コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


〜6月の花嫁〜 後編


 草間興信所‥‥東京の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。しがない探偵・草間武彦と、探偵見習いである妹の草間零が細々と経営している興信所である。
 遡ること、三日前。
 依頼人・藤崎玖美(フジサキ・クミ)は、四年前、式当日に失踪した姉・葉月(ハヅキ)を探してほしいと草間興信所へやってきた。今頃になって探す理由は「最近その式場で怪奇現象が見られ、ネットで情報を調べると、現れる人影のひとつが姉の特徴と一致する」という。その依頼を受けたあと、草間はなぜか心身喪失状態となってしまった。
 翌々日。興信所に出入りする面々は草間が書き残したメモを元に葉月について調べ始めるが、玖美と連絡が付かなくなる。入手した葉月の写真を見た零は、玖美にそっくりだと云った。


 ホテル・メリディアンから興信所へ戻ってきたシュライン・エマは、草間がいる部屋にひとり入る。
 薄暗い部屋、草間はベッドで眠っている。まだ目覚めないのだ。草間は、ジェームズ・ブラックマンが連れてきた知り合いの医者によって施された点滴を受けていた。合成樹脂製バッグに充填された薬液がゆっくりとチューブを通りチャンバーへ滴り落ちていく様子を、シュラインはじっと眺める。留置針の刺さった腕が痛々しかった。
――武彦さん‥‥。
 上下する胸の様子から、呼吸が乱れているという訳ではなさそうだ。ベッドに近付き、傍らに腰掛けると僅かにベッドが軋んだ。シュラインは草間の手首を取り、腕時計を見ながら脈拍数を測る。それはやや少ない数を打ち出したが、多分横になって眠っているからだ、問題ないだろう。
「武彦さん」
 今度は声に出して云う。反応はなかった。シュラインは腕を伸ばし、草間の頬をそっとひと撫でした。
 玖美たちに関する事件の真相を見出すことができれば、草間は目覚めるのだろうか――。
 草間の頭髪を撫で付けながら、ふと視線を上げる。傍らのテーブルの上に、サングラスや煙草、そして草間が愛用しているライターが置かれていた。シュラインは、ぼんやりとそのライターを見つめる。
―― 一緒に、頑張りましょう。ね、武彦さん。
 部屋を出るシュラインの手に、草間のライターが握られていた。
 シュラインが事務スペースへ戻ってくると、ブラックマンと黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)、そして雷火が応接セットの長椅子に座っていた。ガラステーブルには零の用意した食事が並んでおり、それに手が付けられていない様子から、どうやら皆シュラインを待っていたようだった。
「武彦の様子は、どうですか?」
 ブラックマンが尋ねる。その正面に腰掛けると、シュラインは僅かに肩を竦ませる。
「ん‥‥取り敢えず、大丈夫みたい」
「とはいえ、あくまでも肉体的‥‥表面上のことだろう。あまり長引かせたくないな」
 シュラインの言葉に冥月はそう云うと、組んでいた腕を解いた。
「明日、近藤さんからまた話しを聞けばイロイロ出てくるかもしれないし。少しは進展するといいんだけど‥‥」
 近藤は、ホテル・メリディアンの支配人である。
 今回の依頼に際し、シュラインは当初『白王社の取材』と称して接触した。個人情報に関わることだからとやんわり断られのだが、『草間興信所』に依頼があり調査している旨を伝えると、逆に近藤側から『ホテル・メリディアンに関する噂の真相を究明する』ことを依頼され、情報交換することになったのだ。葉月が式を挙げようとしていた時期に働いていた元従業員や出入り業者から収集した情報を、明日近藤から報告をもらう手筈になっていた。
「取り敢えず、今日はこれで休憩しよう? 零ちゃんがせっかく作った食事も冷めちゃうしさ」
 雷火がそう云うと、皆はようやく食事に手を付けた。
 雨脚が強くなってきた。
 時折、興信所の窓を雨が叩き、大きな音を立てた。興信所の中は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 翌朝。
 シュラインの携帯へ、14時にメリディアンへ出向いて欲しいと近藤から連絡が入った。シュラインはその電話口で、式場の見取図とホテル敷地内建造物の詳しい配置図が欲しいと告げた。電話を切ったあと程なくして、興信所のFAX機に着信があり、数枚の図面が届いた。シュラインが依頼した通り、近藤は丁寧に増築・改築・変更箇所を書き添えてくれていた。この様子なら、午後に行われるメリディアンでの報告も期待できそうだ。
 本来、結婚式場は祝福される場所――"正"の感情が多いはずだ。建造物の方角・点在する物・改装等で風水学上"負"が溜まり易くなったのでは、とシュラインは考えていた。
 知り合いの伝を辿り、風水学専門家を紹介してもらった。連絡を取り、事情を話した。
「これから送る図面の鑑定をお願いしたんです。ええ、できれば急ぎで。そのときに、修正した方がいい場所とか、もっと良くなる方角や位置を教えて頂きたいんです‥‥ええ、ありがとうございます」
 電話を切ると、シュラインは小さく息を付いた。そして、相変わらず玖美とは連絡が取れなかった。
 窓の外に目をやると、まだ雨は降っている。
 そういえば、あの日から止んでいないわね。霖雨(りんう)っていうのかしら。

