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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


忍ぶのぢゃ

 今日は台所からいい匂いが漂ってくる。座敷わらしの嬉璃は鼻をすんすんと動かしながら首を伸ばす。こんがりきつね色のクッキーが焼きあがったところであった。
「ほう、美味そうぢゃのう」
できたてを一枚、と手を伸ばしかけたら赤いキッチンミトンをはめた因幡恵美に叱られた。
「嬉璃さん、駄目ですよ。これは明日のために焼いてるんです」
明日、学校でフリーマーケットが開かれるらしく、そこで売るお菓子を作っているところだった。よく見ればクッキーだけでなく湯せんにかけられたチョコレートも、型に流し込まれ冷凍庫で冷やされるのを待っている。
「売りものですから食べないでくださいね」
「ぢゃが、一枚くらい」
「いけません」
きっぱりと断られた上に、台所は立ち入り禁止となってしまった。だが、そのくらいで嬉璃が諦めるはずもない。
「面白い。恵美からの挑戦状というわけぢゃのう」
こうなったら是が非でも台所へ忍び込んでお菓子を奪取するのだ、恵美には気づかれないように。
「久々に妖怪としての腕が鳴るのう」
座敷わらしというのはお菓子を盗む妖怪ではなかったと思うのだが、それは言わないことにする。

 買ったばかりのシャツが入った紙袋をぶらさげて、羽角悠宇があやかし荘の前を通りかかったとき。わんという犬の大きな声に呼び止められた。
「あれ?バドか?」
そうですよと尻尾が振られている。珍しいところにいるもんだなあと近寄って、頭をぐりぐりと撫でてやるとバドは嬉しそうに悠宇の手をなめてきた。
「お前がいるってことは・・・日和もここか?」
まさかお前を置いて帰ったりはしないもんなあとあやかし荘の窓を覗きこむ。薄暗い廊下に人影はない。奥のほうで声が聞こえるようなのだが。
「どうして奥の声が・・・ああ、あれか」
窓の上を見ると四角い通風孔があった。あやかし荘の中を巡っているあの穴が、室内の声を外にまで運んでいるのだ。通風孔は子供一人が通れるくらいの大きさで、元は格子がはめられていたのだろうけれど外れかかっている。
 あれでは虫が入ってくるだろう、と悠宇は爪先だって、ほとんどネジ一本でぶらさがっている格子に手を伸ばす。そのときだった。
「あそこによい梯子があるぞ!」
「は?」
子供の声だ、と思うだけで精一杯だった。なぜなら直後、一つ一つはそう重くはないのだがとにかく集団の生き物が、悠宇の後ろから一気に駆け上ってきたのだ。細く尖った爪が悠宇の背中をひっかき、剥き出しの腕に赤い筋を立て、おまけに後ろ足で頭を踏んづけていく。伸ばしていた手の先までするするとよじ登って、一列に通風孔の中へ飛び込んでいった。その中の一匹、いや数匹に悠宇は見覚えがあった。
「あれ・・・白露に末葉・・・それに、ひょっとしてチビ共・・・?」
念のために確認してみたら、紙袋の中で遊んでいたはずのイヅナ、白露がやはりいなくなっていた。見慣れた尻尾の後ろにくっついていたのは日和のイヅナ、末葉。そしてさらに後を追っていった二匹は時々見る鎌鼬の妖怪、鈴森鎮と彼のペットであるくーちゃん、とかいうイヅナだ。
「なんなんだ、動物だらけで・・・」
足跡まみれの背中をはたき、悠宇は首をかしげる。と、背後でわふっという大きな声が聞こえた。嫌な予感が頭を過ぎる。
「・・・バド?」
恐る恐る振り返ってみると、さっきと同じように尻尾を振り回しているバドがいた。ただ、さっきと違っているところが一つ。バドを門柱にくくりつけていたリードが外れている。
「ちょ・・・ちょっと待て、お前・・・」
おすわりからいつでも駆け出せる体制になったバド。もしかしなくても、今通風孔に飛び込んでいった小動物たちを追いかける気まんまんである。だがよく考えてみろと悠宇は心の中で目の前の大型犬に呼びかける。
「お前があの孔に入れるわけないし、それに」
言葉は続かなかった。自分のサイズをまるでわかっていないバドが思い切り、悠宇に向かって飛びついてきたからだった。自身ではイヅナたちの真似をしているのだろうが、そこから通風孔に飛び上がるより先にバドの重みで悠宇が潰れてしまった。
「わう?」
どうしてだろうと首を傾げるバド、その下で悠宇が
「どけ、バド!」
と、悲鳴を上げていた。

