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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


三重人格―草間氏の受難―

 夕方、兄の草間武彦が事件の調査から帰ってきた。
「お帰りなさい、兄さん――」
 妹の零は優しく出迎える。
 しかし、兄の姿を一目見てすぐに「おかしい」と感じた。
 その違和感は、すぐに表に出た。
「あら、かわいい妹さんね」
 草間の声が紡いだ言葉はそんな女言葉――
 表情も優しい穏やかな女性のような顔つきで、
 しかし次の瞬間には一変、どこかのワルのようににやりと片頬をつりあげた。
「いい女じゃねえか。なあ姉ちゃんよ、俺と一緒にどっかいかねえか?」
「兄……さん?」
 零は一歩退いて兄の名を呼ぶ。
「兄さん? 武彦兄さんは?」
「――お前ら勝手に出てくるな!」
 ようやく草間らしい表情と怒鳴り声がして、草間は真っ赤になってぜえはあと息をついた。
「零、気をつけてくれ、今俺には二人の霊が乗り移っていて――」
「お兄様にはお体をお借りしておりますわ。わたくしはあかり。どうぞよしなに」
「俺はカイってんだ。いいから俺と一緒にいいとこ行こうぜ」
「出てくるなーーーー!!!」
 叫ぶなり、草間はどさっとその場に倒れこんでしまった。
 零は思い出した。たしか霊に取り憑かれるのにはものすごい体力がいるとかなんとか……
「に……兄さんを助けて……っ」
 誰にともなく、零はそうつぶやいていた。

     **********

「依頼での霊かしら?」
 草間興信所の事務員、シュライン・エマが困ったように草間を見つめた。
「とりあえず……」
 とシュラインは聖水入り霧吹きを台所から持ってくると、まずしゅっと草間にひと吹き。
「きゃんっ」
 草間が声をあげた。……あかりが出ているらしい。
 これはちょうどいいとシュラインはあかりに丁寧に挨拶をした。
「あかりさん初めまして。申し訳ないのだけれど、武彦さんの体が心配だからソファに横になってくださる?」
「あら、ええ、そうですわね」
 あかりは快く了承し、事務所のソファに横になった。
 が、いきなりばっと起き上がり、
「寝てられっかよ! こんないい女ばかりいるってのによ!」
 ……カイが出てきてしまった。
「カイさん、お願いだからおとなしくしていて――」
「なああんたもいい女だな。どうだい、一緒に?」
 ソファから立ち上がってしまったカイに、シュラインはため息をつき、
「教育的指導」
 と聖水を噴射した。
 うおっとカイがのけぞる。
「たっぷり聖水をかけられたくなかったら、ソファでおとなしくしてなさい。零ちゃんにも手を出したら許さないわよ」
 さてと、とシュラインは気を取り直して零を見た。
「私は今回武彦さんがやっていた仕事について調べてみる。零ちゃん、その間危ないから誰か助っ人呼びましょうか」
「は、はい……」
 零は怯えながらも、不安そうに兄の様子を見ている。
 シュラインは電話に手をかけた。

 電話でシュラインに呼び出されたのは、しばしば興信所に手伝いにくる黒冥月[ヘイ・ミンユェ]だった。
「まあ、新しいお客様だわ」
 冥月が興信所の扉を開けるなり、草間がそんなことを口にして、さしもの冥月もひるんだ。
「初めまして、わたくしはあかり」
「……ええと、いや、事情はシュラインからあらかた聞いたつもりだったんだが」
 冥月はしげしげとあかり状態の草間を見て、
「……聞くのと見るのとでは大違いだな」
 と大げさにため息をついた。
「霊に取り憑かれるとは情けない……いや、怪奇探偵の名に恥じないと言うべきか?」
 草間の姿のあかりはソファに座り、しなを作っている。
 無性に笑える姿だったが、それもつかの間――
「おい!」
 草間はソファから立ち上がった。「聖水ってのは反則だぜ姉さん。なあこんな凡庸な男よりも俺のほうがかっこいいだろうがよ? 俺と付き合えよ」
 シュラインが無言でカイに聖水を噴射した。
 どうやら聖水を一回噴射されると人格が変わるらしい。
「た、助かる、シュライン……」
 ようやく草間らしい、疲れきった声がその口から出てくる。
 しかし次にはしなを作って、
「お願いです……わたくしたちにも外の世界を楽しませてくださいな」
 あかりが出てきてしまった。
 あかりに聖水を噴射するのは何だか気が引けて、シュラインが動けずにいると、
 バンっ!
 壊れそうな勢いで興信所のドアが開いた。
「ひっさしぶりー、遊びに来たぞ!」
「あら、またお客様」
 あかりがにっこりと草間の顔で微笑む。
 と、唐突に草間の目つきが悪くなり、
「けっ。今度は男かよ」
 つばを吐きそうな声音で言った。
 すかさずパソコンの前にいたシュラインが、カイに向かって聖水を噴射する。
「ご、ごめんなさいましね。カイくんも悪気はないのよ?」
 あかりが出てきて謝った。
「………?」
 新しくやってきた来客は、そんな草間の様子を首をかしげて見て、
「なあ、零……武彦、どうしたんだ?」
 とぽつりと零に尋ねた。

