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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『誰もいない寝台列車』



「…よう…お前もか?」
 調査から帰還する途中の寝台列車で、ふと目が覚めると、いつの間にか草間が寝巻きから着替えていた。なんだ?もう東京か?だが、窓の外に見える景色は闇ばかりで、何一つ見えはしない。街灯も、星の明かりも、何一つ。
「俺以外にもここに来た奴がいてくれて、よかったと思うべきか…いや、不運なのかもな…」
 草間は若干蒼ざめた顔をして微笑みかける。何か起こったのか?
「わからないか?見てみるといい。この列車…俺たち以外、誰も居ないんだ」
 草間の周り、縦三列に並んだ寝台。それは彼によってカーテンを開け放たれていた。その中には、荷物やつい今しがたまで人が寝ていた形跡のある布団が置いてあるが、何故かベッドの主はいない。
「乗ったときは、結構いたろ?修学旅行の高校生とか、登山者っぽい爺さん婆さんとか…全部いない。いつの間にか。ただ、時々、車両の向こうに黒髪の小さな女の子の影みたいなのが見えるんだが…」
 どういうことなのか。誰かが降りたような気配はなかった。列車が停まった気配も。黒髪の少女とは?
「いなくなったというより、俺たちの方が妙な事態に晒されてるんだろうな…。零の奴がこんな書置きまで残してた。とにかく、一緒に調査と行こうぜ。嫌な予感がする…」
 見れば、零もいつの間にか姿を消している。これは、自分たちよりも先にこの電車に取り込まれたと言うだけだろう。それは、書置きを見れば一目瞭然だ。
『悪意ある霊気と…救いを求める心を感じます。皆さん、気をつけて――』
 誰も居ない寝台列車の中、不気味に走る音だけがこだまする。どこへ向かっているのか。その音は、どこか自分たちをせせら笑っているようにも感じられた…――



■午前二時十分

 九条・宗介(くじょう・そうすけ)は、草間の事情説明を聞き終わると、眠たい目を擦って彼の顔を見た。
「えぇと…事情はわかった。で、まず何で鼻血が出ているのかから聞かせてもらいたいのだけれど」
 見れば、草間は鼻っ柱を真っ赤になったティッシュで押さえつつ、むすっとした顔つきで突っ立っている。
「そこの野郎の寝台開けたら…」
 右手で鼻を押さえながら、後ろに向けて草間が親指を立てる。同時に、一つの寝台を覆っていたカーテンが開き、端整な顔をした黒スーツの女性がひょいと床に降り立った。同時に、彼女の肘がごつっと音を立てて草間の後頭部を叩く。
「私は女だ」
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)はそう宣言して、ぴっとスーツの襟元を正した。
「そもそも私の『影』で帰っていればこんな目に遭わずに済んだんだ。この怪奇体質め」
「…どっちにしろ、怪奇現象だろ…」
 草間は慣れているのか叩かれた頭を擦りながら、しかし視線はこちらに向けたまま言った。
「…まあ、ともかくこいつがキャミソールにパンツ一丁で寝ててな」
「ははあ…。女性にも色々な性質を持つ人間がいるからね。殴られたことが性別を否定する動機になると考えるのは面白い思考の飛躍ではある。しかし…――」
「…うん。お前に話した俺が悪かった。許してくれ」
 草間はそう言って自分の話を切った。共に列車に乗っていた面々は皆、顔を揃えている。冥月が出遅れたのは単に自分の直前に起こされた後、服を着替えていたからだろう。
 すでにスーツ姿で零の書置きを睨んでいるのは、シュライン・エマ。草間興信所の事務員で、言うなれば彼の右腕だ。尤も、宗介の目には右腕の方が有能に見える。それを証明するかのように、彼女は切れ長の目を持ち上げると、すぐにこう言った。
「零ちゃんの性格なら、『救いを求める心』っていう方に向かいそうね。その心と話せればこの現象についても聞けると思うんだけど、どうかしら、武彦さん」
「…ん?何でだ?」
 宗介は適当にジャケットを羽織り、面倒くさいからと普段着から上着を脱いだだけの格好で寝ていたことに感謝した。しながら補足した。
「悪意という言葉が、他者に害を成す、という意味だと仮定しよう。救いを求める『心』がその『悪意』に勝る力を持っているのなら、そもそも論理が成立しない。救われる必要が無いからね。情報が少ない中では推測になるけれど、その『心』もまた、『悪意』の脅威を受けているという推測をするのは容易い…」
 そこまで話して、宗介はタバコが無いことに気付いた。ぽかんとこちらを見る草間のポケットにひょいと手を伸ばしながら続ける。簡単な話だから、スムーズに話してしまえ。
「…この状況に僕らを引き込んでいるのが、『心』が救いを求めてのことなのか、『悪意』の仕業かはっきりしないまでも、両者の間には何らかの関係が成立している可能性が高い。片方に接触することでもう片方の情報も得られると考えるのも自然なこと。それならば、交渉が容易そうな方を選択する。当然の帰結じゃないかな」
「まあ…そんなところね…。ちょっと入り組んだ説明だけど」
 シュラインが苦笑しながら言う。入り組んだ説明?単に一つ一つ意味を追っていけば、話は一本の線に繋がるじゃないか。どこにも複雑なところはない。が、草間と冥月は意味不明といった表情でぽかんとしているだけだった。
 と、宗介は言い忘れていたことを思い出した。
「ああ、そうだ。タバコもらったよ。とりあえず、吸っていいかな」
「あ、ああ…どうぞ」
 ようやく言葉の意味が理解できたという顔をして、草間が頷く。ライターを受け取っているうちに、自分の隣に立っていた背の高い黒スーツの男…ジェームズ・ブラックマンが、静かに携帯電話を閉じた。いつの間にそこにいたのか、全くわからなかったが。
「…まあ、予想はしていましたが通じませんね。異空間の中で電波が届いたら、むしろそちらの方が怪奇現象でしょうが」
 穏やかな顔で、ジェームズが言う。ふむ…非常識の中で常識が発生すれば、それはまた非常識…コインの裏表のようなもの。面白い発想とユーモアだ。
「まあ、そうよね。この空間には電波塔なんかないだろうし…。冥月さんの方は?『影』を伝っての跳躍は出来る?」
「いや…空間が押さえられている感覚がする。探知は出来るが…。この空間自体が私の異空間と同じような雰囲気だ。何者かが創り出している場所なのかもしれないな」
「異空間の中に異空間は開けないということですか。ふむ…では、ミス・黒。影を探知する力で、この空間に限界を見出せますか?果てはあるでしょうか?」
「さあな…この列車外にはそもそも影がない…ように感じる。私の能力はあくまで『影を操る』ことだからな。影がなければ探知は無理だ」
 興味深い…。異空間とはどんな原理で成り立っているのだろう。それの解釈を続けるのも面白そうだ。が、まあ、優先して考えることではないか。思考の二層に回して、表層で状況の解釈を続けよう。多重思考が出来るのは生まれ持った幸運な特技だ。
「三葉君は?共感能力を持つと聞いたけれど、何か情報は掴めるかな?」
 宗介が言葉を掛けた先で、外を眺めていたのは三葉・トヨミチ(みつば・とよみち)。小劇場系の劇団代表を務める脚本家で、人付き合いの悪い宗介としては根本に似た物を持つ芸術家同士、一番話しやすい相手だった。
「悪意ある霊に救いを求める心、ね…」
 こちらへと向き直りながら、トヨミチが静かに言う。
「…共感出来るかい?」
「いや…俺の共感能力は対象が目の前にいないと成功確率が低いからなあ…」
 彼は演技者の枠を超えた、超能力然とした共感能力を持つ。影を操る能力を持つ冥月はとてつもなく強力な超常能力者だが、この車内で彼の能力はある意味それ以上に心強い。冥月の能力は影の『物質化』であるから、亡霊には効果が薄いだろう。
「ともかく、ここでじっとしていても仕方ない。行動を起こすとしよう」
 その冥月が言い、触発されるように全員が視線を絡ませあう。
 やれやれ。それにしても妙なことに巻き込まれたものだ…――
 しがない三文小説家は、何層にも並行して思考が出来る特技の深いところで、この体験は話のネタになるかと考え始めていた。



