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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


過去との決着 その1

 その男性に草間武彦は見覚えがあった。
 もう十何年も前に数回、会っただけの人物だ。あの頃はまだ40代だったはずだが、今はいくつになったのだろうか。年齢よりも老けて見えることは確かだ。
 お盆にお茶を載せて持ってきた草間零が、テーブルの上に2つの湯飲みを置き、男性へ会釈して立ち去った。男性と草間の間に流れる、どこか物悲しい空気を察したのかもしれない。
「早いですね。あれから、もう15年ですか」
 口を開いたのは草間だった。
「そうです。短いようで、長くも感じられた15年でした。しかし、今はもう15年も経ってしまったのか、という気持ちです」
 草間には、男性にどう声をかけていいものかわからなかった。
 男性は1人息子を亡くしている。いや、殺されたのだ。その死から、早くも15年が過ぎ去ろうとしていた。
 15年前、新宿駅のホームで高校1年生になったばかりの湯島浩太という少年が、何者かに暴行を受けて殺害された。終電間際でホームには多くの人間がいたにも関わらず、誰も止めようとはせず、そして警察が捜査に乗り出してからも情報提供者は現れなかった。
 彼は草間の同級生であった。たいして話した記憶もない。湯島が本当はどんな人間であったのかを草間が知る前に、彼は帰らぬ人となった。
「あと、2週間で時効になります」
 男性はうめくように言った。
 警察の懸命な捜査、父親などの情報提供を求める活動は報われず、15年が経とうとしている今も犯人は逮捕されていない。
 1年前、父親は犯人の逮捕につながる情報を提供した者へ200万円を支払うという賞金をかけた。しかし、それでも有力な情報は集まっていないようだ。時間が経過し、事件が風化してしまったことも情報が集まらない大きな要因の1つだろう。
「草間さん。私のことを諦めの悪い男だとお思いでしょうが、それでも息子がなぜ殺されなければならなかったのか、その理由を知りたいのです」
 男性の言葉に草間はうなずくことも、首を振ることもできなかった。
「犯人を捕まえたいと今でも思っています。1人の人間を殺しておきながら、犯人が今でものうのうと生きているかもしれないと考えると、怒りで狂ってしまいそうになるのです」
「俺に、犯人を探せとおっしゃるのですか?」
「お願いできませんか。もう、頼れるのは草間さんだけなのです。15年間、警察ですら捕まえることができなかった犯人です。あと2週間で捕まえろ、などというのが無理だということは重々、承知しております。それでも、私は犯人が許せないのです」
 その気持ちは理解することができた。いや、同情でしかないのかもしれない。
 それでも、草間にはなんとかしてやりたいという気持ちがあった。
「わかりました。難しいとは思いますが、やってみましょう」
「ありがとうございます」
 草間の言葉に、男性は深々と頭を下げた。
「これまでに集めた資料を渡してください。明日から、調査に入ります」
 どのような結果になるかは誰にもわからない。それでも最善は尽くすべきだ、と草間は思っていた。
 知人や友人にも協力してもらうことになるだろう。2週間と時間が限られている以上、1人では手に負える仕事ではない。
 男性から渡された資料には、たいした情報は記されていなかった。ただ、わかっているのは、湯島浩太は複数の人間に暴行され、殴り殺されたということであった。
 これは本当に手に負えないかもしれない、と草間は思った。

「武彦さん。どうするの?」
 男性を見送り、帰ってきた草間を見てシュラインが訊ねた。いや、むしろ草間が訊ねてほしそうにしているようにシュラインには感じられた。
「厄介な依頼だ。15年も逃げ延びてきた奴らだ。今さら、尻尾を掴ませるとは思えないんだがな」
「でも、調査する気なんでしょ?」
 シュラインの言葉に草間は苦笑いを浮かべた。口では色々と言っているが、草間がかつての同級生を殺した人物を捕まえる気でいることは、その雰囲気から察することができた。
 少なくとも草間の胸中にしっかりと根づいている義侠心を、シュラインは誰よりも知っているつもりだった。正義を気取るつもりは毛頭ない。しかし、弱い者を助ける人間が誰か存在しなければならない、と考える草間がいるのも確かだ。
「エマ。手伝ってくれるか?」
 煙草を取り出しながら草間が言った。その言葉にシュラインは呆れたように答えた。
「水臭いわよ、武彦さん。当然でしょう」
「助かる」
「わたしも、お手伝いします」
 その時、台所から戻ってきた零が草間とシュラインへ言った。そんな零をシュラインは微笑ましく見つめた。

 まず、草間は手を貸してくれそうな人間に電話をかけた。今回の調査に関しては、1人でも多いほうが良い。
 期限は2週間。その間に15年近く逃げ回った人間を探し出さなければならない。
 だが思いのほか、手を貸してくれそうな人間は少なかった。みんな忙しいのだ。あくまで協力を求めているだけであり、強制することはできない。