 結局、バドから脱出するのにかなり時間がかかってしまった。庭先で格闘したがために、髪も服もすっかり汚れてしまった。
「洗面所貸してもらうか」
開閉のたびにキイキイと音の鳴るあやかし荘の玄関を開け、サンダルを脱いでスリッパを探す。だが、下駄箱の中にはいわくありげな草鞋が一足ぽつんと置かれているのみで、仕方なく悠宇は裸足で廊下をぺたぺたと歩いた。
 あやかし荘へはあまり来る機会がないので、洗面所がどこかよくわからなかった。うろうろと歩いているといきなり脇の部屋から、ちらりと見えた内側は台所のようだった、日和が飛び出してきてぶつかりそうになってしまった。
「きゃ」
「危ねえ」
とっさに悠宇は白い腕を掴もうとしたのだが、自分の手が汚れているせいでためらってしまった。日和もはっきりと見てしまった、悠宇の手の甲になぜかバドのものらしき足跡がくっきり浮かんでいるのを。
「どうしたの?」
「いや・・・なんでもない」
恥かしくて素直には語れないアクシデントだった。理由は聞くなという目で洗面所はどこかと尋ねる悠宇、日和は首を傾げつつあっちよと突き当りを指さした。
「あ!」
しかし悠宇は洗面所ではなくその脇の壁を見ていきなり大声を上げた。あんまり突然だったので、日和は飛び上がりそうになってしまった。
「な、なに?」
「ここにも孔が空いてやがる!」
「あな?ああ、通風孔ね」
さっきも言った通り通風孔は天井裏にくまなく張り巡らされている。一階のどこを見上げても、四角い格子がちらつくほどだった。しかし入口から出口までは曲がりくねったパイプが伸びているだけで、磁石でもなければすぐに方角を見失ってしまう。ちなみに台所からまっすぐに伸びている通風孔は外へ繋がる一本のみで、だから泥棒たちは庭からの侵入手段を取ったのだろう。
「あのちび共、絶対捕まえてやる」
「捕まえるって、嬉璃さんがどうしたの?なにかしたの?」
もしかして汚れているのも嬉璃さんのせいなの、と日和は訊ねる。いやこれはほとんどお前の飼い犬のせいだとは言えずに悠宇、洗面所から嬉璃専用の踏み台を運んできて通風孔の中を覗きこむ。もしも手の届くところに泥棒の一味がいれば、とっ捕まえてやるつもりであった。
 しかし。
「・・・くくっ・・・」
一体なにを見たのか、悠宇は通風孔に顔を近づけるなり笑いを堪えるように手の平で口を覆ったのであった。
「どうしたの?」
「日和、見てみろ」
悠宇は踏み台を降りて、日和に変わる。長身の悠宇なら一段上がれば通風孔には充分目が届くのだが、少しだけ背丈の足りない日和は二段登って少し背伸びする必要があった。落ちるなよと心配されながら日和が見た、その光景とは。
 通風孔の中に色とりどりの発光するドミノが散らばっていた。ところどころに三個、四個と並んでいるのだが、特に長い行列が台所への侵入口を阻むかのように立ちはだかっている。
 邪魔な部分だけ取り除いてしまえばいいものを、なぜか孔の中の動物たちは、落ちてるドミノを全部拾い集めては、ドミノが繋がるようにとせっせと並べている。しかし動物の手では慎重な作業が難しいらしく、いくつか並べてしまうとついうっかり、尻尾やなにかで倒してしまうのだ。
「きゅー」
ぱたぱたぱた、と倒れるドミノを見て悲しそうに鳴いたののは末葉だった。あの子、こんなところにいたのねと日和。
「ドミノなんてどうでもよいのぢゃ、台所へ行くのぢゃ」
怒ったように嬉璃が手足をじたばたさせるのだが、その振動でまたドミノが崩れる。白露は熱心に並べていた列が崩壊して、不服そうに尻尾が膨らませる。
「静かにしてくれよ、集中できねえだろ」
「きゅー」
大真面目に嬉璃へ文句をぶつけているのはあれは、鼬姿の鈴森鎮と彼のペット、くーちゃん。そんなことをしている場合ではないというのが自分の側だということにはまったく気づいていない。
 なんて間抜けな泥棒たちだろう。日和は思わず応援したくなってしまった。笑い声が聞こえてはまずいだろうということで声を堪えている、真っ赤な耳へ悠宇が囁く。
「あいつらの侵入を、手伝ってやったんだ」
すると日和は珍しく、からかうような口調で訊いた。
「それじゃあドミノも手伝ってあげたら?」
いいやと悠宇は首を振る。
「あんまり手伝っちゃ、日和の邪魔になるもんな」
またドミノが倒れ、下敷きになる自分たちのペットを見ながら二人は笑いを押し殺した。

