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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


『誰もいない寝台列車』



「…よう…お前もか?」
 調査から帰還する途中の寝台列車で、ふと目が覚めると、いつの間にか草間が寝巻きから着替えていた。なんだ?もう東京か?だが、窓の外に見える景色は闇ばかりで、何一つ見えはしない。街灯も、星の明かりも、何一つ。
「俺以外にもここに来た奴がいてくれて、よかったと思うべきか…いや、不運なのかもな…」
 草間は若干蒼ざめた顔をして微笑みかける。何か起こったのか?
「わからないか?見てみるといい。この列車…俺たち以外、誰も居ないんだ」
 草間の周り、縦三列に並んだ寝台。それは彼によってカーテンを開け放たれていた。その中には、荷物やつい今しがたまで人が寝ていた形跡のある布団が置いてあるが、何故かベッドの主はいない。
「乗ったときは、結構いたろ?修学旅行の高校生とか、登山者っぽい爺さん婆さんとか…全部いない。いつの間にか。ただ、時々、車両の向こうに黒髪の小さな女の子の影みたいなのが見えるんだが…」
 どういうことなのか。誰かが降りたような気配はなかった。列車が停まった気配も。黒髪の少女とは?
「いなくなったというより、俺たちの方が妙な事態に晒されてるんだろうな…。零の奴がこんな書置きまで残してた。とにかく、一緒に調査と行こうぜ。嫌な予感がする…」
 見れば、零もいつの間にか姿を消している。これは、自分たちよりも先にこの電車に取り込まれたと言うだけだろう。それは、書置きを見れば一目瞭然だ。
『悪意ある霊気と…救いを求める心を感じます。皆さん、気をつけて――』
 誰も居ない寝台列車の中、不気味に走る音だけがこだまする。どこへ向かっているのか。その音は、どこか自分たちをせせら笑っているようにも感じられた…――



