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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


ナイトメア・シンドローム

 数人の生徒が教室の中央で車座になっている。
 周囲はすでに暗く、生徒たちを照らしているのは1本の懐中電灯だけだ。本来ならば生徒たちが残っているような時間ではない。
 しかし、生徒たちは教師や用務員の目を盗み、校舎へ忍び込んだのだった。
「ねえ、本当にやるの?」
 生徒の1人が怯えたような口調で言った。
「当然でしょ。そのために、わざわざ忍びこんだんだから」
 別の生徒が答え、紙袋の中から数本のロウソクを取り出し、車座の中央に並べた。
「なあ、やめたほうがいいんじゃないか?」
「なに? 今さら怖気づいてんの? 怖いなら帰っていいわよ」
「なっ、怖いわけじゃねえよ!」
 そんな会話を交わしながらも、1人の生徒が床に立てたロウソクへ火をつけてゆく。1本、2本、とロウソクの火が辺りを照らした。
「じゃあ、始めよっか」
 懐中電灯の光が消えた。その瞬間、誰かの口から小さく悲鳴のような声が漏れた。
 同時に失笑が漏れる。
「今から怖がってどうするんだよ?」
「そうよ。これから怪談を話すのに」
 生徒たちは怪談を話すために夜中の教室へ侵入したようだ。確かに怖い話をするには、夜の学校ほど適した場所はないだろう。
「百物語なんて無理だから、人数分の話をしましょう」
 それに反対する人間はいなかった。
 そして怪談が始まった。

 2時間ほどが過ぎ、何事もなく怪談を終えた生徒たちは、泣きそうになった生徒へ苦笑などを向けながら、片づけをしていた。
 ロウソクなどを残してしまったら、教師たちに侵入者がいたことがわかってしまう。
 やがて片づけも終わり、教室から出ようと1人の生徒が扉に手をかけ、そのまま固まった。
「どうしたの?」
「あ、開かないんだ」
 その答えに全員が驚いた。力を合わせ、扉を開けようとしても、まるで壁に貼り付けられてしまったかのように扉はびくともしなかった。
「まさか、閉じ込められた?」
「なんでッ!?」
 悲鳴にも似た声が漏れた。
 次の瞬間、窓の外に白い影のようなものが浮かんでいるのを生徒たちは見てしまった。
 ココカラニガサナイヨ
 その白い影は、声にならない声で、そう生徒たちへ語りかけた。
「逃げなきゃ!」
 誰かがそう叫んだ。
「逃げるたって、どうやってさ!?」
 半ばパニックに陥った生徒が恐怖に裏返った声を上げた。
「開かないんなら、壊しゃいいんだ!」
 そう言って草摩色は近くにあった机を叩きつけた。
 扉が倒れ、ガラスの割れる派手な音が暗い廊下に反響した。
「逃げるぞ!」
 色は言って、まず女子生徒を教室から出した。
 生徒たちが怪談を行っていた教室は旧校舎の4階にあった。
 本来はここまで来なくても良かったのだが、怪談を始める前の悪ふざけで、肝試しをかねて4階まで上がってきてしまった。今は、そのことを全員が後悔していた。
「ねえ! さっきのアレ、なに!?」
 1人の女子生徒が恐怖に引きつった顔で誰ともなく訊ねる。
「わかんねえよ! そんなのっ!」
 色が怒鳴るように答えた。
 窓の外に浮かんでいた白い影。あれがなんなのかはわからないが、色ははっきりと見てしまった。その憎悪の込められた瞳を。
 幽霊。怨霊。そんな言葉が脳裏をぐるぐると駆け巡る。
 生徒たちはわき目も振らずに廊下を駆けた。
 誰もが背後から白い影が追いかけてきているような気がしていた。
「おい、なんだよ、これッ!?」
 途中で女子生徒を追い抜かし、先頭を走っていた男子生徒が不意に叫んだ。
 この旧校舎から抜け出すためには、当然ながら階段を下りて1階へ向かわなければならない。
 しかし、その階段が大量の机や椅子で塞がれていた。上がってくる時はなにもなかったはずなのに、怪談を行っている間に何者かが塞いだとしか思えなかった。
「おいっ、早くどかせ!」
 誰かが叫んだ。
 だが、階段全体にわたって乱雑に積み上げられた机や椅子は、そう簡単に撤去できそうなものでもなかった。
 それでも、色や他の男子生徒が一心不乱になって机をどかし始める。
「ひっ……」
 次の瞬間、1人の女子生徒が息を呑む声が響いた。
