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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


コウモリ猫を見つけ出せ

「何か……逃げ出したみたいなんだよな」
 草間探偵事務所にやってきた如月竜矢[きさらぎ・りゅうし]は困ったようにこめかみをかいた。
「姫の魔寄せで寄ってきたやつが黒魔術師かなんかだったのか……悪魔だったのか……分からないけど、その使い魔がどこかに逃げていったんだよな、俺のとこの結界つきぬけて」
「はあ?」
 草間は煙草を落としそうになりながら話を聞いていた。
「結界をつきぬける? そりゃよほどのモンじゃねえか」
「うちの結界は結界自体はそれほど強くないからなあ……とにかく、放っておくわけにもいかないだろう?」
「……どうしろと」
「捕獲。のち……処分したほうがいいのかなあ」
「元の黒魔術師だか悪魔だかはどうしたんだ?」
「処分しちまった。だから完全に迷い猫だよ」
「猫って……」
「背中にコウモリの羽が生えた猫。空も飛ぶし嗅覚もいい。処分するかどうかは……任せるよ」
 竜矢は困ったようにそう言った。

     **********

「何だ、ヘタレ鎖縛師か」
 草間に呼び出された黒冥月[ヘイ・ミンユェ」は、竜矢の姿を見て開口一番そう言った。
「……どうも、お久しぶりです」
 竜矢は肩をすくめて冥月の言葉を聞き流す。
「紫鶴[しづる]は元気か」
 冥月が竜矢の主「姫」たる少女の名を出すと、
「おかげさまで。元気すぎて魔寄せの能力全開ですよ」
 大げさなため息が返ってきた。
 草間が不思議そうな顔をする。
「何だ、顔見知りかお前たち」
「あの姫さんとはマブダチだ」
 冥月は多少誇張した言い方をした。
 すると草間は竜矢のほうを向き、
「こいつはかわいい娘はすぐ口説くから気をつけろよ」
 重々しい声音で言って――
「誰が口説くか!」
 ごすっ
 草間のみぞおちに冥月の膝蹴りが打ち込まれた。
 そこまでのやりとりを「いつものことだ」と黙って聞いていたシュライン・エマ。ひとりで考えをめぐらせていた。
「宿無しになっちゃったのね……新しい主ができるまでうちの事務所に置いておけないかしら武彦さん」
 草間は咳き込むばかりで返事にならない。
 シュラインは優しく草間の背中を撫でながら、
「ともかく探しださなくてはね」
 とつぶやいた。
「い、今他にも助っ人を呼ぶ……」
 草間はげほごほ言いながら、電話に手を伸ばした。