■午前二時二十五分

「それにしても、どうしてこんなことになったんだか…」
 頭を抱えて呟く草間に答えるように、宗介が静かに呟く。
「神秘は神秘を引き寄せる。僕らが引き込まれたのも、おそらく偶然ではないんだろうね」
「どういうこった?」
 肩をすくめて思いついたことを流れるように説明しはじめる宗介を無視して、シュラインは冥月に向き直った。宗介が考えることは興味深い事柄が非常に多いが、大体が役には立たない。彼に捕まった草間は、ちんぷんかんぷんといった表情で、話を聞き流していた。
「冥月さん、影の探知で零ちゃんを探せる?」
「…車両が離れると途端に力の拘束が強くなるな…。難しい。が、探知だけならやれないことはなさそうだ」
「続けて。零ちゃんと早く合流しないと」
「さきほどミスター・草間が言っていた『黒髪の少女』とやらも、探していただけるとありがたい。見付からないかも知れませんが、それはそれでその子に実体がないということ。亡霊であるとわかる」
 ジェームズの提案に頷く冥月から目を離し、シュラインは皆に向けて口を開いた。
「寝台列車って今は二段が普通よね。三段ってことは、この列車って意外と古いのかしら?ということは、何か曰くとかあったりするかも知れないわ。誰か、この列車にまつわる事故とか事件とか、知っている人はいない?」
 ふと、草間に自論を展開するのに夢中になっていた宗介がぴたりと話すのをやめて、こちらに向き直った。
「そういえば…。型番を見たわけではないからこの列車かどうかはわからないけれど、昔、これと同系の車種で起こった事件ならば一つ覚えているよ」
 シュラインは内心驚いた。一応、聞くだけ聞こうとした程度の案だが、意外にも活路が見出せるかも知れない。
「何年か前…同系の列車を、狂信的なテロリストがジャックしたことがあった」
「テロリストが列車ジャック?何のために?結果としてどうなったんだい?」
 トヨミチの問いに、宗介が首を振る。
「目的はわからない。結果を出す前に死んだんだ。彼はジャックしたことを悟られないように、夜間に運転室に押し入り車掌を気絶させた後、列車のコントロールを握った。しかし列車には何かの捜査帰りの警察官が幾人か乗っていたらしくてね。彼は銃撃戦の後、射殺された。列車のコントロールは取り返され、車掌も救助されたそうだよ」
「ということは、犯人意外に犠牲者は出ていないの?」
「ああ……いや、違うな。思い出した。彼が乗務員スペースに入り込むのを目撃した人物が一人いて、彼はその人物を射殺したんだ。それで気付かれた。彼は警官が乗っているとは思っていなかったんだろうね。犠牲者はその人物一人だよ」
「それって…どんな人?覚えてる?」
 宗介はしばし茫洋とした目つきを虚空に泳がせると、頷いた。
「……八歳の女の子だ」
「…それだわ。黒髪の少女…この列車ね」
 シュラインはトヨミチに視線を移した。列車そのものに思念が宿っていれば彼はそれを感じ取れるはずだ。
「任せてくれ。やってみるよ」
 シュラインが何も言わないままなのに、トヨミチは頷くと静かに目を瞑って寝台を優しく撫でた。愛しいものを愛でるように横に手を動かし、戯曲の中で臣下が王に跪くように膝を折って…彼は目を開き立ち上がった。
「この列車だね。銃撃戦のヴィジョンと…おかっぱの黒い髪にピンクの服を着た女の子の姿が見えた。ただ列車そのものは、鮮烈な事件を残留思念として記憶しているだけに過ぎないみたいだ。そのテロリストや女の子が考えていることまでは読めないなあ…」
「上出来よ。これで『悪意』はそのテロリスト、救いを求める『心』はその女の子の可能性が大になったんだし。頼れる味方がいてよかったわ」
「「どうも」」
 宗介とトヨミチの声が重なり、二人は困惑気味に目を向けあった。シュラインが吹き出しそうになったとき、冥月がこちらに向き直った。
「…盛り上がっているところ悪いが、零がいたぞ。今は六号車で、じりじり前に向かっている。その女の子とやらは姿が見えない。まあ、死んでいるのなら当然だろうがな」
 冥月はそう言うと言葉を切り、覚悟を聞くように一呼吸置いた。
「とりあえず、この状況は気に喰わないな。私は前に向かって列車を止めに行く。途中で零を拾おうと思うが…」
 その提案を受けて、ジェームズが問いただすようにシュラインに目を向けた。いつの間にやら、この会議で議長役を務める羽目になっているようだ。
「ここは手分けをしましょうか?」
 ジェームズの問いに、草間までがこちらの指示を仰ぐように目を向けてしまっている。…全く、こういうときに頼りなかったりするんだから…。
 ともかく思案のしどころだ。救いを求める少女…宗介が先ほど言ったようにテロリストと少女の間には力関係が成立しているだろう。少女の方が下なのは確実だ。とすれば、少女の霊は車両後方に潜んでいるのではないか?テロリストの霊は恐らく前部運転席に陣取っている。少女に接触するなら後方へ向かいたいところだが、零は前方…
「お考えになっていることはわかります。私は二方面に分かれて調査してみることを提案しますが。ここは十号車。何人かで後ろに向かっても、折り返せばすぐに合流できるでしょうし」
 しばしの思案の後、皆が自分の指示に従う意志を持っているのを確認して、シュラインは断を下した。
「…危険かも知れないわ。まず全員で零ちゃんと合流しましょう」
 その一言で向かうべき方向は決まった。



