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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


再来! 福不サボテン



「ステラ……」
 じとっと、自分のトナカイに見られてステラは困ったように薄ら笑いを浮かべた。
 狭い部屋。狭い押入れのダンボールの一つには……邪魔なものがある。そのせいで、新しい荷物を片付けられないのだ。
「貰い癖があるのは別にいい」
「う……うん」
「だが……どうにかして消費して欲しいわけだ」
「は……はぃ」
 縮こまるステラはダンボールを引っ張り出し、覗き込んだ。
 その中にあるのは小さなサボテン。押し入れの中でもまったく枯れない摩訶不思議なもの。
 だが……難点は、このサボテンが厄介極まりないことにあるのだ。

 草間興信所の前までやって来たステラは「ふふ」と疲れたような笑いを浮かべる。
「まぁた……怒られるかも……」
 でも……ここは意外に人がいるので、きっと誰かもらってくれる…………はず?
 ドアをそっと開けて入ると、草間武彦が不機嫌そうにこちらを見遣った。

***

 ドアの隙間から顔を覗かせたステラに気づき、シュライン・エマが微笑した。
「あら、ステラちゃん。いらっしゃい。今日はどうし……」
 シュラインの声を無視してステラは目を細め、事務所内に視線を走らせる。
「……エマさんと、草間さん……零ちゃんはいないのですね。むむ」
 事務所内に居る女性――秋月律花を発見し、ステラはにたぁ、と不気味な笑みを浮かべる。
 そんな自分の様子をシュラインに見られているとは気づかず、ステラは「うしし」と笑ってドアを大きく開いた。
「こんにちわー!」
 元気いっぱいのサンタ娘・ステラに、シュラインは再び「いらっしゃい」と言った。
(う、う〜ん……さっきのステラちゃんはなんだったのかしら……)
 などと、内心汗を流していたのはナイショだ。
「あ、こんにちは」
 にこ、と微笑む律花と、あからさまに嫌そうな顔をしている武彦。
「……なんの用だ、サンタ娘」
「えへへぇ〜。プレゼントですぅ」
 気持ち悪いくらいに甘い声で言うと、ステラはごそごそと肩からかけている鞄から何かを取り出す。
 はっ――! と顔色を変えて、シュラインは「飲み物でも入れてくるわね」と笑顔で台所にそそくさと行ってしまった。
 鞄から取り出した瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「草間〜、飲みに付き合え! 奢ってや……」
 現れた草薙秋水の声に驚いてステラが「ひゃっ」と叫んで手に持っていたものを投げてしまう。
 秋水は見知った顔――ステラに気づいて「あ?」と洩らす。
「またいるじゃん、サンタのちびっこ」
「ち、ちびじゃないですぅ!」
 頬を膨らませて振り向いたステラは、自分が何も持っていないことに気づいて青くなった。
 天井近くまで舞い上がったソレは、そのまま放物線を描いて落下してくる。律花がうまくキャッチした。
「あ、これってサボテン?」
 律花の呟きと同時に武彦が「ナヌ?」という顔をした。しかし律花はそんな武彦に気づかない。
「前に部屋で育ててたんですけど、水をやり過ぎて駄目にしちゃったことがあるんですよね」
 手にした小さなサボテンをステラに返そうとする律花は顔色を変えた。
 武彦がステラを睨みつける。その視線に驚き、ステラは逃げようとした。すぐ真後ろに秋水が居たことをすっかり忘れていたので、秋水にぶつかった衝撃で引っくり返る。
 ばらばらと鞄からサボテンが転がり出てきた。
「あ〜、何だこれ? サボテン?」
 ひょい、と秋水が拾う。「あ、バカ!」と武彦が声をあげたが時すでに遅し。
 部屋の中の空気がずどーん、と一気に重くなった。
 秋水がふらふらと歩き、武彦にすがりつく。泣きそうな顔であった。
「ふ、ふふふ……聞いてくれよ。俺さ……彼女が帰ってくるって言ってたからさ……迎えに行くって約束したんだ。……なのにさ、狙ったかのようにさ……次から次へと……」
