けたいというのが、彼女たち六人の一致した意見だった。だが、見つかった以上は手加減すれば、自分たちの命に関わるだろう。ただどちらにしろ、多勢に無勢だ。頭を使わないと、切り抜けることは難しいに違いない。
 彼女はこの先どうするべきか、考えをまとめると顔を上げ、シュラインと零をふり返った。
「二手に分かれましょう。あたしは、ここから配電室へ向かうわ。建物内の電源を落として、兵士たちを霍乱するから、二人はパスとそのROMを持って、合流場所へ向かって。電源を落としたら、全員に通信機で連絡するわ」
「わかったわ」
 うなずいてシュラインが、零を見やる。こちらもうなずいた。零のリュックにパスとROMを収めると、二人はそのまま部屋を飛び出して行った。
 それを見送り、風槻は長官室の奥の扉を開けた。そこには彼女たちがここまで来たのとは別の階段が、下へと続いている。これが、配電室へ続くものなのだ。
 この建物の配電室は、地下にあった。そして、そこへ向かうことができるのは、この長官室からの階段と、一階の東西それぞれの棟にある兵士詰所からのものだけなのだ。
 彼女は、階段を駆け下り始めた。幸いというべきか。途中に兵士の姿は見えなかった。それはありがたかったが、さすがに一気に四階分の階段を駆け下りると、息が切れる。
 地下の扉の前にたどり着いた時には、彼女は大きく肩で息をしている状態だった。
 ここもやはり、暗証番号式の鍵が掛けられていた。
(いちいち、念が入ってるわね。けど、どうしよう……。さっきみたいな推測も、今度は仕えないわよね)
 数字パネルを前に、彼女は今度ばかりは途方にくれた。
 その時だ。兵士詰所の方から来たらしい兵士らの足音が響き、彼女の背後に続く狭い廊下の入り口に立ち止まった。ふり返った彼女の目に、そこをふさぐように立ちはだかり、こちらへ一斉に銃口を向けている兵士らのシルエットが映る。
 彼女は武器を持っていないし、たとえ持っていても、一人でこの人数を倒すのは無理だ。イチかバチか、はったりをかまして、切り抜ける腹を決める。
「銃を下ろしなさい! でないとこの建物が吹き飛ぶわよ!」
 彼女は叫んで、ウエストポーチの中から携帯電話の一つを取り出した。
「この建物内に、爆弾を仕掛けたわ。この携帯電話は起爆装置よ。あたしが決めた番号を入力して通話ボタンを押すと、爆発する仕組みになっているの」
 それを兵士たちに示して、続ける。
「建物を吹き飛ばされたくなかったら、ここの暗証番号を教えなさい」
 兵士たちの間に、目に見えて動揺が走った。彼女の言葉が嘘か本当かを量りかね、互いに顔を見合わせている。
「あたしが、嘘を言っていると思っているのね? じゃあ、試してみなさいよ。まずは、この上の部屋を吹き飛ばすわ」
 風槻は言って、携帯の数字のボタンに手をかけるそぶりをした。
「ま、待て!」
 それを、真ん中にいた兵士が遮る。
「わ、わかった。教える」
 言って、四桁の暗証番号を口にした。
 風槻は素早くその番号を数字パネルに入力し、Enterキーを押した。軽い承認音が響いて、鍵がはずれたことを教える。彼女は扉の中に飛び込むと、奥の壁の一番大きな配電盤に突進し、巨大なレバーをつかむなり、全体重を掛けるようにして、それを引き下ろす。
 一気にあたりが暗くなった。扉の外では、兵士らの怒号が聞こえる。
 彼女はペンライトを取り出し、それの明かりで素早く室内を見回した。そして、扉の傍に数字パネルがあるのに気づく。どうやらここは、内側からも鍵をかけられるようだ。
 彼女はそのパネルの端の、「Lock」と書かれたキーを押した。途端に軽い音が響いて、扉に鍵が掛かったようだ。まるでそれが合図だったかのように、室内にいきなり電気が灯る。どうやらここには、非常電源があるらしい。
 扉の外では、兵士らがなんとかここを開けようとしているらしい音がしていた。爆弾などを持って来られれば持ちこたえられないだろうが、さほど長い時間は必要ない。
 風槻は再度、室内を見回した。部屋の隅に、工具箱があるのに気づく。中には、重いスパナがいくつか入っていた。彼女はそれを取り出し、壁にずらりと並ぶ配電盤を壊して回る。これでしばらくは、関所内の明かりの復旧は、見込めないはずだ。
 彼女はそれを終えると、通信機を取り出した。備品室を出る時に、六人で同じ回線を使えるよう、それぞれ通信機の設定を合わせているので、五人全員に同じメッセージを送れるはずだ。彼女はスイッチをオンにすると、通信機に向かって声を張った。
「みんな、聞こえる? あたし、風槻よ。今、建物内の電源を全て落としたわ。連中がパニくってる間に、ここを突破するのよ。いい?」
 クミノ、シオン、シュライン、零の四人からは、すぐに応答があった。四人とも、無事ではあるらしい。ただ、タケヒコからだけは返事がない。
(どうしたのかしら)
 気になって、何度か同じ言葉を繰り返してみたが、やはり応答がなかった。だが、彼女の方もこれ以上、そうしているわけにもいかない。扉の外では兵士たちが、無理にでもここを破る相談をしている声が聞こえて来る。
(しかたがないわね)
 彼女は通信を切って、それを上着のポケットに収めると、扉の傍に歩み寄り、重いスパナを構えて、扉の鍵を解除した。

