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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 記憶結晶

Opening
「また怪しいものが来たねえ」
「おやおやぁ、随分失礼なことをいうじゃないかあ。今日は良いものをもってきたんだけどねえ」
 アンティークショップ・レンの今日の客人は、黒いフードで顔を隠した老翁であった。いつもこの店に出入りする行商人である。といっても、扱うものはろくでもないものばかりだが。しかしたまに掘り出し物があるので、蓮も交流しているのだ。
「今日の品は」
「こいつさあ」
 すっ、とニヤニヤ笑いと共に出したのは、正八面体の透明な石――つまりは結晶である。
「こいつは……?」
「記憶の結晶というやつでねえ、これに触ると、触った人間が忘れている記憶が蘇るってなシロモノさあ。スタンドもあわせて六万で手をうとぉじゃないかあ。どうだい蓮さん」
 蓮は自店の常連客の顔を思い浮かべた。なるほど、あいつもこいつもあいつも、これを聞けば飛びつくかもしれない。
「使えそうだね。もらっておくよ」
「毎度ありぃ」


「ああ、あんたを待っていたんだ」
 蓮は常連客が店に入ってくるのを、笑顔で迎えた。
「ちょっと良いものが入ったんだよ、見ていかないかい?」


 今宵、その結晶の映る映像は、一体――?


「ふん、記憶結晶ね……まあ、試してやっても構わんが。これは本当に忘れていた記憶が蘇るんだろうな? 詐欺だったらビタ一文も払わんから覚悟しておけ」
「あんたはほんっ――――とうっ、に子供らしくないねえ。外見相応の行動でもしてみたらどうだい?」
「お断りだ」
 夢崎英彦の目の前にあるのは、黒いスタンドに載せられた、正八角形の結晶を睨みつける。それはレンの説明によれば、失った記憶を取り戻せるものらしい。
 英彦には、自分が今の子供の姿になった、その時の記憶が無い。本来は十六歳の青年だったのだが――死んだのか、あるいは何か他の原因のために、今の姿になってしまったらしい。そのあたりは覚えていないので、正確なことはわからないが。
「で、いくらだせばいい?」
「年齢性別身分問わずに一律五千円」
「……キミはこんな子供にそんな大金を払わせるつもりか?」
「外見相応の行動はしないんだろう? いいからちゃっちゃと払いなよ」
「ちっ……これで記憶が再生できなかったら、この結晶ごと破壊してやるからな」
 そう言いながら、英彦はレンに五千円を渡す。レンはそれを無表情で受け取った。客に対する礼儀も挨拶もあったものではない。
「触れるだけか?」
「ああ」
 英彦はその小さい腕をのばし――結晶に触れた。


「どういうことだこのインチキ女が! 忘れた記憶どころか一切の映像も見えないじゃないかッ!」
「アタシに言われても困るよ。とりあえず金は返すけれどね」
「当然だ!」
 わめく英彦。いつもの大人びた雰囲気は欠片も無い。蓮も困った様子で英彦と結晶を見比べた。
「想像だけどね……」
 ぷか、と煙草の煙を吐きながら蓮が言う。
「この結晶を売った男によれば、人間ってのは一度覚えた記憶ってのは忘れないらしいのさ。絶対にね。ただ思い出せなくなっているだけ――で、この結晶は、その『脳にあるけど思い出せない記憶』を思い出す手助けをするようなものらしい」
「だからどうした? この結晶の原理なんかどうでもいいことだろう」
「アタシは思うのさ。今のあんたの脳に――その時の記憶が入っている保証があるかい?」
 蓮は英彦に向かって煙を吐き出した。明らかに嫌がらせである。
「げほっ、がほっ……なんだ、一体どういう意味だ?」
「あんた妙な力を使えるだろう? おまけに身体も大人から子供に変わってる……考えてみれば、頭ん中が昔の通りだっていうほうがおかしいじゃないか? そうだろう」
 確かに――その通りだった。脳だって変わっているはずだ。血を扱える能力を考えれば、あるいは身体が全て改変されてるとさえ考えられる。
「ち……全く使えないじゃないかっ!」
「ああ、そうだね。さて、どうしたもんかな……」
 英彦は考える。せっかくの珍しい結晶だ。これをみすみす見逃すのは惜しい。どうにかして記憶を取り戻したい。
 あるいはこの店の不思議な道具を使えばどうにかなるかもしれないが――これ以上蓮に借りを作るのは絶対に嫌だった。
「ん……。ああ、あの手があったか」


