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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


催眠レインコート

「今日は来てくださってありがとうございました」
 午後六時。
 その日は蒼月亭で昼間働く立花香里亜に「実家から色々送ってきたので、よろしければ夕ご飯食べに来ませんか?」と誘われてここに来ていた。
 外は雨が降っており、何だか湿っぽい。それでも家の中には美味しそうな香りが漂っている。
「このためにお客様用のお茶碗とか買ったんですよー」
 香里亜はそんな事を言いながら台所に立っている。その時だった。
 突然の光と轟音に、一瞬皆の動きが止まる。どうやら気圧が不安定だったのか、雷が近くに落ちたらしい。だが、それにしては何だか不自然だ。香里亜は一旦レンジの火を止め、居間の方まで出てくる。
「はわっ!何でベランダに人がいるんですか?」
 その言葉にベランダを見ると、確かにパジャマ姿の小柄な少女が立っていた。それは「誰もいない街」の主である阿部ヒミコだった。どうやら雷鳴と共に呼ばれてしまったらしい。
 少女が微笑みながら何かを言おうとした瞬間、香里亜がものすごい勢いでベランダの戸を開け少女を中に引っ張り込む。少女の傍らにいた雲雀も、それと一緒に部屋の中に入りこんだ。
「なっ、何するの…」
 ヒミコは戸惑いながら部屋に引き込まれた。そこに香里亜はタオルを手渡す。
「こんな雨の日にパジャマだなんて、風邪ひいちゃいますよ。ご飯も出来ますから、まずご飯食べてから話しましょう。はい、入って着替えて着替えて…」

「………?」
 ベランダからやってきたいきなりの訪問者に、居間にテーブルを並べたりしていた烏有 灯(うゆう・あかり)、統堂 元(とうどう・はじめ)は、あっけにとられて香里亜の一連の行動を見ていた。何故少女がベランダにいるのかとか、聞きたいことはいろいろあるのだが、あまりの出来事に行動がついて行かない。
「えーと、香里亜さんのお友達ですか?」
 灯がそう聞くと、香里亜はきょとんとした顔でこう言った。
「ううん、今初めて会った人です。でも今日はたくさんご飯もありますし、ずぶ濡れだと風邪ひいちゃいますから」
  手持ちぶさたに何か手伝う事がないかと台所に向かおうとしていた黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき)は、その様子を見て溜息をつく。
「早く身を整えなさい。食事が始まりません」
 少女に『闇』の気配を感じ少々気にはなるが、香里亜が自ら部屋に招き入れたのだから仕方がない。それに、何も危害が加えられなければ、今日は楽しい夕食会だ。一人ぐらい増えても問題ないだろう。
「デザートに持ってきたプリン、多めに作ってきて良かったわ。ほら、寒いでしょ、早く入って着替えて、ね」
 シュライン エマはいつもと違う様子のヒミコに微笑みながら、香里亜と共にヒミコを中に招き入れた。ヒミコは戸惑うように部屋を見渡しながら、香里亜に手を引かれるようにおずおずと中に入る。雲雀はその様子を見てから、棚の上に留まった。
「私、立花香里亜です。あなたの名前は?」
「…阿部ヒミコ」
 ヒミコの名前を聞くと香里亜はにっこりと微笑み、台所の方にいる黒 冥月(へい・みんゆぇ)と、居間の隅でコーヒーを飲んでいたジェームズ ブラックマンに声を掛けた。
「じゃあ私、ヒミコさんに着替え貸してきますから、冥月さんはお料理続けててください。あ、男性陣の皆さんは覗いちゃダメですよ」
 そう言ってヒミコを自室に入れる香里亜を見て、冥月は苦笑する。
 異界への移動やヒミコが現れたことには気付いていた。正直本当なら追い出したいところなのだが、香里亜が歓迎しているのを見ると警戒する必要はなさそうだ。
「何だか大所帯になったな…それよりジェームズ、お前はどうして手伝わないんだ?」
「私は皆さんを見てるのが楽しいので」
 ジェームズはのんきにコーヒーを飲みながら、テーブルや食器を並べている灯やハジメを見ていた。異界に引き込まれてしまったものは仕方がないし、焦ったところですぐ帰れるというものでもない。こういうときは、自分のペースを崩さないのが一番だ。
 だがそれを灯がじっと見る。
「ジェームズさん、変わりましょうか?」
「いえ、私が動くと皆さんの邪魔になりそうですから、ここは残念ですが見てることにいたします」
 そんなジェームズが座っている座布団を、シュラインは横から引っ張る。
「ごめんなさいね、ヒミコちゃん用に座布団出すから。あと、何か温かい飲み物…」
「あ、俺がやります。コーヒーの入れ方練習しろって言われてるんで」
 ハジメが手を挙げて台所に向かった。コーヒーは先ほど皆に出していたので、洗ったばかりの道具が見えている。こういうときに少しでも場数を踏んで練習したい。
 それにハジメにとってこういう団欒は初めてで、嬉しい反面ちょっと緊張している。いつものようにコーヒーを入れる練習をしたら、少しは気持ちも落ち着くかも知れない。
「じゃコーヒーはハジメ君にお任せして、と」
 そう言うとシュラインは、棚の上で羽繕いをしていた雲雀をちょいちょいと呼び寄せた。前に会ったときに話が出来ることは知っている。雲雀はそれに気付いたようにシュラインの肩に留まった。
「ヒバリさんは何か食べられるものあるかしら?」
 それを聞き、雲雀は少女のようにくすっと笑う。
『私のことは気にしないで』
「じゃあ、ここで雨宿りして行くといいですよ。私の家ではありませんが」
 ジェームズはそう言い、コーヒーを飲み干した。話したいことはいろいろあるのだが、ヒミコにはきっと警戒されているだろう。皆がヒミコの緊張を解くまで、自分は待っているのが良さそうだ。
「お待たせしましたー」
 そう言いながら香里亜が部屋のドアを開けた。その後ろには、半袖の薄いピンクのTシャツにグレーのボトムをはいたヒミコが恥ずかしそうに立っている。
「私と同じぐらいの背なので良かったです。その辺に座ってくつろいでてくださいね、今ご飯出来ますから」
 香里亜はそう言うと、また台所の方に戻っていった。戸惑うヒミコに、灯はそっと席を指す。
「ここにどうぞ。ご飯楽しみですね」
 おずおずと座るヒミコの目の前に、今度はハジメの入れたコーヒーが差し出された。
「カフェオレです。俺が入れたから、あまり上手じゃないけど」
 魅月姫やシュライン、ジェームズはその様子をそっと見ていた。ヒミコは差し出されたカップを手に取り、それを一口飲む。ハジメが緊張しながら声を掛ける。
「どうですか?」
「…美味しいわ」
 それは無表情だったが、何だかいつもより嬉しそうな声だった。

