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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


忍ぶのぢゃ

 今日は台所からいい匂いが漂ってくる。座敷わらしの嬉璃は鼻をすんすんと動かしながら首を伸ばす。こんがりきつね色のクッキーが焼きあがったところであった。
「ほう、美味そうぢゃのう」
できたてを一枚、と手を伸ばしかけたら赤いキッチンミトンをはめた因幡恵美に叱られた。
「嬉璃さん、駄目ですよ。これは明日のために焼いてるんです」
明日、学校でフリーマーケットが開かれるらしく、そこで売るお菓子を作っているところだった。よく見ればクッキーだけでなく湯せんにかけられたチョコレートも、型に流し込まれ冷凍庫で冷やされるのを待っている。
「売りものですから食べないでくださいね」
「ぢゃが、一枚くらい」
「いけません」
きっぱりと断られた上に、台所は立ち入り禁止となってしまった。だが、そのくらいで嬉璃が諦めるはずもない。
「面白い。恵美からの挑戦状というわけぢゃのう」
こうなったら是が非でも台所へ忍び込んでお菓子を奪取するのだ、恵美には気づかれないように。
「久々に妖怪としての腕が鳴るのう」
座敷わらしというのはお菓子を盗む妖怪ではなかったと思うのだが、それは言わないことにする。

「さて、もう一回焼いちゃいましょうか」
台所から嬉璃を追い出した後、恵美はクッキー生地を麺棒で伸ばし始めた。さっきはシナモン味のクッキー、今度はココア味のクッキーを型抜きするつもりだった。チョコチップのクッキーも作りましょうと斎藤智恵子が冷蔵庫を開ける、モーターが唸る音を聞きつけ、入口につながれている大きな犬がわんわんと吠えていた。
「すいません、バドがうるさくて」
家でもチャイムが鳴るたびに吠えるのが悪い癖だった、初瀬日和は窓を開けて
「バド、静かにしなさい」
と叱ったのだが主の声を聞いてますますバドは喜び勇む。散歩用のハーネスを玄関の鉄柱にくくりつけているのだが、今にも千切れそうな激しい音を立てている。
「元気ですねえ」
うちの嬉璃さんそっくりですと恵美が笑う。恵美にしてみればあやかし荘の住人も妖怪も、そして動物もそう変わらないらしい。
「それにしても・・・嬉璃さん、あんなにお菓子を食べたがっていたんですからあげればよかったんじゃありませんか?」
大人しい、普段は口数の少ない智恵子だったが女三人の厨房という気安さからか珍しく言葉を次いだ。いつもなら三度に分けるくらいの量だ。
「材料はこんなにあるんですから」
これまで含むと、四度で喋る量だ。
「駄目ですよ、智恵子さん。一度あげたら癖になるんです。厳しくしないと」
本当に動物扱いだとばかりに日和がくすりと笑う。兄弟がバドに言っているセリフと同じだった。真似をして日和も言っている、家族は知らない自分だけのペットへ。
「・・・あら?」
エプロンのポケットの中が空っぽだった。中にいるはずのイヅナ、末葉がいない。一体どこへ行ってしまったのか。
「ああそれから、日和さん」
「はい?」
末葉の行方が気にかかりつつも、智恵子に呼ばれて顔を上げる。
「ココアとチョコチップのクッキーを焼いてしまったら、ペット用のクッキーも作ろうかと思うんですけど」
材料はもう用意してあるんですと冷蔵庫からビニール袋を取り出す。これは多分、彼女が個人的に買ってきたものだろう。優しい子なのだ。
「いいですね」
ペット用のクッキーを焼いていれば匂いにつられて末葉も出てくるだろう、と日和は思った。