■午前二時三十五分

 冥月は戦闘的な超常能力者ということで、全員の先頭を歩いていた。その後ろに草間と宗介、シュライン、ジェームズとトヨミチとぞろぞろ行列のようになって、列車の前部を目指す。
 ジェームズが最後尾からついていっていると、二回ほど、通ろうとした車両間のドアが突然閉まって開かなくなり、困惑して立ち往生を喰らった。シュラインが聖水を入れた霧吹きを幾度か吹きかけると、開くようになったが。
「…怪奇現象、ですか?」
 地味すぎる妨害に、ジェームズは首を捻った。
「一応、そうみたいね。警告かしら…?」
「警戒した方がよさそうだな」
 冥月が言う。
「通ったドアには一応、全部、聖水の霧吹きを掛けておくわね。それで通れなくなることはなくなると思うけど、そんなに強力なものじゃないから、過信は禁物ね」
 シュラインのそのセリフの後、それとなくジェームズは彼女の前を歩くことにした。何、聖水噴霧をするのなら、最後尾でやってもらった方がいい…。と、そんなことがあったものの、概ね何もなく彼らは『食堂車』と書かれたプレートの下を潜った。
「食堂車は確か、四号車だったね」
 宗介が周りに並べられた椅子と簡易な机を眺めながら言う。カウンターの奥には、各種のスナック菓子や、流し台、ステンレス製のフォークやナイフが並んでいる。特におかしなところはない。もちろん、窓の外が完全な真っ暗闇であることを除けば、だが。
「まだ零さんに会わないということは前に進んでいるのでしょうかねえ」
 ジェームズがそう言った瞬間、突如、全くの不意をついてそれは起こった。突然に背後で聖水を噴霧したはずの扉が、がたがたと揺れて水滴を蹴散らし、恐るべき速度でがたんと閉まった。
「危ない!」
 トヨミチがそう叫び、シュラインの襟を引っ張り込んだ刹那、ナイフが飛んだ。投げた者などどこにもいないのに。それは一瞬前までシュラインの頭があったところを駆け抜け、食堂車の壁に突き刺さると、びーんという振動音を立てながら停止した。
「…ん、一体どうし…――」
 振り返って事態に気付いた宗介と、足を止めたジェームズの間に開いた空間を押し広げるように、続けざまにそれは飛んできた。ステンレス製のナイフにフォーク、果てはスプーンまでが、引き絞られた弓矢のような速さで舞い飛ぶ。
「屈め!」
 ただし、食器が飛ぶ速さよりも、冥月が行動に移る方が速かった。冥月は影の中で、食器が蠢くのをいち早く察したらしく、猛り狂うポルターガイスト現象を地面から触手のように伸ばした『影』で即座に叩き落した。
「こっちへ!」
 そしてその防御を辛うじて潜り抜けた食器が、突然のことに逃げ遅れていたシュラインや宗介に突き刺さるよりも、トヨミチ、そして草間が彼らを車両の端へと引っ張り込む方が速かった。
「やれやれ…」
 ジェームズは小さくそう呟きながら、側にあった椅子を蹴り上げた。簡易な盾だが、ないよりマシだ。後ろでシュラインを連れ、下がり始めるトヨミチを援護するように、向かってくる食器をそれで受け止める。
「草間!九条!この車両から出ろ!」
 宗介と自分の間に出来た線は、互いがポルターガイストを避けるたびに広がりつつある。大急ぎでドアを開いて食堂車から抜け出した草間と宗介が安全圏へと脱する。冥月は取り残された自分たちの方へと向き直った。
「そっちの三人!こっちに来い!」
 冥月はそう叫んだが、しかし弾幕を潜り抜けて冥月のところまで辿り着く余裕はない。ジェームズも後ろにトヨミチとシュラインを抱えては、椅子を持ってくるくる回転しながら下がるしかなく、両者の距離はどんどん離れていく。
「くそ!」
 冥月が舌打ちして、こちらに走って来ようとした瞬間、草間と宗介が開け放ったはずの車両間ドアがひとりでに閉まり始めた。後方のドアと同じく。気がついた冥月は振り返って、ドアと壁の間に影のつっかえ棒を展開したが、閉まろうとするドアは凄まじい力でぎりぎりと影を押し潰しに掛かる。
「冥月!」
 前方の車両から草間が叫ぶ。ドアの確保に集中していたら、壁際に追い詰められつつある仲間を助けにはいけない。かといって、ドアを押し込むパワーからして、扉が閉まったら出る術はあるまい。このポルターガイスト現象の嵐の中に取り残されれば、いくら冥月とて弄り殺しにされるだけだ。
 おや、もしかして追い詰められましたか…?
 後ろではシュラインとトヨミチが必死に食器の乱舞を避けながらさがって行く。冥月はどうにかしてこちらに来ようとしてくれているようだが、ドアを確保しながらとなると、さすがに自分の防御で精一杯だった。草間と宗介が躍起になって閉まろうとするドアを引っ張っているが、焼け石に水だ。
 さあて…どうしましょうか…?
 ハリネズミのようになり始めた椅子を持って、回るように食器を避ける自分たちの後ろで、小さな音を立ててドアが開いた。かちゃりという控えめな音と共に、微かな声が三人の背に向けられる。
「こっちに…――」
 際どい状況をどうにか乗り越えながらも、ジェームズはその扉の向こうに人影が消える一瞬、確かに見た。黒髪の少女。熊のぬいぐるみを抱えた、小さな娘。あれが、車両を彷徨うもう一人の亡霊…?追い詰められかかった三人は、一瞬、開いたドアと冥月を見比べた。わずかな逡巡の後、トヨミチが冥月に向けて叫ぶ。
「前に行くんだ!」
 俺たちはあの女の子を追いかける。零を見付けてくれ。テロリストの方を頼む。そんな彼の『意志』が、口にされてもいないのに心に流れ込んできた。共感能力。
 …なるほど、心得ました。瞬間、ジェームズは椅子を放り出すと身を翻してドアに飛び込み、来た車両へと走った。
「黒君、急いだ方がいい…!」
 宗介が彼にしては切羽詰った声で、影を押し潰して閉じかかっているドアの隙間から冥月を呼んだ。冥月、ジェームズは互いに守っていた二人が後ろの車両に逃げ込んだのを確認して、それぞれ反対のドアの隙間に飛び込んだ。
 扉が閉まり、無数のステンレスが向こう側に突き刺さる音を響かせる。ジェームズは聖水をものともせず固く閉じたドアを振り返り、分断されたことを悟った。