「皆さんお待たせしました。ハジメ君、おかず出すの手伝ってくださいね」
 ようやく料理が出来上がり、テーブルの上には所狭しと色々なおかずが並べられていた。一生懸命食卓に出来上がった料理を持って行くハジメを見て、冥月が香里亜の頭をポンと叩く。
「後輩が出来て嬉しそうだな」
「はい、先輩風ぴゅーぴゅーです」
 その会話に皆が笑う。
 今日のメニューは、鮭の炊き込みご飯、具だくさんのけんちん汁に卯の花の炒り煮、茹でアスパラのサラダ、ラム肉の肉じゃが、フキと笹タケノコの煮物、そして冥月が腕を振るった餃子、麻婆豆腐、青椒牛肉絲、かに玉、豚の角煮だった。
「すごいですね…」
 思わずそう呟く灯に、ジェームズは口に手を当て考え込む。
「…和食と中華ですか。さては冥月、自分が食べたいものを作りましたね」
「その通りだ。でもこれだけ大勢なら大丈夫だろう」
 魅月姫は自分の目の前にある真新しい茶碗を見て微笑んだ。
 香里亜は一人暮らしなのに、こんなにたくさんの食器を用意したということは、人を呼ぶのを心待ちにしていたのだろう。楽しみだったのが自分だけではなかったことが、魅月姫は何だか嬉しい。
「では頂きましょう。食事が冷めてしまっては台無しだわ」
「そうね、ハジメ君も座って座って」
 シュラインがハジメを呼び、食卓の前で手を合わせる。
「頂きます」