 次に事務所のドアが開いたとき――
 現れたのは、草間が依頼した助っ人ではなく、黒髪に赤い瞳の少女だった。
「ごきげんよう。何かあったのかしら……あら、竜矢さん」
「魅月姫さん?」
 竜矢があっけにとられたように黒榊魅月姫[くろさかき・みづき]の顔を見る。
「何でまたこんなところに」
「こんなところとは何だこんなところとは」
 草間が苦虫を噛みつぶしたような声で言う。
 魅月姫はそんなやりとりを完全無視して、
「途中でこの子と会ったの。暇だったから一緒に来たわ」
 と自分の後ろを示した。
 魅月姫の後ろには、「ひろわないでください」とでかでかと書かれたダンボール箱……
 そのダンボール箱の上がちょこんと開き、おそるおそるダンボールの中の人間が顔を出した。
「あの……お久しぶりなのですぅ」
「夜闇さんまで……」
 竜矢が驚いたように伊吹夜闇[いぶき・よやみ]を見た。
 くせっ毛の黒髪に片方だけが銀色のオッドアイ。夜闇は恥ずかしそうに目を伏せる。元来人見知りが激しいのだ。
 と、魅月姫と夜闇の後ろから長身の女性が顔を出した。
「お待たせしました、草間さん――どうかなさったんですか?」
「よお陸玖。ちょっと頼まれごとしてくれるか」
「またですか。仕方ありませんね」
 陸玖翠[りく・みどり]はあまり動かない表情でうなずいた。
 そしてもうひとり――
「呼びましたかっ?」
 陸玖の後ろから、小柄の少女が顔を出した。
 魅月姫がはっとその少女を見て眉をひそめる。
 それには気づかず、最後の来客――樋口真帆[ひぐち・まほ]は笑顔をまきちらした。
「真帆。お前も頼まれてくれ。実はな――」
 草間と竜矢が事情を説明する。
「コウモリ猫の捜索……なるほど」
 翠がうなずいた。「そういうことなら任せてください」
「私も手伝います」
 魅月姫がそっけないとも言える口調で言う。
「わ、私もなのですぅ……」
 ダンボール箱の中から、おそるおそる手があがってきた。
 冥月が腕を組んで、
「使い魔ごときを逃すとは本当にヘタレなやつだ。大体使い魔なら、主人が死んだのならそのうち消滅するんじゃないのか」
 竜矢に嫌味を言った。
 とたんに真帆が声を大にした。
「そんなこと、ないですっ! 稀に使い魔さんも生き延びることがありますっ。捜してあげなきゃ!」
「そうですね。使い魔と言えども色々だから」
 魅月姫が賛同した。
 冥月は苦笑して、「冗談だ」と言った。
「こいつの冗談はかわいい娘を口説くための練習なんだ」
 草間が重々しく言い――再び冥月の鉄拳をくらった。
 シュラインが慌てて冥月をとめながら、
「さ、さて、じゃあこれだけ人数がいるんだし、手分けして捜しましょうか」
「コウモリ猫の大きさは?」
 魅月姫が竜矢に訊いた。
「魅月姫さんの肩幅ほどだよ。猫として見るとかなり大きい」
「逃げ出したのはいつなの?」
「昨日の夜。満月に近かったろう?」
 竜矢は肩をすくめる。
 竜矢の主たる紫鶴の能力は、満月に近ければ近いほど威力が増すのだ。
「元々、主と使い魔はつながっていて相互に影響あったはずよね。主とのつながりが切れた際、使い魔もかなり消耗してると思うの。それも結界をつきぬけたならなおさらそれほど距離飛べない気もするし……」
 シュラインが自分の考えを並べていく。
「なら、ご近所さんからですね」
 真帆が熱心にうなずいた。
「紫鶴の魔寄せは結界の能力もつきぬけるから……」
 魅月姫はさらりと黒髪を後ろに流しながら、「今全開になっていると言ったでしょう。使い魔も寄せられて紫鶴の別荘の近場にいる可能性は高いわね」
「使い魔かその主に関係する何かが残っていませんか」
 翠は竜矢に尋ねた。「それを使えば卦占いができるのですが……」
 竜矢はごそごそとポケットをさぐった。そして、透明な袋に入った何かを取り出した。
 何が入っているのかは、よく見れば分かる。――毛だ。
「そのコウモリ猫の毛ですよ」
「ありがたい。お借りしてもいいですか」
「どうぞ。お願いします」
 コウモリ猫の毛が竜矢から翠に移る。
 冥月が事務所の壁にもたれかかり、腕を組んだ。
「おい冥月――」
 草間が呼ぶ声に適当に手を振り、
「私は最後まで動かん。勝手にやれ」
「……まあ今回は助っ人も多いしな」
 冥月がああ言い出したら動かすのは至難の業だと知っているから、草間はため息をついて諦めた。
 そして、
「じゃあ、よろしく頼むぞみんな」
 こん
 持っていたペンで机を叩きながら、面々の顔を見渡した。