■午前二時四十五分

 宗介は一応、食堂車のドアを引いてみてから、すでにがっしりと結界だか超能力だかで固められて、開かなくなっているのを感じた。尤も、開いたとしても、先ほどのポルターガイストの中を掻い潜って仲間と合流する気はなかったが。
「分断されたみたいだね」
 冥月が忌々しげにそれに答えた。
「結局こうなるか。まあいい。向こうは黒髪の少女とやらに助けられたようだしな」
「冥月、向こうは全員無事なのか?」
 草間の問いに、冥月は静かに頷いた。彼女は影の探査によって二両先にいるはずの仲間たちを感じ取れているはずだから、一先ずは安心だ。
「ともかく、私たちは私たちで先に…――」
『生き延びたのか』
 突然、冥月のセリフを押し潰して、野太く殺意に満ちた声が車内に響き渡った。草間と冥月が「なんだ?」という顔をして天井を見る。車内放送?
『しぶとい連中だ…。だが今度は、誰にも邪魔させない。必ず、殺してやるぞ…』
 やがてその放送がそこでぷつりと途切れてしばらくしてから、冥月と宗介は顔を見合わせた。
「テロリストさんはどうやらご立腹のようだね…」
「真っ直ぐなメッセージだったからな。わかりやすい奴だ」
「こっちも真っ直ぐに向かうとしようか」
 と、次の瞬間、今度は自分たちが目指していた方角のドアが開いて、慌てた様子の零が走り出てきた。どうやら自分の後方で起こっていた大騒ぎに気付いて、取って返してきたらしい。今日はみんな、忙しく走り回る日だ。
「冥月さん!宗介さん!…お兄さんも!来ちゃったんですか…」
「やあ、零君」
 図らずも合流を果たして、宗介は胸を撫で下ろした。食堂車の向こうに締め出された仲間たちと違って、こちらは親玉と対峙しなければならないのだから、霊に詳しい味方がぜひとも欲しいところだ。その点、彼女は頼もしい。
 そんな宗介の思惑とは別に、すぐさま冥月と草間が彼女に走り寄って、冥月の方がその頭を小突いた。
「全く、どうして私たちを待たなかった」
「ああ。コレばっかりはコイツの言う通りだ」
「ご、ごめんなさい。でも…――」
 口ごもる零が、何を訴えたいのかを悟って、宗介は助け舟を出した。
「タイムリミットが近いから…かな?」
 彼女を囲んでいた二人が目を丸くしてこちらを振り返り、零自身、驚いたように顔を上げた。
「どうしてわかったんですか?」
「いや…ただ何となくね。この列車のコントロールを握っているのはさっきのテロリスト君のようだし、志半ばで死んだ彼がこの空間で目的を達成しようとしているのではないかと考えただけだよ。それが何であれ、時間も空間もそこを目指して進んでいるのなら、それが達成されるまでの時間がタイムリミットになるのではないかな、と推測しただけさ」
「は、はい…実はそうなんです」
 零は若干、暗い表情で頷いた。
「早くあの霊を止めないと…後十五分もしないうちに、みんな死んでしまうことになります…」
 こちらを見ていた草間と冥月が、ばっと零に向き直る。そんな内容の結論が返ってくるだろうとは思っていたが、宗介を困惑させたのはその制限時間だった。十五分?予想の四分の一か…。
「詳しい話は歩きながらします」
 零はくるりと自分たちに背を向けると、ついてくるように促しながら事の顛末を話し始めた。