「お代わりありますから、たくさん食べてくださいね」
 夕食はにぎやかに進んでいた。ジェームズは卯の花の炒り煮を食べながら、小さく頷く。
「美味しいですね」
 香里亜は相当若いのに、和食の基本はしっかりしている。この様子なら、そろそろ蒼月亭のランチに和食が出るのも遠くなさそうだ。
「香里亜くんは、料理を誰に習ったのですか?」
「おばあちゃんです。私、両親が結構忙しかったんでおばあちゃんっ子なんですよ」
 遠くにある餃子を灯に取ってもらいながら香里亜が答える。灯はそれを聞き、今度は隣にいるヒミコに、取り皿に肉じゃがを入れて渡した。
「ヒミコさんは食べられないものとかは?」
 黙って首を振るヒミコに、灯はけんちん汁を一口飲んでふぅと息を吐く。
「美味しい物食べると、幸せな気分になりますよね」
 ヒミコは少しずつご飯やおかずを食べながら、灯の顔を見た。どうやら灯は自分のことを知らないようで、全く警戒心なく自分に話しかけてくる。
「大勢で食べると楽しいわね」
 魅月姫もヒミコにそう言いながら、アスパラのサラダを皿に取った。香里亜の作った和食も冥月の作った中華も美味しいし、何より香里亜が楽しそうだ。日本にいるとこうやって和洋折衷の食卓になるのが楽しい。
 ティーパーティーの時も感じていたが、香里亜は自分が作った物を人に食べてもらえるのが嬉しいらしい。きっとこうやって食器をそろえたのも、また人を呼んで料理を振る舞うつもりなのだろう。
「うん、美味いな。ほら、ハジメも欲しい物はとっとと取らないと食いっぱぐれるぞ」
 冥月は自分でもいろいろ食べながら、隣に座っているハジメの皿にもせっせと角煮などを乗せていた。ハジメは団欒が珍しいのか、箸を出すタイミングに戸惑っている。それが何だか可笑しくて、冥月はつい色々と食べさせたくなる。
「いや、自分で取れますから…」
「そんな事言ってると、横から取られるぞ」
 冥月がそう言った途端、ハジメの皿に載っていた餃子を横からジェームズが箸で取り、しっかりと口の中に入れた。ハジメはそれを見て、思わず手刀でジェームズにツッコミを入れるが、ジェームズはそれを左手でさっと受け止める。
「ジェームズさん!それ俺の餃子!」
「美味しゅうございました。ミスター統堂、食卓では親も子もない弱肉強食ですよ」
 その瞬間だった。
 笑いを抑えられないというように、ヒミコが箸を置いて笑う。それは、いつもの何か含んだような笑い声とは違い、心から可笑しいというような純粋な笑い声だった。
「可笑しい…まだたくさんあるのに、横から人のを取るなんて」
 それを見て皆もクスクスと笑い、シュラインはジェームズに溜息をついた。でも、今のでずいぶんヒミコの緊張はほぐれたようだ。
「そうよ、大人げないわ。ヒミコちゃん、何か食べたいものとかある?良かったら取るわよ」
「その細いタケノコ、初めて見るわ」
 ヒミコは香里亜の側にある煮物を指さした。確かにあまり東京では見かけない。シュラインはそれを取りながら香里亜に質問する。
「これ珍しいわね。普通のタケノコと違うのかしら」
「あ、それは『笹タケノコ』で、笹の所に生える山菜なんです。五月ぐらいに取った物を水煮にして送ってもらいました。美味しいですよ」
 それをシュラインに取ってもらい、ヒミコがそっと口にする。
「美味しいけど、歯触りがキュッキュって感じだわ」
 そう言いながらヒミコは皿を灯に差し出した。灯はそこから一本取り、同じように口に入れる。
「本当だ。でも、美味しいです」

