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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<Please cool!>

 今たった一つだけ望みが叶うとすれば、迷うことなど何一つないままに、すぐさま、一直線に、こう頭の中に思い浮かべることだろう。
 すなわち、
「カキ氷が食いてぇ……」
 エアコンなどという横文字のブルジョワな物なんてものがこの場所にあるはずもなく、むやみやたらにカタカタと腹立たしいほど規則的な歌を繰り返す年代モノの扇風機ならあるにはあるが、毎日のように記録的な暑さ≠ニほざくこの御時世では無意味に等しい。
 冷房の効いている場所に行くというのも一つの手なのだろうが、どうせ帰ってくればこの地獄が昼夜構わず周りを駆けずり回る。
 根本的な解決策とはいえまい。
 つまるところ、草間武彦は年中氷河期な懐具合とは正反対なこの気候にすっかり参ってしまっているのだった。
「お兄さん、お水……いります?」
 お役御免よろしくワイシャツのボタンを開け放ってソファにぐったりと埋もれている草間とは正反対に暑さなどこれっぱかりも意に介してない様子で草間零がコップになみなみと入った水を差し出したが、冷たいだなどと口が裂けてもいえないそのぬるま湯では涼を採れるはずもなかった。
 零はう〜ん、と小首を傾げて所在ない水をどうしたものかと悩んだが結局テーブルに置いておく。
「……」
 ちらりと草間はその水に目をやったが、そこから湯気が立ってくるような気がしてますます暑さを意識してしまいそうで再びシミだらけの天井に視線を放り投げるのだった。
 もはや中途半端なものでは逆に暑さ感を増長させてしまうにすぎず、イライラも重なって悪循環極まりない。
「まずい……こいつぁ非常にまずい……」
 このままでは飢えるよりも先に干からびてしまうか発狂してしまうか……草間は心底我が身が心配になってきていた。
「なんか涼しくなる方法ねぇかなぁ……」
 冷たいものは確かに欲しいがそれではその場しのぎにしかならない。
 これはとにかく、なんとかして涼しく過ごす方法を探さなくては。
 草間はすでに大さじ一杯分を残してとろけてしまった脳みそをゆるゆると回転させ始めるのだった。

 真夏のゲームセンターというのは暇つぶしはもちろんのこと無慈悲に暑い外の熱気からの良い逃げ込み場所でもある。
 しかしそれは客にしてみれば、の話であって店員からしてみれば財布をポッケから出す様子などこれっぱかりもない客に対してしかたがないとはいえ多少なりとも苛立ちを禁じえないものだ。
「ま、UFOキャッチャーを取りやすい位置に移動してくれだとか、お釣りが戻ってこないだとかで仕事が忙しくなるよりかはマシなのかもしれないけれど」
 店内の客の数のわりにはのんびりとした面持ちでカウンターに椅子を持ってきて座っていた陸玖翠はつぶやいた。とはいえあまりに暇過ぎるというのもそれはそれで苦痛なのだけれど。
 中世的なその風体が憂いを帯びつつ頬杖をつく様はそれだけで絵になるようで、それを運良く目にした女性客は連れの男性をミュールの先で蹴飛ばしたり吸殻で一杯になった灰皿で殴りつけたりして視界をできるだけ良好にして桃色のため息。それとは真逆に陸玖は何かおもしろいことでもないかしら、と嘆息を、
「翠、電話だぞ、草間って人から。なんだか大至急事務所にきてくれだと」
 と、不意に同僚から取次ぎの声をかけられる。
「武彦から?」
 受話器を渡してもらおうとした翠だが、草間は用件を同僚に伝えてさっさと切っていた。どうやら余程の事態なのか……
「あ〜でもなんだかくだらない用事な気がするのはどうしてだろうね……」
 本人にとってはこの上ない大事だとしても他人にとっては放ったゲタが裏か表か程度の小事だったりするものである。
 とはいえ本当に大事が起こっていて寝覚めの悪いことになっては適わない。翠はとりあえずは草間の事務所に足を向けることにした。
 気だるい面持ちで店の外に出ると途端に顔にまとわりつく熱気。陽はまだ中天を目指していてこれからさらに勢力を増す気まんまんだ。
「毎年毎年記録的な暑さ≠チて聞くけれど、いったいどこまでいく気なのやら……」
「まったくもって。もう一回り年を経る頃にはこうやって昼間になんて歩けないかもですね」
「そうだな……私たち自身の年は問題ないにしても気温は、な。どうにかならないものだろうか」
 いつものことなのか、陽炎のごとくいつの間にやら隣を歩いていたジェームズ・ブラックマンに驚くこともなくそのまま会話を続ける陸玖。逆にジェームズはそんな陸玖の反応に少し寂しそうな顔をしたりなんだり。
「で、ジェームズも武彦に呼ばれて?」
「いえ、退屈しのぎにちょっと寄ろうと思ったのですが……なにやら面白そうなにおいがしますねぇ」
 本人は期待に胸弾ませるような笑みを浮かべているつもりなのかもしれなかったが、どうみても不敵な笑みに見えて仕方ない。
「おや? シュライン」
 前方から見覚えのある女性が小走りでやってきた。
「──アレは、そうね、必要かも……っと、それから……」
 彼女、シュライン・エマは陸玖たち二人に気づくこともなく何か独り言をぶつぶつと呟きながらそのまま横を通り過ぎていった。
「どうしたのでしょう? ずいぶん真剣な考え事をしていたみたいですが」
「さぁ? なんだろうね。まぁ忙しいみたいだし無理に引き止める必要もないだろう」
「ふむ、そうですね」
 難しい話に首を突っ込むよりも草間のところにいった方が楽しめそうだ、という考えを優先させる。
 ともかく、二人としてはもっとも陽が高くなる前に草間の事務所に着きたかったのだ。