 話を聞いて、伍宮春華[いつみや・はるか]は大爆笑した。
「霊を追い出す方法なあ……。でも俺、除霊とかはできないんだよな。ま、適当にお祓いできるやつ来るの待ってみたらどうだ?」
 完全に他人事である。
 シュラインは一生懸命、草間が今調査中だったはずの仕事について調べていた。
「おいおい、姉さんよ。そんな怖い顔でパソコンとにらめっこしてねえで俺と一緒に行こうぜ」
 カイがシュラインの肩に手を置こうとしたそのとき、冥月の手が伸びてきた。
 冥月はそのまま、カイを床に引きずり倒し、おさえつけた。
 唇の端をにこりと微笑ませ、
「あら、格好いいお兄さんね」
 床に押しつぶされた格好のカイに皮肉気に言ってやると、
「ちっ、男に興味はねぇぜ」
「………」
 冥月は肩を震わせた。しかし平静を装いながら、
「零、私は霊に詳しくないのだが……取り憑いた相手の影響を受けるものなのか」
「え? ええと……影響受けやすい霊なら兄さんの影響受けてるかも……」
「そうか」
 みしり、と音がした。
 草間の、ひいという声がした。
「草間……貴様はどこまでも私を怒らせたいようだな」
 冥月の悪魔の微笑みが場を凍りつかせる――

 〜中略〜

「お願い冥月さん、それくらいにしてあげて」
 響き渡る草間の悲鳴に、シュラインが必死で冥月を止めにかかる。
「お、おっかねえ……」
 春華がぶるぶると震えていた。
「痛いですわ……」
 あかりの声がした。どうやら別の人格にも影響を与えるらしい。
「ああ、悪かったな」
 あかりの声で、ようやく冥月は草間の体を解放した。
「あいにく私は霊への対処能力はない。あとは任せる」
 とシュラインの肩をぽんと叩き、草間を無理やりソファに座らせるとその後ろに立った。
「逃がさないからな?」
 背後から草間の耳元で低く囁く。
 草間がしなを作った。
「こんなに美しい女性が……あまり乱暴を働いてはいけませんわ」
 冥月は仰天した。
 うおお、と春華がのけぞった。
「た、武彦の声でそんなこと言われると……気色悪ぃぃぃぃぃぃ」
「もっと気色悪いのは私だ!」
 冥月は本気で鳥肌を立てて怒鳴った。
「まあ、どうしてですの? 本当のことを申しましただけですのに……」
 草間の姿であかりは、まるで和服でも着ているかのようなしぐさで泣きまねをする。
「あかりっつったか? あんた何者?」
 春華が興味津々で草間の顔をのぞきこむ。
「ええ、わたくしは――」
「久遠寺あかりさん、二十六歳、名門久遠寺家の娘さん……でよろしいですか?」
 資料をプリントアウトしたシュラインが口をはさんだ。
 あかりはシュラインを振り返り、「ええ」と微笑んだ。
 不思議なもので、草間の顔だというのに女性に見えてくる。
 続いてシュラインは資料をめくり、「ええとカイさんは……」と書類の字を目で追って――
 一瞬、動きを止めた。
「どうしたんだ?」
 冥月が尋ねる。
「……久遠寺カイさん。二十六歳。同じく久遠寺家の三男……」
「同じ久遠寺!?」
 春華が声をあげた。「しかも同じ二十六歳!? 双子かよこいつら」
「あんだよ文句あんのか?」
 カイがドスのきいた声で春華に反応する。
「だめよカイちゃん。そんな言葉遣いは……」
 即座にあかりに切り替わって、草間は自分で自分をたしなめていた。
「武彦さんが頼まれたのは、久遠寺家に夜な夜な現れる幽霊の正体をたしかめることだったのよね」
 それってあなた方のことだったの――? とシュラインは書類を手に尋ねた。
「ええ、ええ。二人で事故に遭ってしまって……家のことが気になって家の周りを回っていたらお祓いされそうになってしまいましたの」
「そこにこいつがやってきたからよ」
 カイが割り込んだ。「ちょうどいいってんで、乗り移ってやったんだよ」
「さっさと祓われればよかったんじゃないのか」
 冥月が肩をすくめる。
「っんだとっ!」
 カイがソファから立ち上がろうとして――しかし引っ張られるようにすとんとソファに腰を落とした。
「カイちゃん、だめ。――ごめんなさいね皆さん」
 あかりはいずまいを正した。神妙な顔つきでぽつぽつと語りだす。
「わたくしたち久遠寺家の者は……滅多に外に出していただけません。たまには自由に外を歩いてみたかったのです。それだけが心残りで……」
「そ、それでこいつら連れて外歩き回ってたんだが……」
 疲れ果てた声が出てきた。どうやら草間本人らしい。
「……一時間でバテた……」
「体力ねえんだよてめえ」
 カイがけっと舌打ちする。
「二人も中に入られて長持ちするか!」
 再び草間に戻って怒鳴り――それから草間はばったりとソファに倒れこんだ。
「武彦さん!」
「武彦!」
「兄さん!」
「……やれやれ、情けないな」
 冥月が頭を振った。