■午前二時十分

 九条・宗介(くじょう・そうすけ)は、草間の事情説明を聞き終わると、眠たい目を擦って彼の顔を見た。
「えぇと…事情はわかった。で、まず何で鼻血が出ているのかから聞かせてもらいたいのだけれど」
 見れば、草間は鼻っ柱を真っ赤になったティッシュで押さえつつ、むすっとした顔つきで突っ立っている。
「そこの野郎の寝台開けたら…」
 右手で鼻を押さえながら、後ろに向けて草間が親指を立てる。同時に、一つの寝台を覆っていたカーテンが開き、端整な顔をした黒スーツの女性がひょいと床に降り立った。同時に、彼女の肘がごつっと音を立てて草間の後頭部を叩く。
「私は女だ」
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)はそう宣言して、ぴっとスーツの襟元を正した。
「そもそも私の『影』で帰っていればこんな目に遭わずに済んだんだ。この怪奇体質め」
「…どっちにしろ、怪奇現象だろ…」
 草間は慣れているのか叩かれた頭を擦りながら、しかし視線はこちらに向けたまま言った。
「…まあ、ともかくこいつがキャミソールにパンツ一丁で寝ててな」
「ははあ…。女性にも色々な性質を持つ人間がいるからね。殴られたことが性別を否定する動機になると考えるのは面白い思考の飛躍ではある。しかし…――」
「…うん。お前に話した俺が悪かった。許してくれ」
 草間はそう言って自分の話を切った。共に列車に乗っていた面々は皆、顔を揃えている。冥月が出遅れたのは単に自分の直前に起こされた後、服を着替えていたからだろう。
 すでにスーツ姿で零の書置きを睨んでいるのは、シュライン・エマ。草間興信所の事務員で、言うなれば彼の右腕だ。尤も、宗介の目には右腕の方が有能に見える。それを証明するかのように、彼女は切れ長の目を持ち上げると、すぐにこう言った。
「零ちゃんの性格なら、『救いを求める心』っていう方に向かいそうね。その心と話せればこの現象についても聞けると思うんだけど、どうかしら、武彦さん」
「…ん?何でだ?」
 宗介は適当にジャケットを羽織り、面倒くさいからと普段着から上着を脱いだだけの格好で寝ていたことに感謝した。しながら補足した。
「悪意という言葉が、他者に害を成す、という意味だと仮定しよう。救いを求める『心』がその『悪意』に勝る力を持っているのなら、そもそも論理が成立しない。救われる必要が無いからね。情報が少ない中では推測になるけれど、その『心』もまた、『悪意』の脅威を受けているという推測をするのは容易い…」
 そこまで話して、宗介はタバコが無いことに気付いた。ぽかんとこちらを見る草間のポケットにひょいと手を伸ばしながら続ける。簡単な話だから、スムーズに話してしまえ。
「…この状況に僕らを引き込んでいるのが、『心』が救いを求めてのことなのか、『悪意』の仕業かはっきりしないまでも、両者の間には何らかの関係が成立している可能性が高い。片方に接触することでもう片方の情報も得られると考えるのも自然なこと。それならば、交渉が容易そうな方を選択する。当然の帰結じゃないかな」
「まあ…そんなところね…。ちょっと入り組んだ説明だけど」
 シュラインが苦笑しながら言う。入り組んだ説明?単に一つ一つ意味を追っていけば、話は一本の線に繋がるじゃないか。どこにも複雑なところはない。が、草間と冥月は意味不明といった表情でぽかんとしているだけだった。
 と、宗介は言い忘れていたことを思い出した。
「ああ、そうだ。タバコもらったよ。とりあえず、吸っていいかな」
「あ、ああ…どうぞ」
 ようやく言葉の意味が理解できたという顔をして、草間が頷く。ライターを受け取っているうちに、自分の隣に立っていた背の高い黒スーツの男…ジェームズ・ブラックマンが、静かに携帯電話を閉じた。いつの間にそこにいたのか、全くわからなかったが。
「…まあ、予想はしていましたが通じませんね。異空間の中で電波が届いたら、むしろそちらの方が怪奇現象でしょうが」
 穏やかな顔で、ジェームズが言う。ふむ…非常識の中で常識が発生すれば、それはまた非常識…コインの裏表のようなもの。面白い発想とユーモアだ。
「まあ、そうよね。この空間には電波塔なんかないだろうし…。冥月さんの方は?『影』を伝っての跳躍は出来る?」
「いや…空間が押さえられている感覚がする。探知は出来るが…。この空間自体が私の異空間と同じような雰囲気だ。何者かが創り出している場所なのかもしれないな」
「異空間の中に異空間は開けないということですか。ふむ…では、ミス・黒。影を探知する力で、この空間に限界を見出せますか?果てはあるでしょうか?」
「さあな…この列車外にはそもそも影がない…ように感じる。私の能力はあくまで『影を操る』ことだからな。影がなければ探知は無理だ」
 興味深い…。異空間とはどんな原理で成り立っているのだろう。それの解釈を続けるのも面白そうだ。が、まあ、優先して考えることではないか。思考の二層に回して、表層で状況の解釈を続けよう。多重思考が出来るのは生まれ持った幸運な特技だ。
「三葉君は?共感能力を持つと聞いたけれど、何か情報は掴めるかな?」
 宗介が言葉を掛けた先で、外を眺めていたのは三葉・トヨミチ(みつば・とよみち)。小劇場系の劇団代表を務める脚本家で、人付き合いの悪い宗介としては根本に似た物を持つ芸術家同士、一番話しやすい相手だった。
「悪意ある霊に救いを求める心、ね…」
 こちらへと向き直りながら、トヨミチが静かに言う。
「…共感出来るかい?」
「いや…俺の共感能力は対象が目の前にいないと成功確率が低いからなあ…」
 彼は演技者の枠を超えた、超能力然とした共感能力を持つ。影を操る能力を持つ冥月はとてつもなく強力な超常能力者だが、この車内で彼の能力はある意味それ以上に心強い。冥月の能力は影の『物質化』であるから、亡霊には効果が薄いだろう。
「ともかく、ここでじっとしていても仕方ない。行動を起こすとしよう」
 その冥月が言い、触発されるように全員が視線を絡ませあう。
 やれやれ。それにしても妙なことに巻き込まれたものだ…――
 しがない三文小説家は、何層にも並行して思考が出来る特技の深いところで、この体験は話のネタになるかと考え始めていた。