「"あわい"は、古くは"亜歪"と記されていたのですね。字面から、通常では互いに感知できない平行世界同士が歪みを生じ繋がった場所、だとか? 今回の件となにか関係はないのでしょうか」
 そう云い、ブラックマンはひとりJRあわい駅へ向かった。
 東京に長く住んでいるが、あわい駅‥‥特に南口側をプライベートで訪れることは、まずない。若者や背伸びをしたい子供向けファッションの衣服を主に扱う店舗ばかりが並ぶミナミに、さして興味がないからだ。実際、黒スーツに身を包んだブラックマンが若者に混じって南口から続いているアーケード街を歩いている姿は、なんだか浮いているように見えた。
 人ならざる能力で、ブラックマンは残留思念を探ることができる。
 ひとたび耳を傾ければ、さまざまな『声』が頭の中に響く。それらは、ブラックマンにとってどうでもいいことばかりのような気もしたが、時には驚くような発想もあり『人間というものはつくづく面白い存在だ』と思うのだった。
――こちらでは、あまり聴こえませんね。
 アーケード街を抜けさらに奥まで歩いてきてはみたものの、楽観的な声しか聞こえてこなかった。ブラックマンは踵を返し、北口を目指した。
 霧雨は好きではないのです、スーツが湿っぽくなりますから。女梅雨(おんなつゆ)、なんでしょうかね。

 冥月もまた、JRあわい駅北口に降り立った。夕べ、メリディアン敷地内を影の能力で探ったときに掴まった、重くどろどろした念を湛えた「何か」が気になっていた。
 まず、飛び込んできた感情は"哀しみ"だった。心臓を鷲掴みされたような、苦しみ。
――まるで、恋人を失ったときのようだ。
 冥月は拳にグッと力を籠めた。
 草間興信所でシュラインたちと話していたことを思い出す。
「冥月は、風水とか分かる?」
「‥‥分からぬこともないが、アレは奥が深過ぎて他人に能書きたれられる程熟知はしていない、が?」
「ああ、風水は奈良時代だかに中国から伝来したらしいですね。鬼門という考え方も、その時に生まれたのだとか。何か気になることでもあるのですか、シュライン」
「建造物の位置や増改築で風水のバランスが崩れて、あのホテルの運気が悪くなっているんじゃないかと思って‥‥」
「吉兆は五年ほどかけて徐々に浸透し移動するというが‥‥さて、どうだろうな」
「あの澱みは、確かに気になりましたね。重い‥‥負を湛えた気でしょうか。あまり好い気分はしませんでした」
 気、か。
 再び強まった雨が、よりいっそう冥月を重苦しい気分にさせる。
 確か、涙雨(るいう)といったかな。全く、何をそんなに悲しんでいるのか。