 夏蝉のけたたましい歌声を浴びながら陸玖とジェームズが行き着いたその場所では、
「だからまったく貴様というやつは!!」
 瀑布の滝よりもなお猛々しい叱責が叩きつけられていた。
「そもそも貴様は……ぬ? 来客か?」
 事務所内では仁王立ちした黒衣の麗人、黒冥月が草間に日頃の不摂生を柳眉を逆立て説いているところだったようである。
「おやおや、これは何事でしょうか?」
「武彦に呼ばれたんだが……お邪魔だったか?」
 少なくとも色っぽい状況ではないけれど。
「あぁ、いやいやいいんだ。ちょいとお前さん方に頼みがあって──」
「頼みもなにも貴様のその自堕落な精神を鍛えなおせばよいことだろう」
 間髪ない冥月に一瞬めげそうになった草間だったが、なんとかそこは持ちこたえて陸玖を呼んだ理由を彼らに話して聞かせる。
 しかして返ってきたのは、
「根性が足りないのですよ、武彦」
「……」
「もっと仕事入れてクーラーでも買えばいいんじゃないか? 武彦」
「……」
 そんなとてもありがたいお言葉。
 そしてとどめは、
「この阿呆! 暑さが何だ女々しい。心頭滅却すれば、と言うだろう。私を見ろ汗一つかいていないだろう」
「……あいにく俺はおまえさんほど男らしくないんで──っおぶ!!」
「私はどこをどうみても女だ……」
 みぞおちへ渾身の一発つきのお言葉。 
「暑さと虐待と、どっちが先で逝っちまうと思う? 俺……」
 涙というのはどうやら一番最後に枯れるものらしかった。
 そんなやりとりがあったものの──それとも散々な目にあって肉体的にも精神的にも干からびそうになっている草間がさすがに不憫になったのか──それぞれは草間のために暑さを乗り切る方法を思案してみることにした。
 一時的に身体を冷やすのであれば何か冷たい食べ物や体温を下げる効果のある食べ物を調達するところだがそれでは意味が無い。まぁそもそもそれを夏中続けられるのであればクーラーを買っている。
 さて、と頭を捻る面々。
「みなさん、お水をどうぞ」
 ただでさえ暑苦しい事務所内でうんうんと益々暑苦しそうに唸る皆に零が水を差し出す。
 と、
「れ、零さん!?」
 普段は紳士然とした彼が目をパチクリとさせる。
「はい?」
「その格好は……」
 かと思えば神妙な面持ちで口元に人差し指を当てつつ腕を組みながら零を見つめるジェームズ。 普段のワンピースではない、零の今日の衣装はこの極悪な夏の暑さにあわせてか、
「裸エプロン?」
「んなわけあるかどアホぅぅぅぅぅ!!」
 ジェームズの戯言に草間が横から首がすっとぶ≠ゥと思うような勢いでツッコむ。
 とはいえ彼の発言も零を正面からだけみればそう思わざるをえないところもある。
「馬鹿なこといって。ホルターネックだろ? ほら、ちゃんと着てる」
 零は白いエプロンを首からかけていたがなるほど、確かに前から見るとほとんどエプロン以外の布が見えにくい。それというのもホルターネックというのは簡単にいってしまえば前掛け。エプロンと同じ要領で着る、袖がないのはもちろんのこと鎖骨部分から背中にかけて大きく開いた洋服なのだ。これではジェームズが勘違いするのもわからないでもない。
「妹にそんな格好させるわけがないだろうがボケクロスケ」
「いやいや、たとえ兄妹であってもこれはいささか刺激が強すぎではないですか? そもそもこの武彦という男はロクでも──っおぶぅ!」
「いいかげん話を進めさせてくれ。もうずいぶんと前から俺の堪忍袋の緒は溶けちまってんだ」
 暑いということはそれだけで凶器なのかもしれんな。そんなことを思う草間。
 話題の中心だった零はというと羞恥心にかけているのか、草間たちのやりとりのくだらなさの方が勝っているのか、この場には残念ながら不似合いな朗らかな表情で微笑んでいるのであった。
 