■午前二時二十五分

「それにしても、どうしてこんなことになったんだか…」
 頭を抱えて呟く草間に答えるように、宗介が静かに呟く。
「神秘は神秘を引き寄せる。僕らが引き込まれたのも、おそらく偶然ではないんだろうね」
「どういうこった?」
 肩をすくめて思いついたことを流れるように説明しはじめる宗介を無視して、シュラインは冥月に向き直った。宗介が考えることは興味深い事柄が非常に多いが、大体が役には立たない。彼に捕まった草間は、ちんぷんかんぷんといった表情で、話を聞き流していた。
「冥月さん、影の探知で零ちゃんを探せる?」
「…車両が離れると途端に力の拘束が強くなるな…。難しい。が、探知だけならやれないことはなさそうだ」
「続けて。零ちゃんと早く合流しないと」
「さきほどミスター・草間が言っていた『黒髪の少女』とやらも、探していただけるとありがたい。見付からないかも知れませんが、それはそれでその子に実体がないということ。亡霊であるとわかる」
 ジェームズの提案に頷く冥月から目を離し、シュラインは皆に向けて口を開いた。
「寝台列車って今は二段が普通よね。三段ってことは、この列車って意外と古いのかしら?ということは、何か曰くとかあったりするかも知れないわ。誰か、この列車にまつわる事故とか事件とか、知っている人はいない?」
 ふと、草間に自論を展開するのに夢中になっていた宗介がぴたりと話すのをやめて、こちらに向き直った。
「そういえば…。型番を見たわけではないからこの列車かどうかはわからないけれど、昔、これと同系の車種で起こった事件ならば一つ覚えているよ」
 シュラインは内心驚いた。一応、聞くだけ聞こうとした程度の案だが、意外にも活路が見出せるかも知れない。
「何年か前…同系の列車を、狂信的なテロリストがジャックしたことがあった」
「テロリストが列車ジャック?何のために?結果としてどうなったんだい?」
 トヨミチの問いに、宗介が首を振る。
「目的はわからない。結果を出す前に死んだんだ。彼はジャックしたことを悟られないように、夜間に運転室に押し入り車掌を気絶させた後、列車のコントロールを握った。しかし列車には何かの捜査帰りの警察官が幾人か乗っていたらしくてね。彼は銃撃戦の後、射殺された。列車のコントロールは取り返され、車掌も救助されたそうだよ」
「ということは、犯人意外に犠牲者は出ていないの?」
「ああ……いや、違うな。思い出した。彼が乗務員スペースに入り込むのを目撃した人物が一人いて、彼はその人物を射殺したんだ。それで気付かれた。彼は警官が乗っているとは思っていなかったんだろうね。犠牲者はその人物一人だよ」
「それって…どんな人?覚えてる?」
 宗介はしばし茫洋とした目つきを虚空に泳がせると、頷いた。
「……八歳の女の子だ」
「…それだわ。黒髪の少女…この列車ね」
 シュラインはトヨミチに視線を移した。列車そのものに思念が宿っていれば彼はそれを感じ取れるはずだ。
「任せてくれ。やってみるよ」
 シュラインが何も言わないままなのに、トヨミチは頷くと静かに目を瞑って寝台を優しく撫でた。愛しいものを愛でるように横に手を動かし、戯曲の中で臣下が王に跪くように膝を折って…彼は目を開き立ち上がった。
「この列車だね。銃撃戦のヴィジョンと…おかっぱの黒い髪にピンクの服を着た女の子の姿が見えた。ただ列車そのものは、鮮烈な事件を残留思念として記憶しているだけに過ぎないみたいだ。そのテロリストや女の子が考えていることまでは読めないなあ…」
「上出来よ。これで『悪意』はそのテロリスト、救いを求める『心』はその女の子の可能性が大になったんだし。頼れる味方がいてよかったわ」
「「どうも」」
 宗介とトヨミチの声が重なり、二人は困惑気味に目を向けあった。シュラインが吹き出しそうになったとき、冥月がこちらに向き直った。
「…盛り上がっているところ悪いが、零がいたぞ。今は六号車で、じりじり前に向かっている。その女の子とやらは姿が見えない。まあ、死んでいるのなら当然だろうがな」
 冥月はそう言うと言葉を切り、覚悟を聞くように一呼吸置いた。
「とりあえず、この状況は気に喰わないな。私は前に向かって列車を止めに行く。途中で零を拾おうと思うが…」
 その提案を受けて、ジェームズが問いただすようにシュラインに目を向けた。いつの間にやら、この会議で議長役を務める羽目になっているようだ。
「ここは手分けをしましょうか?」
 ジェームズの問いに、草間までがこちらの指示を仰ぐように目を向けてしまっている。…全く、こういうときに頼りなかったりするんだから…。
 ともかく思案のしどころだ。救いを求める少女…宗介が先ほど言ったようにテロリストと少女の間には力関係が成立しているだろう。少女の方が下なのは確実だ。とすれば、少女の霊は車両後方に潜んでいるのではないか?テロリストの霊は恐らく前部運転席に陣取っている。少女に接触するなら後方へ向かいたいところだが、零は前方…
「お考えになっていることはわかります。私は二方面に分かれて調査してみることを提案しますが。ここは十号車。何人かで後ろに向かっても、折り返せばすぐに合流できるでしょうし」
 しばしの思案の後、皆が自分の指示に従う意志を持っているのを確認して、シュラインは断を下した。
「…危険かも知れないわ。まず全員で零ちゃんと合流しましょう」
 その一言で向かうべき方向は決まった。