■午前二時五十分

 ずかずかと列車の中を進む四人。零が押さえ込んでいるのか、それとも敵に興味が無いのか、能力が無いのか、ともかく今のところ妨害は無い。零は自分たちが少女とテロリストの関係を知っていることを理解すると、いつもより若干早口に、事の顛末をまくし立てた。
「…あの子にはもう会ったんです。書置きを残した後に、後ろの車両で。それで、この異界のことを聞きました」
「あの子は事情を知ってたのか。ここは何なんだ?」
「ここはいわば、悪夢の中なんです。あの人…テロリストさんが果たせなかった夢の中。普段、あの人とあの子は現実世界の列車と重なりながら、静かに眠ってるんですが、ただ、事件の頃と似た状況にある時、霊感の強い人がいると、その人の夢を借りて動き出すんです。テロリストさんの夢見た未来をなぞるために」
「悪夢…?ここは夢の中なのか?」
 聞き返した草間の言葉に、彼女は背中で頷く。
「はい。多分、テロリストさんは志半ばで死んでしまったのが悔しくて、怨霊として列車に宿ってしまったんでしょうね。そしてその目的を擬似的にでも達成するために、霊感の強い人の夢を借りては、当時失敗した計画をなぞってたんです。夢の中で」
「計画って言うのはなんだ?あまりいい気がしないな…。少なくとも、それが成功すると私たちは死んでしまう、ということのようだが」
 冥月は複雑な気持ちを抱えながらそれを尋ねた。聞きたい気もするが、聞きたくない気もする。
「あの人は列車を大規模な脱線事故に巻き込むことで、自分の思想を訴えるつもりだったみたいなんです。自爆テロの一種でしょうね。ただ、日本に爆弾なんてそう簡単には持ち込めませんから…」
 …ほら、結局そんな話だ。だから聞きたくなかったんだ。
「列車をジャックして、適当なポイントで脱線させることを考えた。やり口によっては、百人単位の死者が出せる方法だね」
「はい…でも今までは、霊感の強い人が列車が脱線する悪夢にうなされるくらいですんでいたんです。宿主になった人の霊力をそれこそ寝ているうちにジャックして、あの人はこの異界を創るわけですけど、普通の人の霊力じゃここまで具体化はしません。ただ…今回は…――」
 彼女が口ごもったのを感じて、冥月にも理解が出来た。真っ先に異界に取り込まれた彼女。そして霊力の強さに比例して具現化も強くなる異界。それらを重ね合わせれば、今回奴の宿主に選ばれたのは誰か、答えはすぐに出る…――
「君だね、零君。君の強力さが、奴の異界をここまで具体的なものにした。僕ら、関係ない他者まで引きずり込んで、実際に影響を及ぼすことが出来るほどの」
 しばしの逡巡の後、零が頷く。なるほど、彼女が先走っていた理由のもう一つは、自分が生み出してしまった脅威に対する責任感だったのか…。
「…これはもうただの悪夢じゃすみません。ここで脱線事故を模倣されたら、多分、異界の崩壊に巻き込まれて中にいる人は死んじゃいます。現実世界でどうなるのかはわからないけれど、最悪の場合、重なり合った世界であるこちら側が現実に干渉して…――」
「実際に事故が起こるかも知れない、というわけか。それは確かにまずいな…。そして、その『脱線予定時刻』まで、あと十五分を切ってるというわけだな?」
「はい。午前三時に、この列車は崩壊します。それを止める方法は文字通り、列車を止めること。そうすれば、計画は失敗したことになり、この異界は存在意義を失って一旦消える…」
 言いながら彼女は次の車両へのドアを開けた。事態も車両もぐんぐん進むが、冥月には良い方向に進んでいるとは感じられなかった。
「ただし、あの人が怨霊として存在している限り、また別の誰かの夢を借りてこの異界は蘇ります。あの人は、自分が満足するまで道連れを引き込むつもりでいるんです…」
「君にそれを教えた女の子は、どうしてここに?彼女には何か留まるべき未練があったのかい?」
「あの子は、あの人の復讐に付き合わされているだけ…。あの人は彼女がいたから、計画が失敗したと思い込んでます。だから、彼女をここに閉じ込めて、何度も自分の計画の成功を見せ付けているんです」
「それでお前は、その子を助けたくなったんだな。後部の緊急ブレーキで列車を停めず、前の運転席まで行って、テロリストの霊を倒そうとした、と…でなければ、異界を脱出は出来ても、彼女は救えないから」
 冥月の問いに、しばらく零は口を閉ざしていたが、やがて小さく謝った。
「すいません…皆さんまで引き込まれるとは思っていなくて…。あの人を強制的に成仏させてから列車を停めてしまえば、あの子も救われると思ったんです…」
「それはいいよ。ただ問題は…僕が覚えている限りでは、テロリストは運転席を乗っ取った際にブレーキを破壊してしまっていたということだ。実際には、警官たちがそれに気付いて、後部の運転席から緊急用ブレーキを作動させたらしいのだけど」
