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蒼天恋歌 3 穏やかなる幕間
レノアがあなたの家に匿われてからしばらくたった。これといって大きな事件もなく平和に過ぎ去る日々。
彼女は徐々に明るくなる。元からの性格がそうだったのだろうか。
美しい顔立ちが、明るくなった性格に相まってきて、どきりとする時がある。
其れだけに美しい女性である。
ある日のことだ。彼女は歌を歌っていた。ハミングを口ずさむ。
名前以外知らなかったはずなのだが、調べていくと、歌が好きだと言うことを思い出したという。気持ちよい歌。しかし、其れだけでは手がかりにならない。
また、ある日のこと。
「いつも、いつも、あなたにお世話になりっぱなしです。出来れば恩返しをさせてください」
と、申し出るレノア。
あなたは、申し出を断るかどうか?
「たまには外に出かけてみようか?」
と、あなたは言う。
うち解けてきた彼女は、にこりと笑って付いていく。まるで子犬のように。
色々探さなければならないことはある。しかし早急にするべきではなく、非日常から日常へ少し戻ることも……必要なのであった。
様々な彼女とのふれあいで、心惹かれ合い、そしてその日々を楽しいと感じることになるだろう。
〈移動〉
あやかし荘にいることはかないません。
本当ならエヴァ様と一緒にレノア様を守っていきたかったですが、こうも敵が来ると言うことは、恵美様達を巻き込むことは出来ませんもの。しかし、どうすればいいのでしょう?
もしかすれば茂枝萌様のところが好都合かもしれません。
「どうかしたのですか?」
わたくしがかなり真剣に悩んでおられるので、レノア様が心配なさってくれています。
「いえ、なんでもありませんわ」
にっこりと微笑んで不安を取り除いてあげます。
目の前には、茂枝萌様がおられます。萌様も首をかしげておられます。
「萌様、出来ればお願いしたいことがあるのですが……」
「えー! モエの所に?!」
案の定エヴァ様が怒っていらっしゃいます。
「ここに一緒にいられないことは、ご理解頂けるでしょうか?」
「ま、まあ、たしかにそうだけどぅ」
猫又の子供があくびをしながら、私たちの会話を聞いていらっしゃります。先日の事なんか気にもとめていない態度です。
しかし、エヴァ様は何かしら不満げ、分かっています。
「私は今大事な事件に関わってしまいましたわ。それはこの状態を見れば分かりますわ」
と、外を見せる。
生命力が枯渇した一部の地域。それがレノア様の力により上書きされた。これが恐ろしい虚無の力。
「モエにちょっかい出しそうで……」
「まったくー。儂らの命とそのヤキモチを秤にかけるな」
「ううう、嬉璃〜」
嬉璃様が横やりを入れてきます。二人っきりでお話ししたいわけですが、ここは仕方ありません。
「わたくしは、エヴァ様を大変お慕いしております。なので、ここは……」
と、意志を強く持って言いました。
「わかったわ」
エヴァ様はしばらくわたくしを見てからため息を吐いて、
「デルフェス、すべてが終わった後、その分甘えさせて貰うから」
と、エヴァ様は苦笑混じりに答えてくれました。
と、言うわけで萌様の所に向かいます。レノア様はわたくしの後ろにちょこちょこ付いてきてくれました。
「どこに向かうのでしょうか?」
「しっかり守れる場所ですわ。ご心配なく」
「狭いから、余り自由に出来ないですよ?」
萌様はため息を吐いておられます。
色々好都合な条件を出したので、萌様もかなり渋々というところなのでしょうが、隣人のセクハラに対抗できることを考えればこう友達が泊まりに来ていると考えると、いう風に解釈してくださいました。本当に萌様は優しいお方です。考えてみれば、レノア様も萌様も同じ世代ではないでしょうか?
たしかに、部屋は2DKぐらいで小さめです。さすが萌様は各所の避難ルートを私に教えてくださいます。
「ただ気をつけるのは、私はNINJAスーツがなければ、ただの人だから。その辺気をつけて?」
と、言う訳です。
私が二人をお守りし、すぐに行動できるエージェントに交代するという方法になるのでしょう。私の力もさらに試されるわけです。
「あうあう、私のせいで、私の」
「レノアさんの所為じゃありませんから。心配しないで」
と、萌様も事情を分かってくださっています。
本当に良かった。
その日は簡単に生活用品を買い集めて、ささやかな食事をいたしました。隣の部屋で嫉妬の号泣が聞こえて言えるのは無視の方向で良いでしょう。
「其れは良くないけど……。まあ、良い薬ね」
〈それから数週間後〉
あまりにも平和でした。
萌様は仕事で出かけたり、学校に向かったりしておりますが、わたくしとレノア様は平和に暮らしております。わたくしは朝早く起きてお二人の寝顔を見て心ときめかせ……いえ……今日も元気にがんばろうと誓いならが日々をすごしています。大きな事件などに遭うことはなく、レノア様もだいぶ落ち着かれております。窓から空を見て、歌を歌っている事が良くあります。
「どんな歌なのですか?」
「うーん、平和というか色々な“良きこと”の歌と思います。ただ、今の言葉に訳す事が出来ないのです。」
「あらま。そんな難しい歌を歌うのですか……」
と、隣に座ってじっと空を眺めていました。
レノア様と萌様も、歳が近いために親しくなってくれています。実際レノア様がお姉さんのハズですが、雰囲気からして萌様がお姉様に見えてしまいます。其れが又、癒しを運んでいるようです。仲良きことは良いことです。
ある日曜日に、わたくしは思い立ちました。
「3人でお洋服を買いに行くのはどうでしょう?」
「?」
「??」
萌様もレノア様も頭の上にはてなマークを浮かべてわたくしをみています。
「もう夏が近いですし、レノア様のお洋服も少ないですし」
「それもそうですね。私の服のサイズやデルフェスさんのサイズとは違いますから」
すぐに納得してくださった萌様。さすがです(心の中で握り拳)。
「ふ、服ですか?」
レノア様は瞳の奥のなかで何かを燃やしておられます。
お洋服が好きなのは女の子にとって大事なことです。
そうと決まれば早く行きたいですわ。どんなお洋服が似合うのか、楽しみでなりません。
そして、朝食を摂ってから、ショッピングモールに向かいました。
レノア様はしっかりガードしております。わたくしの生まれた理由でもありますボディーガードとしての役目がありますもの。私は日焼けなど気にしなくて良いのですが、レノア様と萌様にはしっかり紫外線対策をして貰っています。
「わあ、凄く広いところですね!」
色々記憶がないレノア様。
なので、こういう広く大きな所は初めてのような感動をしていらっしゃいます。
その笑顔がとても、悲しく見えたのは気のせいでしょうか?