「ふ、これでどうだ」
 笑みを浮かべるのは、英彦――もっとも、その外見はもはや子供ではない。十六歳くらいの青年だ。
 英彦は、自らの身体をある程度改変させることができる。もっとも長時間は無理なのだが。
「元の姿になったからって、記憶が戻るわけじゃないだろうに」
「分からんぞ。記憶というのは脳だけに保存されるものじゃない。身体の個々の部分――あるいは『十六歳の夢崎英彦』という存在そのものに非物理的に保存されている可能性もある。やってみる価値はあるさ」
 にやりと笑みを浮かべる英彦。
「そんなに上手くいくかねえ」
「試す価値はあるさ」
「じゃ、金払いな」
 英彦はさっさと財布を出すと、五千円札を蓮の手に握らせる。蓮は意外そうな顔で英彦を見つめた。
「……ずいぶん気前が良いじゃないか? 心変わりでもしたかい?」
「記憶が戻るかもしれんのだぞ? 出し惜しみなどしていられるか――さて、早速触れさせてもらおう」
 この姿でいられる時間は長くない。英彦はすぐさま結晶に触れた。


 暗い。
 どこだここは――英彦は辺りを見回す。
「成功……したのか?」
 ひたすらに暗い空間である。これのどこが自分の記憶だというのだろうか?
 暗い、ということは眼を閉じているのだろうか? ということは今は自分が気絶でもしているのか――?
 いや、気絶している間の映像が記憶に残るはずはない。これは意図的に眼を閉じているのだ。何故だ? 何か見たくないものでもあるのだろうか?
 わずかに、暗い世界に光が飛び込んだ。どうやら眼を開けたらしい。――といってもうっすらと開けているだけで、何を見ているのかまではよく分からない。白い光が飛び込むのみだ。
 また暗闇が戻る。映像が眼を閉じたのだ。
 ふと、英彦は思った。
(……まさか、俺は見たくないものでも見ているのか?)
 見たくないものが目の前にある、またはいる。だから眼を閉じている。しかしそれでも怖いから、うっすらと開けてまた閉じる。それを繰り返すのだ。
(馬鹿な! 俺は何を怖がっている!? 目の前にまさか異形の化け物がいるわけもあるまい! 俺は何を恐れて、どうして今の姿になったんだ!?)
 声を出すが、声にならない。ただ暗闇が英彦を追い詰める。暗闇の奥にある『分からない何か』が、とても怖ろしい。
 やがて――。


 暗闇から、アンティークショップ・レンへと、映像が戻った。
「やあ、お帰り」
「…………ッ!」
 今のが、自分の死ぬ間際の映像だったのだろうか――?
 いや、自分が死んだとは限らない。あの映像だって、自分今の姿になる寸前の記憶とも限らないのだ。何もかも不明瞭――しかし確実に、あれは自分の失った記憶だ。
 ――いつの間にか、身体が子供に戻っている。戻した記憶は無い。あの映像を見ているうちに、身体の制御が出来なくなってしまったのだ。
「く……くくくくくくくくくくくッ! 面白いッ!」
 子供らしからぬ声で、英彦は叫ぶ。
「あれが俺の記憶の断片だとしたら……面白いじゃないか! 少なくとも今の俺には、記憶の欠片があったんだ! 確実にものにする! 俺は、俺をこんなにした原因を確実に見つけ出す!」
「…………ちょっとハイになりすぎてるようだねえ」
「ふ、好きに言え。俺はそろそろ帰る。今日は良い収穫があった。感謝するぞ」
 英彦にしては珍しい言葉に、蓮は少しだけ笑った。どう見ても、子供が強がっているようにしか見えなかった。


「いいぞ……俺はこれから、かつての俺を取り戻す」


<了>

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■   登場人物
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【0555/夢崎・英彦/男性/16歳/探求者】

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■   ライター通信
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 初めまして夢崎さま。担当ライターのめたでございます。
 夢崎くんは書いてるうちに気に入ってしまいまして、最終的にはこんな感じになってます。いかがでしょうか? お気に召してくだされば幸いです。
 ちょっとマッド君な(特に笑い出しているあたり)キャラになってしまいましたが、どうでしょう? ちょっと過去の秘密も現れたり?
 ではでは。そろそろ失礼いたします。もし気に入ってくださいましたらまた注文していただけると、めたはとっても喜びます。


 追伸:異界です↓ どうぞ覗いて下さい。
 http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248