 午後。三人は、JRあわい駅北口近くにある喫茶店の奥のテーブルを陣取っていた。先に来ていたブラックマンが見付けたらしい喫茶店の店内は、外の駅前特有の喧騒がまるで嘘のように静かだった。
「これ、専門家に見てもらったの」
 そう云うと、シュラインはホテル・メリディアンの図面を広げる。それには、数値以外の文字も書き付けられていた。
「ここの増築と、この池の埋め立てが気になるのよ。あまり良い運気じゃないみたい」
 北東奥にあるカフェの増築箇所と、北西にあった池の埋立地をシュラインは指差した。
 北東は一般的に「鬼門」と呼ばれ、陰陽の気が交わり、変化と場に対する作用が強いと云われている。気のバランスの崩れが顕著に出、災いが起こり易い。鬼門は字面から悪い場所だと思っている者もいるようだが、実際は運気が入ってくるところ、入り口である。良い配置なら運は入ってくるし、その場所にちょっとした障害があれば運は跳ね返されてしまう。吉凶は紙一重、ということだろう。
 北西は、龍(運気)が水を飲みにやってくる場所と云われる。本来ここにあった池は、この敷地内のまさに呼び水となっていたのだろうか。それを埋め立ててしまったとなると、運気下降に繋がっているのかもしれない。
「入り口を塞ぎ、龍の恩恵も無下にしている、ということかな」
「総てが、風水の運気のもと起こったというのもまた極端な説だと思うのですが。どうなのでしょうね‥‥」
「勿論、それだけじゃないでしょうね。こう重なると、頭の片隅に少しそのことを置いて考えるの、あながち間違いじゃないと思うの」
 それぞれ珈琲などを啜りながら、三人は図面を覗き込んだ。
 カフェの増築は、鬼門に対し「張り出し」となり、それは凶相となる。もとからこの辺りは「亜歪」と呼ばれている。その谷にあるメリディアンに、負の気が溜まってしまったのだろうか。
「結婚式場は本来祝福される場所よ。少なくとも数年前まではメリディアンのチャペルは流行っていたし、負だけに注目するのもどうなのかしら? 」
「メリディアンの不運、葉月さんの失踪‥‥もとは違う軸の出来事だったのに、様々な要素が重なってしまったということでしょうか」
「そういえば、依頼人と連絡は取れたのか?」
「‥‥いいえ」
「連絡不通、写真‥‥一番怪しいのは、彼女なんじゃないか? 解決したいのかしたくないのか、真意が分からん」
 アイス珈琲のグラスにさしたストローを噛んで、冥月は苦々しい顔をした。
 13時50分。
シュラインはホテル・メリディアンのフロントへ向かった。シュラインが名を告げると、今回は他の宿泊客と変わらぬ丁寧な対応だった。おそらく、近藤の根回しであろう。前回は白王社の名を出したので、従業員たちはシュラインを興味本位でやってきた記者と勘違いしたのだ。日本でも有名なホテルだ、本来、対応やサービスの質は良いはずだった。
「大変お待たせいたしました、エマさん」
 通された応接室でしばらく待っていると、近藤が現れる。シュラインは近藤から数枚のレポートを受け取った。素早くレポートに目を走らせる。一通り確認すると、シュラインはいくつか気になった点を近藤に尋ねる。
「当日のことを覚えていらっしゃいますか?」
「申し訳ないことに、さすがに総てを把握することはできませんので‥‥。騒ぎになってからしか存じておりません」
 心底申し訳なさそうに近藤は頭を垂れた。確かにこれだけ多くの客室を抱えるホテルの支配人であれば、利用客の総てを把握することはできないだろう。尤も、事前の異変になにか気付いたことがあったか知りたかっただけなので、シュラインは特別期待していた訳ではなかった。
「今朝頂いた図面なのですが、こちら、風水の専門家に見て頂きました。宜しければご参考に、と思いまして」
 シュラインはそう云ってあの図面を出した。
「そうですか。どのような結果がでましたかな? 恥ずかしながら私も風水に関して詳しい知識を持ち合わせておりませんので、気になりますね」
「私も聞き齧りなんですけれど‥‥こちらの増築と、池の埋め立てが気になるんです」
 北東奥にあるカフェの増築箇所と、北西にあった池の埋立地を指差す。先程、駅前の喫茶店で仲間と話し合った内容を伝えた。
「そう‥‥ですか。こちらは、コピーを取らせていただいても宜しいでしょうか?」
 シュラインが頷くと近藤は内線電話で従業員を呼び、複写の指示をした。
「北東の建物はパーティー用の施設だとありますけれど、増築は何の為に?」
「小さなカフェだった所なのです。少ない人数でアットホームな結婚式を挙げたいというお客様の要望が多かったもので、小規模結婚式向けに改造したのです。増築したのは、キッチンですね。もともと、お茶や軽食程度がこなせれば好いように作られた施設だったものですから。‥‥そうですか、あのでっぱりが好くないのですね」
 近藤は、そう云うと小さく唸った。
 一方。
 冥月とブラックマンは、敷地内の北西にある池の埋立地にやってきた。相変わらず雨は止まず、二人は黒い衣装に黒い傘を差していた。遠目で見ると、なんだか葬儀参列者のようだ。
「‥‥何か、感じますか?」
 ブラックマンは前にいる冥月に話し掛ける。後ろ姿な上、傘でよく見えないが、その言葉に冥月が顔を上げるような動作をした。
 冥月は、霊に対する特別な能力を特に持ち合わせていない。影で探ったところで、何が出てくる訳でもなかった。
「おまえの方はどうなんだ、ブラックマン」
 そういった類の異能は、この男の方が確実だった。振り向きもせず、冥月は質問に質問で返した。そう問いかけるということは、つまりそいういことなのだ。
「重苦しい‥‥ただ‥‥なんだか頭の中に霧が掛かったようで、ソレがはっきり見えないのです」
 そう云うと、ブラックマンは顎をひと撫でした。不本意極りない、といった様子だ。
 嫌な気は確かに感じる。
 建物の横にある案内板に目をやると、そこには『フォトスタジオ・メリディアン』と書かれている。
「埋立地の上に作ったのは、どんな施設なんですか?」
「スタジオと化粧室です。チャペルやスタジオで、ドレスやお着物の衣装を着た写真を撮るだけのウェディング・パックのお客様に主にご利用いただく施設です。それと‥‥シーズンには式が立て続けに行われますので、招待客の皆さまの臨時更衣室として開放しております」
「その施設は、いつ頃お建てに?」
「3年前‥‥その年のシーズンから使用していましたので、完成は春頃です」
 葉月が式を挙げるときには、まだ建っていなかったのか。シュラインは図面にメモを書き付けた。
「この二つの建物の中を、見せていただくことは可能ですか?」
「ええ。今日はどこにも予定は入っておりませんので、いくらでも」
 では行きましょう、と近藤に促されシュラインは応接室を後にした。
 冥月とブラックマンは、シュラインそして近藤とフォトスタジオ前で合流した。それぞれ挨拶を交わし、スタジオとカフェを見て回る。少しでも気の流れが好くなればと、シュラインは近藤に断りを入れ時々聖水を撒いていた。
 その後。前回のチャペルのほか、二つの建物の鍵も借りることができ、夜間の調査も行って構わないと告げられた。それぞれの調査の調整と、草間の体調が気になり、一同は草間興信所へ足を向けた。

