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<東京怪談・PCゲームノベル>


廻歪日〜弐心の干渉〜


●歪

 それは突然の出来事であった。
「これ、は」
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)は、我が目を疑った。弱視ではあるが、だからと言って風景自体が変わるなんて事は無い。
 無いと分かっていても、思わず目を疑わずにはいられなかった。
 セレスティの目の前に広がっているのは、廃墟だった。転がっているものたちによって、なんとなく病院だという事が分かる程度だ。
「確か……私は庭に居たはずです」
 庭で散歩を楽しんでいた。もうすぐ夕暮れ時になりそうな空は今にも赤く染まりそうな雰囲気で、色の変化を楽しむのにいいタイミングであると思っていたくらいだ。
 季節の花や木に囲まれた空間に居たというのに、気づけばこうして真反対に位置する廃墟と言う場所にいる。いつそのような事になったのかも分からないままに。
 セレスティは小さく笑み、ゆっくりと歩き出す。
(実に興味深いですね)
 突如引き込まれたという世界に、セレスティは興味を持つ。何をしたわけでもなく、引き込まれたのだ。引き込んだ相手と言うのも気になるところだ。
「病院のようですが、一体どういう名前でしょうね」
 セレスティは呟きながら、病院名が書かれていそうなものを探す。荒れ果ててはいるものの、カウンタらしきものがある。そこにカルテや診察券といったものがあれば、それで分かる。
 小さな期待を抱きながら近づいたカウンタには、何も無かった。ただ荒れ果てたカウンタがぽつりとあるだけで、紙一枚、ペン一本たりともそこには存在していない。
 セレスティは小さくため息をつき、廃墟内を歩く。看板や案内掲示板でもあれば、分かるかもしれないと思ったのだ。
 だが、やはりそういう類のものは無い。
 病院名が分かるであろうものは何処にも見当たらないのである。
「これは、外に出て表札か何か探さないと駄目かもしれませんね」
 セレスティはそう言い、辺りを見回す。
 廃墟の様子を見ると、表札といったものも壊れてしまっているかもしれない。
(望みは薄そうですね)
 ため息をつきながら、セレスティは再び周りを見る。天井がぽっかりと開いている為、日差しが目に飛び込んでくるのだ。
(どこかに、日陰が無いですかね?)
 そう思い、壁がより多く残っている場所に向かおうとする。
 その時だった。
「こんにちは」
 突如、入り口の方から声がした。少女が立っている。腰まである長い黒髪、虚ろな赤い目。白いワンピースはふわりと風に揺れている。
「こんにちは」
 セレスティが挨拶を返す。少女はくすくすと笑った。
「ここは、アカコの世界よ」
「アカコさん、と仰るのですか」
 セレスティの問いに、アカコはこっくりと頷いた。セレスティはふわりと笑い「セレスティ・カーニンガムです」と自己紹介する。
 アカコはその自己紹介を聞いているのか聞いていないのか、ただくすくすと笑っているだけだ。
「ここに足を踏み入れたから、完全に夕日が落ちるまでアカコと遊んでもらうの」
 セレスティは空を見上げる。なるほど、確かに太陽が傾きかけている。夕日が完全に落ちるのは、今から二時間といったところだろう。
「鬼ごっこしましょう。アカコが鬼よ」
「鬼ごっこ……」
 困りましたね、とセレスティは小さく呟く。
 セレスティは足が良くない。杖をついて歩くのが通常で、鬼ごっこなどという走らなければならないゲームをするには向いていないのだ。幸い杖は手にしているものの、だからといって大きなリスクを負っている事に変わりは無い。
「アカコさんが鬼なのですか?」
「そうよ。アカコが鬼なの」
 アカコはそう言い、何処からとも無く包丁を取り出した。セレスティは、はっとしたようにその包丁に目を奪われた。
 ぎらりと光る、鋭い刃。
(本気、ですね)
 セレスティは思わず、じり、と後ろに下がる。
 アカコの手に握られている包丁は、料理する為ではなく人を殺す為の包丁だ。長年不可思議な事に関わってきた直感が働く。
(あれは、本気です)
 鬼ごっこをし、鬼となったアカコはセレスティを捕らえようとする。捕らえたら、ためらうことなく包丁で刺してくるだろう。
 人ではなく鬼になっているのだから、人を殺す事に躊躇を覚えるはずも無い。
 セレスティは逃げる為の道を探すように、周りを見回す。東西南北、四箇所の出口が扉のように開かれている。
(何処に逃げるかで、決まりそうですね)
 セレスティは考え、じりじりと移動を始める。
「数えていい?数えるよ」
 アカコはそっと笑いながらそう言い、息を吸い込む。セレスティはそれと同時に、一箇所に向かう。出来るだけ早く到達できるように、足を必死に動かして。
 向かった先は、南。
「いーち……」
 やんわりと、アカコが数え始めた。


