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<東京怪談・PCゲームノベル>


All seasons 【 始まりの言葉 】



◇◆


 高く突き抜ける空の色は今日も透けるようだった。しかしそれなのに・・・菊坂 静の目にはとても憂鬱な空の色に見えた。
 夏の空特有の爽やかさと軽やかさを含んだ色なのに、どこかペンキを流したかのように嘘っぽい色に映ったのは・・・きっと、静の心を反映しているからなのだろうと思う。
 夢幻館に続く道は真っ白で、強い太陽の日差しを倍にして照り返している。
 道の両側に咲く花は、今日も季節感がない。
 チューリップにシクラメン、蒲公英に―――――
 ふわりと百合の香りが辺りに漂う。
 けれど、いくら探しても百合の花の白色は見当たらない。
 百合の香りと一緒に、濡れた土の匂いも立ち上ってくる。
 見れば地面がしっとりと濡れていた。恐らく・・・奏都あたりが水撒きでもしたのだろう。
 咲き乱れる花に目を奪われていた静だったが、目の前に巨大な両開きの扉が近づくと思わず身構えた。
 ・・・ついこの間起きたばかりの事件が脳裏を過ぎる。
 夢幻の魔物、闇の羽根、もなの母親、兄・・・
 そして、今もこの館に生きている―――もう1人の血の繋がったもなの兄。
 兄でありながら、もなの最愛の家族を亡き者にした1人の男。
 静の耳に、麗夜の言葉が蘇る。
 もうこない方が良いと、麗夜は言った。
 それは決して責めるような、追い立てるような語気ではなかった。
 諭すような口調は尚更に悲しく、あれから静は随分と長い間1人で考えた。
 麗夜の忠告に従うか、それとも・・・
 両開きの扉を押し開ける。
 キィっと言う蝶番の悲鳴は、どうしてだか元気がない。
 俯いていたせいもあって、開く扉の奥、一番最初に飛び込んで来たのは真っ赤な絨毯だった。
「今日は最後のお別れをしに?」
 凛と響く声は聞き覚えのあるもので、静は思わずビクリと肩を震わせた。
 ゆるゆると視線を持ち上げ、目の前に佇む人物を真正面から見つめる。
 整った美しい顔。冷たい瞳は人を拒絶しているようで・・・それでも、キチンと優しい心を持っている人。
 この館にある2つの対のうち、現を司る1人の少年。
 夢宮 麗夜は射るように鋭い視線を静に向けて立っていた。
「麗夜さん・・・」
「今日くらいにね、来ると思ったんだ。だから、待ってた」
「そう・・・」
「俺って占いも出来るんだよ。あ、勿論美麗も出来るけどね?しかも、外れた事がないんだ」
「・・・凄いね」
「なぁ、俺の言ってる意味が分かるか?」
 威圧するような言葉の強さに、静は視線を下げた。
 きっと、麗夜にはもう全てが分かっている。分かっていて、それを静の口から聞き出すためにこうして今目の前にいるのだろう。
 ―――――逃げる事は許されない。
 これは、自分で決めた事。
 進路も退路も示されていて、ご丁寧に安全な道まで教えてもらって・・・それでも、決めたのは他でもない静自身なのだ。
 ゆっくりと息を吐き出し顔を上げる。
「やっぱり、好きで・・・離れたくない・・・だから・・・麗夜さん、御免」
 これほど緊張する事ではないのかも知れない。
 声が震えるほどの緊張なんて、それほどした覚えがない。
 まして、今目の前にいるのは同じ年頃の少年だ。静が緊張する理由なんてないように思えた。
 ・・・それでも・・・緊張した。
 たったその一言を言ってしまえば、完全に道は1本になってしまう。
 進むしか、なくなってしまう・・・・・・・・
「そう言うって、知ってた。だから、驚かないよ」
 呆れているような、失望したような声。
 けれど表情は微塵も変わっていなかった。
「でもな、静。これだけは絶対に忘れるなよ?」
「なに・・・を・・・?」
「その決断をしたのは、他でもない、おまえ自身だって事を絶対に忘れるなよ」
「・・・・・・・・うん」
 静がコクリと頷いたのを見た後で、麗夜は踵を返して階上へと上って行ってしまった。
 その背を暫く見詰めていたが、麗夜は1度も振り返る事がなかった・・・・・・・・


