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<東京怪談・PCゲームノベル>


煉獄の向こう側 その1

「なんだと?」
 大久保にあるバー「トライアングル」のカウンターでグレイは驚きの声を上げて隣の席を見た。グレイの隣には仲介屋の迫水正がストゥールに腰かけてスコッチのロックをちびちびと舐めていた。店内にはスロージャズが流れているが、今ほどジャズが場違いに感じたことはないとグレイは思った。
 店には他の客はいない。グライらの他にはカウンターの内側で初老のマスターがグラスを磨いているだけだ。話を聞いていただろうに、マネキンのような無表情でマスターは作業を続けている。客の話は聞いていないというスタイルを通しているのだ。
「それは、本当か?」
「本当だ」
 グレイの問いに迫水はしかめっ面をしながら答えた。
「それが本当なら、あと4人は殺されるということになるぞ?」
「そうだな。だから、慌てているのだろう」
 苦々しく言いながら懐から煙草を取り出し、迫水は咥えて火をつけた。
 2週間前、関東を代表する広域指定暴力団、東和会系列の轟組という小さな組に所属する構成員の1人が何者かに殺害された。それも全身をバラバラに切り裂かれるという凄惨な方法で。組員を殺されて黙っていられるほど暴力団はおとなしいわけではない。ただちに組を上げて組員を殺した人間を探し始めた。
 だが、その1週間後。また1人、組員が殺害された。今度は喉まで大量の食い物を詰め込まれ、窒息死していた。轟組の組員を狙っていることは明らかであった。2人目が殺害されたことで、抗争のことを考慮した警視庁捜査4課が動き出した。捜査4課は犯罪組織に対する捜査を主にした部署だ。
 だが、轟組も警察だけに任せるわけはなく、犯人を見つけ出して血祭りに上げてやろうと、血眼になっていた。轟組をはじめ、東和会系列の組織が緊張に包まれていた。そして昨日、3人目の犠牲者が現れた。どうやら1週間に1度のペースで犯行を繰り返しているようだ。3人目の犠牲者も轟組の組員で、顔をズタズタに切り裂かれて絶命していた。
 ここに至り、東和会の人間から話を聞いていた迫水は、今回の犯行がキリスト教の「7つの大罪」を模していることに気がついた。最初が憤怒、次が大食、3つ目が高慢といったところだろうか。
 そして、事態を重く見た東和会は轟組の暴走を止めるため、迫水を介して始末屋に犯人の身柄を確保するように依頼した。犯人の生死は問わない。ただ、確実に次の犯行を止めて欲しいということであった。
「あと6日か」
「そうなるな」
 犯人がこれまでのペースを守るのなら、次の犯行は6日後ということになる。それまでに犯人を特定しなければならない。
 証拠はなにも残されていない。非常に困難な仕事になるだろうとグレイは思った。

「証拠がない? 本当ですか?」
 西新宿にある高級ホテルのラウンジにジェームズ・ブラックマンの声が響いた。たいして大きな声を出したつもりはなかったが、平日の午後ということもあってか、周囲に客は少なく、小さな声でも会話が通ってしまうようだ。
「厳密には証拠がないということはないだろう。だが、重要な証拠は警察が持って行ってしまっているため、我々には明かされていないというのが正確なところだ」
「なるほど」
 小さく答え、ジェームズは運ばれてきたコーヒーをすすった。要人も宿泊することが多いホテルであるだけに、インスタントということはないだろうが、豆の選定が悪いのか、それとも焙煎が悪いのか、苦く澱んだ味しかしないコーヒーであった。
 突然、電話でグレイから呼び出されたジェームズは、ホテルのラウンジで轟組の構成員を標的にしたと思われる一連の殺人事件を聞かされた。こうした人目の多い場所で話すような内容ではないが、誰も2人の会話に注意を向ける者などいない。都会に住む人間たちの無関心さが、こんな時にはありがたく感じられる。
「では、現場に残されていた証拠に関する情報を得るには、警察に訊くしかないということですね?」
「それが可能ならな」
 素気ない口調でグレイが言った。しかし、それに関してはジェームズも同感であった。警察が重大な捜査情報を外部の人間に漏らすとは思えない。