「とりあえず、その資料を見せていただけますか?」
 零の淹れてくれたコーヒーを飲みながら草間の話を聞いていたジェームズ・ブラックマンは、コーヒーカップを左手に持っていたソーサーに戻して言った。
「これだ」
 草間から資料を受け取り、その内容に目を通したジェームズは思わず眉をひそめた。その反応を見て草間の口許に苦笑が浮かんだ。
「これは、資料とすら呼べませんね」
 どこか酷薄そうな笑みを口許に張りつかせてジェームズが吐き捨てた。
「すみません。俺も見させてもらっていいですか?」
 事務所の椅子へ逆向きに腰かけた藤堂元が言った。ジェームズがコーヒーカップをテーブルに置きながら資料を手渡した。
 黙って資料を読んでいた元であったが、やはりジェームズと同じように顔をしかめた。
「ホント、手がかりにはなりませんね」
 落胆を感じながら元は呟くように言った。
「仕方がないわ。懸賞金をかけても、情報が集まらなかった事件よ」
「それは、わかってますけど」
 シュラインの言葉に元は不満そうに答えた。
 今、事務所にいる5人は以前の事件で顔を合わせているため、まったくの初対面というわけではない。
 それぞれのやり方も多少は理解しているし、そこには信頼もあった。
「それで、どうするんですか?」
「どうもこうもない。足で稼ぐしかないだろう」
 元の疑問に草間が答えた。
「それしかなさそうですね」
 ため息混じりに答えてジェームズが肩をすくめた。
「時間が限られているから、個別に調査したほうがよさそうですね」
 元の提案に草間がうなずいた。
「だが、同じところを調べてしまう危険性もあるから、それぞれの担当なんかを決めておいたほうがいいだろう」
 草間の言葉で事務所にいた5人は今後の方針を打ち合わせた。おおよそ、それぞれがどのような場所を調べ、誰に話を聞くか決まったところで、シュラインが草間に言った。
「武彦さんの同級生へ話を聞くのに、年代的に同じ男性がいたほうが良いと思うのよ。だから、武彦さんに同行しても構わないかしら?」
 その言葉に草間は少し考えたが、しばらくしてうなずいた。
「そうだな。そのほうがいいかもしれない」
「では、行きましょうか」
 ジェームズの言葉で全員が席から立った。

 草間、シュライン、元の3人は新宿駅を訪れた。やはり、現場を見ておく必要があるとシュラインが提案したのだ。
 すでに事件から15年が経過しようとしており、その風化は著しい。だが、それでも職員の中には当時のことを覚えている人間がいるかもしれない。そんな淡い期待もこめられていたのは確かだった。
 新宿駅にあるホームの端には、今も献花が絶えることはなかった。恐らく亡くなった湯島浩太の両親が備えているのだろう。
 15年前といえば、まだ南口にタイムズスクエアがなく、新宿は今ほど若者が溢れていたわけではない。渋谷や池袋に比べると、どこか危険な臭いがし、大人の世界というような雰囲気を漂わせていた。
 それが、いつからか渋谷や池袋と変わらなくなった。街には若者が溢れ、大人たちはどこかへ追いやられてしまったかのようだ。
「いったん、ここで別れることにしよう。1時間後に南口の喫茶店で落ち合おう」
「武彦さんは、どこへ行くの?」
 草間の言葉にシュラインが疑問を返した。
「新宿署へ行って、当時の捜査資料を見させてもらおうと思っている」
「そう。なら、わたしは駅の職員を当たってみるわ」
「そうだな。頼んだ」
「俺、草間さんと一緒に行ってもいいですか?」
 そう言った元に草間は驚いたような表情を向けたが、すぐに考えを改めた。
 確かに10代の少年が15年も昔の事件について調べれば、周囲から奇異の視線を向けられるだろう。それだけならまだしも、人によってはからかわれていると感じ、情報を明かしてくれない者も出てくるかもしれない。
「わかった。藤堂くんは、俺と一緒に行こう」
 元はうなずいた。
「じゃあ、1時間後に」
 シュラインはそう告げて立ち去った。草間と元も新宿署へ向かうため、西口を目指して歩き出した。

 ジェームズは草間と湯島が通っていた高校を訪ねた。幸いにも当時の担任は健在で、事情を説明したジェームズを快く迎えてくれた。
「草間くんは、元気にしておりますか?」
 職員室の隅にある来客用のソファーに腰掛け、ジェームズの前に湯飲みを差し出しながら初老の教師が言った。
「ええ。元気すぎて、周りが困るほどです」
「そうですか」
 教師は嬉しそうに微笑んだ。禿げ上がった頭に、いくつか染みが浮いている。60前後といったところだろうか。
 初めて会ったジェームズでも、その人となりには好感を抱いた。
「湯島くんのことでしたね?」
「はい。彼の父親から依頼を受けまして。なにぶん、昔のことですので、当時のことを覚えている方が、1人でもいればと思って訪ね歩いています」
「ご苦労様です」
 教師はジェームズに頭を下げた。
「あの事件は今でも覚えております。私も長く教師をしておりますが、教え子があのような目に遭ったのは、後にも先にも、あの事件だけです」
「当時のことについて、覚えていらっしゃることを教えていただけますか?」