 楽しい夕食も終わり、今度は冥月の作った杏仁豆腐とシュラインの持ってきた手作りプリン、そして灯が持ってきたリンゴがデザートに並べられていた。そして冥月は持参してきた中国茶を皆に振る舞う。
 香里亜は「ヒミコさんのパジャマとかお洗濯してきますね」と、少し席を立っている。魅月姫は中国茶用の茶碗をを持ち、ヒミコにこう話しかけた。
「あなた、ベランダで何をしようとしていたのかしら?」
 別にヒミコを追い出そうとか、そういうつもりではなかった。ただ、雨の中ベランダに立っていたヒミコを見て、魅月姫はただ不思議に思っただけだったのだ。
 ヒミコはプリンをスプーンですくいながら、テーブルに目を落とす。
「別に答えたくなければ話さなくてもいいわ。あなたもあの雲雀のようにゆっくり羽を伸ばして行きなさい」
 雲雀はいつの間にかジェームズの肩に留まっていた。するとヒミコがぽつりと話し始める。
「ここに私と似た力を感じたの。だから…」
 それを聞き魅月姫や冥月、ジェームズは、ヒミコの言う『似たような力』が、香里亜の事を指しているであろうということに気付いた。確かに香里亜は自分で押さえられない程の力を持っている。おそらくヒミコはそれに惹かれたのだろう。自分と似たような力を持ちながら、普通に暮らしているように見える香里亜に、もしかしたら何かを感じたのかも知れない。
 冥月は溜息をつき、ヒミコに向かって小さな声でこう言った。
「あの子は善くも悪くも善意の塊だ。彼女が悲しむ様な面倒事は起すなよ。できればこの異界に気づく前に帰してやってくれ」
「………」
 灯やハジメも今いる場所が、本当の世界ではないことにうすうす気付いていた。だが、それについて、今何かを言うことはふさわしくないような気がしている。
 そこに香里亜がひょいと顔を出す。
「洗濯機のボタン押してきました。私もデザート頂きますねー」
 香里亜は立ったままリンゴを手でつまみ、それを美味しそうに口に入れた。そして、ヒミコの隣に座る。
「髪の毛とか乾きました?寒かったらお風呂とか入れますよ」
「どうしてそんなに優しいの?」
 ヒミコの質問に香里亜が困ったように笑った。
「うーん、何かヒミコさんが自分に似てるからかも知れません。よく分からないけど、そんな気がしたんです」
「………」
 確かにヒミコと香里亜は似ているかも知れない…とシュラインは思っていた。
 目覚めた力を暴走させて両親を殺してしまったヒミコと、その力を押さえて生きている香里亜。運命の糸が違えば、香里亜がヒミコになっていたのかも知れない。
 シュラインは立ち上がり、剥いてないまま残っているリンゴを手に取った。
 今はヒミコに色々話をさせてあげた方がいいのかも知れない。少し心を開きかけている今なら、皆の言葉も届くだろう。
「ねえ、たくさんリンゴがあるから焼きリンゴでも作らない?ヒミコちゃんは焼きリンゴは好き?」
 首を横に振りながらヒミコが呟く。
「食べたことないわ」
「じゃあ、私も手伝います。アイスクリームもありますから焼きリンゴと一緒に食べたら美味しいですよ」
 香里亜と共に魅月姫も立ち上がる。
「私も手伝うわ。香里亜が料理を作るところを近くで見ていたいの」

 台所に三人が行った後、灯はそっとヒミコの目の前に、花の蕾が生けられた鉢を置いた。
「これ、なんだと思います?」
 無言で首を振るヒミコに、灯は少し微笑みながら話をし始めた。
 それは灯の住んでいる家のベランダにあった僅かな土溜まりにいつの間にか生えた草についていた蕾だった。どうやって運ばれて来たのか分からないが、環境の悪い場所で自力で育ち、とうとう花を咲かせるまでになった草を見て、このまま枯れるのは寂しいと思い、鉢に植え替えて持ってきたのだった。
「俺は鉢植えを見ると、何だかひどく窮屈な気がするのでマンションには置いていないんですが、芽吹く場所を選べぬ花が、厳しい条件下でも挫けず蕾を綻ばせようとするのは美しいと思います…そう思いませんか?」
 俯いたままでヒミコは黙っていた。冥月はそれを聞きながら、灯の開いた茶碗にお茶を入れている。
 ハジメが杏仁豆腐を食べながら、顔を上げた。
 ヒミコの境遇はよく分からないが、おそらく彼女はとても孤独なのだろう。自分の育った無機質な箱庭にも温もりはなかったが、今は傘に入れくれる人がいる。だから今度は自分が誰かに傘をさしてあげたい。何故かは分からないが、ハジメはそう思う。
「『ヤマアラシのジレンマ』って知ってますか?ヤマアラシが二匹いて、お互いを暖め合おうとするんだけど、針が刺さってお互いを傷つけ合うって…」
 すると冥月はハジメの話を聞き、ニヤッと笑いながらこう言った。
「そういうときは、お互い横になって柔らかいところで暖め合うんだ。全身ハリセンボンならともかく、出来るところで暖め合えばいい…それで充分だろう」
「…私、ヤマアラシなのかしら」
 台所からリンゴとシナモンのいい香りが漂ってくる。
「誰だって時にはヤマアラシになりますよ。俺だって締めきり前は、誰にも触られたくないぐらい棘立ってます」
「俺もそうだったかな。でも、ヤマアラシは臆病だから自分を守るために相手を傷つけてしまうって聞きました。それは誰にでもあると思います」
 灯とハジメの言葉に、ヒミコは俯きながら杏仁豆腐を食べていた。

