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<東京怪談・PCゲームノベル>


友達

 水の中に向かって、みなもは微笑んだ。
「こんにちは。また、来ちゃいました」
 水面から、角の生えた女の子が顔を出す。みなもに笑顔を返すと、女の子は鱗で覆われた手を振った。
「やっほー。今日はどんな悩み?」
 みなもは頬を膨らませる。
「違います。あたしだって、いつもいつも悩み相談ばっかりしに来る訳じゃないんですから」
「でもこの前だって、人として成熟しないと悩みってなくならないのかなって云ってたじゃん」
「それはそうですけど。あたしが今日何しに来たかなんてお見通しでしょう」
「そんな細かい事、一々見通さないよ」
「もう。そんな事云ってると帰りますよ。折角これ、買って来たのに」
 みなもが差し出したのは、紙で出来た取っ手付きの箱だ。中にちょうど、二人前のケーキが入る大きさの。
「ああッ! スミマセンごめんなさいみなもサマ! もう云いませんから許して! ケーキをください!」
 その反応に、みなもは思わず吹き出す。女の子もつられて、しばし二人は笑い合った。それが収まると、みなもはもう一方の手に提げていたビニールの買い物袋を軽く持ち上げる。中身はペットボトルの様だ。
「お茶にしましょ」
 箱と袋を脇に置き、みなもは女の子に手を伸べた。女の子がその手を握ると、みなもの腕が鱗に覆われ始める。逆に、女の子からは鱗で覆われた箇所が減って行く。そして、二人がそれぞれ四分の一程鱗に覆われた姿になった頃、変化は止まった。
 沼から上がった女の子は、目を輝かせてケーキが入っているだろう箱を見つめる。
「どこのケーキ?」
「うちの近所にある小さなケーキ屋さん。有名で高級なところのも勿論美味しいですけど、あたしはここのケーキがとっても好きなんですよ」
 箱を開けると、イチゴのショートケーキとモンブランが入っていた。
「どっちにします?」
「イチゴの方!」

 この沼にはすべてを見通す龍神が居る。元は人間だった名残で半人半龍の姿をしているのだが、それがとても可愛い。
 その龍神とある事情で知り合い、以来みなもは時々悩み相談に来ていた。可愛い外見をしていても龍神だ。無限に広がる未来を見通し、どんな悩みにも的確なアドバイスをしてくれる。
 しかし悩み相談ばかりしに来ている訳ではない。ただおしゃべりを楽しむ事もある。買って来るお菓子は今日の様にケーキの時もあれば、コンビニの新商品の時もあり、お菓子がついでなのか、おしゃべりがついでなのか判らなくなったりもする。
 そしてそんな時には、すべてを見通すと楽しみも半減するからと、みなもは龍神から力を半分預かるのだった。

「あたし、今まで自覚してなかったんですけど」
 ショートケーキの上に載ったイチゴを頬張り、幸せそうな顔をしている龍神に、みなもは云う。
「実は相当な方向音痴なんじゃないかと思うんです」
「ん、何で?」
「だって、何度もここに来てるのに、道に迷わなかった事無いんだもの。ここの角で曲がる筈だと思って曲がっても、絶対違うんですよ」
「それは仕方無いかもね」
 事も無げなその反応にみなもが首を傾げていると、龍神は続けた。
「悪い奴らが場所を突き止めて、すべてを見通せる様になったら困るでしょ。だから、普通の人には辿り着けない様になってるんだ。みなもちゃんは水の存在が判るから、迷ってもここに来れたんだと思うよ」
「それなら安心しました」
 仕組みは良く判らないが、どうやらみなもが方向音痴だから毎回迷う訳ではないらしい。
「でも、みなもちゃんも奇特だね。毎回散々道に迷うのにこんな沼に来るなんて」
「だって、お友達じゃないですか」
 一瞬、妙な間があった。それをかき消す様に笑った龍神は、みなものモンブランに手を伸ばす。
「それじゃあ、お友達にそっちも一口頂戴!」
「ああッ、あたしの栗!」
「ん〜、おいしい!」
 息を吐いて、みなもは龍神を見た。龍神は、何でもない様子でショートケーキを堪能している。
 さっきの間は何だったのだろう。
 考えてみれば、自分の悩み相談はたくさんして来たけれど、龍神の事は殆ど知らない。
 二度目にここへ来た時、龍神さんと呼ぶのも何だか素っ気が無いから人間だった時の名前を教えてくれと云った事がある。返事は、忘れちゃったから龍神で良いよ、だった。
 その時は深く考えずに納得したのだが、自分の名前をそう簡単に忘れるものだろうか。
 彼女がどうやって龍神になったのかも、先代が亡くなったからとしか聴いていない。もしかすると何か暗い過去でもあったのか。
 ケーキを食べ終えて満足げな龍神に、みなもは思い切って口を開いた。
「龍神さんは、先代の龍神様とどうやって知り合ったんですか」
 その少々唐突な問いに、龍神は目を丸くする。みなもは慌てて付け足した。
「ええと、この沼は普通の人に辿り着けないのに、龍神さんはどうやって来たのかな、と思って。もしかして、あたしみたいな能力があったとか」
 龍神は首を振る。
「そんな凄い力、無かったよ。普通の人間だった」
「それじゃあ、どうして」
「忘れちゃったよ」
 それは嘘だとすぐに判った。目がこちらを向いていない。
 他人に云いたくない事もあると頭では理解出来ても、納得は出来なかった。みなもは龍神を友人だと思っていたが、龍神の方はみなもをそうは思ってくれていないのだろうか。
 何だか悲しくなって、みなもは顔を伏せた。
 しばし沈黙が流れる。
 先にそれを破ったのは、龍神の方だった。
「先代はね、本当の龍だったんだ」
 みなもが顔を上げると、龍神は視線を水面に投げ、何かを懐かしむ表情をしていた。
「わたしは元人間だから半分だけ龍だけど、先代は本当に見事な龍だったんだよ。見て」
 龍神が指した先の水面を、みなもは見る。そこには、大きな龍が居た。日本画に描かれている様な、しかし画よりも数段迫力のある、どっしりと威厳に満ちた姿だ。みなもは思わず息を呑む。
「わたしは助けられたんだ、先代に。戦で家も家族も友達もなくなって、生きていても良い事が無いならいっそ死んでしまおうって川に身投げしたの。それで気が付いたら先代が目の前に居て、云ったんだ。死んでしまったら先は無いけれど、生きていれば先はあるから生きなさいって」
 水面の龍が消えた。みなもは龍神に視線を戻す。
「先代の頃は、こんな沼は無かったんだよ。先代が、すべてを見通す龍神そのものだったから。でもね、ある時見付かっちゃったの。悪い奴らに」
 龍神を半分預かっているからだろうか。その時の様子が見えた。