「それは、もう」
 決意をこめて教師は大きくうなずいた。
「私が事件のことを聞いたのは、週が明けた月曜日でした。朝、警察から連絡があって、湯島くんが新宿駅で何者かに殺害されたということでした」
「当時、湯島浩太と付き合いのあった人間は?」
「そうですね。まだ、入学して間もない頃だったので、私も生徒をすべて把握できていたわけではないのですが、中学時代からの同級生とは親しくしていたようでした」
「その年の名簿を見せていただいてもよろしいですか?」
「ちょっと、待ってください」
 そう言って席を立つと、教師は壁際のスチールラックに近づき、そこに収められていた名簿の中から15年前の物を取り出した。
「これです。今は個人情報保護法なんかがあって、部外者に見せるのが禁止されているんですが、今回は事情が事情ですから」
「ありがとうございます」
 差し出された名簿を受け取り、ジェームズはページをめくった。
 草間武彦、湯島浩太。他にも数百人の名前が連なっていた。この中から湯島と同じ中学校だった者を絞り、話を聞いて行くつもりだった。
「このページ、コピーさせていただいてもよろしいですか?」
「わかりました」
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
 再び教師が席から立ち、名簿を手にコピー機へ向かった。しばらくして紙の束を手に戻ってくる。
「ところで、湯島浩太が死んだことに対して、なにか知っていそうな生徒はいましたか? 例えば、激しく取り乱した生徒がいたとか」
「どうでしょうか。少なくとも、湯島くんの死に、全員が驚いていました。中には取り乱した人間がいたかもしれませんが、それどころではありませんでしたからね。今のように、個別の対応などできませんでしたよ」
「ちなみに、湯島浩太と同じ中学校の出身者は誰ですか?」
 教師はコピーした名簿に赤ペンでいくつか丸をした。
「私が知っているのは、これぐらいですね」
 その後もジェームズはいくつか気になる点を訊ね、教師に礼を言って学校を後にした。

「もう15年も前の事件だしなあ」
 新宿署の刑事課を訪れた草間と元は、白髪の混じった50代と思しき刑事から言われた。
 この刑事とは草間が何度か面識があった。そうでなければ、民間人が殺人事件に関して調査を行っていると聞いて、警察が良い顔をするわけがない。
 当然、草間の言葉に刑事は渋面となったが、時効間際で、なおかつ警察の捜査が進展していないこともあってか、あからさまに煙たがる様子は見せなかった。
「当時のこと、なにか知っている刑事はいないのか?」
 草間の問いかけに刑事は難しい表情をした。
「教えてやりたいのは山々なんだが、当時、ここにいた人間は、大体が他の所轄に転属しちまったからな。俺も、新宿に配属されたのは6年前だからな」
 警察官は数年おきの転属を半ば義務づけられている。刑事課や生活安全課など、重要犯罪と密接に関係している刑事たちは特にそうだ。
 これは刑事たちを転属させることで、警視庁管轄下、県警管轄下の能力を平均化することも目的の1つであるが、それ以上に汚職を予防することを目的としているのだろう。
 中でも暴力団などを担当する組織犯罪対策課は、暴力団関係者らと深い付き合いをすることが決して少なくない。そのため、暴力団員から情報を得るため、捜査情報を漏洩する刑事もいる。それは古くからの慣習であり、それによって成果も上げてきた。
 だが、警察上層部の考えは、そうした古くからの慣習、警察官の汚職などを完全に廃し、さらにクリーンなイメージを一般市民に植えつけようと躍起になっている。
「じゃあ、知っている人間は誰もいない?」
 元が言った。刑事は意外そうな表情を元に向けたが、ふと考え込むように沈黙した。
「確か、課長が当時の捜査主任だったような話を聞いた気がするな」
「課長?」
「ああ。刑事課の課長だ」
「話を聞きたいんだが、できるか?」
「ちょっと待ってろ」
 そう言って刑事は奥へ引っ込んだ。エレベーターの脇にある休憩所で、草間と元は缶コーヒーを飲みながら良い返事がくるのを待った。
「話。いいそうだ」
 しばらくして戻ってきた刑事が少し驚いた表情をして言った。彼も、こうすんなりと話が通るとは思っていなかったのだろう。警察は捜査に民間人が介入することをなによりも嫌う。刑事課の課長ともなれば、現場を渡り歩いてきただけになおさらだろう。
 刑事に案内され、草間と元は刑事部屋の片隅に置かれた応接セットに向かった。そこには、すでに頭の禿げ上がった男性が座っていた。
 男性に会釈して2人は向かいのソファーに腰かける。外見から判断するに男性は60間近で、間もなく退官を迎えるのだろうと草間は思った。
「15年前の事件、調べているそうだね」
「ええ。当時のこと、ご存知だと伺ったのですが?」
「ああ、知っているよ。新宿駅の暴行殺人事件だろう?」
「はい。そうです」
「なぜ今さら、そんなに昔のことを調べているんだね?」
「あと2週間で時効だと、被害者の父親に頼まれました。それに、死んだ湯島浩太は同級生でした」