     **********

「はぐれコウモリ猫……それらしい影などの目撃、音の情報……紫鶴さんの家のご近所で聞き込みしてくるわ」
 シュラインがそう言って出て行く。
「えーとえーと、私は」
 真帆が一生懸命考えた後、「あ、そうだっ。猫じゃらしもっていこう!」
 そう言って慌てて外へ出て行った。
「………」
 その後姿を見送った魅月姫は、
「今の子は……魔女?」
「ん? ああ、真帆か。あれでも一応夢魔の一族なんだよ」
 草間が煙草をふかしながら答える。
「夢魔……」
 ――魅月姫は吸血鬼だ。生まれながらにして、太陽の光を浴びても平気なハイデイライトウォーカー。
「どうりで変な気配がすること……」
 魅月姫はふうと息をつき、「まあ、今は関係ないことね。私は紫鶴の別荘に行くことにするわ」
 その周辺をさぐることにする――と彼女は言い、
「あなたはどうするの?」
 とダンボール箱へ声をかけた。
「あうあうえっと」
 夜闇は慌てたように意味不明な言葉を連ね、
「……紫鶴さんの家の近くで、餌、用意しますぅ。お腹へってるかもしれないから……」
「そう。じゃあ私と行きましょう」
「私はここで占うついでに――」
 翠は傍らに連れていた猫又式神を外へと放した。
「――あの子に探索させます」
「コウモリ猫に、猫又ね」
 魅月姫がくすりと笑い、夜闇を連れて外に出て、紫鶴の別荘へと歩き出した。

     **********

「外見が猫なのだから……」
 シュラインはマタタビスプレーを携帯した。
「そしてコウモリでもあるのだから……」
 コウモリが集まりそうな薄暗い場所を見つけては、マタタビスプレーを噴射する。
 そして、紫鶴の別荘の近所を回り、情報収集をする。
「大雑把な方角だけでも分かればね」
 ――紫鶴の家の右隣では、何の情報も得られなかった。
「コウモリ猫? 勘弁してくれ! ただでさえあの屋敷は不気味なんだから!」
 と嫌がられ、追い返されてしまったのだ。
「そうよねえ……」
 シュラインはため息をついた。「住んでる人間が、魔を寄せちゃう体質じゃあね……」
 それでも、諦めるわけにはいかない。
 今度は左隣の家を訪ねてみた。
 そちらで応対に出たのはメイドで、
「お隣の家のことで……? あ、あの、何かありましたか……?」
 やはり怯えられてしまった。
「昨日の夜のことなんだけれど――あの屋敷から、何か飛んでいかなかった? あるいは走って飛び出していかなかった?」
「わ、分かりません」
「怖いのは分かるのだけれど、少し思い出してみてくれない?」
「昨夜……」
 メイドは考えるように、眉根を寄せながら目を閉じる。
 そして、うっすら目を開けて、
「……何か、バチッて音がしました。それしか覚えていません」
 ――その音はもしかすると。
(コウモリ猫が結界を突き破った音かしらね……)
「その音がしたのはどこのあたりか分からない?」
「え、ええと、うちに聞こえるくらいだからこっち側だと……」
 なるほどね、とシュラインは思った。
 紫鶴の家は半端じゃないほど大きい。屋敷の向こう側で起こった出来事だとしたら、まったく分からないだろう。
 コウモリ猫は、この家に音が聞こえる位置から逃げ出した。
 そして――どこへ行った?
「ありがとう」
 シュラインはメイドに礼を言った。
 そしてメイドと別れてから、もう一本持ってきていたスプレー――聖水を道に噴射し始めた。
「使い魔なら聖水は嫌がるはずよね……」
 それを利用して、マタタビスプレーとともにある程度動きを誘導できないものかと、そう考えたのだ。
 ――先ほどマタタビスプレーを噴きかけておいた場所に戻ると、何もなかった。
 シュラインはもうひとつの作戦に出た。
 超高音域の声――
 声を自在に操る自分の能力を最大限使い、コウモリが寄ってきそうな音を出したのだ。
(頭部が猫だと、超高音域じゃあ気絶したり動き鈍くなったりしてしまうかもしれないけれど)
 コウモリ猫はどの程度がコウモリで、どの程度が猫なのかが分からない。
 耳も澄まして、猫の鳴き声とコウモリの羽音にも注意する。
 音に関してはエキスパートだ――