「な、なんだって?ちょ、ちょっとまてよ、もうあと十分もないぞ!今からその怨霊をやっつけて、後ろに走って戻ったって、とてもじゃないが間に合わないだろ!」
 宗介は慌てふためく草間をなだめるように、話を続けた。
「大丈夫だよ。運がいいことに、後ろには仲間が三人取り残されてるだろう?彼らはその少女の霊を追いかけているはずだ。彼女から今の話を、聞けるはずだよ。だから、ブレーキを押すのは彼らに任せよう。ただ敵は後部の運転席を結界で閉鎖してると思う。だから僕らはどちらにしろその霊を倒さなくちゃならない」
 宗介が平然と言い放った計画は、実は恐ろしく際どいものだ。こちらの動向が見えぬシュラインたちに、後部のブレーキを完全に任せて大丈夫だろうか?冥月は不安になったが、それ以外に計画と呼べるものはない。
「あいつらは!冥月、探知できるか!どう動いてる?」
 草間が叫ぶ。冥月は、言われるよりも早く行動を起こしていたが。そして絶望的な状況下に希望が灯るのを感じた。
「動いてる。後方の運転室へ、だ」
「ということは、黒髪の少女と接触できたんだね。事態が伝わったらしい」
「後ろの皆さんがブレーキを掛けて、私たちがここであの人をやっつける…それが同時に出来れば脱線事故は防げます。あの子も助けることが出来る…」
 会話に区切りがつくと同時に、乗務員スペースの扉の前に辿り着いた。そこで零が悔しそうに俯く。
「でも、どうしてもこの扉が開けられなくて…。この異界にはあの子と、この先の人しか幽霊がいないから、力を借りることも出来ないんです」
 見ればそこは食堂車の扉以上に、固い結界で守られているようだった。奴にしてみれば、そこが最後の砦。当然といえば当然だが…――
 冥月は舌打ちした。霊的な防御も施されているようで、自分の能力をもってしてもこじ開けられそうに無い。そもそも、奴を強制成仏させるとなれば、零の力に頼るしかないが…――
「私たちではこの扉は破れない。零の力も通用しないほど頑丈に結界が張ってあるとなると…」
 冥月は悔しさに顔をゆがめた。これでは打つ手が無い。ここで立ち往生しながら死を待つだけだというのか?何か、何か手はないのか?
「あると思うね」
 ふと、宗介が沈黙を破った。思わずそちらに顔を向ける。
「手はある。簡単な話だよ。そこのドアが開かないのなら、外から運転席に入ればいいんだ」
「外から?」
「冥月君の力なら、窓ガラスくらいは破れるんじゃないかな。奴はそんなところの防備に力を入れてはいないと思うし。そして列車の外側に出て、運転室のガラスを割って入るんだ。零君がそこに辿り着ければ、奴を倒せる」
「馬鹿を言うな、この外には『何もない』んだぞ?何の影も感じない。恐らく空気もない。割った瞬間に放り出されて、虚無に真っ逆さまだ」
「それにここには霊がいないから、もし空気があっても翼を作って飛ぶことも出来ません。あの人のところに行けば、倒す自信はありますけど…」
「…二人とも考えてごらん。本当に何も無い真空の中を、列車が走れると思うかい?」
「…え?」
「この中にだけ空気があって、外が真空なんだとしたら、こんなガラスが気圧の変化に耐えられるわけがない。そして外から聞こえる、列車の走行音は?真空で響くと思うかい?」
「それは…そんなわけはないが、しかし…何も無いのは恐らく確かなこと…」
「だろうね。でも、考えてごらん。ここは『悪夢の世界』なんだよ。発想を変えるんだ。この外に何も無いんじゃない、本当は『ここにも何もない』んだよ。僕らが息を切らすのは、夢の中の感覚に過ぎないんじゃないかい?」
 冥月の頭は必死になって宗介の説明を追った。コイツはよくどうでもいいことをぼやくが、これはそうではないらしい。自分たちの命運が、コイツの理論に掛かっている。そんな気がした。
「要するに…どういうことだ?」
「気圧の変化だの、そういったものはここには『存在しない』ってことだよ。僕らは息をしてるつもりになってるだけだ。理屈で考えてごらん。永遠に続く闇を満たすだけの空気なんてどこから持って来るんだい?ここにはそんな物理法則は存在しないと考えるのが自然じゃないか?」
「つまり、そこの窓を割ったとしても…」
「起こることは何も無い。何故なら、こちらにも空気なんて存在していないからだ。夢の中の法則で動いてるんだ。それを今度はこちらが利用させてもらえばいい」
「なるほど…しかし、落ちれば戻ってこられないことに変わりはないだろう。どうやって零を…――」
 そこまで言ってから、自分は何を馬鹿なことを言っているのかと、冥月は頭を振った。簡単すぎる答えじゃないか。宗介が始めて微笑を浮かべて、言った。
「良かった。あと二分で、それも説明しなければならないのかと思ったよ」