 淡々と吐き捨てられた草間の言葉に、課長は苦々しい表情を見せた。それは暗に警察が犯人を特定できないことを非難されているようにも感じられたからだ。
 当然、草間にそうした思いは少ない。いかに警察といえども万能ではないことを理解している。特に新宿などの巨大な繁華街では、毎日なにかしらの事件が発生している。すべての事件に対応するには、警察官の数が圧倒的に不足していることもわかっていた。
「別に警察を攻めているわけではありません。単に、犯人の運が良かったのだと思っています。ただ、父親としては、このまま時効を迎えてしまうのがやるせないのだと思います。だからこそ、藁にもすがる思いで俺に依頼したんでしょう」
「君は、犯人を捕まえる気でいるのかね?」
「確かに捕まえる気ではいます。ただ、15年も逃げ続けた犯人を、あと2週間足らずで特定することは、非常に難しいとも思っています。だから、依頼主にも確実に犯人を捕まえるなどと、約束はしていません」
 それが自分に対する甘えもあるのだろうということを草間は理解していた。しかし、15年間も犯人を捜し続けた父親の心情を考えると、気安く「必ず捕まえる」などと言えるような気分にもなれなかった。
 父親を動かし続けたのは息子への愛情であり、犯人を捕まえるという執念だろう。だが、15年も維持できていた気持ちも時効を前に翳りを見せ、捜査を草間に託した。その気持ちを軽んじるわけにはいかない。ないがしろになどできるわけがなかった。
「そうか。確かに迷宮入りになる事件は決して少なくない。残念なことだがね。あの事件は、本庁が投げたあと、私が捜査主任として引き継いだんだ」
 殺人事件などの凶悪犯罪の場合、捜査の段階は大きく分けて3段階あるといわれている。
 まずは刑事事件の可能性がある通報を受理した場合、真っ先に動くのが機動捜査隊である。通称、機捜は警視庁刑事部に所属する初動捜査専門の刑事集団だ。そのために機捜は警視庁だけでなく、都内数箇所に設けられた分駐所に常駐し、事件発生場所に1番近い分駐所の隊が現場へ急行する。
 機捜の出動と並行して警視庁鑑識課と所轄署の警察官が動く。鑑識による現場検証で、犯罪であることが判明すれば、すぐに機捜が捜査を開始する。殺人や傷害、強盗などは初動捜査のスピードが物を言う。
 行きずりの犯行が増えた最近では少なくなってきたが、それでも殺人や傷害などは被害者の縁故関係から犯人が判明することがある。そうした場合、犯人が逃亡、あるいは自殺する前に身柄を確保しなくてはならない。そのための初動捜査である。
 だが、機捜が捜査を行うのは長くても1週間が限度だ。機捜が捜査を投げた後、あるいは所轄署長が重大な刑事事件であると判断した場合、特別合同捜査本部が設置され、警視庁刑事部捜査1課の刑事が所轄署へ出動して捜査の指揮をとる。
 だが、捜査1課といえども、事件が解決するまで携わるわけではない。他の所轄署から要請を受ければ、捜査1課の刑事はそちらへ出動しなければならない。最終的には、所轄の刑事が地道な捜査を続けることになる。
「だが、いくら聞き込んでも目撃者は現れず、捜査本部は捜査内容を公開して広く一般に情報を求めたが、それが却っていけなかった。情報が錯綜し、余計なガセを掴まされることも少なくなかったため、現場が混乱した」
「捜査方針の選択ミスというわけですか」
「そうなるのだろうね。だが、当時は本当に情報がなく、捜査本部を指揮していた本庁の人間も焦っていたのだろう。捜査を少しでも進展させるために、あのような手段を選んだことを、私には責めることはできない」
 良かれと思って行ったことが、15年前の事件に関しては裏目に出てしまったということなのだろう。当時、捜査に当たった警察官を責めだせばキリがない。警察官とて人間である。時には間違いを犯すこともある。当然、それが許されない職業ではあるが。
「第1発見者は、誰ですか?」
「駅の職員だ。最終電車が発車したあと、発見した」
 草間はうなずいた。それならば新宿駅で聞き込みを行っているシュラインが情報を得てくるかもしれないと考えた。
「公開捜査で情報は集まったんですか?」
 それまで静かに草間と課長のやり取りを眺めていた元が口を開いた。
「いや、結局たいした情報は集まらなかった。何人か、暴行の様子を遠くから目撃したという人間も現れたが、有力な手がかりにはならなかった」
「ちなみに、監視カメラの映像なんかはあったんですか?」
「ああ。あるよ」
「そこから、犯人の特定もできなかった?」
 元の言葉に課長は眉をひそめた。
「確かに、監視カメラの映像はある。だが、古いカメラでズーム機能もなく、犯行現場から10メートル以上も離れた場所に設置されていて、映像も不鮮明だ。1年前に最新のデジタル処理を行ったが、犯人の顔を映し出すことはできなかった」
「その映像を見させてもらうわけにはいきませんか?」
 つい口から出てしまった言葉に、元は「まずいことを言ったかな」と感じた。
 間もなく時効を迎えるとはいえ、現時点でも捜査中の事件であることに変わりはない。時効が成立するまでは、どのような代物であろうと証拠品として保管される。