◆◇


 ホールの中に入ると、梶原 冬弥と神崎 魅琴、そして沖坂 奏都が笑顔で迎えてくれた。
 その中に、片桐 もなの姿は見えない。
「あれ?もなさんは?」
「・・・ん・・・あぁ・・・」
 冬弥が曖昧な声を出して困ったように奏都に視線を向ける。
「自室で休まれているんですよ。宜しければ、お連れしましょうか?」
「具合でも悪いの?」
「そう言うわけではないんですけれど・・・」
「俺が連れてくるよ」
 冬弥がそう言って、ホールを抜けるとトントンと階段を上がって行った。
 変わらない館、変わっていない・・・3人の姿。
 静はゆっくりと魅琴に視線を向けると、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「今日はどうしたんだ?」
「もなさんの様子が気になって・・・」
「あぁ、夢幻の魔物とやらと戦ったんだろ?詳しくは聞いてないけど・・・」
「貴方に話したってどうしようもないですからね」
 奏都がお茶を淹れながら、普段ならば考えられないような冷たい言葉を投げかける。
 ・・・きっと、奏都はもなの身に起こった事を全て知っているのだ。
 勿論、魅琴のことも・・・・・・・・・・
 カタンと音がして、振り返ればそこには冬弥ともなが立っていた。
 髪の毛を背に垂らし、どこかボウっとした表情のもなからは、生気がまったくと言って良いほど感じられなかった。
 やはり、未だに心の傷になってしまっているのだろうか・・・?
「もなさん、怪我は大丈夫?」
 タっと駆け寄り、もなの顔を覗き込む。
 虚ろな瞳はゾっとするほどに冷たく、何の感情も浮かんでいない表情は、元のつくりの良さとあいまって人形のようだった。
「しずか・・・ちゃん・・・?」
 焦点の合わない瞳が静に注がれる。はたして見えているのだろうかと言うほどに暗い瞳の奥、その絶望は・・・計り知れない。
「うん、もなさん怪我は大丈夫?」
「へいき」
 平気とは言うものの、左手首には未だに白い包帯が撒きついている。
 ・・・ふと、静はある事に気がついてもなの全身をジっと見詰めた。
 もう夏に入ろうかと言う時期なのに、もなはしっかりと長袖のワンピースを着込んでいる。
 袖のレースの向こうに見える包帯、その下に隠された手首・・・。
 肩の部分に触れる・・・その細さに、静は思わず手を引っ込めた。
 元から細いもなだったが、さらに細くなっている・・・!
 普段ならば滅多に着ない、丈の長いスカート、しっかりと穿かれた厚手の靴下。
 肌をほとんど露出していない服―――――
「もなさん・・・?」
 腕を取り、袖を捲くる。
 抵抗は何もない。ただ、されるがままに任せている・・・。
 骨と皮しかない腕は痛々しく、血管が浮き出ている。
 顔を上げれば今にも泣きそうな表情の冬弥と目が合い、軽く首を振られる。
 ・・・何も言うなと、そう言う事なのだろうか・・・?
「・・・ちゃんは・・・」
「え?」
「しずかちゃんは、けが・・・へーき?」
「僕は平気だよ」
 そう言って、微笑を向ける。
 それを受けてもなが微かに口の端を上げた気がするが・・・それはただの気のせいだったかも知れない。
「そうだ、今日お土産のお菓子を持ってきたんだ。良かったら皆で食べよ?」
「・・・・・」
 コクリと頷くもなの袖を、静はきちんと戻した。
 冬弥がもなの手を引きながら椅子へと乗せ、その隣に座る。
 まるで1人では何も出来ない子供のように、もなは大人しくされるがままになっている。
 静がクッキーの包みを開け、奏都が熱い紅茶を淹れてきてくれる。
 冬弥が缶の中からクッキーを1枚取り、もなに手渡すと・・・一口二口、それを食べた。
 いつもの元気はなく、それ以上はもう食べれない様子だった。
 口元に手を当て、真っ青になって行く顔色を見ながら慌てて冬弥がもなを抱き上げて部屋へと連れて行く。
「・・・あいつな、最近全然飯食わないんだよ」
「そう、なんだ・・・?」
 魅琴がいかにも言いにくそうにそう呟き、紅茶を口元へと運んでいく。
「お前が見たほうの腕あるじゃん?その反対側の腕、すっげー注射針の痕があんだよ」
「注射針・・・?」
「点滴の痕」
「・・・もなさん・・・」
「でも、とりあえず今日・・・ほんの少しでも食べ物を口に出来てましたし、多分大丈夫だと思います」
 奏都が静を心配させまいとするかのような笑顔を浮かべ、カタリと席を立つ。
「冬弥さん1人では心配なので、見てきますね。静さんはごゆっくりしていてください」
「あ、はい・・・」
 去って行く奏都の後姿を見送りながら、静はふとある1つの事を思い描いた。
 もし・・・もしも、もなに魅琴が実の兄であると言う事を告げ、さらにはもなの母親と兄の命を奪ったのが魅琴だと告げた場合、彼女はどうなってしまうのだろうか?
 彼女の細い心は、身体は、その事実に耐えられるのだろうか・・・?