 屋外での犯行ならば、目撃者も多いだろうが、グレイの話では今までの犯行はすべて室内で行われており、轟組の捜査では目撃者も出ていないということであった。
「それにしても、轟組が調査しているのに、我々が調べる必要があるのですか?」
 グレイから大まかな話を聞かされたジェームズの率直な意見であった。
「その意見もわかるのだが、今回は少し事情が込み入っているのだ。東和会としては、あまり轟組に動かれると困るのだ」
 現在、東和会には傘下の組織に派手に動かれると困る事情がある。それは、20年以上にも亘って東和会と、その下部組織を統治してきた組長が危篤状態であり、その状態如何によっては跡目相続にも発展する可能性が高い。
 そのため、轟組が派手に動けば、それだけ東和会も警察に目をつけられる確率が高くなり、跡目相続に影響を及ぼすことになりかねない。
「では、今回の事件が、跡目問題に関係しているということも考えられますね?」
「そうだな。だが、やり口がヤクザらしくないのが、引っかかるがな」
 確かに殺害の方法がヤクザらしくはない。また、東和会内部の勢力争いが起因しているのであれば、警察に目をつけられるような真似はしないだろう。
 考えられるのは、跡目抗争で組織内部がゴタゴタしている隙に、東和会の利権を奪おうとする敵対組織の動きであった。
「ともかく、慎重に調べる必要があるようですね」
 ジェームズの呟きがラウンジに流れた。

 まずジェームズは轟組の構成員が殺害された現場へ向かうことにした。現場百遍、とは警察で良く言われることだが、とりあえず殺害現場を確認しておかないことには、なにも始まらないと判断してのことであった。
 グレイから得た情報では、轟組の組員たちは3人とも自宅で殺されていた。警察関係者の見解では、被害者が自宅へいたところを犯人が押し入ってきたか、帰宅するところを待ち伏せされていたかのどちらかだろう、というものであった。
 3人目の被害者の自宅は、まだ事件が発生して間もないということもあり、警察が現場検証を続けている公算は高かった。
 警察に目をつけられても特に問題があるわけではないが、余計なトラブルを招くことを嫌ったジェームズは、1人目の被害者の自宅から調べることにした。
 組員の自宅は新大久保のイラン人やコロンビア人が多く住んでいる一画にあった。曲がりなりにも組から正式に盃を受けた構成員が住むとは思えない安アパートだ。
 だが、納得できる部分もあった。こうしたアパートの大半は不法就労の外国人が住んでいる。彼らは主に夜間の仕事をし、売春や違法薬物の売買などで生計を立てているため、アパートには昼間の短い時間、それこそ寝る程度にしか寄りつかない。目撃者がいないという話も、あながち嘘ではないのかもしれないとジェームズは思った。
 また、このアパートに来る途中、知り合いの情報屋から得た情報では、轟組の事務所は歌舞伎町にある。10人程度の小さな組だが、「尖っている」ということで、それなりに名前は売れているようだった。
 歌舞伎町の事務所へ通うにしても、歌舞伎町でシノぐにしても、大久保に住居を構えるのは決して不自然なことではない。
 今にも崩れ落ちそうな錆びた階段を上がったジェームズは、「立入禁止」と書かれた黄色いテープの貼られたドアの前で立ち止まった。ここが殺害現場のようだ。
 ジェームズは素早く周囲を見回し、人間の姿と気配がないことを確認すると、ドアに手を触れた。
 次の瞬間、ドアに触れたはずの右手が、まるで何事もないかのように突き抜けた。そのまま右手から肩、上半身とドアをすり抜け、ジェームズは鍵を開けることもなく室内へ足を踏み入れた。
 彼に備わった能力の1つ。たいしたものではないが、自分がいたという痕跡を残さずにないかを調べる場合などには便利に使用できる。
 最初の犯行から2週間以上が経過しているにも関わらず、室内には濃い血の臭いが漂っていた。現場検証が終わった際、警察がそれなりに清掃をしたはずだが、畳には大量の血痕が黒く広がり、壁や天井にも黒い染みが残っていた。
 最初の被害者は全身を切り刻まれた状態で発見されたということだった。それならば、これだけ血が散乱していることも納得できる。
 部屋の中には負の感情が充満していた。ここで殺された人間が死の瞬間に発したものなのか、あるいは犯人のものなのか。