「考えてみたら、姉の葉月は式場に来なかったんだよな?」
 シュラインが近藤から預かったレポートを今は冥月が読んでいる。テーブルには、ブラックマンの淹れたアイス珈琲が置いてあった。
 当日、花嫁は来場しなかったのだ。家族や招待客の情報でいくつか気になったことはあったが、葉月に関する情報は皆無と云ってよかった。
「接触があったのは当日以前から担当していた、ウェディング・コーディネータぐらいでしょうか?」
「そうね‥‥でも、その人ももうあそこには居なくて直接話しはできなかったけど。ただ、お婿さんに対してちょっと不審なところがあったって云ってたらしいわ」
「どんなことですか?」
「打ち合わせ中葉月さんが席を立ったとき、お婿さん‥‥野村アキラさんの携帯に電話が掛かってきたらしいの」
 机に寄り掛かり珈琲の入ったソーサーを持ちながら立っていたシュラインは、正面に座っていた男をチラリと見た。その視線に気付き「なんでしょう?」と少し驚きの表情でシュラインを見るブラックマン。
「あー‥‥よく女の人から電話が掛かってきていたみたいなの、そのときに限らずね。相手が全員女性かどうか確認できている訳じゃないから、確証はないんだけど。まぁ、遣り取りの内容から恐らく、ね」
「‥‥あの、何故私を見るのでしょうか?」
「人は見かけに依らないっていうのかしら。堅実そうで、遊んでいるようには見えなかったらしくて」
「‥‥はぁ」
 そう思われているのだろうか――。居心地悪そうにシュラインから僅かに目線を逸らして居直ると、斜め前に座っていた冥月に「おかわり要りますか?」とブラックマンは聞く。冥月は「要らん」と半眼でぶっきらぼうに答えた。
 別の意味で少し重たい雰囲気になった草間興信所の中に、雷火が入ってきた。
「ホント、雨止まないねぇ。さすがにこう雨続きじゃ、店も暇だった・よ‥‥って、なにかあったの?」
 畳んだ傘を入り口の傘立てに入れ振り向いた雷火が、その異様な雰囲気に立ち止まった。
「‥え‥あ‥‥ひょっとして。武彦、死んだ?」
「雷火さん。云っていい冗談と、悪い冗談があります。兄さんはちゃんと生きてますから」
 奥からタオルを持ってきた零は、にこやかに笑いつつもストレートパンチを入れるような勢いでそれを胸の前に突き出した。
「あはは、ゴメンねー。なんか暗いからさぁ。あ、ジェームズに頼まれたアレ調べてきたよ」
 ガラステーブルの上にあるノートパソコンに、雷火はUSBフラッシュメモリを挿した。
「なにを頼んだんだ?」
「葉月さんと玖美さんの通っていた大学で、情報を少し」
 冥月の問いに、ブラックマンはそう云いながらディスプレイを覗き込む。雷火は素早く画面を立ち上げた。
「‥‥!‥‥これは、本当ですか?」
 画面に眼を走らせていたブラックマンが、顔を上げた。
「どうしたの?」
 驚きのその表情に、シュラインも長椅子の背後に回る。
「なんだ、早く云え」
 向かいに座っていた冥月が、苛立たしげに雷火を見た。雷火は肩を竦め、
「葉月さんの誕生日は8月31日、玖美さんの誕生日は9月1日だった」
「それがどうかしたのか?」
 続きを早く云えとばかり、冥月はガラステーブルの上に近藤のレポートを放る。
「だから葉月さんが21歳、玖美さんが20歳って云ってたんだよ。違う歳の日が、一日だけある。結婚式当日だね」
「日付は違えど、おふたりは双児ということですね。実家を調べに行ったとき『大学のOB』と偽ったので、私がそれを知っていると思ったのでしょう。それであの向かいの女性は、まさしくふたりの写真を渡してくれていたのですね」
 ブラックマンは、苦笑いしながらテーブルの端に寄せてあった写真を見る。写真は姉妹の実家を訪れた際、近隣の住民から入手したものだった。しかし、それがあの時偽るには一番妥当な身分だ。出版社や興信所の名前を出していたら、警戒され写真を入手できなかったかもしれない。
「だから零ちゃん『そっくり』って云ったのね‥‥それはそうよね、双児だったんだから」
 それも、恐らく一卵性双生児。
 その時、興信所の電話がけたたましい音を放って鳴り響く。零が立ち上がり、その電話を取った。
「はい、こちら草間興‥‥ええ、はい、そうです。え‥‥?」