●南

 南の出口を抜けると、途端にバタンという音が響く。ちらりと振り返ると、セレスティが選んだ南以外の出口が閉まってしまったようだった。
(こちらが逃げる場所を隠す事はできないのですね)
 セレスティは苦笑し、歩を進める。
 アカコに捕まってはならないと本能が告げている。単なる鬼ごっこならば、ただ捕まって鬼になって終わりだ。だが、アカコがやろうとしている鬼ごっこは、単なる鬼ごっことは言い難い。包丁を持っているからだけではない。
 捕まったら殺されるかも知れぬという、それだけではなかった。
 はっきりとした理由は分からない。しかし、捕まってはならぬと頭の中で繰り返していた。足が弱いという決定的な弱点を、自らが負っているとしても。
 杖があるとしても、長距離の歩行は不可能だ。普段が車椅子を使っての生活をしているだけに、現在の状況は思わしくない。
「これは」
 目の前に広がる風景に、セレスティは目を奪われる。そこに広がっていたのは、川だった。川幅は10メートルくらいでろうか、大河と言ってもいいだろう。流れは穏やかで、日差しを浴びてきらきらと光っている。
「夏、でしょうか」
 じりじりと照らす太陽は、直視していないのに目を容赦なく刺激する。川原には草が生い茂っており、青々として風に揺れる。
 まさに、夏。
(それでいて、暑くはありませんね)
 目の前の風景を見る限りでは、うだるような暑さが即座に連想された。その場にいるだけで汗が噴出して来るのが、昨今の夏だ。
 しかし、セレスティは汗一つかいていなかった。鬼ごっこ開始から、できる限りの速さで歩いているというのに。息は切れても汗は出ない。
 暑くないのだ。何となく暑い気はしても、夏特有のじりじりとする暑さは何処にも無い。何となく暑い、という感覚程度だけだ。
 セレスティは川を見つめながら、足を止めた。目の前に広がる川は、相変わらずさらさらと穏やかに流れている。
(私にとってこれは、絶対的に不利な状況を打開するものですね)
 水に関する全ての事を自由に操れるセレスティにとって、目の前の川は状況の打開策として充分なものだった。足が不自由な事には変わりないが、手駒として扱える水があるのと無いのでは大きな違いとなる。
 セレスティは迷うことなく、川へと向かっていく。生い茂った草をかきわけ、川へと一直線に向かう。足元が整備されていない川原は、杖と良くない足にはとてつもなく困難な歩みを要求されたが、それも目標である川が目の前にあるというだけで進められた。
「ふふふ」
 後もう少しで川、と言うところで笑い声が響いた。セレスティははっとして後ろを振り返る。足は止めないままで。
 草の生い茂っていない場所に、アカコが立っていた。手にしている包丁に変わりは無く、虚ろな目のままでじっとセレスティを見ていた。
「見ぃつけた」
 アカコが嬉しそうに笑う。
「見つかってしまいましたか」
 セレスティは思わず苦笑する。足の事があるため、すぐに追いつかれるだろうとは考慮していた。何せ、走る事ができないのだから。
 追いつかれるのは時間の問題とは思っていたが、後もう少しだったと思う。セレスティの力が及ぶ川には、あと少しなのだ。
 アカコはざくざくと包丁で生い茂った草を切り裂きながら、まっすぐセレスティに向かってきていた。走ることなく、ざくざくと道を切り開きながら歩いてきている。
 それでも、セレスティの歩みよりも早い。
 セレスティは横目でアカコの持っている包丁を見る。ぎらりと光る包丁の刃は、草を切ってもその光を失う事は無い。曇る事も、錆付く事も、知らないかのように。
(出来るかどうかは分かりませんが)
 セレスティは目の前の川から水を取り、アカコの持っている包丁に向かわせる。包丁は錆びるものだ。その原因は、水。
 ならば、水を使ってアカコの持つ包丁を錆び付かせる事が出来るはずだ。
 セレスティの判断によって、水はアカコの包丁に纏わりつく。アカコはそれに気づき、足を止めてぶんぶんと包丁を振り回す。纏わりついている水が、邪魔だといわんばかりに。
「なに、これ」
 アカコは小さく呟き、再びぶんぶんと包丁を振り回す。眉間に皺がよっており、見るからに不愉快そうだ。
 セレスティは、今のうちにと歩を進める。
「ああ、もう!」
 更に強く言い放つアカコの言葉と共に、ばしゃ、という音が響いた。見れば、包丁に纏わりついていた水が下に振り落とされてしまっていた。
 包丁の刃はというと、多少根元が錆付いているという程度に収まっている。全体をさび付かせることは出来なかったようだ。
(ですが、充分です)
 ざくざくと草を切り裂きながら進むアカコがセレスティに追いつくよりも早く、川に到達する事ができた。セレスティは小さく笑い、川を背にしてアカコに向き直る。