 なんにせよ資金不足甚だしいこの状況でできることというとやはり限られてくるもので、
「納涼ということであれば肝試しなんていかがでしょう?」
 とジェームズがいえば、
「お前らの存在自体がすでに怪奇現象だろうが」
 というもっともな回答が出てしまうし、冥月が、
「まぁここもせまっ苦しいからのぅ。ふむ……これなら元手はタダなんだが……」
 といって得意の影に潜めた亜空間から、
「こ、こりゃぁエアコン様じゃねぇか!」
 (粗大ごみ置き場から)拾ってきた物をちらつかせて、
「欲しいか? ん?」
 とすれば、
「でもそれって電気代がかかるだろ? 武彦、払えるの?」
 と陸玖が冷静な指摘。
 毎度のことながらこの世の中は貧乏人には厳しいものらしかった。
「うむむむむ〜……」
 一同再び沈黙。
 と、
「よし、これなら心身ともに冷えるだろう!」
 冥月は立ち上がり、
「あ?」
 草間の首根っこを掴むと彼の本能が反応する前に℃ゥ分の影の中に放り込んだ。
 そして次の瞬間草間が出現したのは……
「ん? やけにまぶし……」
 いつもの目を凝らすと何か想像したくないものが見えてきそうなシミがついた天井はそこにはなかった。
 いつ足踏みしたせいで割れてしまうかわからないような窓をはめ込んだ壁もない。
 ついでにいえば──床もいっさいなかった。
「のぅわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 空中、いやむしろ上空に転移させられた草間は成す術もなく当然のことながらまっ逆さまに落下。せめてパラシュートのひとつでもあれば強がりくらいはいえたのかもしれなかったがいかんせんそんな上等なものは自分の背中にはないしもちろん命綱なんてどこにもない。
(あぁせめて三百円くらいの高級アイスを食べて死にたかったな)
 世知辛い世の中に今生の別れを告げる際でさえ、どこまでも貧乏思考らしい。
 地面は瞬く間に眼前に迫っていき、あと一呼吸すればもぅ──
「武彦さん!?」
「へ?」
 激突寸前、再び草間は影に吸い込まれ気付けば先ほどまでの自分の事務所内のソファに座っていた。何が起きたのかしばし混乱して思考がまとまらずにいた草間だったがやがて回した目の玉が落ち着いてくるかのごとくクリアになっていく。
「てめぇ冥月! なんつーことしてくれやがる!!」
「はっはっはっ、どうだ? よぅく冷えただろう?」
「誰が肝まで冷やしたいなんていった!」
「おやおや、そんなに逆立ってはせっかく冷えた身体がもったいないではないか」
「んのやろう……」
 飄々と語る冥月。本当ならば手加減なしに殴りかかりたいところだったが情けない話で草間は膝が笑ってソファから立てないでいる模様。
 そんな二人をみて陸玖とジェームズは「とりあえずこの人を敵には廻すまい」と心底思うのだった。
「ったく……あ、そういやぁさっき聞き覚えのある声に呼ばれたような……」
 まだいい足りない気持ちで胸が張り裂けてしまいそうではあるのだがそれよりも先ほどのことがふと気になる。しかしその疑問はすぐに解けた。
「たったたた、武彦さん大丈夫!?」
 彼女にしては珍しく取り乱した様子で事務所を駆け上がってきたようだ。
「おや、エマではないか。どうしたのだ? そのように慌てて」
「おや、じゃないでしょう冥月! さっきのはあんたの仕業でしょうが!!」
 今度は綺麗な柳眉を逆立ててシュラインが怒る。
「ぬぅ、なかなかの妙案だと思ったのだがなぁ……ダメ?」
「ダメ!」
 冥月が反省したかどうかは疑わしいがなんにせよ、どうやらこれでメンツは揃ったようだった。