【4】
 風槻は、どうにか配電室を後にして、合流場所の南側の門の脇の庭へとたどり着いていた。
 兵士らはいきなり配電室の扉が開いたことと、暗い所から明るい所に飛び込んだことで、たたらを踏んで総崩れになった。廊下が狭かったため、さほど人数がいなかったのも幸いした。彼女はそれをスパナで殴り倒し、自動小銃は使えそうにないので、兵士らが持っていた警棒のような武器を奪って、そこを出た。スパナでもよかったのだが、その警棒状の武器の方が、使い勝手が良さそうだったのだ。ついでに、兵士らの階級章も奪って、ウエストポーチに収めた。
 途中で零と一緒になり、二人して合流場所へと急ぐ。
 行ってみると、そこにはシュラインが待っていた。彼女はどういうわけか零のリュックを持っており、駆け寄った零に返している。零もそれを受け取り、そちらへ笑いかけた。
 その二人に、風槻は通路を隔ててちょうど正面に位置する車庫に、ジープが置かれているのに気づいて声をかけた。
「あれ、ここを突破するのに、ちょうどいいと思わない?」
「そうね。足はどうしても必要だし……たしか、タケヒコさんが車の運転、できたわよね」
 シュラインが、イチの村の件の時、森の館から戻るマイクロバスをタケヒコが運転したことを思い出したらしく、言った。
 風槻は、タケヒコからの応答がなかったことをちらりと思い出しつつ、うなずいた。
「ええ。それに、実はあたしも免許証持ってるのよ。だから、運転できると思うわ。ドライバーが二人いたら、交替しながら移動できるし、便利でしょ」
 通信機に応答がないからといって、タケヒコに何かあったと考えるのは早急だと、風槻は彼がここに現われることを前提にして言う。
「そうですね」
 零も同意した。
 そこへ、シオンがなんとなくよれた風情で姿を現す。ただし、彼は一人だった。
「あら、シオン一人なの? ササキビとタケヒコは?」
 風槻は思わず尋ねる。
「途中で兵士に出会ってしまって、バラバラになったんです。でもきっと、二人ともすぐに来ると思います」
 シオンの説明にうなずいて、風槻は彼にもジープを示して今話していたことを告げた。
「そうですね。武器を調達して、荷物も増えましたし、車があるのはいいと思います」
 話を聞いて、彼もうなずく。
「じゃ、シオンも賛成してくれたってことで、残る二人を待つ間に、あれを奪いましょうか」
 風槻は気楽に言って、くだんの警棒状の武器を握りしめた。
 だが実際にはそれは、そう簡単なことではなかった。
 風槻たちが通路の半ばを渡り終えた時、車庫のある東側の棟にいた兵士らに見つかってしまったのだ。彼らは同士撃ちを避けるためか、銃を使っては来なかったが、かわりに風槻が持っているのと同じ棒状の武器で攻撃して来た。
 風槻たちは各々、それをなんとかかわしつつ、ジープに近づこうと必死に試みる。
 その時だった。どこか遠くで、爆発音が響いた。
 一瞬、兵士らの動きが止まる。風槻たちも、思わず音のした方をふり返った。
「これ、きっとクミノさんです。近くにいます」
 叫んだのは、零だ。
「わかるの?」
 それへシュラインが尋ねる。
「はい。クミノさんの体から流れ出ている銀の奔流が、ここからはっきり見えてますから」
 零が力強くうなずいて言った。
 風槻にはなんのことかよくわからなかったが、零にも何か秘められた力があって、それでクミノの気配を見分けているのかもしれない。
 そうこうするうち、また爆音が響いた。今度は、どこが爆発したのか、ここからでもはっきり見えた。西棟の北側、二階だ。派手に火柱が上がり、壁の一部や窓が吹き飛ぶ。
 兵士たちの間から、怒号とも非鳴ともつかない声が上がる。彼らは、新手の侵入者がいるとでも思ったのかもしれない。何人かが、そちらへ向かって走り出した。
 そんな中、爆発は更に続く。
 兵士らは、完全にパニックに陥ったようだ。もはや風槻たちには目もくれず、我先にと彼らは爆発して燃え出した建物の方へと走って行く。
 それを尻目に、風槻はジープに駆け寄った。その後に、他の三人も続く。
 兵士たちはよほど慌てていたのか、ジープにはキーがつけっぱなしになっていた。風槻はエンジンをかける。思ったとおり、体が自然に動いて、彼女に自分が車の運転ができることを、教えてくれた。その隣に収まって、シュラインが不安げな声を上げた。
「クミノさんが近くにいるのはわかったけど、タケヒコさんはどうしたのかしら」
「私、通信機で呼んでみます」
 零が後部座席で言って、上着のポケットから通信機を出した。だが、いくら呼びかけても応答がないようだ。
「シオン、あんた、彼がどうしたか、知らないの?」
 シュラインが、シオンに尋ねた。
 彼は真剣に考えているようだったが、結局、無我夢中で走り回っているうちに、はぐれていまったので、どこで別れたのかさえ覚えていないと告げる。その答えに、シュラインは落胆したようだ。
 だが、いつまでもそうしてタケヒコの身を案じている暇はなかった。
 クミノが、門の傍に走り寄るのが見えたと思った途端、巨大な門は、派手な音を立てて吹き飛んだのだ。後はただ、そこから外へ出るだけである。
 それを見やって風槻は、ジープを急発進させた。クミノの傍で急停車させる。
「ササキビ、乗って!」
 風槻はクミノに叫んだ。シオンが、後部座席からクミノに、手をさしのべる。それへすがって、彼女が隣に収まった。それを確認すると同時に、風槻はすごい勢いでジープを発進させる。
 そのまま彼女たちは、関所の門を抜け、ひたすら走り続けた――。