 思わず手を止め、声のしたほうを振り向いた色は、そこに浮かんでいるものを見て恐怖で顔が引き攣るのを実感した。
 白い影。
 先ほど、教室の窓の外に見たものが、廊下にぼんやりと浮かび上がっていた。
(ヤバイ……)
 改めて間近で見た瞬間、色の胸中に恐怖が走った。
 幽霊や悪霊。超常的なものに触れたことは何度となくあった。だが、それらの中でも特に危険なものだと、色の直感が告げていた。
 ニガサナイヨ
 再び声が聞こえた。
「うわぁぁぁああぁぁぁぁあ!」
 それを聞いた男子生徒が、半狂乱になって逃げ出した。白い影を避け、男子生徒は旧校舎の奥へと向かって走り出す。
「おい! そっちに行くな!」
 色が声を上げたが、恐怖に駆られた生徒の耳には届いていない。
 そして、それを追いかけるかのように白い影が移動を始めた。床の上を滑るようにスーッと動き、色たちの前から消え去った。
「あいつ、ヤバイんじゃねえの?」
 恐怖に上ずった声で誰かが言った。
 しかし、誰1人として後を追いかけようと提案する者はいなかった。全員が本能的に理解しているのだ。あの白い影は本当に危険だと。
「とりあえず、下りれそうなところを探そう」
 色が迂回を提案した。当然、それに反対する者はいなかった。
 これだけの机や椅子を撤去するには、1時間近くを必要とするだろう。その間に白い影が戻ってきてしまう可能性は高かった。
 非情かもしれないが、白い影が1人を追いかけている間に、迂回路を探して脱出することが、最も効率的だと考えていた。
「行くぞ」
 いつの間にか、色がリーダーのようになっていた。職業柄、慣れているということもあるかもしれない。
 女子生徒は誰も反対する気配はなかった。しかし、他の男子生徒の顔に不満そうなものが浮かぶのを色は見逃さなかった。だが、口に出してはこないので無視することにした。

 旧校舎には階段が4箇所に設置されている。北校舎に2箇所。南校舎に2箇所だ。
 色たちが怪談を行ったのは北校舎の4階にある一般用の教室だ。北校舎東側にある階段で下りようとしたが、机や椅子などで塞がれていて使用することができなくなっていた。
 残るは3箇所だが、北校舎西側には近づきたくないというのが全員の共通した意見であった。
 それは、逃げ出した男子生徒が北校舎西側へ向かったからだ。彼のあとを白い影が追かけて行ったのだとしたら、そっちへ近づくのは危険だった。
 色を含む6人の生徒は南校舎を目指して渡り廊下を足早に歩いていた。
 今にも走り出したい衝動に襲われていたが、同時に足音を響かせれば白い影に見つかってしまいそうな恐怖心もあった。
 この旧校舎がいつ、なんのために建てられ、いつ頃まで使われていたのかを知る人間はいない。噂では学園初期に建てられ、使用されていたとか、学園が建設される前からあり、様々な問題で取り壊せなかったとか言われているが、定かではない。
 ただ、昔から生徒や教師たちの間で流れている噂の中で、共通しているのは旧校舎には確実に「なにかが出る」ということであった。
 そして、そうした噂を面白がり、色たちのように肝試し的な使い方をする生徒も後を絶たない。それでも今までは特に問題も起きなかったはずなのだが。
「あいつ、大丈夫かな?」
 1人の男子生徒が呟くように言った。
「わかんねえ」
 別の生徒が答えたが、心の中では誰もが駄目かもしれないと考えていた。だが、それでもなにか話をしていないと恐怖に押し潰されそうになっていた。
 なんと言っても彼らはまだ中学生である。普段は強がっていても、こうした恐怖には慣れていない。それでもパニックを起こさずに行動していられるだけ、マシだと言えた。
「アレ、なんなんだろうな」
 アレとは白い影のことだ。しかし、誰も白い影を「幽霊」とは呼ばなかった。あえて呼ばないように心がけているのかもしれない。認めてしまえば恐怖が倍増する。
「そういえば、出るって話、あったよね? アレがそうなのかな?」
 女子生徒が震える声で言った。
「そういや、先輩からこんな話、聞いたことがある」
 なにもこんな状況で話さなくても良さそうなものだが、恐怖で凍りついた思考は悪い方向へとしか話を持って行こうとはいないようだった。
「この旧校舎って、学園ができる前からあって、実は戦争のときに、なにかの実験施設として使われていたらしいんだ。そのとき、人体実験で死んだ人が何人もいて、その霊が悪さをするから、取り壊そうにもできなかったって聞いた」
