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★ 休日限定地球防衛隊 ★
「ボクはダニエル・薩摩とイイます。ジローと呼んでクダさい」
雨上がりの日曜お昼前、駅前公園なかよし広場にその青年はいた。白のカッターシャツにブルージーンズ、ひょろりとした長身の金髪碧眼(ある意味)眼鏡っ子。
「地球は狙われてイルのデス! キミを地球人の中の地球人ト見込んでおネガイがありマス」
やぶからぼうにグローバルな勧誘をくらって目を白黒させている通行人に、ジローは爽やかな笑みを向ける。
「大丈夫、怪シイ者ではありマセン」
ステインのスの字もない、美しい歯がキラリと光った。
――適材、発見です。
なかよし広場を見下ろす十三階建てのビルの屋上で、東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)の瞳もキラリと光った。
ぐるぐる眼鏡を外した目もとを、すかさず蓬髪が覆う。
二十代はじめの青年に見えなくもないが、中途半端なぼさぼさ頭と枯れ草色のだぶだぶローブのおかげで確たるところは誰にもわからない彼は、実は高邁かつ切実な使命を果たさんと遠い遠い世界からやって来た異邦人である。形状から連想できる以上の――もしくは連想しようのない――機能満載のアイテムを駆使する、地球人にとってまさしく“魔法使い”なのだ。
ちなみに、首にかけている鎖からぶらりんと下がるぐるぐる眼鏡も魔法のなんでも分析器だったりする。
「緑田、行きます!」
長く裾引くローブをものともせず、緑田は落下防止柵を越えて大空に舞った……正確には落ちていった。運悪く目撃してしまった休日出勤中の階下のサラリーマンが絶叫し、向かいのビルのOLが号泣しながら携帯で実況し、かくして新たな都市伝説が誕生してしまったのだが、それは当人の与り知らぬことである。
「ですカラ地球の平和を守る為、今日一日ボクに協力――ア、待ってクダさい! ウェイト、プリーズ! オ若イの、オ待チなセエヤシ!」
一方、ジローはまたもスカウト失敗で肩を落としていた。
「地球人はホントにシャイですネ。初対面とイウのがネックなのでショウか。ヤッパリ総務の彼女ヤ経理の彼ニ打ち明けて協力シテもらうシカ……」
そのとき。
職場の同僚へのカミングアウトを検討していたジローの琴線に、触れるものがあった。
はっと振り向けば、土煙を上げて突っ込んでくるラーメン屋台。それを人力とも思えぬスピードで引いているのは――
「お話はすべて伺いましたーー!」
「おォウ!?」
過激なブレーキングに、ギャギャギャッとタイヤが砂を噛む。
「この東雲・緑田にお任せあれ、共に世界を夢と希望とか愛と勇気やらで満たすのです!」
くいつかんばかりの勢いで、緑田はジローの両手をぐわしと掴んだ。
「さぁ、大丈夫、今すぐここに座って、おやっさんいつもの頼むと言うのです」
唐突に傍らに出現したジャパニーズ・ウッディ・ベンチに、ジローは目を輝かした。
「ナルほど、ハラが減ってはナントヤラですネ。デハ、『おやっサンいつモの頼みマス』!」
「まいど!!」
どこで聞いていたんだとか、なぜ屋台なのかとか、初見でいつものってどうよとか、そんな些細かつ小市民な一般常識は二人の間には存在しない。減ったら緑田困っちゃう、な『世界を夢と希望と愛と勇気で満たす(ために魔女っ子認定する)』こと、それはジローことダニエル・薩摩の望みたる『地球の平和』と、若干の誤差はあるものの限りなくイクォールであった。なんとなれば魔女っ子の基本成分は他者を魅了してやまない萌えであり、萌えは夢と希望と愛と勇気であり、萌えていられるのは平和な証拠に他ならない。ゆえに、出会ったその瞬間から、彼らは同志の絆で結ばれた。言葉なんていらない、見つめあったら素直に意思の疎通(大筋で)完了である。
……まあ、どっちも地球人じゃないせいかもしれないが。
「お待たせしました、本日の裏メニュー“ベシャメルハラペーニョ中華そば”です!」
「アメーージング!」
ジローはポケットからマイ箸を取り出すと、慣れた手つきで麺をたぐり、一気に啜り込んだ。バターを効かせた特製ホワイトスープに青唐辛子を練り込んだ手打極太平縮れ麺のコンビネーションは、鉄の胃袋を誇る人間でももたれずには済まない濃厚さと胃弱の人間でさえ手を伸ばさずにはおれない刺激を兼ね備えた、異世界にグローバルな一品であった。食すほどに、あしらわれているハイビスカスやミニチュアの兵馬俑(ビキニ着用)に違和感を覚えなくなっていくあたりが、裏メニューの裏たる所以だろうか。
「やはり、僕の目に狂いはありませんでした」
緑田は満足げに頷くと、魔法の鞄から簡易版・魔法のカチューシャを呼び出し、見事完食して丼を置いた七三分けの金髪頭にセットした。
「今日から貴方も魔法少女! 名前は……そう、『ウチュー少女アストロ☆花子』!」
「アアッ、タマシイの底からラニーニャなパワーが!」
にょきっと伸びる星付触覚からラメ状の輝きが発し、たちまち光の渦となる。
その中心で、ジローのシルエットが伸縮・変形・変態、そして――見よ!
