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<東京怪談・PCゲームノベル>


今夏限定海の家、銀 〜逢瀬は突然〜




 張り紙には扉を開けたら海。
 その言葉にうきうきるんるんで、芳賀百合子は勢い良くがらっと扉を開けた。
 そして広がるのは眩しい日差し、白い砂浜、波の音。
「うわぁ……」
 思わずもれた声は、今まで見たことない風景だったから。
 百合子にとって海は、初体験。
「わぁわぁ、海って広いねーっ♪ ホントに青いんだねっ♪」
「あ、百合子さんこんにちわ」
「こんにちわー!」
 一歩足を踏み出すと、そこは別世界。扉向こうから見るのと見ないのでは、全然違う。
 銀屋の店主、奈津ノ介の出迎えに百合子も微笑み返す。
 ふと、ちょっと忙しそうな光景に百合子は手伝おうか、とその意思を表す。
「あ、何かお手伝いすることある? あるなら手伝うよ?」
「それは助かるのだ、浮き輪膨らましと、あとカキ氷削って……」
 それに答えたのは奈津ノ介の傍でしゅこしゅこ浮き輪に空気を入れていた藍ノ介。
 しかしその言葉は奈津ノ介に一刀両断される。
「いーえ、いいんですよー。全部親父殿がやってくれるので、心置きなく遊んでください」
「そうなの?」
「はい」
 後ろの人の言ってることは気にしないでください、とにっこり言われてしまえば、わかったと答えるのが一番と百合子は思い言葉にする。
「あ、お店の奥に水着とかあるんで、好きなの着て良いですよ」
「本当? 海って初めてだから……行ってきます!」
 たたーっと海の家の中へ走り、百合子はそこにあるものに目を輝かせる。
 浴衣に、水着、そのほか色々。
「えーっと……あ、これ!」
 その中から百合子が選んだのは薄いピンク色のワンピース水着。
 ささっと着替えて外に出ればもう気分は夏。
「藍ノ介さん浮き輪頂戴!」
「ほれ」
 浮き輪をもらって海へ。
「気をつけるのだぞー」
「はーい!」
 白い砂浜に足跡を残しながら、海へ。
 最初の一歩は、恐る恐るでも大胆にばしゃんと。
「ひゃうっ! ちょっと冷たい……でも楽しいかも」
 浮き輪装着、ぱしゃぱしゃと海の中へ。
 初めて触れる海に、百合子は時間も忘れてぷかぷかと浮く。
 と、いつの間にか浜は遠く。
「あれ? なんだかこれまずいかも……」
 そう思って戻ろうとするものの波の力のほうが強く、どんどんと流されていく。
「ど、どうしよう……」
 と、困っているうちにいつの間にか、自分が最初にいた浜からみえていた小さな島へとたどり着いたようで。
 ずっと浮いているわけにもいかず、百合子はそこへあがり、浜を眺めた。
「……遠い。でも、きっといなかったら探してくれるよね、うん」
 さらさらの砂を集めて小さな城を建ててみる。波に崩されたりもするけれども何度もめげずに。
 と、ふと影が自分の上に降り、百合子は振り向く。
「何……してる?」
「お城、作ってるの……なんでここにいるの?」
「気分、だ……」
 驚きと嬉しいので、心は一杯。
 そこにいるのはいつも突然現れたり消えたりの、儀皇だった。
 こんな場所で会えるなんて。
 流された甲斐がちょっとあったかもしれない。
 百合子をじーっと見た後に、儀皇は首をひねる。
「この前と違う」
「何が?」
「服」
「これは水着だもん、海だから水着なのは当然でしょ?」
 百合子の言葉になるほど、と彼は頷く。
 その態度に百合子はちょっと、不満。
「ねぇ、かわいいとか、似合ってるとか、そういう言葉はないの?」
「……面倒だ」
「面倒でも言うの!」
 ちょっと不機嫌、と頬を膨らませる百合子の頭をぽんぽん、と軽く儀皇は叩く。
 そして百合子を通り越して浜をさくさく歩いていく。
 どこへ行くのと思う心とまだもう少し一緒にいたいという心がそうさせた。
 歩幅はもちろん儀皇の方が広い。
 ついて来ている事はわかっているはずなのに、歩く速度を緩める気配もない。
「もー待ってよ!」
「ん……」
 その声に、立ち止まって振り返る。
 と、百合子の足は砂にめり込んで、バランスを崩す。
「!」
 とっさに掴んだのは儀皇の服の裾。
 それに気がついてぱっと手を離す。
 その瞬間がちょっと寂しい。
「ごめんなさい」
「何、が?」
「服、掴んだこと」
「ああ……別にいい」
 そして何か、言おうとしたのだけれども彼は口を閉じた。
 見上げて百合子はどうしたの、と問う。
「……どうしてここにいるのか、と思った」
「えっと……あそこの島からいつの間にか流れてここへたどり着いたの」