 零は呆然とした顔でその場に居た皆を振り向いた。黒電話の受話器を持ち、
「あの‥‥玖美さん、から‥お電話です」
 今まで全く連絡が付かなかった玖美本人自ら電話が掛かってきた。
 聞きたいことは山程あった。一同は顔を見合わせる。
 冥月がブラックマンに「お前が出ろ」と顎で指し示す。ブラックマンがシュラインを見ると、シュラインは頷いた。ブラックマンは立ち上がり、零から受話器を受け取った。
『――もしもし?』
 しばらく待たされたからか、女性は先に声を出した。
「お待たせして申し訳ありません。所長の草間は今電話に出られませんので、私が代わりに。ジェームズ・ブラックマンと申します。貴女は、どなたですか?」
 そう云っているブラックマンの傍らに、冥月がメモ用紙を持ってやって来た。
――ここに呼び出せ 来られないと云ったらそれとなく今いる場所を聞け 話しは極力長引かせろ――
 ブラックマンは僅かに頷いた。
『‥‥え‥藤崎、玖美と申しますけれど。草間さんから、お話しは聞いていらっしゃらないのですか?』
「いいえ、伺っております。ただ、個人的な内容になりますので、念のため本人確認をさせて頂いても?」
『あ、そうですね。構いませんよ』
「それでは携帯電話番号と、生年月日を聞かせていただけますか?」
『090−0000−0000、西暦198x年9月1日です』
「8月31日の間違いでは?」
『それは姉の葉月の誕生日ですけれど‥‥なにか?』
 ブラックマンが云うと、やや間があってから返事が返ってきた。
 通常なら携帯電話の番号や生年月日の確認で本人と断定することもできるが、なんと云っても彼女たちは家族だ。家族だったら番号も誕生日も分かる。なにより、年齢も一緒。普通ならこれだけで相手を欺くことは容易だ。やんわりと非礼を詫びながらブラックマンは会話を続けた。その会話の間にもブラックマンは会話以外の音を注意深く聞く。ざわついた音がするので、多分戸外なのだろう。
「ところで。電話口ではなかなかお答えし辛いであろう込み入った話しもありますので、こちらに来ていただくことはできませんか?」
 考えているのだろう、返答がなかった。その押し黙っている背後から、独特の音が聞こえてきた。
――JRあわい駅――
 JR線の電車出発ベルには、各駅異なった曲が使用されていた。今玖美の背後に流れているのは正(まさ)しく、あわい駅の曲だった。場所を動いていない様子から、電車に乗ってしまったわけではなさそうだ。
 ブラックマンは、メモ用紙の空いたところへ素早く書き付ける。
 その文字を見ると、冥月はふと瞳を閉じた。ずぶり――冥月の身体が影に沈み込む。冥月は、影から影へ一瞬で移動する異能を持っているのだ。
 入手した写真と零から聞いた特徴を頼りに、あわい駅の構内を探る。帰宅ラッシュ時間のせいか、人が多かった。少々骨が折れそうだ。冥月は影の中で溜息をついた。
「‥‥むずかしいですか?」
『いえ、あの。でも、今日は無理です‥‥』
 僅かに不審を帯びた声になってくる。逃したら、再び連絡が取れなくなるかもしれない。どう考えても、何かしらの事情を彼女が知っていることは明白だった。今は、冥月に頼るしかない。
――頼みますよ、冥月。
 シュラインは電話の遣り取りを、少し離れたところで零と見守っていた。
「‥‥零ちゃん。彼女は、玖美さんは『人』だったのよね?」
 零の身体は、複数の優秀な霊能者の肉体を繋ぎ合わせて作られている。ゆえに、霊に対する反応は絶対といってもいい。
「はい‥‥ちゃんと、人間でした」
 だったら、なおさら冥月には能力を発揮してもらわなければ。
「藤崎、玖美さんか?」
 そう問われ、玖美は携帯電話を持ったまま振り向いた。
「私は草間興信所の者だ、黒・冥月という。確認したいことがあるのだが、ご同行願えるかな?」
 携帯を持ったままあっけに取られた表情をする玖美の前に、冥月は立ちはだかる。
「あの」
「依頼を請けた直後から草間が‥所長が心神喪失状態なのだが、なにか心当たりはあるか?」
『そこにいる者は、確かにこの興信所の者です。解決されたいのなら、協力していただけませんか?』
 玖美の携帯から、微かにブラックマンの声がした。