■午前二時三十五分

 冥月は戦闘的な超常能力者ということで、全員の先頭を歩いていた。その後ろに草間と宗介、シュライン、ジェームズとトヨミチとぞろぞろ行列のようになって、列車の前部を目指す。
 ジェームズが最後尾からついていっていると、二回ほど、通ろうとした車両間のドアが突然閉まって開かなくなり、困惑して立ち往生を喰らった。シュラインが聖水を入れた霧吹きを幾度か吹きかけると、開くようになったが。
「…怪奇現象、ですか?」
 地味すぎる妨害に、ジェームズは首を捻った。
「一応、そうみたいね。警告かしら…?」
「警戒した方がよさそうだな」
 冥月が言う。
「通ったドアには一応、全部、聖水の霧吹きを掛けておくわね。それで通れなくなることはなくなると思うけど、そんなに強力なものじゃないから、過信は禁物ね」
 シュラインのそのセリフの後、それとなくジェームズは彼女の前を歩くことにした。何、聖水噴霧をするのなら、最後尾でやってもらった方がいい…。と、そんなことがあったものの、概ね何もなく彼らは『食堂車』と書かれたプレートの下を潜った。
「食堂車は確か、四号車だったね」
 宗介が周りに並べられた椅子と簡易な机を眺めながら言う。カウンターの奥には、各種のスナック菓子や、流し台、ステンレス製のフォークやナイフが並んでいる。特におかしなところはない。もちろん、窓の外が完全な真っ暗闇であることを除けば、だが。
「まだ零さんに会わないということは前に進んでいるのでしょうかねえ」
 ジェームズがそう言った瞬間、突如、全くの不意をついてそれは起こった。突然に背後で聖水を噴霧したはずの扉が、がたがたと揺れて水滴を蹴散らし、恐るべき速度でがたんと閉まった。
「危ない!」
 トヨミチがそう叫び、シュラインの襟を引っ張り込んだ刹那、ナイフが飛んだ。投げた者などどこにもいないのに。それは一瞬前までシュラインの頭があったところを駆け抜け、食堂車の壁に突き刺さると、びーんという振動音を立てながら停止した。
「…ん、一体どうし…――」
 振り返って事態に気付いた宗介と、足を止めたジェームズの間に開いた空間を押し広げるように、続けざまにそれは飛んできた。ステンレス製のナイフにフォーク、果てはスプーンまでが、引き絞られた弓矢のような速さで舞い飛ぶ。
「屈め!」
 ただし、食器が飛ぶ速さよりも、冥月が行動に移る方が速かった。冥月は影の中で、食器が蠢くのをいち早く察したらしく、猛り狂うポルターガイスト現象を地面から触手のように伸ばした『影』で即座に叩き落した。
「こっちへ!」
 そしてその防御を辛うじて潜り抜けた食器が、突然のことに逃げ遅れていたシュラインや宗介に突き刺さるよりも、トヨミチ、そして草間が彼らを車両の端へと引っ張り込む方が速かった。
「やれやれ…」
 ジェームズは小さくそう呟きながら、側にあった椅子を蹴り上げた。簡易な盾だが、ないよりマシだ。後ろでシュラインを連れ、下がり始めるトヨミチを援護するように、向かってくる食器をそれで受け止める。
「草間!九条!この車両から出ろ!」
 宗介と自分の間に出来た線は、互いがポルターガイストを避けるたびに広がりつつある。大急ぎでドアを開いて食堂車から抜け出した草間と宗介が安全圏へと脱する。冥月は取り残された自分たちの方へと向き直った。
「そっちの三人!こっちに来い!」
 冥月はそう叫んだが、しかし弾幕を潜り抜けて冥月のところまで辿り着く余裕はない。ジェームズも後ろにトヨミチとシュラインを抱えては、椅子を持ってくるくる回転しながら下がるしかなく、両者の距離はどんどん離れていく。
「くそ!」
 冥月が舌打ちして、こちらに走って来ようとした瞬間、草間と宗介が開け放ったはずの車両間ドアがひとりでに閉まり始めた。後方のドアと同じく。気がついた冥月は振り返って、ドアと壁の間に影のつっかえ棒を展開したが、閉まろうとするドアは凄まじい力でぎりぎりと影を押し潰しに掛かる。
「冥月!」
 前方の車両から草間が叫ぶ。ドアの確保に集中していたら、壁際に追い詰められつつある仲間を助けにはいけない。かといって、ドアを押し込むパワーからして、扉が閉まったら出る術はあるまい。このポルターガイスト現象の嵐の中に取り残されれば、いくら冥月とて弄り殺しにされるだけだ。
 おや、もしかして追い詰められましたか…?
 後ろではシュラインとトヨミチが必死に食器の乱舞を避けながらさがって行く。冥月はどうにかしてこちらに来ようとしてくれているようだが、ドアを確保しながらとなると、さすがに自分の防御で精一杯だった。草間と宗介が躍起になって閉まろうとするドアを引っ張っているが、焼け石に水だ。
 さあて…どうしましょうか…?
 ハリネズミのようになり始めた椅子を持って、回るように食器を避ける自分たちの後ろで、小さな音を立ててドアが開いた。かちゃりという控えめな音と共に、微かな声が三人の背に向けられる。
「こっちに…――」
 際どい状況をどうにか乗り越えながらも、ジェームズはその扉の向こうに人影が消える一瞬、確かに見た。黒髪の少女。熊のぬいぐるみを抱えた、小さな娘。あれが、車両を彷徨うもう一人の亡霊…?追い詰められかかった三人は、一瞬、開いたドアと冥月を見比べた。わずかな逡巡の後、トヨミチが冥月に向けて叫ぶ。
「前に行くんだ!」
 俺たちはあの女の子を追いかける。零を見付けてくれ。テロリストの方を頼む。そんな彼の『意志』が、口にされてもいないのに心に流れ込んできた。共感能力。
 …なるほど、心得ました。瞬間、ジェームズは椅子を放り出すと身を翻してドアに飛び込み、来た車両へと走った。
「黒君、急いだ方がいい…!」
 宗介が彼にしては切羽詰った声で、影を押し潰して閉じかかっているドアの隙間から冥月を呼んだ。冥月、ジェームズは互いに守っていた二人が後ろの車両に逃げ込んだのを確認して、それぞれ反対のドアの隙間に飛び込んだ。
 扉が閉まり、無数のステンレスが向こう側に突き刺さる音を響かせる。ジェームズは聖水をものともせず固く閉じたドアを振り返り、分断されたことを悟った。