 ぶつぶつと、しかも笑いながら言う秋水はかなり鬱陶しい。
 一方律花は部屋の角の部分にいつの間にか移動しており、そこに膝を抱えて座っていた。纏っている空気はかなり暗い。
 壁に向けて彼女は呟き始めた。
「うちの両親は地元の大学に行かせようとしていたのに、わざわざ上京して一人暮らしをするなんて……私ってなんて親不孝者なんでしょうか」
 この状況に見覚えがある武彦は、忍び足でそっと事務所から出て行こうとしているステラに怒鳴った。
「おいコラ! そこのサンタ!」
 ビクッとして足を止めたステラ。
「なんとかしろ! またおまえのサボテンが原因だろっ! 幸福や不幸を吸い取るとかいうあの!」
「だ、だってぇ〜……」
 責められるステラが「ビーッ」と泣き声をあげる。
「だってえ! レイが処分してこいってうるさくてぇ〜!」
 あまりの音量に武彦が耳を塞ぐ。すると、秋水がその手を引っ張った。
「聞いてるか、草間! でさ、結局間に合わなくてさ……あ〜、絶対失望させたって……」
「研究を続けたいけど、どうせ家は反対するでしょうし……。こうなったら嘘をつくしかないんですよね。でも、教師になるために有利だからって嘘を吐いてまで……」
 部屋の隅で延々と呟いている律花。
 うるさい。かなりうるさい。
 ステラの泣き声もあるので武彦の苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「ど、どうしたの……?」
 あまりの音量にシュラインが台所から戻ってくる。足元に落ちているサボテンに気づいて拾い上げた。
 しまった、と思った時はもう遅い。
「……あら。あらら」
 頬をうっすらと赤く染めてシュラインはうっとりとした。ドキドキと高鳴る胸。
(な、なにかしらこの感じ。どうしよう……!)
 無性に……無性にこの「幸せ」を叫びたい!
 シュラインはるんるんとスキップをして、くるくると回りながら窓に近づく。そして大きく窓を開き、窓枠に足をかけた。
「はー……なんて今日はいい日なのかしら……! こんなにも素敵な日が今まであった!?」
 両手を大きく広げてシュラインは「おはようー!」となぜか大声で叫んでいた。
 シュラインのあまりの様子に武彦の怒りは呆れになり、彼はその場に崩れ落ちる。抵抗するだけ体力を使う……。
 がちゃ、とドアが開いて、誰かが入ってくる。
「草間、人物調査の依頼だが、頼め……」
 その人物は動きを止めた。部屋の中の惨状に……どう反応していいのかわからないのだろう。
(ふむ……皆、酒でも飲んでいるのか?)
 とりあえず妥当なところはそんなところだろう。
 ドアのすぐ前で泣いている少女に気づき、その男――文月紳一郎は肩を軽く叩く。
「泣くのはよしなさい」
「?」
 不審に思ってステラが振り向く。
 紳一郎は眼鏡を軽く押し上げた。
「長時間の号泣は体力を激しく消耗する上に、解決にならない。現状の問題を解決したいのなら、まず泣くよりも何かしらの行動を示すべきだと思うが?」
 紳一郎は、この部屋の惨状にこの少女は成す術がなく困っている、と見当をつけて言った。それが一番当てはまるからだ。
 しかし。
 ステラは紳一郎の言葉を理解したようだが、すぐに大粒の涙を浮かべた。
「ひどいですぅ〜! 冷たい人ですぅ〜!」
 わーわーと泣き出されて、紳一郎は「む」と呟いた。慰めたつもりだったのだが……どうやら彼女にはそうは聞こえなかったらしい。
 困った。どうしよう。
 そう思っていたが、足もとにあるサボテンに気づいてそれを拾い上げた。
「これは君のか?」
 と、ステラに差し出した……刹那、紳一郎は薄笑いを浮かべる。いや、本人はこれでも満面の笑みを浮かべたつもりなのだ。
(なんだこの高揚した気持ちは……! なんだろう。体が軽い。それに楽しい。久しぶりだ、こんな気持ちは……!)
 嬉しい。気持ちいい。
 どうしてもその感情で笑顔を浮かべてしまう。だがそれは、傍から見れば恐ろしい顔にしか見えなかった。
「ん? どうした草間、浮かない顔をして」