 分からない・・・考えても、答えにはたどり着けない・・・。
 ずっと耐えていたものが、だんだんと剥がれていく音がする。
 この場には静と魅琴しかいない・・・だからこそ、繕っていたものが解けてきたのかも知れない。
 表情が落ち込んでくる。少し辛そうに、眉を顰める・・・。
「・・・魅琴さん・・・」
「あ?」
「魅琴さん・・・前に言ってくれたよね・・・嫌がる事はしたくないし、しないって・・・」
「あー、そんなこと言ったかもな」
 いたって軽い調子で魅琴はそう言うと、立ち上がった。
 テーブルの上にそのままになっていたカップを取り、キッチンへと置きに行く。
「――――嬉しかったよ・・・」
「そーか」
 生返事のような声に、静は立ち上がった。
 新しい紅茶を淹れている魅琴の隣に立ち、その顔を見上げる。
「・・・御免ね・・・」
「は?」
「・・・まだ、話すのは・・・怖くて・・・」
 ギュっと魅琴を抱き締める。
 けれどそれは、抱きつくと言ったほうが良いほどに弱々しいものだった。
「魅琴さん、もし僕が・・・魅琴さんの秘密を知って、それでも好きだよって言ったら・・・どうする?」
 その瞬間だった。
 魅琴が静の腕を振り払い、トンと軽く肩を押した。
 それは本当に弱い力で、静は数歩後ろによろけただけで踏み止まる事が出来た。
「・・・魅琴・・・さん?」
「はっ、何言ってんだよ。俺の秘密?なんだそれ」
 顔を背けているためにその表情は読めない。けれど、声だけで判断するならばそれはあまりにも冷たい響きだった。
「お前、なんか勘違いしてないか?それか、誰かと・・・間違えてないか?」
「でも・・・」
「良いか!!!?」
 静の言葉にかぶせるように発せられた魅琴の声は、驚くほどに大きかった。
 それまで一度もこれほどまでに取り乱した様子の魅琴を見た事がなかっただけに、静はその場に固まってしまった。
「もし俺に秘密があって、それをお前がなんらかの形で知ったとして、それをわざわざ俺に言うやつがあるか!?」
 魅琴が静を見下ろす。
 冷たい・・・瞳は、狂気を含んでおり、どうしてだろう・・・
 それが、魅琴の本当の姿なのだと・・・思ってしまった・・・
「答えてやるよ静。俺の全てを知って、それでも好きだって言ったら・・・どうするか、だよな?」
 ゆっくりとしゃがみ、視線を静と合わせる。
 怖いと思いながらも視線をそらす事が出来ない・・・
 魅琴の手が静の細い首に巻きつく・・・そして―――
「俺を好きだって気持ちのまま、殺してやるよ」
 ゾクっと、寒気が背筋を滑り落ちる。
 その瞳の奥底にリンクする、もなのあの時の瞳。
 やっぱり兄妹なんだと、頭の片隅でどこか呑気な考えを巡らせる・・・。
「・・・なーんてな」
 ふっと、目の前の魅琴の表情が和らぎ、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら静の首から手を離す。
「なぁに青くなってんだよ。マジ、俺ってばすげー男優?」
「え・・・?」
「演技に決まってんだろ、演技に!もしかして、静ちゃんってば騙されちゃった〜?」
 グリグリと頭を撫ぜ、紅茶をそのままにキッチンから出て行く。
「もなの様子でも見てくるから、静はここにいろよ?」
「うん・・・」
 背中越しにかけられた声に頷くと、パタンとホールから出て行く音が微かに聞こえた。
 ・・・ペタリとその場に腰を下ろす。
 魅琴は冗談っぽく言っていたが、あれは嘘でも演技でも何でもない・・・。
 “アレ”は確かに本当の魅琴の姿だった。
 首筋に魅琴の手の温度が蘇る・・・。

 『俺を好きだって気持ちのまま、殺してやるよ』

 響く低い声は残酷で、優しい言葉は静の記憶の底、赤く赤く・・・塗りつぶされていく気がした・・・。



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5566 / 菊坂 静 / 男性 / 15歳 / 高校生、「気狂い屋」


  NPC / 神崎 魅琴
  NPC / 片桐 もな
  NPC / 梶原 冬弥
  NPC / 沖坂 奏都
  NPC / 夢宮 麗夜


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『 All seasons 』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 愛しい人の数日後と言う事で、まだ傷が治りきっていない状況でした。
 少し暗い夢幻館。その中で、知らないながらも何かに感づいている魅琴。
 貴方を好きだって気持ちのまま殺されるなんて、迷惑です!
 と、心の底から思いながら執筆いたしました(苦笑
 魅琴の本心は、本性は、どこにあるのでしょうか・・・。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。