■午前二時四十分

 後部車両に戻ったトヨミチは、共に身を翻した二人の無事を確認して、自分も息を整えた。突然のポルターガイストには驚いたが、ジェームズが意外なほど機敏な動きで食器を受け止めてくれたため、どうにかなった。シュラインは若干蒼ざめているものの無傷だし、自分もかすり傷を腕の先に負っただけだ。
「助かったよ。ありがとう」
「いえいえ…肉体労働はあまり得意ではないんですがね…」
 ジェームズは一度大きく息を整えると、自分よりも早く平常に戻った。
 トヨミチはその間に、食堂車へのドアを弄ってみたが、すでに動かなくなっていた。単に鍵が掛かっているとかではなく、結界のようなものでしっかりと閉じられているらしい。
「分断されてしまったようだね…」
「え、ええ…でも、考えようによっては好都合だわ…。向こうには冥月さんもいるし、もうすぐ零ちゃんとも合流できるはずよ。それにさっきの女の子、こっちに逃げていったもの。やっぱり、後ろに隠れてたんだわ。追いかけて話を聞ければ…――」
『生き延びたのか』
 シュラインの話を押し潰すように、野太い男の声が車両中に響いた。全員がハッと天井を見上げる。車内放送だ。テロリストの霊が、自分たちに語りかけている。
『しぶとい連中だ…。だが今度は、誰にも邪魔させない。必ず、殺してやるぞ…』
 短くも殺気を滲み出させるような放送は、それで途切れた。
「…全く、率直な放送ね…」
「ミスター・三葉。私にも共感能力があるんでしょうか?殺意がひしひしと伝わって来ましたが」
 皮肉げに口の端をゆがませてジェームズが肩をすくめる。ブラックユーモアを受けて、トヨミチは苦笑しながら応えた。
「素晴らしい共感能力だよ。完敗だ」
「どうも」
 …さて、しかし冗談を言い合っている場合ではない。
「さあ、エマ君の言うとおりだ。さっきの女の子を追いかけよう」
「何か共感できた?」
「一瞬だったからこちらのメッセージを伝えることは出来なかったけれど、感情は掴んだよ。怯えてる。テロリストにも、俺たちにも、ね」
「それでも勇気を振り絞って、私たちを助けに来てくれたというわけですか。これは返礼をしなければいけませんね」
「急ぎましょう」
「俺が先に行くよ。彼女へメッセージを伝えたい。俺なら敵じゃないことをすぐに伝えられると思う」
 戻り道、ドアは全て開いていた。シュラインの聖水噴霧のおかげか、それともこの異界の住人である少女が開けたのかはわからないが(恐らく両方だろう)、ともかく何の妨害もなかった。そしてふと、トヨミチは最初に自分たちがいた客車で足を止めた。
「…どうしました?」
 最後尾のジェームズが尋ねる。トヨミチは静かに一つの寝台に向けて出来るだけ穏やかに喋りかけた。
「…そこにいるね?」
 …長い沈黙。その後に、トヨミチがそこに近づこうと一歩を踏み出した瞬間、ふわりとカーテンが揺れて、その中をすり抜けるように黒髪の少女が走り出ると、きびすを返して逃げ始める。足音は聞こえず、また足元は見えなかった。
「待って!俺たちは敵じゃない」
 慌てて追いかける姿勢を見せた二人を左手で制し、右手を差し伸べるようにしながらその想いを訴える。少女はその声に反応して、ぴたりと足を(見えないが)止めた。
「敵じゃない。話をしたいんだ」
 膝を折り、彼女の目線まで姿勢を下げて、静かにメッセージを送信する。やがて少女にその想いが伝わったのか、彼女は熊のぬいぐるみ(尤もそれもヴィジョンに過ぎないだろうが)をぎゅっと抱きかかえた姿勢で、こちらを振り返った。
「……お兄さんたち、あのお姉ちゃんの友達?」
 頭の後ろで、シュラインとジェームズが顔を見合わせる。お姉ちゃん…恐らく零だ。彼女の言葉が伝えてくるイメージも、零の姿を脳裏に浮かばせる。先に接触していたのか。
「ああ…彼女の友達だよ」
 少女は静かにこちらを眺めるだけで何も答えなかったが、恐怖心は消えないまでも、警戒心が薄れていくのを感じて、トヨミチは落ち着いた声で話しかけた。
「話を聞かせてもらいたいんだ…いいかな?」
 白んだ少女の亡霊は、やがて小さく頷いた。