 ジェームズは畳の上にしゃがみこみ、血の残された辺りへ意識を集中した。そこにあるだろう意識を読み取ろうとしているのだ。いわゆる残留思念というものだ。人間が抱く強い思いは、人間がいなくなった後もその場に残るといわれている。
(なるほど……)
 まず感じたのは強い恐怖心であった。どうやら、殺された組員は意識がある状態で全身を切り刻まれたようだ。強烈な恐怖に混じり、苦悶や懇願、微量の怒りも感じる。
 もしかしたら、薬物を投与され、気絶することも許されなかったのかもしれない。普通であれば、激痛で気絶しているはずだ。
 薬物で痛みを感じなくされておき、自分の全身が徐々に切り刻まれる様子を見せつけられた。その、おぞましい光景に、最期は発狂しながら死んだ、とジェームズは思った。
(なんとも、手間のかかることをしたものですね)
 そこから感じたのは、殺す相手に向けられた怒りであった。それも尋常な怒りではない。生きたままの人間を切り刻めるほどの怒りだ。それこそ、犯人は理性を蝕まれ、正常な判断ができなくなっている可能性は非常に高い。
 単に殺すだけならば、気絶させているところで首を絞めたり、刃物で何箇所か刺せば人間は簡単に死ぬ。しかし、犯人はそれを許さなかったのだ。
(これは、遺恨があるということでしょうね)
 室内から感じる、被害者とは別の怒りの感情。激情に理性を蝕まれていながらも、冷静に物事を行っている。突発的な犯罪を臭わせながら、実際には計算高い人間が冷静沈着に犯行を進めていると残留思念からジェームズは感じた。
 殺された3人、そして轟組が過去に行った行為について調べる必要がありそうだった。少なくとも今回の事件は突発的なものではなく、また昨日、今日の恨みによる犯行でもなさそうだ。何者かの膨大な恨み、怒りが犯行の根底にはある。
 ジェームズは室内を見回し、たいした情報が残されていないことを確認して部屋を後にした。

 轟組に関する調査を始めて2日目。ジェームズは何者かに尾行されていることに気がついた。素人ではないが、尾行の玄人というわけでもないようだ。ジェームズの尾行を行っているのは2人。一定の距離を保ちながら後をついてきている。
 追跡、尾行に慣れた人間は固まって行動しない。不意の事態に備えて連絡を取りながら別々に行動するものだ。
 ジェームズは尾行者がヤクザだろうと判断した。暴力団の構成員は尾行に慣れていない。また、轟組の過去を調べ始めて間もなく、尾行がついたことから、原因はその辺りにあるとしか考えられなかった。
 尾行者を撒かないように注意を払いながら、ジェームズは大久保を抜けて百人町方面へと向かう。この辺りはコロンビア人やイラン人が数多く住んでいる。
 尾行者を撒かないように注意を払い、百人町の一角に建っていた古い雑居ビルにジェームズは入った。そこは使われていない廃ビルのようで、この辺りのビルにしては珍しく地下は駐車場になっていた。駐車場の中ほどまで進んだところでジェームズは立ち止まり、背後を振り向いた。しばらくして2人の男が入ってくるのが人影で確認できた。
 尾行に気づかれ、待ち伏せされているとは思いもしなかったらしく、男たちは瞬間的に戸惑った様子を見せた。しかし、ジェームズの姿を認めると、その顔に不敵な笑みが浮かんだ。その様子から無傷でジェームズを解放する気がないことは明白であった。
「どちら様ですか?」
 だが、男たちはジェームズの問いかけには答えず、別のことを口にした。
「おい。なんで、轟組のこと調べまわすんだよ?」
「なんのことでしょう?」
「昨日から調べてんだろが? 誰に頼まれたよ?」
「なにを言っているのか、わからないのですが」
「とぼけてんじゃねえぞ、コラ」
 男が声を荒げた。
「カタギだからって、なにもされないと思ったら大間違いだぞ」
「具体的には、どのようなことをされるのでしょうか?」
 人を小馬鹿にしたようなジェームズの物言いに男は面を食らったような顔をした。凄む男の姿が滑稽に見えて仕方なかった。ヤクザの商売道具は恐怖であり暴力だ。しかし、それが通用するのはカタギ相手であって、ジェームズのような人種にではない。それを見極められない時点で、目の前の男たちがたいしたヤクザではないと判断できた。
「てめえ、なめてんのか」
「さあ、どうでしょう」
「おい」
