コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「蒼月亭…」
 榊船 亜真知(さかきぶね・あまち)がその店を見つけたのは、居候先の神社のおつかいの帰りの事だった。この近辺に用があった事と、知り合いなどからこの店のことは聞いていた。時間はティータイムだ。用事も済んだし休んで行くには丁度いい時間だ。
 亜真知は蒼月亭のドアを開けた。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 店の中はなかなか落ち着いたたたずまいで、スピーカーからはうるさくない程度のジャズが流れている。奥には色黒で長身のマスターが、客が来たのに気付き煙草をそっと消している。
 亜真知が席に着くと、店の中にいた少女がレモンの香りがする冷たい水をそっと置いた。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたらお呼び下さいね」
 この二人の事も話には聞いていた。マスターはナイトホークという名前で、少女の方は立花香里亜だ。確かコーヒーだけでなく、香里亜の作るお菓子も美味しいという話なので、亜真知は迷わず注文をする。
「ブレンドコーヒーと、お勧めのケーキをお願いします。豆はマスターのお薦めを」
「はい。今日のお勧めはレモンのタルトですけど、よろしいですか?」
「じゃあそれを」
「かしこまりました」
 それを聞きカウンターの中にいるナイトホークがコーヒー豆をミルに入れ始め、香里亜は小皿に何種類かのクッキーを乗せ、亜真知の前に出した。
「こちらコーヒーのお客様のサービスです。注文してから豆を挽きますので、その間にお召し上がり下さい」
 それに亜真知は微笑みながら香里亜の顔を見る。
「あなたが立花香里亜様ですね?わたくし、榊船亜真知と申します」
「えっ?どうして私の名前知ってるんですか?」
 不思議そうに驚く香里亜を見て、亜真知はこの店のことを、前からよく話に聞いていたことを言った。聞いていたとおり店内は落ち着いた感じで、ゆっくりとコーヒーや紅茶を楽しめそうだ。所々にあるアンティークも、店の雰囲気を壊すことなく調和を保っている。
「お友達に聞いていらっしゃったんですね。よろしくお願いします、亜真知さん」
 コーヒー豆を挽きながらそれを聞いていたナイトホークも顔を上げ、亜真知の側に来る。
「それはその友達に礼を言っとかなきゃな。まあ、ゆっくりしてって」
 ゆっくりと豆を挽く音が、店内にかかる音楽に重なる。そして、しばらくするとのコーヒーの香ばしい香りが辺りに漂い始めた。
「お待たせいたしました」
 しっかりとしたカップに入れられたコーヒーと、メレンゲに美味しそうな焼き色が付けられたレモンのタルトが亜真知の目の前に差し出される。優雅な手つきでカップを持ち、コーヒーをゆっくりと一口飲んで、亜真知はふうっと息を吐いた。
 皆が言っていたように、ここのコーヒーは研ぎ澄まされた味がする。そして先ほど食べたクッキーやレモンのタルトは優しい味がして、その二つが反発し合っていない。
「どうですか?」
「美味しいですわ。ここのお菓子は香里亜様が作ったものでしょうか」
 美味しいと言われたのが嬉しかったのか、香里亜は満面の笑みを浮かべて亜真知の言葉に頷いた。
「そうなんです。だから美味しいって言ってもらえると、すごく嬉しいです」
 そう言いながら香里亜はカウンターの中でグラスや皿を拭いている。だが、それもせわしないという感じではなく、ゆったりとした時間の流れに合わせた感じだ。奥にいるナイトホークは、腰に巻いているエプロンのポケットからシガレットケースを出して、香里亜の方を見た。
「香里亜、休憩入っていいぞ。飲み物どうする?」
「コーヒーお願いしまーす」
 香里亜がエプロンを外しながら、自分の皿にタルトとクッキーを乗せて亜真知の隣にちょこんと座った。ナイトホークはまたコーヒーミルに豆を入れて挽き始める。
「お隣いいですか?」
「どうぞ、わたくしも香里亜様とお話がしたいと思ってましたので」
 亜真知が微笑むと、香里亜は照れくさそうに自分の頬に手を当てた。
「亜真知さんみたいに綺麗な人に『香里亜様』とか言われると照れちゃいますね…」