■午前二時四十八分

 彼女がいかにして死んだのか。その顛末はすでに知っている。それを彼女に伝えた後、三人は質問を始めた。
「…この異界の中で、救いを求めてた存在というのはあなたね?あなたが助けを求めて、私たちを引き込んだの?」
 シュラインの問いに少女は首を振った。
「…ここは悪夢なの。列車に残った、『あの人』の残留思念が生み出した、夢の中の列車よ」
 消え入りそうなか細い言葉。酷く大人びていて、とても八歳とは思えない乾いた響きが痛々しい。
「計画に失敗したあの人が創り出した空間…。普段は静かに現世の列車と重なって、私たちは眠ってる。でも『あの時』と似た状況で、列車の中に霊感が強い人が乗っていると、その人の夢を借りて動き出すの。あの人が描き出そうとしてた未来の姿をなぞるために」
「つまりここは、あのテロリストが果たしきれなかった自分の目的を擬似的に達成するために創り出した異界…ということですか?」
 少女は頷くと、静かに熊のぬいぐるみを下げた。その胸元にはピンクの洋服を真っ赤に染め上げるほどの血…――
 シュラインが息を呑み、ジェームズが微かに眉を動かす。トヨミチはため息をついた。
 何てことを。胸に走る痛み、詰まって濁った呼吸、口に溢れかえる錆の味…死ぬ瞬間の全てを、トヨミチは共感出来た。何てことを…。
 少女は感情の篭らない目で、静かにトヨミチを見詰めた。次にジェームズ、そしてシュラインを。
「あの人は私を殺した」
 そう言って少女は静かに胸の銃創をぬいぐるみで隠した。
「だから、仕損じたんだと思ってる。列車事故を起こす前に、私を殺してしまったから。だから計画が狂ったんだって」
「事故…?目的とは列車事故を起こすことですか?」
「よくはわからないけれど、あの人の目的はこの列車を脱線させて、大事故を起こすことだったわ。それで何かを訴えられると、あの人は信じてた」
「狂信的なテロリスト…ね。言葉通りだわ。でもあなたは…どうしてここに?何か未練があるの…?」
 シュラインの問いに、少女は黙った。今となってはトヨミチには全てがわかる。
「この子は、奴の復讐につき合わされているんだよ。この子がいなければ、計画は成功したと奴は信じている。彼女を逆恨みして、道連れにこの空間に閉じ込めているんだ」
 シュラインが眉を寄せて、ため息をついた。
「どこまでも酷い話ね…」
 辛い話に押し黙ってしまった少女の霊を気遣って、トヨミチはそれ以降の説明を自分がすることにした。本当は彼女に聞かせたくはなかったが、彼の共感能力はタイムリミットが恐るべき勢いで迫っているのを感じ取っていた。今はもう午前二時五十分ほどだが…
「…奴の計画通りに行けば、午前三時にこの列車は脱線するようだよ。この『悪夢の列車』は、夢の宿主となる人間の霊感の強さに比例して具現化する力を強めるんだ。単にちょっと霊感があるという程度なら、列車が脱線する悪夢を見るだけですむ。夢の中で奴の目的をなぞるだけで。ただ、今回の場合…――」
「宿主になったのは零ちゃんね。彼女の霊力の強さは並じゃない。テロリストはただの悪夢を、異界にしてしまうことが出来た。他者を巻き込んで、そのまま道連れにできるほど具現化した世界に…」
「その通り。この中で脱線事故とやらが起こったら、恐らく俺たちは道連れにされる。最悪の場合、現実世界がこの悪夢をなぞって、事故を起こすかもしれない」
「とすると、零さんはそれに気付いたのでしょうね。ですから、責任を感じて単独で行動を開始したのでしょう」
「事故を止める方法は?奴を倒せばいいの?」
 少女は静かに首を振った。
「あの人はもう、前の運転席のブレーキを壊しちゃってる。あの人をやっつければ、もうこの異界は蘇らないけれど、今回の事故は止まらないわ。あなたたちは異界の崩壊に巻き込まれて死ぬことになる」
「事故を食い止めることで脱出できるのであれば、後部運転席の緊急ブレーキは?機能が生きていれば、そこからでもブレーキを掛けられるはずですが」
「それでもあの人が残る。事故を止められれば、多分、あなたたちは現世に帰れるわ。でもあの人がいる限り、またいつか、誰かの夢を借りてここは蘇る。あの人は欲望を満足させるまで、道連れを求め続けるわ」
「最低の循環ね…」
「けれど、考えようによってはチャンスだ」
 トヨミチは言った。後ろ二人の視線が背中を刺す。
「…奴を倒した直後にブレーキを掛ければいい。同時に両方を片付けることが出来れば、俺たちは生き残り、奴を倒すことでこの子も解放できる。この悪夢も蘇ることは無い」
「ふむ…普通に考えれば無理のある話ですが、向こうには零さんがいる。彼女は事件の真相も、この子から聞いて知っている。ミスター・九条もいますし、同じ結論に辿り着くのは簡単なことでしょう」
「それに冥月さんがいるわ。彼女だったら、こっちがどう動いているか、武彦さんたちに知らせることが出来る…。影の探知でね」
 とすれば、あながち無理な話ではない。こちらが分断された仲間たちを信頼できるかどうかだ。
「後部の運転席へ急ごう。みんながテロリストの亡霊を片付けるまでは、待たなくちゃならないけどね」
 少女が暗い顔を上げて、トヨミチを見る。
「…すぐにブレーキを掛ければ、お兄さんたちだけでも助かるわ。私は…残るけど…」
「ご冗談を。先ほど、君には命を救っていただきましたからね。恩は返しますとも」
「助けてくれるつもり…?」
「そうしないと、またいつか同じことが起こるんでしょ?止めなくちゃ。さあ、行きましょ。三時まで、あと十分程度しかないわ」
 トヨミチらが立ち上がり歩き始めた後ろ。少女はしばらく無言で自分たちを眺めていたが、やがてその気配がついてくるのをトヨミチは感じた。