 男が合図をするとその背後に控えていたもう一人が動いた。こっちのほうが幾分か若いようだ。二十代後半といったところだろう。若いほうが近づいてくる。最初から言葉のやり取りだけで済むとジェームズは考えていなかった。
 男の拳がジェームズの下腹に突き刺さった。格闘技の経験がある人間が放つ重いパンチだ。だが次の瞬間、男は小さな悲鳴を漏らして拳を押さえながらうずくまった。その拳が異様な形に変形して血に濡れていた。
 交渉人という職業柄、裏社会のトラブルに巻き込まれることも少なくない。ジェームズがいくら慎重に行動したとしても、相手からちょっかいを出してくる。そのため、ジェームズは荒事になってもいいように、いつでも服の下に薄手のボディーアーマーを着込んでいる。これは厚さが数ミリの強化プラスチック製の物で拳なら簡単に砕いてしまう。
「おい、どうした?」
 なにが起きたのか理解できないまま、もう一人が戸惑った声を上げた。ジェームズはうずくまった男の顎につま先を叩き込んだ。鈍い音を響かせて下顎が砕け、男は白目を剥いて昏倒した。その様子を見ていたもう一人が反射的に声を荒げる。
「てめえッ!」
 男は上着の裾を跳ね上げてベルトに差し込まれた白鞘の匕首を掴んだ。
「ぶっ殺すぞ」
 そう言い放ち、男は匕首を抜いた。右手に構えてじりじりと距離を詰める。ジェームズの口からため息が漏れた。チンピラもいいところだ。ヤクザも上になればなるほど刃物を使うようなことはしない。病院へ治療に行ったとしても、刃物による傷だと医師も警察へ届けなければならなくなる。そうなれば警察の動き方も違ってくるからだ。
 男が匕首を突き出した。間一髪のところで身をひねったが、その切っ先が服を切り裂いてボディーアーマーをかすめた。男が右手を引き戻すよりも早く、その手首を掴み、肘へ掌打を叩き込んだ。ゴキン、と小気味良い音を響かせて男の右肘が折れた。
 短い悲鳴とともに匕首が路上に転がった。それを遠くへ蹴り飛ばし、男の横っ面へ肘を叩きつける。瞬間的に脳震盪を起こし、男は床にうずくまった。
 その顔面につま先を叩き込むと、前歯と血が宙に舞った。鼻骨が砕け、顔面を赤黒く染めながら男はうめいた。
 ジェームズは男の前髪を掴み、顔を自分のほうへと向けさせた。
「なぜ、私を狙ったのですか?」
 だが、ジェームズの質問に男は答えなかった。
「てめえ、ただじゃおかねえからな」
 血で顔を汚しながらも、男は凄んだ。ジェームズは男の顔面を床に叩きつけた。その口から再びうめき声が漏れる。
「訊ねているのは私です。口の利き方に気をつけたほうが良いですよ」
 口許に冷笑を浮かべてジェームズが言った。
「あなたは、何者ですか?」
 ジェームズは再び訊ねた。
 男の目には怒りと怯えが混ざり合っていた。素人ではない。素人ならば顔面を血まみれにされた時点で泣きを入れてくる。かといって拷問を受けることに慣れているというわけでもない。そうした点からジェームズは男の正体が轟組の人間だろうと考えた。ヤクザは暴力を振るい、脅すことを商売の道具としている。だが、それはあくまで自分たちが暴力を行使する側であって、暴力を受けることに慣れているわけではない。
「答えないのなら、拷問にかけましょうか?」
「やれるもんなら、やってみやがれ」
 明らかに虚勢とわかる言葉であったが、ジェームズが本当の素人であったならば、男を拷問にかけることを逡巡しただろう。
 ヤクザに手を出せば報復が待っている。そのことを理解していないのは、よほどの馬鹿か頭の足りないガキだけだ。
「あなたも極道の端くれなら、指詰めなんて儀式も知っていますよね」
 ジェームズは床に転がった匕首を拾い上げ、男の小指に押し当てた。自分がなにをされようとしているのかを悟り、男は反射的に逃れようとするが、ジェームズに全身を押さえつけられているために身じろぎすらできない。
「あなたは、どこの組の人間ですか?」
「し、知らねえ」
 左手の小指に匕首を当て、第1関節で切り飛ばした。途端に男の口から絶叫が漏れ、激痛で全身を動かそうとするが、ジェームズが両膝で押さえつけているので転げ回ることもできない。男の全身からは大量の汗が噴き出し、目は異様に血走っていた。しばらくして絶叫が聞こえなくなると、人間のものとは思えない速さの呼吸が繰り返された。