 温故知新。
 古来より、日本人というのはうまく四季と付き合ってきた人種である。
 その古人の教えを敬うことは何もかも腐敗しきった今の世の中、案外とても重要なことなのかもしれない。安易な方法によって結果を得ようとすればそれは決して己の血肉とは成り得ないというのが、古人の教えから学べるもののひとつであるのだろう。
「まずはこれ、葦簾(よしず)よ」
 葦簾とは葦(あし)という藁(わら)に似た植物で、感想させた茎を並べて暖簾(のれん)のようにひとつの布のごとくまとめたものである。
「これを窓の外に吊るすのよ。内側だと窓と葦簾の間に熱がこもっちゃうから。っよし、と」
 テキパキと取り付けていくシュライン。最近は付属でサッシに葦簾を引っ掛けることのできる金具が入っているので上階の窓の外でも取り付けることができ便利だ。
「打ち水なんかもするといいのよね」
「ほほぅ。さすがライター、物知りですねぇ」
 ジェームズはしきりに感心の声をあげる。
「さて、他にも手分けしていろいろするわよ〜」
「へぇ〜い」
「はぁい」
「うむ」
「心得ました」
「ん」
 こうしてシュラインの先導で草間興信所の夏季大改造(?)が始まったのである。
 まずはシュラインの指示でかろうじて事務所で稼動していた冷房器具──扇風機(年代物)を通路側に移動、設置。そうして出入り口を開放する。これは空気の流れを通路側から持ってくることによって涼気を室内に送るためである。単純に窓側から外気を送ると日中は熱気しか入ってこないからだ。
「でも夜になったら逆に窓に網戸通してそっち側から風を送るようにするといいわよ」
「ほぅ、なるほどなぁ」
 葦簾に霧吹きで水をかけながらシュラインの言葉を頭に入れておく草間。ちなみに葦簾に霧吹きをかけるというのは零の意見だ。どうやら人づてに聞いたらしく、こうすることで葦簾の間を通る風が冷やされて涼風に変わるのだ。
 これは気化熱≠ニいうもので、水は蒸発するときに周囲の熱をとる効果があるのだ。
 これを応用するといろいろなことができる。例えば、スイカを冷やしたいとき、流水につけるよりも、氷水につけるよりも、水につけてそこに濡れたタオルをかけて扇風機をあてる。そうすると急激な気化熱で短時間でスイカを冷やすことができるのだ。人間の身体でも同じ。濡れタオルを肩にかけて扇風機にあたればただ風にあたるよりもよく身体を冷やしてくれるのである。
「そろそろよいのではないか?」
「ん? あぁそうね、出してみて」
 次にシュラインが用意したのはおしぼりと保冷材。おしぼりは水に濡らして冷蔵庫へ、保冷材はよくケーキなんかを買ったときについてくるようなあの程度の大きさのものが丁度良い。
 これを数個常備しておく。
「ぅわ! これはなかなか気持ちいいな」
 陸玖がおしぼりを首筋にあててその冷たさに思わず声をあげた。
「ほうほう、これはいい」
 ジェームズは耳たぶの後ろあたりを拭いたりしている。その姿は英国紳士というよりもサラーリーマンのおっさん風。しかしそれでもどこか様になる辺り、もともとの品のよさがあるのだろうか。
「ほら、零ちゃんおいで。こうやって、コットンを濡らしておくのもお手軽でいいのよ」
「わぁ、気持ちいいです」
「コットンであれば女性はおおよそが持っているしな。外出中でも使える手だな。ふむ」
 自身も試してみて今度から外に出るときも何枚か持ち歩こうと思った冥月。
「服装もね、女性なら零ちゃんみたいな大きく開いた服があるけれど、男性ならなるべく襟の立つ服がいいのよ? そういう服の方が熱が逃げやすいの」
「なるほどな。ま、男が裸エプロンしてた日にゃぁ犯罪以外の何者でもねぇしな」
「?」
 視線をジェームズに投げて「なぁ?」と半眼で問う草間。先ほどの場にいなかったシュラインはなんのことだかわからずに陸玖や冥月に首を向けて問うものの、二人からは苦笑いしか返ってこなかった。零はというとトレーで恥ずかしげに顔を隠したりなんだり。
 ともかく、一通りの対策を講じた一行。
 確かにこれで実際の室温、体感温度共に下がって今朝よりもずいぶんと居心地がよくなってきた。
「ん〜でもあともう少し何かないかしら?」
「何かとは?」
「例えば零ちゃんに何体か怨霊呼び出してもらうとか? そうすれば夏中ゾクゾクして……って、身体に悪そうだわね」
「肝が冷えるどころか心臓が凍っちまうか胃につらら≠ェできちまうよ」
 想像するだけでうんざりしたらしい。草間は額を押さえながら犬猫でも追い払うように片手をひらひらとさせる。
 しかし一人だけ、陸玖がシュラインの意見を聞いて何か思いつき懐をごそごそとさせ始めた。
「どうしたのです? 陸玖」
「霊は霊でも霊力なら、こんな物なんてどうだろう」
 そういって陸玖が取り出したのは数枚の札。
「五行陰陽の理において我水気を以って火気を払い給う。これ即ち水剋火也」
 呪言を唱えながら指で札の上に何かを綴っていくとそのあとに淡色の青い文字が浮かび上がってきた。
「これを部屋の四隅に張っておけば熱気を払ってくれるのさ。霊力が弱まってきたら零に補充してもらうといい」
「お〜こりゃぁいい!」
「私は普段暑いのも寒いのもまったく気にならないからすぐに思いつかなかったよ。ただし、あんまり張りっ放しにしておくと体温を直接奪いかねないから気をつけるように」
 要はクーラーと同じ注意点のようである。
 それに度々零に霊力の補給を頼むのはさすがの草間も遠慮が出るというものだろう。
 やはり基本的には自然の涼しさを求めるのが一番ということだ。
「あ! そうそう……」
 さて任務完了、というところでバッグの中から紙にくるまれた何かを取り出したシュライン。
「お、こいつは」
「ほぅ」
「いいね」
「これはこれは」
「わぁ、素敵ですねぇ」
「やっぱり、夏の涼といえばこれでしょ」
 そういって彼女が出してみせたのは、手のひらにすっぽりとおさまるシンプルなデザインの風鈴。
 さっそくそれを窓の外に掛けた葦簾の脇にさげる。
 すると、それを待っていたかのようにさやとした風がひと吹き──

