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藍玉 ＋ 勇気 ＋
☆ ★
この間は上履きが中庭にポツリと捨てられていた。
その前は教科書が、筆箱が、忽然と姿を消した。
あの日―――歌のコンクールの日以来、周囲の反応はスッパリと２つに分かれた。
仲良くしようと声をかけて来てくれる子、それが気に食わなくて・・・何かしらの行動をとる子。
友達が出来たから、自分にほんの少しだけ自信が出来たから・・・
目を合わせることは、怖くないことだって分かったから。
だから・・・・・・・・・・
「私、ちゃんと・・・言おうと思うの。もう、こう言うことヤメテって」
「でも鏡花ちゃん・・・」
「ずっと、ずっと・・・逃げてばかりだったから」
「でも・・・」
「こんなのおかしいもん。人のもの、捨てるとか・・・イケナイよ・・・」
「そうだけど・・・」
「きっと、ヤメテって言えば、ヤメテくれるよ」
淡い期待を胸に、屋上に向かう。
きっと話せば分かってくれる・・・だって、友達になれるかもしれない、そんな思いがあったから・・・。
けれど、何事も・・・そう、上手くはいかないんだって・・・思った・・・。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
神聖都学園の廊下を、１人の少女が走っていた。
ふわふわの猫毛を揺らしながら、誰かを必死になって捜しているらしい。
その鬼気迫る顔が放って置けなくて、声をかけた。
「あ・・・コンクールの・・・！あの！大変なんです！鏡花ちゃんがいなくなって・・・！ずっと鏡花ちゃんをイジメてた子に、はっきり自分の意志を話すんだって言って・・・もう放課後なのに・・・帰って来ないんです！」
見れば窓の外は既に夕闇に染まっており、少女はしきりに時計を気にしていた。
どうやら何か予定があるらしい。
鏡花はこちらで見つけるから、帰ったほうが良いとやんわり言葉を向けると、少女は困ったように視線を彷徨わせていたが、暫くしてから「お願いできますか？」と恐る恐る口を開いた。
聞けば、近所の子の勉強を見ているらしい。家庭教師なんて立派なものではないけれど、あちらのお母さんに頼まれて・・・そう言って苦笑する少女は、かなり可愛い顔立ちをしていた。
少女と別れた後で校内を捜す。
トントンと階段を上り・・・屋上へと続く扉にはこちら側から鍵が掛かっていた。
鍵を外し、中へと入る。既に空は夜に染められており、暗い・・・そこには星が散りばめられていた。
鏡花がフェンスに寄りかかり、じっとこちらを見ている。その瞳は限りなく濁り、まるで人形のようだった・・・。
「助けに来てくれて、有難う御座います。・・・でも、私・・・今日は帰りたくないんで・・・。１人で帰ってください。私、１人でいます。・・・帰って・・・！！」
今にも泣き出してしまいそうな声だったが、それでも・・・強い拒絶を含んでいた。
★ ☆
なにがどうなってこうなってしまったのか、オールド スマグラーには因果が良く理解できないでいた。
あれほどまでに明るく笑って分かれた歌のコンクールの日から数日しか経っていないにも拘わらず、鏡花は再び昔の鏡花に戻ろうとしていた。
それは、進むスピードよりも早い・・・。
頑張って進んだ道は、一瞬で元に戻ってしまう―――――
「鏡花・・・？」
「何ですか？」
呼びかけてみたものの、その先は言葉が続かない。
鏡花の拒絶の瞳は鋭く、淡い色は闇の中で鮮烈に輝いていた。
銀色の髪が風を受けて大きく膨らむ。
初夏ともなれば日中は日差しが厳しいが、夜になると急激に静まり返る。
風は熱気を帯びているものの、時間が経つにつれて冷たいものに変わりつつある。
「何があったんだ？」
「勝手にに扉が閉まってしまったんですよ」
素っ気無い言葉は、決して嘘ではないのだろう。
勝手に扉が閉まってしまったと言う言葉は、無論鏡花の側から見ての状況を淡々と語ったに過ぎない。
そして・・・扉が独りでに閉まるなんて事はあまり考えられない。
ご丁寧に鍵まで掛ける扉も最近ではあるが、学校の屋上にわざわざオートロックの扉をつけるとは思えない。
誰かが作為的に鏡花を学校の中で最も天に近い場所に閉じ込めたのだ。
「誰が・・・」
「心当たりが多すぎて、分かりません」
苦笑しながらそう言うと、フェンスにもたれかかって空を見上げた。
星が儚く輝くその隣、月が艶かしいほどに白く光っている。
満月と言うにはほんの少し足りない、どこか半人前の月だった。
「どうして・・・前に進もうなんて思ってしまったんでしょうね」
「？」
「今のままを望んだのは他でもない自分だったのに、どうして先に進もうとしてしまったんでしょうね。こんなことになるくらいなら、あの場に留まっていたかったのに・・・」
後悔とも悲しみともつかぬ口調は溜息交じりで、遠くから聞こえて来る車の音に掻き消されそうになるほどに小さな声だった。
オールドはどう言ったら良いのか、皆目見当がつかなかった。
そんな事はないと、声高に言い張れる・・・そんな人物ではなかった。
鏡花が歩んで来た歴史は、鏡花にしかわからない。
それをオールドは聞いていない・・・そして、その片鱗すらも感じることが出来なかった。
ただの大人しい子だと、そう思っていたのだから―――――
「私・・・今、従兄妹の家に引き取られているんです」
「あぁ・・・」
「両親、行方不明なんです」
サラリと、事も無げに発した言葉は深くオールドの心に突き刺さった。
行方不明なんです・・・それは、事実をただ述べた。そんな口調だった。
