コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


旅立つ植木の手助けを

□Opening
 あいつが旅立ってから、三日が過ぎた。修行のためと、輝く明日へ大きな一歩を踏み出したあいつの背中は、心なしか大きく見えたものだ。
 だが、しかし。
 木曽原シュウは、手元の肥料缶を握り締めため息をついた。
『あれあれあれ〜? ハイパーソダチ・Xだぁ』
 木曽原の周辺の植木が、さわさわと囁いた。
『兄様には、ハイパーソダチ・Xがまだ必要なのにィ』
 別の植木も、心配そうな声を上げる。
 そうなのだ。Flower shop Kで仕入れた植木があった。まだ小さく、両手のひらに乗るほど軽い、そんな育ち盛りの観葉植物。その中の一つが、ある日木曽原にこう言いきった。
『おいらは旅に出る、そう、自分を磨くためにな』
 そして、木曽原がどう説得しようか迷っている間に、本当に旅立ってしまったのだ。ずるずると、植木鉢を引きずり鼻歌交じりで行ってしまった。
 多分……、目立つだろうな、と、木曽原にはその時ぼんやりとそんな事を考えるしかなかった。いや、それは本人も分かっているだろう。見つかったら、上手い事逃げるのかも?
 旅に出たと言う事は、もしかしたら立派な観葉植物に育って戻ってくるだろう。けれども、だ。水は……、雨で何とかなるかもしれない。しかし、育ち盛りの植物には栄養剤や肥料が必要なのだ。
 Flower shop Kでは、観葉植物について【ハイパーソダチ・X】と言う、混合肥料を使用していた。この肥料を、何とかして旅立ったあいつに注がなければ……、最悪枯れてしまうかもしれない。
 けれど、意気揚揚と旅立った彼に木曽原が手厚く肥料を与えるとなると、彼のプライドはきっと傷付いてしまう。
 旅立って三日。まだそう遠くへは行っていないだろう。色々な所を見て回りたいとも行っていた。誰か、木曽原の差し金とは気付かれずに、この【ハイパーソダチ・X】を観葉植物に注いではくれまいか。
 そんな優しい人が果たしているのかどうか。木曽原は、また、ため息を重ねた。

□01
 妙な植木鉢を見た。
 最初は、誰の口から聞いたのだろう。事務所近くの商店街でその話を耳にするようになったのは、つい最近だ。
 それは、いつの間にか主婦の井戸端会議の真中に鎮座していたり、並ぶ魚の隣にそっと有ったり、そして、いつの間にか消えていたり。
 実際の所被害らしい被害は無く、今はまだ、人間に害を与えるモノでは無い。
 しかし、神出鬼没の植木鉢とはこれいかに。
 何より、元来動くはずの無いものが自分で動いているかもしれない。それが不気味で不安だと、皆最後にはそう締めくくった。
 だから、シュライン・エマは、これもご近所付き合いの一環だと調査している。
 そして、目撃情報を追っていて、辿り着いたのが一軒の花屋だった。
 確かに植木鉢と言えば花屋だ。シュラインは、何ら躊躇する事無く、花屋のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
 商店街を抜けた小さな道路に面した小さな花屋。
 店内は、透明なケースの冷蔵庫に切花。壁側には鉢植えが並んでいた。奥に進むと、大きな男が一人、エプロン姿で作業をしている。
 男は、最初に挨拶をしたきり、黙り込んでしまった。客にべったりと付いてトークをする営業では無いと言う事なのだろう。
 シュラインは、男が作業をしている所を申し訳無いがと、話しかけた。
「こんにちは、少し良いかしら?」
 男は、シュラインの言葉に手を止め、ふいと彼女を見た。しかし、無言。その無言を会話の開始と解釈して、シュラインは話を切り出した。
「私はシュライン・エマ、実は奇妙な植木鉢について調べているの」
「……、木曽原だ」
 彼女の言葉からワンテンポ遅れて、男――木曽原は、苗字だけを名乗った。
 元来、無口な性格なのだろう。
 シュラインは、頷き、話を進める。
「ええと、木曽原さん、動き回る植木鉢ご存知無いかしら?」
「……っ、それは」
 また、ワンテンポ遅れて、木曽原が驚いた。
 男のその様子に、シュラインは調査の進展を確信した。

□02
「つまり、この【ハイパーソダチ・X】をそのコにあげれば良いのね」
 シュラインは、受け取った肥料缶を手の中で遊ばせながら、確認する。どうやら、動く植木鉢は、まさにこの店から旅立ったようなのだ。旅立ち、そして、成長して戻ってくるはずだと木曽原は言った。それなら、数日放っておけば問題もおさまると思ったのだが、植物自体に危機が迫っていると言う。故に、肥料をお願いされてしまったわけなのだ。
「ああ、土の上においてやるだけで良いのだが……、」
 よろしく頼む、と、殊更丁寧に頭まで下げられる。
「うーん、多分、商店街の方も事情を話せば応援してくれそうだし」
 シュラインは、何だか植木の件でしょげかえっているような木曽原を励ますように、ニコリと笑顔を覗かせた。
「私も、そのコがどんな風に育つか興味が有るし、ね」
 何とかやってみましょ、と、木曽原の頼み事を引き受けた。