■ ■ ■

 ようやく追っ手が完全にいなくなった時には、東の空が白みかけていた。風槻は、少しスピードを落す。
 この時になって、クミノはやっとジープの中にタケヒコの姿がないことに、気づいたようだった。
「タケヒコさんはどうしたんだ?」
「それが、わからないんです」
 彼女に問われて、シオンが困惑したように答える。
「私、途中までは一緒だったんですけれど、いつの間にか見失ってしまって……」
「通信機で呼び出せば……」
 言いかけるクミノに、零がかぶりをふった。
「門の前でも、呼んでみました。でも、まったく応答がなくて」
「じゃあ、まさか……」
「たぶん、そのまさかよ。連中に、捕らわれたんだわ」
 思わずというように呟くクミノに、風槻は運転しながらうなずいて言う。
 あまり考えたくはないが、この状況ではそう思うしかない。
(たぶん、あたしが通信機で呼びかけた時にはもう、敵の手に落ちていたんだわ)
 風槻は、ふと胸に呟く。
 彼が捕らわれたことは、彼女たちの戦力を大きく削がれることでもあった。それに、クミノもシオンも、さほど大きな荷物を持っていないところを見れば、銃や防弾チョッキなどのかさばるものは、彼が運んでいたと考えてもいいだろう。つまり彼女たちは、せっかく手に入れた武器の一部をも失ってしまったのだ。
(どちらも、痛いわね)
 風槻は軽く眉をひそめて、もう一度胸に呟いた。
 そんな彼女たちに、しばし小さく唇を噛んで考え込んでいたクミノが、尋ねた。
「それで、どうするんだ?」
「このまま行くわ。彼のことは心配だけど、きっとキングを倒せば、彼も解放されると思うから」
 顔を上げて答えたのは、シュラインだ。
「そうね。あたしもそれがいいと思う。もう、いつまでも自分が何者なんだかわからない状態のままでいるのは、うんざりよ」
 風槻も言った。タケヒコの不在も武器の一部の喪失も、手痛い事実ではあるが、そちらを取り戻しに行くよりは、先に進む方が話は早い気がする。それに、記憶を取り戻したい気持ちも強かった。
「私も、今の状況では、キングを倒す方が先決だと思います」
 シオンもうなずいて言った。
「私も、そう思います」
 零もうなずいた。
 皆の答えに風槻は、クミノにどうするのだと尋ねる視線を向ける。
「私もこのままキングの館ヘ向かう方へ、一票だ」
 肩をすくめてクミノが返すと、風槻は笑った。
「満場一致で、キングを倒すに決定ね。……飛ばすわよ」
 言うなり彼女は、再びスピードを上げた。
 風が耳元でうなり、風槻の髪をさらって行く。彼女たちはようやく、旅の終わりに近づきつつあった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1166 /ササキビ・クミノ /女性 /13歳 /殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /紳士きどりの内職人+高校生?+α】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【6235 /法条風槻(のりなが・ふつき) /女性 /25歳 /情報請負人】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
『記憶の迷宮 3』に参加いただき、ありがとうございます。
さて、今回はいかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

●ササキビ・クミノ様
すみません。前回のプレイングとクミノ様の設定に関して、
一部勘違いがあったようですね。
申し訳ありませんでした。

●シオン・レ・ハイ様
リンボーダンスの姿勢で避ける! というのが斬新でした。
いつも、楽しいプレイングをありがとうございます。

●シュライン・エマ様
今回は、金庫破りに挑戦していただきました。
鋭い聴力の延長(?)で、こんなこともできるかもな……と
思いまして。

●法条風槻さま
地図があって、助かりました。
暗証番号については、情報分析力に優れているなら、
こういうこともできるかな……と想像を逞しくしてみました。

次回は解決編です。
最後まで参加していただければ、うれしいです。
ということで、どうぞよろしくお願いします。