 冥月と共に興信所へ戻ってきた玖美は、不可解なことを云う。
「草間興信所という響きになんとなく心当たりはあるんですけれど‥‥。ここへやって来たこと、あまりよく覚えていないんです‥‥」
 零が確認したところ、前回やってきた本人に間違いがないというのに。
「お姉さんを、探しているのですよね?」
「ええ、それは‥‥勿論です」
 交差した手の上に顎を乗せ、ブラックマンは小さく溜息をはいた。嘘を吐いているようには見えないが、気になることがある。
「玖美さん。なにか云いたいことはありませんか? 多分、それはお姉さんを探す上でとても重要なことだと思うのですが‥‥」
 冥月とシュライン、そして零と雷火は二人から見えないところにそれぞれ腰掛け聞いていた。全員が玖美を囲んだら、威圧感を与えてしまうと思ったからだ。
(意味が分からん)
(そうね、どういうことなのかしら?)
「あのー‥‥」
 ひそひそと話していた二人の間に、零が割り込んできた。
「なんだか、この間とちょっと雰囲気が違うんです、玖美さん」
「それどういうことかしら、零ちゃん?」
「玖美さんには間違いないんですけど、なんだか別人みたいなんです」
「なんだ、それは」
 そんな零の言葉に、シュラインと冥月はにじり寄った。それらの言葉はブラックマンたちにも聞こえているようで、玖美も一緒になって零を振り向いた。
「なんていうか‥‥足りない気が」
「足りない?」
 ブラックマンが零の言葉を復誦し、玖美に向き直る。
「玖美さん。記憶がなくなったり、気が付いたら思わぬところに居たりしたことは度々ありますか?」
「‥‥人に云うと、変な風に見られるんですけど‥‥たまに」
「気付くと、どんなところに?」
 ブラックマンの言葉に、玖美は再び押し黙った。
 しばらく待っていると、玖美は重たい口を開いた。
「私‥‥兄を――」
 殺したんです。
「それは‥‥何故ですか、理由が?」
「私‥‥彼に――」
 殺されたんです。
 皆、耳と目を疑った。内容にも、その現象にも。
「兄は、姉を弄んでいたんです。気が付いたら‥‥手で首を」
 そう云って玖美は自分の両手を見た。その軽く握る手の様子が、なんだか生々しかった。
 ブラックマンは瞳を閉じていた。彼女に感じていた違和感――雑音にも似た、時々洩れ出る不快な音。それはきっと、野村アキラの最期の念なのだ。しかし、違和感はそれだけではなかった。
「彼は、私を弄んでいたんです。問い質(ただ)したら‥‥居直って」
 今度はその手を首に持っていく。玖美の手に力が篭るのを見ることに耐えかねたように、冥月は近付いて首から手を外す。零もなにかを感じたのだろう。身体を小刻みに震わせ、力が抜けたようによろけた。その身体をシュラインは支えていた。
 玖美は、葉月と野村両者の念を抱えているらしい。しかし、野村の念は玖美の身体をコントロールできるほど影響力はないようだ。その証拠に、ブラックマンには野村が絶命するときの思いしか伝わってこなかった。葉月の念は双児というせいもあるが、あの土地――あわいの負に増幅されたのだろうか。
「彼は、今どこに」
「―― ○○県△△市の山、の中に」
「それを‥‥あとでまた警察で話してもらえますか?」
「はい」
「葉月さん。貴女は、今どこに」
「―― 水の、下」
 それは、きっと。
 ホテル・メリディアンの埋め立てた池のことだ。冥月と共に感じた、あの不快感。葉月は、増幅した負に囚われてしまったのだろうか。
 ブラックマンは視線を上げ、冥月とシュラインを見た。
「メリディアンへ行きましょう。葉月さんを、お迎えに上がらないと」