 課長は草間を見やった。草間は煙草を吸いながら静かに課長を見ていた。その瞳に期待するような色は微塵もなかった。元の気持ちは理解できたが、それが難しいということも理解していた。基本的に警察は非常に閉鎖的な組織であるからだ。
「残念だが、捜査中の事件に関する資料を、部外者へ見せるわけにはいかない」
 マニュアルに沿ったような返答ではあったが、それを非難することはできなかった。
 その後もいくつかの質問を投げかけたが、たいした情報は得られなかった。それだけに警察も犯人に関する情報を得られず、今まで困難な道を歩んできたのだということを思い知らされたような気がした。
 ただ、課長からもたらされた唯一といっても良い情報は、湯島浩太の死体に残されていた傷から判断するに、彼は複数の人間に暴行を受け、短時間のうちに殺された可能性が高いということであった。
 犯人が湯島に対して殺意を抱いていたかは不明だが、もしかしたら、なんらかの弾みで殺してしまったのかもしれないと課長は語った。
 課長に礼を言って2人は刑事課の部屋を後にした。そして、新宿署を出たところで草間は携帯電話を取り出した。

 新宿駅の駅員室を訪ねたシュラインは、湯島浩太の父親から預かった委任状のコピーを見せ、自分が正式に依頼を受けた人間であることを示した。
 民間とはいえ、正規の調査員をないがしろにすることはできなかった。非協力的ということになれば、マスコミなどを通じてバッシングを受ける可能性もあるからだ。話の内容が内容であるため、シュラインは駅長室に通された。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
 目の前に座る初老の男性にシュラインは会釈した。それまで委任状の文面を流し読みしていた駅長は、便箋を封筒に戻してテーブルへと置いた。
「事情はわかりました。ですが、そうご期待に添えるとは思えないのですが」
 やや歯切れの悪い口調で駅長は言った。
「わかっております。こちらも、話を聞いただけで15年前のすべてがわかるとは思っていません。ただ、それでも話をお聞きしないわけにはいかないのです」
 15年前に新宿駅に勤務していた職員は、その大半が別の駅へ転属されたか、中には辞めてしまった者もいる、と駅長は最初にシュラインへ伝えた。そして、駅長本人も15年前は別の駅に勤務しており、当時のことは良く知らないとも。
「では、当時のことを知っている駅員はいらっしゃらない?」
「いえ、何人かは残っています。呼びましょうか?」
「ええ。お願いします」
 駅長が構内電話でどこかへ連絡した。しばらくして駅長室のドアがノックされ、1人の男性が入ってきた。その男性は40前後で、15年前の事件当時には今のシュラインと年齢的に同じだっただろうと推測できた。
「15年前の事件を調べていらっしゃると、伺いましたが?」
 ソファーに座るなり、男性はシュラインへ言った。男性と入れ替わりに駅長は部屋から立ち去っていた。関係のない人間が事件に触れてはいけないと感じたのかもしれない。
「ええ。被害者の父親から依頼されました」
 シュラインは先ほどと同じように委任状を見せた。
「あの事件は覚えています。この新宿駅だけに限らず、東京のどの駅でも色々と事件はあるのですが、この事件は僕が新宿駅に配属されて間もなくに起きましたから、今でも忘れられませんよ」
「では、ずっと新宿駅に?」
「いえ。事件からしばらくして別の駅に転属になったのですが、3年前に、また新宿へ戻されました」
 そう答えて男性はテーブルに置かれた茶をすすった。
「被害者の湯島くんを、最初に発見したのは誰なのですか?」
「僕です」
「あなたが、湯島くんを発見した?」
「はい」
「どのような状況で?」
「最終の下り電車が発車したあと、ホームの端で倒れている彼を発見したんです。最初は酔っ払いが寝てしまったのだと思ったんです。今もそうですが、当時もそんな人間は多かったですからね」
「けど、酔っ払いじゃなかった?」
「はい。起こそうと体を揺すったんですが、なんの反応もなくて、これはちょっとおかしいな、と思ったんです。もしかしたら、病気かなにかかもしれないってね。だから、同僚を呼んだんですが、まさか死んでいるとは思いませんでした」
 当時のことを思い出すように、時折、目を閉じながら男性は話した。
「特に目立つような傷はなかったんですか?」
「そうですね。本当に寝ていると思ったぐらいです。血や痣を見た覚えはありませんね」
「死んでいる、ということは、すぐにわかったんですか?」
「ええ。同僚がきて、息をしていないことがわかったんです。当時はそんな言葉ありませんでしたが、無呼吸症候群かもしれないと考え、念のために脈も取りましたが、すでに心臓は止まっていました」
 頭部を強く殴打されたことでのショック死ということが真っ先に考えられた。毒殺などを考えればキリがないが、父親からの報告書では暴行の形跡があったと明記されていた。恐らくは事件性を考慮して司法解剖が行われたのだろう。
「そのときの対応は、どのように?」
「真っ先に救急車を呼びました。救急隊員が蘇生処置を行ったのですが、すでに手遅れだったようです。その後、警察に連絡しました」