 やがて。

 パタパタ……

「!」
 シュラインは超高音域を張り上げた。
 時刻はもう夕刻。薄暗がりの中、たしかに何かが飛んでくる――
 間違いない。コウモリの羽、猫の体。
(でも……竜矢さんの言っていたような大きなサイズじゃない……?)
 それは小猫のような小さな猫だった。
 シュラインは超高音域を出すのをやめた。マタタビスプレーを噴射する。
 にゃあ、と使い魔らしきその猫が嬉しそうに鳴く。
 地面に降りた使い魔は足元をふらつかせていた。
 シュラインは膝をつき、酔っ払ったようににゃあにゃあ甘ったるい声を出す使い魔をそっと捕まえた。
 逃げない。これは、マタタビに酔っているためだけじゃない――
 ところどころに傷がある。結界をぬけたときにでもできたのかもしれない。
「使い魔に効くかどうかは謎だけれど……」
 携帯していた救急箱を取り出して、シュラインは塗り薬をその傷に塗った。
 ごろごろ、とコウモリ猫がシュラインになついてのどを鳴らす。
「かわい……」
 猫好きなシュラインは思わずつぶやいて、「いけない、使い魔だったわ」と慌てて取り消した。
 そして、コウモリ猫を抱いて立ち上がった。

     **********

「おかしいですね……」
 翠は草間の事務所でコウモリ猫の毛を使い卦で占いをしていた。
 占い始めてから小一時間。その眉根は寄ったまま、いまだ直ることがない。
「どうかしたのか? 陸玖」
 草間が尋ねる。
「どうも占いの結果がひとつに……しぼれない」
「そうだろうな」
 壁にもたれかかっていた冥月が冷めた声で言った。
「冥月? お前何か分かったなら言えよ」
 草間に文句を言われても、冥月はそ知らぬ顔。
「この占いの結果だと……対象が複数いることになります」
 翠は草間たちを振り返って言った。
「まったく同じ気配を持つものが、複数」
「分裂したか……?」
 竜矢がつぶやく。
 冥月がようやくちらりと竜矢を見て、
「お前、処分は任せるとか言ったな」
 と低い声で言った。
「え? ああ、任せると――」
 げしっ
 冥月の足蹴りが竜矢に飛んだ。
「任すな。自分で行け。自分が弱いと自覚してるなら、こういう事態を能力の鍛錬に使え。場所なら携帯で教えてやる」
「厳しいな相変わらず……」
 竜矢が肩をすくめると、
「ふっ。私は紫鶴には優しいがお前には厳しいのだ」
 瞬間、竜矢は凍りついた。
「ま、まさか本当に姫を口説く気じゃ……」
 どげしぃっ
 冥月の足蹴りが今度は本気モードで飛んだ。
 ぐはっと竜矢がうめく。
 草間は他人事のようにはっはと笑い、
「どうだ竜矢、普段の俺の気持ちが分かるだろう」
「お前も働け草間!」
 オルゴールが飛んできて、草間は慌ててキャッチした。
 それらの様子をほとんど動かない表情で見ていた翠、
「複数であることに間違いはないようですね」
 と占い盤を手に握り、
「では私もそのうちの一匹を捕まえてくることにしましょう」
 それだけ言って、事務所から出て行った。