 秋水の愚痴を聞かされている武彦は、紳一郎の恐るべき笑顔を見て顔を引きつらせていた。
「……お、おまえさん……何か嫌なことでもあったのか? 顔が怖いぞ……?」
「私の顔が怖い? それならこれでどうだ?」
 紳一郎はニッコリと微笑んだつもりだったのだが、武彦はぎくっとしたような顔をして、目を逸らす。
 だがそんな武彦の反応を紳一郎は間違って受け取ってしまった。
「ふむ、驚くほどいい顔だったか……。それじゃあこれで今日は家に帰るか」
 そう思って事務所から出て行こうとするが、ステラを目にとめて、考えを変える。
(せっかくいい笑顔なのだから、これでこの子を泣き止ませられるかもしれないな)
 赤ん坊だっておかしな顔や、笑顔をすれば反応するものだ。よし、それでいこう。
 さて。窓際で歌っていたシュラインは耳をすます。ぴくりと反応するや、瞳を鋭くさせた。
 くるっと体を反転させて事務所内に戻ると鼻歌をうたいながら地図を取ってくると机の上の物を見て、手を挙げた。
 机の上にあったものを手でざーっと除けて床に落とし、地図を広げて何やら印をつけ始めた。どうやら窓の外から聞こえた安売りの声を聞いての行動らしい。
「おいシュライン、しっかりしろ!」
 武彦が近づくと彼女はニコーっと笑顔を浮かべ、持っていたマジックできゅきゅ、と武彦の顔に落描きをした。
「というか……女の子との付き合い方がわからないんだよな……。あんま経験ねぇし……修行と仕事だけで生きてきたようなものだし……。はぁ……いつか愛想つかされそうで……な」
 ぶちぶちと言う秋水の手は武彦の肩に回されている。
 苛々した武彦は「ワーッ!」と声をあげた。
「というか全然経験ないんだろうがおまえ! 面倒だからさっさとその女を押し倒せ!」
 もう自棄である。その言葉に秋水はびくっと青ざめた。
「なんてこと言うんだ! そんなことしたら嫌われちゃうだろ!」
「うるせー! おまえらみんなうるへーっ!」
 どうやら限界点を突破したようだ。呂律の回らない武彦に、シュラインがなぜかうっとりしている。
「うふふ……そうですよね。サボテンを枯らしちゃうようながさつな女なんて……そう、それに、本を読み始めると他のことが全然耳に入らなくて……! ああ……! ダメな私! ほんとダメです! 胸も小さいし、背も低いし! だから彼氏がいないんですね……!」
 自分を追いつめてしまったようで、律花が「うぅ」とうめいて涙を流し始めた。膝を強く抱えて頭を伏せる。
 紳一郎は紳一郎で、ステラに『笑顔で』迫っていた。
「どうだ? 冷たくないぞ私は?」
「いやあああ! 怖いぃぃ!」
 悲鳴をあげてイヤイヤと首を振るステラはますます涙を流した。
「怖くない怖くない」
「ひぎゃああああああ!」

 ――ボンッ!

 と、それぞれが持っていたサボテンが破裂した。



「……仕事の依頼だったんだが……今日は無理なようだな。……あぁ、ステラ君のせいではない。そう気に病むな」
 と、紳一郎はステラの頭を軽く撫でて事務所をあとにする。
 頬を赤く染め、秋水は引きつった笑みを浮かべていた。
「お、俺……今日は帰るわ」
 散々自分の恥ずかしい愚痴を言ったので、居辛いようだ。彼は軽く手を振って出て行く。
 律花も羞恥に困ったような顔をしていた。
 シュラインは床に落としたものを必死に拾っている。
「……もう二度と、そのサボテンを持ってくるなよ」
「……は、はいぃ」
 武彦の言葉に、ステラは悲しそうに呟いたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
【6157/秋月・律花(あきづき・りつか)/女/21/大学生】
【6112/文月・紳一郎(ふみつき・しんいちろう)/男/39/弁護士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、秋月様。ライターのともやいずみです。
 不幸サボテンにて愚痴のような己の嘆きを書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!