金髪ツンツン頭の“眼鏡っ娘”がそこにいた。スリムな肢体を包むのは、何を計測しているのかよくわからない円形メーターやチューブがごっそり付いた虹色メタリックのショートジャケット、へそ出しホットパンツにロングブーツ。なぜか耳が尖がっている。
「ウチュー少女アストロ☆花子、見・参!」
大ぶりなメタルフレームを指先で軽く押し上げ、ポーズを決めたとたん、拍手喝采が沸き起こった。
「おォウ!?」
いつのまにか、屋台の周りには人垣ができているではないか。
「ねえ、これ何の番宣? いつ放映?」
「おねーさん、ビーム出してー!」
「派手な客引きだねえ」
「ここって闇メニューがあるんだよな」
なにしろ休日の駅前公園である。先程からのバラエティー番組風やりとりに惹かれてそこそこギャラリーが集まっていたところへ、イリュージョンばりの大変身だ。純粋な野次馬、ヒーローショーと信じて疑わない小さいお友達、彼らとは違うポイントでわくわくしている大きいお友達、『ビルの屋上から落ちて蒟蒻ゼリーのごとく崩れながらも寄り集まって再生した男』の噂を聞きつけた早耳オカルトマニア、屋台の顔なじみのお客さんもちらほら見受けられる。
ちなみにこうしている間にも、ネット上には情報が駆け巡っていた。例えば、こんな具合に。
>なかよし広場に萌えラーメン屋台出現!
>売り子は金髪眼鏡っ娘!
>おやっさんも眼鏡っ子!
「ぐ、緑田さん、どうしまショウ?」
動揺のあまり触覚から破壊ビームを出しそうになり、アストロ☆ジロー☆花子は慌ててマジックパワーを制御した。
「大丈夫ですよ、探して回る手間が省けたじゃないですか」
対する緑田は常に偶然と同行二人、想定外には慣れっこである。慌てず騒がずジャケットと同生地のメーター付魔法の手袋を取り出した。
「この際です、いっそ魔女っ子防衛隊を結成できるくらい勧誘しちゃいましょう。ええと、小指の色が変わったら適材ってことで」
メーターは関係ないらしい。
「ナルほど! 天然系お嬢様トカ、ツンデレの天才メカニックとか、イイですヨネ〜」
ついつい思考がジロー寄りになったアストロ☆花子が、夢見がちな妄言を吐く。
「トラブル巻き込まれタイプの苦労性娘もお忘れなく」
緑田のチョイスがまたシブい。
二人の漢(おとこ)――正確には男の姿を借りている何かと、男の姿を借りつつ今は女の姿をした何か――は互いの片腕をがっちりクロスして頷きあった。例によって意思の疎通(大筋で)完了だ。
「ではコレより『オペレーション2・オーダー取りと見せかけてサーチ&キャッチ』に移りマス! 緑田司令、掩護よろしくデス!」
「了解ですよ、リーダー花子。通常、暗黒、闇から裏までどんと来い大量オーダー!」
ぱちん、と指を弾けば仕込はOK。安心の材料無限供給で、モササウルスの団体さんでも確かな満足をお約束。
ああ、今日はなんていい日なのでしょう。
うきうきと、緑田は魔法のたすきでローブの袖をからげた。
本来の使命を果たせるばかりか世を忍ぶ仮のお仕事も満員御礼の予感です。このぶんなら、今月は大家さんの奥さんにエンゲル小父さんについてみっちり語られたり、雨の日はお休みなんてどこの王様かしらとお茶の間から箒で掃き出されたり、三杯目をそっと出したりしなくて済みそうです……!
そんな一石二鳥の夢ふくらむ緑田を背に、アストロ☆花子は駅前公園なかよし広場に詰めかけた人々を見渡し、拳を突き上げ、問いかけた。
「皆〜! モエてるカー!?」
「萌えー!」
大小お友達が声をそろえる。
「美味しいラーメンが食べタイカー!?」
「食べたーい!」
ちょうど頃合とて空腹を覚えた野次馬が応える。
「暗黒メニューは怖くナイかー!?」
「悪霊退散ー!」
オカルトマニアがお札をふりかざす。
「ならば……マジカル・ランチ・ターイム!!」
花子のポージングと緑田の湯切りパフォーマンスに、どっと観衆が沸いた。
その日、何人の魔女っ子が増産されたかは、愛と平和の神のみぞ知る――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6591/東雲・緑田(しののめ・ぐりんだ)/男/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
【NPC/ジロー(ダニエル・薩摩)/男/777歳/サラリーマン】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、東雲・緑田様。
この度はジローにおつきあいいただき、ありがとうございました。
緑田様の魔女っ子認定スキルに魂を奪われ、こんな展開になりましたが、いかがでしたでしょうか。
花子コスチュームのレトロフューチャー感は、謎のメーターと“ホットパンツ”でご勘弁を。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い致します。
三芭ロウ 拝
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