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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 その日は夕方からずっと雨が降っていた。
 雨が降ると、繁華街から少し離れた場所にある蒼月亭は客足が鈍くなる。マスターのナイトホークは、閉店間際の店内で一人グラスを拭いていた。
 早じまいをしても良さそうなのだが、何故かそういう気分になれない。そんな時だった。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 ドアベルを鳴らして店内に入ってきたのは、常連のジェームズ・ブラックマンだった。
 だが、何だかいつもと様子が違う。傘もささずに雨の中を歩いてきたのか、全身びしょ濡れのまま無言でカウンター奥の席に向かう。
 ナイトホークは慌てて奥から白いタオルを持ってきて、ジェームズに差し出した。
「どうしたんだ、クロ?珍しいな、傘もささずにやってくるなんて」
「別に。何となくそうしたかっただけだ」
 ジェームズの突き放した言い方に、ナイトホークは黙ってタオルをカウンターの上に置く。ジェームズとはつきあいが長いが、こんな風にあからさまに機嫌が悪いのを見るのは珍しい。こういうときは無駄な会話をしないに限る。
「『ボンベイ・サファイヤ』をストレートで」
 その注文にナイトホークが顔を上げた。いつもならカクテルやウイスキーを選ぶジェームズが、ジンをストレートで注文するのは珍しい。
「珍しいな、クロがジンのストレート頼むなんて」
「私がジンを飲むのはおかしいか?」
「そういうつもりで言った訳じゃ…」
 ぶつぶつと文句を言いながら、ナイトホークは冷凍庫に冷やしてある水色の瓶を取った。そして同じように冷凍庫で冷やしてあるグラスを二つ出し、その中にボンベイ・サファイヤを満たしていく。
「『ボンベイ・サファイヤ』のストレートです。お待たせいたしました」
 外気との温度差でグラスに付いた霜が凍っていくのを見ながら、ジェームズは差し出されたグラスを一気に飲み干した。それをナイトホークが目を丸くして見つめている。
 いつもならジンのゆっくり香りを楽しんだりするジェームズが、何かヤケになったように一気に飲み干すのは珍しい。それにボンベイ・サファイヤはアルコール分が47%ある強い酒だ。いくら強いからと言っても、そんな無茶な飲み方は酒に対しても失礼だ。
 ナイトホークは機嫌悪そうに溜息をつく。
「何があったのか知らねぇけど、酒と俺に八つ当たりするのやめてくれない?」
 そう言いながらもナイトホークは、空いたグラスにもう一度ボンベイ・サファイヤを注いだ。ジェームズの髪からは雨の滴が落ちていて、それをナイトホークが指で受け止める。
 ややしばらくの沈黙の後、ジェームズはゆっくりとこう言った。
「鳥が、羽ばたいた…」
 それを聞き、ナイトホークの手が止まる。
 多分他の者が聞いたとしてもその意味は分からないだろう。それは、ナイトホークとジェームズだけに通じる隠語なのだから。
 動揺を抑えるようにナイトホークが胸ポケットからシガレットケースを出した。
「…店、閉めてくるわ」
 煙草に火も付けず、ナイトホークはカウンターから入り口へと向かう。
 今日は、長い夜になるかも知れない…。

「夜鷹、お前はこれからどうするんだ?」
「…行けるところまで生きるさ。いつ逝けるかは分からねぇけど」
「もし研究所関係の情報を手に入れたときは、真っ先に教えてやろう。その時の為にお互いにしか通じない言葉を作っておくから覚えておけ」