「先ほど、ホームを見てきたのですが、献花されていました。あれは、どなたが?」
「ご両親とお姉さんかな? 交代で備えていらっしゃるようですよ」
「そうですか。目撃者がいない、というふうに聞いているのですが、事件当夜、ホームには人がいなかったのですか?」
 男性は過去を思い出そうと目を閉じて沈黙した。覚えている、と言っても15年前のことである。忘れてしまっていることも決して少なくないだろう。
「いえ、それなりに混雑していたと思います。確か、事件が起きたのは日曜の夜だったと思うのですが、最終電車ということで、やはり、そこそこの乗客がいました」
「でも、目撃者はいない?」
「そうですね。警察の方からも有力な目撃情報がないと聞いたことがあります。僕もホームにいたのですが、暴行があったということにも気づきませんでした」
「監視カメラの映像は?」
 ホームの屋根を支える鉄骨に監視カメラが設置されているのを思い出し、シュラインは訊ねた。
「警察へ提出しました」
「こちらには残っていない?」
「はい。提出もしましたし、映像の保持期限は、とっくに終わっていますから」
 15年前のことである。いかに事件の映像とはいえ、そうした物を残し続けていれば、保管するだけでも大変だ。
 映像を確認する必要があるが、果たして警察が素直に協力してくれるかは微妙なところだ、とシュラインは思った。
 その時、ハンドバッグに入れていた携帯電話がメロディを奏でた。その着信から草間だと理解したシュラインは、男性に断りを入れて電話に出た。
「もしもし?」
「エマか? 俺だが、今だいじょうぶか?」
「ええ。平気よ」
「今、警察を出たところなんだが、たいした情報は得られなかった。あと、押収された監視カメラの映像が新宿署に保管されているんだが、捜査情報の漏洩防止を理由に閲覧は許されなかった。もし、そっちにありそうなら、確認してほしい」
 草間の言葉にシュラインは思わず眉をひそめた。
「武彦さん。今、こっちでも監視カメラの映像について訊いたのだけど、警察に提出した物以外は残っていないそうよ」
「保管していないのか?」
「保管期間が過ぎてしまったから、廃棄してしまったらしいのよ」
「そうか」
 草間の声が落胆に沈んだのをシュラインは聞き逃さなかった。
 警察では映像を見られないとわかった時点で、草間は新宿駅で聞き込みを行っているシュラインに望みを託したのだろう。しかし、それも不可能となると別の手段を講じなくてはならない。
「とりあえず、俺たちは合流地点へ向かう」
「わかったわ。わたしも、もう少ししたら行きます」
 そこで電話は切れた。シュラインは改めて男性へ向き直った。
「すみませんでした」
「いえ、構いません。あの事件を調査している方からですか?」
「ええ。うちの所長からです」
 そう答えてシュラインは携帯電話をバッグにしまった。
「最後に1つだけ、よろしいですか?」
「はい」
「15年前というと、ちょうど成田エクスプレスの運行が開始された頃ですよね? そのことと、この事件は関係あると思いますか?」
「と、いうと?」
 シュラインの質問の意図が理解できない様子で男性は疑問を返した。
「事件当時、あのホームには、どの路線が乗り入れていたんでしょうか?」
「ああ、そういうことですか。15年前、あのホームは中央線の下り快速電車が乗り入れていました」
「では、犯人は最終の中央線、下り電車に乗って現場を立ち去ったということになりますね?」
「そうですね。そういえば、警察にもそんなことを言われたような気がします」
 犯人が中央線を利用して逃亡したのなら、快速電車の停車駅を調べれば、なにかわかるかもしれない。あるいは、電車に乗ったのではなく、東京駅方面から来た客に紛れ、改札口を潜ったということも考えられる。
 どちらにせよ、警察が15年かけてもたどり着けなかった答えを、2週間で見つけるのは難しいとシュラインも思った。
 男性に礼を言い、シュラインは南口へ向かった。

 甲州街道の南側。JR東日本本社ビルの裏手にあるスターバックスのテラス席でコーヒーを飲んでいると、シュラインが店に向かってくるのを見て草間は手を上げた。
 シュラインが草間の向かいに座ると、店内から元がコーヒーの入ったカップをトレイに載せて出てくるのが見えた。
「良かった。タイミング、ばっちりですね」
 どこか嬉しそうに元が言い、それぞれの前にコーヒーを置いた。
「無難なところで、ブレンドコーヒーにしたんですけど、良かったですか?」
「ええ、ありがとう」
 微笑を浮かべながらシュラインは礼を言った。
「駅のほうはどうだった?」
 コーヒーを飲み、煙草を取り出しながら草間が訊ねる。
「遺体の第1発見者に会ったわ。新宿駅の駅員なのだけど、遺体に目立った外傷はなかったと言っていたわ」
「そうか。新宿署の刑事課長が当時、あの事件の捜査主任をしていたらしいんだが、検死によると、湯島は複数の人間に暴行を受けたらしい」
「死因はなんだったのかしら?」
「それも明かしてはもらえなかった」
 顔を大きく歪めながら苦々しそうに草間が吐き捨てた。