     **********

「うわあ……紫鶴って人の家、大きい〜」
 真帆は呆然とその巨大な建物を見上げていた。
 そのまま数分――
「……はっ。いけない。聞き込み聞き込み」
 ちょうど、目の前をおばちゃんが通りかかった。
 これ幸いと、真帆は声をかけた。
「おばちゃん、お尋ねしてもいいですか?」
「誰がおばちゃんですって!?」
「……お姉さん、お尋ねしてもいいですか?」
「あら、何かしら」
 真帆は心の中でべーっと舌を出してから、
「このお屋敷から、昨日の夜何か出てきませんでしたか? コウモリの羽のついた猫とか」
 おばちゃんは嫌そうな顔をして、
「この不気味な屋敷の話はよしてちょうだい! 大体この家は近所の迷惑を考えているのかしら、無意味に大きい建物建てて、自分が金持ちってことを強調して――」
 ひとしきり悪口を言うだけ言って、おばちゃんはさっさと言ってしまった。
「……なに、あれ……」
 真帆は呆然とそれを見送った。
 これじゃあ人間はアテにならない。
「どこかに猫さんいないかなっ」
 屋敷をぐるりと一回りしていると、隣の家の塀の上で、あくびをしている猫を発見した。
「ねえ猫さん猫さん。コウモリの羽ついた猫さん見なかった?」
 にゃあ、と面倒くさそうに猫は鳴いた。
 見たよ、と真帆の耳には聞こえた。
「ほんと!? どこに行ったか分からない? ね、教えてくれたら猫じゃらしあげるっ」
 にゃあ、と猫は再度鳴いた。
 ――あっちだよ、と首を振る。
「ありがとうっ!」
 真帆は猫じゃらしを一本その猫の足元に置いて、猫が教えてくれた方向へと走り出した。

 真帆は公園にたどりついた。そこにはまた猫がいた。
「ねえねえ猫さん、コウモリの羽のついた猫さん見なかった?」
 にゃん、と猫は鳴いた。
 ――ビルの路地裏、と聞こえた。
「どこのビルかな?」
 重ねて尋ねると、
 にゃん
 ――猫は賢い。ビルの名前まで覚えていた。
「ありがとね。これあげる!」
 猫じゃらしを足元において、真帆は再び走り出した。

 ビルの路地裏――
 時刻は夕刻。
 そろそろ、幽霊たちがのっそり現れる時間帯だ。
 猫に教えてもらった路地裏を訪ねると、そこにははぐれ幽霊がいた。
「ねえ幽霊さん幽霊さん。コウモリの羽のついた猫さん見なかった?」
 幽霊は黙って指を指した。
 その先に――

 コウモリの羽をひらひらさせる、小猫が一匹。

「あれえ? 大きいって話だったのになあ」
 真帆は首をかしげながらも、幽霊にお礼を言ってからとことことコウモリ猫に近づいていく。
 コウモリ猫は、真帆の姿を見て、はっと逃げ腰になった。
「おいで? 怖くないから。自分の家に帰りたいでしょう?」
 たっ
 コウモリ猫は逃げ出した。
「だ、めーーー!」
 真帆は猫じゃらしを放り投げ、幻惑の魔法を使った。
 路地裏一面に広がった猫じゃらしの幻が、コウモリ猫を捕獲する。
 頭の中を、冥月という人が言っていた言葉がめぐっていた。
 ――主を失くした使い魔は消滅する――
「ね、契約しない? 私と」
 コウモリ猫を抱き寄せて、真帆は言った。
「契約したらあなたもずっと生きていられるよ。ね、契約しよ」
 コウモリ猫は、力なくにゃあ……と鳴いた。
 真帆は焦った。このままではいけない。早く何とかしなければ――……