「ふふっ、気になさらないでください。この呼び方は癖みたいなものですから」
 見た感じからすると、香里亜は成人前の少女なのだろう。亜真知の仮身は神聖都学園の高校生だが、実際は神と呼ばれる存在だ。もしかしたら、香里亜はその気配を感じているのかも知れない。
「はい、コーヒー。亜真知さんは学生さん?」
 香里亜の分のコーヒーをカウンターに置き、ナイトホークがそう言った。亜真知はそれに頷きながらコーヒーを飲む。
「はい、神聖都学園に通っております」
「ふーん、じゃあ香里亜の方が年上か。でも、あんまりそう見えないな」
 そう言ったナイトホークに、香里亜は顔を上げちょっと不機嫌そうな顔をした。
「また私が小さいとか、そういうこと言う…」
「いや、小さいのは本当だけど、何というか落ち着きぐあいとか、たたずまいが高校生に見えなかった。気に触ったら謝るよ」
 そう言って笑いながらナイトホークは奥の空調が近い方に移動する。香里亜は「私に謝ってくださいよー」と言いながらも笑っているので、このやりとりはきっと蒼月亭の日常の一部なのだろう。
 亜真知はナイトホークを見て少しだけ考えていた。
 外見からは分からないが、ナイトホーク自身には何か事情があるように感じる。それを探ることも出来たのだが、亜真知はあえてそれをしなかった。誰だって事情がある。それに気付いても、立ち入らないのが人間のルールだ。
 それはナイトホークも同じだろう。亜真知に「高校生に見えない」とは言ったが、それ以上は聞いてこなかった。それは商売柄だけでなく、ナイトホーク自身の中にあるルールなのかもしれない。
 亜真知の隣で香里亜が美味しそうにケーキを食べ、亜真知の方を見た。
「亜真知さん高校生だったんですね。巫女装束だったので、神社にお勤めしてる巫女さんだと思ってました」
 香里亜が言うように、亜真知は巫女装束に千早姿で蒼月亭に来ていた。普通ならこの姿で歩けば極端に目立つはずなのだが、亜真知が着ているとそれが自然に溶け込む。この店の中にいてもそれは変わらず、幻想的な美しさを保っている。
「わたくし、神社に居候させていただいているんです。だから、巫女であるのは間違いではありませんわ」
「はわー…でも私が言うのもおかしいですけど、亜真知さんって綺麗ですね。まるで日本人形みたいです」
 そんな事を言って苦笑いしながらコーヒーを飲む香里亜を見て、亜真知はくすっと微笑む。心の中で思っていても、面と向かって相手を褒めるのはなかなか出来ないことだ。それを自然に言える香里亜が、亜真知からは微笑ましい。
「香里亜様も可愛らしいですわ」
「いやいやいや、私なんて小さいだけですよ。本当は格好いいお姉さんになりたいんですけど、これがなかなか…」
「香里亜、それは無茶だ。ないものを求めるな」
 カウンターの奥で煙草を吸いながらナイトホークがくすくす笑う。それに溜息をつきながら、香里亜は亜真知の方を見た。
「ひどいですよね。ナイトホークさんってば自分が背高いからって…そんなに身長あるんだから、五センチぐらい私に分けてくれてもいいと思いませんか?」
 それを聞き、亜真知はふふっと優雅に笑う。
 話には聞いていたが、香里亜は本当に可愛らしい感じがする。それは香里亜自身の性格もあるのだろうが、その身に溢れる力からもそれが分かる。
 そして胸元にある様々な力からも…。
「香里亜様は、いろいろな方々に大切に思われていらっしゃいますね」
 亜真知はそう言って、香里亜の胸元を見た。そこには葉っぱが銀で真っ赤な石が薔薇の形に彫刻されているブローチが飾られていた。香里亜は亜真知の言葉が何を指すか気付いたようにブローチにそっと触れる。
「これ、お守りにってお友達に頂いたんです。私、今年の春に東京に来たばかりなんですけど、皆さん優しくていいお友達ばかりなんですよ」
 香里亜はそう言うと、首から下げているお守り袋とロザリオを服の上に出した。
「なんか和洋折衷なんですけど、全部大事で外せないんですよね」
 そのブローチに込められた力を、亜真知はよく見知っていた。そして、そのどれからも香里亜を守ろうとする力が感じられる。亜真知はそれらを見ながら、またコーヒーを一口飲む。
「全部香里亜様の為に渡されたものですから、どの力もケンカせずに、香里亜様を守ってくださいますわ」