「外傷はなかったということは、まずショック死ということが考えられますね。あとは毒殺という可能性もありますが、毒を使ったのなら司法解剖で見つかるだろうし」
「いや、そうとも限らないぞ」
 元の言葉を草間が否定した。
「どういうことです?」
「司法解剖は全身を解剖するわけじゃない。死亡原因となった傷と、その周囲を調べるだけだ。もし、肉体のどこかに外傷があって、それが死亡原因と判断されれば、実際に毒殺だったとしても毒殺とはわからなかったかもしれない」
「じゃあ、草間さんは毒殺の可能性もあるって考えてるんですか?」
「あくまで可能性の1つとしてはな。ただ、15の高校生が、毒殺されるような原因を作るとも思えないんだが」
 煙を吐き出しながら草間が言った。
「でも、気になるのは目撃者がいないってことね」
「そうだな。事件当夜のホームの状況はどうだった?」
「駅員は、それなりに乗客がいたと証言したわ」
「複数から暴行を受けたってことは、何人かが壁になっていたってことも考えられますよね」
「そうだな。あるいは、手際良くやったか」
 コーヒーを飲みながら3人がうなった。
「事件のあったホーム、当時は中央快速の下り線に利用されていたらしいから、犯人はその最終電車に乗って逃亡したのだと思うけど」
「あるいは、そう見せかけて他の客にまぎれて改札口から出たか、ですね」
「新宿に出たとすると、お手上げかもしれないな」
 草間の口から思わずため息が漏れた。15年前の出来事を覚えている新宿の住人が、果たして何人いるのだろうか。1日に150万人以上が利用する新宿駅。そこから数人の人間を探し出すことは、砂漠で米粒を探すのに等しい。
「どのみち、監視カメラの映像を確認しないと、ダメってことか」
「それについて、ちょっと考えたんですが……」
 元がおずおずと言った。
「テレビ局とかに、残ってないですかね?」
 その言葉に草間とシュラインが「あっ」という表情を見せた。
「ほら、よく防犯カメラの映像をテレビ局が公開したりするじゃないですか? 公開捜査もしたっていうから、テレビ局なら15年前の物でも残してあるんじゃないかなって」
「確かに、その可能性は高いな」
 でかした、とでも言うように草間は言った。
「あと、1つ気になったことがあるんだけど」
 シュラインが草間のほうを向いた。
「武彦さん、亡くなった湯島くんに兄弟はいた?」
「いや、確か1人っ子だったはずだが? どうした?」
「駅員の話でね、ホームにあった花、ご両親と、お姉さんらしき女性が献花しているってことだったのだけど、お姉さんでないのだとしたら、その女性は誰なの?」
「気になるな」
 同級生というのなら、まだ話はわかる。だが、駅員が「お姉さん」と証言したということは、少なくとも亡くなった湯島浩太よりも年上に見えたということなのだろう。15歳の高校生が、年上の女性と知り合うものだろうか。今ならば出会い系のサイトなどで可能だが、15年前はそうしたサイトもなく、携帯電話すら満足に普及していなかった。
 監視カメラの映像を入手することと平行して、湯島の過去を徹底的に調べる必要があると草間は感じた。今もなお、献花を続ける女性が何者なのか、湯島の過去に答えが隠されていると3人は感じていた。
 調査の方向性を決めた3人は、再び街の中へと消えた。

 ジェームズは名簿のコピーを片手に、夕暮れに染まる住宅街を歩いていた。遠くから子供のものと思われる声が響いてくる。
 高校を後にしたジェームズは、湯島浩太が通っていた中学校を訪れ、事情を説明して卒業生の名簿を見させてもらい、コピーを取らせてもらった。
 高校時代の名簿と、中学時代のそれを突き合わせ、住所が同じ人物をすべて当たるつもりでいた。高校時代の担任から、湯島と同じ中学校に通っていた人物を何人か聞いていたが、それだけでは用が足りるはずもないと考えての行動であった。
 すでに20軒近い家を回っていた。だが、中には引っ越していて転居先がわからなくなっていたり、あるいは遠く離れていて、すぐ会いに行くのは困難であったりした。
 また、現在も同じ場所に住んでいる人間も何人かいたが、大半が勤めに出てしまっており、本人から話を聞くことができなかった。その場合は、家族に言伝を頼み、改めて来訪する了承を得て立ち去った。話を聞くことができた人物もいたが、それらは湯島とたいして付き合いがあるというわけではなかった。
 ジェームズは1軒の家の前で足を止めた。手にした名簿に記載された名前と、目の前の表札が同じであることを確かめ、インターホンを押した。
「はい?」
 男性の声が聞こえた。
「突然、申し訳ありません。私、15年前の湯島浩太さんの事件について調べている者です。お話を伺いたいので、少し時間をいただけませんでしょうか?」
 その言葉にインターホンの向こうで戸惑ったような雰囲気を感じた。無理もない。突然、15年も昔の話を持ち出されれば、誰でも戸惑うだろう。
「ちょっと、お待ちください」
 しばらくして玄関から1人の男性が現れた。草間と似たような年齢だろう。この男性が湯島の同級生であるとジェームズは判断した。
「突然、申し訳ありません」
 敷地と道路を隔てる門を挟みながらジェームズは会釈した。