『鳥が、羽ばたいた』

 蒼月亭の入り口には鍵が掛けられ、店内もカウンターだけに灯りが付けられていた。
 ナイトホークはカウンター内で火のついてない煙草を口にくわえていたが、ジェームズのただならぬ様子に自分で火を付け、落ち着かないようにボンベイ・サファイヤを口にする。
 ジェームズも同じようにボンベイ・サファイヤを口にしながら、スーツの裏ポケットから一枚の古い写真を差し出した。それは色あせて古くなっているが、ナイトホークの他に何人かが写っている写真だった。
「これはお前なのか?」
「………」
 懐かしさは全くなかった。
 古い建物の前で、不機嫌そうに通っている自分の顔…それは何だか別人にさえ見える。
 何故か指先が震え、それをごまかすようにナイトホークは煙草を灰皿に置く。
「ははっ、ずいぶん男前に写ってるな」
「茶化すな」
 苛ついたジェームズの一喝に、ナイトホークは黙り込んだ。何が原因かは全く分からないが、ジェームズは腹を立てている。ここで嘘をついたところでつき通せる自信もない。
「…俺だよ。研究所の前で撮らされた写真だ」
 そう言った後、ナイトホークは自分のグラスを一気に飲み干した。全く、酒に失礼だなどと人のことは言えない。こうやって一気に飲まなければ、上手く話せる気がしない。
「どこで見つけたんだよ、こんな写真」
 するとジェームズがナイトホークから顔を背けながらグラスを傾ける。
「ある依頼がらみでだ。その時『カッコウ』に会った…写真については喋りたくないならそれでもいい、言いたければ聞いてやる」
「カッコウかよ。また聞きたくない名前を聞いちまったな」
 ナイトホークは写真を見ながら、そこに写っている中学生ぐらいの少年を指さした。
「この小さいのがカッコウ。すごい頭がいい奴だったけど、俺とは仲が悪かった。あいつは要領良かったけど、俺は要領も態度も悪かったしな」
 苦々しげにそう言うナイトホークを見て、ジェームズはカッコウと出会ったときに聞いた言葉を思い出していた。
『僕はあいつが嫌いだったけど、あいつは皆に可愛がられてたっけね…』
 そんなジェームズの思考を読んだかのように、ナイトホークがグラスにボンベイ・サファイヤを注ぎながら話す。
「俺、こういう性格だからしょっちゅう研究って名目で虐待されてたのよ。それをいちいちカッコウが茶化して笑うんだよな…それがまたムカついてさ。いまだに夢に出てくるぜ、あいつの嫌な笑い声」
 ふっと自嘲的に笑うナイトホークの言葉を、ジェームズは無言で聞いている。
「でも、皆が皆嫌な奴だった訳じゃないけどな。ここに写ってるヒバリとカラスとは割と仲が良かった…ああ、コトリも写ってるな」
 ヒバリと指さしたのは、カッコウの隣に写っている着物姿の少女だった。髪を肩の所で切りそろえている清楚な感じの少女で、カラスはナイトホークの隣に写っている、白っぽい髪の青年だ。コトリはヒバリの隣で洋服を着ている、ふわふわとした髪の金髪っぽい少女だ。写真はセピア色でよく分からないが、ナイトホークの目つきだけは今と全く変わりがない。
「…ヒバリには会ったことがある」
 肉体が死んだ後も、魂だけがずっと現世にとどまっている少女。ナイトホークは覚えていないだろうが『誰もいない街』で、ヒバリはヒミコの側に寄り添っていた。そして、今もヒミコの側に付き添っている…。
 それを聞き、ナイトホークが煙草を吸いながら遠くに煙を吐いた。
「ふーん、ヒバリは優しくて可愛い奴だったよ。いつも反抗する俺のこと心配してくれてさ…カラスもそうだった。カラスは壁とかすり抜ける能力があって、俺が殴られたりしてると、首根っこ掴んで無理矢理助けてくれるんだよ…二人ともどうなったんだろうな」
 ナイトホークのその様子は、懐かしさとか心配ではなかった。
 おそらく、それらが無事に生きているとは思っていない「諦観」の表情だ。ボンベイ・サファイヤを飲みながら、ジェームズは苛立たしげに一言だけこう言った。
「…カッコウは私が殺した」
 煙草を手にしたナイトホークの動きが止まる。ジェームズはそれに構わず言葉を吐き続ける。
「あいつはお前を侮辱した。それだけで生きてる価値はない」
「ふーん、何言ったんだか。誰が聞いてたのか分からないけど、あんまり恥ずかしい事だったら合わせる顔がないんだけど」
 そう無理矢理笑ったナイトホークに返事はなかった。
 ジェームズは黙ったままグラスに口を付けている。
 あの日のことは、いまだに思い出すと腹が立つ。確かに同情する点はあるのかも知れないが、あの取引の仕方はフェアじゃない。相手を侮辱し怒らせることで挑発する…それが一対一であればまだ良かったのだろうが、他の皆がいるところでそれを語ろうとするとは。しかもあの嘲笑が、ジェームズにとっては許せない。
 吸っていた煙草をナイトホークが一生懸命灰皿に押しつける。
「他にも鳥はいたけど、ほとんど実験に耐えられないまま死んじまったりした。最終的に俺が鳥かごから逃げる前に残ってたのは十三羽だった。最初が『コトリ』で、最後が『ヨタカ』だったってのは覚える…」
 コトリ…その名を聞いて、ジェームズの胸に新たな苛立ちが生まれる。ナイトホークとと同じ研究所にいた女。そして初めて出会ったときに、寝言で呟いていた名前。
「コトリとはどんな関係だったんだ?」
 ジェームズの口からつい刺々しい言葉が出た。ナイトホークはそれを聞き、困ったように溜息をつく。
「別に。関係なんて大げさなものなかったさ」
「だがお前はその名前を呟いた」
「知らねぇよ!寝言まで責任持てるか!」
 思わずナイトホークがカウンターを叩く。その拍子にグラスや灰皿が揺れ、ジェームズがじっとナイトホークの顔を見た。ナイトホークはジェームズの顔を睨んでいる。
「別に何もなかったよ。コトリは従順で扱いやすかったけど、嘘が全くつけない奴だったから、何かするとすぐばれちまうんだ。その上そんなのに好かれてみろ。全部筒抜けで、それが気に入らない奴らにまた虐待される…それが嬉しい奴がいると思うのか?それともクロは俺がそういう奴だと思ってんのか?」
 吐けるだけ一気に言葉を吐き出して、ナイトホークはカウンターに突っ伏した。そして吐き捨てるように呟く。
「なんだこの痴話喧嘩…悪い、ちょっと頭冷やしてくる」
 そう言うと、ナイトホークは顔を上げカウンターから出た。そして入り口の鍵を開ける。外はまだ雨が降り続いていて、ナイトホークはその中に飛び出す。
「夜鷹…」
 ジェームズはその様子をカウンターで見ていた。
 一番嘘をつけないのはナイトホーク自身だ…そうジェームズは思っていた。過去などいくらでも捏造したらいいことなのに、ジェームズの売り言葉につい本当のことを言ってしまう。
 遙か昔の話なのに、ナイトホークにはまだ生々しい記憶なのだろう。
 だが、今までいくら調べても尻尾を出さなかった鳥たちが、何かに引きつけられたかのように今行動を開始している。カッコウのことも気になるし、ヒミコがいた施設で『ヨタカ』という呼び名を教えた者が誰かというのも気になる。
 きっとナイトホークの側にいれば、その秘密に触れることもあるのだろうが…。
「くそっ、濡れた濡れた」
 ナイトホークが手で顔を拭いながら帰ってきて、また鍵を閉めた。すん…と鼻をすすっているのは泣いていたからなのだろうか…ジェームズは自分のポケットからハンカチを出す。
「夜鷹、使え」
「クロがタオル使ったら借りてやる」
 髪の毛から雫を垂らしながら、ナイトホークが胸ポケットからシガレットケースを出す。ケースの中に入っていた煙草は水に濡れてないらしく、それを口にくわえマッチを探しているナイトホークに、ジェームズはライターを差し出した。
 それに火をつけようとナイトホークが顔を近づけたところに、ジェームズは髪からの雫が煙草に垂れないよう髪をそっとあげる。
「ずぶ濡れだな、夜鷹」
「クロに言われたくねぇよ」
 そう言って煙草に火を付けたナイトホークは、ジェームズから顔をそらして煙草を吸いながらこう呟き始めた。