「答えないのなら関節を一つずつ切り飛ばして行きますよ。片手で14。それで足りなければ足もやりましょう。今までの記録は9個。記録更新を狙いたいのなら、頑張ってください」
 小指を第2関節から切り飛ばした。再び男の口から悲鳴とも絶叫ともつかない声が上がった。暴れようとする男を押さえつける。使い古された方法だが、それだけに確実な手段であるともいえる。長時間の苦痛に耐えられる人間はそう多くない。どのような人間でも最終的には苦痛を受けるという恐怖に屈する。人間とはそのようにできている。
 立て続けに小指を根元で切断した。その口から漏れていた絶叫はかすれ、全身は釣り上げられて甲板で跳ね回る魚のように動く。ジェームズが本気だということ、そして主導権は自分にはないということを理解させ、恐怖を骨の髄にまで叩き込ませなければならない。ヤクザだろうが所詮は人間だ。自分より上がいることを教えなくてはならない。
「まだ続けますか?」
 たいして感情のこもらない声でジェームズが告げた。男は激しく首を振った。右手から感じる激痛に耐えられなくなったのだ。男は涙を流し、床に額を押しつけながら、呪詛のように許しの言葉をジェームズに向かって呟いていた。
「では、最初の質問です。なぜ、私を狙ったのですか?」
「お、親父に頼まれた……」
「親父とは?」
「く、組長……」
「それは、轟組の組長ということですか?」
「そ、そうだ」
(やはりね)
 自分の予想は外れていなかった、とジェームズは思っただけだった。
「私が轟組の3人を殺害したと思っているのですか?」
「わ、わからねえ。でも、無関係じゃねえはずだって、親父は言ってた」
「的外れもいいところですよ」
 苦笑を漏らしたが、こうなることを予想していなかったわけではない。轟組の過去を調べることで、彼らを刺激することになるだろうと予想していた。
 ただ、思いのほか轟組側の動きがジェームズの予測よりも早かっただけである。
「あなたがたは、地上げを主な業務としていますね?」
 ここからが本当の質問だ、と言わんばかりにジェームズは男の顔を覗き込んだ。
 昨日、今日とジェームズは轟組のシノギについて調べ回った。シノギの内容によっては外部に漏れることを嫌う性質のものもあるため、調べることは決して容易くない。
 しかし、ジェームズは交渉人として培った人脈、そしてグレイとの連携によって轟組が行っている時代錯誤的な業務内容を知ることとなった。
 地上げ。日本全国が不動産などに狂っていたバブル期ならともかく、不況から脱しつつあるとはいえ、バブルの痛手を完全には抜け出せていない日本では、血上げにともなう大規模な再開発を行える業者などそうはいない。
 地上げを行ったところで不良債権となるのは目に見えている。また、地上げを行えるほどの資金力を、轟組のような小さな組が有しているとも思えなかった。
 しかし、轟組の地上げは、いわゆる古い地上げとは違っていた。土地やビルを、まるごとどうにかするのではなく、大規模商業施設に入っているテナントを立ち退かせ、依頼主に空店舗を渡すという手法を取っていた。
「そ、そうだ」
「あなたがたの追い込みで自殺した方もいらっしゃるのではありませんか?」
 バブル期ほどではないにしろ、ヤクザの地上げはキツイものが多い。バブル期、時流に乗って「イケイケ」だったヤクザの地上げで、自殺に追い込まれた人間も少なくない。
「どうなのですか?」
 答えようとしない男の薬指に、ジェームズは匕首を押し当てた。
「いる! いるよっ!」
 さらに指を切り落とされては堪らないと男は慌てて答えた。
「その方々の名前を覚えていますか?」
「そんなの、いちいち覚えてるわけがねえだろ」
 それは当然の返答であった。自分が自殺まで追い込んだ人間のことを覚えているほど、ヤクザは甘くない。彼らの考えからすれば、追い込まれて自殺するほうが悪いのであって、自分たちは業務を全うしたにしかすぎないのだ。
 ジェームズは男の薬指を第1関節で切り落とした。その激痛に男の口から何度目かの絶叫が漏れた。ジェームズはおもむろに立ち上がり、床の上を転げ回る男の顔面につま先を叩きつけた。不意の一撃に、さらに顔を赤黒く染め、男は昏倒した。
「次からは、相手を見てケンカを売ることです」
 興味をなくしたかのように匕首を放り投げ、ジェームズは地下駐車場から立ち去った。