 まるで魔法のオーブンみたい、と智恵子は思う。開けても開けても、尽きることなくクッキーが飛び出してくる。冷蔵庫もやっぱり同じで、どこを開けてもチョコレート、キャラメルキャンディにケーキ、砂糖漬けだ。
「あ、あの・・・恵美さん」
恐る恐る、智恵子は声をかけてみた。台所を埋め尽くさんとするこのお菓子の量を見れば、どれだけ勘の鈍い人にもわかった。
 これはバザーで売る量ではない。かといってお菓子屋さんを始めるのだという話も、あるわけがない。となれば残る選択肢は一つだけ。
「最初から、嬉璃さんの分も作ってらっしゃるんでしょう?」
「・・・・・・」
泡だて器を握る恵美の手が止まった、今尚恵美はお菓子を作り続けていた、なにか適当な言い訳を探すつもりか目が天井の蛍光灯をさまよっていたが、やがて諦めたように智恵子へ向き直った。
「・・・だって、癖になるのよ」
癖になるからいけないの、と恵美は繰り返す。言っている意味が、ようやく智恵子にも理解できた。恵美はなんて、優しい心の持ち主なのだろう。
 嬉璃一人があやかし荘の住人ではない。なのに嬉璃にだけお菓子をあげてしまうと、なんだか不公平な気がして他の住人にも、それが人間であれ人間外であれ、分けてしまいたくなるのだ。
「癖になるから駄目」
とは、自分を諌めるための言葉だった。
「でも、恵美さん。やっぱりあげなきゃいけないみたいですよ」
智恵子の人差し指が上を向く。頭の上で、なにか小さいものが駆けずり回る音が聞こえる。お菓子を奪い取ろうと忍び込んだ可愛い泥棒たちだ。
「早く作らないと、バザー用のお菓子がなくなっちゃいますね」
恵美が今泡立てているのは保存のききにくい真っ白なホイップクリーム。いくらなんでも、それをバザーで売るつもりはないだろう。
「もうちょっとなんだけど・・・」
ついに恵美は本音を白状した。その前に智恵子は、冷蔵庫の中でそのホイップクリームの使い道を知っていたけれど。
「時間が必要なら、私に任せてください」
智恵子は伸ばしたままだった人差し指で、空中に向かって魔方陣を描いた。そして呪文を呟き、願う。
「天井にいるあの子たちが、夢中になるものを」
魔法によって智恵子が生み出したのは淡く発光する小さなドミノだった。実は、天井裏に潜んでいたのは嬉璃だけでなく日和と羽角悠宇のペットであるイヅナの末葉に白露、それから鎌鼬の妖怪鈴森鎮と彼のペットであるやはりイヅナのくーちゃん、小動物たちであった。
 彼らイヅナと、そして鼬にはある共通の習性があった。規則正しくものを並べることに、やたら執念を燃やしてしまうということである。ドミノを出した途端に足音はぴたりと止んで、コトリコトリそしてパタタタタ・・・とドミノを並べるもしくは崩す音が聞こえるようになった。
「可愛い」
片目をつぶって、智恵子は天井裏を透視する。自分の体半分もあるようなドミノ牌を一生懸命抱えてよろよろと歩くイヅナたち、そしてうっかり尻尾でドミノを倒してしまって悲しげに鳴くイヅナたち。そんな彼らの中にあって嬉璃一人は口出しもままならず一人サイズ違いのため通風孔の中で詰まりそうになりながら、腹ばいになっていた。
「できた」
恵美の声に智恵子は振り返る。涼しそうな青いゼリー。海の色みたいだった、この中に飛び込んでしまえそう。そんなことを思った。

「お茶の時間にしますよーっ!」
恵美の声は台所から廊下を通り、玄関にまで達したらしくバドがわんわんと返事をしていた。もちろん、天井裏の通風孔へも聞こえたのだがそこから返ってきたのは音にびっくりしたイヅナたちが一斉にドミノを倒してしまった嘆きの声であった。
「ああ・・・」
鎮は大きなため息。また最初からやりなおしだと思った。が、赤いドミノを持ち上げようと手を伸ばしたらいきなりドミノが消えてしまった。一枚だけではない、全てのドミノがだ。
 泥棒たちを阻んでいたドミノは、智恵子が魔法で出したものだった。智恵子が魔法を解いたからドミノも消えてしまったのである。そのときちょうど通風孔の出口を覗いていた末葉がバランスを崩して格子の隙間から転がり落ちた。
「きゅっ!」
末葉を捕まえようと身を乗り出した白露も落ちた。鎮はくーちゃんと顔を見合わせ、
「俺たちもやっとくか」
「きゅう」
そして二匹も後に続いた。残ったのは嬉璃一人。嬉璃も出たいのだが、格子の隙間を通れる大きさではなかった。
「・・・・・・」
庭のほうへ戻ろうか、どうしようか。助けを求めるのは簡単だが、お菓子を奪いに来た者としてはあまりにも情けない。通風孔の寸前にまで近づいてはみたものの、また下がろうかと迷っていると、いきなり目の前に大きな手が現われた。
「な、なんぢゃ?」
嬉璃が目を丸くしている間に大きな手は格子の四隅に留めてあったネジを外し、格子を取り除いてしまった。そこから出てきたのは、悠宇の笑顔。目の端からはイヅナと鼬を抱いている日和が見えた。
「お菓子の時間にしようか」
テーブルには嬉璃の分まで数えたお茶とお菓子が用意されていた。思わず頬が赤くなったが、ついつい意地っぱりが先に立つ。
「いやぢゃ」
わしはあくまで忍ぶのぢゃ、と嬉璃は亀のように首を引っ込めてしまった。意志に反するように、嬉璃のお腹がくるると鳴った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4567/ 斎藤智恵子/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回はいろんな視点からの話を書かせて頂きました。
皆様全員のノベルをお読みいただければ、
いろんな事情が見えてくるかもしれません。
なんだか智恵子さまの作られるお菓子というのは、
その中にも魔法がかかっているような気がします。
本物のフォーチュンクッキー、という感じ。
おいしそう、そして楽しそうです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。