 りぃん……

 そのかすかな音色を聞き逃すまいと皆が思ったのか、耳の奥に余韻が染み渡るまでしばし一同沈黙。
「……風鈴の音色ってぇのは魔除けの効果があるんだってな」
「えぇ」
「熱気を邪気と捉えたのかもしれぬな」
「なんにせよ、心が不思議と凪ぐのは確かだね」
「そうですねぇ」
「綺麗……」
 それから再び一同は思い思いにくつろいで風鈴の音を愉しむのであった。

 と、煙草に火を灯す草間。
 ふっ、と一呼吸くゆらせたあと、程よく流れ始めた風に立ち上る煙を乗せる。
「ふふ」
「ん? どうした?」
「武彦さんの煙草も、今日はなんだか風流で涼しげだな、って思って」
「あぁ……確かに、な」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ CAST DATE ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ)/女/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【5128/ジェームズ・ブラックマン (じぇーむず・ぶらっくまん)/男/666/交渉人 & ??】
【6118/陸玖・翠 (リク・ミドリ)/女/23/(表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】

【NPC/草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/私立探偵】
【NPC/草間・零 (くさま・れい)/女/不明/探偵見習い】

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ writer note ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大変お待たせしました。
今回はいかにお金をかけずに快適に夏を乗り切るかということで。
あいもかわらず武彦を取り上げると貧乏話に偏ってしまって……
東京怪談らしいプレイングや我々の日常でも使えそうなプレイングまで、とても楽しく書かせていただきました。
さて、皆さんは実際にはどのように夏をお過ごしなのでしょう。
今回の武彦のような過ごし方も、ときにはいいものかもしれませんね。
それでは……