 ……研究所の鳥は十三羽。
 最初がコトリで最後がヨタカ。
 コトリ、モズ、カワセミとスズメ。メジロにハト、カッコウ。ヒバリにカラス。…チドリとコマドリは二羽で一羽。ツグミにツバメ、最後にヨタカ。
 どれも研究所の大事な鳥たち。最後のヨタカを除いては。

「夜鷹を除いて?」
 まるで歌でも歌うように語ったナイトホークに、ジェームズが顔を上げた。ナイトホークは濡れた髪をかき上げ、煙草をくわえたまま喋る。
「ああ、俺は元々研究所の鳥じゃなかったんだ。たまたま何かあって研究所に連れて行かれて、そのまま人体実験って名目で手術されたら上手く適応しちまっただけだって。だから余計カッコウとかは俺のことが気に入らなかったんだろうな…記憶をなくしても自我はなくさねぇし、扱いにくかったんだろ。だから鳥を数える言葉は今でも覚えてる」
 ナイトホークが溜息をつく。
「まだクロは俺に何か聞きたい?覚えてる範疇でいいなら話すけど」
 グラスの中によく冷えたボンベイ・サファイヤがまた注がれる。
「いや、もう充分だ」
 まだ雨は止みそうにない。
 ジェームズは無言で写真を手に取り、カウンターの上にあったマッチを擦ってその端に火を付けた。写真は灰皿の上で不思議な色の光を放ちながら燃え尽きていく。
 聞きたいことは聞いた。もう写真は必要ない。これを見れば自分もナイトホークもカッコウのことを思い出すだろうし、記録や思い出を残さなければならないようなつきあいでもない。
「燃やしちまっていいのかよ」
「私が持ってきた写真だ。それをどうしようと夜鷹には関係ない」
 素っ気ないジェームズの言葉に、ナイトホークが困った表情をする。
「どうすればクロは機嫌直してくれるんだ?」
 そんなナイトホークを見て、ジェームズがやっと笑う。そう言えば怒りをあからさまに顔に出すのは久しぶりだ。この様子なら、夜鷹は自分の機嫌を直すためならどんなわがままも聞くだろう。だから退屈しないのだが…。
「そうだな、夜鷹。とりあえず朝まで付き合ってもらおうか…明日は定休日だったはずだ」
「それならおやすいご用だ。それに、俺も朝まで飲みたい気分だしな…でもその前に頭拭けよ、クロ」
 ナイトホークはそう言いながら、ジェームズの頭にタオルをかける。
 後はただ、雨音だけが響き渡っていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人 & ??

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
『JACK IN THE BOX −現実編−』からの繋がりで、今までの鳥たちとヨタカとの関係を…ということでしたので、今までに名前が出た鳥やその他の鳥について語らせていただきました。全部の鳥の名前をここで出しております。
終始苛ついた感じにしようと思っていたのですが、最後に垂れ耳ナイトホークに負けて、ちょっと機嫌直したりしてます。この鳥たちは後々出てきますので、楽しみにしていて下さい。
リテイクなどはご遠慮なくどうぞ。
またこの次もよろしくお願いいたします…今度は機嫌のいいときに(笑)