「にしても、双子のくせに似てないなあ」
 春華が草間とは向かいのソファに座りながら言う。「カイってのが弟?」
「はん。ガキが気安く呼び捨てにすんじゃねえよ」
「言っとくが俺のほうが歳上だぜ」
 春華は胸を張る。十代半ばという外見年齢に反してもう半世紀以上生きているのが、この伍宮春華という少年(?)である。
「まあ、すごいですわね」
 あかりが出てきて大げさに目を丸くした。
「あかりってのが姉ちゃん? なあ、こんな弟もって苦労してんだろ」
「カイちゃんはかわいいわよ」
 ぶふっ
 その言葉に、草間のソファの後ろ側に立っていた冥月がふきだした。
「か、かわいい……」
「てんめ、あかり! それ以上言ったらぶん殴る!」
「まあカイちゃん。乱暴はいけません」
「てめーも言葉の暴力駆使してんじゃねえかよ!」
「え……? わたくし何か申しましたか?」
 不安そうに周りの面々を見るあかり。
 周りの面々は、揃って首を横に振った。
「ほらカイちゃん。あなたが悪いのよ?」
「うるせーんだよお前は。なあなあそれよりそっちの姉ちゃんたち――」
 ぷしゅうっ
「教育的指導」
 シュラインが聖水を噴射しながらそっけなく言った。
「満足して武彦さんから離れてくれるなら一緒にいいとこ行ってもいいけれど、せめてもう少し気の利いた台詞でも言えば良いのにね」
「ご、ごめんなさいね。カイちゃんたらやんちゃで……」
 人格が入れ替わり、あかりが何度も頭をさげる。
 あかりが出てくるたびに、ソファの後ろで冥月が笑いをこらえていた。
「おんもしれ!」
 春華が豪快に笑う。「武彦の声で女言葉! 似合うぜ武彦!」
「うるさい……」
 草間本人がようやく出てきて、疲れきった声でそう言った。
「武彦さんもこの際お二人から違う目線……あかりさんの繊細な気配り等等、学んどいて良いかも」
 シュラインがソファまでやってきて、草間をいたわるように背中をさする。「ただで転んじゃもったいないものね?」
 と、その手をがっと草間がつかんで、
「ほらよっと。――?」
 シュラインを押し倒そうとした草間――カイの首根っこを、冥月がつかまえた。
「いたずら坊や、そうはいかない」
「うわ、うわ! いいとこだったのに!」
 春華がげらげら笑う。「なああかり! カイってのは手が早いのな!」
「もう、カイちゃんったら……」
 首根っこをつかまれたまま、あかりが出てきて「ごめんなさいね」と言った。
 シュラインのほうは、中身はどうあれ草間に押し倒されて頬を紅潮させている。
「兄さん……」
 零が途方に暮れていた。
「と、とりあえず!」
 シュラインは起き上がり、頬を赤くしたままこほんと咳払いをした。
「あなた方がこの世に未練があるのは分かりました。それを取り除けば武彦さんから離れてくださいますか?」
「わたくしは構いませんけれど、でもカイちゃんが……」
「俺はいい女を見つけるまで出ていかねえぞ」
 かわるがわる口調が変わる。
「……ええと、お神酒がぶ飲みしてみる? 武彦さん」
「勘弁してくれ……」
 草間は死にそうな声でそう言った。
「武彦……いい加減つらそうだな」
 春華がさすがに草間の様子に眉をひそめ始める。
「なあおい、出てくれる気ねえのか?」
 身を乗り出して尋ねると、
「そうですわね……残念ですけれど……少しの間でも願いを叶えていただけて満足ですわ」
 あかりが優しく微笑んで――草間の顔で――そして、