■午前二時五十八分

 高速で移動すると風を感じる…気がする。それなのに、宗介はここに空気など存在しないという。つまりは結局、この世界は概念だけで出来ているのだ。人間の感覚だけで出来上がった世界というのは、正しいようでいて何かが狂っている、ということか。
「しっかり捕まっていろ!」
 背中に張り付いた零が頷く。冥月は叩き割った窓から真っ暗闇の中へ身を躍らせると、細い影をより合わせて創った影の縄の先端を掴んで列車の下をターザンの要領で一気に滑りぬけた。地面はない。弧を描き限界まで前進すると、影を呼び寄せて次の縄を創る。それに飛び移り、再び大きな弧を描いて、前へと進む。
 真っ暗闇の中、身を投げ出して進むのは気分が良いものではないが、ここで零を運ぶことが出来るのは自分だけだ。むしろ、こちらの班に自分が加わっていたことを喜ぶべきか。
 それにしても宗介の奴…あの限定された空間内で、列車の外側を影で張り付かせて移動させることを考え付くとは。あの男には常識というものが存在しないのか?
「事故の時間まであと一分くらいです!」
「任せろ、飛び込むぞ!」
 冥月は余計な考えを振り払い、影にゴムのような弾力を与えながら、一気に引っ張った。リールを巻く勢いで影が引き上げる。物理法則に従い、列車の前方に飛び出した冥月は、その勢いを利用したまま、運転席のガラスに飛び込んだ。さすがの怨霊も、前から飛び込んでくるとは全くの予想外であったようで、ガラスは苦も無く破れた。
 射殺の痕を体に残した半透明の怨霊が、一人アクセルを握り締めながら驚愕に目を見開く。低い声…先ほど放送で流れたおぞましい声が、鈍く響いた。
「馬鹿な、どうやって…――」
「零、かかれ!」
 冥月がその言葉を終えるよりも早く、零がそいつに飛びかかり、首を押さえ込んだ。
「もう還ってください…!」
 刹那、鈍い苦悶の悲鳴を上げながら男の姿は煙のように散って消えた。