 亜真知の言葉を聞き安心したのか、香里亜は微笑みながらそれらをまた服の下にしまった。そしてフォークでタルトを切りながらこう呟く。
「不思議ですね、亜真知さんが言うとすごく説得力があります。なんか本当に大丈夫って感じがするんです…本当に私の方が年下みたいですね」
 もしかしたら香里亜は、亜真知の今の姿が仮身だということに気付いているのかも知れない。だがそれには全く触れず、香里亜は美味しそうにタルトを口にした後、何かに気付いたように亜真知の方を見た。
「そうだ、亜真知さん。良かったらカプチーノ飲みません?」
「カプチーノ?」
「はい。今入れ方練習してるんで、ナイトホークさんほど上手じゃないかも知れませんが」
 そう言うと香里亜は立ち上がり、カウンターの中に向かう。そしてナイトホークに何か言うと、真剣な顔でコーヒー豆をセッティングし始めた。ナイトホークがその代わりに亜真知の側に来る。
「良かったら練習台になってやって。カプチーノはこっちからのサービスだから」
「よろしいんですか?」
 ナイトホークが笑って頷く。
「ああ、香里亜がやりたいみたいだから、やらせてやって」
 エスプレッソマシンを前にして、香里亜がミルクを温めている。ナイトホークはそれを黙って見つめながら煙草に火を付けた。
 ああ、この店の雰囲気がいいのはこんな所もあるからだ。亜真知はそう思いながら、その様子をじっと見ていた。
 しっかりと調和が取れた店内に、美味しいメニュー。そして、ゆっくりとした時間を邪魔しない距離感。真剣に練習しているところに手を出さず、それを黙って見守っている…お守りだけではなく、現実でも守られているその力。
 しばらくして、香里亜が亜真知とナイトホークの前にカプチーノを差し出した。亜真知のカップの上には可愛らしいヒヨコが描かれており、ナイトホークの前のカップは綺麗なリーフ模様が描かれている。
「お待たせいたしました。今練習中の『デザインカプチーノ』です」
 その可愛いヒヨコを見て、亜真知は香里亜に微笑んだ。飲んでしまえば消えてしまうが、自分のために描かれた絵。
「何だか飲むのが勿体ないですわ…どうやって飲めばいいのでしょう」
「泡にお砂糖をかけてすくったり、そのまま一気に行っちゃったりしてください」
 ヒヨコを崩さないように亜真知がそっとカプチーノを飲む。ナイトホークも同じようにカップに口を付けた。
「どうですか…」
「美味しいですわ、香里亜様。こんなに可愛いカプチーノを飲むのは初めてです」
「うん、リーフ模様も崩れてないしいいんじゃないか?」
 それを聞き、香里亜が本当に嬉しそうな顔をする。その笑顔を見ながら亜真知はまだ残っているレモンタルトを口にした。レモンタルトの甘酸っぱさが口の中に広がる。
「良かったです。ナイトホークさんには練習台になってもらってるんですけど、お客様に出したのは今日が初めてなんです。だから、私のデザインカプチーノを初めて見たお客様は亜真知さんですよ」
 亜真知は自分に訪れたささやかな幸運を楽しみながら、カップの上のヒヨコを見つめた。
 また近いうちにこの店を訪れよう。そして今度はデザインカプチーノを頼んで、今度は何が描かれるか楽しみにしよう。
 亜真知は香里亜とのお喋りを楽しみながら、そんな事を思っていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1593 /榊船・亜真知/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/超高位次元知的生命体・・・神さま!?
◆ライター通信◆
ご来店ありがとうございます、水月小織です。
相関関係の知り合いやお友達から蒼月亭を知ってやってくるということで、午後のゆっくりとした時間を楽しむという話にさせていただきました。
亜真知さんの方がずっと年上なんですよね…流石に香里亜も恐縮しているようです。
デザインカプチーノはいつか蒼月亭で出そうと思っていたのですが、今回この話で初めて出させていただきました。お気に召していただければよいのですが…。
リテイクなどはご遠慮なくお願いいたします。
次に来るときはもっと練習してると思いますので、またご来店下さいませ。