 すっと百合子が指差した先を儀皇は視線で追いかける。
「あそこ、何かあるのか……?」
「うん、雑貨屋さんから扉を開けると海で、海の家があるの」
「雑貨屋、海の家……ああ、そういうこと……」
 くくっと意味深に、彼は笑う。
「何で笑ってるの?」
「別に……」
「もー、隠し事は良くないんだから!」
 儀皇は知らない。自分が過去を知っていることを、そして知っているからこそ心が疼く。
 不安なのか、それとも他の感情かわからないのだけれども。
「あそこは」
「うん」
「あそこにはきっと色々なものが、あるんだろうな……と思った。それだけ」
「そうなの……ね、儀皇は暇?」
 ぎゅっと服の端掴んで一生懸命に見上げる百合子。
 儀皇はこくんと頷いた。
 それに、百合子は満面の笑みを向ける。
「それじゃあ私としばらく遊びましょう!」
 ぐいっと手を引いて問答無用で海の中。
 まだ少し冷たい海水をばしゃっと顔面めがけてかける。
「……」
「あははずぶぬれ!」
「……楽しい、か?」
「うん」
「そうか……」
 そう、小さく呟いたのが聞こえた途端、百合子の顔面に向かって遠慮なく海水がばしゃんとかけられる。
 突然のことで吃驚、髪の濡れていた。
「え、遠慮なしっ」
「ああ」
 ゆっくり頷き、儀皇は笑った。
 そしてまた思い切り海水をばしゃばしゃとかけてくる。
 百合子も負けるものかとやり返して。
 ばしゃばしゃと掛け合うこと一時間。
 やがて疲れて、二人は浜辺に寝っ転がる。
「つ、疲れたー」
「あれだけはしゃげば、な」
 少し日も傾きだし、海は少しオレンジ色。
「あ」
 と、何か思い出して百合子は勢い良く起き上がった。それにつられて儀皇ものろのろと、身を起こした。
「どうしよう、そろそろ帰らなくちゃ。あ、でもあそこまで泳げない……」
 見える島は遠く、見つけてくれるかな、と思っていたけれどもそれもなく。
 もしかしたら、探してくれてるかもしれないけれども、それでもこの場所までは考えてないかもしれない。
 百合子はきゅっと唇を引き結んで、ざばざばとまた海へと入っていく。
「……おい」
「帰るのっ!」
「泳げるのか……?」
 その言葉に、ぴたっと進むのをやめて、百合子は振り向く。
「…………あそこ、あの島に帰れたら、それで……いいのか?」
 こくん、と一つ頷く。それに儀皇はそうか、と答えて手招きする。
 百合子はそれに従って、傍へ。
「連れてってくれるの?」
「連れてってほしく、ないのか?」
 その言葉に百合子は首を横に振る。
 そしてくしゃ、と頭を何度か撫ぜられた。
 そして不意に、抱き上げられる。
「え、え?」
「目、閉じろ」
 このパターン前にもあったような、と思いつつ、百合子は瞳を伏せる。
 儀皇が砂浜を蹴る感覚が伝わって、頬を風が撫で、そして突然、地に下ろされる。
 突然なんの予告もなくおろされて、百合子は文句を言おうと顔をあげた。
「もう、いきなりおろすな……んて……あれ、儀皇?」
 辺りを見回しても、姿はなく。
 きょろきょろと百合子は周りを見回した。
「……もう、連れてきてくれてありがとうもまだ言ってないのに……」
 百合子は呟き、てくてくと砂浜を歩き出す。
 海の家が見えてきて、浮き輪を忘れてきたことに気がつくが、もう取りに戻ることはできなさそう。正直になくしちゃったと謝ろうと思った。
 また突然出会って、突然いなくなって。
「身勝手なんだから」
 それでも、また会えると思える。
 絶対にまた会えると、百合子は思う。
 夕焼けに染まる海岸を歩きながら、今日のことを思い出して、そう思う。



<END>




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5976/芳賀・百合子/女性/15歳/中学生兼神事の巫女】


【NPC/偽皇/男性/813歳/享楽者】

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■         ライター通信          ■
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 芳賀・百合子さま

 いつも有難うございます、ライターの志摩です。
 今回も好き勝手させていただきありがとうございましたー! もう二人が出会うと必ず姫抱っこです、抱っこです……!(趣味に走りましたねあなた)百合子さまが少しでもこのノベルで楽しんでいただければ幸いです。
 ではではまたどこかでお会いできれば嬉しく思います!