     **********

「おかしいわね……」
 魅月姫はつぶやいていた。
「ど、どうしたのですか?」
 一緒についてきた夜闇がダンボール箱をかぶりながらおそるおそる訊いてくる。
「今、魔力探知を試みているのだけれど……」
 魅月姫は紫鶴の別荘を見上げ、「複数。複数同じ気配がする」
「えっ?」
「分裂でもしたのかしらね……」
 魅月姫は考える。
 ――再度魔寄せを試みるか?
 いや、それでは余計なものも寄ってきてしまう。
「魔力を感じるわ……」
 空を見上げ、魅月姫は目を閉じた。
「昨夜呼び寄せられたのは黒魔術師ね……黒魔術師の波動がまだ残っている……」
 夜闇は魅月姫の傍らで、せっせと抱えてきたものを用意していた。
 七輪。
 それにアジを乗せ、パタパタと扇いで匂いを広げた。
 魅月姫は黒魔術師の残した魔力を増幅、周囲に放射して、誘蛾灯代わりにした。
 それを見た夜闇は、こちらも闇の魔力を散布して、使い魔寄せを始めた。

 パタパタ……

 七輪を扇ぐ音が静かな道に響く。
 二人とも紫鶴の家にはなじみが深いが、この道がこんなに静かだったとは初めて知った。
「……避けられているのかしらね」
「紫鶴さん……」
 夜闇が寂しそうな声を出す。
 アジの香りが何だかわびしい。
 二人は日が落ちるまで魔力を散布し続けていた。

 と――

 とこ、とこ、とこ……
 力ない足音がして、目の前に小さな猫が現れた。
「コウモリの羽!」
 夜闇が声をあげるのを、しっと魅月姫が止める。
 そして、影の触手を生み出し小猫を取り押さえた。
「あ……魅月姫さん……」
 夜闇が悲しそうな顔をする。
「取り押さえるなんて……かわいそうですぅ……」
「他に方法があるの?」
「ね……ねこさんなのにこうもりさんの羽までついていて……とっても贅沢なのです。何だか私に近いほうの気もしますし、頑張って説得するのです♪」
「説得できる?」
「頑張るのです」
「………」
 魅月姫は影の拘束を解いた。
 夜闇は闇の魔力を再度散布し、小さなコウモリ猫をおびきよせる。
 とて、とて、とて……
 力ない足で、使い魔が歩いてくる。
 夜闇の胸がきゅんとしめつけられた。
「魔力が足りないと大変なのです……小物は初めてなのですけど頑張ってみるのです」
 夜闇は、にっこりとコウモリ猫に笑ってみせた。
「こんばんはです」
 コウモリ猫は動きを止めた。
 力なく威嚇の姿勢を取るコウモリ猫に、夜闇はゆっくり歩みよって。
「一緒に帰りましょうなのです……仲良くなって、一緒に遊びましょうなのです……」
 手を差し伸べた。
 猫は無言でそれを見つめていた。
 魅月姫が黙って後ろで見ている。
 夜闇は笑顔を崩さなかった。
 七輪の上のアジが、ぱちっとはじけた。

 やがて――

 とて、とて、とて……

 コウモリ猫は、夜闇に歩み寄った。
 そして、差し伸べられた手にすり寄った。
「ちょっとだけ……撫で撫でしてみたいのです」
 どきどきと胸を高鳴らせる夜闇に、魅月姫が微笑んだ。
「思い切り撫でてやりなさい。その子はあなたになついたわ」

     **********

「見つけた……」
 翠は一匹の小さなコウモリ猫の前で、符を構えた。
 翠の足元では、彼女の式神猫又七夜が威嚇体勢を取っている。
「あとの複数は、きっと他の人たちが捕まえてくれるでしょう……」
 ひゅっ
 符が放たれる。
 小さなコウモリ猫の周辺に符は張り付き、結界となった。
「ふう……」
 翠の鉄面皮にほんの少しだけ安堵の色が走った。
 結界に近づいていき、中にいる小さなコウモリ猫を捕獲する。
 コウモリ猫は弱まっていた。軽く警戒の声をあげたが、逃げる様子はない。
「主を失って……分裂までして……無事でいられるはずがない……」
 ため息をついて、翠はコウモリ猫をやさしく抱いた。
「さ、皆のところへ帰ろう……」