 アカコはセレスティを見、にやりと笑う。獲物を見つけた目だ。
「まだ、捕まるわけには行きませんよ」
 セレスティは空を見上げ、太陽を確認する。
 完全に太陽が沈みきるまで、後半分くらいの時間だ。ちょうど、折り返し地点に到達したくらいだろう。
 ぐらり、と足元が揺れる。アカコがびくりと身体を震わせ、一瞬歩みを止めた。
「やはり来たようですね」
 セレスティは呟き、背後の川を見る。
 穏やかに流れていたはずの川はうねりを作り、猛々しく流れ始めていた。
 夏の川は、どちらかといえば穏やかではない。毎日日照りが続いて水不足に陥るような場合は除き、氾濫する事が時折ある。
 川は音と共に大きく揺れ、川岸に向かってきた。セレスティは今いる場所からもう少し上流の位置に向かって、すう、と手を上げた。
「少しだけ、分岐させていただきましょう」
 まだ追いつかれていなくて良かった、と呟きながらセレスティは川の上流部分を分岐する。大きくうねった川は、その途中で二方向に分かれてしまう。
 一方は、最初から流れていた方向に。
 もう一方は、セレスティとアカコを遮断するような形で。
「水」
 アカコは呟き、ぎろりと川を睨みつけた。小さく「さっきまでなかった」と付け加えながら。
(これで、多少は時間稼ぎが出来るでしょう)
 セレスティはアカコを見つめる。
 分岐させて目の前を流れる川は、小川のようにちょろちょろと流れているわけではない。全体として10メートルの幅があった川の途中を、半分くらいに分けたのだ。深さも浅いようでは遮断にはならないため、多少深みをつけている。
 アカコは目の前の川を見据え、じっと考え込んでいた。草をざくざくと切っていた包丁もそのまま動かない。
(追いかけてくるでしょうか?)
 セレスティはアカコを見つめ、考える。このまま追いかけてこないのならば、太陽が沈んで「鬼ごっこ」は終了する。だが、もし追いかけてきたらまだ終わらない。
(干渉してくるかもしれませんし)
 アカコの世界、という言葉を思い出す。ここが彼女の世界ならば、セレスティが作った分岐された川など、干渉して直してくるだろう。その上でセレスティに向かってくるかもしれない。
 アカコはしばらく考えた後、まっすぐに歩き始めた。ざくざくと草を切り、セレスティだけを見据えてまっすぐ進む。目の前にある分岐された川など気にしない。
 そうしてついに、アカコは川に到達した。セレスティまで、川を渡るだけだ。
「多少、邪魔をさせてもらいますね」
 セレスティはそう言い、分岐された川の流れを早くする。緩やかな流れのままだと、そのまま渡ることにアカコは躊躇しないだろう。
 そうして、完全に太陽が沈んでしまう前に追いつかれてしまうのだ。
 アカコは早くなった流れの川を見つめ、包丁をぐっと握り締めた。川に足を踏み出し、包丁で川を切ろうとする。勿論、切れない。モーゼでもないのだから、草とは違って流れを切り裂く事など無理な話なのだ。
 ざぶ、と足を踏み出すと音がした。アカコは流れを切り裂く事を諦めたのか、大人しくまっすぐに川を渡り始めた。目線はずっと、セレスティに向けられているままだ。
 ざぶざぶ、と川に入っていく。傍から見ると入水自殺でもしようかという光景だ。アカコは赤の目をセレスティに向けたまま、ひたすらに前を目指す。時折早い流れにこけそうになったりしながら。胸元くらいまで深さがきても、アカコの歩みは止まらなかった。流されてしまいそうな身体を必死に動かし、セレスティに向かってくる。
(参りましたね)
 セレスティは空を見上げる。大分夕日が沈んでいる。後今一歩、というところだろうか。
 アカコが到着するのが先か、夕日が落ちてしまうのが先か。そういう競争に既になっていた。
(私は、もう歩けませんし)
 杖を握り締め、セレスティは苦笑する。ただでさえ弱く、普段は使わない足を必死に動かしたのだ。休息を足が欲している。
 川の深さは、アカコの胸元までが一番深いところだったようだ。アカコはその後も足を捉われつつも、まっすぐにセレスティを見据えたまま向かってきていた。
 ざぶ、ざぶ、という川を横切る音がどんどん強くなっていく。
(気休めかもしれませんが)
 セレスティは川の水を使い、壁を作る。包丁を使って壊されるかもしれないが、それでもアカコはセレスティが作成した物自体に干渉してくるわけではないから、時間稼ぎにはなる。
 もし干渉できるのならば川を分岐させた時点で、やってきているはずだ。それをせずにあえて川を進んできたという事は、アカコの世界であるとはいえ全てに干渉できない事を示唆していた。
 ぼたぼたと水滴を落としながら、アカコはついにセレスティの目の前にたった。セレスティとアカコの間にあるのは、水で出来た壁だけだ。