「…貴女は『ヒバリ』なのですよね?」
 ジェームズはヒミコに話しかける皆の言葉を聞きながら、肩に留まっていた雲雀にそう心で話しかけていた。雲雀はジェームズの声が届いているのか、ヒミコの方を見ながら語りかける。
『そうよ。身体が滅んでも魂だけが生き続けている存在…ヨタカは元気にしてる?』
「ええ、元気ですよ。でも、どうして貴女は彼女の側にいるのですか?」
 そう言うと、雲雀はパタパタと飛び、ヒミコの前にちょこんと留まった。
『私、この子を放っておけないと思ったの。自分を守るために周りを傷つけてしまうヒミコは、いつかの誰かに似てたから…』
 いつかの誰か、がヨタカのことを指しているのだとジェームズには分かっていた。確かにヒミコが自分を守るために相手を傷つけるように、ヨタカは自分が傷つく前に相手を傷つけに行っていた。ヒバリはそれを何とかして止めたいのだろう。
「どうしてヨタカの前には行かなかったんです?」
 するとヒバリがくすっと笑う。
『ヨタカに私は必要なかったからよ…意地悪な質問をするのね』
「これは失礼」
 ジェームズは苦笑しながら中国茶を飲んだ。雲雀はまた飛び上がり、ジェームズの肩に留まる。
『でもそれで良かったみたい。私じゃヨタカは救えないし、あなたじゃあの子を救えない』
「ジェームズさん、その鳥に懐かれてますね」
 ハジメが、皆から少し離れているジェームズに気付いたように顔を向ける。灯は立ち上がり、空になったジェームズの茶碗を手に取る。
「その雲雀は、ヒミコさんの鳥ですか?」
「そうなのかしら…私にずっとついてくるの。どうやって追い払っても、いつの間にか私の側に帰ってきてるのよ」
 雲雀はその言葉を聞き、ヒミコの前に留まった。ヒミコは雲雀をそっと手で包み込む。
 その仕草を見てジェームズはふっと笑った。
 大丈夫だ。
 今はまだ素直になれないだろうが、時間があればヒミコの心もいつかほどけるだろう。今日の食事時に見た笑顔がそれを物語っている。
「きっと貴女のことが心配なんですよ」
 ジェームズの言葉に、ヒミコがヒバリを見て微笑んだ。

「じゃーん、焼きリンゴ完成でーす。暖かいうちに食べましょう」
 アイスクリームを添えた焼きリンゴが、皆の前に運ばれたときだった。ヒミコがいきなり立ち上がり、香里亜の前で頭を下げた。
「ごめんなさい…」
 香里亜やシュラインは、それを見てお盆を持ったまま立ち止まった。魅月姫はそのまま黙って席に着き、冥月とジェームズはヒミコを見ている。ハジメと灯は困ったようにその様子を見守る。
「どうして謝るんですか?」
「私、同じような力を持ってるのに幸せそうなあなたがうらやましくて、『誰もいない街』に引っ張ったの…なのに、すごく優しくて…」
 すると香里亜はにっこりと笑ってヒミコの肩に手を置いた。
「知ってました。雷が鳴ったときに違う世界に来ちゃったって」
「え…」
「私、子供の頃からそういうことがよくあったんです。でも、いつもちゃんと帰れるから、今回も絶対大丈夫だと思ってました」
 驚いた顔をしているヒミコに、冥月と魅月姫が笑う。
 無欲の勝利というか、どうやら香里亜の方が一枚上手だったようだ。力を押さえているのにそれがちゃんと分かり、ヒミコを受け入れる深さが香里亜にはあったのだ。
 シュラインが皿をテーブルに置きながら、手を叩く。
「さあ、アイスが溶けないうちに食べましょ。さっきちょっと味見したら、すごく美味しかったわよ」
「そうね、暖かいリンゴと冷たいアイスを一緒に味わわないと。二人とも座って」
 魅月姫がそう言うと、香里亜とヒミコが仲良く座る。
「ヒミコさんって何歳なんですか?」
「十六…」
「じゃあ私の方がお姉さんですね。先輩風ぴゅーぴゅーですよ」
 ハジメがそれを聞き、ぼそっと呟く。
「先輩の方がちょっと背小さいです」
「ハジメ、それは香里亜に禁句だ」
 冥月が苦笑すると、灯が困ったようにフォローを入れる。
「で、でも小さいのは可愛いですよ、うん」
「ハジメ君ひどいー。でも、今日は小さくて良かったです。ヒミコさんに服もぴったりでしたし」
「さて、皆さん揃いましたし頂きましょうか」
 ジェームズの言葉を合図に皆がいただきますを言い、談笑しながらの夜が更けていった。