■午前二時五十六分

 全く、ここまで来て開かないなんて…!
 シュラインは徹底的に行われる妨害に怒りを覚えながら、もう一度ドアを引っ張った。まるで、一つの壁と化したかのように、それは動かない。聖水をかけようが、トヨミチ、ジェームズの三人で動かそうとしようが、それは変わらなかった。
 静々と自分たちについてきていた少女が言う。
「あの人がそれを塞いでる。邪魔をさせない気だわ」
「お嬢さん、あなたは私たちと違って、ドアを開くことが出来た。あれは一体?あの力で、この扉を開くことは出来ませんか?」
「私はこの異界の住人だから…あの人ほどじゃないけれど、影響力を持つわ…でも、これは無理。あの人の本気には逆らえないもの…だから何も出来ない。ごめんなさい」
「さっき君にあったお姉ちゃんや、俺たちの仲間が前の方にいるんだ。彼らが『奴』を倒せたら、ここは開くのかい?」
 少女は頷いた。
「…でもあの人は、自分の身をしっかり守っているわ。ここと同じく厳重にね…」
「武彦さんたちは、きっとやってくれるわ…。でも、こっちは、武彦さんたちが奴をやっつけた瞬間を見計らって、この先に飛び込んでブレーキを掛けなくちゃいけないのよね…」
 後部運転席の緊急用ブレーキを押さない限り、前方の仲間たちが奴を倒したとしても、自分たちがこの悪夢の中で死ぬことには変わりがない。
 四苦八苦しているうちに、残り時間はあと二分もない。ここの結界が解けた瞬間に飛び込んだとして、間に合うか?少なくとも、ブレーキボタンの目の前に誰かがスタンバイでもしていない限り、とても…
 ともかくどうにかして向こうに行く方法を…何か、何かないの?
「要するに『奴』がやられた瞬間を見計らって、直後にブレーキボタンを押せば、全てが解決する、と、そういうわけでしたね、ミス・エマ?」
 後ろから響くジェームズの声。焦りが募りながらも、シュラインは答えた。
「ええそうよ、でもタイミングがあうかどうか…もう誰かが中に入っていないと、とても間に合わ…」
「…ふむ、仕方ないな…。わかりました」
 突然、車内に暗い霧がふわりと漂う。何かが自分とトヨミチの間をすうっとすり抜けて言ったような感覚がして、二人は慌てて後ろを振り返った。
「ジェームズさん…?」
 見れば、今まですぐそこにいたはずのジェームズの姿がどこにもない。黒髪の少女が、静かに彼がいたところを見守っているだけだ。どこへも行きようがないはずなのにどうして?
「あ…ねえ、彼は…――」
『私がやりましょう』
 少女に話しかけようとした瞬間、自分たちの後ろから響いてきた声。ジェームズ…?驚いて、運転席へ通じるドアに向き直る。甲高い革靴の音がドアの奥に響くのを聞いて、トヨミチとシュラインは目を合わせた。
「どうやって中へ?」
 トヨミチは辺りを見回し、天井にある小さな通風孔を見た。あそこからか?とても人が通れるような大きさではないが、それ以外には…
「さあ…。でも、ここからは彼に命運を託すしかないようだね…」