「追いついた」
 セレスティを見、アカコはにたりと笑った。相変わらずの歪んだ笑みだ。
「追いつかれてしまいましたね」
 セレスティはそう言い、水の壁を強化する。
 アカコは壁をべたべたと何度か触った後、包丁を構えて一閃する。ばしゅ、という音と共に水の壁が切り裂かれたが、壁はすぐにまたくっついてしまった。アカコの表情に、不愉快の文字が浮かぶ。
「アカコさんは、あの病院にいたのですか?」
「病院?」
 セレスティの問いに、アカコは怪訝そうに尋ね返した。それでも、手は結界を切り裂こうと何度も包丁を走らせている。
「最初の病院は、アカコさんがいた病院じゃないんですか?」
「病院、病院……」
 アカコは何度も繰り返す。言葉だけが彼女の口からつむがれ、包丁は何度も振り下ろされる。
 まるで、機械的な作業だ。
「しらない」
 何度目かの自問自答の後、アカコはきっぱりと答えた。セレスティが「そうですか」と答えると同時に、ついに壁が崩れる。
 ばしゃん、と大きな水音をさせて。
 アカコは包丁を改めて構えた。包丁の根元の部分に、セレスティは錆びさせた跡があった。しかし、その刃はぎらりと太陽の光を浴びて、グロテスクに光り輝いている。セレスティはそのまぶしさに、思わず目を細める。
(西日、が)
 まぶしいのは、夏の太陽の所為だけではない。アカコがタイムリミットとして設けた夕日が、真っ赤に燃え上がりながら照らしているのも原因の一つだった。
 その太陽も、沈みきるまで後ほんの少しの間なのだが。
「あと少し、ですが」
 セレスティはそう言い、川の水を作って再び水の壁を作ろうとする。それを見てアカコは地面を蹴った。
「ふふ、ふふふふ!」
 アカコは笑い、包丁を振りかざす。セレスティは咄嗟に水の盾を作り、アカコの包丁を受けた。ばしゃ、という音が響き渡る。
 見た目以上に力強いアカコの包丁に、盾が競り負けたのだ。
「アカコが鬼よ。鬼ごっこは、鬼が捕まえるの」
 ぎらぎらと、赤く燃える包丁の刃。
「鬼は捕まえたら、鬼の勝ち」
 燃え上がる空。あと少しで、太陽は沈む。
 じり、とセレスティは後ろに下がる。このまま水の壁や盾を作り上げ、応戦する。そうすれば、いずれ太陽も落ちてしまうはずだ。
 つまりは、タイムリミットがやってくる。
「あははははは!」
 アカコが笑う。包丁を握り締め、ぐっと構えて振り上げる。
 目指しているのは、セレスティ。アカコは赤の目でざっとセレスティを見、にやりと笑う。
 視線は一箇所に集中していた。体の中心部分、腹の辺りを。
 セレスティは川の水を使って盾をつくり、主に腹を中心に防御に入る。
「鬼。鬼が勝つ。鬼ごっこ。アカコが鬼。鬼は捕まえる。捕まえたら」
 アカコは笑いながらぽつりぽつりと言葉にし、最後に「勝ちよ」と言い放つ。
 ぶん、と風を切ってアカコは包丁を突き刺すように、押し出す。セレスティの腹だけを狙って出した包丁は、セレスティの作った水の盾をぐぐぐと押す。そして、ばしゃ、という音と共に砕けさせてしまった。
(しまっ)
 セレスティは咄嗟に身構えるが、アカコの包丁のほうが先だった。差し出された包丁は確実にセレスティの腹を捕らえ、ず、と刺してしまう。
「……っ!」
 突き刺された包丁による痛みに、セレスティは顔をしかめる。痛い、というだけではない。どちらかといえば痛みよりも熱を感じた。
 勿論、痛みもある。痛いのは勿論なのだが、それよりも暑いのだ。
 夏と言う季節を感じる以上に、暑い。体の奥底から熱が生まれているようであり、そしてまた腹の辺りから熱湯が噴出しているようだった。
 押さえても沸いてくる、温泉のように。
「捕まえた」
 アカコは無表情でそう言い、セレスティに刺した包丁を抜く。どば、と腹から血が流れ出した。
 セレスティの頭が、視界が、真っ赤に染まる。夕日の中だからではない。赤く赤く染まり、押さえる両腕から湧き出る熱にぞくりと怯える。
 アカコが再び笑った。包丁が何度も振り下ろされる。痛み、熱、暑さ。ぐるぐると回る頭に、こみ上げる吐き気。
 痛い、辛い、苦しい、怖い、ぐるぐると回る……。
 既に数え切れぬ包丁の雨の後、アカコは地面を見つめた。
 そこには、誰も居ない。何も居ない。何処にも無い。
 無い。
 ゆっくりと顔を上げ、ぐるりと辺りを見回す。分岐していた川が、ゆるゆると一本に戻っていく。まるで何も無かったかのように、元の通りの川になる。
 アカコは包丁をぼとりと地面に落とし、ゆっくりと歩き始めた。纏っていた白のワンピースは赤く染まっている。ぼたりぼたりと、川原に赤の水玉模様を描きながら、アカコは中心部へと歩いていく。
 そうしていくうちに、アカコのワンピースも再び白へと戻っていくのであった。