 深夜のホテル・メリディアンは、闇に包まれている。しかしそれは数日前訪れたときとは違い、森はしっとりとした霧雨を享け美しい佇まいを見せていた。
 シュラインたちが敷地の奥に進むと『フォトスタジオ・メリディアン』の前にぼんやりとした人影があった。それは、玖美と同じ顔立ちだが、やや幼い表情をしていた。
「姉さん‥‥」
 ブラックマンに支えられながら、玖美は葉月に腕を伸ばした。その様子に葉月は悲しそうに微笑むと、小さく頷いた。
『見付けてくださって、ありがとうございます』
 身体の輪郭がぼやけ、朧げな態(てい)を見せた葉月が、皆に向かって云う。
『玖美を、宜しくお願いします。』
「怒りに任せて人を殺し、それで思いを果たすなんて悲しすぎるわ。そんなことしたら、誰も救われない」
 シュラインは物憂いな表情を浮かべて、玖美を見た。他になにか、道はなかったのだろうか。
『まだ、若すぎたんです。きっと。もっと世の中を広い目で見てみればよかった。今思っても、仕方ありませんけれどね』
 責めないでください、と葉月は肩を竦めた。

 翌朝。近藤に事情を話し、メイク等の担当者を呼んでもらい式の準備をした。
 シュラインは内心複雑な思いで花嫁のメイクを受けていた。これが本当の――ならいいのにとも思ったが、なんだか嬉しいような悲しいような気もした。昔ながらの水おしろいをし、文金高島田型のかつらを被った。
 メイクを済ませ控え室を出ると、皆が息を呑んだのが分かった。少し恥ずかしくなり、シュラインは俯いた。シュラインが着た白無垢は、緞子織と呼ばれる絹糸の光沢が美しいものだった。背のあるシュラインに、その着物は映えていた。
「綺麗だね、シュライン。ゴメンね、相手がオレで」
 羽織袴の正装をした雷火がそこには立っていた。昏睡状態は脱したものの、まだ起き上がることができない草間の変わりは雷火が務めることになっていた。色素の薄い髪の雷火が袴を穿いているのは、日本人以外に見えてなんだか不思議な感じもする。
「いいえ、そんなことないわ。雷火さんのそんな姿見られるのは、なんだか新鮮ね」
 そう云って肩を竦めようとするが、思いのほかかつらが重いのでそれは断念した。
 末席に座っているのは、玖美と葉月。葉月はにっこり笑い、シュラインを見ていた。式は、滞りなく進む。誓盃の儀――新郎新婦が大中小3つの盃で交互に御神酒を酌み交わす、永遠の契りを結ぶ儀式である。その儀式のさ中、シュラインがふと視線を上げると葉月はもうそこに居なかった。シュラインの視線に気付いた玖美が隣りを見て驚いた表情をする。玖美も葉月が消えたことに気付いていないようだった。
 泣きじゃくる玖美の頭を撫でながら、シュラインが窓の外に目をやると、雨は止み、うっすらと雲の隙間から日が射していた。