そこには感情は一切なく、まるで自分の親の事ではないかのように・・・遠い、誰か知らない人の事のように・・・。
「乗っていた飛行機が墜落したんです。結婚記念日で・・・海外に、泊り掛けで行っていて」
「墜落・・・って・・・」
「遺体が見つかってないんです。だから、行方不明。両親の他にも何名かいらっしゃるようですけれど」
クスリと音を立てながら笑う、その表情は今まで見たどんなモノよりもゾクリとさせた。
それは、丁度良い感じで鏡花の背後に月が重なっていたからだとか、その時一陣の風が髪を乱れさせたからだとか、そんな簡単な恐怖ではなかった。
大人しいと思っていた少女が見せた、芯からの強さと・・・絶望を含んだ諦め。
「鏡花・・・？」
「私、貴方に会えて良かったって思います。凄く・・・凄く」
まるでお別れの挨拶のように、鏡花の顔はどこか晴れやかだった。
しかし、それはあまりにも痛々しい・・・無理をしているとすぐに分かる、作り笑顔だった。
「オールドさんは優しいし、お話していて楽しいし」
「そう・・・か・・・？」
「今の私がいるのは、過去の自分がいるからで、両親のことも・・・全部、今を作るためのモノで・・・」
鏡花が何を言っているのか、何を言いたいのか、オールドには良く分からなかった。
ただ、鏡花の瞳がだんだんとオールドの向こう、何もないはずの闇を見始めていると言う事に気がついたのはそう遅い段階ではなかった。
オールドの体を突き抜け、どこか遠くに視線を彷徨わせる鏡花。
淡い青色の瞳が揺れる。
そこには何も映っていないけれども―――――
「でも、ソレをやっていては先に進めないんだって分かったんです。私は思ったほど強くはなくて、どうしても明るい気持ちになれなくて、クラスで浮いた存在になって」
誰だって、両親が行方不明になってしまえば塞ぎがちになるだろう。
確かに、不安や悲しみを背負っても、人は笑うことが出来る。
それでも・・・心の底からの笑いはわきあがってこないだろう。どこかで引っかかるコトは痛く、棘のように感情を圧迫する。
鏡花は素直すぎたんだと思う。
素直な感情を押し殺して偽りの笑顔を浮かべることが出来なかったのだ。
それは弱くもあり、また・・・土壇場では強い力を発揮することが出来る・・・。
「オールドさんに会って、少しは明るくなれるかなって・・・思ったんです。友達も・・・頑張り次第で出来るんじゃないかなって」
現にそれを鏡花は実行した。
友達を作り、イジメていた相手に・・・話せば分かってくれると、淡い期待を持って。
けれどそれはあっさりと裏切られたのだ。屋上で１人、オールドが来るまでの間何を考えて座っていたのだろうか？
「友達、出来るさ・・・絶対」
「えぇ、努力します」
キッパリと鏡花はそう言い放つと、立ち上がってスカートについた埃を手で払った。
オールドはそんな鏡花の言葉に、驚きを隠せなかった。
もしかしたら・・・以前のような暗い鏡花に戻ってしまうかも知れない。
そう考えていたオールドだったのだが・・・現実は、もっと悪い方向へと進もうとしていた・・・。
「暗いものを背負っているから、暗くなっちゃうんですよ」
「は？」
あっけらかんと言われた言葉の意味が分からずに、零れた言葉は間の抜けた音を伴っていた。
「ソレを全て置いてしまえば、前に進むのに・・・楽になります」
鏡花はそう言うと、深々と頭を下げた。
銀色の髪が肩から零れ、スルスルと流れ落ちる。
「今日までの私ともう会うことはないと思います。でも・・・明日から、私・・・」
顔を上げ、一瞬だけの笑顔を浮かべると鏡花はオールドに背を向けた。
「私、貴方の事嫌いになります。だって・・・昔の私を知っているんですもの・・・」
「鏡花！！！」
開け放たれた扉の先、漆黒の闇に沈む階段を下りていく。
コツコツと、乾いた音を立てて・・・足音が遠ざかる・・・。
今日の鏡花も明日の鏡花も、同じ１人の人間だと言うのに・・・。
・・・そんなに、人は急には変われない。
けれど、鏡花の瞳は決意を含んでおり、きっと―――鏡花は変わるだろう。
今までの自分を捨て、新たな自分として。
悲しいこと、辛いことを全て放棄して・・・上辺だけの笑顔を浮かべ・・・
鏡花の心の奥底、その人格を支えていたモノがプツリと切れてしまったのだと思う。
それはギリギリのところで何とか鏡花と言う人物を繋いでいて・・・モロクなっていた、それは・・・今日、音を立てて切れた。
そして、鏡花は・・・悲しい、選択をしたのだ―――――
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
6082 / オールド スマグラー / 男性 / 999歳 / 炭焼き職人 / ラベルデザイナー
NPC / 沖坂 鏡花
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『藍玉 ＋ 勇気 ＋』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。（ペコリ）
藍玉も残すところあと２回となりました。
あと２回・・・オールド様はカッコ良い路線で行きたいと思います！（笑）
最後、鏡花が嫌いになると言っていますが・・・
今回も楽しいプレイングを有難う御座いました☆
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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