 あれほど降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。
 ヒミコは『誰もいない街』から元の世界に皆を戻し、今度は玄関から立ち去ろうとしていた。服は香里亜が「あげます」といい、手に持った紙袋にそれまで着ていたパジャマなどが入っている。履いているサンダルも、香里亜のお下がりだ。
「ちょっと待て」
 冥月はそう言うと台所まで行き、残った品を包みヒミコに手渡す。
「帰ってから食え。その顔色じゃ、ろくなもの食べてなさそうだからな」
 冥月からそれをおずおずと受け取り、ヒミコはそっと紙袋の中に入れる。
「ありがとう…ねえ、香里亜。一つ聞いてもいいかしら」
「何でしょう?」
 そう言うとヒミコは少し俯き、恥ずかしそうにこう言った。
「あの…あの花が咲く頃、また来てもいい?」
 ヒミコは灯が持ってきた鉢植えの花を指さした。それを聞き、ハジメと灯が顔を見合わせて笑う。どうやらヒミコに自分達の言葉はちゃんと届いていたらしい。香里亜も笑いながら頷く。
「はい、またその時にご飯食べに来てください。でも今度は玄関から入ってくださいね」
「うん。ヒバリ、行きましょう」
 ヒバリを肩に乗せ、ヒミコの姿がすっと消えた。
 まだヒミコは『誰もいない街』から出てくるのが怖いらしい。だが、それでも少しずつ鳥の雛が巣立つように、ヒミコがこの世界にやって来ることも多くなるだろう。
「うわっ!俺、蒼月亭に出勤しなきゃ」
 ハジメが時計を見て慌てながら荷物を持ち、玄関から出ようとする。灯は鉢植えを本当は何処かの庭に植えてもらおうかと思っていたのだが、それをそのまま香里亜に預けることにした。
「あの鉢、ヒミコさんが来るまで大事に育ててください。その時になったら、また俺も遊びに来ていいですか?」
「はい。いつでも大歓迎です」
 皆を避けながらそっとジェームズが玄関に出ようとするのを、冥月が引き留める。
「ジェームズ、お前は食器洗いを手伝って帰れ。ハジメや灯は食器を並べたりするのを手伝ったからな」
 どさくさに紛れて蒼月亭に行くつもりだったのだが、見つかってしまっては仕方ない。ジェームズは溜息をつきながら台所の方に向かう。
「…仕方ありませんね。手伝いましょう」
「私も手伝うわ。今日はありがとうね、香里亜ちゃん」
 シュラインが香里亜の頭を撫でる。
 今日こうやって食事会をしたおかげで、今まで頑なだったヒミコの心にも変化が生まれたのが、シュラインにとっては嬉しい。
「いえいえ、私は何もしてないですよ」
「それが香里亜のいいところなのよ」
 くすっと微笑みながら魅月姫は部屋の中に行き、ベランダを開けて空を見た。さっきまでは梅雨空だったのに、今は東京でも星が見えそうなほど空が澄んでいる。
「さて、ちゃっちゃと片づけましょう。料理は後かたづけも大事ですから」
 香里亜の元気な言葉に皆が頷き、ベランダから入ってくる風に鉢植えの蕾が優しく揺れていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
5597/烏有・灯/男性/28歳/童話作家
4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6191/統堂・元/男性/17歳/逃亡者/武人

◆ライター通信◆
ご参加ありがとうございます、水月小織です。
今回は「夕食にお呼ばれ」ということで、『誰もいない街』が舞台ながらもほのぼのとした感じに落ち着きました。
今までで最高の「6人+NPC」という無茶っぽい人数でやってみましたが、皆さん如何だったでしょうか?不慣れなためプレイングが完全反映されてない部分もありますが、気に入らなければリテイクなどはご遠慮なくお願いします。
さて前回「不眠」で、今回「催眠」なのですが、ヒミコの狂気が少しずつ眠っていくという感じで使ってみました。ヒミコ自体の設定は「防御」が強いので、自分を守りたい結果人を傷つけてしまう孤独のようなものを感じています。
またご縁がありましたら、皆様よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

シュラインさんへ
お土産の手作りプリンと共にご参加ありがとうございます。
てきぱきとご飯を取り分けたり、ヒミコのことを知りながらも深く立ち入らないという、大人な対応をしていただきました。何となく自分よりも他の人が説得に…という感じで、台所でそっと見守っていたりしそうです。
またご参加下さいませ。