「お茶の時間にしますよーっ!」
恵美の声は台所から廊下を通り、玄関にまで達したらしくバドがわんわんと返事をしていた。もちろん、天井裏の通風孔へも聞こえたのだがそこから返ってきたのは音にびっくりしたイヅナたちが一斉にドミノを倒してしまった嘆きの声であった。
「ああ・・・」
鎮は大きなため息。また最初からやりなおしだと思った。が、赤いドミノを持ち上げようと手を伸ばしたらいきなりドミノが消えてしまった。一枚だけではない、全てのドミノがだ。
 泥棒たちを阻んでいたドミノは、斎藤智恵子が魔法で出したものだった。智恵子が魔法を解いたからドミノも消えてしまったのである。そのときちょうど通風孔の出口を覗いていた末葉がバランスを崩して格子の隙間から転がり落ちた。
「きゅっ!」
末葉を捕まえようと身を乗り出した白露も落ちた。鎮はくーちゃんと顔を見合わせ、
「俺たちもやっとくか」
「きゅう」
そして二匹も後に続いた。残ったのは嬉璃一人。嬉璃も出たいのだが、格子の隙間を通れる大きさではなかった。
「・・・・・・」
庭のほうへ戻ろうか、どうしようか。助けを求めるのは簡単だが、お菓子を奪いに来た者としてはあまりにも情けない。通風孔の寸前にまで近づいてはみたものの、また下がろうかと迷っていると、いきなり目の前に大きな手が現われた。
「な、なんぢゃ?」
嬉璃が目を丸くしている間に大きな手は格子の四隅に留めてあったネジを外し、格子を取り除いてしまった。そこから出てきたのは、悠宇の笑顔。目の端からはイヅナと鼬を抱いている日和が見えた。
「お菓子の時間にしようか」
テーブルには嬉璃の分まで数えたお茶とお菓子が用意されていた。思わず頬が赤くなったが、ついつい意地っぱりが先に立つ。
「いやぢゃ」
わしはあくまで忍ぶのぢゃ、と嬉璃は亀のように首を引っ込めてしまった。意志に反するように、嬉璃のお腹がくるると鳴った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回はいろんな視点からの話を書かせて頂きました。
皆様全員のノベルをお読みいただければ、
いろんな事情が見えてくるかもしれません。
このノベルで実は一番楽しかったのが
「バドくんに人間が押し潰される」
というものでした。
悠宇さまにとっては、災難だったかもしれません。
最後の、嬉璃ちゃんを助けてあげるところは悠宇さま
らしいという気がするのですが。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。