 轟組の追い込みで自殺、一家心中を選択せざるを得なかった人物。そうした中に今回の犯人がいるような気がジェームズにはしていた。

 過去に轟組が行った地上げについて調べたジェームズは、その追い込みによって4つの家族が一家心中をしていた情報を掴んだ。
 そのうち3つの家族を調べたが、犯人の手がかりになりそうなものは見つからなかった。近所の住人の話では、一家心中が起こった後、家や土地なども人手に渡ったという程度のことしかわからなかった。
 4つ目の家族が住んでいた家の近くにきたジェームズは、1軒の家のインターホンを押した。
「はい?」
 女性の声が聞こえた。
「突然、申し訳ありません。私、フリージャーナリストをしている者なのですが、一家心中なさった山本さんについて、少しお話を伺いたいので、時間をいただけませんでしょうか?」
「ちょっと、お待ちください」
 ジェームズの言葉に戸惑っていたようだったが、しばらくして玄関から1人の女性が現れた。40代で、夕食の支度をしていたのだろうと思われた。
「突然、申し訳ありません」
 敷地と道路を隔てる門を挟みながらジェームズは会釈した。
「以前、お隣にいた山本さんについて、お聞きしたいのですが」
 そう言いながらジェームズは懐から名刺を取り出し、女性に渡した。無論、他人を安心させるために用意された偽の名刺だ。
「あの事件は本当に驚きました」
 女性は言った。
「地上げに遭い、首を吊ったというふうに聞いているのですが?」
「そうそう。旦那さんが包丁で家族を刺して、最後に自分が首を吊ったんだとか。酷い話だと思いません?」
「そうですね。現場はご覧になられたのですか?」
 ジェームズの問いに、女性はとんでもないと言うように首を振った。
「なにか、気づかれたことはありませんか?」
「そうねえ……」
 過去の出来事を思い出すように女性は沈黙した。山本という家族が一家心中したのは、すでに5年も昔のことだ。
「そういえば、奇跡的に助かった子供がいましたよ」
 その言葉に、ジェームズは鼓動が早まるのを感じた。
「生き残った方がいらっしゃるのですか?」
「ええ。確か、娘さんだったかしら?」
(娘……)
 果たして女性に今回の事件が可能なのだろうか、とジェームズは思案した。
 死んだ人間を切り刻むことは女性にでもできる。だが、1人目の被害者は明らかに生きたまま全身を刻まれた。また、2人目は拷問を受けて死亡した。
 曲がりなりにもヤクザと呼ばれていた男たちが、女性にそこまでやられるものだろうか。
 薬を使えば可能だが、それでも大いに疑問が残る。
「その娘さんは、おいくつだったのですか?」
「確か次の年に中学へ上がると聞いてたから、12歳じゃなかったかしら?」
 その娘が生きていれば17歳ということになる。17歳の少女が大人の男を生きたまま切り刻み、拷問にかけて殺す。不可能ではないが、無理があるような気がした。
 しかし、被疑者としては最も可能性の高い人物でもあった。轟組の地上げにより、家族を殺されたも同然なのだ。
 その後、いくつかの話を聞いたが、たいした情報は得られなかった。
 この少女が、どうなったのかを調べる必要がある。ジェームズはそう思った。

 完


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 2512/真行寺恭介/男性/25歳/会社員
 5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

 NPC/グレイ・レオハースト/男性/32歳/始末屋

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■         ライター通信          ■
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 毎度、ご依頼いただき、誠にありがとうございます。
 遅くなりまして申し訳ありません。長々となってしまいましたが、このような調査結果となっております。
 真行寺様、ジェームズ様ともに別々の調査を行ったため、今回は個別の内容でお送りしております。
 これらの情報を元に、捜査を続行していただけると幸いです。
 では、またの機会にお会いいたしましょう。