■午前三時

 冥月たちが飛び出して行った窓に、緊張しきった目を向けながら、草間が呟く。
「クソ、間に合うのか!」
「落ち着きましょうよ」
「落ち着いてられるか、失敗すれば、もう数十秒で俺たちは死ぬんだぞ!」
「そうならないように手は尽くしたじゃないですか」
「冥月と零が成功しても、後ろの奴らが緊急ブレーキを押せなかったら終わりだ。タイミングが合う可能性はどのくらいだよ?」
「怖いですが、待つしかないときはせめて希望を持って待ちませんか、草間さん」
 イラつきながらそわそわとしていた草間は、しかし自分を眺めた後、諦めたように息を吐いた。
「…そうだな…お前を見てると、妙に気が削がれるよ。誉め言葉と受け取っておいてくれ」
 宗介は頷いた後、胸に手を伸ばしてタバコを切らしているのを思い出した。
「タバコもう一本いただけませんか?」
「この期に及んで?…まあいいけどな」
「末期の紫煙になるかも知れないじゃないですか。一緒にやりましょう」
「…元気付けようとしてるのか?それとも絶望してるのか?」
「それは解釈次第…――」
 その瞬間、蟲が甲高く絶叫するかのような音が響き渡り、宗介と草間は身を放り出される感覚を覚えた。



■午前四時二分

 がばっと跳ね起きたシュラインは、後一歩で低い天井に頭を打ち付けるところだった。

 ――…寝台?私は確か、後部の乗務員スペース前に…

 直前に何をしていたのかを思い出そうとして、列車に急ブレーキが掛かったのを感じた瞬間、跳ね飛ばされるような圧力の中、ふっと意識が遠くなったことを思い出す。続けざまに、誰もいない車両、闇に包まれた外界、巻き起こる心霊現象、暗い眼をした少女の姿を思い出し、慌てて小さな窓から外を見る。
 静々と空が白み、田畑や家々が横に流れていく風景が目に入って、シュラインは安堵のため息を漏らした。それと同時に、仲間が全員『こちら』に戻ってきているのか不安になって、急いでカーテンを引きあける。
 同じことを考えたらしい仲間たちが、次々にカーテンを引きあけて廊下に降り立つところだった。宗介、トヨミチ、冥月、ジェームズ…そして草間と零。
「…全員、無事か?」
 草間が言う。思い思いの返答が返り、シュラインは安堵のため息を漏らした。
「戻ってきたってことみたいね。悪夢から現世に…」
「あの女の子は?無事に…成仏しましたか?」
 不安げに零が尋ねる。そう言えば、いつの間にか彼女は消えていたような…。それに答えたのは、ジェームズだった。
「礼を言っていましたよ。皆さんに」
「ということは、成仏できたんだね、彼女は。俺たちの前から姿を消したから、不安に思ってたんだ」
 トヨミチの問いに、ジェームズが頷く。シュラインはふと思い立って、冥月に尋ねた。
「それで、『奴』は?どうなったの?」
「零が始末した。辿り着くのに少し苦労したがな」
「そう…じゃあ、もうこの列車は、過去の因縁から解き放たれたのね」
 眠たげな目をした宗介が、あくびをかみ殺しがてら言う。
「ところでもう一眠りしていいかな…みんなで一緒に妙な夢を見させられていたものだから、いい加減疲れたんだけどね」
「東京に帰り着くまで、あと五時間はあるが…賛成の奴は?」
 草間が言うまでも無く、そこに関しては満場一致だった。長い一時間を異界の中で駆けずり回り、体の奥で疲労の熱を上げているのも一致している。それぞれに達成感や満足感を感じているのも。

 そして今度の夢も、誰も一致はしないという点において、一致したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5128/ジェームズ・ブラックマン(じぇーむず・ぶらっくまん)/男/666歳/交渉人 & ??】
【6205/三葉・トヨミチ(みつば・とよみち)/男/27歳/脚本・演出家+たまに役者】
【6585/九条・宗介(くじょう・そうすけ)/男/27歳/三流作家】



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■         ライター通信          ■
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 冥月様、六度目の依頼参加、まことにありがとうございました。

 今回、私の経験上では最多の五名様同時参加のノベルで、非常に勉強させていただきました。アクションに回ることが出来るキャラクターで、特に冥月様はその方面に特化しておりましたので、ポルターガイスト撃退、零の輸送など、目立つアクションシーンをお願いいたしました。
 特化型の行動を取ってくださる冥月様は、要所での活躍にハリが出て、書いていて爽快な気分にさせて頂けるため、愉しく描写させていただきました。推理系特化の宗介様と冥月様の凸凹コンビぶりをもう少し出したかったのですが、真相が複雑で話が冗長になってしまったため、描写しきれなかったのが反省点です。

 気に入っていただけましたら幸いです。それでは、また別の依頼で会えますことを、心よりお待ち申し上げております。