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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


忍ぶのぢゃ

 今日は台所からいい匂いが漂ってくる。座敷わらしの嬉璃は鼻をすんすんと動かしながら首を伸ばす。こんがりきつね色のクッキーが焼きあがったところであった。
「ほう、美味そうぢゃのう」
できたてを一枚、と手を伸ばしかけたら赤いキッチンミトンをはめた因幡恵美に叱られた。
「嬉璃さん、駄目ですよ。これは明日のために焼いてるんです」
明日、学校でフリーマーケットが開かれるらしく、そこで売るお菓子を作っているところだった。よく見ればクッキーだけでなく湯せんにかけられたチョコレートも、型に流し込まれ冷凍庫で冷やされるのを待っている。
「売りものですから食べないでくださいね」
「ぢゃが、一枚くらい」
「いけません」
きっぱりと断られた上に、台所は立ち入り禁止となってしまった。だが、そのくらいで嬉璃が諦めるはずもない。
「面白い。恵美からの挑戦状というわけぢゃのう」
こうなったら是が非でも台所へ忍び込んでお菓子を奪取するのだ、恵美には気づかれないように。
「久々に妖怪としての腕が鳴るのう」
座敷わらしというのはお菓子を盗む妖怪ではなかったと思うのだが、それは言わないことにする。

 ううむ・・・と、嬉璃は顎に手をあてて唸った。台所からお菓子を奪取するためにそこそこの頭数は揃ったのだが、そのほとんどが
「きゅー」
「きゅ」
「きゅう」
と、鳴いてばかりいる。つまり動物ばかりなのだ。それもイヅナばかりが三匹、羽角悠宇のペットである白露が頭一つ大きく残りの二匹、初瀬日和の末葉と鈴森鎮のくーちゃんが両方から挟むようにちょこんと座っている。唯一、嬉璃と言葉の通じるのが鎮なのだが
「お菓子を奪うでござる!」
と、鼬の姿で黒装束なのだ。ちなみにくーちゃんも、お揃いの茜色である。
 まあ、下手な人間を捕まえるよりは、たとえば三下とか三下とか三下とか、動物たちのほうが小回りもきくし敏捷でもあるし、役に立つだろう。皆のサイズを見回し、これなら外の通風孔から台所へ忍び込めるだろうと嬉璃は踏んだ。
「屋根裏からというのはよくある話ぢゃが、換気扇からとは恵美も考えつくまい」
「でもさあ・・・」
実際に外へ回って、通風孔を見上げた鎮がぽかんと口を開けていた。
「どうやってあそこまで登るんだ?」
そう、それが当座の問題である。
 あやかし荘の通風孔は玄関脇の窓の上に開いていた。四角く、かつては頑丈にはめられていた格子が錆びてネジも外れ、だらしなくぶら下がっている。地上から約二メートルほどの高さでだ。どう頑張っても、嬉璃には手が届かない。
「くーちゃんたちは爪を立ててよじ登れるだろうし、俺も風を使えばいいけど・・・嬉璃はどうする?」
「ううむ・・・」
上から縄を垂らして引っ張り上げるにしても、イヅナと鼬の力ではいくら嬉璃が軽くても力不足である。鎮はとっておきの忍七つ道具を取り出してはみたが、水蜘蛛も撒き菱もこの場には役立たずだった。
 さてどうするべきかと妖怪に動物たちが首を傾げているところへ予期せぬ、格好の標的が現われた。イヅナの白露がきゅうと鳴いた。
 白露の主である悠宇が、ちょうどうまい具合に通風孔の前に立っていた。悠宇は長身で、手を伸ばすと孔の縁に指がかかるほどである。嬉璃のいたずらな瞳が光る。
「あそこによい梯子があるぞ!」
「は?」
悠宇は振り返ろうとしたが、容赦ない嬉璃が悠宇のシャツをひっつかみよじ登り、肩と頭を踏んづけて通風孔に飛び込むほうが先だった。さらに、イヅナ三匹と鼬一匹が後に続いて悠宇の背中といわず髪の毛といわず肉球の足跡を残していく。
「なんなんだ」
背中で悠宇の声を聞いた気もするが、今更顔を出せばとっ捕まって拳骨を食らうに決まっている。こうなれば進むのみでござる、と鎮はくーちゃんと顔を見合わせ頷きあった。