「あ、その話、わたしも聞いたことある」
 どんな学校でもそうだが、7不思議と呼ばれるものがある。超常現象が数多く報告されている神聖都学園では、7不思議どころの話ではないのだが、その中でも特に旧校舎は怪談や心霊現象の話題に事欠かない場所であった。
「俺は自殺した生徒が、今もさまよってるって聞いたことがある」
 色もどこかで聞いた噂を口にした。
 笑う絵画。動く人体模型。トイレの花子さん。赤いマント、青いマント。昔、誰かが自殺した。実は昔はお墓だった。
 そんな取るに足らない怪談は生徒たちの間で脈々と受け継がれている。
 それが普通の学校だったら特に問題はないだろう。しかし、この神聖都学園では少し違っていた。ただの怪談、都市伝説が噂の域を出てしまうことがあるからだ。
「よし、この角を曲がれば階段だ」
 渡り廊下を歩き、南校舎に入ったところで色が少し元気を取り戻した声で告げた。
 あとは階段を下り、1階へ向かえば良いだけのことだ。1階へ下りてしまえば、幽霊が現れてもどうにかなるだろう、と色は考えていた。
 だが――
 廊下を左へ曲がった瞬間、先頭を歩いていた色は恐怖に顔を引き攣らせて動きを止めた。
「どうした?」
 後ろに続いていた生徒たちが、疑問を顔に浮かべながら色へ訊ねる。
 しかし、色はとっさに答えることができず、前方を指差すだけで精一杯だった。
「うそ……」
 色の横から顔を覗かせた女子生徒が、顔面を蒼白にさせながら漏らした。
 角を左に曲がって10メートルも進まないところに階段がある。だが、その階段の前には白い影がぼんやりと浮かんでいた。
「逃げろ!」
 反射的に色は叫んでいた。
 後ろにいた生徒たちが素早く踵を返し、南校舎西側の階段へ向かって走り出す。
「なんでいるの!?」
 恐怖でパニックに陥りかけた女子生徒が叫んだ。
 思わず色が走りながら背後を振り返ると、白い影が音もなく追かけてきているのが見えた。
「ヤバイ! 追かけてきてるぞ!」
 色の言葉に全員の思考回路が麻痺した。
 我先にと階段へ殺到する6人。
 次の瞬間、1人の女子生徒が転んだ。しかし、気づいていながらも誰も立ち止まろうとはしない。
「いやーッ! 待って!!」
 悲鳴が上がった。
「くそっ」
 悪態を漏らし、色は足を止めた。
 他の4人は階段を下りて行く。それを横目に見ながら色は女子生徒に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「あ、うん……」
 色の手を借りて女子生徒は立ち上がる。
 その瞬間――
 2人に白い影が追いついた。
 ニガサナイヨ
 声ならぬ声が色たちの耳に響いた。その声が耳に届いた瞬間、恐怖を感じて色と女子生徒の顔が引き攣った。
 目の前に浮かぶ白い影を見て、改めて色は恐怖を感じた。
 まるで白いシーツが風に揺れているだけのようにも見える。しかし、その全身がぼんやりと薄気味悪い光を帯び、その瞳からは明確な殺意を感じた。
(どうする?)
 正面に浮かぶ白い影を見据えながら色は目だけを動かして周囲を確認した。
 図らずも他の4人を逃がすために色と女子生徒が囮となってしまった。だが、あの状況で女子生徒を見捨てることが色にはできなかった。
 白い影は様子を窺うように色たちと一定の距離を保っている。しかし、それはすべて相手側が主導権を握っているということでもあった。襲おうと思えば、いつでも白い影は2人へ襲いかかることができるように見えた。
 色は窓を見た。ここは、まだ4階だ。飛び出せば10メートル下の地面に叩きつけられ、2人とも無傷というわけにはいかないだろう。
(なにか、手があるはずだ)
 恐怖で麻痺しかけた頭を働かせ、懸命に脱出方法を模索するが、そう簡単に答えは出そうにもなかった。
 コッチニオイデヨ
 再び白い影から声が聞こえた。心臓を鷲づかみにされたかのようなゾッとする声。
「行くぞ!」
 声を上げ、女子生徒の手を取って色は駆け出した。
 白い影の脇を抜け、東側の階段へ戻ろうとする。
「あっ……」
 女子生徒の声が響いた。直後、色の右手に感じていた温もりが消え去った。
 なにが起きたのか理解できないまま、色は走りながら背後を見た。そこにいるはずの少女の姿がなかった。一瞬前まで、右手にあった重さが抜け落ちていた。
(なんなんだよっ!?)