 何十人もの男達から逃れ、槍や矢で傷付いた龍に、女の子が寄り添う。
 自分はもう死んでしまうから、ここから離れろとの龍の言葉に、女の子は首を振った。ここ以外に居場所は無いからと。
 龍は云った。
 自分が死んだ後、この体は沼に変わる。その沼を、龍神となって護ってはくれないだろうか。しかし、それは独りになると云う事。沼から出られず、話し相手も友人も、この先ずっと出来ぬかも知れない。それでも良いのならばと。
 女の子は答えた。
 それでも良い。ここにずっと居て、沼を護って行くと。

「まあ結局、我慢出来ずにみなもちゃんに一度龍神様を代わってもらっちゃった訳だけど」
 茶化す様に云った龍神に、みなもはどう返せば良いか判らなかった。
 龍が死んでから、どの位の年月独りだったのか。家族にも友人にも恵まれ、それでも不満や悩みが尽きない自分には、到底解らない。
「ごめんなさい」
 何故だかそんな言葉が口をついて出た。
 うなだれるみなもに、龍神が云う。
「何で謝るの」
 見ると、龍神は笑っていた。
「わたしは長い間独りぼっちだったけど、一度龍神様を代わってもらった縁で、みなもちゃんって友達が出来たんだよ」
 みなもは眉を寄せる。それでは何故、自分が友達だと云った時に一瞬の間があったのか。
 答えはすぐにもらえた。
「見通したらね、みなもちゃんが急に来なくなる未来もあったんだ。でもね、みなもちゃんがわたしに友達だって云ってくれた未来に、みなもちゃんが来なくなるものはなかったの。だから、一瞬どうしようかと思った。嬉しくて」
 みなもは安堵する。
 きっと、この女の子は随分不安だったに違いない。未来は無限にあって定まっていないから、見通せば見通す程不安が増すと、以前一日龍神をやった時に思い知った。その不安が自分の言葉一つで消えたと云う。
 そして、今までしなかった過去の話をしてくれた龍神に、ようやく友人だと認められた気がして、とても嬉しかった。
「ありがとうございます」
「それはこっちの台詞だよ。ありがとう、みなもちゃん」

 それから、いくつも取り留めの無いおしゃべりをしている内に、日が暮れて来た。
 ゴミをまとめて立ち上がり、みなもは預かっていた龍神を返す。
「今日は楽しかったよ」
「あたしも楽しかったです。それじゃあ、また」
 手を振り、踵を返したみなもに、龍神が云った。
「わたしの名前はね、しずくだよ」
 みなもは振り返り、満面の笑顔で返す。
「また来ますね、しずくさん」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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海原・みなも様

こんばんは。二度目のご発注、ありがとうございます!
納品がぎりぎりになってしまって申し訳ありません。言い訳する気は満々ですが文字数の都合で割愛させていただきます(笑)。
お待ちになった分楽しんでいただければ幸いです。不備等あればおっしゃってくださいね。
それでは、またお逢いできることを祈りつつ。

やまかわくみ、拝