 数ヵ月後。
 新聞の片隅に『ホテル・メリディアン敷地内、工事現場で白骨化死体発見される』という記事が掲載された。玖美はすでに自首していた。葉月の件は近藤にも伝えていたが、何故か近藤は直ぐに調べなかった。この件について近藤側から草間たちに報告はなかったが、やはり見逃すことはできなかったのだろう。この事件は、そうして明るみに出ることになる。
 それとも、玖美の情状酌量を狙ったものなのだろうか。近藤の意図は分からないが、これで一応の決着が付いたことになる。
 なんともやるせ無い気もするが、反面、これが正しい姿だとも思う。
 今日もまだ暑い。あのときの涼しさが、今となっては心地好いとも思えてしまう。草間は新聞をクシャリと握り潰すと、ゴミ箱の中にそれを放り込んだ。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC番号順

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 2778 】 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)| 女性 | 20歳 | 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
【 5128 】 ジェームズ・ブラックマン | 男性 | 666歳 | 交渉人 & ??

【 NPC 】  雷火、草間武彦、草間零、藤崎葉月、藤崎玖美

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。前回に引き続きのご参加、誠にありがとうございました。

依頼参加日に開きがあった為、早期ご参加の方はお待ち頂き申し訳ございません。
初の前後編としてお送りさせていただきました。設定を少々捻り過ぎたようで、皆さんを悩ませてしまい申し訳なかった気も致します。依頼人の生死は直前まで悩んだのですが、某様プレイングによりアレな方向で落ち着きました。後味が若干悪いですが、もとから暗めの展開予定でしたのでお納めください。なお、風水に関しましては若干調べさせていただきましたが、本当に奥が深いようなので今回の執筆に都合の良い部分だけを利用致しました。実際の定説等と異なりましても、その点はフィクションということでご了承いただければと思います。

気になるところがございましたら、リテイク申請・FL、矢文などでお気軽にお知らせください。
2006-08-02 四月一日。