 本来通風孔というのは人が入るためには作られていない。言うまでもない。従って内部は狭く、鼬やイヅナほどの小動物ならばちょろちょろと駆け回れるのだが、嬉璃は這って進んでいても頭だの肩だのをあちこちにぶつけていた。
「こら、手伝うのぢゃ!」
「無理だって」
どこかに引っかかるたび嬉璃は悲鳴のようなわがままを鎮にぶつける。わんわんと文句を垂れる嬉璃をくーちゃんと末葉、二匹の雌イヅナが必死でなだめる。雄同士の鎮と白露は女には敵わないとばかりに顔を見合わせほうとため息をつく。
「嬉璃ぃ、お前もうここで待ってろよ。俺が今から一人で台所に忍び込んで、お菓子盗んできてやるからさあ」
「おんしになにができると言うのぢゃ!生意気を言いおって!」
「できるさ、簡単だ」
よく見ておけと鎮は忍び七つ道具の入った風呂敷の中をかき回して、二つの吸盤を取り出した。お手製の自慢作である。
「これを使って天井から忍び込むんだ。台所は隠れるところが多いからな、絶対成功するぜ」
自信満々の鎮であったが、話を聞いていた嬉璃はなぜか顔色を暗くし、ゆっくりと首を横に振った。
「やめておけ」
「どうしてだ?」
「・・・この間、あの台所に奴が出たのぢゃ」
黒光りする、人間たちの天敵。奴に出会うと大抵の人間は悲鳴を上げて逃げ惑うのみであるが、恵美はなぜか例外であるらしく見つけた途端にスリッパの裏で見事に仕留めていた。
「そのときに言っておった」
勿体つけるように一呼吸置いて、そして。
「危ない危ない、うっかり包丁投げつけそうになりました」
「・・・・・・」
嬉璃の声真似を聞いた鎮は、自分の身につけている忍装束の色にぞっとした。いくらなんでも、鼬の標本として最期を迎えたくはない。
「全員でかく乱する作戦にしよう」
即座に変更された作戦に異を鳴く者はなく、一人と四匹は薄暗い通風孔の中をずるずると進んだ。途中からは少し孔が広くなり、おかげで嬉璃も大分楽に進めるようになった。
「あそこに見える出口が、台所ぢゃ」
嬉璃が指さしたほうから光が差し込んでいた。長い闇の先にようやく見つけた希望のごとく、思わずくーちゃんが駆け出したのだがすぐなにかにつまずいて転んでしまった。
「大丈夫か?」
不幸中の幸い、くーちゃんはけろりとしてすぐに立ち上がった。が、自分が転んでしまった原因が気になって仕方ないらしい。なんなのだろうと鎮も顔を近づけてみる。
「・・・ドミノ?」
淡いピンク色に発光するドミノ牌。きょろりと周囲を見渡せば、今まで気づかなかったのが不思議なくらいあちこちに一枚、二枚と落ちている。中には指でつつかれるのを待っているように並んでいる牌もある。
「・・・・・・」
四匹の、小動物としての血がうずいた。
 青く光るドミノを、白露が両手で抱え上げた。そして尻尾でバランスをとりつつよろよろと慣れない二本足で歩いて、既に立っているドミノの列につけたした。さらに隣に、くーちゃんが運んできた一枚が加わる。
「なにをしておるのぢゃ?」
訊ねるまでもない、彼らはドミノを並べているのだ。イヅナはなぜか、規則正しくものを並べることに、やたら執念を燃やしてしまう生物なのである。そして恐らく、鎌鼬も。
「そんなことより早く、台所へ行くのぢゃ」
「だめだ!」
嬉璃が動いたせいで倒れてしまったドミノを拾い上げる鎮の目は真剣だった。
「台所の通風孔の前にも、ドミノが並んでいる。あれを倒すまでは駄目だ」
と言っているそばから崩れるドミノ。黙々と働く鼬とイヅナ。嬉璃は、動くことすら許されない状態。
「・・・お菓子は、どうなるのぢゃ・・・」
それは、ドミノに聞いてみなければわからない。

「お茶の時間にしますよーっ!」
恵美の声は台所から廊下を通り、玄関にまで達したらしくバドがわんわんと返事をしていた。もちろん、天井裏の通風孔へも聞こえたのだがそこから返ってきたのは音にびっくりしたイヅナたちが一斉にドミノを倒してしまった嘆きの声であった。
「ああ・・・」
鎮は大きなため息。また最初からやりなおしだと思った。が、赤いドミノを持ち上げようと手を伸ばしたらいきなりドミノが消えてしまった。一枚だけではない、全てのドミノがだ。
 泥棒たちを阻んでいたドミノは、斎藤智恵子が魔法で出したものだった。智恵子が魔法を解いたからドミノも消えてしまったのである。そのときちょうど通風孔の出口を覗いていた末葉がバランスを崩して格子の隙間から転がり落ちた。
「きゅっ!」
末葉を捕まえようと身を乗り出した白露も落ちた。鎮はくーちゃんと顔を見合わせ、
「俺たちもやっとくか」
「きゅう」
そして二匹も後に続いた。残ったのは嬉璃一人。嬉璃も出たいのだが、格子の隙間を通れる大きさではなかった。
「・・・・・・」
庭のほうへ戻ろうか、どうしようか。助けを求めるのは簡単だが、お菓子を奪いに来た者としてはあまりにも情けない。通風孔の寸前にまで近づいてはみたものの、また下がろうかと迷っていると、いきなり目の前に大きな手が現われた。
「な、なんぢゃ?」
嬉璃が目を丸くしている間に大きな手は格子の四隅に留めてあったネジを外し、格子を取り除いてしまった。そこから出てきたのは、悠宇の笑顔。目の端からはイヅナと鼬を抱いている日和が見えた。
「お菓子の時間にしようか」
テーブルには嬉璃の分まで数えたお茶とお菓子が用意されていた。思わず頬が赤くなったが、ついつい意地っぱりが先に立つ。
「いやぢゃ」
わしはあくまで忍ぶのぢゃ、と嬉璃は亀のように首を引っ込めてしまった。意志に反するように、嬉璃のお腹がくるると鳴った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回はいろんな視点からの話を書かせて頂きました。
皆様全員のノベルをお読みいただければ、
いろんな事情が見えてくるかもしれません。
相変わらず動物まみれの鎮さまだったのですが、
「奴」のエピソードはつい外せませんでした。
お菓子を自力で奪取はできませんでしたが、お茶の時間で
お腹一杯食べたかとは思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。