     **********

『捕獲はお前の得意技だろうが!』
 電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。
「分かりましたから、もう少し小さな声でしゃべってくださいよ」
 竜矢は冥月に文句を言った。
『お前がヘタレだからいけない! それで最後の猫だぞ!』
「……ああ、そうなんですか」
 目の前にコウモリ猫がいる。
 小さなコウモリ猫が。弱まってふらふらしている。
「………」
 竜矢は鎖縛師。針を使って影縫いや結界を作ることを得意としている。
 しかし――
「……俺の能力を使うまでもなさそうですよ」
 携帯電話の向こう側にそう言い、竜矢はそっとコウモリ猫に近づいた。
 逃げようとする気配はまったくない。おそらくもうそんな力がないのだろう。
 そっと抱き上げて、
「はい、捕獲終了です」
『……何だか腹が立つなお前は』
 冥月はむすっとした声でそう言ってきた。

     **********

「すると、何か?」
 草間探偵事務所に戻ってきた六人を前にして、草間は困ったように眉根を寄せた。
「分裂して五匹になっちまってるということか?」
「処分なんてダメですよ、絶対っ! この子たちが何か悪いことしたわけじゃないんでしょう?」
 真帆が力強く言い、そして、
「私、もうこの子と契約しちゃいました。この子、私のペットです」
 自分の抱く小さなコウモリ猫。首にリボンまでいつの間にかついている。
 たしかに真帆の抱く猫だけは、他の四匹に比べ大分元気なようだった。
「契約すれば力は戻るのですか……」
 翠が興味深そうにつぶやく。
「私も頂くわ」
 そっけなく魅月姫が言った。「残りはちょうど四匹。二匹をくっつけて一匹にして、頂くわ」
「ちょうど……?」
「あら、そちらの方も式神が欲しいのではなくて?」
 翠を見て魅月姫は言う。
 翠は鉄面皮のまま、「ああ」とあっさりと言った。
「では分裂を魔力で無理やりくっつけましょう」
 魅月姫はその力を発動させ――
 四匹いたコウモリ猫は、二匹となった。
「うちの七夜の友達になれればいいなと」
 猫又式神・七夜をもう片方の手に抱き、翠は珍しくほんの少しだけ笑みを見せた。
「私の影の中に住処を提供するわ。名前は……そうね、『グリフ』かしら」
 魅月姫が言った。
 そして振り向いて、
「撫でたかったらいつでも言ってちょうだい」
「えっ」
 突然声をかけられて、夜闇は思わずダンボール箱の中に沈みこんだ。
 ふふっと魅月姫が微笑する。
「今回はいじめがいがなかったな……」
 冥月がつまらなそうにいい、
「全員無事でよかったわ……」
 シュラインが微笑んだ。
「ま、解決して何よりだ」
 草間が煙草をふかす。
 とたん、きっと真帆がまなざしを鋭くして、
「この子の健康に響きます! 煙草はよしてくださいっ」
「え? ええ?」
 草間は慌てて煙草を消した。
「大体草間さんはいつも煙草を吸いすぎです、どうせなら動物を飼ってその子のために禁煙したりとか――」
「勘弁してくれ!」
 草間の嘆きの声があがる。
 冥月が大笑いした。
「それはいい、煙草の代わりに動物と戯れる草間か、いい見ものだ!」
「冥月ー!」
 つかみかかろうとして逆に腕を拘束され、卍固めをきめられる。
 草間の悲鳴が響き渡った。
 真帆と翠と魅月姫の腕の中で――
 うるさいよ、とでも言いたげに、にゃあとコウモリ猫が鳴いた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【5655/伊吹・夜闇/女性/467歳/闇の子】
【6118/陸玖・翠/女性/23歳/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】
【6458/樋口・真帆/女性/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加いただき、ありがとうございましたv
単純明快な依頼だったかと思いますが、いかがでしたでしょうか。楽しんでいただけたら光栄です。
よろしければまたお会いできますよう……