 ぽんっ

 白い煙のようなものが、草間の頭の後ろから飛び出した。
 それは空中にただよって、草間の頭上をくるくる回る。
「……あかり?」
 春華が呼ぶと、煙は反応するようにふわりと春華のほうに近づいた。
「それじゃあ、あとはたらしの坊やだけだな」
 冥月がぽきぽきと指を鳴らす。
「もう一度訊く。自分から出て行く気はないか」
「ないっつってんだろ!」
 カイが怒鳴り声をあげた。
「ようし」
 冥月はおもむろにカイの――草間の――胸倉をつかみあげ、
 問答無用で一発、腹に拳を打ち込んだ。
「ぐおっ」
 げほげほと草間が咳き込む。次に出てきた人格は、草間本人だった。
「冥月! お前何考えてるんだ……!」
「お前を助けるためだ。我慢しろ、一発ごとに一万やるから」
 にやにや笑いながら冥月はさらに一発。
「お、おいおいおい」
 春華がさすがにおろおろと草間のうめき声を聞く。
 慌てているのはあかりの魂で、彼女はくるくると草間と冥月の頭上を回っていた。
 さらに一発。
「い、威力増して……げほっ!」
 草間の人格が何度も咳き込む。その呼吸に合わせて、酷にも冥月はピンポイントで殴り続ける。
「さて、何発目で出て行くかな?」
「ミ、冥月さん!」
「それ以上はよしてください、兄さんが」
「武彦……」
 春華はぼそりとつぶやいた。
「サンドバック状態もなかなか似合うな……」
「春華! 何か言ったか――げほっ」

 そして何発殴られたことか――

「もうやってらんねえよ!」
 ぽんっ
 草間の頭から、白い煙の二つ目がようやく飛び出した。
 そして冥月から逃げるように、さささっと事務所の窓へと向かう。
 草間の頭上にいたあかりが、お礼を言うようにさわさわと全員に触れていき、そしてカイに並ぶ。
 二つの魂はそのまますう……と姿を消した。
「やれやれ。お騒がせ幽霊だったな」
「俺、もうちっと話していたかったぜ」
「兄さん、兄さんー」
「武彦さんっ」
 のんきな冥月と春華をよそに、シュラインと零がソファでぐったりしている草間の様子を見る。
 草間は完全に気絶していた。

     **********

 数日後――
 草間はようやくいつも通りの体調を取り戻すなり、冥月と春華を呼び出した。
「んだよ武彦」
「何か用か草間」
 草間は黙って冥月に掌を差し出す。
「ん?」
「……計十五発。十五万だ」
 言われてきょとんとした冥月は、しばらくしてようやく思い出し、ぽんと手を打った。
 そして、逆に彼女が掌を差し出した。
「今までアルバイトとしてこの興信所で働いた給料未払い、しめて四十五万」
 草間は慌てて手を引っ込め、こほんと咳払いをした。
「……助けてくれて感謝する」
「四十五万は?」
「春華。お前は俺を助けてくれる気なかったのか」
 冥月を無視し、草間は少年に問う。
 春華は大げさにため息をついて、
「最後のほうはちょーっと気の毒だったけどよー」
 でもさ、と太陽のように明るい笑顔を見せて、
「草間の人格入れ替わり、面白かったぜ?」
「春華ーーーーー!」
 草間の怒鳴り声が興信所に響き渡る。
 それはこの事務所の日常で……まあ、つまりは平和な証拠というわけだった。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1892/伍宮・春華/男/75歳/中学生】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回の依頼は何だか妙なことになってすみません。「教育的指導」がとても楽しかったです。
よろしければ、またお会いできますよう……