●廻

 セレスティが気づいた時には、庭に居た。空を見れば今から夕日になろうとする太陽がおり、鬼ごっこなどしていないかのように時間は全く経っていなかった。
「あれは」
 セレスティは呟き、はっとして腹を見る。
 何もない。どうにもなっていなかった。
 大きく息を吐き出し、再び空を見上げる。じわじわと赤く染まっていく空は、先ほどの情景を嫌でも思い出させる。
「ですが、まだ覚えています」
 セレスティのいた世界では時間が経っていないのに、アカコの世界で過ごした出来事を克明に覚えていた。何があったのか、どういうところだったのか。アカコと言う少女の異常な様子や、切り裂かれた腹の痛みまで覚えているというのに。
「結局、あの病院の名前も分かりませんでしたしね」
 それが分かっていれば、こちらの世界での手がかりがつかめたであろうに、とセレスティは苦笑する。あの廃病院が分かったならば、アカコの正体も調べる事もできたであろうと。勿論、アカコはそのような干渉を望んでいないかもしれない。こちらが干渉する気持ちと、違えているのかもしれないが。
 セレスティは目を細め、空を見上げる。
 照りつける事の無い、柔らかな光が空に広がっていた。


<干渉は二心となり・終>

変化事象:南、川を分岐しつつも元に戻る。変化無し。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。ライターの霜月玲守です。この度は「廻歪日」に御参加いただきまして、有難うございます。
 セレスティ・カーニンガム様、いつも有難うございます。今まで参加してくださったものとはまた違った雰囲気のゲームノベルでしたが、如何だったでしょうか。
 この「廻歪日」は、参加者様によって小さな変化事象をつけていただき、それを元に大きな変化事象としていただくゲームノベルです。今回は残念ながら変化事象はありませんでしたので、結果のみゲームノベル「廻歪日」の設定に付け加えさせていただきます。
 御意見・御感想など心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。