まるで儚い夢のような……。
もし、記憶が今すぐ戻るならば、レノア様はどうされるのでしょう? 其れが不安なのかもしれません。記憶喪失の一部では記憶を失ったときの記憶がなくなると言うことがあるそうです。出来れば、それも覚えて欲しい、そう願うしかないのですが。おっと、暗くなっては行けません。
3人でカジュアルのブティックなどがある方に向かいます。
「こっちが良いかもしれませんわね」
萌様は余り派手な服はお気に召さないようです。黒か紺のシックなモノばかりですから、
「萌様はこういうモノがにあいますわ!」
「いや、私は、そういう派手なのは……」
「似合うと思うのです」
レノア様もノリノリです。
「レノア様のお洋服は……どんなモノが好みなのでしょうか?」
レノア様に聞いてみます。
「えっと、春、暖かな感じが好きですね。でもそろそろ夏ですし……その季節にあったモノで良いです」
レノア様は、少し考えてから答えました。
「なら、こんな感じでしょうか? ああ、とても似合いますわ」
白いワンピースを試着したレノア様は本当に天使のようで……、あ、天使でした。多分。
そして、レノア様が好むような服と私がレノア様に為に選んだ服を買って(もちろん萌様の分も♪)、しばらく散歩していると、
「レノアさん? あれ? レノアさんが!」
「ああ、たいへんですわ!」
レノア様が見あたりません!
彼女は、たまにふっといなくなります! 方向音痴なのに!
でも、レストラン街の喫茶店の前でレノア様を見つけました。
「レノア様!」
「レノアさん!」
「あ、デルフェスさんに萌さん」
「あ、じゃありませんわ! 今はレノア様の身が危ないかもしれないのに!」
「あう、ごめんなさい……」
怒られてしょぼくれる、レノア様。
あ、とても可愛いです。でも、やはり、あの悲しい感じは残っています。
「どうしたのですか?」
「ケーキの甘い香りが……」
レノア様はケーキに目がない様子です。だからですか。納得。
元からの性格なのか、記憶が無いためなのか、色々さまよう癖があるようです。私もしっかりボディーガードしないといけません。知性あるゴーレムとして失格になりますわ、とほほ。
それに、レノア様、このままではずっとこの店の前に立っているのは行けない気もします。いつどこで、あのテロが襲ってくるか分からないから……。
「食べたいのですか?」
「はい、ケーキ……」
レノア様は本当にケーキを食べたいらしいです。
「私も少し疲れたので、しばらくゆっくりします?」
萌様は苦笑しながら言いました。
人間からすればかなりの時間歩いていたのかもしれません。この辺が作られたモノと元から生命あるモノとの違いですね……。
「はい、萌様もおっしゃるというなら……」
その言葉でレノア様の顔が明るくなりました。
しかし、ケーキの香りって? ああ、たぶんスポンジのことなのかもしれませんね。
〈帰宅途中〉
そのあと、無事に帰宅したのですが、この辺りから何やら気配を感じています。しかし、其れは殺気が無く、見守られていることが分かりました。ああ、IO2が動いているのですね。
「デルフェスさん、萌さん、今日は色々ありがとうございます」
と、レノア様が深々お辞儀をしました。
そして、長い道を歩いていると、レノア様が歌い始めました。
全く聞き慣れない言葉。音階に合わせて、そこにふさわしい声を合わせている、しかし、何か心温まる歌です。
「とても良い歌ですわ」
「ありがとうございます」
レノア様はにっこり微笑んで答えてくれます。
そこには何度も見てきたあの悲しさはありませんでした。
この数日は、先日と違って平穏な日々でした。
しかし、この日常が、非日常へとひっくり返ることは確実なようです。それは、遠くの空が教えてくれています。
レノア様を必ず守りますわ。
彼女の記憶がもどっても、守り通して見せます。
4話に続く
■登場人物
【2181 鹿沼・デルフェス 463 女 アンティークショップ・レンの店員】
■ライター通信
滝照直樹です。
「蒼天恋歌 3 穏やかなる幕間」に参加して頂き、ありがとうございます。
かなり平和な、お買い物シーンになりました。
エヴァの方のヤキモチも、エヴァが少し大人(?)になったのか収まった様子です。今の事情が分かるためでしょうか。
レノアの色の趣味というのは平凡かもしれません。
4話からまたシリアスになります。行動によっては、彼女の悲しい雰囲気が分かるかと。
では又、お会いできること祈って。
滝照直樹
20060727
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