□03
「やっぱり、商店街を奥へと移動してるわね」
 地図を覗き込みながら、シュラインは一人ごちる。
 奇妙な植木鉢の目撃情報を、時系列に地図上で確認しているのだ。先ほどの花屋『Flower shop K』を基点として考えると、商店街を『Flower shop K』とは、反対側の方へ抜けて行こうとしているのが見て取れる。
 片手に地図を、もう片方の手にはスーパーのビニール袋を手に、シュラインはゆっくりと歩いていた。ビニール袋の中身は、スコップにジョウロ、多めに貰った肥料缶、植木鉢などである。ビニール袋を下げて歩く姿は、いかにも買い物帰りを演出していた。これならば、動く植木にもばれまい。ちなみに、植木鉢は、もし、植物が育っていたら植え替えてあげたいなと言う心からである。
「おそらく、今は……、この辺り」
 一日の移動時間を考え、シュラインは商店街の一廓にねらいをつけていた。
 夕方の商店街は、結構な人で賑わっている。その人ごみの中、店を探すふりをしながら、シュラインは耳をすませた。まずは、人の足音、声。さらには、荷物の擦れる音やドアの開閉音など、様々な音を聞き分ける。そして、勿論、植木鉢に関する噂も、聴き逃しはしない。
 ざわざわと、人の流れ。
 こつこつと、足音。がざがざと、モノが移動する。
 さて、その中に、かすかに聞こえた、ずざずざ、と言うゆっくりとした何かを引きずる音。いや、引きずると言うのは正確では無いか。
 ずざずざ、ず、ず……、そして、たまにぴたりと音がやみ。それからまた、動き出す。
 間違い無い。
 鉢が地面に擦れる音だ。
 まだ遠くかすかに聞こえるその音を目指し、シュラインは歩き出した。
 どうやら、この音は商店街の通りから一つ外れた細道から聞こえてきている。
 急く気持ちを落ち着け、あくまでも自然に、シュラインはその細道への角を静かに曲がった。

□04
 ず、……。
 シュラインが細道に入ると、ぴたりとその音が止んだ。
 ちらりと横目で確認すると、道の端に植木鉢が無造作にいくつも並べてあった。時期の過ぎた蘭の鉢、何も埋まっていない土ばかりの鉢など。その中に、まだ小さな観葉植物の鉢が有った。
 わざとらしくならぬよう、その鉢に近づく。
――間違い無い、わね
 シュラインは、花屋に並んでいた観葉植物を思い出す。言わば、このコの兄弟達だ。観葉植物の種類は違えど、おそろいの鉢に同じくらいの大きさ。心の中で頷き、しゃがみ込んだ。
 びくり、と。
 植木鉢が震えたような気がした。いや、もしかしたら、それは今は吹いていない風のせいかもしれない。
 シュラインは、植物の動きに全く気付かない風を装い、観葉植物を覗き込んだ。
「んー、誰の植木鉢だろうね? こんな所に……ああ、ちょっと元気が無いかも」
 誰に聞かせる風でもなく、それでも独り言にしては少々大きく、シュラインは呟き観葉植物の植木鉢を持ち上げた。
 それほど成長しているわけでは無さそうだ。
 それでは、植え替えはせずに肥料を置けば良いだろう。また、植物が焦ったように茎をちょこちょこと動かしたような気がするけれど、やはり気付かぬふりをする。
「見つけちゃったら、しょうがないよね、丁度肥料も沢山有るし、あげちゃおう」
 うん、と頷き、シュラインは植木鉢を一度地面に戻した。
 普段の口調を少し崩し、偶然見つけた誰の物ともつかぬ植木鉢に親切に肥料をやる。シュラインは、そんなお人よしを演じていた。
 教えられた通りに、【ハイパーソダチ・X】の缶からいくつか肥料の粒を取り出し、植物の根元に置いてやった。
 あとは、植物が少しずつ栄養を吸収するだろう。
 また、そわそわと植物が葉を震わせたような気もしたけれど、シュラインは微笑んで鉢を見ていた。

□Ending
 さて、どれくらいの時がたったのだろうか。
 鉢を見つめていても、鉢は動かなかった。一応鉢なりに、人間に見つかってはいけないと、考えているからだろう。
 シュラインは、立ちあがり、スカートの裾の埃を払った。
 ビニール袋を持ち上げ、来た道を歩き出す。
 ずる、……。
 鉢を引きずる音。
 ちょっとだけ、興味が残る思いで、シュラインが振り向く。
 ……。沈黙。
 鉢は、先ほどシュラインが置いた所から、わずかばかり動いていた。
 シュラインは、それを微笑ましく思い、また、歩き出す。
 ずる、ず、ず、……。
 その音は、たしかに力強く感じられた。
 ずる、ず、ず、ずずず。
 そして、シュラインは見た。
 角を曲がるその瞬間、ちらりと眼の端に、楽しげに踊り出した、観葉植物の姿を。
 ああ、肥料が間に合ったのだ。
 どんな姿に成長するのやら。
 とは言え、今は、任務完了。
 シュラインは、一度だけ植物に微笑みかけてから、帰路についた。
<End>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、ライターのかぎです。
 この度は、観葉植物を助けて頂きましてありがとうございました。彼(?)が花屋に戻るのは、まだしばらく先のような気がしますけれども、取り敢えず、元気を取り戻して良かったです。

□シュライン・エマ様
 いつもご参加有難うございます。
 今回は、お人よしを演じるシュライン様と言う事で、演じている最中は、若干可愛い口調にさせて頂きました。いかがでしたでしょうか。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。