「浩太のこと、調べているんですか?」
 どこか緊張した面持ちで男性が言った。その表情を見た瞬間、ジェームズは男性がなにかを知っているのかもしれないと直感的に感じた。
「はい。湯島くんのお父様が草間興信所へ依頼に来ましてね。私は、草間所長の指示で動いています」
 自分は草間興信所の人間にしておいたほうが良いだろう、と判断しての発言であった。
 それに、わざわざジェームズと草間の関係を丁寧に説明しているほど、時間に恵まれているわけでもない。
「ああ。そういえば、草間は探偵をしているんでしたね」
 中学、高校と湯島浩太と同じ学校に通っていたため、男性は草間のことも知っているようだった。
「はい。それで当時、湯島くんの同級生だった方々から、お話を伺っているのですが、なにか覚えていらっしゃることはありませんか?」
「そうですね。実は、1つだけ、誰にも話していなかったことがあるんです」
 まるで懺悔の告白でもするかのように、沈痛な表情で男性が口を開いた。
「もしかしたら、浩太は犯罪と関わっていたかもしれないんです」
「なぜ、そう思われるんです?」
「中学時代、あるときを境に、急に羽振りが良くなったというか、中学生とは思えない金の使い方をするようになったんです。浩太は親からの小遣いだって言ってましたが、今、考えると、なにかしらの犯罪に手を染めていたんじゃないかと……」
「それは、警察へ話しましたか?」
「いえ、話していません。当時はそんなこと思っていませんでしたし。こんなことを考えるようになったのは、最近なんです」
「湯島くんとは仲が良かったのですか?」
「小学校からの幼なじみでした。家も近所ですし」
 初対面とはいえ、ジェームズに胸中の思いを告げたことで男性の表情は幾分か和らいでいた。幼なじみに対して疑いを持ち続けることに疲れてきていたのかもしれない。
 湯島浩太が殺害されたのは通り魔的な犯行ではなく、実は本人に原因があったかもしれない、などと誰にも言えなかったのだろう。特に湯島の父親の耳には絶対に入れられない情報だ。父親は息子が純粋な被害者であると思っているからだ。
「湯島くんが犯罪に手を染めているかもしれない、と感じた理由は金銭の使い方だけですか?」
「いえ。中学2年の頃から、良く1人で新宿に出入りするようになっていました。だから、新宿駅で殺されたのも、それが関係しているかもしれないと思いました」
 湯島浩太が犯罪に携わっていたというのは意外な情報であった。だが、それが事実だとすれば、湯島は行きずりの人間に殺されたのではなく、何者かが計画的に殺害したのだという可能性も充分に考えられる。
 しかし、計画的な犯行だとすれば、なぜ人目につくような場所で殺さなくてはならなかったのかに疑問が残る。もっと安全な殺し方があったはずだ。
 ジェームズは、その後もいくつかの質問をしたが、たいした情報は得られなかった。だが、充分な収穫はあったと手ごたえを感じていた。あとは草間たちが集めてきた情報と照らし合わせ、明日以降への調査方針を決定するだけだ。
 男性に礼を言ってジェームズは他の家へと向かった。

 夜。草間興信所へ戻る前にジェームズは新宿駅を訪れていた。
 目の前には誰かが供えた花が置かれている。ホームの端。無数の乗客で混雑しているにも関わらず、端まで来る客は少ない。
 その場にしゃがみこんだジェームズは、献花がされている辺り――恐らくは湯島の死亡した場所へ意識を集中した。そこに残された湯島の思念を読み取ろうと考えたのだ。
 残留思念という考えがある。人間の強い思いは、その場に留まるという考えだ。1説には、幽霊と呼ばれているものも、こうした残留思念の類ではないかと言われている。
(ダメですね……)
 何度か集中を繰り返したが、他の雑念に阻まれて湯島の思念を読み取ることはできなかった。ジェームズ自身、特に期待していたわけではない。事件から15年が経過し、思念が薄れてしまったのだろう。
 嘆息を漏らし、静かに立ち上がってジェームズは歩き出した。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
 6191/藤堂元/男性/17歳/逃亡者・武人

 NPC/草間武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵

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■         ライター通信          ■
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 そして毎度、ご依頼いただき、誠にありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。長々となってしまいましたが、このような調査結果となっております。皆様に同じ文章をお届けしておりますが、それは情報交換がなされているためと考えてのことです。
 これらの情報を元に、捜査を続行していただけると幸いです。
 では、またの機会にお会いいたしましょう。