 訳がわからないまま色は走り続けた。
 背中に感じる圧迫感から、白い影が追いかけてきていることがわかった。
 廊下を走り、階段を転がり落ちるように下りた。
 2階まで下りたところで、色は先に逃げていたはずの4人と合流した。
「こんなとこで、なにやってんだよッ!?」
 思わず怒鳴るように問いかけると、1人が恐怖に顔を引き攣らせながら激しく首を振っていた。
「逃げ道がないんだ」
 そう言われ、色は初めて階段が崩れ落ちていることに気がついた。1階と2階をつないでいるはずの階段が、ものの見事になくなっている。
「西側の階段は!?」
「ダメだ。あっちも崩れてるんだ」
 反射的に色は舌打ちを漏らしそうになった。
 退路を完全に断たれた。そんな思いが全員の胸中を支配していた。
「考えろ! こんなトコで死ねるかよっ」
 恐怖よりも激しい焦燥感が色の心を支配しようとしていた。
 なんとか頭を働かせようとしながら色は周囲を見回す。その時、色の視界に窓の外にそびえる1本の巨木が飛び込んできた。
 ここは2階。木を伝って下りれば脱出できるかもしれない。今にも思考を停止してしまいそうな頭に、それは良策のように感じられた。
「来たッ!」
 男子生徒の1人が上ずった声を漏らした。
 階段の上には白い影が浮かんでいた。獲物を物色しているかのように揺らめき、今にも襲いかかってきそうにも見える。
「あそこから逃げるぞ!」
 そう叫んで色は駆け出した。廊下を走りながら近くに転がっていた瓦礫を拾い上げ、それを窓ガラスに叩きつけた。
 派手な音が響き、砕けたガラスが窓の外に落下した。
「こっちだ! 早くッ!」
 手にした瓦礫をこすりつけて、サッシに残ったガラスを排除すると、色は身軽に木の枝へと飛び乗った。思っていたよりも太い枝で3人ほどならば、同時に乗っても大丈夫そうだと判断した。
「女の子からだ!」
 女子生徒を押しのけ、真っ先に脱出しようとする男子生徒たちを制し、色は女子生徒たちに手を伸ばした。
 1人目の女子生徒が恐る恐る枝に乗ったところで、色は白い影が自分の視界に入ってきたのを認識した。
「下を見るな。ゆっくりと下りれば平気だ!」
 枝に乗るのを嫌がる2人目の少女を強引に引き寄せ、色は抱きかかえるようにして、どうにか窓から引きずり出した。
「急げ!」
 白い影の接近に気づいた2人の男子生徒が慌てて窓から外に出ようとする。
 わずかに残っていたガラスで手を切りながらも、1人が枝に飛び移った。
 最後の1人が窓枠へ手をかけた瞬間、白い影が追いついた。
「早く!」
 悲鳴にも近い声を上げながら色が手を伸ばした。男子生徒が色の手を握り、窓から飛び出そうとする。
 しかし――
 次の瞬間、男子生徒の全身が白い影に包まれたかと思うと、色の右手を痛いほどに握り締めていた力が不意に消え去った。
 そして、白い影が消失すると、色の目の前には誰もいなくなっていた。
 呆然としたまま、虚空に伸ばした手が、いつまでも消え去った手を握り締めたまま固まっていた。

 翌日。
 登校した色は、3人の生徒が行方不明となっていることを知った。昨夜、白い影に襲われた時、旧校舎から脱出できなかった3人であった。
 色たちは教師たちに昨夜の出来事を話したが、その反応は芳しくなかった。
 3人が行方不明になっていることについては重大な事件として考えているようであったが、旧校舎には関わりたくないという態度が露骨に表れていた。
 あの白い影がなんだったのかは不明だが、以降、生徒たちの間では「旧校舎に近づくと死ぬ」という噂が実しやかに流れた。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2675/草摩色/男性/15歳/中学生

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■         ライター通信          ■
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 はじめましての皆様。九流翔と申します。このたびは、ご依頼いただきありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。
 リテイクなどございましたら、遠慮なく申し付けください。
 では、またの機会によろしくお願いいたします。