■午前二時五十八分

 暗い霧の中から乗務員スペースに降り立ったジェームズは辺りを見回した後、後部運転席へと歩を進めた。
 なるほど、奴が厳重に守っていただけある…――
 列車のコントロールを操作する場所であるだけに、立ち込める霊気は桁違いだ。まともに電気も点いておらず、非常灯の寂しげな灯りだけが薄暗い闇を照らす。静かな場所だ。あと数分もせずにやってくる崩壊の気配など微塵も感じさせない。
 ドアの向こうでうろたえる仲間たちに向けて、自分に任せるよう指示を出すと、ジェームズは革靴の底が気持ちよく反響する音を聞きながら、運転席へのドアを開けた。どうやら奴は乗務員スペースに入る入り口だけを閉鎖しておけば十分だと思っていたらしい。
 非常用ブレーキはそれなりに目立つところにあった。カバーの掛かった押し込み式のボタン。後はタイミングを見計らってこれを押し込むだけだ。冥月、宗介らが上手い具合に始末してくれることを祈るしかない。その瞬間を逃さずに捉えられるといいが…。
 静かに走行音を立てながら虚空を進む列車。風の唸りのような音を聞きながら闇を眺めていると、いつの間にかあの黒髪の少女が隣にやってきていた。
「…おや?来れたのですか?」
 ジェームズは運転席に座りながら、静かに聴いた。
「来るだけなら…私は、何も動かすことはできないけど…。でも、そんな私でも手伝えることがあるから」
「手伝いに?」
「あの人が消えれば、私にはわかるから」
「ああ、そうか。それは重要だ。お知らせを頼んでいいですかな、お嬢さん?」
 少女は頷いた。ふと、ジェームズは彼女に言い忘れていたことを思い出した。
「そうだ。私がどんな手品を使ってこの中に入ったのかは、仲間たちには内緒にしてくれるかな」
「…あれは手品?」
「普段は誰にも見せないんですが、君にだけは披露してもいいと思いましてね。君は命の恩人だし、多分、もう会えないでしょうから、特別ですよ」
 そう言って微笑むと、彼女も微かに微笑み返した。
「優しいのね、みんな…ありがとう。怖がったりしてごめんなさい」
「成功したら、君が礼を言っていたと、みんなにも伝えておきましょう」
 頷いた少女。しばしの沈黙。刹那の静寂。そして、別れを告げる一言が彼女の口から漏れる。
「今よ。あの人が消えたわ…――」
 ふむ。さすがだ、友よ。
 ジェームズは頷くと同時にカバーを割って、その中のボタンを押し込んだ。甲高いブレーキの音が虚空に響き、背中が運転席に押し付けられる。息がつまり、何故かふっと意識が遠くなっていく中で、ジェームズは側にいた少女が静かに消えるのを見た。



■午前四時二分

 がばっと跳ね起きたシュラインは、後一歩で低い天井に頭を打ち付けるところだった。

 ――…寝台?私は確か、後部の乗務員スペース前に…

 直前に何をしていたのかを思い出そうとして、列車に急ブレーキが掛かったのを感じた瞬間、跳ね飛ばされるような圧力の中、ふっと意識が遠くなったことを思い出す。続けざまに、誰もいない車両、闇に包まれた外界、巻き起こる心霊現象、暗い眼をした少女の姿を思い出し、慌てて小さな窓から外を見る。
 静々と空が白み、田畑や家々が横に流れていく風景が目に入って、シュラインは安堵のため息を漏らした。それと同時に、仲間が全員『こちら』に戻ってきているのか不安になって、急いでカーテンを引きあける。
 同じことを考えたらしい仲間たちが、次々にカーテンを引きあけて廊下に降り立つところだった。宗介、トヨミチ、冥月、ジェームズ…そして草間と零。
「…全員、無事か?」
 草間が言う。思い思いの返答が返り、シュラインは安堵のため息を漏らした。
「戻ってきたってことみたいね。悪夢から現世に…」
「あの女の子は?無事に…成仏しましたか?」
 不安げに零が尋ねる。そう言えば、いつの間にか彼女は消えていたような…。それに答えたのは、ジェームズだった。
「礼を言っていましたよ。皆さんに」
「ということは、成仏できたんだね、彼女は。俺たちの前から姿を消したから、不安に思ってたんだ」
 トヨミチの問いに、ジェームズが頷く。シュラインはふと思い立って、冥月に尋ねた。
「それで、『奴』は?どうなったの?」
「零が始末した。辿り着くのに少し苦労したがな」
「そう…じゃあ、もうこの列車は、過去の因縁から解き放たれたのね」
 眠たげな目をした宗介が、あくびをかみ殺しがてら言う。
「ところでもう一眠りしていいかな…みんなで一緒に妙な夢を見させられていたものだから、いい加減疲れたんだけどね」
「東京に帰り着くまで、あと五時間はあるが…賛成の奴は?」
 草間が言うまでも無く、そこに関しては満場一致だった。長い一時間を異界の中で駆けずり回り、体の奥で疲労の熱を上げているのも一致している。それぞれに達成感や満足感を感じているのも。

 そして今度の夢も、誰も一致はしないという点において、一致したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5128/ジェームズ・ブラックマン(じぇーむず・ぶらっくまん)/男/666歳/交渉人 & ??】
【6205/三葉・トヨミチ(みつば・とよみち)/男/27歳/脚本・演出家+たまに役者】
【6585/九条・宗介(くじょう・そうすけ)/男/27歳/三流作家】



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■         ライター通信          ■
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 シュライン様、五度目の依頼参加、まことにありがとうございました。

 今回、私の経験上では最多の五名様同時参加のノベルで、非常に勉強させていただきました。推理系のキャラクターがシュライン様、宗介様、トヨミチ様と多めでしたので、シュライン様には序盤の物語への引き込みと、それぞれのシーンでの推理補佐、サポート役をお願いいたしました。
 バランスの取れた行動を取ってくださるシュライン様は、物語を引き締める役として面白く動いてくださるのですが、多人数ということもあって若干、活躍が目立たなくなってしまったのが、反省点です。猛省し、次回に活かしてまいります。

 ともかく、気に入っていただけましたら幸いです。それでは、また別の依頼で会えますことを、心よりお待ち申し上げております。